今年も沢山のいい本、いい映画に出会うことができました。

上半期、ノンフィクション系の刺激的な本に出会いました。将棋に人生を賭ける棋士たちの日常と、彼らの心情を追いかけた北野新太「等身の棋士」(ミシマ社)は、久々に読みごたえのある”勝負師”ドキュメントでした。沢木耕太郎ファンは必読です。

川崎の今を伝える、磯部涼「ルポ川崎」には驚かされました。一時は、環境も治安も悪く、住むに決していい町ではなかった当時、この街を愛するラッパー達が立ち上がり、様々な活動をして、住み心地のいい場所に変えてゆく姿を追いかけた一冊。

本を巡る本では、内田洋子「モンテレッジオ小さな村の旅する本屋の物語」。イタリアに強い作家だけに、イタリアの本を巡る歴史、紀行が巧く書き込まれていて、一緒に旅するような気分になりました。もう一冊、沖縄で古書店「ウララ」を始めた宇田智子の「市場のことば、本の声」は、彼女の店を訪れる様々な背景を持った人々が、時にユーモアたっぷりに、時にペーソスを交えて語られます。前作「那覇の市場で古本屋」もお薦めです。

小説では、奇妙なイメージで独特の世界を作り出す小山田浩子の「庭」が、ダントツの面白さでした。この小説を買われたお客様が一気に読み、そのお母様もハマったと聞きました。ほかには、釧路在住の桜木紫乃の短編集「水平線」が、北の大地に生きる男と女の人生の哀感が滲み出る傑作でした。今はない青函連絡船に乗って読みたくなる一冊です。

映画は、辛く悲しいアメリカの今を描いたマーティン・マクドナー作品「スリー・ビルボード」が心に残ります。繁栄から取り残されたような過疎の町で繰り広げられる復讐のドラマなのですが、登場人物のやることなすこと、ほとんどが上手くいかず、袋小路に落ち込み、抜けきれない状況を描いていきます。ラストもちぐはぐなことになってしまうのですが、人間ってこんなものだという無常感が沁みますが、なんか救われた感じがあるのも事実です。

救い、という意味では、マウゴシュカ・シュモフスカ「君はひとりじゃない」、グレタ・カーヴィグ「レディ・バード」のエンディングに漂う、ほんの僅かな希望、まだ明日も生きていける希望が忘れられません。リアルで過酷な人生に灯された希望を、ウソっぽくならずに描くのは至難の技です。明日は下半期を書きます。

★年内は12月30日(日)まで営業いたします。年始は1月8日(火)より通常営業いたします。

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。予約受付中(1500円)レティシア書房075−212−1772


 

 

 

 

ユダヤ人精神科医ヴィクトール・エーミール・フランクルが、ナチスによって強制収容所に送られた体験を綴った「夜と霧」という本のことは、ご存知の方も多いとおもいます。一筋の希望もなく、待っているのは悲惨な死のみという環境下で、その不条理を受け入れ、運命にどういう態度を取るのかを決める精神の自由を説いた本書は、日本では1956年に発売され、現在まで読み継がれています。

朝日新聞記者を経て、現在編集委員を務める河原理子が、自らの人生に大きな影響を与えた「夜と霧」を辿って、現地へ赴き様々な人に会い、河原自身が、この本とどう向き合ってきたのかをまとめたのが「「フランクル『夜と霧』への旅」(平凡社/古書1300円)です。

大学時代、一度「夜と霧」を手に取りましたが、巻末に収録された収容所で実際に行われてきた非人道的行為を証明する写真の数々に圧倒されて、途中で本を閉じた記憶があります。そして、これはそういう特別な場所でのナチの悲惨極まる行為を告発したものだと、今まで思ってきました。しかし河原は、「そう、これは、希望の書、だったのだ。明るい未来の希望、というよりは、心にしみいる希望の書。」と結論付けています。その後に、「そのことが腑に落ちるまでに、私は時間がかかった。」とも書いていますが……。

