秋を吹っ飛ばして、急に冬になってしまいました。ブログを読んでいただいている皆様、風邪などひいていらっしゃいませんか?

この季節にピッタリの本が入りました。題して「風邪とごはん」(渡辺有子著 筑摩書房950円)です。

「風邪ひきそうなときのレシピ」に始まり、「本格的になっちゃったときの」、「回復してきたときの」、「スタミナをつけたいときの」、そして「子供のための」それぞれのレシピが紹介されています。

「実際に料理を作りながら思ったのは、具合の悪い時のごはんは、料理の基本ではないかということ。自分やだれかの体の声にじっくり耳を傾けて、本当に食べたいものを作って食べることの大切さを改めて知ることができたように思います。」

とうのがこの本のコンセプトです。本当に大事な食事って、何?という疑問に答えてくれるレシピ集です。

さて、こう寒くなると、ある年代以上の方は、シャンソンの名曲「枯葉」を思いだされるかもしれませんね。この歌の作詞はジャック・プレヴェール。あまりにも、この歌の作詞家として有名ですが、往年のフランス映画「霧の波止場」、「天井桟敷の人々」等の脚本を手がけていることは、映画ファンならご存知でしょう。しかし、1900年代に台頭してきたシュールレアリスム運動に参加し、詩集を発表していたことは、あまり知られていません。

書肆青樹社98年出版の「ジャック・プレヴェール詩集』(2500円)が入荷しました。

「ブリジット・バルドー  世界中で求められて結婚できない肉体の傑作」

なんて短い詩もあれば、魔術的な言葉に幻惑されて、深い穴に落ち込んでしまいそうな作品もあります。シュールな詩が全体を支配していますが、一つ一つのフレーズが、映像的に点滅して、消えて行くというところが、映画人プレヴェールっぽいところだと思います。

大人にならんと、もっと言えば、人生の半分折り返して、ゴールが見えてこないと解らない音楽や言葉ってあるんですね。

ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」

「どんな感じだい/どんな感じだい /一人で生きるって帰る家もなく/誰にも相手にされず/ライク・ア・ローリング・ストーン」というリフレインがぐさっと来る名曲ですが、若い時には、さっぱりこの曲の良さが理解できませんでした。けれど、(人様に言える苦労なんてしてきませんでしたが)それなりの経験で自分のことが、わかってくると違います。50歳を過ぎてから、そしてまた最近聴く度に、心の奥深くに静かに入ってきます。

先日、朝のTVに登場した泉谷しげるが、歌謡曲には人生の究極とでも言うべき一場面が描かれている、と話していましたが、その通りかもしれません。だから何度聞いても心に響くのでしょう。ディランのこの曲もそんな歌謡曲、演歌と同じ情感を持った曲なのでしょう。先日亡くなった島倉千代子や、ジャニス・ジョップリン、あるいはオーティス・レディングや、美空ひばりが紅白で共演し、オオトリでディランが登場したら、魂に触れる素晴らしいコンサートになるでしょうね。

レティシアのお客様から、出版された詩集を頂戴しました。やまもとあつこ著「ぐーらんぐー」(空飛ぶキリン社)というご自身三冊目の詩集です。難しい言葉使いもなく、比喩的な表現もない読みやすい詩が並んでいますが、その中の「夜道」はこんな詩です

「この冬はずっとそうだった ひとり自転車で 人通りのない暗い道をはしると くやし涙があふれてきた こわれそうになっているだいじなものが わたしたちにはある」

「こわれそうになっているだいじなものが わたしたちにはある」ということを心底理解するには、ちょっと歳を重ねなければならないかもしれません。音楽や、言葉が迫ってきて、そして肩をたたいてくれるなんて、素敵なことです。

ディランは「マイ・バック・ページ」のサビでこう歌います。「ああ、あのときわたしは今よりもふけていて 今はあのときよりも ずっとわかい」と。感性が鈍ってくると、すぐ側にある言葉や、音楽に気づかなくなるのかもしれません。その時が老けた!ということでしょう。

 

 

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新刊書店員時代、お客様から注文を受けました。作業着姿のおっちゃんでした。以前にも健康関係の本をご注文された方だったので、その種の本かと思っていました。ところが、

