みすず書房が発行している「大人の本棚」シリーズは、ぜひ自分の本棚に揃えて、ゆっくりと読んでいきたいと思わせる素敵な本ばかりです。

その中の一冊、野呂邦暢の「愛についてのデッサン」(1900円)は、以前何気なく古本屋の棚から抜き取って、ページを捲ったことがありました。その中の詩。

「ぼくはふと街の片ほとりで逢ふた 雨のなかを傘もささずに立ちつくしている ポオル・マリィ・ヴェルレエヌ 仏蘭西の古い都にふる雨はひとりの詩人の目を濡らし ひとりの詩人は世界中を濡らす どうやらその雨はぼくがたどりついたばかりの若い沙漠をも少し。」

この本は、古書店の若き店主、佐古啓介が、古本の中にひっそりと息づく謎を解きほぐしてゆくのがストーリーです。そして、この詩は1900年代中期の詩人、安西均の詩集から抜粋されたものです。

野呂は、短い文章をきっちりと重ねあわせて、美しい世界を創りあげてきた作家で、再読する毎に、味わいが増してきます。そんな彼の文章と、取り上げられた古書が織りなす、それぞれの事情。本の帯に「古本青春小説」とありますが、まさにその通りの中身です。サブタイトルが「佐古啓介の旅」となっていますが、古書店主が、古書を通して成熟してゆく姿を描いていて、本を愛する人にぜひ読んでいただきたい一冊です。

全部で五編の短篇が収録されていますが、やはりタイトルになった「愛についてのデッサン」が秀逸だと思います。60を越えたおっさんが言うのもなんですが、青春の苦みを実感させる作品です。特にラスト、啓介が夜行列車に乗って旅に出るシーンは、往年のフランス映画を観ている気分です。

巷には癒しの本が大量に出回っています。しかし本当に読者の心に寄り添い、言葉がその人の中に入り込み、安らぎを与えるのは、こんな本かもしれません。

心筋梗塞により、1980年42歳で急死しました。毎年5月最終日曜日には、野呂を偲び、小説に登場する長崎県諌早市上山公園の文学碑の前で菖蒲忌が行われています。

 

 

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岡山出身の小説家で、「耳学問」等でファンの多い木山捷平の紀行文学「日本の旅あちこち」(永田書房・初版3000円)が、今回、講談社文芸文庫から「新編 日本の旅あちこち」というタイトルで文庫化されました。

木山が訪れた北海道、東北、上毛・武蔵、甲斐、伊豆・三河、大和・紀伊、三陽、そして九州の各地を描いた紀行文学の優れた一冊です。まるでNHKの旅のドキュメントを読んでいるかのような的確な表現は、作家と一緒にその街を歩きまわっている錯覚に陥ります。今どき、こんな書き方をする人はないだろうと思うのは、その土地の人と交わした問答をそのまま、載せている部分です。

例えば、北海道の美国町の役場の人との問答はこんな感じ。

「私。シャコタンというのはもともとアイヌ語なのでしょうか。

係長。アイヌ語です。シャコは夏、コタンには部落とか村とかいう意味があります」

なんて具合に話が進みます。

木山が、この紀行文を書き出したのは昭和30年代後半。彼は晩年に差し掛かっていました。大げさな文章や、華美な表現は全くありませんが、暮れ行く街の淋しさ、穏やかな温泉の暮しなどが綴られて、列島改造で国土も人もズタズタにされてしまう前の、この国の美しかった断面を見ることができます。

ハードカバー版の表紙をめくると、トレンチコートに傘を持った、ニコニコ顔の作家自身のイラストが載っています。きっと、こんな楽しそうな雰囲気で日本全国を旅してたのでしょうね。

文庫本の解説を岡崎武志さんが書いています。

「元版の単行本は今や希少で、古書通販サイト『日本の古本屋』でも二冊しかヒットしない。古書価は五千円と八千円とけっこうな値段。」

でも、当店では3000円です。(カバー一部破損しています)ただし、文庫化された方には未収録の旅の随筆も収録されているので、お買い得かもしれません。

 

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東北発のミニプレス「てくり」を発行している「まちの編集室」から、「芹沢銈介を読む」(702円)が発売されました。これ、東北福祉大学芹沢銈介美術工芸館所蔵の作品から一点ずつ取り上げ、同大学ホームページ上で紹介されていたものから25点を選び本にしたものです。

