NHKで土曜日夜に放送している「漱石の妻」ってご存知でしょうか。今、はまっているドラマです。

このドラマで漱石の妻のことを、初めて知りました。漱石が結婚して、帝大の教授を経て、国民的作家となっていく様を描いています。漱石には「シン・ゴジラ」で獅子奮迅の活躍をしていた長谷川博己、その妻には尾野真千子。彼女は、NHKドラマで織田作之助原作の「夫婦善哉」の健気なヒロインを演じていました。

で、この芝居の上手い二人の、時にはエキセントリックな、時にはドタバタ喜劇風の、時にはペーソス溢れるやり取りが、実に見物。あくまでフィクションですが、感情の起伏の激しい漱石という作家の姿が、見事に立上がって来ます。先週は、漱石の養父役で竹中直人が登場、立派になった子供に金をせびる小心な男を、演じていましたが、これが絶品でした。ちょっと、漱石の生い立ちを調べてみたくなりました。ドラマの原案になっているのは、夏目鏡子・松岡譲著「漱石の思い出」です。

漱石といえば、「坊ちゃん」、「わが輩は猫である」以外は、何故か知識人の憂鬱と苦悩を描いた小説が目立ちます。漱石が生きた明治時代を描いた関川夏央原作、谷口ジロー漫画による「坊ちゃんの時代」(アクションコミックス全5巻2500円)は、お薦めです。

漱石を中心にして、鴎外、啄木、秋水等の多くの文学者を登場させて、明治という時代を描いた群像激です。文学だけでなく、変転してゆく社会の様と時代に翻弄される人々の姿を全5冊に描き込んでいます。明治43年、天皇暗殺を企てた容疑で、社会主義者幸徳秋水らが逮捕、処刑された「大逆事件」のことも、この本で学びました。この全集は是非とも、高校の現代史のテキストに使用していただきたいものです。

第二部「「秋の舞姫」は森鴎外と、彼を追いかけて日本に来た舞姫エリスの愛憎を中心に、日本とヨーロッパのはざまで苦悩する鴎外を、第三部「かの蒼空に」では、彗星の如く登場した歌人、石川啄木の青春。第四部「明治流星雨」では、先程の大逆事件に翻弄される秋水を描き、最終の第五部「不機嫌亭漱石」で、病に倒れた漱石と明治の終りを描いて完結します。各巻300ページあまりの力作を、じっくりとお読み下さい。

当店在庫の全5巻の中で、第2巻だけ本の帯が違っています。他は「手塚治虫文化賞受賞」と文字の入った赤い帯ですが。第2巻は初版出荷時の白い帯で「それは鴎外の青春であった。」のポップが印刷されています。

 

★★10月28日(金)『ネイチャーガイド安藤誠さんの自然トーク「安藤塾」』は、満席になりました。

尚、「安藤塾」は、10月29日(土)19時より「町家ギャラリー龍」にて開催します。こちらの方は、参加者募集中です。お問い合わせは直接 「町家ギャラリー龍」(075−555−5615)まで。

 

★カナダ在住で、ドールシープを撮影されている写真家、上村知さんの写真展を11月1日(火)〜13日(日)まで開催します。

尚、11月5日(土)の、上村さんによるスライドショー 「極北 カナダ・ユーコン&アラスカの旅と暮し」は満席になりましたので申し込みを終了いたします。ご了承ください。

 

60年代末、そのナンセンスな歌詞で物議を醸しだし、一世を風靡した「帰って来たヨッパライ」という曲を巡って、湯浅学はこう書いています。

「世の中は舐めるためにもある。ということを1960年代の大人はいろいろと子供に教えてくれていたと、当時まるっきり小学生だった俺が大人になってからつくづく思った。」

この文章に接して以来、彼の音楽評論には一目置いてきました。その彼の批評集「音楽が降りてくる」(河出書房新社1900円)の中身をぺらぺら捲っていると、「クレージーキャッツ」の、名トロンボーン奏者にしてコメディアン、谷啓について書いてありました。

谷啓のお葬式、式は進むのですが、何故かざわつく葬儀場。やがて、出棺…..と、その時、献花の花の山を突き破ってトロンボーン片手に飛び出す谷啓、そして「目をしばたたかせながら一同に向かった谷さん大きく息を胸に留め、何物かを掴むように軽く指を胸の前にゆっくりと押し出すと一声『ガチョーン!』」

