毎回、本好きにはたまらない、いい本を出す夏葉社から田口史人の「レコードと暮らし」(2376円)が出ました。なんだ、アナログマニアの音楽談義かと敬遠された方、ちょっと待った!!です。

これ、重箱の隅をつつくような音楽マニアの本ではありません。音楽なんて、全く登場しないのです。なのに、レコード本?? これは「音楽を売るために作られたのではないレコード」の歴史を振り返る珍しい本です。

この種のレコードをジャンル分けすると

「宣伝用に配布された」、「学校の卒業記念」、「政治、宗教団体のプロパガンダ」といったところででしょうか。聞いて欲しい目的があり、それがなくなると、廃棄される運命にあります。そして、その代表的なツールが、ぺらぺらのソノシートです。

1959年発行の「朝日ソノラマ」は、一ヶ月分のニュースを記事とソノシート数枚にまとめた雑誌で、「音の出る雑誌」として大人気になりました。そして付録として、より多くの雑誌で配布されていき、やがて少年少女雑誌の付録として定着します。70年7月の「小学6年生」の付録ソノシートは、当時開催されていた「大阪万博」の開会式のダイジェストと各パビリオンの紹介が収録されていて、子ども達はこれを聞いて、万博に行こう!と親に詰め寄ったらしいです。

もちろん、企業も販促ツールとして活用します。野村証券はノベルティ用として製作、「結婚式の祝辞のコツ」とか、実用的な話が収録されています。信用金庫組合が「信ちゃんは人気者」なんてテーマ曲の入ったソノシートを、全国に撒いていたこともあったとか。家の中を探したら一枚くらい出てくるかもしれませんね。

ちょっとマニア心をくすぐるのが、高級クラブ「ラモール」が、69年にクリスマスパーティーの案内状に製作したものです。柳原良平の作画というのも贅沢ですが、描かれている「ラモール」の看板部分に蛍光塗料が塗ってあり、暗闇で光るという仕掛けです。

というように、この本は、ソノシートが家庭に溢れ、それをレコードプレイヤーにのせて、様々な情報を入手していた一時代のことを、多くの写真を掲載しながら検証していきます。

しかし、よくもまぁ、こんなに出していたもんですね。私には覚えがありませんが、四角い紙に薄いシートの貼ってあるCDサイズのレコードをフォノカードと呼び、これをレコードプレイヤーで聞くということもあったみたいです。パッケージはどれもオシャレです。恐らく、こんなレアものを収集している人は沢山いらっしゃるのでしょう。

とにかく、楽しめる一冊です。

★10月23日(金)19時30分

北海道釧路ヒッコリーウインドオーナー&ネイチャーガイドの安藤誠さんのネイチャートーク&スライドショー「安藤塾」 決定。要予約

★11月13日(金)19時30分

世田谷ピンポンズ ライブ 要予約


これは萩原朔太郎が、久しぶりに故郷群馬に戻った折、かつての故郷の情景が廃滅しているのに愕然とした時の詩の一部です。正確には

「物みなは歳月と共に滅び行く。 ひとり来てさまよへば 流れも速き広瀬川。 何にせかれて止むべき 憂ひのみ永く残りて わが情熱の日も暮れ行けり。」

形あるものは、すべて滅ぶ。これは常々忘れてはならない言葉だと思っています。

今回ご紹介する「エレナ」は、朔太郎1925年発表の「純情小曲集」からの詩句、及びその他の詩集から抜粋された詩をもとに、画家の司修が自分の作品を選んで、一冊の本にまとめたものです。(小沢書店1300円)。この本の最後に収録されているのが、39年発表の詩集「宿命」の中の「物みなは歳月と共に滅び行く」です。

詩と版画のコラボとしてユニークなところは、詩のフレーズに即して作品が載っていることです。

例えば、「昭和四年の冬、妻と離別し二児を抱えて故郷に帰る」と注釈の付いた「帰郷」は「わが故郷に帰れる日」に始まり、「人の憤怒を烈しくせり」に至る全21行に、司修の版画が21枚添えられています。右ページに詩の一行、左ページに作品と、まるで短歌、俳句に作品を付けた装丁です。この詩は、最初に全部を一気に読めるように全文掲載されているので、先ずこれを読んで、詩の世界を味わい、今度は一行一行、そこにある作品を見つめるという構成です。なんか美術館を巡っているような気分ですね。