芹沢銈介の代表作ばかり並んでいますが、私は「縄のれん文のれん」が好みきです。

著者はこう解説しています。

「縄のれんは十四本の縄のかたまりと十五本の縄に分けて結ばれ、紺地の『のれん』の中に垂れさがっています。『のれん』がさらに別の『のれん』の中に収まるという二重性が実にユニークな発想です。縄のれんの質感や重さまでも感じられる傑作です。」

どっしりと重たいのれんをくぐり抜けたら、どんな世界が待ち受けているのかワクワクする作品です。版画家の池田満寿夫は、この作品をNYで観た時、思わず笑い、そして深い感動が上がってきたと書いています。

もうひとつ、猛暑の夏を快適に過ごせそうな「御瀧図のれん」もいいですね。濃い藍色地に、白色の瀧が一直線に滝壺に流れ込んでいるシンプルな構図の作品ですが、ザァーと落ちる水音が聴こえてきそうです。著者は、水原秋桜子のこんな俳句を添えています。

「瀧落ちて、群青世界とどろけり」

店では、芹沢銈介+杉浦康平による「芹沢銈介の文字絵」(里文出版・初版2500円)を在庫しています。これは、芹沢の表現力豊かな文字の作品を集めた本です。「踊る文字」とでも言いたくなるような楽しさに満ちていて、幸せな気分になります。「ようこそようこそ」と書かれた作品は、まさに、よく来てくれたねと笑顔で迎える亭主の顔が見えてきます。文字が翔び、踊り、豊かな生命力を見せてくれます。

 

 

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昭和47年、新潮社から全10巻で「新潮少年文庫」が刊行されました。20cm×14cmの文芸書サイズで、きちんと函に入っています。

そのラインナップは、こうです。

「めっちゃ医者伝」吉村昭 「花は来年も咲くけれど」阿部光子 「蛙よ、木からおりてこい」水上勉 「遠い岬の物語」伊藤桂一 「つぶやき岩の秘密」新田次郎 「古城の歌」田中澄江 「ユタとふしぎな仲間たち」三浦哲郎 「進化への航路」戸川幸夫 「だれも知らない国で」星新一 「ものぐさ太郎の恋と冒険」結城昌治の全10冊です。

残念ながら「ものぐさ太郎の恋と冒険」結城昌治のみ欠けています。函は、画家の香月 泰男が画業の傍らに、身の回りの針金、空き缶などを再利用して製作した小さな人形たちで、楽しい装幀になっています。

「第一線作家が、とっておきの話を、伸びゆく世代にむけて書き下ろした夢あふれる競作シリーズ。冒険あり、人間愛や歴史の物語あり、推理小説あり、色とりどりのたのしい新鮮な小説の王国の誕生」というもので、当時の有名作家が、子供向けに書いたものです。

第一回目の配本は、星新一「だれも知らない国で」。彼の長編ファンタジーって珍しいなぁ〜とパラパラめくっていると、どこかで読んだ記憶が。これ、「ブランコの向うで」というタイトルで文庫化されているもののオリジナルだったんですね。

吉村昭の「めっちゃ医師伝」は幕末に種痘の普及に尽力した医師・笠原良策の苦闘を描いた力作です。当時、天然痘は恐るべき伝染病で、感染した者は全身に吹き出物ができ、死に至ることさえありました。幸い、一命を取り留めた者も、顔一面があばただらけで生涯を過ごすことになる。そんな人達のことを「めっちゃ」と陰口をたたいたそうです。それがタイトルになっています。吉村らしいドキュンタリー風の文章でぐいぐい押していく物語で、大人が読んでも十分楽しめます。こちらも文庫では「雪の花」と改名されています。

この9人の作家の中で、阿部光子は知りませんでした。キリスト教伝導の活動に従事しながら小説を発表していた作家でした。因みに父は、徳富蘇峰と共に国民新聞を創設した阿部充家だそうです。

どの本も、話の面白さに吸い込まれていきそうで、放課後の図書室で日暮れまで、読んでいたあの頃を思いださせてくれます。

中にはネットで数千円の価格がついているのも見受けますが、当店ではすべて1500円です(初版・帯なし)

                                                                     

 

 

 

 

東京自由が丘で立ち上げた小さな出版社「ミシマ社」が、京都へ来て数年。当書房から、そう遠くない川端丸太町にオフィスを構えて、独自の流通方式で良書を届けています。最近出版された井川直子「シェフを『続ける』ということ」(1944円)は、イタリアで修行した15人のシェフにインタビューして、彼等なりの「継続は力なり」を読者に届けてくれます。