収容所に入れられることは、死を待つことに他ならない状況です。実際にフランクルは、妻を収容所で亡くしています。ガス室送りか、毒殺か、銃殺か……。どこに希望などがあるのでしょうか?著者はフランクルの他の書物も精読し、彼の残された家族や、収容所の生き残りの人達に会い、話を聞き、「希望」を見つけてゆくのです。

フランクルは、その人生を通して、憎悪という感情を排除してきました。演説でこう話しています。

「考えてみてください。いったい、私は誰を憎んだらいいのでしょうか。私が知っているのは犠牲者です。加害者は知りません。少なくとも個人的に知っているわけではありません。私は、集団に属するために誰かを有罪とすることに反対します」

彼は収容所から解放された時から、人間には、品格のある人たちと、そうでない人たちの二種類だけが存在すると繰り返し主張してきました。彼の全集の中に、演説原稿が残されています。

「強制収容所のなかでも、ときにはちゃんとした親衛隊員に出会うことがありましたし、またならず者の囚人もいたのです。ちゃんとした人たちが当時少数だったこと、またいつもそうだったこと、これからも少数派にとどまることを、私たちは受け入れるしかありません。事態が危険になるのは、政治体制が国民のなかからならず者を選んで上に行かせてしまうことです。」そして、こう結んでいます。

「だからあえて言う。どこの国だって、別のホロコーストを引き起こす可能性があるのです。」

今、この警告はより大きな真実味を帯びて聞こえてきます。

 

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絵本作家の酒井駒子が陶芸家ルート・ブリュックのことをこう書いています。

「様々なピースの集合が一体になって、ひとつの世界になっている作品に惹かれました。陶板のひとつひとつが美しく、完結した世界を持っていて、いつまでも見ていたいような気持ちになります。そしてそれらが集合して『音』になって、心の奥の方へ響いてくるような気がしました。」

ルート・ブリュックは、1916年ストックホルムに生まれました。36年、美術工芸中央学校に入り、グラフィックアートを専攻。特に版画の制作に力を注ぎ、卒業後はデザインの世界で活躍していました。彼女の繊細な作風を、アラビア製陶所のアート・ディレクターのクルト・エクホルムが気に入り、42年、美術部門に所属し陶芸の世界に入り込んでいきます。小さな陶板から、大きな壁画まで多種多様な作品を生み出しました。

そんなルート・ブリュックを紹介する「はじめまして、ルート・ブリュック」(ブルーシープ/新刊2160円)を入荷しました。上記の酒井駒子の文章は、この本からの引用です。彼女が好きな、馬に乗った少年の透明感、或は母鳥が雛鳥に話しかけている作品が持っている愛情深さなど、初めて見る美しさに溢れています。

同書で志村ふくみは、

「北欧に流れている神話性を感じる。女性の情緒的なものを超えて、普遍的な世界に心が惹きつけられる。タイルの色は鉱物の持つ絶対的な存在の高さ。その色は、たぐいまれな品格を現している」と称賛しています。

私のお気に入りは、1950年の作品「蝶の研究者」。青い帽子を被り、ブルーのジャケットを着た研究者が、左手に持った蝶を、右手に持ったルーペで調べようとしている作品です。彼が、蝶と語りっている様子が印象的です。

来年「ルート・ブリュック展」が、全国を巡回することが決まりました。関西では兵庫県伊丹市立美術館で9月上旬から開催されます。実物の青と緑のコントラストをぜひ見なければ!と思っているところです。

 

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 年始は1月8日(火)より通常営業いたします。

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川本三郎の「あの映画に、この鉄道」(キネマ旬報社/古書1800円)は、この著者の博識ぶりに驚かされながらも、楽しく一気に読んだ本です。よく知られているように、映画・文芸評論家であり、絶妙の散歩エッセイも書く著者は、鉄道ファンでもあります。この本では、そちら方面の知識、情報もフル稼働して、映画に出て来た鉄道を詳しく紹介してくれます。

