昨日の夜、NHK総合で19時30分から放映していたドラマご覧になりましたか。 技ありの、刺激的で挑発的なドラマを作るプロデューサーに拍手。タイトルは「ドラマ&ドキュメント 不要不急の銀河」。

コロナ感染拡大の危険な状況下、三密の条件揃った現場でどうやってドラマを制作してゆくのか。スタッフ一同の涙ぐましい努力が、先ずドキュメンタリーとして作られました。もちろん出演者全員、このドラマに関わっているスタッフです。ドラマの方の脚本を書いている又吉直樹も登場します。さて物語の舞台は、「銀河」というスナック。コロナ感染拡大で営業が苦しくなっています。マスターをリリーフランキー、その妻を夏帆、祖母を片桐はいりが、それぞれ演じています。

マスターの台詞で「スナックが、自分の生きがいを担っていて、ここがなければ人生終わっている人もいるはずだ」というのがありました。おぉ〜、これは小池知事が、夜の飲食業を十把一絡に「夜の街」と、なんだかバイキンの巣窟みたいに発言し続けたことへの、異議申し立てみたいに感じました。そういえばドラマの背景には、必ずと言っていいほど東京都庁が画面に入っているのです。いやでも「夜の街」を連呼した知事の顔が浮かんできます。

この知事を、武田砂鉄は「日本の気配」(晶文社/古書900円)でこう語っています。

「小池は徹底的にテレビを意識している。『いいね!』や『リツイート』で自分の人気を”メディア ミックス”してきた人たちとは異なり、とにかくワイドショーのトップニュースに君臨することに力を注ぐ状態が続いた。」

記者からの質問の最後に微笑む所作など、まさにTVの向こうにいる視聴者対策でしょう。武田は「テレビに氾濫することが政治家の力量だと思っている節がある」とまで書いています。

武田砂鉄は、以前ブログで紹介した栗原康「死してなお踊れ」の巻末に載っていた見事な解説で、印象に残りました。

「日本の気配」では、様々な政治家(首相夫人も登場します)や、社会の現象を基にしつつ、この国を覆い尽くそうとする嫌な雰囲気をあぶり出していきます。

著者曰く「ムカつくものにムカつくと言うのを忘れたくない。個人が物申せば社会の輪郭はボヤけない。個人が帳尻を合わせようとすれば、力のある人たちに社会を握られる。今、力のある人たちに、自由気ままに社会を握らせすぎだと思う。」

もともと、晶文社のHPに連載したものを中心に、各種メディアに発表したものを一冊にしたものですが、「改めて読み返すと、いちいちそんなことまで言わなくてもいいのに、と思うのだが、今、いちいちこんなことを言わなくてはいけないのだ」と後書きに書いてます。それほどに、日本にイヤな雰囲気が重苦しくのしかかっているのかもしれません。

無防備にTVやメデイアの情報に晒されて、判断力低下に陥りそうな今こそ、ズバリ切り込んでゆく武田の文章は心強い味方です。最後まで通読していませんが、ことあるごとにページを開いて刺激を受けています。

 

 

 

 

林立夫の名前を聞いて、あぁ、あのドラマーかとピンときた方は、多分40代以上の日本のポップスファン。林は1951年生まれで、12歳の頃からドラムを始め、ユーミンのバックや、細野晴臣、鈴木茂、松任谷正隆らと組んだティン・パン・アレイなどで活躍しました。林の自伝「東京バックビート族」(リットーミュージック/古書1500円)は、音楽ファンはもちろんこと、仕事の本質を考えている人にも読んでほしい一冊です。

高橋幸宏との対談などが収録されていて、貴重な話が聞けます。その中で、一世代若いドラマー沼澤尚とのトークで面白いことを言っています。

昨今のコンピュータ制御の電子ドラムセットには、数多くの有名ドラマーの叩く音がサンプリングされていて、誰でもがそれらしい音を鳴らす音ができるのだそうです。それに対して、林は「色気がないね」と答えています。自分が追い求め、鍛錬した結果出てくるものにしかない感じを、彼は「色気」と呼んだのだと思います。

林は、細野やユーミンたちと作ってきた音楽を「自分たちが東京で生まれて育ったことが大きい」と発言していますが、皆それなりに裕福な家庭で、お坊ちゃん、お嬢ちゃん育ちの良さが音楽に反映しているのだと思います。林自身、青山育ちの慶応ボーイです。ここで、彼の義兄のことをこんな風に語っています。