そのミシマ社から、全国365人の本屋さんが中高生に心から推す「この一冊」をコンセプトにして、「The Books green」(1620円)が刊行されました。京都からは、新刊書店、古書店など22店舗が参加。私も声をかけていただき、一冊推挙いたしました。「中高生に」という企画ですが、大人が読んでも面白い本ばかりです。大江健三郎「新しい人よ目覚めよ」、ポール・オースター「ムーン・パレス」、「萩原朔太郎詩集」など、お〜っ、これを推挙するかぁ〜と、思って、推挙の理由を読むと成る程と納得したりします。

その本のここを読め!みたいな推薦者の手描きポップと、「次の一冊」というさらなる一冊のお薦め本の紹介、そして紹介された方のお名前、勤務先と住所までが記載されています。気になる本屋さんを訪ねてみるのも楽しいかもしれません。

私がパラパラと読んだ中では、西原理恵子の「この世でいちばん大事な『かね』の話」を紹介されていました。ごもっとも!、高校生にも、大人にも読んでもらいたい本ですね。

因みに私が選んだのは、池澤夏樹「アトミック・ボックス」

「少女は知恵と度胸で危機を突破する」がポップです。推薦理由?、それは、この本をお買い求めください。(本日入荷予定)

ミシマ社からは同時に、甲野善紀著「今までにない職業をつくる」(1728円)という、これまた読んでみたい本が出ました。武術研究者として35年のキャリアを誇る甲野先生が「自分の感覚を育て、現在の我々が置かれている状況をよく観察し、自分自身がより納得できる生き方をするために、自分の仕事を選ぼうという若い方の参考に」と書かれたものです。

 

共同企画、と言っても私が勝手に商品を揃えただけですが、4月2日より京都駅ISETAN内「美術館『えき』KYOTO」で、「今森光彦 自然と暮らす切り紙の世界」展が始まります。滋賀県在住の写真家、今森さんは、「里山」という概念で人と自然を見つめてきました。当店でも人気のある写真家ですし、彼の本を集めました。

初の切り絵作品集「魔法のはさみ」(学研1400円)はお薦めです。え?これ本物じゃないのと勘違いする見事な色彩の昆虫、黒一色で製作されたユーモラスなカメレオン等々、会場に行く前の予習(?)にいかがでしょうか。

詩人の工藤直子とのコラボ「クヌギおやじの百万年」(朝日出版社700円)は、彼女の詩と今森さんの写真をコラージュした一冊です。笑ったのは、開花した花びらに偶然乗ったチョウチョとカエルの写真の横の言葉が「哲学する」でした。まぁ、そんな風にも見えますが……..。

「しとしとと 林に雨が ふりそそぐ しずかな しずかな 夕暮れでした 葉っぱのかげで 小さなテントウムシが しずかに 命をとじました 風から知らせをうけた クヌギおやじ そっと咳をして 夕方のニュース えー本日は雨なり雨なり ただいまかわいい命が旅立ちました 涙のような雨に抱かれ 背中の水玉模様が にじんで揺れました」

詩が伝える森の生と死をいっぱいつめ込んだ本です。きっと、里山に出かけたくなります。

工芸村オークヴィレッジ代表、稲本正編集の「森を創る、森と語る」(岩波書店/絶版950円)では、「資源としてではなく、生態のからくりとして森を見る」と題して、話をされています。

「私は、人里近くで身を寄せあうように散在する、渋色に包まれた冬の雑木林を散策するのが好きである。」という素敵な文章で(私はこの文章で気持ちよく、一気に読ませてもらいました)始まる「里山の少年」(新潮文庫/絶版450円)もあります。そのほか、雑木林を購入した彼が、そこで見た爆発する生命の姿を文章と写真で描いた「萌木の国」(世界文化社/絶版1400円)。

珍しいところでは、海外で撮影された「川をのぼって森の中へ ボルネオ島マハカム川の旅」(偕成社1200円)、「たくさんのふしぎ傑作集アマゾンアマゾン」(福音館/絶版800円)も揃えました。

美術館『えき』KYOTO展の割引券も置いてありますので、ご利用下さい。

 

 

★3月30(月)31(火)連休させていただきます。

4月1日(水)〜12日(日)「古書善行堂ワンコイン古書市」開催します。銀閣寺の善行堂さんがレティシア書房で、500円均一大放出セールです。

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3月中旬、デザイナーの金子國義が亡くなりました。彼の作品は加藤和彦の一連のCDジャケットデザインで知りました。「ベルエキセントリック」(紙ジャケ仕様2000円)のモダンで、どこか退廃的なアートワークは目に焼き付いています。