しかも、北海道、関東、中部、関西、中国、四国、九州に区分けして書いているから驚きです。例えば、群馬県桐生市から栃木県日光市までを結ぶわたらせ渓谷鉄道。井筒和幸作品「のど自慢」、森田芳光の「僕達急行 A列車で行こう」等に登場し、最近の映画では是枝裕和「海街diary」にも使われていて、解説しています。

「父親の葬儀のために山形県の田舎町に来た三姉妹が、腹違いの妹に見送られ東京に戻る駅は、終点のひとつ手前、足尾駅でロケされている。」

と万事この調子で、映画に登場する駅のことが詳しく書かれています。凄いな、この記憶力と情報力。実際に足を運んだ場所もあるみたいです。京都も登場します。一本は山本富士子主演の「夜の河」です。

「昭和三十一年に公開されたこの映画は、何よりもまず、空襲の大きな被害を受けなかった古い京都の街並みをとらえるところに良さがある。堀川のあたりに瓦屋根の家が並ぶ。その堀川沿いに市電が走る。ポールを付けた昔ながらの市電。」

山本富士子の着物姿の色っぽさにあてられていただけの私とはちがうな〜。

もう一本は、京マチ子主演「偽れる盛装」(昭和26年)の京阪電車です。「京人形のような美女を、嫉妬に狂った男が追う。とうとう彼女は電車の踏切のところで追いつかれ、刺されてしまう。(幸い命はとりとめる) この踏切が京阪電車。地下に潜ってしまった現在、こういう場面は生まれない。」

著者はあとがきでこう書いています。

「日本映画が数多く作られた昭和二、三十年代の映画には、廃線になった数々の鉄道が、まだ現役時代の姿をよくとどめている。動く絵のなかにきちんと動態保存されている。そのことを記録に残しておきたいという気持ちも本書のモチーフになっている。」

昭和の時代が鉄道と共にあったことを記録する、資料としても一級の価値のある本です。ここに紹介される映画は、おそらく映像ソフトで観ることができます。お好きな一本を探すのも良し、文章を読んで行ってみたくなったら、ふらりと出かけるも良し。

因みにこの本は全編書き下ろしです。資料集めもさぞや大変だったと思います。

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長期にわたりニューヨークに滞在し、現代アート、写真のキューレションに携わっていた河内タカが、現代アートを紹介する「アートの入り口」(太田出版/古書1300円)は、気楽に読める一冊です。

著者曰く「ここに書き綴ったものは、そのほとんどがまだ朝日が昇る前の早朝の静かな時間帯を使って書いたものです」。ラジオから流れる“Take Five”にでも耳を傾けながら、気分よく現代アートの世界に入れます。

ここにも登場するジャクソン・ポロックやマーク・ロスコなどの、現代作家を書いた本には難解なものが多く、辛気くさい。その点この本は、先ず著者の住んでいたNYの雰囲気や、彼の生活を記した文章から始まります。一緒にソーホーのギャラリーを回っている感じがします。そして、徐々に作家についての紹介が始まります。

マーク・ロスコを、人の感情に深く訴えかける「カラーフィールド・ペインティング」と呼ばれる抽象絵画のスタイルの中心をなすアーティストと捉え、「油絵具を水彩のように薄く溶き、何層にも塗り重ねていくことによって生み出される深く透明感のある画面であり、その表面を凝視していると、最初に見えていた色とは異なる色彩が感じられます。海の色や夕焼けが刻一刻と動くのと同じで、それ自体がまるで生きているかのごとく、キャンパスの奥から淡い光が静かに放たれているようなのです。」

イメージが湧いてくる文章です。紹介した作家の作品や作品集が掲載されているのですが、いかんせん小さい。興味ある作家に出会えば、パソコンを立ち上げて、画像を検索されることをお薦めします。

