宮沢賢治という作家は、徹底的に推敲する人でした。その徹底ぶりはオタクに近いものがあります。以前、完成形と、その前のバージョンを読み比べたことがありますが、ここまで一つの言葉、文章に拘るのかと感心しました。

名作「銀河鉄道の夜」にも「初期編」と「完成編」があります。この小説は1924年頃に初稿が書き出されて、31年ぐらいまで推敲が繰返されました。第1次稿から第4次稿まで、3回にわたって大きな改稿が行われたことが後の研究で明らかになりました。第1〜3次稿(初期形)と、第4次稿(最終形)の間には大きな差があり、同じ小説とは思えない程です。

この小説を漫画にしたますむらひろしの本に「最終形」と「初期形−ブルカニロ博士編」をセットにした一冊があります。(1500円)。初期の第三次稿が「初期形−ブルカニロ博士編」として知られています。賢治本人の書いたものよりも、ますむらの作品は、賢治の描いた世界をさらに彼方へ向かわせる力があるように思えます。

天国へ旅立ったカンパネルラを探して、泣き叫ぶジョバンニの前に現れるブルカニロ博士が、様々なことを語り出します。宇宙の真理、生きること、死ぬことの意味、ジョバンニが探すべき「本当の幸せ」とは何か・・・。

そして、こんな台詞を残して一気に次元を越えて、過去から現在へ時空を旅します。

「みんながめいめいじぶんの神様がほんとうの神さまというだろう。けれどもお互いほかの神さまを信じる人たちのしたことでも、涙がこぼれるだろう。

それからぼくたちの心がいいとかわるいとか議論するだろう。そして勝負がつかないだろう。

けれどももしおまえがほんとうに勉強して 実験でちゃんとほんとうの考えとうその考えを分けてしまえば、その実験の方法さえきまれば、

もう信仰も化学と同じようになる。」

どこか悟りを開いたような澄み切った表情の、博士のキャラクターが、原作以上に胸に迫ってきます。完成形では、この博士は登場しません。なぜ、賢治が外したか、それは分かりません。

 

北海道旅行の帰りに、飛行場の土産物売場で、つい買ってしまうものに六花亭の「バターサンド」(写真)があります。ホワイトチョコレートとバター&レーズンをミックスしたクリームをビスケットで挟んだお菓子で、私も大好物です。

この六花亭の商品を包装する様々な紙のデザインをしたのが、北海道出身の画家、坂本直行です。明治39年釧路生まれ。紆余曲折を経て、50年代中頃には札幌で初めての個展を開きます。画題は風景画や植物画が中心となり、鮮やかな色彩が特徴的です。

彼が、若き日の北の大地での苦闘の日々を綴った「開墾の記」(復刻版/北海道新聞社1300円)が入荷しました。想像を絶する開墾生活、悲惨極まりない日々の生活が延々と続くのですが、常に自然の美しさ、原野の力強さに坂本は目を奪われます。「冷酷な自然の圧迫の手は少しも緩まなかった」恐ろしい冬。猛烈な寒気に晒され、永遠に降り続きそうな雪におののく日々。それでも、彼は自然を見つめます。

「日高の連山は毎日模糊として春霞の中に輝き、山肌が処々に黒々と見え初めて来た。雲雀は終日晴れた空で囀り、草原には盛んに陽炎が燃立つようになった。清澄なトヨイの流れは赤く濁って雪解け水が奔流し始めた。川辺の柳の梢は色付き始め、ラインレッドの落葉の樹林は、ディープからペールに変わってきた。」

六人家族の農家が、原野で生きてゆく厳しさ、辛さが描かれていますが、逆にそんな環境が画家、坂本直行の真っ直ぐな感性を育ててきたのかもしれません。愛してやまない日高の山々・・・澄み切った色彩は、日高連峰から爽やかに吹き抜ける風を感じます。

六花亭が経営する「六花の森」が帯広郊外にあり、数年前に女房と訪ねましたが、 湿原や、そこに流れる小川等、かつて存在していた自然風景を再現した園内には、「直行絶筆展示室」「坂本直行記念館」「花柄包装紙館」が点在しています。確か花柄包装紙館だったと思うのですが、ドアノブや化粧室のちょっとした所にも、あの六花亭の花の絵がアレンジしてあって素敵でした。京都から北海道へ行くと、どこも広々としてゆったりしていますが、この森の散策も気持ちよかったことを覚えています。秋の北海道〜行きたいな〜〜〜。