「わが故郷に帰れる日」の詩句のページにある、暗く沈んだ地平線にのぼる月(惑星?)、「汽笛は闇に吠え叫び」で出会う、荒涼とした風景、「母なき子供等は眠り泣き」で、こちらを見つめるクリスタルな人影の冷たい視線など、読み手も寂寞な感情に打ち拉がれてしまいそうな気分へと導いてくれます。

「ある水族館で、ひさしい間、飢えた蛸が飼われていた。地下の薄暗い岩の影で、青ざめた瑠璃天井の光線が、いつも悲しげに漂っていた」

で始まる「死なない蛸」は、人が生まれた時から持っている、誰も助けてくれない孤独を表現した散文詩ですが、お金も余裕もある時ほど、人生順風な時ほど、ゆっくりと読んで、人はこんな孤独の中で死んでいくんだよとさめざめとした気持ちになりたいものです。そうすれば、案外、人って多くの物を望まなくなるかもしれませんね。

いつかは「物みなは歳月と共に滅び行く。」ですから。

 

 

 

★10月23日(金)19時30分

北海道釧路ヒッコリーウインドオーナー&ネイチャーガイドの安藤誠さんのネイチャートーク&スライドショー「安藤塾」 決定。要予約

 

 

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西村雅子編集による「”ひとり出版社”という働き方」(河出書房1300円)は、独立系出版社で苦労する出版人のドキュメンタリーなのですが、それ以上に働くということを根本的に見つめた素晴らしい一冊です。

ここには、当店もお世話になっている、タバブックス、夏葉社、サウダージブックス、ミシマ社、土曜社等の十数社が登場します。本の製作から販売、管理まで一人でやるなんて無謀といえば、無謀なんですが、皆さん、いや〜儲かりませんなどと言いながら、喜々として仕事に取り組んでおられます。

最初に登場する「小さい書房」代表の安永則子さんは、育児しながらフットワーク軽く好きな本を出されているから驚きです。夫のお金を使わずに、自分の貯金で事業を軌道に乗せるのに「三年では短すぎるし、十年では長過ぎる」だから5年を目処にがんばっておられます。

東京から京都に移ってきたミシマ社は、正確に言えば「ひとり出版社」ではありません。社員数名の小さな出版社です。本の大事な役割は、世の「小さな声」を拾うこと、と社長の三島邦弘さんは言い切ります。だから、大企業と同じ方法でやっても無駄、面白い人材を集めて、新しい企画を出していくことが役目。最近新たに刊行された「コーヒーと一冊」シリーズは、今までにない切り口の本ばかりで、松樟太郎「声に出して読みづらいロシア人」は当店でも人気の一冊です。

さて、小豆島から発信する「サウダージブックス」の浅野卓夫さんの経歴はちょっと変わっています。元々、文化人類学の研究者を志し、人類学者の山口昌男の書生だった方です。それが、彼が出会った三人の古老との体験(これが面白い)を通して、小さな島で出版社を立ち上げる道へと向かっていきます。プロレタリア文学者の黒島伝治作品を集めた「瀬戸内海のスケッチ」(2160円)や、被爆して、戦後自ら命を断った作家原民喜の短篇小説集「幼年画」(1728円)といった、あまり目立たない作家に注目したり、「焚火かこんで、ごはんかこんで」(1620円)、「感謝からはじまる漢方の教え」(1512円)と暮しに密着した本など、地方発の出版社としての理念を持った作品を出しています。

新刊書店に勤めていた頃、出版社の営業マンから「もっと、積んでくださいよ、いつでも返本していいですから」とはなから、いつでも返本してねという”ぬる〜い”営業が嫌でたまりませんでした。でも、これらの独立系出版社はそうではありません。真剣に、情熱をもって製作した本を、売れる数量を吟味して販売する。それこそ、真っ当な販売だと思います。

レティシア書房が続く限り、この本に載っているいないにかかわらず、一人、二人でがんばっている出版社は応援します!

