夕書房から出た鷲尾和彦写真集「Station」(夕書房/新刊・3960円)は、被写体となった一人一人の人生に思いを寄せて見た一冊でした。

「2015年9月9日、オーストリア・ウィーン西駅。欧州から日本への帰途にあった私は、空港へ向かうバスにに乗り換えるために降りた駅のホームで、あふれんばかりに押し寄せる人の波に突如としてのみ込まれた。」

多くの国の人々が行き交う駅のホームで、写真家が過ごした3時間。そこに映し出される時間を私たちは見る、いや体験することになります。写真集には梨木香歩は文章を寄せています。

「『Station』に収められた写真を見ている間、被写体となった人びとに何度も感情移入した。ひとの群れのなかに、自分も混じり込んでしまう。同じ時間、同じ場所を共にしている、自分も含め、彼らは行きずりの人びとでもある。つまりその場限り、かりそめ、つぎの瞬間は分水領のように運命が分かたれていく。」

祖国から離されて、他国へ流されてゆく難民らしき人々が、ここには多く登場してきます。壁際に立ちすくんだアラブ系の女性の視線と出合うと、もう動けなくなる。彼女の運命を思い、こちらも立ちすくんでしまう。大きなバッグを持って、ホームを足早に立ち去る男たちがどこへ行こうとしているのか。列車の窓から、こちらを見つめる少女には何が待っているのか、幸あれと祈られずにはいられない。

「一枚一枚に人生が集約されている」と梨木は書いています。私たちの生きているこの時代の姿を、普段の生活の中では忘れている姿を見せつけてくれる写真集です。ぜひ、傍に置いておいて欲しい一冊だと思いました。そして、ページを開いてこれからの彼らの暮らしに、思いを馳せてみてください。

誠光社で、現在「Station」の写真が展開催されています。(9月15日まで)

 

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山田稔の散文を集めた「こないだ」(編集工房ノア/古書1500円)を読んだのは、巻頭に載っていた「けったいなアメリカ人」(米谷ふみ子著)のことを書いた文章に魅せられたからです。

大阪生まれの作家米谷ふみ子は、絵の勉強のために渡米して、そこで劇作家ジョシュ・グリーンフェルドと結婚します。その夫について、山田はこう書いています。

「この本で私はまた、つぎのことを知った。ジョシュ・グリーンフェルドは、私の好きな映画『ハリーとトント』の脚本作者であること、この題名は最初は『老人と猫』だったのを変更されて、原作者は不満に思っていることなどを。『老人と猫』?それでは平凡すぎる。どこかユーモラスなトントという猫の名前が気に入った私は、ひところわが家の庭にすみついていた野良猫をトントと呼んでいたのだった。」

「ハリーとトント」ご存知ですか?とても良い映画です。それを山田は観ていて、こんな風に書いているのです。

山田の本は、どれも読んでも気持ちが落ち着くというか、ゆったりしたリズムの文章に心地良くされてしまう作家だと思います、本書は様々の雑誌等に発表したものをまとめたものです。

「ある祝電」でフランス文学者、多田道太郎の娘である謡子の思い出を書いています。1976年、仏文科の学生として山田が教鞭を執っていた大学に入学した彼女に勉強を教えたこと、彼女が法学部に転学し学生結婚したこと、弁護士として活躍し、三里塚闘争の弁護人や、東アジア反日武装戦線の宇賀神寿一の控訴審などにも関わり多忙な日を送っていたこと、そして病魔におかされ1986年に亡くなったことなどが綴られています。

過去の日々が、書き続けられた日記、送られてきた膨大なハガキを見ながら脳裏に蘇って、ゆっくりと、ゆっくりと当時の面影が文章に焼き付けられていきます。最後に、父親の道太郎の弔詩「さよなら謡子」の一部が掲載されていますが、思わず涙がこぼれました。

第3章「読むたのしみ」は山田の書評を集めてあります。短いものばかりですが、どの本も読んでみたくなる文章です。ロジェ・グルニエ「ユリシーズの涙」は、グルニエの飼っていた犬への愛情が詰まった一冊で、以前に読んだことがあります。彼も、この本が好きだったのかと思うと嬉しくなりました。シンプルな装丁も素敵です。