「ひとりでシルクロードに行ったり、レースはやるわアイスホッケーはやるわ、そういう人だった。ちょうど加山雄三さんを思い浮かべてもらえればわかりやすい。スキーはうまいわギターも弾くわヨットにも乗るわ、そういう万能さがヒーローだった時代。もちろん、それができた経済力があってのことだけれど、加山さんも慶応だし、加山さんのカルチャーのラインというもがあったと思う。」

主義主張はともかく、学生運動をしている連中は「ダサい」というのが私の大学時代の風潮でした。神戸のミッション系の大学に通い、金銭的に不自由な思いもあまり経験したことがなかったし、プロテストソングよりも、林たちの作り上げた東京シティミュージックに惹かれていました。大学の集会にもいかず、女の子のことばかり考え、山下達郎に夢中になっていた時代でした。そして今でも、林たちが築き上げた音楽を聴き、彼の本も夢中に読んだのでした。

1976年TVに出演した荒井由実とティン・パン・アレイの演奏風景など貴重な写真も沢山収録されています。youtubeには、ユーミンと林、細野、鈴木、松任谷が会したライブの模様がアップされています。こちらもぜひご覧ください。

 

ミシマ社の新刊、いとうせいこう著「ど忘れ書道」(1760円)は、50歳以上の皆さま必読の書。「私の崩壊。その過程をみなさんに目撃していただきたいと思う」と著者は書いていますが、これは、あなたの「ど忘れ」の現場を経験する本でもあります。

「忘れてしまった言葉を一枚の紙に、そのたびごとに丁寧に書き記していく。それが『ど忘れ書道』である。」

その書き留めた言葉の数々を、2011年2月から19年10月まで記録しました。「しぼり染め」という言葉が、中々出てこなくて、そこにいた人に著者はこんな風にたずねます。

「あのー、ほら、布とかで点々になってて、染料をそこだけ抜いて」

こんなこと、ご経験ありませんか?「えーと、あの人誰だっけ。あの俺の大好きな人、ほらほら…….」なんて事、もう私などしょっちゅうです。さらにそこに、人間の脳みそのメモリの不具合で、言い間違いも多くなってきます。

ミュージシャンでもある著者は、ハモニカの名手「ピアニカ前田」を「ハモニカ前田」と発言したり、「ボジョレー・ヌーボー」を「「ムーランルージュ」と発言して、その場を繕うのに冷汗をかいたり。我が身のこと思うと笑えません。

さらに、「ど忘れ書道」に「言い間違い書道」に「書き損こない書道」が加わってきます。

「爪と瓜に関しても、どちらかを書く前に『爪にツメなし、瓜にツメあり』と口の中で言う。考と孝も一瞬詰まる。『考える』と書きたいときに、親孝行の孝がよぎる。」という具合です。PCや携帯の変換機能で文章の大半を書いている者にとっては、世代を超えて、これは日々起こっています。

私もほぼ毎日のように、知っているはずの名前が浮かんでこない。著者は、紅白歌合戦に出ていた美輪明宏でした。

「『いやあ、昨日のあれはやっぱりすごかったね。あの人の歌は』と言い出している自分がいて、これは絶対に名前が出てこないと気づいている自分もいた。黒蜥蜴とか三島由紀夫とか類縁語はいくらでも出てくるが、固有名詞というものはおそろしい。」

と、こういう事例が山のように登場してきます。でも、心配ご無用。著者は最後にこう言い切っています。

「もはや何をどう忘れたのか、その真実の層が幾重にもなっていてよくわからない。すべては霧の中だし、それでいいと近頃の私は考えている。いや、感じている。」ありがとう。気が楽になります。

 

「あの墓地にね。九百体近い混血の赤ちゃんが埋葬されているらしいんです。名前も素性もわからないまま………」

「どうしてそんなことが」

「ほとんどが、遺棄されてた赤ちゃんらしいんです。だから素性もわからなかったんですね」

「遺棄って、つまり棄てられたということですか。死んだ状態で?」

刑事小説の話ではありません。れっきとした事実なのです。横浜にある根岸外国人墓地。数奇な縁で、この墓地に関わることになった山崎洋子の「天使はブルースを歌う」(亜紀書房/古書1200円)は、戦後占領下の横浜に生きた女性たちの悲哀に満ちた人生を追いかけたノンフィクションです。

