店には、なんだか猫の本が多い。犬二匹と同居しているにもかかわらずである。猫の方が文学的であり、極めて奥の深い動物という印象のせいか。それに対して、犬は体育会系馬力勝負の動物(そうでもない犬も多々いますが)的というわけか、猫本の方がバラエティに富んでいるように思います。

しかし、犬派、自然派の方々に、そして我が家の犬達も、ご満足いただける本が入荷しました。一冊目は畠山泰英「秋田犬の父澤田石守衛」(木楽舎・初版1100円)です。宮城県境の栗駒山に住まいして、気迫あふれる秋田犬を育てている澤田石守衛(1916年生まれ!)のライフスタイルを追っかけたノンフィクションです。誰もいない山中に家を建て、水を引き、山に入り狩りをするという、これぞスローライフの極みのような日々が語られています。モットーは「今日一日がよければいい」。そして効率なんか気にしないで動く事。その傍らにいる秋田犬のがっちりしているけれど、おっとりした顔つきの写真を見ていると、この二人の幸せな関係が見えてきます。

さて、あと二冊は、丸山直樹他「オオカミを放つ」(白水社1200円)、西田智著「ニホンオオカミは生きている」(二見書房・絶版2000円)です。前者は、サブタイトルに「森・動物・人のよい関係を求めて」とある通り、もし仮に今の日本に狼が復活したらどうなるのかを精査した本です。増えすぎたシカが生態系に悪影響を与えている現状を考慮すると、個体の調整には狼の復活が必須であり、その結果「全ての生物の生存を保障し、生物多様性の維持と生態系の構造・機能を修復保持する」という論に、あなたはどう反応しますか?

「ニホンオオカミは生きている」は、大分の祖母山系で、狼とおぼしき動物に遭遇し、写真撮影まで行った野生動物研究家のドキュメントです。その写真を見ていると、どうも野生の犬ではないような気がします。これが犬ではなく、絶滅したニホンオオカミだということを証明するために情熱を傾けた一人の男の生き方を追っかけた興味深い本です。

 

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先日、ディープな面子の本屋さんの飲み会に参加させていただきましたところ、あれ、店のお客様かな?という気がする方がおられました。ご挨拶に行くと、なんとライターの永江朗さんでした。そして、この方の書物を初めて読んだ頃を思い出しました。

20年ぐらい前、それまでのレコードショップから急遽新刊書店の店長になった時のこと。右も左も分からず、上と下の板挟みで、苛立ち、重圧を感じながら、もう辞めてやる!などと叫びそうになったとき、出会ったのが、永江朗著 「菊地君の本屋 ヴィレッジヴァンガード物語」でした。モヤモヤが吹き飛んで行く一冊でした。今や全国チェーンになった「遊べる本屋」ヴィレッジヴァンガードの誕生ドキュメントです。書籍取次ぎが押し付けてくる「これが本屋の仕事だ的マニュアル」にむかつき、どうしていいか、進むべき道がわからなかった私に、自由な発想で本屋をやっていいんだ、ということを実感させてくれた本でした。

この本と、児童書専門店メリーゴーランド社長の増田喜昭さんの「子どもの本屋、全力投球」の二冊が、本屋の新米店長としての私を支えてくれました。この二冊に出会わなかったら、たぶんその後の本屋人生は大きく変わっていたでしょう。

その後、永江さんの「不良のための読書」、「ベストセラーだけが本である」、「恥ずかしい読書」と刺激的なタイトルに引き込まれて読み続けました。毒のある文章にチクチクされる快感全開!でした。石原もうろく慎太郎を痛烈に罵倒していた時は、お〜もっとやれ、やれとひとり野次飛ばしていました。

そんな方とお酒をご一緒できるなんて、嬉しかったです。なんでも市内に家をお持ちで、しばしば京都に滞在されているとのこと。それで、レティシア書房にも寄って頂いたみたいです。「そうだ、京都に住もう」なんて著書もありました。これも読んでみよう。

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WOWOWで放映される連続ドラマには、大掛かりなだけでつまらないハリウッド映画よりも、ずっと上質の作品があります。

例えば、群ようこ原作「パンとスープとネコ日和」は、小林聡美、もたいまさこ、加瀬亮等でドラマ化したものです。この面子といえば、荻上直子監督の作品「かもめ食堂」、「めがね」あたりをすぐに思いうかべますが、そう、あの世界です。