こんな葬式だったら、と著者は彼の訃報に接した時に思ったらしい。クレージー世代の貴方ならわかりますね。そう、あの目をしばたたかせながらの決め台詞、目に浮かびます。

「言葉の意味ではなく。音そのものが説得力を持つ。笑いのエネルギーや創造力の素になる。ということを谷さんは長年我々に伝え続けてきた。」

その谷啓を擁した「クレージーキャッツ」の多面的な魅力を紹介した「ジ・オフィシャル・クレージーキャッツ。フラフィテイ」(河出書房社2200円)は、文句なしに面白い一冊です。先ず、本全体のデザインがカッコイイ!。ジャズのアルバム風であったり、マガジンハウスが発行するオシャレ雑誌風であったり、とても60年代の古めかしいコメディアンの懐古本ではありません。こ、こんなにクールでスタイリッシュなバンドだっけ?!と思わずにはいられないエディターの冴え渡るセンスに拍手です。クレージーなんて知らないよ、という世代にも手に取っていただきたい一冊です。こんなにもクリエイティブな、お笑い集団がいたんですよ、この国には。

そして、2枚組CD「クレイジーシングルス」(1800円)も聴いてください。「スーダラ節」に始まり、「ホンダラ行進曲」、「遺憾に存じます」そして「アッと驚く為五郎」まで全42曲。ナンセンス極まりない曲の連続に笑い転げていただきましょう。

私のお気に入りは「ハイ、それまでヨ」。湯浅学氏じゃないけれど、世の中舐めて生きてもいいんじゃないの、と思わせてくれた名曲です。

◉「ジ・オフィシャル・クレージーキャッツ。フラフィテイ」(河出書房社2200円  Sold Out)

★毎年恒例になりました『ネイチャーガイド安藤誠さんの自然トーク「安藤塾」』は、10月28日(金)7時30分より開催が決定しました。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

★★カナダ在住で、ドールシープを撮影されている写真家、上村知さんの写真展を11月1日(火)〜13日(日)まで開催します。5日(土)夜に、上村さんによるスライドショー 「極北 カナダ・ユーコン&アラスカの旅と暮し」(7時より)を予定しております

  (要・予約 同じくレティシア書房までお願いします)

巷には書評集やら、本の紹介本が溢れかえっています。仕事柄、なるべく目を通すようにはしていますが、買いたいという本は滅多にありません。

その中で、三浦しをん「本屋さんで待ちあわせ」(大和書房500円)は面白い一冊でした。もう、笑えます!書評を読んでいて、むふっ、ぶふぁ〜となるなんて珍しいのでは。入手可能な本が大半です。しかし、原民喜、藤枝静男、上林暁、中村真一郎等興味ある面々が揃った「戦後占領期 短篇小説コレクション4 1949年」(藤原書店2007年)は、探すのが大変かも(一応新刊でまだ出ていますが)

第四章は、なんと丸ごと「東海道四谷怪談」に割いています。鶴屋南北が書いた戯曲が舞台にかかったのが1825年。それから、今日まで延々上演されてきました。ご承知のように、「四谷怪談」は、「忠臣蔵」のパロディーです。南北は「主君のために仇討ちなんて、古くさぁ〜い」と考えていた、という話から始まり、「東海道」と名前が付いているのに、登場する舞台が、全然「東海道」じゃなかったり、話に方々に出てくるオヤジギャグの話など盛り沢山です。そして、無情かつ無常な色合いの濃いエンディングからこう締めくくります。

「むなしい。しかし、死に向かって生きるしかないのだ。『四谷怪談』の登場人物はみな、全身でそう物語る。彼らの哀しみとむなしさと迫力が凝縮したラストシーンは、こだまとなって、現代を生きる私たちの胸にも強く届く」

どちらかと言えば、オフビート気味のこの本に比べて、正統派の書評集としてお薦めは湯川豊「夜の読書」(ちくま文庫750円)です。梨木香歩、池澤夏樹、小川洋子、松屋仁之、など、私好みの作家が並んでいることもあるのですが、何回か江國香織を取り上げています。いわゆる、書評家さんと呼ばれる方々で、江國のような流行作家を何度も取り上げ、きちんと評価している人ってあまりいないと思います。それだけで、この著者の幅広さが理解できます。

話題となったジャック・ロンドン著、柴田元幸訳「火を熾す」(スイッチ・パブリシッング)を取り上げた中で、表題ではなく、収録されている「水の子」というハワイの漁師の話に心ひかれるとして、こう書いています。