後半、新しい流れの写真家が多く紹介されています。ポートレート写真で有名なアーヴィング・ペンでは、生前彼が「人を撮るということは手術するようなものと語っていたそうです。被写体となる人物の中に深く入っていって、その人の真の姿を切り取ることは、その行為にあたる自分にも痛みを覚えるというニュアンスで語ったのかもしれません」と彼の言葉を紹介しています。(右のヘップバーンの写真は彼の作品です)

この本で最後に紹介されるのが、ヴィヴィアン・マイヤーという写真家です。彼女については、ドキュメンタリー映画をブログで前に書いた事があります。生前は全く無名の写真家でしたが、死後、その膨大な数の作品が発見されました。写真を誰からも学ばず、ニューヨークやシカゴのストリートで、日々シャッターを押して、リアルでライブ感に溢れる写真を撮っていました。晩年、生活に困窮し、2009年に人知れず亡くなりました。著者は「この名もない一人の女性が生涯をかけてコツコツ撮り続けた、これほど凄みのある写真を見ることができる奇跡に、ぼくは感謝したい気持ちでいっぱいです。」という文章で結んでいます。蛇足ながら、この映画を観たのは、2015年12月7日でした。3年ぶりに彼女のことを書く事になりました。

多くの現代アートの作家や、写真家を網羅した本書から、お好みの作家を見つけ出してみてはいかがでしょうか。

 

 

 

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「70パーセントの青空」は、1988年秋から1989年春にかけて、「月刊カドカワ」に連載されたものに加筆修正した安西水丸の長編小説デビュー作です。

「一九六四年十月、東京は第十八回オリンピックでわきたっていた。昨日、マラソンで、エチオピアのアベベ・ビキラが優勝した。」

主人公は美大を卒業して、大手広告代理店の下請け会社に入社した若い男です。彼が広告代理業界で、様々な人達と出会い変化してゆく姿を追いかけていきます。ここには等身大の著者がいます。物語では、主人公は二人の女性と出会います。割烹で働く古風なヤエ子と、同じ広告代理店で働く現代的な文里です。9ページにヤエ子の、68ページに文里のイラストが挿入されていますが、その絵が二人の女性の内面まで語っています。

「時雨がいった。プラタナスの色づいた紀尾井坂を上がり、上智大学の土手に出た。土手下のグラウンドの土が雨でコーヒー色になっている。身体が冷えて感じたのは雨に濡れたせいではなかった。時雨のいったあと、つめたい風が吹きはじめた。」

都会小説には、なくてはならない上手い情景描写です。かといって、ただスケッチとおざなりの恋愛事件だけで作り上げられた小説ではありません。苦々しい青春の一時を切り取った物語です。

「ぼくは射精した。ヤエ子の腰あたりから、精液は内股をつたって流れた。ぼくはヤエ子の背にかぶさるようにして立っていた。吐く息で、ヤエ子のうなじのほつれ毛がゆれた。」

生々しい性描写を交えながら、空虚さに引きずられる日々が続いていきます。小さな広告代理店に入社したはずが、親会社に出向することになり、実力派のデザイナーたちに揉まれながら、彼は日に日に実績を積み上げていきます。輝ける日々の始まりのはずなんですが、満たされないまま、きらびやかな広告業界の中で立往生してしまいます。

そして、「どこか知らない国に、自分の若い日の時間が持ちたい」という思いに目覚め、会社を辞め、ニューヨークに向かうことを決心します。ラストは新天地に向かう飛行機の中です。

「空は青かった。さわやかな秋の午後の青空だった。この青は、100%の青ではないな。ぼくの仕事の時に使うカラー・チャートをおもった。何パーセントの青だろう。しばらく考えた。

70パーセントの青だと思った。70パーセントの青空。それは完全な青になにかが不足している。今までの自分にそれを重ねた。70パーセントの青空。それはぼく自身だったかもしれない。」

安西自身の青春の記録はこうして幕を閉じます。(2300円/古書・絶版・初版・帯付き)眩しい青空が心に残るエンディングです。

 

 

 

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2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)

