比較的最近出版された本を、けっこうお安く販売しております。

先ずは、片岡義男「ぼうやはこうして作家になる」(水魚書房200円)。これ、3歳の子供が大きくなって作家になったという片岡の一代記です。この人が育ってきた時代、文化が書き込まれていて、読み応えがあります。初めて知りましたが、彼は、一時サラリーマンしてたんですね。装幀は和田誠です。

もう一点、片岡作品で、「ミッキーは谷中で六時三十分」(講談社300円)。こちらは東京の街を舞台にした短篇小説です。雑誌「群像」に連載されたもので、「吉祥寺ではコーヒーは飲まない」を読んだ記憶があります。さすが、都会派小説をリードしてきた作家です。巧みな言葉使いで、大都会の片隅の袋小路に誘い込んでくれます。

今年出た、永江朗「51歳からの読書術」(六曜社500円)。
「ほんとうの読書は中年を過ぎてから」というサブタイトルからわかるように、中年の方の読書指南です。と言っても、堅苦しい読書論ではなく、自分の年齢で死んだ作家の本を読むとか、おじさんになると、なぜ時代小説が好きになるのかといったもので、成る程と思わせます。電子書籍は中年の味方という指摘は、そうそうと納得です。

もう一点、蔵書家の間で人気だった西牟田靖「本で床は抜けるのか」(本の雑誌社700円)も入荷しました。当店で人気のエッセイスト内澤旬子が、身の置き場もない程の本だらけの生活から抜け出た話とか、本に押しつぶされそうな方には必読の一冊です。

そして、今回の目玉は、これです。デブィット・ボードウェル著「小津安二郎 映画の詩学」(青土社2000円)。定価で9000円前後で、古書で5000円前後の大著です。600ページにわたり、小津的映像の分析を試みています。もうほとんど学術書ですが、小津の作品のDVDを観つつ、精読し、細部に至るまで検証してゆく、なんて日々を送れたら幸せですね。

そのほか、山田稔「特別な一日」(編集工房ノア800円)、阿川弘之「鮨、そのほか」(新潮社800円)、吉本隆明「食べもの探訪記」(光芒社200円)、竹岡凖之助「古塔の街」(幻戯書房500円)等もあります。

あの本、買うのをうっかりしてたわ!って方は、ぜひ。今後も入荷予定ですので、ご紹介していきます。

 

 

日本のハードボイルド小説の創始者とも言える結城昌治(1927〜66年)は、「ゴメスの名はゴメス」等、スパイ物を一時、読み漁った作家でした。しかし、一方、「軍旗はためく下で」で、日本軍部の裏側を描き出した作家でもあります。

彼の「終着駅」(中央公論社/初版700円)という本が入荷しました。昭和58年に文芸誌「海」に掲載されたものをまとめたもので、終戦直後の暗い世相と闇市に浮かび上がる猥雑さが奇妙に入り交じった都市空間で生きる男の連作小説です。どぶにはまって死んだ「ウニ三」という奇妙な名前の男をめぐって小説は始まります。復員したものの、未来に何の当てもなく、覚醒剤ヒロポン、米や芋から作った密造酒カストリに身体を蝕まれつつも生きてゆく男たちの悲愁が綴られています。クールな描写とストイックな文体は、やはりハードボイルド小説を生み出した作家の持ち味ですね。

なお、この本には栞が付いていますが、そこに「終戦直後の俗語から」という一覧が描かれているのが興味深いですね。

さて、もう一点、三木卓の「路地」(講談社 /初版900円)をご紹介します。こちらも、文芸誌「群像」に連載されていたものをまとめた「鎌倉」を改題し、加筆訂正したものです。「鎌倉」というタイトルからお分かりのように、舞台は鎌倉です。

「うつむいた姿勢のまま『草迷宮』の初版本に新しいグラシン紙を巻く、という作業をつづけていた。」という文書で始まる「古書肆文芳洞」は古書店が舞台の小説です。空襲を受けなかった鎌倉の町で、妻の残した遺産でひっそりと古書店を営む西内。古い古書店に忍び込んでいる孤独が顔を出すこともある日常に、飛び込んで来た女性。えっ〜、古書店で起こるかよ!こんなこと、と激怒するも、最後にちょっとやさしく、暖かい風が吹き込んでくる心地にさせられる作家の腕前に堪能しました。舞台が、古都鎌倉のせいかもしれません。

60年代から詩人として作品を発表、その後、小説も手掛けるようになった三木は94年に心筋梗塞で生死の境を彷徨ったあと、鎌倉に移住。97年に児童文学「イヌのヒロシ」(理論社700円)で路傍の石文学賞し、同年にこの小説で谷崎潤一郎賞受賞を受け、その後も鎌倉を拠点に活躍しました。

なお、この本の装幀は杉浦日向子によるものです。

 

 

世界的文豪川端康成を「エロ親爺」呼ばわりするなど、不届き千万のお叱りを受けそうなブログで失礼します。

川端の本は、学生時代に「雪国」「伊豆の踊り子」を読み初めましたが、退屈なので放棄。大人になってから「古都」に挑戦しましたが、響いて来ませんでした。

印象が変わったのは、60年代半ばに篠田正浩が、川端の原作を映画化した「美しさと哀しみと」を見た時でした。同性愛の女性二人(八千草薫と加賀まりこが絶品でした!)が男の家庭を滅茶苦茶にするという「濃い」お話に、ヘェ〜川端さんって、こんな小説書くんだとびっくりしました。

