まだTVが白黒放送だった昭和31年。

松下電機産業がスポンサーになって放映開始した「ナショナル劇場」が、40周年を迎えたときに記念して発行された、私家版みたいな本がこれです。最初の放映は、宮城まり子主演「てんてん娘」(昭和32年6月まで放映)で、その次が「ナショナルTVホール」(昭和32年7月から同年末)というオムニバス。それぞれ原作を見ると、吉屋信子、小島政二郎、田宮虎彦、川口松太郎という名前が並んでいます。

そして、昭和33年、野村胡堂原作「銭形平次」(昭33年〜35年)が登場。主役は大川橋蔵ではなく、若山富三郎でした。当時は生放送だったので、そのあたりのエピソードには笑ってしまいます。それから、松本清張原作「黒い断層」(35年〜36年)、石原慎太郎「青年の樹」など次々原作ものが続きます。

獅子文六「箱根山」、小島信夫「大学生諸君」、石坂洋次郎「光る海」、曾野綾子「娘たちはいま」、久生十蘭「顎十朗捕物帳」・・・・文学とTVが親密な時代だったことが伺えます。

しかし、昭和40年代に入ると、昨今のバラエティー的コメディが登場します。

「ドカンと一発」(昭和43〜44年)。これ面子が驚きです!クレージーキャッツ+ドリフターズ&藤田まことという布陣です。笑いを生み出すための出演者の努力が凄まじく、いかりや長介は過労でぶっ倒れたそうです。

昭和44年8月、いよいよ「水戸黄門」がスタートします。翌年3月に高い視聴率で放映終了後、代わって「大岡越前」が登場。「ナショナル劇場」は、水戸黄門、大岡越前の二大時代劇の時代が到来するのです。私はこの辺りから、TVを見なくなったので興味がないのですが、日本のTV番組を引っぱってきた時代を振り返る資料としては貴重です。

蛇足ですが、当初、水戸黄門役は森繁久弥が候補に上がっていたらしいのです。彼の黄門さんも、ユーモアがあって面白かったでしょうね。全ページに、懐かしい写真が掲載されていますので、ある年代から上の人には郷愁を呼ぶことでしょう。(1500円)

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ファンタジー、SF系作家として、多くのファンを持つ恩田陸。何度か小説にトライしましたが、いつも挫折。最後まで読めない作家でした。彼女の文体のリズムとこちらがシンクロ出来ないまま、途中で睡魔に襲われてしまうために、もう何年も読んでいませんでいた。

ところが、「土曜日は灰色の馬」(晶文社500円)を、何気なく読み始めたら、ハマってしまいました。2010年に発行されたこの本は、小説ではなく書評集ですが、客観的にただ書評したものではなく、彼女の脳内にじわ〜っと影響を与えて来た本を、やさしく語っていきます。第一部が小説評、第二部が、当店でも人気だった内田善美等の少女漫画、第三部が映画、音楽評。どれも、面白い。

「私はビートルズが怖い。気持ち悪い。それでもやはり、彼らの曲を、彼らのやるせなさを、彼らの歌に感じる週末のビジョンを愛している。そのやるせなさに、郷愁すら抱いてしまう。」

こんなビートルズ評なんて、誰にも書けません。

ヒッチコックの映画作品で有名な、古典的サスペンス小説デュ・モーリアの原作「レベッカ」の詳細な解説は、特に面白い書評です。大富豪のもとに嫁いだ女性が、死んでしまった先妻の幻影に怯えるお話ですが、こう書いています。

「今も昔も若い女性にとって、『玉の輿』はリスクの高い賭けであり、『玉の輿』の対象となるような結婚は『事業経営』に等しいという現実と、経営手腕のない女の「玉の輿」の不幸をまざまざと見せつける話なのであった。」

これが、サスペンス小説の書評?という風に、縦横無尽に読み解いていきます。読みたくなりますよね、原作を。

一番この人らしいのは、頭に登場する「硝子越しに囁く」というエッセイ。なんか怖い、ポタポタと水滴が垂れ、湿気を含みすぎた部屋にいるような気分にさせてくれる導入部から、魅惑的な幻想世界へ誘ってくれますが、これがまた、心地良かったのです、私には。