 

いよいよ一箱古本市も明日で終了です。猛暑の中、多くのお客様にご来店いただきありがとうございました。

横浜、東京辺りからもお越しいただき感謝、感謝です。毎回、古本市に出品されている本を紹介するのも、今日で終了です。最終回は、気になった本を少し。

一つ目は、工藤直子(詩)長新太(絵)の「ともだちは海のにおい」(理論社700円)。

「くじらはいるかのうちで、お茶をいただいた」。えっ?って感じのこのお話には、本好きのくじらが登場します。なんと書斎まで持っていて、ビールを飲みながら本を読むのが好きだというのです。クジラとイルカのファンタジーですが、青い海を見たい!と思わせる不思議な本です。

久世明子「テコちゃんの時間」(平凡社400円)は、故久世光彦の妻、明子さんの回想記ですが、彼女の文章が上手い。心に染み込んでくるとでも言うべきなんでしょうか。故中村勘三郎が「帰ってきた浅草パラダイス」公演に際して、「久世光彦四回忌追悼公演」と看板を上げたいという申し出のあった寒い二月から、光彦の母の話へと向かう「二月の空」。亡くなる直前の母の姿を滋味のある文章で描いていきます。

劇作家、俳優の長塚圭史が、興味深い役者達との対談を収めた「COFFEE SHOP」(キネマ旬報社500円)。対談相手は、田口トモロオ、大杉蓮、香川照之、大森南朋。村上淳、藤原竜也と現在の日本映画を支える個性派俳優のオンパレードです。最後には原田芳雄との特別対談もあります。面白いのは各対談の後に、長塚が選んだその役者のベスト5が載っていることです。村上淳の「ナビイの恋」は当然として、あっけなく死んでしまうチンピラを演じた「新・仁義なき闘い」を選んでいるなんて、ホントよく観てますね。

アメリカにリベラル知識人として、様々な運動にも関わったスーザン・ソンタグの「私は生まれなおしている」(河出書房新社2100円)は、14歳から30歳までの彼女の日記とノートをまとめた労作で、69年「ハノイで考えたこと」でデビューする前の、いわば助走期間の彼女を捉えています。「ソンタグ」として一人のアグレッシブな活動家として確乎たる存在になる前の精神の歴史がここにはあります。

最近リメイクされた映画「日本の一番長い日」のオリジナル版の監督、岡本喜八のエッセイ「ただただ右往左往」(晶文社1500円)は珍しい一冊です。黒澤や小津みたいな大物の監督ではありませんが、職人肌の監督として多くの活劇を作ってきた人のエッセイ集です。映画作りの裏話を中心に、いろんな話が楽しめます。映画全盛期を一気に駆け抜けた監督の姿が見えてきます。

と、面白い本の集まった一箱古本市も明日まで。次回は来年1月末にやりますのでご期待下さい。

★休業のお知らせ

8月24日(月)〜27日(木)まで休業いたします。

書き下ろし執筆陣

塚本邦雄 飯島耕一 天沢退二郎 別役実 今江祥智 立原えりか 金子兜太他総勢24人

イラスト

宇野亜喜良 矢吹申彦 湯村輝彦 田島征三他

写真

吉増剛造 秋本幸影 中島興

テキストとして紹介されている作家

稲垣足穂 福永武彦 梶井基次郎 宮沢賢治 三島由紀夫 埴谷雄高 野坂昭如他総勢14名

この豪華な本、お分かりですか。昭和53年酣燈社から出版された「空のコラージュ」(1000円)です。タイトルから感じるように、これは人間の空への思いを、様々な文学的アプローチで一冊にまとめた異色のアンソロジーです。

清水哲男は「スープの空」というタイトルで「高所恐怖症の想像力ついて」論じ、別役実は「幻想の発明」で、大空に浮かぶ飛行船について書いています。一方、梶井基次郎は、短篇「蒼穹」で、大きな雲を見つめる作家の心情を描いています。

「そも雲はその地球に面した側に藤紫色をした陰影を持っていた。そしてその膨大な容積やその藤紫色をした陰影はなにかしら茫然とした悲愁をその雲に感じさせた。」人は空を見上げます。私は飛行機雲が見えると、思わず見上げてしまいます。そして様々な空想、幻想の彼方へと向かいます。

