晴れ間の少ない、うっとおしい日々が続いていますが、こんな時はピエール・バルーの音楽をボリューム少し低めに流しておくのが、精神的によろしいかと。(写真のCDはすべて在庫しています)

バルーは66年の映画「男と女」に出演、一躍有名になりましたが、シンガーソングライターとして比類なき才能を持っています。若い頃、ボサノヴァに出会い、フランスでボサノヴァを広めたのもこの人です。音楽レーベル「Saravah」を立ち上げ、多くのフレンチポップスの名盤を発表しました。彼の「ル・ポレン(花粉)」には加藤和彦、高橋幸宏、清水靖明らトップクラスのミュージシャンが参加していました。

もう、かなり前ですが、京都日仏会館に来た時は、私も聴きにいきました。低い、でもどこかに哀しさと優しさを含んだ歌声は健在でした。

彼の音楽は、気分が良い時に聴くと、深呼吸がしたくなり、憂鬱な時は、その憂鬱さを何処かへ隠し、そして悲しい時は、その悲しみをそっとしておいてくれるという、セラピストみたいです。投げやりに歌っているように聞こえるのですが、妙に説得力があります(フランス語なんで実は意味わからないんですが)。派手な音作りでもないのに、音楽がモノクロの世界になったり、鮮やかな色彩の乱舞になったりする不思議さ。坂本龍一が「歌で元気をもらった、元気を与えたってのは嫌いです。寄り添うというのがいいなぁ〜」と発言していましたが、バルーの音楽はそうですね。

彼は本も書いています。「サ・ヴァ、サ・ヴィアン」(求龍堂・初版1300円)です。彼は自分の歌作りを

「私も映画の子で、小さい頃から”シネマ・エデン”でありとあらゆる映画を見ていたせいか、歌詞を書くときもワンシーンごとに話が進み、映画などの撮影で、レールにカメラを乗せて移動しながら撮る方法であるトラヴェリングや回想場面を使って、映画と同じ作り方で歌を作る。それが私の歌詞の特色である」と書いています。

成る程なぁ〜、彼の音楽を聴いていると、ふわ〜と飛翔する気分になるのはこういうことにあったのか。

 

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「必要な本を出版するのが出版社なのでなく、出版産業を維持する必要が本を出版しているというのが現状ではないか」

アインシュタインの「相対性理論」がベストセラー狙いで出版されたのではなく、人の社会、文化が必要に迫られたからこそ本になったのであって、売って儲けようなどということではなかった。

これは、元東京堂書店店長の佐野衛さんの「書店の棚、本の気配」(亜紀書房1000円)の一節です。この神田の老舗書店には、二度程行ったことがあり、佐野さんがお仕事をされている様子も見たことがあります。地味な本、売らなければならない本を紹介しながら、経営ベースにのせていくことにご苦労されていたと思います。

「書店の棚、本の気配」は、彼の書店員時代を振り返った一冊で、数十年、ひたすら、真摯に本を売り続けた著者の思いが語られています。だからでしょうか、「2009年から2010年の日録」には多くの作家、著名人が登場します。その中にこんなのがありました。

12月22日 荒川洋治さん来店 12月28日 辻原登さん来店 1月25日 立花隆さん来店 3月1日 車谷長吉さん来店 、7月20日 石田千さん来店、そして、7月29日 菅原文太ご夫妻来店。(この日録には、文太さんから何度も専門書に関する問い合わせ、注文があったことが載っています。)

また、辻邦生とは30年にも及ぶつき合いをされていて、こう書かれています。

「『パリの手記』のような、思索を記録することによってできあがるエッセイが好きだ。」

ドラマチックな展開があるわけではありませんが、本に「奉職」した一人の書店員の、仕事への愚直なまでの真面目さが溢れています。以前、ご紹介した島田潤一郎「あしたから出版社」に続いて、本の業界の尊敬すべき人の一冊です。

蛇足ながら、装丁は矢萩多聞。この方の「偶然の装丁家」(晶文社1100円)も前に紹介しましたね。

 

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たった一人の出版社「夏葉社」の島田潤一郎さんが、初めて店に来られたのは2年程前です。静かな佇まいと、控えめな立ち居振る舞い。

この人も瀬戸際まで行った人か?