「マーリオ・リゴーニ・ステルンの『雷鳥の森』出てるやろ。」「はぁ?あの、もう一度」とお聞きすると「みすず書房の大人の本棚シリーズや。」とのお答え。

本が入荷して、どんな本かなぁとパラパラめくってみて驚きました。簡潔で力強い文体で、野生の世界が描き出されます。本には12の短篇が収録されていますが、最後に載っている「猟の終わり」を一気に読んでしまいました。雪深い山に入った猟師二人が、猟の最後の日に、恵みを与えてくれた大自然に畏敬の念をこめて、空中に向けて発砲します。

「銃声は谺となって返ってきた。ついで、その音は、春までだれひとり足を踏み入れない最奥の峰々にいたるまで、谷いっぱいに谺した。野生のものだけがとどまった。吹雪と凍てつく寒さのなかで、ようやく彼らは自然のふところに抱かれるのだ」

そして、猟師達が山を降りるところで終わります。10数ページの短篇ながら、まるで雪深い森を主人公たちと一緒に狩りをしていたような錯覚を覚えました。

小説の素材になっているのは野生に生きる男たちの人生の断片だけではありません。1921年イタリア生まれの著者は、否応無く戦争に巻き込まれ、前線に送られます。その時の体験から、ロシア戦線へ送られる兵士を描いた「ポーランドでの出会い」で作者はこう思います。

「車両の隅で、線路をゆく車輪の揺れに身を任せながら、生まれて初めて、貧しい者たちの運命に、貧しい者たちに殺しあうことを強いる戦争というものに、思いをめぐらせ、自問した」

骨太の、直球ど真ん中の短篇の醍醐味を味わいました。あれから、ほぼ10年、今日ある場所でこの本に再会しました。今はレティシアの棚に収まっています。

 

ところで、そのお客様ですが、なんと本物の猟師さんでした。お見それいたしました。風体だけで人様を判断するなんて、ほんとに愚かしいことです。色々と海外文学について教えてもらいました。

 

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古本屋さんでは、いわゆる「私小説作家」は人気です。しかし田山花袋の「蒲団」以来、日本文学史に刻まれたこの手合いの小説、私はどうも苦手です。葛西善蔵「子をつれて」の貧乏くささや、上林暁の「聖ヨハネ病院にて」の寒々しさや、檀一雄の「火宅の人」の、いい加減にしてくれ、おっさんと言いたくなる小説など、文章の巧みさには感心しましたが、もういいです・・・でした。最近の作家、西村賢太の「小銭をかぞえて」にも滅入りました。

同様に一時、大ブームになった「四畳半フォーク」ソングの「二人でいった横町の風呂屋」とか、「下宿屋で二人で作ったカレーライス」みたいなフレーズにも、うんざりでした。「神田川」がヒットしていた頃、この国はもう終わりだ〜と思ったものでした。

でも、最近阿部昭の「18の短篇」(福武書店・初版1300円)を読み返して、こういう作風もあるんだと思いを新たにしました。文学史的には、この作家は古井由吉、日野啓三、大庭みな子、富岡多恵子らの「内向の世代」と称される一派に分類されています。

藝術選新人賞を受賞した『人生の一日』は、この著者の色合いが最もよく出た短篇です。

「その日は終日、海の風がつよく吹いた。冬にはいく日もそういう日が続くのだ」という、寒々しい情景しか浮かんでこない文章で始まり、「それはなんともくらい一日だった。うちも外もくらく、雨でも降っているようなぐあいだった。」と陰鬱になっていきます。

やや、観念的な展開を見せながら、殺伐たる結末へと進みます。それでも、引き寄せられていくのは何故でしょう。私だけかもわかりませんが、小説全体が映像的だと思うのです。おそろしく高感度な白黒フィルムで収録されたさびれた海岸風景が、映し出されるようです。あるいはこの本に収められた『あこがれ』は、逆に明るすぎる色彩のカラーフィルムで切り取られたような主人公の少年の内面が立ち上がってきます。