野坂昭如の「八月の風船」という童話が掲載されています。これは風船に爆弾を付けて、ジェット気流に乗せてアメリカに飛ばすという幼稚極まりない、おバカな日本軍の開発した兵器の話ですが、とても美しく哀しい、涙が出そうな傑作です。

「それは兵器というには、あまりにきれいな姿でした、色は濁っているし、ただでかいばかりの、能なしだけれど、とてもやさしい印象でした。」

愚劣な戦争の、悲惨な場面を描かずに、風船作りに駆り出された学生達が必死で膨らませた風船を描写した文章です。そして小説はこう終わります

「八月十五日、雲ひとつなく晴れ渡った夕空に、日本列島をはなれ、ジェット気流にのって、アメリカ本土へ向かう、大きな風船がありました。爆弾も、計器も積んでいない風船は、落ちることができず、今もどこかの空にふわふわ漂っているはずです。学生たちの息を、いっぱい詰め込んで。」

「空」というテーマだけで、こんな濃密なアンソロジーが出来上がるなんて、感動的です。

★レティシア書房 『一箱古本市』

8月11日(火)〜23日(日)店内にて開催。(17日は定休日)

なお、24日(月)〜27日(木)まで休業いたします。

 

1933年、一人の女性がジィップ著の「マドゥモァゼル・ウルウ」の世界に魅入られて、翻訳を試み、自費出版をします。それから40年後、同書が薔薇十字社から、綺麗な装幀で再販されました。この本の翻訳こそ、翻訳家として歩み出したばかりの森茉莉でした。残念ながら薔薇十字社版ではありまんせんが、2009年に河出書房から出版された版(1400円)が出品されています。戯曲として書かれたこの小説は、解説で中野翠が「クスクス笑いを誘い、楽しく贅沢な気分にさせてくれれる軽喜劇」と書いています。挿画は宇野亜喜良です。

今回は、海外文学が例年以上に出品されています。フランス文学好き、シュールレアリズム系なら先ず読むジュリアン・グラックの「半島」(白水社1800円)、フランシス・ジャム「桜草の喪・空の晴れ間」(平凡社ライブラリー800円)、ブルーノ・シュルツ「シュルツ全小説」(平凡社ライブラリー1200円)とか渋いラインが揃っています。

ケネデイ大統領暗殺の日、LSDの幻覚に身をまかせてあの世に旅立ったオールダス・ハクスレーのユートピア小説「島」(人文書院1000円)。インド洋に島に漂着した英国人が体験する東洋文化と精神を描いた後期の傑作です。片桐ユズルの翻訳で読めます。

荒俣宏翻訳によるアンデルセン童話集2「人魚姫」(新書館2400円)もぜひ、一度中身をみていただきたい本です。挿画としてエドマンド・デュラックの作品が多数使われています。20世紀初頭、イギリスで絵入りギフトブックが流行し、アーサー・ラッカムと並んで人気のあった作家です。中国が舞台の「夜なきうぐいす」では、見事な宮廷人を描いています。

 

★レティシア書房 『一箱古本市』

8月11日(火)〜23日(日)店内にて開催。(17日は定休日)


 

 

工事現場にいるガードマンの60過ぎのおじさんが、休憩時間だろうか、道ばたに座って文庫本を読んでいる。何の本かと思って、ちらっと覗くと「藤沢周平」だった。

「おじさんが、どんな人生経験を経て、どういう境地で藤沢周平の小説を味わっていたのかわからないけれど、その歩道の端の『座り読書』は、とても、贅沢な感じがした」

と坪内祐三は自著「古くさいぞ私は」(晶文社500円)で述べています。

この本、一応本に関するエッセイを集めたものなのですが、本自体よりも、本の匂いのする街のこと、作家にまつわる食べ物のこと、ふらっと出た散歩のこと等々を書いた部分に、著者のフットワークの軽さと、ユーモアが溢れていて、そんな文章を読んでいると、街に出かけたくなります。

夜の神田神保町。「安く、旨く、そして、余り混んでいない」という、いい店3条件を満たしてくれる店を見つけた帰り、ふと立ち止まった時、都心のど真ん中なのに、人の数が少ない。その瞬間に去来する思い。」