つまり、波乱万丈ドラマチックなストーリーから遠く離れて、ひたすら穏やかな時間が流れるドラマです。それはいわば、小津映画「お茶漬けの味」で、佐分利信が「これ、上手いね」と木暮実千代とお茶漬けを食べるシーンにながれる日常そのままを描いたドラマ。

だいたいのストーリーはといえば、編集者の女性が、突然亡くなった母の経営していた飲み屋を、サンドイッチとスープの店にして、再出発するというもの。下手くそな脚本家なら、店に来るお客の人生を絡めて、あーだ、こーだと御託をならべるところですが、そんなものは全く無し。店と、その周辺の街を散文詩的に描き、そこに生きてる人たちみんなを、肯定してくれる優しさが心地よい。私なども固唾を飲んで最終回まで観てしまった「半沢直樹」の対極にあるドラマでしょうか。

 

監督は松本佳奈。多摩美術大学グラフィックデザイン卒業後、CMの演出家としてスタートし、映画「めがね」(07)のメイキング映像などを手がけて、小林聡美主演「マザーウォーター」で映画監督デビューを果たしました。京都舞台の、この映画も「幸せな時間」はすぐ側にあるよ、という事を静かに見せてくれました。「パンとスープとネコ日和」にもそれは色濃く流れています。

小津映画を何度観ても飽きないように、このドラマも何度でも観たくなる作品です。

ところで、小林主演のこの手合いの”日常映画”で常に共演している(事務所が一緒だから?)もたいまさこが、群ようこと対談している本「解体新書』(新潮文庫200円)は抱腹絶倒です。

もたい「私、じじいって言われるんです」

群「えっ?……….じいさん」

で始まる対談です。対談のテーマは「からだについて」です。山田詠美との「男について」など、おっと、と思わせる対談もあります。

 

 

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若い時に読んで、もう滅茶苦茶スリリングで、デートよりこの本読み終わりたいという欲望を持たせた本に再会しました。それは、小松左京「こちらニッポン…..」(朝日新聞社・初版900円)です。

お話は、ある日、突然に世界中の人間が地球上から消失してしまい、何故か残った数十人がサバイバルするという奇想天外なSF小説です。主人公は、たまたま朝日新聞大阪本社にいた男性(この小説は朝日新聞連載の新聞小説でした)。その男が、突然かかって来た電話に飛びつくところから話はスタートします。(連載開始が昭和51年ですから、携帯もネットもありません)

やがて、日本各地に何人かの消え残りがいることがわかり、集まり、助け合うことになるのですが、降り掛かる危機また危機の連続。これ、新聞で読んでいた人はたまらんかったでしょうな。明日の新聞まで待てない!!って日々の連続です。

さて、小説の前半で、主人公と軽飛行機に乗った渋い中年男が、京都の様子を空から見ていて、急遽着陸することになり、なんと烏丸通りを北から進入して、京都タワー前で急停止する荒技を実行します。この辺りから、人のいなくなったこの社会の怖さがゾワゾワと描かれていきます。

メンテナンスする人間がいないので、ライフラインが機能停止へと向かい、電気、水道が使用不能の陥る。麻薬でヘロヘロのばかもんが、間違って動物園の動物を逃がしたため、凶暴化した肉食獣で町は血みどろになり、悪臭が漂い出す。その一方、行き場を失った象が皇居の堀で溺死する(動物好きの人には辛いかも)。そして、名古屋で起こった大地震で、火災が発生し、列島は瀕死の状態へと進む。

これ、何かに似てる。誰もいない町は、原発事故で皆が避難した後の映像のようで、象の溺死は、行き場を失った家畜が死んで行くのを象徴しているみたいです。スタンドプレイしかできない首相やら、オリンピックしか頭にない都知事が消えるのはともかく、小説はおそろしく、震災以後の日本に似通っています。

で、このお話最後がどうなるか?「船出ー未刊の終章」で小説は終わるのすが、きっと新聞の連載読んでいた人達は、なんだこれ???、と思って怒りの電話を朝日新聞にされたのではないでしょうか。私も、小松さん、これは??でしょう、とは思いましたが、いや、これもありなんだと最後の行まで読んで納得しました。本のタイトルの意味は最後で納得です。

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先週終了したNHK土曜ドラマ「夫婦善哉」を、楽しんで観ていました。凝った画面作り、美術、セットの緻密な仕事ぶり、ちょっと往年のMGMミュージカルを彷彿させるエンディングテーマ曲の音作りまで贅沢なTV番組でした。そして、主演の二人(尾野真千子・森山未來)の演技合戦を堪能させてもらいました。