36年埼玉出身の彼は日大芸術学部在学中に、歌舞伎舞台美術の長坂元弘に師事しています。66年「O嬢の物語」翻訳中の澁澤龍彦の依頼で同作の挿絵を手がけ、翌年、初個展「花咲く乙女たち」で画壇デビューしました。その後、世紀末的で、エロスの香り溢れる画風で幅広い活動を繰り広げました。多くの書物の挿画を担当されたので、店にもあるかなと探してみると、あるもんです。

翻訳と挿画を担当した「不思議の国のアリス」(メディアファクトリー・初版/絶版3000円)。ちょっと生意気そうなアリスの表情と、本人自身が語っているように「甘くて美味しい出来上がり」で上等のケーキを平らげた感じになる絵本です。矢川澄子翻訳による同書(新潮文庫300円)でもカラー挿画を提供していますが、翻訳が変わると雰囲気も変わります。

 

 

 

画壇に彼を紹介した澁澤の本では、「城=カステロフィリア」(白水社1200円)の表紙を飾る孔雀の鮮やかな作品が素敵です。これは、昭和50年代後半に、「日本風景論」の一冊として出版されたものに、金子が絵を付けて新たに刊行されたものです。

彼は77年スタートした海外の性愛文学、官能小説を紹介する富士見ロマン文庫の表題画を担当しています。その一冊、ブライアン・デニスンの「乱れたベッド」(絶版300円)を飾る女性達はその典型です。もう一冊、「エロティシズム12幻想」(エニックス700円)という日本の作家によるオムニバス集の表紙もいいですね。暗闇に浮かぶ男と女。女は鏡を手に持ち、男はケースを膝に置いて前を見据えているだけの構図。二人はどんな会話を交わしているのでしょうか。

蛇足ながら、この本に京都出身の菅浩江が「和服継承」という短篇を出しています。京都、和服だけでエロチックな妄想はち切れる傑作??です。

他にもあるかもしれません。お時間があれば探しに来て下さい。

★勝手ながら3月30(月)31(火)連休させていただきます。

 

先週のNHK「日曜美術館」の特集は、安西水丸さんでした。そして、今日が丁度ご命日(1942年7月22日〜2014年3月19日)です。

イラストレーター、漫画家、作家等々、様々なジャンルで活躍した人でしたが、とりわけ、村上春樹と組んだ作品群はどれもいい味を出しています。

「村上朝日堂超短篇小説 夜のくもざる」(平凡社1300円)は、僅か数ページの村上作品に、洒落たタッチの作品が書かれていて、何度眺めても飽きてきません。「スパナ」という村上の短篇は、すぐにモーテルに引っぱりこむ男に、スパナで一撃を与える女性を描いた、怖いお話で、彼女「世の中には鎖骨を砕かれても当然ってやつもいるのよ」なんて平気で口にします。そして、その横に安西はスパナを付けた人形を描いています。いや、ユーモア抜群です。

或は、「ランゲルハンス島の午後」(新潮文庫350円)の「ウォークマンのためのレクイエム」に登場する村上愛用のウォークマンを描いた作品からは、素敵な音楽が飛び出してきそうです。(ウォークマン、って今や死語ですね)

安西は一時、雑誌「ガロ」に漫画も発表していました。残念ながら店には今ありませんが、TVで見た時に、つげ義春風の作風でした。

「あの人、アンソニー・パーキンスに似てる」

なんて台詞が随所に登場する70年代ニューヨークに暮らす若い日本人カップルを描いた都会派小説「手のひらのトークン」(新潮文庫・初版/絶版750円)は、あの時代のアメリカンカルチャーを浴びた世代には眩しい輝きを放ってくれます。

そして、彼の最後のエッセーとなった「ちいさな城下町」(文劇春秋1350円)は、全国の小さな城下町を巡った一冊です。有名な寺社仏閣があるわけでもなく、老舗のお店が並んでいるわけでもない小さな城下町をブラブラ歩きながら、その町の歴史をひも解いていきます。

「飯田城の形跡は今全くない。それでも町名を楽しみ、基盤状の通りを歩くだけで城下町の風情を感じることができる。この町は小さな史跡も大切にしている。そこかしこに立つ標識がそれを物語る。城下町の誇りが感じられた。」

なんて、文章に出くわすと、旅に行ってみたくなりません?