「通りの向うに古本屋が見える。ひんやりとした夜景が顔に触れる。その時、私は自分が今、戦前の東京の町にいるのではないかと錯覚におちいってしまう。

書評集を読んでいて疲れるのは、この本の世界はこうで、この本の文章の秀逸なのはこうでと、まるで退屈な大学の文学概論っぽいものばかりが溢れかえっている時です。その点、坪内はさすが元編集者だけに、フットワークも軽く、街歩きの視点から書かれた書評は退屈しません。

街歩きといえば、山下達郎率いるシュガーベイブのナンバーに「いつも通り」があります。

「街はいつも通り いつも表通り にぎやかな人並があふれている だからひとりで 飛び出す」

一人で街へ飛び出し、ホイホイと古本屋の店頭を覗き込む楽しさですね。

私が「古くさいぞ私は」で、一番記憶に残っているのは色川武大について書かれた「ランドセルを背負い続けた人」です。

「色川武大は無垢でかつ汚れた人だった。子供は純粋で大人は不純だなどという紋切り的表現は使いたくないが、子供でありながらすでに大人の神経を持った、そして大人になっても少年性を失わない人物だった。ということは、つまり、大人でも子供でもない人物だった。幼くして大人だった色川武大はいわゆる成熟とは無縁の歳のとり方をして、ちょうど還暦の時まで生きた。」

今まで興味のなかった作家へ手を伸ばさせる文章です。

坪内の本は「酒日誌」(マガジンハウス700円)も入荷しました。

いいなぁ〜こんな毎日。(本人は大変でしょうが)

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2002年の木山捷平文学賞を受賞した平出隆の「猫の客」は、どうも、馴染めない作品でした。幻戯書房から出た「ウィリアム・ブレイクのバット」(1800円絶版)、短い散文を集めたものですが、最近これを読んで、あれ?この人こんなに感じ良かったっけ?と思いました。

例えば「海を背に」

真冬の北海道。宗谷岬近くを走行している時の光景です。

「道の端には高い積雪の眺めがつづいていだが、不意にそこに、凍えたような金網が二メートルほど突き出した。形状から、とっさにバックネットと分かった。海辺の、それも流氷群のかたわらの野球場だった。雪の下の見えないひろがりに、瞬間のこと、胸を衝かれた。さいはてのボールパークだ、と」

なんか、映画のワンカットみたいに、その光景が目前に現われてくるようです。この話のオチも面白くて、対馬列島に位置する海栗島。目の前は朝鮮半島。そして島にあるのは航空自衛隊のレーダー基地。そこを訪れた作家は意外なものを見つけます。

「小さな野球場がひろがっていたからである。一塁線のこちら以外は、すべて海がとりまいている。それも国境の海である」

大きな放物線を描いてセンター方向に飛んで行った打球は国境間近の青い海に落下する、なんて想像してしまいます。

こういう短い話のぎっしり詰まった一冊で、どことなくクラフト・エヴィング商會の本に手触りが似ています。

ところで、平出隆は90年代後半から多摩美術大学で教鞭を取っており、今も在職中です。2006年に、思想家中沢新一を学内に招き入れ、芸術人類学研究所を創設して新たな学問を創りだしています。

中沢新一の本は、まるで歯が立たないというか、面白くないと言うべきか、そんな経験をしたことがありますが、一冊だけ、非常に納得して、方々に線を入れたり、紙を挟んだりした読書体験をしました。

それが「哲学の東北」(青土社950円・絶版)です。東北の生活と思想、芸術を足がかりにして、宮沢賢治を語っていきます。様々な賢治論を読みましたが、東北の持つ力を絡めて賢治の思想に迫ったものです。

再度、読み直そうと思い、パラパラめくっていると、あれ、こんなに難しかった?アホになったんかいな?と、平出隆の本との出会いとは全く逆の印象を持ってしまいました。

★レティシア書房 『一箱古本市』のお知らせ

8月11日(火)〜23日(日)店内にて開催いたします。(17日は定休日)

今年も賑やかに、27店舗参加していただきます。

初参加のお店もあります!乞うご期待!!