「自然のなかに生きる人間の過酷な運命が冒頭の『火を熾す』にあるとすれば、自然のなかに生きる人間のまぶしいほどの輝きがここにはある」

この本の魅力を見事に言い切った批評です。

 

★毎年恒例になりました『ネイチャーガイド安藤誠さんの自然トーク「安藤塾」』は、10月28日(金)7時30分より開催が決定しました。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

★★カナダ在住で、ドールシープを撮影されている写真家、上村知さんの写真展を11月1日(火)〜13日(日)まで開催します。5日(土)夜に、上村さんによるスライドショー 「極北カナダ・ユーコン&アラスカの旅と暮し」(7時より)を予定しております。(要・予約 同じくレティシア書房までお願いします)

たった4ページの対談記事が、一人の人生を決定しました。

その記事とは「不思議あふれる極北から〜オーロラのメッセージ。」写真家星野道夫とオーロラ研究者赤祖父俊一の対談です。そして、記事を読んだ少女は、地球物理学をやりた〜い!と即決、学部のあった北大へと進み、アラスカにオーロラを見に出掛け、なんと星野道夫に会ってしまいます。

そんなエネルギッシュな女性、高橋真理子が、星と人をつなぐ場所としてプラネタリウムを選び、新しい活動を始める様を書いたのが「人ななぜ星を見上げるのか」(新日本出版社900円)です。

彼女は、ただ単に見るだけのプラネタリウムから、その場を使って、主体的に番組を作ったり、学びの場を企画することで、参加者が共感し、新しいコミュニケーションを作り出す場へと変容させる装置としてのプラネタリウムを考えていきます。

「プラネタリウムというメディアを特徴づける『ドーム空間・星空・暗闇・言葉・音楽。映像』という場の力を使って、人々のコミュニケーションの場、表現の場としていけるだろう、と思った」

しかし、前例のない、誰も考えたことのない概念ゆえに、実行には様々な困難が待ち受けていました。ましてや、そこが公共施設の場合は。それを一つ一つ解決して、さらに新しい企画を実行していく様子が語られていきます。その中には「目の見えない人にプラネタリウム」という、えっ?というものもありました。

「大事なことは星の並びを正確に伝えることではなく、星空の存在、さらにその奥にある宇宙の存在を知ってもらうこと。その点は言葉や音楽を通じてできる面は多々ある。」

その結果、弱視の女の子は「星って見えなくても感じられるんだ」と思ったそうです。もちろん、プラネタリウムが作り出す宇宙は贋物でしかありません。しかし、それを使う人間の力によって、人を救うこともあるのです。

彼女は次に「病院がプラネタリウム」というプロジェクトを開始します。対象となったのは、長期入院している子供たち、重度心身障害者の方達。「何故あの、ニセモノの星空に、人々は感動するのだろう」と著者も驚くぐらい、多くの人が食入るように天井を見つめます。

「いつも眺める病院の殺伐とした天井に、夜になれば星空がでてきてくれたら、どんなにいいだろう。いつか、そんな日がくることを目ざしながら『病院がプラネタリウム』に、心とカラダを傾けていきたい」結んでいます。

星野道夫と出会ったことが、こういう人生を歩ませたなんて、なんて素敵なことなのでしょう。

 細野晴臣選曲、監修によるCD「ETHNIC  SOUND  SELECTIONS」。それぞれに、「既視」「祖先」「律動」「恋歌」「哀歌」というタイトルが付いていて、そのタイトルに因んだ曲が、全世界から集められました。ブルガリア、イラク、トルコ、韓国、中国、パキスタン、タンザニア等々あらゆる国の曲が収録されています。さすが、細野晴臣です。

このCDの正しい(?)聴き方は、真面目にじっと聴かないことです。遠くの方から、ふわっと聴き取れるぐらいの感じで流してください。そうすると、それぞれの国の巷で流れている音楽が、周りの雑踏とほぼ良くミックスされて、自分が異国の中にポツンと立っている気分になれます。例えば、「恋歌」に収録されているビルマの「ザディアナー・サチャー・ウェイラー」などは、夏の暑い日に部屋の向こうから、かすかに聞えてくると、素敵な午睡が楽しめます。音楽なんて、あんまり聴かないなぁ〜という方にもお薦め。価格はワンコインランチより安い、1枚400円! 400円で世界一周です。