同じく旅行気分満喫の「エンピツ絵描きの一人旅」(新潮社・絶版950円)は表紙デザインがとても素敵です。

●安西水丸の本を集めた小さなコーナー作りました。パラパラめくって楽しんでください

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関川夏央のエッセイ集「豪雨の前兆」(文藝春秋700円)の第一章は、「操車場から響く音」と題して、鉄道を主題にしたエッセイが並んでいます。

その中で、松本清張原作の「張込み」の映画作品を取り上げています。58年公開の映画で、二人の刑事が九州へ向かうのですが、その時乗ったのが、夜行急行列車「さつま」西鹿児島行きでした。22時に東京を発車して、京都に翌朝7時。目的の佐賀には、その日の深夜23時。ほぼ丸一日の移動です。原作にはない、その移動の描写が丁寧に描かれています。このゆったりと流れる時間が妙に気持ちいいのですね。しかし、関根はこう書いています。

「1958年は、日本人と鉄道の関係の転換期であった」

この年、東海道線を特急「こだま」が走り出し、東京、大阪を7時間で結びました。その後の、時間短縮へのあくなき追求は、皆様ご存知の通りです。64年の東京・大阪間の新幹線営業を受けて、さらに、こう書いています。

「70年代末には、いわゆる時刻表殺人事件小説が流行しはじめ、やがてそれは液晶板が苦手な人のための消極的なゲームとなった。新幹線はさらに速度を増し、形を変え、いまや長い長いチューブに似た列車が、空気を強引に割り裂いている。

すべてを黙殺して地上を飛ぶように走る新幹線は、同時に自らもすべてから黙殺される。汽車に向かって手を振る子供は絶えたのである」

では、ゆっくりと時間の流れる鉄道の旅が、困難になってきたかというと、川本三郎「そして、人生はつづく」(平凡社1000円)に、そんな事はないと明確に書かれています。奥様が亡くなったあとの、一人暮しの日々を綴ったエッセイですが、東京近郊の路線電車に揺られたり、ちょっと遠出したり。

「十二月の初め、急に海が見たくなって西伊豆の松崎に出かけた。昼に東京を発って特急『踊り子』で下田へ。そこからバスで約一時間、松崎に着いたのは夕方の四時過ぎ」

松崎は、つげ義春の「長八の宿」に登場する場所です。特に観光地でもない所へ、ガタンゴトンと電車に揺られて出向き、一杯の酒を味わい、またガタンゴトンと揺られて帰ってくる。そんな話が満載の傑作エッセイです。

メイ・サートン「独り居の日記」の日本版みたいな宣伝コピーがブックカバーにありますが、その通りかもしれません。静かに過ぎ行く老人の日々を淡々と描いた、55歳以上の方に必読?の本です。

 

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棚からうさもちさんの作品展「うさぎがたり」で展示販売されている、うさぎ達が、どんどんと新しいご主人の元へ旅立っています。(3月15日まで 当書房にて)

「うさぎの旅立ち」と言えば、一冊の本と、その原作を映画にしたアニメと、音楽を思いだします。

リチャード・アダムス原作「ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち上・下」(評論社800円)です。

野うさぎを主人公に描いた児童文学作品で、タイトルは英国ハンプシャー州にある丘の名前にちなんだもので、著者自身が育った場所です。この物語に登場するうさぎ達は、高度な知性を持っています。彼等の生存のための闘争が展開される、壮大な英雄物語と言っていいでしょう。スリリングな展開にワクワクさせられます。それが、アニメ化され、確かアート・ガーファンクルが、メインテーマを歌っていましたっけ。一時、部屋のこのオリジナルポスターを貼って、サントラを聴いていました。

 

もう一冊、素敵な動物が登場する小説が出てきました。シーラ・バーンフォード作「信じられぬ旅」(集英社200円)です。このタイトルでは、お分かりならない方でも、「三匹荒野を行く」といえば、「あ〜!あのディズニーの映画か!」と思いだされるかもしれません。これ、二匹の犬と一匹の猫が、危機また危機を突破して、飼い主の元に戻ってくる物語ですが、犬と猫が一緒に旅をする、まさに「信じられぬ旅」です。

著者は後書きでこう書いています。

「動物達の本来の行動をあるがままに記し、犬や猫に余計な人間的感情を持たせず、つまり人間臭くない動物達の姿を描く」

人間寄りの物語を構成していないからこそ、いつの時代の人が読んでも感動するのでしょう。

人間寄りの思い上がりや、過剰な愛情を排して、捨てられた犬たちの現状とレスキューを描いた、第一線の児童文学作家、森絵都の「君と一緒に生きよう」(毎日新聞社700円)の本の扉には、こんな文章があります。

「愛がなくては始まらない 愛だけでは守れない」

この冷静な立ち位置が大事なことではないでしょうか。