昔合わなかった作家も、読んでみるものですな。

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昨日の夕刊に、「西武流通グループ」を旗揚げして、一時代を作った堤清二氏死去の記事が載っていました。キラキラ輝く消費文化、オシャレな生活をバラまいた巨大グループは、単にバブル時代のモンスターであっただけなく、面白いアートや、カルチャーを紹介して、多くの人の感性に影響を与えたと思います。「セゾングループ」へと名称をかえ、「PARCO」、「セゾン美術館」、「シネセゾン」などを通して「セゾン文化」を全国に普及させました。まちがいなく私もその恩恵に預かった一人でした。

大津西武によく聴きにいった渡辺貞夫グループの演奏や、若松孝二ら異端派の映像作家の上映会(下の階は百貨店ですよ)、或は映画「エイリアン」のアートデザインで、日本でも有名になったギーガーの作品展等、思いだします。

大学卒業後、音楽関係の職に就いた時、西武が立ち上げたWAVEというCDメーカーは、それはもう尖ったレーベルでした。毎回の新譜が楽しみで、このレーベルの音楽聴かずに洋楽語るな、みたいな雰囲気でした。今、「六本木ヒルズ」のある場所にあった直営店は、トレンドの最先端でした。

本屋になってからも、大型書店「リブロ」や、アート系書店「アール・ヴィヴァン」、出版部門の「パルコ出版」、「リブロポート」はひたすらかっこ良く、憧れの的でした。とても販売が期待できないようなアート系書籍をどんどん出版。ま、それを持って、WAVE発のサウンドを聴くのが、クールな時代でした。「ええかっこし〜」なのかもわかりませんが、それなくしては新しいものに対する理解などできませんね。

しかし、バブル崩壊後、暗い影が差し始め、セゾン文化は幕を下ろすことになります。堤氏も会社を去り、その後は辻井喬という作家として活動します。作家としての彼には興味はありませんでしたが、「セゾン文化」がなかったら、自分の感性はきっと磨けなかったと思います。今でも、「PARCO出版」の本を見つけると手を出てしまいます。

 

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「本と腰痛」という特集で、ミニプレス「BOOK5」10号が入りました。

刊行が始まったのは、当店オープンとほぼ同時期で、この雑誌も早や10号となりました。本をめぐる様々なことをあれこれ掘り返し、全く退屈しない作りで、毎号必ず購入されるお客様も多いです。

今回の特集は本屋の職業病みたいな腰痛のお話。その痛みと涙ぐましいお付き合いをされているユーブック橋本さんの記事は、他人事とは思えませんでした。

笑ってしまったのは「映画館と腰痛」という三人の女性のトーク。腰痛持ちには、名画座の椅子の状態が大きな問題だということのお話です。二本立てならまだしも、四本立てだと腰よりも何を観たのかわかんなくなる、って四本もよく観るなぁ〜という感じです。背が低いから、腰よりも膝が疲れるので、足番台作って膝を上げるという案は、いいかもしれません。

と、まぁ相変わらずとりとめのない企画満載で、ぱらぱらめくっているだけでも楽しい雑誌です。

ところで、この雑誌でも連載記事を掲載している沖縄の小さな古書店「ウララ」の店主宇田智子さんが、「那覇の市場で古本屋」(ボーダーインク発行1100円)を書かれました。楽しい本です。彼女は、元ジュンク堂那覇店のスタッフだったのですが、2011年11月、沖縄の公設市場のど真ん中に、小さな小さな古書店を開きます。隣りは漬物屋さん、向かいは鰹節屋さんという、ほんと市場の狭い空間(多分日本で一番小さい古書店)にあります。本の表紙にお店の写真が載っていますが、確かに横は、漬物屋さんです。

ワイワイガヤガヤと多くの人達が行き交う、市場の本屋ってなんか楽しそうです。

本屋さんが書くと、本棚のことや蒐集した本のことがメインの本が多いのですが、これは全く違います。日々、店番をしながら見つめた市場に集う人達の定点観測をまとめた本です。「ウララ」に行ってみたい以上に、この市場をブラブラ歩いてみたいという気分にさせてくれます。いつか、当店の古書市にもご参加をお願いしたいと思います。

 

★12月7日(土)午後4時 から「はちはち」のパン販売します。

今年最終になります。  レティシア書房仕様/1袋500円★

 