少し前のブログに梯久美子の「原民喜死と愛と孤独の肖像」(岩波新書/売切れ)のことを書きました。今回は同じ著者の「愛の顛末」(中公文庫/500円)です。サブタイトルに「恋と死と文学と」とあります。三角関係、夫婦の葛藤、ストーカー、死の床で語られる愛など、もう韓流ドラマ好みの話題満載なのですが、ここに登場する文学者の本を、思わず読んでみたくなるところが著者の力量です。

小林多喜二、近松秋江、三浦綾子、中島敦、原民喜、鈴木しづ子、梶井基次郎、中城ふみ子、寺田寅彦、八木重吉、宮柊二、吉野せい、という12名が登場します。どの人も「激し過ぎる」人生なのですが、だからこそ、彼らが永遠に輝くのかもしれません。そんな中から私の知らなかった作家を紹介します。

戦後を代表する歌人の一人宮柊二は、1912年新潟に生まれ、1939年徴兵されて、日中戦争ど真ん中の中国山西省に送られます。その時詠んだのが、

「うつそみの骨身を打ちて雨寒しこの世にし遇ふ最後の雨か」です。

「うつそみ」は現世を生きている自分のこと。戦闘にのぞむ兵士の死の覚悟を詠っています。敵陣深く侵攻する日々の中で、内地にいる最愛の女性、英子に多くの手紙を送ります。「ここは山西省の一寒村であり、この前には日本の部隊は居りません。殆ど想像のつかない少人数が、ここを死守して作戦の十字を掴んで居ります。」

激しい戦闘が日々繰り返される最前線から送られてくる手紙には、時を越えて、個人の真摯な思いが溢れています。その激戦を耐えぬき、故国に戻った彼は英子と結婚し、子どもが生まれ、職も得て再スタートします。1945年再び召集されて、戦地に赴くことになりますが、敗戦が決まり、家族の元に戻ります。戦後は短歌界を牽引します。晩年の歌にこんなものがあります。

「中国に兵なりし日の五カ年をしみじみと思ふ戦争は悪だ」

1986年、74歳でこの世を去りました。

この本に登場する文学者たちが背負っていたものは、戦争であり、貧乏であり、病いでした。重圧に耐えながら、命を削った果てに残ったのが、彼らの作品でした。

戦中から戦後にかけて古い因習、価値観に抗い、恋に生きることを選んだ、中城ふみ子という歌人がいました。19歳で親に決められた結婚をし、3人の子の母となり、文学も諦め、そして離婚。31歳で乳がんで亡くなるのですが、人とは違った生き方を貫く女性に世間は冷たく、母となった女に自由な恋愛などできなかった時代に、死を前にして彼女は抗い続けました。

「内部のこえに忠実であらうとするあまり、世の常の母らしくなかった母が子らへの弁解かも知れないが、臆病に守られる平穏よりも火中に入って傷を負ふ生き方を選んだ母が間違ひであったとも不幸であったとも言へないと思ふ」

と生前出された歌集「乳房喪失」のあとがきに書いています。

この文庫の解説で、永田和宏は「もう一度、これらの作家を読み直してみたいと思わせてくれる一冊であった」と書いていますが、その言葉通りのノンフィクションです。

 

 

石田千の「店じまい」(白水社/古書800円)は好きな本で、前にもご紹介しましたが、また手に取って読んでしまいまいした。帯の言葉を借りていうと「あなたの町にもきっとあった、あの店この店・・・・その不在の光景の数々」を描いたエッセイです。

昔馴染みの店の閉店の話って、ちょっと感傷的になるものです。私が閉店を経験した時も、店側の人間はわりとクールで事務的になってゆくのですが、お客様サイドはやはり違っていたようでした。石田の文章は、哀愁をにじませながらもどこか醒めた部分があり、しかも瑞々しい感性で語られて、とても気持ちよく読めます。彼女の好きなお店は例えばこんな感じ。どんな町にでもあるような蕎麦屋さんで、