 

 

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木村元の「音楽が本になるとき」(木立ちの文庫/新刊2420円)は、音楽の本というジャンルを逸脱しながら、音楽の本質について考察した稀有な書物です。

「丸竹夷ニ押御池 姉三六角蛸錦(まるたけえびすにおしおいけ あねさんろっかくたこにしき)」という、京都の人なら口ずさむ通り名を歌った歌で始まるように、著者は京都生まれ。上智大学卒業後、音楽之友社に入社、一貫して編集者として活動し、2007年アルテスパブリッシングという音楽関係の書籍専門出版社を立ち上げました。(もちろん同社の本は当店で扱っています)

本書は、地元京都市下京区にある「木立ちの文庫」よりリリースされました。

「感動というのは、ある種の甘美な自己肯定感と、安易にそれに浸ることを許すまじとする自己規制の感覚とのせめぎあいだということである」

著者は、このことは音楽だけでなく、読書にも当てはまると言います。映画も演劇もそうだろうと、個人的に思います。第1章「泣くのは恥ずかしい」は、感動という現象について掘り下げています。

また、著者の専門分野であるクラシック音楽についての情報や、オタク的知識の羅列といった音楽本にありがちな展開はほとんどありません。音楽という表現形態を深く追求します。理論的、哲学的考証で、私たちに著者が投げかけてくる言葉について、考えることえを求めてきます。だから、決して読みやすい本ではありません。しかし、理路整然とした文章を解きほぐしてゆく面白さを体験させてくれます。

「音楽をするということは、楽譜に書かれた普遍的な芸術を再現することであると同時に、楽譜に書かれていないことを読みとってくれるたったひとりの聴き手に、みずからの思いを届けれることでもあるのだから。」

この文章を読んだとき、新刊書店員として新米の頃にある先輩に言われたことを思い出しました。「本屋は本を売る場所ではない。本と本の間にあるものを売るんやで」と。さらに、「数多くの人に向かって売るんやない、ひとりに向かって売るんや」とも言われました。そう言われてもなんだか訳がわかりませんでした。ちょっと似ているなぁと思いました。今になれば、本を仕入れる時、あるいはブログを書いている時など、あの人に向けて、この人を思い浮かべて、というのが確実にあります。

取り扱い中のアルテスパブリッシング社の出版物は「文科系のためのヒップホップ入門」1&2、「すごいジャズには理由がある」、「現代ジャズのレッスン」、「 YMOの 音楽」、「ミシェル・ルグラン自伝」、「魂のゆくえ」、「ポップ・ミュージックを語る10の視点」

どれも魅力的ですが、個人的オススメはピーター・バラカンの「魂のゆくえ」ですね。

 

カッコいいタイトルの著者はキム・ホンビ。これがデビュー作品です。「女の答えはピッチにある」(白水社/古書1300円)を翻訳した小山内園子さんは、「アマチュアの女子サッカーチームに入団した著者が、文字通り体ごとぶつかって学んでゆくサッカーの物語。と同時に、女性たちの連帯の姿をも描き出す物語だ。」とあとがきで書いています。

「へ?試合ですか?まだ入団して一時間十分で?インサイドキック以外、教えてもらってないのに?」

と、いきなり試合に出されることになった新米のドタバタから始まります。読みながら、どれほど笑い転げたことか!韓国では、もしかしたら日本もそうでしょうが、何かと女子サッカーには男性サイドからの偏見があって、何にも知らないから教えてあげようという、いわゆる”マンスプレイニング”が束になって襲ってくるようです。「オフサイドって知ってますか?」なんて質問、関西なら「おっさん、ケンカ売っとんのかい!」ですよね。しかし、彼女たちは、そんな束をすり抜けなていきます。シニア男性チームとの練習で罵声を浴びても知らん顔で、自分たちのサッカーテクニック向上に邁進していきます。