筆者が、この墓地の取材にのめり込んだのは、往年のGSバンド「ザ・ゴールデンカップス」が発端でした。ひょんなことから、このバンドのギタリストだったエディ・バンのライブを聴きに行き、引き込まれていきます。俳優の藤竜也が詞を書いてエディが作曲し、彼が歌う「横浜ホンキートンク・ブルース」は、やがて原田芳雄、松田優作、石黒ケイなど渋いシンガーの持ち歌へとなっていきました。わたしも大好きな曲です。

エディから、山手ライオンズクラブの会長と副会長を紹介され、彼らの口から戦後占領軍兵士に体を売っていた女性たちの子供が、根岸外国人墓地に遺棄されていたことを知ります。1946年から47年にかけて、およそ900人。通称GIベイビー。このままでは可愛そうだと、ライオンズクラブとしては慰霊碑を立てる計画があると知らされます。

そしてエディから、慰霊碑設立を記念した歌を作るから、作詞を頼みたいと依頼されます。

「GIベイビーたちの母親は戦争の被害者かもしれないが、死んだ嬰児たちにとっては加害者の一人と言えなくもない。育てられないならなぜ生んだのか、なぜもっと守ってくれなかったのか…….。口がきけるのならそう言いたかった嬰児も多いだろう。また母親のほうも、時代が悪かった、では済まされない罪悪感にさいなまれているかもしれない。自分が産む立場の女だからこそ、わたしはそう思う。」

そういう視点から、彼女は「丘の上のエンジェル」という歌を作詞します。本書は、この嬰児たちの物語を縦糸に、全員混血というレッテルで登場した「ザ・ゴールデンカップス」の物語を中心にGSサウンドが一斉を風靡した時代を横糸に、戦後から経済成長を続けた時代の横浜を描いていきます。

「亡くなった嬰児たちの魂を慰めようなんて、生きているものの傲慢ではないか。多くの犠牲の上にあぐらをかき、経済繁栄の恩恵をたっぷりと受けてきた私たちこそ、その罪深い魂を癒してもらう必要があるのではないだろうか。そう考えた末、同じ時代に生まれ、死んで、あの丘で天使と化した嬰児たちと、生きて、それなりの幸せも苦しみも背負うことになった私たちが、戦後という歴史を振り返ることで心を通わせることができたら……」という気持ちで彼女は作詞しました。(山崎は1947年京都生まれ)

その歌を会場で流し、記念式典をやる段取りだったのですが、硬直化した、過去を何も反省しない行政の壁が立ちふさがります。後半は、行政とのバトルの報告です。戦後の嫌なことを蒸し返すのは如何なものか、という立場に終始する行政。忘れてしまいたい過去。でも、何があったのかきちんと知っておくことが大事なのではないのか?

「日本人のそのような態度、考え方が、ひいては、韓国や中国などに対する戦争責任問題の解決を、かえって長引かせてしまったのではないか」

という山崎の推論は間違っていないと思います。因みに本書は1999年に一度出版されていて、新版として2019年再発行されました。なぜ新版を作ろうと思ったのか。それは行政の記念式典拒絶の姿勢でした。バカですね、行政は…….。

京都に本社を置くローム(株)は、平成元年に創立30周年及び東京証券取引所一部上場を記念して、「ローム君の京都博物日記」(非売品)を発行しました。もともと「ローム君の京都博物日記」は、「京都を科学する」をテーマにして、長期間にわたり新聞に広告として掲載されてきたものです。

一冊の本としてまとめ直し、テーマごとにさらに詳しい解説を付け加え、それぞれの専門家に監修を依頼しました。「京都府の動物のはなし」、「京都府の植物のはなし」、「京都府の大地のはなし」、「京都府の産物のはなし」、「京都府の技術のはなし」、「京都府の歴史のはなし」に分かれています。各章の終わりには専門家がそれぞれの章にふさわしいエッセイを載せています。全体の監修は、今西錦司が行いました。

「日本新聞協会賞広告企画部門」優秀賞を獲得しただけあって、レイアウト、イラスト、中高生に理解しやすい文章など、見事な出来上がりになっています。「生きている化石ムカシトンボ」の項目では、そのトンボのイラストと貴船の渓流の様子がイラストで描かれています。「地下から見つかったまぼろしの『船岡連山』」では、地下鉄工事中に発見された幻の山について語られています。本当に知らないことが多いです。