日常の暮しを見つめる優れた小品を書いている石田千が、日本各地を周り、その土地の唄と、そこに暮らす人々を紹介する「唄めぐり」(新潮社1400円)が入荷しました。この作家の「月と菓子パン」(晶文社650円)「屋上がえり」(筑摩書房700円)を読んで、ケレンのない、地味ながら優しい文章のファンになったのですが、「唄めぐり」の方は、エッセイというよりノンフィクションと言った方がいいかもしれません。

秋田県「秋田米とぎ唄」、香川県「こんぴら船」に始まり、福島県「あまちゃん音頭、新相生馬盆唄」まで全25曲。日本中を駆け巡ります。どの章も、歌詞が収められ、唄の生い立ちを調べ、唄を現地で聞いて、その土地で生きる人々とどう関わってきたのかが、著者らしい素敵な文章で綴られています。例えば、宮城県「大漁唄い込み」では、活気を取り戻した石巻港のせりの様子をこう締めくくっています

「声をはりあげていた競る港の人は、みな懐中に鼓舞する拳を握っている。目の前に、いのちをかけて働いてきた海がある。あおく冴える波にむかって、船がまた出ていった。まえは海、まえは海。大漁網を、唄で引っぱる。」その風景がすうっと現れてきます。

また「唄っこきいて、石っこながめて、雪っこでころんで、はっと汁の味っこ覚えて、うれしかった。そうして、お参りも無事すませた。あとは、お湯っこで、酒っこ」なんていう岩手県「げいび追分」の最後の文章に出会うと、なんだかこちらも、ぴょんぴょん飛びはねて、どぶんとお湯につかり、美味しいお酒にのどをならしているような気分になりました。

「強くならなくてはならない。強く。お尻を丸出しにして洗面器でおしっこできる広東の女のように。ぼろぼろになっても風にそよぐ南国の葉っぱのように。」

この力強い台詞は、稲葉眞弓の「半島へ」(講談社700円)に登場する女主人公の思いなのですが、艱難辛苦を乗り越えて怒濤の人生を乗り切る、というような小説ではありません。

タイトルの「半島」という言葉から、朝鮮半島のことを想像し、もしかしたら政治的な、或は北から南へと逃げて来た越境者の話かと思われるかもしれませんが、全くちがいます。場所は志摩半島のどこか。豊かな自然に囲まれたこの地に、東京から引っ越してきた女性の日々を描くのが、本作です。

ま、人生色々あって、東京を離れた彼女。身内からは、そんな所に家建ててどうするの、老後は?と猛反対されるのだが、「いざとなったら猫と一緒に、沼や森に住む女になる。野や山に暮らすことになっても、食べていくだけならなんとかなるだろう。」

そして「野で暮らすのだ。海に入るのだ。釣や罠作りを覚えて漁師と猟師の両方になるのだ。なんて贅沢な老後だろう」と、始めた一人生活の日々を、小説は丁寧に描いていきます。事件は全く起こりません。言葉のひとつひとつが、半島の豊さを伝えてくれます。

ある夜、ベランダでいつもの様に夜空を見上げていた彼女は不思議な体験をします。

「ぼうっと空を見上げていると、波動のようなものが体内をかすめていく。地球の自転の震えだろうか。体と空が一瞬にしてつながるような未知の感覚に襲われる。同時に人間が流れることなく、地につながっていることが、なぜか奇跡のように思えてくる。」

やがて、体が肉体を離れていく錯覚に捉われる。彼女はこれが無になるという感覚なのだと思う。

こんな経験、ありませんか。この星が持っている大きな力にゆらりゆらりと揺らされて、彼女は自分の人生を回復していきます。そして、大きな決断が…….。

ラストシーンを飾るのが、フランソワーズ・アルディの名曲「もう森へなんか行かない」です。こら、いかんわ、泣けてくる。こんな禁じ手、やらせ!と思いながらも、芳醇な小説を読んだ喜びを満喫しました。

この作家の最初のエッセイ集「少し湿った場所」(幻戯書房900円)を読んで、良い文章を書く人だなと思い、小説にトライしました。続けて読んでみたくなり、資料を調べていたら、女優鈴木いずみと、フリージャズサックス奏者阿部薫の凄まじい日々を描いた「エンドレスワルツ」の作者だったことが判明。あれ、読んだのにな…..そんなに心に残らなかったのに……。

 

毎年恒例になりました『ネイチャーガイド安藤誠さんの自然トーク「安藤塾」』は、10月28日(金)7時30分より開催が決定しました。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