と思ったのは、レコード店勤務時代に、知己を得た二人のロッカー兼レーベル代表がそうだったからです。礼儀正しく、もの静かな方がライブでは豹変。あまりの落差に仰天しましたが、その半生を聞いてさらに仰天。死ぬか生きるかの瀬戸際までいった人の凄みに圧倒されたことがありました。

さて、島田さんが、晶文社から「あしたから出版社」という本を出されました。その前半部分で、出版社を立ち上げるまでの日々を赤赤裸々に書かれています。

「従兄が死ぬんだって。瞳孔が開いて、もうダメなんだって」

最愛の従兄を失った日から始まった希望の見えない日々。葛藤、後悔、諸々の負のスパイラル。明日からの生き方を見失い、仕事も続かなくなる。不器用にしか生きられず、転職もままならない。その時代、

「ぼくは、そのころ可愛がっていた野良猫のところへ行き、猫と一時間ばかり遊んだ。冬の夜だった。人生が真っ暗だというのは、こういうことなどだ、と思った。」

やがて、彼は本を出す仕事に希望を見出し、編集の仕事も、出版社勤めの経験も全くないのに、単独で出版社を立ち上げます。それが「夏葉社」で、創業以来、今日まで一人です。営業には「青春18切符」を駆使して全国を回られます。

この本はつらい人生から明るい未来への活路を切り開いたサクセスストーリーではありません。ただ、ひたすら仕事に純粋になれる素晴らしさを教えてくれる本です。本を慈しむ、ただそれだけです。そして、たった一人だと思っていたのに、いつの間にか彼を支える書店員や出版関係の人がいたことを知ります。だから夏葉社の本は、どれも眺めているだけで、触れるだけで島田さんの愛情が溢れ、彼を支える多くの仲間たちを裏切らないように一生懸命なのです。よかったら一度、店内で触って、嗅いで、読んでみてください。(店内に「夏葉社コーナー」があります)

島田さんの本は新刊書なので、残念ながら当店ではお取り扱いしておりません。この本は書店員も、そうでない人も読むべき本です。そんな本を平積みしていない書店はないとは思いますので、新刊書店でお買い求め下さい。「読めば元気になります」。その通りの本です。

島田さん、いつまでも応援させていただきますよ!

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書評と呼ばれる本は、もう数えきれないくらい出版されていますが、どんどんページをめくりたくなる本に出会うのは難しいものです。映画評論もそうですが、ストーリーの追っかけだけに終始したり、技法の解説に明け暮れる、あるいは重箱の隅をつついた様な知識の羅列的書評集は、退屈してきますね。

最初に、この書評集は信頼できるなぁ〜と思ったのは、池澤夏樹の「読書癖」(みすず書房)です。91年に第一集が出され、99年には第四集が刊行されました。長ったらしい批評ではなく、簡潔な文章で様々な本が論じられています。書評というよりはエッセイです。え、これだけ??という禁欲的態度が、逆に読んでみようかと思わせます。(店頭に、第一集と二集があります。各900円)

作家が書いた書評は、その道のプロだけあって巧みですが、俳優の山崎努の「柔らかな犀の角」(文藝春秋900円)は、この名優の、ちょっとシニカルな語り口に乗せられる本です。山崎は、暫く前に取り上げた池澤夏樹責任編集の「世界文学全集」にも目をつけていて、全巻予約。ここでは、やはり「オン・ザ・ロード」を取り上げています。そして、作家、池澤の資質をこう言います。

「池澤の表現には隠し立てがない。このように、読んでいないものは読んでいないとはっきり言ってしまう。わからないものはわからない。わかったつもりで間違ったと気づいたときは、間違ってたな、ごめん、と訂正する。」

山崎書評も直球ストレート勝負で、明瞭です。映画デビューの黒澤明の「天国と地獄」の犯人役に始まって、最近の「クライマーズ・ハイ」の独裁的新聞社主まで変幻自在な演技を楽しんできたのと同様に楽しめる書評集です。(しかし、忙しいのに、よくこれだけ読んでますね)

最近の作家では、桜庭一樹の書評集がお薦めです。くだけた言い回しで、乱読につぐ乱読の読書生活を語ります。「本のおかわりもう一冊」(東京創元社950円)に、こんなフレーズがありました

「映画評だと、沢木耕太郎と四方田犬彦がやっぱり好きだな…….。だいぶんエモーショナルで、ちょっとだけ偏屈で、風の向くままで、それでいてけっして騙されない。男の子のこういうところにはあこがれのきもちが永遠にあるなぁ」

いや、同感です。桜庭の小説は、ちょっと濃すぎて敬遠していましたが、書評集は面白いですね。文庫版「少年になり、本を買うのだ」(創元ライブラリー450円)もあります。笑えて、成る程と納得し、読んでみようと本屋に行く気分にさせます。本年度、モスクワ映画祭でグランプリ受賞した映画「私の男」の原作。ちょっと、読んでみようかな。

 