大晦日の除夜の鐘ですが、妙心寺の鐘の振動数が一秒間に129回、即ち129ヘルツで余韻が長く、美しい音色だということ、皆さんご存知ですか。この寺の鐘は、唐時代の古律「黄鐘調」に似ていると言われる程、名調子だそうです。

「『徒然草』にも『鐘の音は黄鐘の調べなるべし、それ無常の調子』と書かれており、人々に無常を感じさせる良い音とされているらしい」と『広告』の中に解説が入っています。

「強い京弓 秘密は京の底冷え」

これも面白いです。と、こんな広告が次から次へと登場。さすが、地元の本!です。

企業が出した本らしくロームの佐藤研一郎社長の挨拶文が入っています。販売価格は950円です。

久々の津村記久子です。2009年度芥川賞受賞作品「ポストライムの舟」で、いいなぁ〜この小説と思ってから割と読んできました。大阪出身のせいか、関西方面の物語も多かったようです。

さて、今回ご紹介するのは短編集「サキの忘れ物」(新潮社/古書1100円)。「サキ」と聞いて、あの「サキ」と思われた方は、海外文学ファンですね。オー・ヘンリーと並ぶ短編小説の名手です。彼の短編を集めた文庫本がキーポイントになるのがタイトル作です。

アルバイト先のカフェで、常連の女性が忘れていったサキの短編集を見つけた千春は、この本との出会いでどん詰まりの人生から、少しづつ自分の生き方を見つけていきます。そして、書店員となったある日、店でその女性と再会を果たすという物語です。

収録されている9作品は、発表された時期も、初出もバラバラ、作品世界も多種多様ですが、「全部すごい」と作家の福永信は雑誌「波」に書評を載せています。

「行列」という作品は、異彩を放っています。”あれ”とだけ表現されるものを鑑賞するために延々並ぶ人たちが主人公で、彼らの精神力、忍耐力に圧倒されるお話です。最後まで”あれ”が何なのかは判らずじまいで小説は幕を閉じます。福永曰く「何が何だかわからないまま不思議なことに面白く最後まで読めてしまう!」と書いていますが、このヘンテコな設定に乗せられてしまいます。

さらに、もっとヘンテコなのが「真夜中をさまようゲームブック」です。家に帰ってきた男が家の鍵を失くしたことに気づきます。運の悪いことに家人は留守。さぁ、どうする。読者の前に様々な選択肢が提示されています。ゲームブックスタイルの小説のスタートです。「紙とえんぴつを用意し、パラグラフ番号をメモしながら読んだほうが、失敗があった時に元に戻りやすいですし、行動の途中で捨得した物も確実に記憶しておけますので、おすすめいたします。」とは、巻頭に書かれた作者の言葉です。

個人的には「河川敷のガゼル」という作品が一番印象に残りました。今年読んだ短編集としてはピカイチです。

 

池澤夏樹と、娘の池澤春菜が読書について語り合った「ぜんぶ本の話」(毎日新聞社/1300円)は、本を読むことについての楽しさに満ちた一冊です。そして、読書の楽しさの彼方に見える池澤家に流れていた幸せな時間を感じる一冊です。

春菜さんは、現在声優・エッセイスト、さらには歌手として活躍中です。小説ではSFやファンタジーに造詣が深く、本書でもその知識量を披露しています。

「うちに昔、屋根裏部屋があったでしょ?階段を下ろして部屋へ上がる作りで、部屋には本棚やら机やら、雑多なものが置いてあった。わたしはいつも棚の一番下に入って、そこで本を読んでいた。(略)あの部屋、秘密基地っぽくて好きだったな。パパの書庫の一番奥に潜り込んで読むこともあったね。」

彼女は、こんな雰囲気で読書に浸ってたんですね。本書では、児童文学・少年小説・SF・ミステリーのジャンルに分けて、二人が読んだ本について思いを語っていきます。

「少年小説」を、彼女は「冒険小説ってトラブルや障害が起こる仕掛けを用意周到にすればするほど作為的になっちゃう。それじゃダメで、物語中に起きた偶然の出来事が自然な形で転がっていき、無理なく展開し結末にたどり着くようになっていないと。」と定義しています。

そして、親子で優れた少年小説を選び出してその魅力を語っていきます。微笑ましい父娘の会話を聴く感じです。

最後の「読書三代」では池澤夏樹が、彼の父親福永武彦について娘と対話します。池澤の母親と福永は離婚。その後母の再婚で、福永姓から池澤姓になったという幼少の話も、初めて知りました。