「水が来て注文をして、テレビに飽きぬうち。新聞なら三面記事と黒枠、天気予報と週刊誌の広告をながめたころ。おまちどおさま。それまでの心づもりと空腹の間あいは、からだで覚えていて、整えられる店のおくの湯気のむこう、あかい顔をしてゆでているおじさんや、三角巾をきっちりむすんだおばさんが、あわてずせかさず、長年のいつもどおりを守っているおかげで、気どりなくいられる。食べたいものを、食べたい速さでたいらげる。」

こんな居心地のいい店って、誰も何軒かお持ちのはず。それが、ある日行ってみると閉店している、という経験もされているでしょう。その店が存在した時の街の情景を背景にして、店の人と交わった一瞬を書き留めています。石田は、古風なセンスの優れた下町エッセイを何点か書いていますが、この本がベストではないでしょうか。

馴染みの豆腐屋が閉店していた時。

「暮れに来たときは、あぶらあげ二枚買った。半年後、店をたたんでいた。ひとの死を知ったときのようにざわついて、部屋のなかで、立ったりすわったりしている。すぐそばにあった景色が、腰まわりからはなれていかない。」

店は変わり、街も変わり、そこに何があったのか誰も忘れている、というのが現実ですが、心のどこかに様々な思いと郷愁と共に残っている店ってありますよね。この本を読みながら、そういえば、あの店…..って思い出したりしました。

 

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「二歳になるころ、ぼくの耳が聞こえないことがわかった。先天性の感音性難聴という診断だった。」で始まる齊藤陽道著「声めぐり」(晶文社/新刊1998円)は、障害者プロレスラーから、写真家へと転身した男が、聞こえない声とどう向き合い、自分の世界を取り戻していったかを綴った本です。

彼の病気は、内耳や聴神経などの音を感じる『感音器』の障害によっておこる難聴で、音がひずんで聞こえる、音の聞こえる範囲が狭いといった特徴があります。病気を認知した頃から、彼は補聴器を付け、正確な発音練習に明け暮れます。自分はきちんと声を出しているのか、変な声じゃないだろうかとビクビクした日々を送ることになります。相手の言う事が理解できなくても、分かったような返事と表情をするのが小学校時代だったと振り返っています。それは中学時代も同じで、「深まってゆく孤独をまた頑張って抑えていったら、きっと近いうちに、自死するか、残酷な形で人を傷つける未来しか思い描けなかった」という日々でした。

しかし、都立石神井ろう学校に入学し、手話に出会ったころから人生が変わり始めます。手話が自分の気持ちに結びついた道具として話せることを知でり、自分の声を取り戻していきます。

「朝起きてまず思うことは、『今日も話ができる!』だった。ごはんもそこそこに、制服に着替えてすぐ家を出て、自転車で学校へと向かう。」

けれど、人生はそんなに簡単にいかない。アルバイト先で「つんぼ」という差別用語をぶつけられたり、様々な場面で自分の存在を否定されたりする場に出くわします。罵声を浴びても、自分のことを見てくれていたという錯綜した思いをこう書いています。

「悪意のことばすら、まず自分を見てくれているという、いびつにねじくれた喜びとして感じてしまった。出てゆく先のない怒りは、鬱積し、よりどす黒く醜い色に染まりながら腐ってゆく」

そんな齊藤の前に、「無敵のハンディキャップ」という本が現れます。著者の北島行徳が代表を務める障害者プロレス団体「ドッグレッグス」の誕生から、試合、参加するレスラーの事を書いたノンフィクションです。齊藤は、この本にのめり込み、何度も、何度も読み返します。

「障害に負けず、健気に生きているという健常者にとっての都合のよいステレオタイプな『障害者」はどこにもいなかった。どの人物も血肉ある者として描かれていて、みんなが不器用に生きる『人間』だった。」

試合をみたあげく、「ドッグレッグス」に入門し、プロレスラーとしてリングに上がります。その後、リングでの体験を元に、写真家として生きていくのですが、波瀾と思いの深さに満ちた彼の物語を、このブログでは語りきれません。