チーム内にあっては、様々な揉め事が起こりますが、それを大げさに描かず、随所に笑いを盛り込みながら、彼女たちが一つのチームを作ってゆく様を描いていきます。日本でも人気のある作家チョン・セランは、本書を「サッカーを比喩にして女の丸ごとの体、丸ごとの人生、丸ごとの世界をつづっているのだ。」という評価をしています。終わり近くで、著者が初めてシュートに結びついたロングパスを蹴り出す瞬間の躍動的な文章にドキドキさせられました。パスを送り、自分のポジションを確認しながら、間合いを詰めてゆく。ピッチ一杯に女性たちが走り抜けてゆく姿がよぎりました。

「仕事と育児の時間の隙間をかいくぐり、なんとかして日常にサッカーを押し込もうとするこの人生行路そのものが、なんとかしてボールをゴールに押し込もうとするある種のサッカーなのだ。」

帯で津村記久子さんが「いつまでもホンビさんの話を聞いていたかった」と書いていますが、その気持ちわかります。「どんとこい、人生」みたいな気合いいっぱいです。

 

 

大手映画館で、今、スタジオジブリの代表作「風の谷のナウシカ」「もののけ姫」等を再上映しています。おそらく、大作の新作の公開が遅れているためですが、お客さんは入っているようです。

当店でも、スタジオジブリの監督の宮崎駿とプロデューサーの鈴木敏夫の著作を何点か入荷しました。これだけはぜひ読んで欲しいと思うのが、宮崎のコミック「シュナの旅」(アニメージュ文庫/古書400円)です。チベットの民話を元にして、宮崎がオールカラーで描いた作品です。後の「風の谷のナウシカ」や「もののけ姫」の原点とも言える作品です。「もののけ姫」で主人公が乗っていたヤックルという動物が、すでにここで登場しています。

「本へのとびら」(岩波新書/古書800円)は、宮崎が、岩波少年文庫への溢れ出る愛情を語ったものです。前半は、スタジオジブリで非売品として作られた小冊子「岩波少年文庫の50冊」をベースにして、宮崎が推薦する児童文学が紹介されます。この中で「第九軍団のワシ」という歴史小説が推薦されていますが、私も大好きな一冊です。宮崎も、東北を舞台にしてアニメ映画にしようとしていたことを知りました。是非、観たい!!

一方、宮崎と共に映画を製作してきた鈴木敏夫の「仕事道楽新版」(岩波新書/古書400円)は、プロデューサーとして宮崎駿、高畑勲にどう付き合い、そして共に苦労しながら、映画を世に送り出してきた現場をリアルに伝える一冊です。

宮崎は映画作りを航海に例えました。乗組員は、監督以下のスタッフ。航海はいつも順風というわけではありません。雨や嵐の日もあります。無事に目的地に着けるのかわからない。そのスリルとサスペンスを全スタッフが味わうことが、映画を面白くするというのです。

「結末がはっきりとはわからない、というのは大変なスリルです。航海にたとえるのはうまい比喩ですが、その比喩でいけば、難破という危険性もあるわけで、つまり映画ができないということになってしまうんですけどね。」

鈴木は、そんな危険を回避しながら映画を製作しているのです。彼の「人生は単なる空騒ぎ」(角川書店/古書950円)には、映画の企画書、製作過程、キャッチコピー、宣伝、CMコンテに至るまでの資料が収録されています。本書には、宮崎映画のキャッチコピーなどが、鈴木の力強い毛筆で書かれています。

 

ちょっと面白いところでは、ロバート・ウェストール「ブラッカムの爆撃機」(岩波書店/古書1450円)があります。宮崎が愛するこの児童文学に、彼の書き下ろしの「タインマスへの旅」という漫画を寄せているのです。飛行機オタクの宮崎らしいです。

★8月17日(月)〜20日(木)まで休業いたします

読み応え十分のノンフィクション。ピュリッツアー賞を受賞しただけの価値のある一冊「その名を暴け」(新潮社/古書1500円)。ニューヨーク・タイムズの新聞記者、ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーの二人が追いかけたのは、ハリウッドで絶大な権力を誇る映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン。辣腕プロデューサーとして傑作映画を製作する一方で、自らの権力を利用して、女優や、女性従業員に対して性的行為に及び、バレそうになると示談金を提示し、そのことを口外しないように迫りました。