 

北海道釧路湿原のネイチャーガイドでカメラマンの安藤誠さんの写真展のお知らせ

「安藤誠写真展」11月3日(火)〜15日(日)まで   当ギャラリーにて(月曜日定休)

(尚、10月23日安藤誠さんトークショーは満席になりました。)

 

 

 

 

 

 

 

 

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大手出版社が出している宣伝用のPR小冊子をご存知でしょうか。岩波、新潮、角川、講談社、筑摩といった大手出版社から出ています。全部無料です。

岩波書店が出している「図書」の最新号。これ表紙に「800号記念」と書かれています。え?800号!年間12冊として、約60数年出していることになります。ご立派!あっぱれですね。巻頭で、斉藤美奈子と池澤夏樹が「年間千円の愉しみ」と題して対談をしているのですが、「図書」は1937年にスタート、戦時中に休刊、49年に復刊されているのだそうです。

毎回、執筆陣は豪華なのですが、800号記念ということで、さらに豪華。梨木香歩、佐藤正午、関川夏央、原研哉等が執筆しています。連載陣の中では、斉藤美奈子の「文庫解説を読む」が面白い。今回はミステリー小説の解説についてです。赤川次郎の解説を片っ端から上げているのですが、よく読んだなぁ〜。その中で、今年死去した哲学者の鶴見俊輔が赤川のファンで解説を書いているのですが、笑えます。

筑摩書房が出している「ちくま」は、鹿島茂の連載「神田神保町書肆街考」を愉しみに読んでいるのですが、それ以上に表紙絵の酒井駒子が素敵です。バックナンバーが欲しかったので、まとめて出版社に注文しました。ここでしか見ることができないものなので貴重かもしれません。表紙絵の裏には、短いエッセイが書かれていて、作家の想いを読むこともできます。(蛇足ながら、書店店頭で配布している分は無料ですが、こういうバックナンバーの注文とか、年間購読は有料です)

出版社だけではなく、紀伊国屋書店も「scripta」という小冊子を出しています。今回は紀伊国屋出版部60周年記念ということで、特集が組まれています。こちらも上野千鶴子、池内了、岡崎武志等がエッセイを書き、今までに掲載された書評の中で優れたものを読むことができます。内澤旬子、大貫妙子、酒井順子、津村紀久子、中島京子等、第一線級の執筆陣です。さらに60年間でどんな本を出したかの一覧もあります。

この冊子は本に関することだけでなく、「サラーム海上」という連載では、ワールドミュージックの現場をレポートしてくれます。古本好きには、萩原魚雷の「中年の本棚」は必見ですよ。

と、どれも内容充実の冊子ですが、出版業界の業績悪化のためでしょうか、発行部数が少なく、設置しているお店を探すのが大変です。と、さも自分が方々の書店を探しまわったように見えますが。全部、当店のお客様からに頂いたものばかりです。角川の冊子に連載されている池澤夏樹の小説なんて、コピーしていただきました。この場を借りて、改めてお礼申し上げます。本当にいつもありがとうございます。

大きな書店に行かれたら探してみてはどうですか?これの為だけに来る方もあると、某大型書店長はおっしゃってました。

 

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散歩の達人と言えば、JJおじさんこと植草甚一ということに異論を挟む人はいないでしょう。

「ぼくのニューヨーク地図ができるまで」(晶文社・初版1700円)なんて、あまりにこの街が好きになって、「ニューヨークの田舎者として毎日ブラ付きながら暮らしたが、ずっと面白かったので」と、再度出かけて、「ニューヨークではタテよりもヨコの通りの方が面白い」と驚いたり、ルンルン気分で散歩している様が伝わってきます。

この本の中で、JJおじさんは、5時間にも及ぶ自分の散歩についてこう語っています。

「たしかに散歩としては時間が長くかかりすぎる。けれど二時間ぐらいに制限した散歩だと、出かけたときから帰るまでのあいだ、どうも時間ばかり気になって、散歩のときに一番だいじなリラックスした気持ちになれない。」