数十年前、森繁久弥と淡島千景コンビの映画版では、森繁の関西弁の巧さに参りましたが、作品としてはもう一つピンときませんでした。「おばはん、たよりにしてまっせ」という台詞には笑ったものの、文学作品の程よい映画化の印象でした。(きっと若かったせいでしょう)

ところが、今回、どうしようもないダメ男の魅力に引きつけられました。男が、好きな女性の一言でがんばって成長するなんて話より、どちらかというと私は上方歌舞伎や落語に出てくるへなへな男の方に傾き勝ちではありましたが、いやぁ「夫婦善哉」の柳吉は決定的でした。何をどうしても、へたれ、だめ男。よくもまあ、こんな男に惚れるなぁ〜と、これでもかこれでもかと思わせる演出は、所詮、男と女のことってわかりませ〜んと突っ放すフランス映画的。まぁ、こんな下向きな生き方は、それはそれでかなりの馬力が必要ですから、しんどい生き方ですが…….。

だめな奴、弱い奴もそのままでええねん、なんも考えんでええよ的な考え方は、太宰治、坂口安吾等と共に無頼派として列記される原作者織田作之助に通じるものなのでしょうか?彼は「夫婦善哉」だけが、大きくクローズアップされすぎて、他の作品にはあまり注目されていません。短編集「聴雨・蛍」(筑摩文庫・初版1100円)に収録されている作品を読めば、この作家の多彩な世界が理解できます。文楽の人形使いの芸談話「文楽の人より吉田文五郎」や将棋の坂田三吉を描いた「勝負師」を読むと、大阪弁の饒舌な文体が生き生きとしています。もう一点「青春の逆説」(旺文社文庫・初版900円)は長編恋愛青春小説です。「オダサク?あぁ〜夫婦善哉の作家ね」という単純な発想から抜け出すためにも、一度お読み下さい。

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これ、初の民間出身中国大使丹羽宇一郎と、元俳優・現農民の菅原文太との対談で、尖閣諸島問題を語る中で出て来た言葉です。

或は、

「中途半端に二流あたりにいるからダメなんで、いっそのこと五流か六流になってしまったほうが、さっぱりする。人間なんて動物より毛が三本多いだけでね。生き物と同じレベルと言うか、もう一度土に還るべきだよね。」

実態のない金に踊らされるのでなく、足下を見つめ直すこの大事さについて、イラストレーター黒田征太郎との対話から出て来た言葉です。

上記は、「ほとんど人力・菅原文太と免許皆伝の達人たち」(小学館1000円)からの抜粋。インタビューの相手には、ペシャワール会現地代表中村哲、元沖縄県知事太田昌秀、元通産省官僚古賀茂明、ジャーナリスト鳥越俊太郎、「震える牛」の小説家相場英雄、憲法学者樋口陽一等、豪腕、辛辣の17名が並んでいます。

俳優菅原文太の代表作は、「仁義なき闘い」と言われますが、間違いです。あれは悪人根性をデフォルメした金子信雄の代表作です。なんども繰り返し繰り返しレーザーディスクで鑑賞した私が言うのだから確かです。文太の代表作、それはNHK大河ドラマ「獅子の時代」(山田太一脚本)と声を大にして言いたい。大河ファンの女房に勧められ、高いDVDを購入して観ましたが傑作です。

幕末、新政府に対抗した会津藩士役で、明治政府に、あるいは富国強兵という日本国の大義名分に噛み付きます。徹底したリアリストで、最後の最後まで反権力の徒として生き抜く男の一生です。その生き方が、そのまま本のインタビューに表れています。太田昌秀との対話の冒頭で、文太がしばしば辺野古の監視小屋に行っていたことが登場しますが、「獅子の時代」の彼がダブりました。

骨のある17名が語る、これからの時代のあり方は、それぞれ1冊の本になるぐらい濃密なものです。そして、ずばり切り込んで行く文太の話し方が、問題の本質を浮かび上がらせていく面白い一冊です。やくざ映画で、「任侠精神」とか「仁義」とかお仕着せの権力に、くだらねぇーとドス片手に狂犬の如く暴れ回っていた役者が、こんな立ち位置に到達したのかの思うと、彼のファンで良かったとつくづく思います。

ヤクザから農民へです

 