 

 

と、夏休みに、ゴルフばっかりしてないで、総理に読んでいただきたいのが「映画日本国憲法読本』(フォイル 1512円)です。ポツダム宣言も収録されていますよ。

2001年の9.11テロの後、言語学者ノーム・チョムスキーのドキュメント「チョムスキー9.11」(音楽は忌野清志郎)を監督したジャン・ユンカーマンが、次に取り組んだのが「映画日本国憲法」です。これ、多くの世界各国の学者、文化人が、世界からみた日本国憲法と日本人を主題に語りつつ、様々な映像をシンクロさせたドキュメントです。

本の方は、この映画のシナリオを収録、加えて日本国憲法全文と、出演者へのインタビューの三段構えの構成です。音楽は、ソウル・フラワー・ユニオン。奈良美智も自分の作品で参加しています。

この本の正しい読み方(私流)は、先ず憲法を音読する。「すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」なんて15条、総理、もちろん覚えてらっしゃいますよね?

その後、出演者たちのインタビューを読む。憲法草案作成に携わったベアテ・シロタ・ゴードンさんは、今の憲法が外国の押しつけだと批判する人に対して、こんな事を言っています。

「中国から漢字が来ましたでしょ。仏教はインドと中国から。そして陶器、雅楽などがありますね。みんな外から来て日本のものになりました。だからいい憲法だったらそれを受けて、いいように使えばいいじゃないかって私は思うんです。」

そして、第9条はどんどん世界に輸出したらいい、ともおっしゃています。確かに、外来の物を見事にアレンジする術に長けている我々ですから、私は納得しました。

インタビューを読み終えたら、採録されたシナリオをじっくり読みましょう。完璧に構築されたノンフィクションを読んでいるみたいです。

ところで、ジャン・ユンカーマンは、与那国のカジキ獲りの老漁師の日々を捉えたドキュメント「老人と海」を撮っています。これは、お薦めです。レンタル店で探してみて下さい。

チョムスキーに興味もたれた方には、「ノーム・チョムスキー」(リトル・モア500円)、「チョムスキー世界を語る」(トランスビュー800円)も在庫しています。

 

「小説には伏線がつきものだが、そういう読み方はしない。だから勘ぐりとか裏読みの類いもしない。いま自分が読んでいるページにひたすら集中する。これは最も原初的な読み方だが、じつはほとんどの小説はこのような原初的な読み方に耐えない。テーマとか意味とかもっともらしい読み方は退屈なのだ。」

これ、小説家保坂和志のエッセイ「猫の散歩道」(中央公論社850円)の中に見つけた文章です。そうなんです、この意味とかテーマって曲者なんです。小説に限らす、映画でもこういう見方に陥る時ってあります。作家が書いた文章をひたすら追いかける、或は、苦心惨憺して作り上げた映像にどっぷりとハマることを、至上の喜びとすることだけでいいのですね。

保坂さんの小説は「猫に時間の流れる」あたりから「カンバセーション・ピース」まで愛読してきました。エッセイはこの本が初めてでしたが、ズバズバと表現するタッチが面白くて一気に読んでしまいました。

「小説の醍醐味とは『この人、なんでこんなことにこだわるの? バカなのかも』と読者を思わせるまで行くところにあるーというのは僕の個人的な意見なのではなくて、小説を面白がって読むことのできる人はみんなそこを楽しんでいるはずだ」

これも正論ですね。

このエッセイは小説や文学のことばかりではありません。愛猫家でもある彼の、猫に対してベタベタしない愛情溢れる文章も収録されていて、猫好きは必読です。また、無類の音楽好きで、湯浅学との対論を収録した「音楽談義」(Pヴァイン1000円)は、丁々発止、ロックにジャズ、ニューミュージックまで論じあいます。沢田研二の「時の過ぎゆくままに」が三億円事件を扱ったドラマの挿入曲だったことや、そのドラマの演出が久世光彦だったことを語るマニアックな会話も楽しいです。

エッセイに戻ります。その中で私が好きな文章です。

「すべての芸術には果てがない。芸術は決して霞や幻でなく、現実を最終的な地点で支えている。反面、お金こそが人生と無縁のところで動いているように見える。」

 

 

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