★第二回レティシア書房冬の一箱古本市を、来年1月28(火)〜2月9(日)に開催します。

その後2月11日(火)〜23日(日)まで、ミニプレス「日々」バックナンバーフェアと「暮らし」のフェアも企画してます。

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私の大好きなピアニスト、グレン・グールドの演奏を使って、ベルギーの絵本作家ガブリエル・バンサンの「アンジュールある犬の物語」(ブックローン社900円)がショートアニメ作品として公開されていたなんて、全く知りませんでした。

そのサントラが入荷(CBSSONY1400円)しました。使用されている曲はグリークの「ピアノソナタホ短調作品7」、ベートーヴェン「ピアノソナタ第13番変ホ短調作品27−1」、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」です。映画では、その一部が印象的に使用されているみたいですが、このCDでは、もちろんその曲全が収録されています。比較的に地味なベートーヴェンのソナタは、初めて最後まで聴く事ができました。

ラストで、アンジュールが新しい飼い主を見つける所で使われているのは「アベ・マリア」で、この曲のみサウンドプロデュースを坂本龍一が担当。グールドの演奏に宮本笑里のバイオリンをダビングしています。

坂本自身「グールドの曲にダビングする?そんな不遜なことしていいの」と言っていますが、いや、見事な仕事ぶりです。最後の最後で微かに聴こえてくるシンセサイザーの音が、この絵本の最後を飾るのに相応しいものです。多分、この絵本読みながら、この曲聴けば、おそらく洪水の如く流れる涙、止まらんでしょうな。

ところで、バンサンの絵本といえば、「アンジュール」が代表作です。全く言葉はなく、窓から放り出された犬アンジュールが、失意の放浪の果てに、孤独な少年と出会い、幸せを得るまでを57枚の鉛筆デッサンで描ききった力は素晴らしいです。しかも、これが処女作というから驚きです。

日本では1986年に発行され、今手元にあるのが2004年の第45刷という、超ロングセラー絵本です。ひとつひとつの絵が、そのまま緻密な絵コンテになりそうです。それだけ映像的な作家だったのかもしれません。

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講談社が昭和53年から発行を開始した「世界動物文学全集」が、ある市でミカン箱に入って売られていました。今西錦司、戸川幸夫、中西悟堂という動物学の権威三人による監修で全30巻を刊行!第一巻は、「ボーンフリー♫」の名曲で映画化されたジェイ・アダムソンの「野生のエルザ」とパウル・アイバーノ「いとしのゼンタ」という犬の話と、ロバート・マーフィー「雁よ愛に羽ばたけ」です。後者はアメリカの大自然の驚異と畏敬の念が色濃く出た文学で、ずっーと雁を見守り続けて来た孤独な少年が、旅立つ雁と別れるラストは、動物文学の典型です。

中に入っているチラシを見ていると、よくもまぁ集めたものだと編集者の努力に頭が下がります。

キプリング「ジャングルブック」、ジャック・ロンドン「野生の叫び声」、バイコフ「偉大なる王」等の、傑作をはじめとして、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」に影響を受けたと評価されたロバート・マーフィーの「滅びゆく川の物語」という、自然保護へ市民が参加することを後押しする作品も収録(4巻)されています。

第4巻の巻頭を飾るのは、ウォルト・モーレーの「熊と少年」です。少年と熊の友情を描いた小説で、60年代後半、アメリカでTVドラマ化された「クマとマーク少年」が放映されて、日本でも話題になりました。舞台は開発前のアラスカ。著者のモーレーはアラスカの荒涼たる大自然を心から愛しており、「そこでは何日旅を続けようと、誰一人、人間に会うことがない。静寂は計り知れぬほど深く」と書いていて、なんだか、星野道夫の文章を読んでいるみたいです。

さて、この手の動物文学ものは海外がお得意なのかもしれませんが、河合雅雄の「少年動物誌」(福音館・初版800円)はお薦めです。京都大学霊長類研究所教授の著者が、少年時代に丹波篠山の山間で体験した動物とのふれあいを、簡潔な文章で描いた一冊です。宮沢賢治の優れた小説がそうであったように、雑木林物語とでも言うのでしょうか、人間の生活するすぐ傍で続く動物の生の営みという視点が、海外の大自然を舞台にした動物文学とは全く違います。