高校時代、再会した福永武彦のイメージを「なにしろ一緒に暮らしていないから、生活感がない。ちょっと名前の知られた親戚のおじさんと会うという感じ。それでも話をすると感覚的に合うのはわかる。」と回想しています。福永の生前、池澤父娘は家族でギリシャに住んでいたから、春菜さんは祖父に会うことはありませんでした。

「その内容を書くのに一番適したスタイル、適した文章、適した入口が何なのか。『こうとしか書けない』というギリギリまで自分を追い込みたい。仮に掲載する媒体が違ったとしても、文章量が違っていても、結局この言葉になる。そういうところまで持っていかねば、という気持ちで書いています。」と春菜さんが作家のあり方を語れば、父は「プロとはそういうものです。」と答える。

さすがに作家親子の対談でした。

 

本職が何かようわからん度ナンバーワンの京都人みうらじゅん先生の「マイ仏教」(新潮新書/古書500円)は、仏の道を説くありがたい(?)一冊です。

小学校6年の時、買ってもらった仏像を床に落としてしまい、それが木っ端微塵になって彼の頭に去来したのは、「諸行無常。仏の形を模し、その教えの詰まった仏像とて粉々になる」

仏の教えに惹かれて、住職になりたい!と、仏教系の中高一貫の男子校へ進学します。そのまま勉学に勤しめば、住職になれたかもしれないのですが、ロックに狂ってしまいます。

「怪獣が好きだった時は円谷英二になりたかったし、仏像が好きだった頃はお坊さんになりたかった。そしてこの時は、ボブ・ディランになりたくて仕方がなかったのです。」

「好き=なりたい」という直情型少年は、高校生で横尾忠則に憧れ、美大を目指します。そして、武蔵野美術大学在学中に、漫画雑誌「ガロ」でデビュー。仏教界と疎遠になっていましたが、仏像オタクのいとうせいこう氏との出会いを通して、仏教の世界へと再び近づいていきます。本書は前半が、はちゃめちゃな青春時代を描き、後半で彼の考えている仏教の世界が語られます。

第3章は、仏教の教えの基本と呼ばれる「四法印」について。そのうちの一つ「諸法無我」は「いかなるものにも実体はない、と言うお釈迦さんの尊い教えのひとつです。」と書き、そこから「自分探し」という言葉に向かいます。

「自分探しを始めた人で、見事本当に自分を見つけたという人がいるのでしょうか? 仏教では『無我』つまり『本当の自分』なんてものはない。ということを2500年前から説かれているのです。」

「私は『自分探し』よりもむしろ、『自分なくし』の方が大事なのではないかと思っています。お釈迦さんの教えにならい『自分探しの旅』ではなく、『自分なくしの旅』を目指すべきなのです。」

では、どうやって自分をなくすのか。誰かを好きになって、必死で真似る。それが自分なくしの技術獲得の道だとか。そして、「リスペクトする人をどうしても真似しきれなかった余りの部分、いわゆるそれが『コンプレックス』と呼ばれるやつですが、そのコンプレックスこそが『自分』なのであって、これこそが『個性』なのです。」

これを「僕滅運動」と命名しました。座布団一枚の素敵な命名です。

こんな具合に、ありがたいお話が続いていきます。笑って、笑って、お釈迦さんの教えに触れることができます。

蛇足ながら、みうらじゅんさんは第52回仏教伝道文化賞を受賞しました。最初は、仏教もわからん青二才が適当なこと言いやがって、とバカにされていたのにです。拍手、拍手です。

イギリス在住のコラムニストのブレイディみかこは、労働者階級の子供達を通じて英国の現状をあぶり出し、それでもどっこい生きている姿をビビッドに描いてきました。

今回は、労働者階級のうだつの上がらないおっさん群像を描いて、EU離脱に揺れる大国の姿を見せてくれます。「ワイルドサイドをほっつき歩け」(筑摩書房/古書950円)です。

ここに登場するおっさんたちは、BBCが発表した階級表(英国は階級社会であるというのは常識)によると「トラディショナル・ワーキング・クラス」に該当します。著者はこの階級の人をこのように解説しています。

「収入は低いが、資産が全くないわけではない。自分と同じような職業の人々と交際している。フイットネスジムに通うとかソーシャルメディアを使うというような現代風の文化はあまり取り入れない。ダンプの運転手、清掃職員、電気技師などの仕事をしていることが多い。」