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ブライアン・フェリーのCDがお客様のリクエストに応じて数枚入荷しました。

フェリーといえば、ロキシーミュージック。ロキシーといえば”More than This”で、ディスコ、カルチェラタンやアトランティスで、目と目を見つめ合って、手を絡ませていた貴方、甘い想い出が蘇りますなぁ〜。

彼の音楽は、とてもヨーロッパ的です。貴族趣味なくせにスケベ野郎で、エスタブリッシュメントでありながら、どっか崩れている、そんな雰囲気をまき散らすシンガーです。この感じ、新興国のアメリカの歌い手には出せません。よく知られている「煙草が目にしみる」という曲は、いろんな人がカバーしています。もちろん、アメリカの多くのシンガーも。でも、どうも感情過多というか、聞いていて、ハイ、お上手です、パチパチパチみたいな気分にさせられるんです。ところが、フェリーが唄うと、途端にちょっと退廃的で、醒めているのに、センチメンタルな歌になるのです。

この人の持っている雰囲気は、他に探してもいませんが、あえて言えば、私は奥田瑛二が持っているように思います。北方謙三原作の「棒の哀しみ」を日活ロマンポルノの第一人者柛代辰巳が監督した映画を観た時に、どうしようもないチンピラなのに、フェリー的なエレガントさが、ちょっと漂っていました。

さて、文学で彼の音楽に近い作品を探すとなると、そんなにヨーロッパ文学を読んでいない私には困難な作業ですが、M・デュラス「ヒロシマ、私の恋人」(筑摩書房700円)を思い浮かべます。

「ヒロシマである。(二人は、一緒にベッドの中で裸になっている)光はすでに移ろっている。情事のあとである。時間が経過している」

意識の流れを中心に展開する小説のような、散文のようなわけのわからんお話ですが、「おねがい、私を食べつくして、私の形を、醜くなるまで、変えてしまって」とすがる彼女に相応しい男はフェリーみたいな輩でしょう。この小説をベースに映画化された「二十四時間の情事」に出演していたのは、若き日の岡田英次。そう言えば、彼にもそんな雰囲気ありましたね。

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ミニプレス「季刊リトケイ」6号入荷しました。日本の離島のことのみを取材する「リトケイ」(発行元は離島経済新聞社)は前号から、カラフルなファイルが付いています。新しい号もど〜んと「島の幸」と書かれていてなんだか持っているだけで「幸」が来そうな感じです。(バックナンバーもあります)

離島で暮らす中学生球児たちの「離島甲子園」、長崎県の離島でスタートした「しまとく通貨」、国の環境モデル都市で、島で唯一指定されている「宮古島」の話なんて、ご存知でしたか。

TVの人気者「ぐっさん」こと山口知充さんが五島列島と奄美大島の二つの島に関わっていることや、日本の島全部を回りたい夢を持っていることを語ったインタビュー記事があるかと思えば、「島の幸」特集では、様々な島の、様々な生産品の紹介されていて、いかに日本が豊かな場所か、が分かります。

スーパーのチラシよろしく、各島の名産品をズラリと並べたページは、ちょっと欲しくなるものばかりですが、そこには、「島の産品は少量生産のものがたくさんあるので、もし欠品中でも次に販売されるときまでゆっくり待つことも重要です」と書かれてあります。

欲しいものがあったら、ゆっくり待つ。いいですね。鹿児島県宝島の宝島バナナを使用した無添加ジャムを買いに、時間をかけて宝島まで出向くなんて最高の贅沢かもしれません。

島のことを書いた本は色々ありますが、星川淳「屋久島の時間」(工作舎95年初版 800円)もいい本です。「ひとりの人間としていかにまっとうな生を送れるかが、10代の終わりごろからの一環したテーマだった」という著者が屋久島と出会い、島での暮らしを丹念の書き綴った一冊です。

 

★お知らせです。

●10月20日(日)久々に「はちはち」のパン販売行います。販売時間は午後4時ころから。

●同じ日、夜8時からは北海道のネイチャーガイド安藤誠さんのスライド上映+トークショーです。(要 予約)

お問い合わせはレティシア書房まで。電話075−212−1772(月曜定休)12:00〜20:00

 

 

 

 

 

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と言っても、待っておられるのは数人ぐらいですが、彼女の著作が何冊か揃いました。入荷したのは、「ベジタリアンのいきいきクッキング」(NHK1100円)、「野菜いっぱい大地の食卓」(知恵の森文庫500円)、「母なる自然の食卓」(東洋書林1100円)の三冊です。