エンピツとノートブックをバッグに入れて、知らない道に出くわしたらメモを取ることを忘れないのが散歩の楽しみ方みたいです。

多分、街を歩くことで、好奇心がふくれ上がり、さらに何か面白いことないかな?とキョロキョロするのがJJおじさんの至福の時間だったんでしょうね。

「植草甚一読本」(晶文社900円)では「ぼくは何か売っていない通りは歩く気がしない。手ぶらで帰ってくるときほど、つまらないことはないからだ」とも書かれていますが、ひょいと曲がった通りで、小さな本屋さんとか見つけた時のワクワク感はたまりませんね。

JJおじさんからは、映画、ジャズ、ロック、海外文学等々多くのことを教えてもらいました。けれども、一番の贈りものは、街ってこんなにワクワクさせる場所なんだ、だから歩こうよという気持ちだったと思います。

番長書房から出版されたJJおじさんの「いつも夢中になったり飽きてしまったり」(1500円)は、街で見つけたものを、これはこうなんだ、面白いね〜と語りかけてくれる彼らしい一冊です。その無邪気な楽しみ方は、コレクターにありがちな偏狭的な窮屈さが全くないところがいいですね。

 

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1925年。ベーリング海峡を挟んでシベリア目前のアラスカの北西端に位置する小さな町ノーム。その町にとんでもない疫病が、襲いかかろうとしていました。ジフテリアです。

この病気に対抗できる唯一の手段は「ジフテリア抗毒素血清」なのですが、運悪く、町の診療所にある血清は期限切れでした。さらに、厳寒の悪天候で、港は氷結し、接岸不可能。視界ゼロで飛行機に輸送も出来ないという八方ふさがりの状況。

たった一つ、残された手段は犬ぞりによる血清搬送だけ。そして、様々な思惑はあるものの、立上がった30人の猛者たちと犬が、氷点下50度の危険極まりない氷原の疾走を開始する。もう、ここまででスペクタクル感動映画のオープニングみたいですね。これ、ゲイ・ソールズベリー&レニー・ソールズベリーによるノンフィクション「ユーコンの疾走」(光文社文庫450円)なのです。真っ白な氷原を疾駆する犬ぞりの写真は表紙に使用されていますが、犬好きには、涙ものです。

血清を運んだ距離はというと、本の中に載っている地図を見ると、気が遠くなります。このコース最大の難所、強風と生き物のように絶えず変化する氷に満ちたノートン灣を突っきって行く「氷の工場」はクライマックスです。

「気がつけば、彼は白い世界に取り囲まれていた。ホワイトアウトだ。前方に見えていたはずの水平線は、嵐の吹き荒れる曇空と、ブルーベリーヒルズの無限に続く白い僚線との間に飲み込まれてしまった。」

という状況下、この地を熟知している犬たちがひたすら走り続けていきます。空輸による血清搬送に期待していた州知事は、こう新聞に語っています。

「航空機は可能なときに飛び立つが、犬たちは可能であれ不可能であれトレイルへ飛び出していく。彼等にはただ敬服するのみである」

しかし、その後のテクノロジーの開発で、いかなる天候下でも飛行機による救出が可能になり、犬たちによる搬送は伝説になりました。この本のラストが素敵です。当時の搬送に加わった犬ぞりドライバーで最後の生き残りエドガー・ノルナーが99年1月この世を去ります。その数年前、通信社のインタビューにこう答えています。

「人助けがしたかった、ただそれだけのことさ」

なんか、渋い役者ばかりで、全編アラスカロケといった形で映像化していただきたいものです。

 

 

 

動物レスキュー組織「ARK」の2016年カレンダーを発売しております。

卓上版800円、壁掛版1000円です。(売上げはレスキューされた犬、猫のために活用されます)

梨木香歩の最新作「岸辺のヤ〜ビ」(福音館1200円)は、明らかにファンタジーのスタイルの児童文学です。

だからといって、大人が読んで面白くないかと言えば、全くそんなことはありません。前作「丹生都比売 」もファンタジー小説の大人版でしたし、純文学の看板をかかげている「海うそ」にしても、主人公が島の中を彷徨い、何かに遭遇する辺り、ファンタジーの香りが漂っていました。

舞台は、イギリス(実際にイギリスとは明言されていませんが)の田舎の豊かな自然の広がる森です。その森近くの学校に勤務する女性教師が、ボートで沼地に出た時のことです。そこで彼女は、カヤネズミ程の大きささの直立二足歩行する小動物に出逢います。