著者は、連れ合いの男友達のおっさんや、女ともだちの旦那たちとの付き合いの中から、彼らの人生観や国の将来の展望を、いつものパワフル母さん調で語ります。

「海外には、英国はすでにEUを離脱したものと思っている人たちもいるが、実はまだEUの中にいる。離脱の条件に関する取り決めがぐちゃぐちゃといつまでもまとまらず、もはやすっかり国民がダレている状態」だというのが現状だとか。

政府の緊縮財政政策による医療体制の崩壊、景気悪化による失業、酒で身を持ち崩して妻に逃げられる、等々おっさんたちを取り巻く環境は厳しさが増しています。

「寝ゲロはやべえんだよ。喉に詰まって死んだりするから。年をとったら食道も繊細になるから。自重して飲まないと。」

「うん、俺たちの年になると泥酔するのも命がけ」

などとぼやきながらぐいぐいビールを飲んでいるおっさんたちを、見守る著者の愛情がかいま見えてきます。「おめえ、アンチトランプデモに行ったろ」と友人のデモ参加をワイワイ言い合ったりしながら、おっさんたちは前に進んでいこうとします。帯に「絶望している暇はない」と書かれていますが、その通りの忙しい日々が続いていきます。人情ドラマを見ているような気分になりました。

「労働者の立場が弱すぎる現代に求められている新しい労働者階級の姿とは、多様な人種とジェンダーと性的指向と宗教と生活習慣と文化を持ち、それでも『カネと雇用』の一点突破で繋がれる、そんなグループに違いない」という著者の言葉が力強く響いてくる一冊です。おっさん、頑張ろ!!

 

 

 

 

 

子供の本専門店メリーゴーランド京都の店長鈴木潤さんの、二冊目の著書が出ました。「物語を売る小さな本屋の物語」(晶文社/新刊1815円)です。

「私が生まれた四日市の少し郊外の松本という町にメリーゴーランドができたのが1976年。私が4歳の頃のことだ。当時周りは田んぼだらけでそこにポツンと三階建てのビルが建った。その一階が子ども本専門店メリーゴーランドだった。」

彼女はこの店に入り浸りになり、絵本や児童文学の世界にはまっていきます。そして青春時代、世界を見たいという欲求に動かされていきます。当時、憧れの存在だった筑紫哲也(高校生にしては渋い趣味)がポスターに出ていたピースボートを見た瞬間、東京へ飛び出します。広い世界を見て、今度は就職活動もせずにアメリカへと旅立っていきます。絵本好きの少女は、ストレートに絵本専門店で働き出したのではないのです。この、彼女の疾風怒濤の時代が本の前半に描かれています。

動き出したら一気にいくという資質は、この時代にできたものなのか、先天的に当たって砕けろ精神があったのかは知りませんが、その後の絵本屋人生で大きな力となっていきます。

1996年、彼女は四日市のメリーゴーランドでアルバイトとして働き出します。私が、ここを立ち上げた増田社長の声を初めて聞いた時、どこのヤクザや?と思ったほどドスのある声でした。とても、絵本専門店の社長には見えませんでした。個性的な社長と鈴木さんが、お互いの言い分をぶつけて喧嘩をしながら、絵本書店の運営の面白さにのめり込んでいきます。この二人のやり取りが方々に出てきますが、似た者同士のように思います。

「ある日増田さんが『京都に店出すぞ。潤、京都に行くやろ」と言い出しました。」

そして、京都へ。物件探し、住まい探し、開店準備と慌ただしく時間は過ぎていきます。後半は、京都出店までのスリルに満ちた日々、そして結婚、出産を通じて彼女が考えていることが綴られています。

「ムーミンママの『誰だって秘密の一つや二つ持つ権利があるものよ』というセリフは本当にその通りだと思う。子どもだからといって何でもかんでも親に話す必要なんてないのだ。私は子供が秘密を持ったとき、そのことをそれとなく感じながら見守れたらいいなと思っている。秘密が人を成長させることだってあると思うから。」

二人目の男の子を出産して、子どもを抱きかかえて店に出ておられた時の彼女の姿を覚えています。鈴木さんとは、当店の開店以来仲良くさせてもらっています。

「本が『さあ、面白いから手に取って』と本棚を眺める人たち語りかけてくるような場所でありたい」と本書で書かれていますが、メリーゴーランドはいつ行ってもそんな場所になっていると、私は思っています。