 

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「1995年3月、アイディタロット1800キロの犬ぞりレースに出場した僕は、最後の難関のトップコックヒルを無事クリアしようとしていた」

しかし、彼は油断していた。その後に起こる悲劇。猛吹雪の中で将来犬たちのリーダー格になる三才のペイデイが死んでしまう。因みに犬ぞりレースで犬を死亡させた場合、マッシャー(そりを引くリーダー)は厳しく責任を追求されます。

日本にいたペースで事を急ぎ、アラスカのペースに合わせなかった自分の過ちでパートナーの犬を死なしてしまった後悔。天国からペイデイが「あわてない、あわてない」と言ってくれている気がする。だから

「『あわてない あわてない』が今では僕たちの言葉になっている」

それから、数年後、1600キロを走破する最大の犬ぞりレース「ユーコン・クエスト」に参加する。人と犬が、限界に挑むレースです。

舟津圭三(文)&佐藤日出夫(写真)による「アラスカ犬ぞり物語」(七賢出版900円)は、アラスカに移住した著者と妻、そして彼らの最愛のパートナーの犬たちの日々を追いかけたノンフィクションです。ここには魅力的な写真が数多く収録されています。雪原を走る犬ぞりを捉えた作品ももちろん素敵ですが、秋の草原を疾走する姿に、私は引込まれました。人と犬と大自然がひとつになっているのです。
「ユーコン・クエスト」に関しては、このレースを完走した女性マッシャー、本多有香の「犬と走る」(集英社800円)という傑作が先行しています。2012年の「ユーコン・クエスト」を走破した本多有香は、本の最後を「今まで私に関わってくれた多くの犬たちのおかげで私はゴールすることができた。犬たちが私をここまで導いてくれた。」という文章で結んでいる。97年に走破した舟津圭三も、共に走った犬の名前を上げて、本を終わらせています。そして、著者と絶対の信頼と友情で結ばれた犬の写真を、そこかしこに配置しています。いい写真ばかりです。

次週9月6日より、動物保護団体「ARK/アニマルレフージュ関西」の写真展が始まります。グッズの販売もいたしますが、期間中の売上げは、すべてARKの活動援助のために寄付いたしますので、ぜひ見に来てください。

 

京都在住の装丁家、矢萩多聞さんの新刊が、ミシマ社の「コーヒーと一冊」シリーズとして出ました。タイトルは「たもんのインドだもん」(1080円)です。

インド暮らしの長い多聞さんが、何、それっ?と思いつつも、そういう生活もありか、と納得してしまうインドの人々の日常を書いたエッセイです。

すぐに、お前の家を見せてとズカズカ入ってくる話や、別に性的関係があるわけではなく、恰幅のいいおじさん同士や、女性たちが手をつないで闊歩している街中の光景とか、笑える話がリラックスした文章で語られていきます。

いいなぁ〜と思うのは、17歳の頃、はじめてインド人の友だちの家に泊った時のこと。お母さんの手料理がどんどん出て来て、矢萩さんは、どれから食べるのと訊いたところ、こんな答えが返ってきました。

「あなたのお皿はあなたの宇宙よ。順番なんてない。好きに混ぜ、食べなさい。人生を楽しみなさい。」

著者は「皿のなかの自由。なんて美しい言葉だろう。」と感動して、モリモリ食べるのですが、ホント美しい言葉ですね。

楽しい話、ひっくり返りそうになる話の中に、生きることの根本的姿勢にまつわる、著者の経験に出会います。それは、彼が町を歩いてた時、突然、看板が落ちてきたのです。幸いけがはなかったのですが、この国では、路肩にバスが横転していたり、いきなり車が炎上したりなどはよくある事らしい。そういう日常の中で、彼は「たまたまで生きている」ことを確信します。

「大きな事故も、小さなミスも、日々のささいな選択肢の末に、起こるべくして起きているような気がする。良いことも悪いこともごったまぜ。複雑にからまった縦横の糸と糸の間を、祈りながら、忘れながら、綱渡りのように歩くほかない。」

人生は綱渡りだ!多分、日本ではなかなか納得できない考えかもしれません。

著者が晶文社の「就職しないで生きるには」シリーズの一冊として出した「偶然の装丁家」 も近日中に再入荷いたします。併せてお読み下さい。

「何気なく机の上を見ると、真っ黒な紙が何枚か置いてあり、その横に原稿用紙と万年筆があった。この時、吸い寄せられるように、机に近づいた。真っ黒な紙は原稿用紙の裏紙で下書きを推敲したあとであった。鬼気迫るものがあった。」