本書は、障害者なのにここまでやっています、というような感動ものでもなく、自伝でもありません。齊藤は「声めぐりの旅へ踏み出す一歩を支えてくれた現象」を語ったものだと書いています。聴こえないからこそ、コミュニケーションをより深く真剣に考え、模索していった人生の記録です。

 

写真家の平野太呂が、憧れの先輩36人に会いにゆき、自然光で撮影されたご本人と仕事現場の写真を元に、人となりを紹介するフォト・エッセイ「ボクと先輩」(晶文社/古書1150円)は、ほのぼのとした本です。

登場する先輩が凄い!安西水丸、高橋悠治、大林宣彦、ピーター・バラカン、なぎら健壱、水木しげる、立花ハジメ、平野甲賀、小西康陽等々、様々なジャンルで活躍する達人ばかりです。

先輩たちの素敵な表情を捉えた写真が美しい。安西水丸の微笑み、ざっくばらんなおっちゃんという雰囲気の建築家阿部勤、自転車ビルダー渡辺捷治の頑固そうな職人顔と、彼が作り上げた自転車、昔の映写機を持って楽しそうな映画監督大林宣彦、FMラジオのDJブース内のクールなピーター・バラカン、バット片手にグラウンドの彼方を見つめる野球解説者篠塚和典など、この人達の顔を見ているだけで、こちらの気持ちも明るくなります。

最初に登場する「テーラー大塚」の店主、大塚忠雄氏など、全く知らない方もいます。1945年生まれ。祖父母の代から続く、浅草橋のカスタムオーダーの洋服店のオーナーです。白髪とベレー帽姿が、カッコいい!おしゃれな紳士です。「タンゲくん」等でお馴染みの絵本作家、片山健のアトリエも撮影されています。こんなアトリエで絵本を作っていたのか・・・。絵本作家は「笑ってくださいとか、絵を描いてくださいとか絶対言わないでくれって取材のときはお願いするんだけど、なんか今日はそんな感じじゃなさそうだからよかった!」と発言しています。平野太呂という写真家の人間性は、他人をホッとさせる何かを持っているみたいですね。ここに登場する人達の表情を見ていると、そう思います。

おぉ〜、やはり只者ではなかったのが桑原茂一です。1975年、小林克也と組んで「スネークマンショー」を結成して、音楽シーンに旋風を巻き起こした人物です。その後もラジオ等で活躍しています。彼はこんなラジオ番組のデモを聞かせます。

「国民のみなさん、わが国は先ほど正式な手続きをもって、戦争を行うことになりました。しかし、ご安心ください。相手がどこの国か、いかなる戦争か、すべての国民のみなさんに分からぬように進めていく次第でございます。勝敗に関しても分からぬように処理させていただきます。戦争に怯えることなく、ふだんと変わらぬよう処理させていただきます。戦争に怯えることなく、ふだんと変わらぬ日常をお過ごしいただければと考える所存です。」

凄いラジオ番組!と驚いていたら、オクラ入りとか……..。このギャグ、笑いながら、ほんまにありうる話で冷や汗が出ます。

さて、最後を飾るのは、装丁家として有名な平野甲賀。彼の作り出す独特の文字は、本好きな方よくご存知のはずです。一時、カウンターカルチャーの書籍発行に力を注いだ晶文社の本の装幀を一手に引き受けたブックデザイナーです。76歳になって、東京から生活の場を小豆島に移しました。和室に置かれた大きな古い机、障子の向こうからさして込んでくる日光、木箱を組み合わせたような本棚。落ちついたいい仕事場です。

「そろそろ春がやってきそうな3月の上旬、4歳の娘と『帰省』した。」帰省……?つまり、平野太呂は平野甲賀の息子なのです。単行本になることが決まったら、題字を頼むとの息子の要望通り、本の題字は大先輩である父親でした。