蛇足ながら、阿部昭氏は芥川賞候補になること6回という最多記録をを持っています。

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昨日、長岡天神駅前で、一日だけ開催された青空古本市に行ってきました。主催は、レティシア書房が日頃お世話になっている榊すいれんさんです。会場の仕切りもばっちりで、スタッフおそろいのTシャツで決めた力の入った姿をまずパチリ。

出店されているお店はそれぞれに個性があって、和やかな雰囲気の中、店主とお客様が本談義をしている模様は、かつての本と読者の幸せだった時代の関係がよみがえります。直ぐ側にある大型商業施設に入っている恵文社バンビオ店内でも、「ふるほん秋まつり」を開催中(当店も参加しております。本日まで。)で、お店の方は、こちらの青空古本市にも出店されてました。

顔なじみのご店主と「あっ〜どうもお久しぶり」とか「良い本出さはるなぁ〜」とか談笑しながら巡回していると、なんとミニプレス「ユルリナ」のバックナンバーがあるではありませんか!レティシアでも、多くの方からお問い合わせのあったものです。現在休刊中のこのプレスの本は貴重です。早速購入しました。

その横の、いつもシブイ本を出すYさんのブースに詩人&シンガーの友部正人の「生活が好きになった」(晶文社・初版)がありました。友部さんの本は人気で、すぐ売れてしまうので急ぎ購入決定。

その足で、今度は二条川端近くのブックカフェ「UNITE」で開催中の古本市へ回りました。こちらの出店者は、レティシア書房の古本市でもお馴染みの強者が勢揃い。ここでは、人形作家、四谷シモンの「シモンのシモン」(イザラ書房)を発見。エッセイや、金子国義、白石かずこ等とのおしゃべりを収録した一冊です。さらに、今や実用書の版元の大和書房が一時、海外翻訳ものを中心に出版していた単行本で、マルセル・エーメ著 岸田今日子、浅輪和子共訳 佐野洋子絵の「猫が耳のうしろをなでたら」を発見。これは、お薦めです。「UNITE」さんの美味しいコーヒーと手づくりチーズケーキとともに、楽しい時間を過ごしました。

京大向かいの知恩寺でも大きな古書市やってるし、ガケ書房さんも古本の楽しそうな催しやってるし、京都は古書市満開です。

 

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以前にも少し書いたことがある児童文学者、齋藤惇夫作、薮内正幸画の「冒険者たち」、「ガンバとカワウソの冒険」、「グリックの冒険」の三作のうち、「冒険者たち」、「ガンバとカワウソの冒険」(岩波書店1000円)が入荷しました。

しかも、「冒険者たち」は二種類入りました。この本は1979年アリス館牧新社から、出版されて、瞬く間に版を重ねていきます。(手元にあるのは22版です)。そして、その3年後、今度は岩波書店から発行されます。え、同じ本なのに?と思われるでしようが、実は微妙に違うのです。(写真左がアリス版、右が岩波版)

先ず、函に描かれている薮内画伯の絵が違います。アリス館牧新社の方に描かれているガンバの方が、より戦闘モード突入っぽい感じです。当然、函の裏の絵も、前者が表紙の絵柄の続きで、海面を疾駆するカモメが描かれているのに対し、後者は他の絵が配されて、ほのぼの感があります。

本を開くと、前者にはカラー挿絵があり、後者はない。また、前者には、作者の後書きが付いているのに後者では削除されています。驚いたのは、本の最後に出てくるワクワクする詩が、アリス版では目次の前にも載っていたことです。

「さあゆこう仲間たちよ うずまきさかまく大海原を 残照輝く水平線のかなたへ 聞こえるだろう ほら あれくるう風の中に 自由と愛のほめ歌が」

大冒険の始まりに相応しいですね。

そしてアリス版では、主人公ガンバがシマリスグリックに出会う「グリックの冒険」の宣伝が最後に載っていて、大きくこう書かれています。「71年児童文学協会新人賞受賞作品」と。

一体、この「アリス館牧新社」ってどんな出版社だったんでしょう。アリス館と牧書店が一緒になって設立された児童書出版社で、その後アリス館と社名変更になったまではわかりましたが、このがっちりした函から推測すると、丁寧な本作りをしていたのではないでしょうか?