「モグラでも、ネズミでもない。何よりもやはり、一番の特徴は、顔に表情があったことでしょう。」と彼女は思います。そして、目と目があった時、こう感じています

「おどろきと、ちょっとこまったような、それでいてたじろくことのない、いいかえれば、今までの人生を、お日さまの下ではたっぷり汗をかき、月明かりの下ではたっぷりさまざまなことを考えてすごしてきたような、そんな男の子の顔をしていました。」

彼は言葉を話しました。こうして物語は始まります。彼の名はヤービ。この豊かな森に一族で住んでいます。彼女は、ヤービからこの森で行きている多くの種族のことを知ります。

多彩な登場人物を登場させながら、豊かな物語を展開してゆくところは、作者の真骨頂です。読者はヤービに導かれるように緑豊かな森での彼等の生活を知っていきます。メアリー・ノートンの「床下の小人たち」(岩波書店 1100円)の描く世界に近いものがあります。

しかし、このシリーズ1作目のラストは決して、明るい未来ばかりではありません。大きい人達(つまり私たち人間のこと)の自然破壊の影響で、彼等の環境に異変が起きているのです。

「若いミツバチのなかには、巣を出て行ったままもどってこないものがあります。ぜんぶではありませんが、巣の近くまで還ってきたミツバチたちも、まるで巣の中への入り方を忘れてしまったかのように、とほうにくれてうろうろ飛んで、それから力つきて死んでしまうものもあります。ミツバチの子の数も、ずいぶんへりました」

と、いずれ住めなくなる可能性のあるこの森から、新しい住処を求めて旅立つ可能性さえあるエンディングです。

ぜひ、ヤービ達の暮らすマッドガイド・ウォーターに遊びに行ってみてはいかがでしょう。

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毎回、本好きにはたまらない、いい本を出す夏葉社から田口史人の「レコードと暮らし」(2376円)が出ました。なんだ、アナログマニアの音楽談義かと敬遠された方、ちょっと待った!!です。

これ、重箱の隅をつつくような音楽マニアの本ではありません。音楽なんて、全く登場しないのです。なのに、レコード本?? これは「音楽を売るために作られたのではないレコード」の歴史を振り返る珍しい本です。

この種のレコードをジャンル分けすると

「宣伝用に配布された」、「学校の卒業記念」、「政治、宗教団体のプロパガンダ」といったところででしょうか。聞いて欲しい目的があり、それがなくなると、廃棄される運命にあります。そして、その代表的なツールが、ぺらぺらのソノシートです。

1959年発行の「朝日ソノラマ」は、一ヶ月分のニュースを記事とソノシート数枚にまとめた雑誌で、「音の出る雑誌」として大人気になりました。そして付録として、より多くの雑誌で配布されていき、やがて少年少女雑誌の付録として定着します。70年7月の「小学6年生」の付録ソノシートは、当時開催されていた「大阪万博」の開会式のダイジェストと各パビリオンの紹介が収録されていて、子ども達はこれを聞いて、万博に行こう!と親に詰め寄ったらしいです。

もちろん、企業も販促ツールとして活用します。野村証券はノベルティ用として製作、「結婚式の祝辞のコツ」とか、実用的な話が収録されています。信用金庫組合が「信ちゃんは人気者」なんてテーマ曲の入ったソノシートを、全国に撒いていたこともあったとか。家の中を探したら一枚くらい出てくるかもしれませんね。

ちょっとマニア心をくすぐるのが、高級クラブ「ラモール」が、69年にクリスマスパーティーの案内状に製作したものです。柳原良平の作画というのも贅沢ですが、描かれている「ラモール」の看板部分に蛍光塗料が塗ってあり、暗闇で光るという仕掛けです。

というように、この本は、ソノシートが家庭に溢れ、それをレコードプレイヤーにのせて、様々な情報を入手していた一時代のことを、多くの写真を掲載しながら検証していきます。

しかし、よくもまぁ、こんなに出していたもんですね。私には覚えがありませんが、四角い紙に薄いシートの貼ってあるCDサイズのレコードをフォノカードと呼び、これをレコードプレイヤーで聞くということもあったみたいです。パッケージはどれもオシャレです。恐らく、こんなレアものを収集している人は沢山いらっしゃるのでしょう。