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どの出版社も文学全集などという採算の取れない書籍は出さない、出せないはずだったのですが、数年前に河出書房新社が、池澤夏樹編集で「世界文学全集」全24巻を出版しました。へぇ〜と思ったり、よくやるなぁ〜と感心したりしていました。内容は大充実。最近、古書でも出回ってきて、数点入荷しています。

ケルアックの「路上」が「オン・ザ・ロード」(1700円)というタイトルで青山南の新訳とともに甦りました。

「だれにも、だれにも、これからどうなるかわからない、見捨てられたボロのように年老いていくことしかわからない」

という最後の文章を読みながら、ボロボロ泣いたのはいつ頃だったでしょうか?行き当たりばったりのロードノベルは、一時流行していたアメリカ映画のロードムービーを彷彿させる面白さでした。ちびりちびり、安酒でも煽りながら読まれることをお薦めします。無為な人生これまた結構という傑作です。

あるいは、クッツェーの「鉄の時代」(1900円)。反アパルトヘイトの気運高まるケープタウンの町で暮らす老女の眼を通して描かれる黒人への無差別暴力をえぐり出した小説ですが、

「喉には胆汁の味が、硫黄の味がこみあげる。狂ったか!そう独語するー気が狂うとこんな味がするのか!」などという激しい表現に、後ろ向きになりそうですが、差別という言葉の奥深い狂気を見事に炙り出します。

未読ですが、いつか読もうと準備しているのがフォークナーの「アブサム、アブサム」(1800円)です。個人的にアメリカ南部の田舎町のどす黒いお話は好きで、確かチェーンソーで片っ端から殺しをしていた男を描いたスプラッタームービー(タイトル忘れました)も、ビールとステーキしかない陰鬱な南部の町が舞台でした。愛と欲望と野心が錯綜するなんていいじゃないですかね。(7点入って、3点売りというのは、まだ全集読む人がいるってことですね)

ところで、この出版社、池澤夏樹編集で、秋から「日本文学全集全30巻」を懲りずに刊行するみたいです。内容はというと、これは読みたい!!というのがいっぱいです。一部をご紹介します。

竹取物語 森見登美彦 訳■新訳 伊勢物語 川上弘美 訳■新訳 堤中納言物語 中島京子 訳■新訳
土佐日記 堀江敏幸 訳■新訳 更級日記 江國香織 訳■新訳
源氏物語 上中下 角田光代 訳■新訳 枕草子 酒井順子新訳■ 新訳方丈記 高橋源一郎 訳■新訳
徒然草 内田樹 訳■新訳 曾根崎心中 いとうせいこう 訳■新訳 女殺油地獄 桜庭一樹 訳■新訳

仮名手本忠臣蔵 松井今朝子 訳■新訳菅原伝授手習鑑 三浦しをん 訳■新訳 義経千本桜 いしいしんじ 訳■新訳
こういう訳者なら、古典文学も読んでみたいですね。こんな楽しい全集をズラリと並べてくれる書店が近くにあれば良いんですが………。詳しくは「河出書房新社」HPで
次週30日(月)、7月1日(火)と連休いたします。2日から「デザイン系洋書フェアを開催いたします」
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先日、持ち込まれた本は、それらの本をとても大事にされていた気持ちが溢れていました。レアな本ではありませんが、すべて初版、帯付き、絶版です。クラフトエヴィング商會の本と、クラフトエヴィングのメンバーの吉田篤弘さんの著作です。全部で10冊あります。

今、横に並べていますが、殆ど汚れもなく、新刊並に美しい本ばかりです。クラフトエヴィング商會の本って、書物を慈しむ気持ちに溢れています。見ているだけで、触れるだけで、ほっとするような不思議な本です。明確なテーマや、深淵な物語性のあるものではありません。どうでもい

いような事、あるような、ないような、夢か幻か、そんな世界を漂いながらちょっと不思議な体験をする本です。ちょっと、ますむらひろしの漫画の持つ世界観に似ている気がします。クラフトエヴィング商會プレゼンツ「猫」、「犬」は、かつての文豪の作品の中から、それぞれに猫、犬が登場する作品を集めたオムニバスで、オリジナル作品ではありませんが、それでも彼等の世界になっています。

紙の質、レイアウト、字体、色合い等々隅々まで気をくばりながら、素敵な本を製作していて、写真家、坂本真典と吉田篤弘のコラボ「十字路のあるところ」(朝日新聞社800円)、「じつは、わたくしこういうものです」(平凡社900円)なんかの写真と文章のブレンド具合は絶妙です。