ハリウッドに君臨するワインスタインについて、地道な調査をし、被害者に会い、被害を取材させてくれるまで粘り続け、事実を積み重ね、記事を作り上げるまでの数年間の苦闘をまとめたのが本書です。この記事が、その後アメリカから全世界へと広がった「#MeToo運動」に火をつけたのです。

アメリカの新聞記者による傑作ノンフィクションといえば、ワシントンポストの二人の若い新聞記者がニクソン大統領の民主党盗聴事件を追いかけた「大統領の陰謀 ニクソンを追いつめた300日」がありますが、それに負けない力作です。性被害を受けた女性たちの精神的苦痛をいかに和らげられるか、公開を前提に取材してゆく記者たちの苦労と、今こそ自分たちが受けた苦痛を世に公開すべきか、せざるべきかで悩む被害者たちの人生が、かなり細かく描かれています。だから、性犯罪のリアルなシーンも当然出てきます。読むのが辛いと思われる方もおられるかもしれません。

記者のミーガンは、取材のために、それまで何度も「招かれてもしていない家を訪問し、玄関扉を叩いたが、毎回心が重かった。」と書いています。そして、今回も「大きな木の扉を叩きながら、自分が他人の静かな生活へ押し入っていくような気がしてならなかった。」と感じていました。それでも、彼女たちは取材を続けました。

調査が進んでいき、いよいよ記事公開へ。ワインスタインが持てる力を駆使して、記事の公開中止を画策しますが、二人の記者とニューヨーク・タイムズは一歩も引きません。公開寸前のギリギリの攻防の描写はもう映画を見ているようです。

ワインスタインが役をあてがう代償として、肉体関係を要求する「キャスティング・カウチ」の虐待を行ない、それが組織化されていたことが白日の下にさらされます。彼はハリウッドを去り、検察当局から訴追されました。

400ページ余の本書を読み終えた時、あぁ〜この本はきっと野心的な女優、もしくは女性プロデューサーが映画化するだろうなぁ、と思いました。いや、ぜひして欲しいです。二人を管理する上司の編集者コルベット役は、きっと多くの女優がやりたいと手を挙げるでしょう。

最後に、著者の二人は「謝辞」をこんな言葉で締めくくっています。

「わたしたちの娘たち、そしてみなさんのお嬢さんたちへ。あなた方が職場やそのほかの場で、常に敬意と尊厳を受けられますように」

全世界へ向けられたメッセージです。

 

以前、この著者の「居た場所」をご紹介しました。そのとき、「物語自体はあまり面白くありません。が、ここに登場する迷路のような街角に連れ出され、白昼夢のような世界を見せてくれる描写が面白い!」と書来ましたが、本年度芥川賞を受賞した「「首里の馬」(新潮社/古書950円)は、物語も登場人物も不思議なのですが、とても心に染み入る作品です。

主人公は沖縄首里に住む、未名子という女性です。世界各地の孤独な環境下にいる人とオンラインでつながり、スタジオと称する事務所からクイズを出題して、しばらく雑談するという奇妙な仕事をしています。
南極の深海や宇宙空間で仕事をしているポーラ、ヴァンダ、戦争の危険地帯のシェルターで監禁生活をしているギハノ、などが顧客です。隔離されている場所にいる人に向けて、日本語で問いかけています。その側ら、町にある私的な資料館の整理を自主的に手伝っているのですが、ここには、戦争前後からの雑多な資料が未整理のまま、山積みされています。未名子は、奇妙な質問ブースと資料館とを往復しています。この作家らしい静謐なタッチで彼女の日々を描いていきます。あ〜これ沖縄の話だった?という感じでこの地の温度感はまるでありません。
台風が過ぎ去ったある日のこと、彼女は悲鳴を上げます。「カーテンを引き開けた目の前、未名子の家の小さな庭いっぱいの、大きな一匹の生きものらしき毛の塊がうずくまっていたからだ。」
それは、幻と言われる宮古馬だったのです。さて、この馬をどうするか思案していたところ、資料館の閉鎖が決まります。彼女は、ある決断をします。「この島のできる限りの全部の情報が、いつか全世界の真実と接続するように、自分の手もとにあるものは全世界の知のほんの一部かもしれないけれど、消すことなく残すというのが自分の使命だ」と。この島の血生臭い過去の記録を丸ごと残すために、「ヒコーキ」と名付けた宮古馬と共に、未来へ向かって一歩進み出します。
馬も、島の記録もすべて消えてゆく存在かもしれません。でも、作者はその事実に浸ってじっとしてはいません。最後の文章を読み終えた時、広がってゆく満足感。
この街で、小翠を追いかけたい気持ちになる力を持った小説です。」というのは、以前「居た場所」のブログで書いた文なのですが、今回の物語でも、未名子とヒコーキを追いかけたい気持ちになりました。