とにかく、楽しめる一冊です。

★10月23日(金)19時30分

北海道釧路ヒッコリーウインドオーナー&ネイチャーガイドの安藤誠さんのネイチャートーク&スライドショー「安藤塾」 決定。要予約

★11月13日(金)19時30分

世田谷ピンポンズ ライブ 要予約


これは萩原朔太郎が、久しぶりに故郷群馬に戻った折、かつての故郷の情景が廃滅しているのに愕然とした時の詩の一部です。正確には

「物みなは歳月と共に滅び行く。 ひとり来てさまよへば 流れも速き広瀬川。 何にせかれて止むべき 憂ひのみ永く残りて わが情熱の日も暮れ行けり。」

形あるものは、すべて滅ぶ。これは常々忘れてはならない言葉だと思っています。

今回ご紹介する「エレナ」は、朔太郎1925年発表の「純情小曲集」からの詩句、及びその他の詩集から抜粋された詩をもとに、画家の司修が自分の作品を選んで、一冊の本にまとめたものです。(小沢書店1300円)。この本の最後に収録されているのが、39年発表の詩集「宿命」の中の「物みなは歳月と共に滅び行く」です。

詩と版画のコラボとしてユニークなところは、詩のフレーズに即して作品が載っていることです。

例えば、「昭和四年の冬、妻と離別し二児を抱えて故郷に帰る」と注釈の付いた「帰郷」は「わが故郷に帰れる日」に始まり、「人の憤怒を烈しくせり」に至る全21行に、司修の版画が21枚添えられています。右ページに詩の一行、左ページに作品と、まるで短歌、俳句に作品を付けた装丁です。この詩は、最初に全部を一気に読めるように全文掲載されているので、先ずこれを読んで、詩の世界を味わい、今度は一行一行、そこにある作品を見つめるという構成です。なんか美術館を巡っているような気分ですね。

「わが故郷に帰れる日」の詩句のページにある、暗く沈んだ地平線にのぼる月(惑星?)、「汽笛は闇に吠え叫び」で出会う、荒涼とした風景、「母なき子供等は眠り泣き」で、こちらを見つめるクリスタルな人影の冷たい視線など、読み手も寂寞な感情に打ち拉がれてしまいそうな気分へと導いてくれます。

「ある水族館で、ひさしい間、飢えた蛸が飼われていた。地下の薄暗い岩の影で、青ざめた瑠璃天井の光線が、いつも悲しげに漂っていた」

で始まる「死なない蛸」は、人が生まれた時から持っている、誰も助けてくれない孤独を表現した散文詩ですが、お金も余裕もある時ほど、人生順風な時ほど、ゆっくりと読んで、人はこんな孤独の中で死んでいくんだよとさめざめとした気持ちになりたいものです。そうすれば、案外、人って多くの物を望まなくなるかもしれませんね。

いつかは「物みなは歳月と共に滅び行く。」ですから。

 

 

 

★10月23日(金)19時30分

北海道釧路ヒッコリーウインドオーナー&ネイチャーガイドの安藤誠さんのネイチャートーク&スライドショー「安藤塾」 決定。要予約

 

 

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西村雅子編集による「”ひとり出版社”という働き方」(河出書房1300円)は、独立系出版社で苦労する出版人のドキュメンタリーなのですが、それ以上に働くということを根本的に見つめた素晴らしい一冊です。

ここには、当店もお世話になっている、タバブックス、夏葉社、サウダージブックス、ミシマ社、土曜社等の十数社が登場します。本の製作から販売、管理まで一人でやるなんて無謀といえば、無謀なんですが、皆さん、いや〜儲かりませんなどと言いながら、喜々として仕事に取り組んでおられます。

最初に登場する「小さい書房」代表の安永則子さんは、育児しながらフットワーク軽く好きな本を出されているから驚きです。夫のお金を使わずに、自分の貯金で事業を軌道に乗せるのに「三年では短すぎるし、十年では長過ぎる」だから5年を目処にがんばっておられます。

東京から京都に移ってきたミシマ社は、正確に言えば「ひとり出版社」ではありません。社員数名の小さな出版社です。本の大事な役割は、世の「小さな声」を拾うこと、と社長の三島邦弘さんは言い切ります。だから、大企業と同じ方法でやっても無駄、面白い人材を集めて、新しい企画を出していくことが役目。最近新たに刊行された「コーヒーと一冊」シリーズは、今までにない切り口の本ばかりで、松樟太郎「声に出して読みづらいロシア人」は当店でも人気の一冊です。