鶴田静さんは1975年から 77年までウィリアム・モリス研究のためイギリスに滞在し、そこでベジタリアンになり、その思想と料理を研究。帰国後、最初のエッセイを出版して以来、自然生活、環境、食文化、庭園と草花につい ての執筆、英語翻訳をして、現在は夫の写真家エドワード・レビンソン氏と犬1匹と房総半島の農村在住。

私が初めてこの人の本を読んだのは、「ベジタリアン宮沢賢治」でした。ちょっと文章が難しくて、当時は理解できなかったことも多くありましたが、何故か気になる作家でした。

最後の晩餐はカツ丼大盛りを食べたい私は、ベジタリアンではありませんが、ベジタリアンという言葉の意味合いを初めて教えてくれたのは、宮沢賢治の「ベジタリアン大祭」という小説でした。そして、その次が、賢治について書かれていた鶴田さんの著作でした。あれから、20年余り。今、読み返すと、そうだよねと納得することばかりです。レシピとエッセイの一緒になった「母なる自然の食卓」で、こんな文章に出会いました。

「植物はどうして人間のからだのことを知っているのだろうか。といつも私は感心し、その不思議に驚きながら食べている。人間のからだは自然から作られているから、それで自然は人間のからだと共鳴し、もしからだが悪くなったら、自然がその部分を治してくれるのだろう。」

自然と人間のからだが共鳴しているなんて、当たり前のことのなのですが、皆忘れていますよね。

三冊とも、野菜レシピ満載の本です。同時に入荷してきた「植物史」や素敵な料理本と一緒に入り口付近の書架の二番目に設置してありますので、興味のある方はどうぞ。

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故中村とうようが編集長をしていた「ミュージックマガジン」は、ロック小僧にとって教科書みたいな存在でした。パンク、ニューウェイブ、ラップ、レゲエそしてワールドミュージックまで、この雑誌には大変お世話になりました。最近は、さすがに買わなくなりましたが、先日、新刊書店で最新号を見た時、思わず足が止まりました。

特集「音楽からみた『あまちゃん』」です。NHKの朝ドラ「あまちゃん」がなんと特集です!!思わず、えっ〜〜〜〜と叫びそうになりました。「あまちゃん」見てますよね。特集の中で、篠原章さんがこんなこと書かれています。

「ロックを聴く人間にとって、NHKを熱心に見ること自体許されぬ行為だと思っていた。そして、湿っぽそうなストーリーの朝ドラを見るなんて、ロックにツバする行為だと信じきっていた。要するにNHKも朝ドラも気に入らなかったのである」

わかりますね、この気持ち。まぁ、私も似たり寄ったりでした。でも、彼は「ゲゲゲの女房」辺りから熱心に見出して、「カーネーション」、「梅ちゃん先生」と深みにハマっていかれたみたいですが、それも私とだいたい同じです。

「あまちゃん」は「音楽ドラマ」だ、だからとても面白い。というのが彼の論ですが、確かににそうです。キョンキョン、薬師丸ひろこという80年代アイドルを使って、アイドル文化史を描く宮藤官九郎の脚本は完璧です。アチコチに小さな音楽ネタを散らばらしながら展開してゆく、アイドル物語としての楽しさと、震災以降のヒロインの故郷の荒廃と復活への、それこそ「湿っぽそうな」展開を拒否する成熟した脚本の見事さで、これ程朝の15分が楽しいことはありません。

音楽を担当しているのは大友良英。福島出身のフリージャズ、ノイズミュージックの第一人者です。坂本龍一とのデュオを聴いたことがありますが、ギター一本から醸し出されるノイズサウンドが脳内をぐちゃぐちゃにしてくれて、気持ちいいものでした、その一方、中村八大、いずみたく、クレイジーキャッッツら昭和ポップの黄金時代を築いた音楽家のファンでもあり、そのオマージュが見事にドラマに反映されています。ミュージックマガジンでは、このサントラ盤について、詳細な解説がされているので興味ある方はどうぞ。

さて、「あまちゃん」も今月限り。エンディングはどうなるのか、様々な憶測が飛び交っています。キョンキョン、薬師丸そして松田聖子(出演の噂聞いたけど)のアイドル三人で「地元へ帰ろう」を唄ってほしいところですが、どうでしょうか。

 

 

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