また、吉田篤弘の世界を堪能させてくれる「針が飛ぶ」(新潮社800円)の表題作は短篇の傑作小説でしょうね。後半モチーフにビートルズの「ホワイトアルバム」が登場します。レコードをかけると何故か、一カ所だけ針が飛ぶ。その一瞬に物語が集約されていきます。

「B面の最後。針がとぶ。そこに、わたしの聴くことのできない音楽があった」

針がとぶのは、何らかの物理的要因でしかありません。でも、その一瞬を物語世界に変換する巧みなテクニックを楽しませてくれます。この世にないものを作り続けるクラフトエヴィング商會の作品と、吉田篤弘の巧みな文章で不思議な世界を彷徨ってみませんか

田中泯をご存知だろうか。山田洋次の時代劇「たそがれ清兵衛」の武士役や、NHKドラマ「ハゲタカ」で頑固一徹な職人を演じてきた存在感のある役者ですが、本来は舞踏家として有名な人です。その彼が松岡正剛と対話した「意身伝心コトバとカラダのお作法」(春秋社1400円)はスリルに満ちた一冊です。

副題に「コトバとカラダのお作法」とあります。二人は、同世代、そして少年時代は吃音系の子どもでした。対話は、先ず自分たちにとって「コトバ」とは何かというところから始まります。膨大な知識と経験が、お互いを触発しながら「身体言語」の深い世界へと読者を誘います。

あまりにいろんな世界へ飛んで行くので、付いて行くのは大変ですが、がんばっていきましょう。

特に面白いのは、田中さんが、農業をしながら生活する桃花村に舞台を移しての三回目の対話「稽古の作法」です。彼はこう言います

「学ぶというのは、直接的に先生と生徒という関係にならなくてもできることなんですよ。ともかく学ぶべき人がいっぱいいる。逆にいうと、人間一人をまるごと学ぶなんてことは、絶対に不可能なんです。むしろその人の中に、さっきからぼくが言っているような、生命とか人間が経てきたどれくらいの時間が潜んでいるかということが見えたときに、ああ、これを学ばなくちゃと思う。」

かなり前の事ですが、ある割烹で、若い板前さんが大根を剥いていました。極めて薄く、しかも途中で途切れる事なく延々とその作業を繰り返していた姿を思わず凝視していました。談笑がそこかしこから聞こえてくる店内で、そこだけ静謐が支配している。もちろん板前さんは、ひたすら自分の仕事を遂行しているだけなのですが、美しい!とは思わすにいられませんでした。

この板前さんから話は飛びますが、週末はBSTVで放映されている「寅さん」を必ず観ているのですが、渥美清が落語家よろしく長台詞を話す時、すっと動く手先の軽妙さに最近気がつきました。長い時間かけて鍛錬した所作をカラダが覚えている結果なのですね、これは。

そこに到達するまでに、どれだけ単調な作業をこなしてきたか、膨大な時間を費やしてきたか。その一瞬に、その人全体の経験が潜んでいる、そのことを知ることも、学ぶという事でしょう。そうであれば、学ぶべき人は、周りにたくさんおられますよね。

★お知らせ 勝手ながら7月1日(火)は休業いたします 。

 

 

 

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もう、かなり昔になりますが。晶文社発行の「就職しないで生きるには」シリーズの一冊、早川義夫「ぼくは本屋のおやじさん」を読んだ時の面白さは忘れられません。大学卒業して、会社員になって……というのがフツーの生き方だった時代に、こんな人生もあるよねと教えてくれました。

それが「就職しないで生きるには21」として再スタートしました。東京の森岡書店店主、森岡督行の「荒野の古本屋」に続いて出版されたのが、矢萩多門「偶然の装丁家」(1100円)です。京都在住の装丁家、矢萩さんが装丁家になるまでの道を振り返った本です。お仕着せの学校教育に馴染めずに登校拒否になった小学校時代。その時、学校なんて行かなくていいと母親は息子を支持。なんとか小学校を卒業するも、がんじがらめの管理教育の中学には嫌悪感しか持てず、そんな時、心を過るのは、旅行で訪れたインドの事ばかり。思い切って「インドで暮らしたい!」と叫ぶと、母親は「それはいい」と賛成し、父親も賛同。さらには、祖父までもが、これでインドに家を買いなさいと、ポンと100万円を出すという家族。いやぁ〜素敵なご一家ですね。お顔をぜひ拝見したいものです。

インドで多くの事を学び、がむしゃらに絵を書いて、個展を開き、ひょんな事から装丁の道に入り、東京の生活に疑問を持ったことから京都に移住して、こちらの生活を愉しむ近況までを、電子書籍の脆弱さ、インターネットの薄っぺらさにも言及しつつ肩肘張らずに描いてあります。