 

「世界動物文学全集」は取りあえず、1巻と4巻のみ持ち帰ってきました。各巻700円です。

 

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新刊書店が、一番幸せだった時代に書かれた一冊の本、田口久美子著「書店風雲録」(ちくま文庫350円)。1975年西武池袋店内にオープンしたリブロブックセンターは、百貨店内書店という立場にも関わらず、売れ線の新刊よりも、フツーなら棚に1冊の思想書やら、人文書、現代詩をど〜んと積み上げた書店でした。そして、その店の店長をしたいたのが、著者です。

初めて、この単行本が出た時、すぐに買い、貪るように読んだ記憶があります。自分の感性で捉えた本をどう売り、棚を作っていくか、悪戦苦闘しながら、新しい時代の書店像を模索し、「リブロ」というブランドにまで高めていった著者は、その成功をこう言い切ります。

「バブル期躍進中の西武百貨店が引っさげていた『セゾン文化』を書籍部門として、出版のリブロポートと連携して担ったこと」

確かに、西武セゾンの押し進めた東京都市文化を推進させてきたのは事実でしょう。しかし、まだ日本では知名度の低かった中南米の文学の紹介や、現代詩、精神世界の紹介など先進的な棚作りで、新しい読者を開拓していったことは間違いありませんでした。一方で、あ〜あれは池袋だから、西武やから出来るんや〜というやっかみ的な意見も聞きましたが、この書店なくして、今話題の新しい棚作りをする新刊書店、古書店、ブックカフェのブームは生まれなかったと思います。

この本は、その時代の最先端を走り出した本屋の、いやになるぐらいのゴタゴタや、内部の対立も描いていきます。そして、頂点に立った後のバブル崩壊と共に、セゾン文化にも暗い影が差し始めます。リブロの経営母体はセゾンからグループ内のファミリーマートへと移行していき、君臨していた堤清二氏も第一線から退きます。スリリングな棚作りで、読者を刺激し続けたリブロは、新しい時代へ向き合うことになりますが、それは新刊書店の危機の時代の幕開きでした。「風雲録」という言葉がピッタリな一冊です。

後書きで坪内祐三がこう書いています。

「この作品は、1980年代精神誌としてもとても貴重な一冊であり、その価値は十年後二十年後さらに高まることだろう」

少し時代は違いますが、同じ業界にいた人間にとって、この指摘は全く正しいと思います。

 

 

 

 

 

 

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と言えば、太田裕美の名曲ですね。

昔も、今も、好きです。大学時代に、芦屋からゼミに通っていた女学生の雰囲気が似ていて、芦屋→お嬢様→素敵という至極単純な連想で、彼女のファンでもあったのかもしれません。ご承知のように、彼女のヒット歌は松本隆(作曲)=筒美京平のコンビから生まれています。名曲「九月の雨」はこう始まります

「車のワイパー透かして観てた都会に渦まくイルミネーション くちびる噛みしめタクシーの中で、あなたの住所をポツリとつげた」

皆さん、ご経験ありますよね(あ、無いか)。このおセンチ感はたまりませんぁ〜。荒井由美は松本隆のことを、あの低い声でこう言いました。

「松本さんは乙女だから」と。もうその通りの名言ですね。

詩人が作る詩と、作詞家が作る詩とは、基本的には違います。けれども、

 

「南にひらいた窓をあけて、うんざりした気持ちを放り出して、古い木の椅子に、身をしずめる。きれいな時間のほかに、何もいらない きみはおもわないか? 世界はたぶん、バラの花と『こんにちわ』でできている、と私はおもうな」

という長田弘の「日曜日」と

「あたまに帽子をのせて でかけなさいな ほら外はいい天気だよ 水いろのひかりあふれる部屋に 朝は悲しすぎる 風にきみの夢がにじんで」

という「はっぴいえんど」時代に松本が作詞した「外はいい天気」とが違うとは思えません。透みきった空気に満ちた町へ、スニーカーひっかけて散歩したい気分にさせてくれるという意味では、同じ言葉の魔力ではないでしようか。

 

長田弘の「日曜日」は「「心の中にもっている問題」(晶文社700円)に、「外はいい天気」は「はっぴいえんどHAPPY END」(CD1100円)にそれぞれ収録されています。