二冊を並べてみているうち、職人肌の本の作り手達がしっかりした本を作りながらも、一つの出版社は消えていき、そしてまた違う出版社から登場するという運命みたいなものを感じました。アリス版は1300円、岩波版は1000円です。

 

 

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フジモトマサル。2000年初頭だったと記憶していますが、ケッタイナなコミックか、画集と言うべきか、はたまた都会派小説と言うべきか、わからん本に出会ました。それが彼の「ウール100%」(文化出版局650円)でした。

一匹の羊が、フツーに大都会に暮らすお話です。日々、満員電車にゆられ、会社ではPCとにらめっこして、ささやかな楽しみを暮らしに見つけて喜ぶ、ただそれだけの繰り返しの本です。よくある動物を擬人化した癒し系の本?と思われるかもしれませんが、ちょっとちがうんですね、これが。主人公は女性の羊で、仲のいい職場の女友だちや、羊友だちも沢山います。その、ちょっとおとぼけ気味の会話と、ウール100%の彼女の風体が醸し出す感じが、息を深く吸ってすっ〜とはいた後の気持ちよさに似ています。

詩人、長田弘は「深呼吸の必要」(晶文社700円)で「ときには、木々の光りを浴びて言葉を深呼吸することが必要だ」と述べています。それにならえば、ときにはウールのやさしさを吸い込むことも必要だ、というところでしょうか。この主人公が猫でもなく、犬でもなく羊であることがポイントですね。

なんともユーモラスで、おっとりしていている羊に着目したフジモトマサルはさすがです。彼は、この作品でブレイクし2004年「ウール101%」(文化出版局650円)を出版しました。その後「二週間目の休暇」(講談社850円)では一人暮らしの女性と擬人化された鳥たちが住む小さな町を舞台に、物語を描いています。この中で、フクロウの親父が営む古本屋が登場します。そこで、彼女が買う本が「給水塔占い」という不思議な本です。こんな風に読者を素敵な迷路に誘い込んでいきます。

この迷路感覚は、数年前に出た初の画文集「終電車ならとっくに行ってしまった」(新潮社950円)ではさらに深くなっていきます。本の帯に森見登美彦が「可愛さの底にあるヒヤリとするもの」と指摘していますが、同感です。

色々揃えて、展示中ですが、新刊書じゃないんで、一冊づつの在庫です。早い物勝ち!

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「本と本屋とわたしの話」5号(200円)が入荷しました。発行は宮井京子さんとそのお仲間。(今夏のレティシア書房の古本市にも参加してくださいました。)

毎号そうなんですが、この小冊子は良い本を読んだ後の、素敵な余韻を残してくれます。特に、今回は私の好きな本のことも色々取り上げられていて、さらに気持ちよく終わりました。

神戸「ひつじ書房」で見つけた齋藤惇夫「冒険者たち」の話。児童文学の冒険ものの主人公は最後に家に帰るのに、この小説では「冒険を生業にする集団。これまで出会った主人公と違うニオイがした。」その通りです。薮内正幸氏の絵に魅せられて、読んだ本ですが、

「そんなことはいわなくても、こいつはいくさ。いつだって何かを求めずにはいられねえやつさ」

なんていうカッコいい台詞で終わる児童文学でした。「スターウォーズ」第一作を撮ったころのジョージ・ルーカスで、映画化してほしかった。

大阪北にあった貸本喫茶「ちょうちょぼっこ」は、レティシアを始めた時から、ぜひ行ってみたかったお店でしたが、閉店しました。このお店がどれほど素敵であったかを宮井さんが書いています。写真で見ただけですが、ゆったりした時間の流れる、心落ち着く雰囲気でした。うちへも一度お越し頂きましたが、数人の女性が交代で店番をされていて、それぞれの趣味の本が並べてあったそうです。そのメンバーの方達が編集発行されていたミニプレス「ぽかん」も、書物への愛情に満ちた本です。2号のみ在庫がありますが(1000円)、ページをめくって、行くことが出来なかった「ちょうちょぼっこ」のことを想うばかりです。