 

★お知らせ  勝手ながら8月17日(月)〜20日(木)夏季休業いたします。


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2022年に出版活動を停止する予定のLIXIL出版が、今まで発行してきたBOOKLETシリーズを6月末から販売してきました。ご好評をいただきましたので、一部入れ替えて第二弾としてお届けします。様々な文化を、独自の視点で捉えて多くのBOOKLETを発行してきました。第二弾として、30数点を改めて入荷いたしました。いくつかをご紹介いたします。

滋賀県には、村内の豊作と安全を祈願して、一月から三月にかけて圏内の各地の神社で行われる「オコナイ」という祭りがあります。その全貌を捉えたのが「オコナイ湖国・祭りのかたち」(1650円)です。「オコナイ」という言葉は、平安時代の書物「今昔物語」が初見とのこと。そんな昔からの祭りが、今も形を変えながら残っているのです。

今や、電話と言えばiphoneに代表される携帯電話ですが、「電話 コミュニケーション・ジャングル」(1540円)は、ここに至るまでの電話の歴史を貴重な写真と共に知ることができる一冊です。この中の「The Telephone1876-1993」では、1876年グラハム・ベルの初めての電話による会話から、高度情報化社会の電話機までの発展史が、図版で構成されています。携帯しか知らない世代には、ぜひお読みいただきたい。また、いとうせいこうと香山リカとの対談や、宮台真司の論文「電話風俗」など面白い企画満載です。

京都在住の方なら、京大総合博物館はご存知だと思います。「科学開講」(1980円)は、その博物館にある資料の一部を見ることができます。京大の前身の第三高等学校で使用されていた教育のための機械や道具です。「顕微分光器」とか「伏角計」、あるいは「リース電気空気温度計」とか、私には何に使うのかさっぱりわからんのですが、機会や道具のフォルムがとても美しい!眺めているだけで楽しくなる器具のオンパレードです。

コラムニストとしてよく知られている山本夏彦が、1955年に創刊した雑誌「木工界」。61年に「室内」と改題し2006年まで発行されました。全615冊、52年の歴史を一冊にまとめたのが「室内の52年」(1650円)です。現場で道具を持って働く人たちの姿を見つめるというのがテーマの雑誌で、一見地味ですが、奥が深い。世の中に迎合せずに、働く人々をバックアップする姿勢は首尾一貫していました。インテリアの雑誌ながら、文芸誌のような雰囲気を作り、出久根達郎らにも執筆を依頼していたところは山本夏彦らしいと思いました。

オタク的アプローチで迫ってゆくこのBOOKLETシリーズを、ぜひ手にとってみてください。

 

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村上春樹の短編集「一人称単数」(文藝春秋/古書1100円)は、全8編の短編が収録されています。もともと、私は春樹は短編作家だという思いが強くありましたが、熟練度、洗練度がますます上がって、名人の高座を堪能した素敵な気分になりました。

「品川猿の告白」は、とある鄙びた温泉宿に投宿した主人公の「僕」が、温泉に入ってきた日本語を話す猿に遭遇する物語です。

「猿がガラス戸をがらがら横に開けて風呂場に入ってきたのは、僕が三度目に湯に使っている時だった。その猿は低い声で『失礼します』と言って入ってきた。」

奇妙で不思議な物語が展開します。

「『お湯の具合はいかがでしょうか?』と猿は僕に尋ねた。『とても良いよ、ありがとう』と僕は言った。

その後、僕は猿に背中を流してもらい、さらに部屋でビールを酌み交わします。

「名前というほどのものは持ち合わせませんが、みなさんには品川猿と呼ばれております」

僕は、部屋で品川猿の身の上話を聞くことになるのですが、このあたり物語の進行に無駄がなく、二人の様子がくっきりと想像できる筆さばきです。

「私はいつの間にか、人間の女性にしか恋情を抱けない体質になってしまっていたのです」と告発する品川猿。少し危ない展開になるかと思えば、オチとしては、お見事!上手い!エンディング。粋で、ちょっとセンチなラストです。