さて、小豆島から発信する「サウダージブックス」の浅野卓夫さんの経歴はちょっと変わっています。元々、文化人類学の研究者を志し、人類学者の山口昌男の書生だった方です。それが、彼が出会った三人の古老との体験(これが面白い)を通して、小さな島で出版社を立ち上げる道へと向かっていきます。プロレタリア文学者の黒島伝治作品を集めた「瀬戸内海のスケッチ」(2160円)や、被爆して、戦後自ら命を断った作家原民喜の短篇小説集「幼年画」(1728円)といった、あまり目立たない作家に注目したり、「焚火かこんで、ごはんかこんで」(1620円)、「感謝からはじまる漢方の教え」(1512円)と暮しに密着した本など、地方発の出版社としての理念を持った作品を出しています。

新刊書店に勤めていた頃、出版社の営業マンから「もっと、積んでくださいよ、いつでも返本していいですから」とはなから、いつでも返本してねという”ぬる〜い”営業が嫌でたまりませんでした。でも、これらの独立系出版社はそうではありません。真剣に、情熱をもって製作した本を、売れる数量を吟味して販売する。それこそ、真っ当な販売だと思います。

レティシア書房が続く限り、この本に載っているいないにかかわらず、一人、二人でがんばっている出版社は応援します!

 

いよいよ一箱古本市も明日で終了です。猛暑の中、多くのお客様にご来店いただきありがとうございました。

横浜、東京辺りからもお越しいただき感謝、感謝です。毎回、古本市に出品されている本を紹介するのも、今日で終了です。最終回は、気になった本を少し。

一つ目は、工藤直子(詩)長新太(絵)の「ともだちは海のにおい」(理論社700円)。

「くじらはいるかのうちで、お茶をいただいた」。えっ?って感じのこのお話には、本好きのくじらが登場します。なんと書斎まで持っていて、ビールを飲みながら本を読むのが好きだというのです。クジラとイルカのファンタジーですが、青い海を見たい!と思わせる不思議な本です。

久世明子「テコちゃんの時間」(平凡社400円)は、故久世光彦の妻、明子さんの回想記ですが、彼女の文章が上手い。心に染み込んでくるとでも言うべきなんでしょうか。故中村勘三郎が「帰ってきた浅草パラダイス」公演に際して、「久世光彦四回忌追悼公演」と看板を上げたいという申し出のあった寒い二月から、光彦の母の話へと向かう「二月の空」。亡くなる直前の母の姿を滋味のある文章で描いていきます。

劇作家、俳優の長塚圭史が、興味深い役者達との対談を収めた「COFFEE SHOP」(キネマ旬報社500円)。対談相手は、田口トモロオ、大杉蓮、香川照之、大森南朋。村上淳、藤原竜也と現在の日本映画を支える個性派俳優のオンパレードです。最後には原田芳雄との特別対談もあります。面白いのは各対談の後に、長塚が選んだその役者のベスト5が載っていることです。村上淳の「ナビイの恋」は当然として、あっけなく死んでしまうチンピラを演じた「新・仁義なき闘い」を選んでいるなんて、ホントよく観てますね。

アメリカにリベラル知識人として、様々な運動にも関わったスーザン・ソンタグの「私は生まれなおしている」(河出書房新社2100円)は、14歳から30歳までの彼女の日記とノートをまとめた労作で、69年「ハノイで考えたこと」でデビューする前の、いわば助走期間の彼女を捉えています。「ソンタグ」として一人のアグレッシブな活動家として確乎たる存在になる前の精神の歴史がここにはあります。

最近リメイクされた映画「日本の一番長い日」のオリジナル版の監督、岡本喜八のエッセイ「ただただ右往左往」(晶文社1500円)は珍しい一冊です。黒澤や小津みたいな大物の監督ではありませんが、職人肌の監督として多くの活劇を作ってきた人のエッセイ集です。映画作りの裏話を中心に、いろんな話が楽しめます。映画全盛期を一気に駆け抜けた監督の姿が見えてきます。

と、面白い本の集まった一箱古本市も明日まで。次回は来年1月末にやりますのでご期待下さい。

★休業のお知らせ

8月24日(月)〜27日(木)まで休業いたします。