 

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矢川澄子の本が数冊入ってきました。50年代後半、澁澤龍彦と結婚、68年離婚。その原因については、夫の中絶強要だとか、或は娼婦との妻妾同衾を矢川に要求しとか、俳人加藤郁矢との矢川の不倫だとか、もう昼メロ並みのドロドロしたお話が取りざたされていましたが、それはさておき、作家としての矢川を見て頂きたいものです。

「野溝七生子というひと」(晶文社・初版、函入り美本1900円)は、この人ならではの一冊です。明治30年生まれの小説家、野溝七生子。瀬戸内寂聴が大杉栄の伝記『諧調は偽りなり』で野溝とダダイスト辻潤の関係を事実誤認のまま記載し、その後和解した話は有名ですが、作家としては「山梔」がよく知られています。この本が文庫化された時も、彼女が解説を書いていました。「なァちゃん」と親しみをこめて著者は呼びます。

「理知のひとと無垢のひととの絶妙なバランスのあいまを縫ってときどき顔をのぞかせる『心の鬼』のありようも。それらすべてひっくるめてあなたの大きな遺産を、わたしはこのさきどこまで生かしきれるでしょうか。」

と追悼していますが、この作家に深く関わりつつある自分の様を描ききります。

文庫でも出回っている「わたしのメルヘン散歩」(新潮社・初版950円)のハードカバー版も入りました。メルヘンの世界を楽しく散歩するみたいな気分で、以前読んで、それがとんでもない間違いだったことに気づいた書物です。最終章の宮沢賢治論の、締めくくりでこう述べています。

「むかし人間は男女両性具有の完璧な球体だったものを、その万能ぶりを嫉んだ神の手によってむりやり二つに引き裂かれてしまい、以来失われた半身を求めてたえずさまよい恋いわたるようになったのだという、あの説である。」

以前、この文章とそれに続く「わたしのなかの女」みたいな数行に出くわした時、何故か、いやな気分になったものです。それは、多分に男には分かりようのない女の部分みたいなものに出くわしたからだったのかもしれません。パラパラ読み返して、緻密に組み立てられた論旨の隙間にそれはちらちらと見えて来ます。さすがにいやな気分にはなりませんでしたが、スケールの大きい手強い相手だなぁ〜と再認識しました。

当店では、森茉莉好きの方が、一緒に買われたことがありました。成る程。

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秋を吹っ飛ばして、急に冬になってしまいました。ブログを読んでいただいている皆様、風邪などひいていらっしゃいませんか?

この季節にピッタリの本が入りました。題して「風邪とごはん」(渡辺有子著 筑摩書房950円)です。

「風邪ひきそうなときのレシピ」に始まり、「本格的になっちゃったときの」、「回復してきたときの」、「スタミナをつけたいときの」、そして「子供のための」それぞれのレシピが紹介されています。

「実際に料理を作りながら思ったのは、具合の悪い時のごはんは、料理の基本ではないかということ。自分やだれかの体の声にじっくり耳を傾けて、本当に食べたいものを作って食べることの大切さを改めて知ることができたように思います。」

とうのがこの本のコンセプトです。本当に大事な食事って、何?という疑問に答えてくれるレシピ集です。

さて、こう寒くなると、ある年代以上の方は、シャンソンの名曲「枯葉」を思いだされるかもしれませんね。この歌の作詞はジャック・プレヴェール。あまりにも、この歌の作詞家として有名ですが、往年のフランス映画「霧の波止場」、「天井桟敷の人々」等の脚本を手がけていることは、映画ファンならご存知でしょう。しかし、1900年代に台頭してきたシュールレアリスム運動に参加し、詩集を発表していたことは、あまり知られていません。

書肆青樹社98年出版の「ジャック・プレヴェール詩集』(2500円)が入荷しました。

「ブリジット・バルドー  世界中で求められて結婚できない肉体の傑作」

なんて短い詩もあれば、魔術的な言葉に幻惑されて、深い穴に落ち込んでしまいそうな作品もあります。シュールな詩が全体を支配していますが、一つ一つのフレーズが、映像的に点滅して、消えて行くというところが、映画人プレヴェールっぽいところだと思います。