音楽に造詣が深い春樹らしい作品も何篇か収められています。名アルト奏者チャーリー・パーカーと、ありえないレコードをめぐる不思議なお話「チャーリー・パーカープレイズ・ボサノブァ」。

ビートルズの「ウイズ・ザ・ビートルズ」というレコードを巧みにイントロダクションで展開した「ウイズ・ザ・ビートルズ」。シューマンの「謝肉祭」を演奏したコンサート会場での男と女の奇妙な巡り合いを描いた「謝肉祭」。

そして、自身がファンのヤクルトスワローズをテーマにした「ヤクルト・スワローズ詩集」。ここでは、大好きだったプロ野球のことを語りながら、若い日の野球観戦と、彼が創作したヤクルト・スワローズを主題にした詩が何編か紹介されます。

「住んでいる場所から最短距離にある球場でサンケイ・アトムズを応援することに決めた。住んでいる場所から最短距離にある球場で、そのホームチームを応援するーそれが僕にとっての野球観戦の、どこまでも正しいあり方だった。」

(サンケイ・アトムズは、ヤクルトスワローズの前の球団名です)

関西にいた時は阪神タイガースを応援し、東京に出てスワローズ本拠地の神宮球場近くに住んだことで、この球団を応援するという真っ当な選択。

本書のタイトルになった「一人称単数」は最後に収録されています。これは、他の作品と違う世界が展開します。歪み出した自分の心象風景に絡みとられてゆく主人公のラストは、ゾッとするものがありますが、これも春樹の世界なのですね。

最近、京都市動物園に行かれたことは?古い動物園のイメージをお持ちの方、一度行ってください。素晴らしい場所ですよ!

京都市動物園は明治36年開園で、上野動物園に次いで古い動物園です。2008年、京都大学と連携をきっかけに、「共汗で作る新『京都市動物園構想』」を策定し、それに基づいて全面リニューアルしました。「いのちをつなぐ動物園」(小さな子社/古書1300円)は、生まれてから死ぬまで、動物達にとって住み心地の良い暮らしを模索する動物園の人たちの日々が詰まっています。

動物園の動物達がストレスなく、生き生きと暮らしてゆく環境を保持し、生活の質を向上させるのが動物福祉(アニマルウェルフェア)で、この考えは世界的な広がりを見せています。見る者が楽しければそれでいいという時代は終わりました。

2019年、京都大学と京都市動物園を舞台にして、第14回国際環境エンリッチメント会議が開催されました。環境エンリッチメントとは「動物達が心身ともに健康で暮らせるように、動物の生物学的な知見やライフヒストリーをもとに必要な要素を特定し、飼育環境や飼育管理手法に工夫を加える」ことです。その世界大会が京都で開催されたのです。

また、動物園で動物を飼育するということは、調査や研究と切り離せません。本書の様々なレポートの中に、身体障害を伴うチンパンジーの研究をしている櫻庭陽子さんのレポートがあります。京都市動物園には障害を持つチンパンジーはいませんが、彼女が研究してきた他の動物園のチンパンジーのそれぞれの障害の例を知ることができます。先進的なユニークな取り組みなども紹介されていて、収録されている写真から、彼らの日常を見ることができます。

最終章は、動物園の主役ともいえるゾウをめぐる物語です。現在、5頭のゾウが暮らしています。推定48歳の「美都」はマレーシアから、他の4頭は、ラオスからやってきました。この5頭の暮らし、そして世界のゾウの状況が語られていきます。

多くの研究者や飼育員達が、思考し、実践し、時には失敗しながらも、動物園に暮らす多くの動物達の幸せを守っている姿を知った上で、実際に訪れたら、また感じ方が変わるかもしれません。