矢萩さんのご家族は、先祖代々お商売の家系でした。彼の曾祖母の叔母のリンお婆ちゃんは、とても素敵なことを伝えています

「商売ってのは、水を差し出す、ということだよ。 店の前に水がほしい人がいれば、一杯の水を差し出す。米がほしい人がいれば、米をあげる。雨宿りがしたい人がいれば、軒先にいれてあげる。目の前にいる人に必要なものを差し出すのが商いなのだ。」

小商いの真理ですね。左京区に住んでいた頃、よくパンを買いにいったお店のマスターが本に登場しますが、彼も小商いに徹している人で、矢萩さんが御用達にされているのも納得です。

「多くの情報を集め、計画を練り、強い意志を持ち、突き進んでいかなくても、なんとかなる。なってしまう。つねに目の前の人に助けられて、ぼくはここまでやってきた」と、あとがきで著者は書いておられました。

★お知らせ 勝手ながら7月1日(火)は休業いたします 。

 

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出版されていたのは知っていましたが、実物を初めて見ました。山口小夜子著「小夜子の魅力学」(文化出版局4000円)です。

山口小夜子。1949年生まれの国際的モデルです。71年プロとしてデビュー、72年に、パリコレコレションに日本人初として起用され、おかっぱ頭の切れ長の目はヨーロッパで大人気を呼びました。73年に資生堂専属モデルとして、多くのCMに登場しました。

若手モデルが、欧米のファッションショーにドンドン出られる時代と違い、この業界では後進国だった日本から、ヨーロッパのファッションビジネスに飛び込んでいった先駆者でした。現在ファッション先進国となった日本で、道を切り開いた一人といて記憶されるべき女性です。

その彼女が、モデルとしての生き方、ビューティケア、自分の人生のことを語ったのがこの本です。今なら、こんなモデルのおビューティ本なんて、どこにでもありますが、多分、これが最初ではなかったのでしょうか。ショーの舞台での動きを、世阿弥の「花伝書」の中に求めたりと内容も濃い一冊です。

彼女は後年、ダンスとパフォーマンスをクロスオーバーした舞台に情熱を注ぎました。もう、かなり前ですが、勅使河原宏演出の舞台に登場した彼女を観たことがあります。思っていたより大柄で、神秘的な表情、スラリと伸びた長い手足、そして吸い込まれるような瞳が魅力的でした。残念ながら2007年7月急性肺炎でこの世を去りました。

ファッションと言えば、金井美恵子が60年代の婦人雑誌「ミセス」を様々な角度から取り上げたエッセイ集「昔のミセス」(幻戯書房800円)も、素敵な文章と当時の雑誌「ミセス」の写真のセンスの良さがマッチした本として手に取っていただきたい一冊です。

 

 

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史上最悪の政治家だったヒットラーですが、唯一、「素敵な」遺産がありました。それは、彼のプロパガンダのために開催されたベルリンオリンピック(1936年)です。オリンピック自体というより、これを撮影した二本の記録映画「美の祭典」「民族の祭典」ですが。

競技のドキュメントに新たに撮影されたフィルム、練習時に撮影したもの等を挿入して、アスリートに限り無く近づく撮影方法は、今日のスポーツドキュメントに大きな影響を与えました。今なら「やらせだ!」と言われそうですが、ぎりぎりの撮影機材、フィルム、予算でこれだけの高度な映像をつくり上げた手腕は大いに評価されるべきです。

監督したのはレニ・リーフェンシュタールです。彼女はナチスに入隊していないと主張しましたが、ヒットラーのプロパガンダに加担したとして糾弾され続けました。その辺りのことは、「レニ・リーフェンシュタール芸術と政治のはざまに」(リブロ900円)に詳しく書かれています。裏表紙にはヒットラーと並んでいる写真が載っていますが、関係があったと言われても仕方ないかもしれません。

そのヒットラーの生涯を水木しげるが描いた「劇画ヒットラー」(ちくま文庫300円)を入荷しました。幼少時代から、自決するまでを水木史観で描いた伝記漫画です。本の中の第15章の扉絵が象徴的です。馬上のジャンヌ・ダルクをそのまま流用してフランス国旗の代わりに、ナチスの旗を持ったヒットラーが描かれています。ヨーロッパの救世主という錯覚に酔いしれ、狂気に走る小心男という感じです。水木しげるは、やはり漫画でラバウル戦記を描いていて、暗澹たる戦争の中で絶望のまま死んで行く人間を描いた傑作です。

「劇画ヒットラー」の最後、

「ドイツ中に果てしない廃墟がつづいていた…….」

いつの世でも、戦争とはこういうものなのです。

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