5号の最後に掲載されている「遠くはるかなクマを思う」。星野道夫の文章と井伏鱒二の詩に全く同じことが書いてあったとは、私も驚きました。

「アラスカのクマはあんたにまかせる」

なんて泣かせる台詞ですね、宮井さん。

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読書の秋に、文庫が入荷しました。

参考書で有名な旺文社は、以前文庫も出版していました。写真は夏目漱石の「明暗」。現在出版されている文庫は一冊にまとめられていますが、昭和43年発行のこの文庫は、上下2で、各巻末に詳細な作品論、作家論、年譜が付属していて、いかにも学習参考書の老舗出版社らしい作りです(1000円)。同時に、ウェルズの「タイム・マシン」(500円)、ポーの「黒猫」(300円)、O・ヘンリーの「短編集」(200円)も入りました。文学全集盛りの頃の、挿絵や詳しい解説など、その時代の香りが一杯です。

ちょっと珍しいのは、「クマのプーさん」でお馴染みのA・A・ミルン唯一の推理小説で、トリック崩しの名作「赤い館の秘密」(500円)。劇作家としてスタートしたものの、鳴かず飛ばず。1921年発表のこの長編推理小説の成功を足がかりにして、表舞台へと登場してきました。こちらも、旺文社文庫です。

え、こんな作家がこんな本書いていたの!?というのが一冊ありました。名エッセイスト山田稔の翻訳で知られるフランス文学者、ロジェ・グルニエが、C・チャップリンの映画「ライムライト」を小説化した「ライムライト」(早川文庫500円)で、映画とそのシナリオから小説にしたものです。後年、グルニエは「マジックパレス」で1930年代の映画界を背景にした小説を書いていますから、その先駆的作品なのかもしれません。

最後は、抱腹絶倒の一冊。赤瀬川原平、ねじめ正一、南伸坊の対談「こいつらが日本語をダメにした」(筑摩文庫350円)。例えば「どんぶり勘定」という言葉をめぐる対談と写真を見たら吹出します。どんぶりに目一杯の硬貨を入れた写真。その下のキャプションには500円硬貨なら何枚、100円硬貨なら何枚と書いてあります。みんな、ひまか?と言いたくなりますが、お三方はいたってマジメです。あるいは、『「足留めを食う」って言葉があるけど足留めというものはどういうもんですか。やっぱり食べられるもんでしょうかね。』って、そりゃないでしょ。

文庫も探して頂くと、面白いものが見つかります。

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なにを隠そう、私は冒険小説の大ファンです。特に、日本の作家のものには目がありません。中でも公安とかが出てくる刑事ものとなるとつい手に取ってしまいます。90年代から始まった大沢在昌の「新宿鮫」に登場する公安の香田は印象的でした。NHKでTVドラマ化されたシリーズでは、永島敏行が冷酷な公安刑事を演じていましたが、あれはよかった。

国内でいがみ合う公安と刑事のドラマもしびれますが。これが海外の謀略物になるとさらにスケールが大きくなってきます。ただし、F・フォーサイスがドゴール暗殺事件を扱った「ジャッカルの日」のような、リアルで、圧倒的迫力をもつ小説となると、なかなか出会えません。

昭和61年に発表された逢坂剛「カディスの赤い星」(講談社・初版1000円)は文句なしに面白い一冊です。この作家のベストワン。サントスという男を探してくれと頼まれた広告宣伝マンが巻き込まれる世界的陰謀。日本からスペインへと話はめまぐるしく展開していきます。スペインの文化、政治、音楽を徹底的に取材し、緻密な構成で作り上げた小説は、作家の気合い200%で、読むものをねじ伏せていきます。フラメンコの哀愁と情熱が満ちた音楽が響いて来ます。

「おれは運命論者じゃないさ。運命論者というのは、運命に打ち勝とうとして敗れた人間のことを言うんだ」

なんて台詞もキザになりません。

 

この作品はTVでドラマ化されましたが、主演は「失楽園」の古谷一行、それは、ないでしょう!!と怒り爆発になりそうなキャスティングでした。一方、先程のNHKの「新宿鮫」は館ひろし。え?とちょっと意外でしたが、これがお見事でした。石原軍団の走るばっかりの刑事ドラマとは比較にならないほど、「鮫」こと鮫島刑事を渋く演じていました。これでこの役者を好きになりました。

 

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