これは、立原正秋が治療のため入院していた病室に、著者高橋一清が訪れた時のワンカットです。高橋は、昭和文学史を代表する司馬遼太郎、松本清張、遠藤周作、中上健次、辻邦生達に寄り添った編集者。文藝春秋入社後、多くの作家のデビューに立ち会った高橋が思い起こす数々のエピソードを綴ったのが「編集者魂」(集英社文庫350円)です。

偉大な文学者の側面を知る本としての価値もさることながら、明晰な文章で読ませる、作家を巡る短編小説の如き趣きのある一冊です。中でも立原を巡るエピソードは、素敵です。

立原亡き後、遺品として渡されたネクタイ。著者は、自分が担当した作家が、芥川賞、直木賞を受賞した作家の授賞式につけることを決めていました。それは、天国の立原に見ていてくださいという意味を込めていました。しかし、一度だけ違う日につけました。それは、

「立原潮(長男)さんが夷に開いていた『懐石 立原』を初めて訪れた日である。『これに見覚えがありますか?」と尋ねたら、潮さんは深く頷いて、顔を上げずに調理場へと消えた」

その情景がありありと浮かぶ幕切れです。

大学時代愛読した辻邦生の項では、「先人の文章では、横光利一を筆写して、感覚的な内容をいかに文章化するかを学んだとうかがった。志賀直哉は中学生の頃に書き写し、詩的完璧さと清澄さにおいて日本の散文の最高のものとして、謙虚に学ぼうとした」と、辻の言葉が書かれています。

成る程、その膨大な研鑽と努力が、みずみずしい感性と豊かな想像力に支えられた壮大な物語が出来上がったのですね。

ところで、文藝春秋には、もう一人、深い情感を湛えた文章を書く編集者がいました。湯川豊。最近では「星野道夫 風の行方を追って」を出版しています。(もちろん、発売と同時に購入、ゆっくりと読んでいます)。渓流に溢れる生命の輝きを描写した「夜明けの森、夕暮の谷」(マガジンハウス/絶版1100円)は、その代表作だとおもいます。

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ドイツ文学者で、名エッセイストの池内紀の「戦争よりも本がいい」(講談社2000円)が入荷しました。

「偏愛的人間」、「異能、奇才、名人、達人」、「旅と民俗」、「人生のデザイン」等全九章に分けて、様々な本が手短かに紹介され、そして著者の思いが的確に書き込んである大著(約400ページ)です。

章の中に「戦争よりも本がいい」があり、12冊の本が紹介されています。その中の一編「甘党のお守り」は、松崎寛雄「饅頭博物誌」という1973年に発行されたもので、これ、「饅頭の生成、ひろがり、変化、饅頭文化の諸相、詩歌、演芸、小咄などにみる饅頭」を解説したものです。池内は最後にこのようにしめくくります。

「この民間の饅頭博士は召集を受け、戦場を飢餓を体験した。身にしみて戦争の時代を知っている。非常時になると、なぜかまっ先に甘味が姿を消していくものである。津々浦々、多彩な饅頭と対面できるのは、二つとない平和の証し。」

或は、明治40年生まれの伊藤芳夫著「サボテン百科」の中で、何故か戦争直前になると、サボテンが流行ると指摘されています。日露戦争前、大正初期、第一次大戦前、そして昭和10年代、国中がキナ臭くなってきた時に、自発的流行があったという。ここでも、池内は、著者伊藤を「こころならずも軍国主義の時代にいき合わせた。過酷な条件にあって生きのびるすべてをこころえたサボテンに、ことのほか愛着を覚えたのではあるまいか。」と思いやっています。

このボリュームたっぷりの書評集を、ぱっと開いたページから読み始めることをお薦めします。池内の文章が、素晴らしく、かなり前に書かれた本の事でも、興味深くへぇ〜と熱中して読んでしまいます。

池内のエッセイなら、ほかに、「なじみの店」(みすず書房500円)や、世紀末ウィーンで、辛辣な言葉で、時代に喧嘩を売り続けたカール・クラウスが出版していた「炬火」を中心に描いた「闇にひとつ炬火あり」(筑摩書房1000円)も面白いです。

 

★レティシア書房 夏の一箱古本市のお知らせ 

8月9日(火)〜8月20日(土)20数店が今年も店内に出店します!