「たちの悪いいたづらはなさらないで下さいませよ、眠っている女の子の口に指を入れようとなさったりすることもいけませんよ、と宿の女は江口老人に念を押した。」

で、はじまる「眠れる美女」(新潮社/初版1300円)は、不能になった老人が、秘密めいた場所で、意識がなく眠らされた裸の若い娘の傍らで一夜を過ごすというお話ですが、デカダンスとエロスの深い縁を彷徨う世界にぐっと引込まれてしまいました。老人の究極の恍惚を、ここまで描く作家の奥を覗いてみたいと思い、他にも手を出しました。

「みづうみ」(新潮社/初版1800円)になると、さらに加速します。気に入った美しい女を見かけると、その後を追ってしまう奇行癖のある男(ストーカーですね)が、少女の美しい黒い目の中の「みづうみ」を裸で泳ぎたいと願うという、もうわけのわからん妄想の世界へと突入していきます。主人公は元高校の教師。教え子を付け回すは、肉体関係を結ぶは、ハチャメチャです。そして、犬を散歩させている可憐な15歳の少女に血道をあげ、「みづうみ」で裸で泳ぎたい欲望に捉われていきます。

ストーリーだけ書いていると、エロ小説みたいですが、研ぎ澄まされた美意識が生み出す文章に導かれて、人間という奇々怪々な、複雑な姿を見せられます。それが快感になってくるから、不思議ですね。

なお、こちらの小説は吉田喜重監督が、岡田茉莉子主演「女のみづうみ」というタイトルで映画化されたみたいです。松竹ヌーベルバーグ派の篠田、吉田と揃って川端作品を映画化しているんですね。

もう一点、舞踏の世界を巡って展開する川端エロスが楽しめる「舞姫の恋」(毎日新聞社600円)も入荷しました。

 

 

今ブレイク?中の、数学者岡潔の名随筆を集めた「夜雨の声」(角川ソフィア文庫400円)。科学、宗教について書いた随筆から、これだ!というのを、哲学者山折哲雄が、集めたものです。数学者でありながら、その世界を飛び出してゆくきらめきが魅力的な学者のエッセンスを十分に味わうことができます。若い頃、我を忘れて数学に没頭した岡は、一生を思索に捧げた人物です。そういう人が書く文章の、深い意味をゆっくりと味わっていただきたいものです。なお、タイトルの「夜雨の声」は道元の「深草の閑居雨の声」から採ったものです。

 

「衣を洗う水の音がざぶざぶと長閑に聞えて、隣りの百連の美しく春の日に光るのが、何とも言えぬ平和な趣きをあたりに展げる。」

という文章をかつて目にした時に、田山花袋をきちんと読んでみようかと思った「少女病」など私小説の名作15編を収録した「私小説名作選上」(講談社文芸文庫1300円)は、美しい日本語に酔う短篇集といった方が適当かもしれません。志賀直哉の「城の崎にて」という数ページの小説は、傑作です。電車に跳ねられた青年が養生で訪れた城崎温泉での滞在を綴った話ですが、自分は何故死ななかったのか、自問自答する青年の心の乱れを見事に表現しています。

同じく、講談社文芸文庫から島尾敏雄の「はまべのうた/ロング・ロング・アゴウ」(800円)が入荷しました。

「お月夜のばんなどはこの二つの部落はまるで青い青い水底に沈んでいるようでありました。浜辺にはアダンゲやユナギの葉がくれに南の海が静かに波打ってときどき青い夜光虫が光っておりました」

宮沢賢治ではありません。「死の棘」の島尾の処女作です。これ、戦争末期の離島で特攻出撃を待つ兵士と島の学校に務める女性教師との間に繰り広げられる、この世のものとは思えぬ愛の物語です。戦争という過酷な現実の中にエロスを放り込んだ「ロング・ロング・アゴウ」も見逃せません。

もう一点、筑摩文庫で出ている安西水丸「東京エレジー」(500円)もお薦めです。50年代末から60年代の東京を舞台に少年と少女たちの世界をみずみずしく描いたコミックです。解説で川本三郎が、安西が俳句を嗜むことから、彼の絵をこう指摘しています。

「その絵もまた俳句のように”かきこまない”ことを特色にしている。絵はあくまでも白く淡い。」

存在感の全くない「白く淡い絵」が、どこかへと誘ってくれるような世界です。深く静かな孤独感なのですが、心地よい気分にさせてくれます。

 

 

◉レティシア書房休業のお知らせ  勝手ながら6月6日(月)7日(火)休業いたします。


 

 

和田「松田はん。三高のときは歩いて通うてはったんですか。」

松田「帰りはそうでした。歩くんです。『丸善』へ寄って、天野さんの言ってらっしゃったように本の背中をズーッとみて……。あの時分、丸善は三条御幸町。」

という具合に京都弁で「私たちの京都」を語るのは、明治36年、上京区室町通武者小路下がるで生まれた和田洋一(同士社大学教授)、明治42年中京区新町御池上がるで生まれた天野忠(詩人)、そして明治41年茨城県生まれながら、父親が京都で小児科医を開業し、京都に移住、戦後は父親を引き継いだ松田道雄(医者)の三人です。

この三人が京都について語る「洛々春秋」は1980年3月から9月まで京都新聞で連載されました。そして翌81年、三一書房から単行本化され、「洛々春秋 私たちの京都」というタイトルで全国発売されました。

三人の幼年時代、青春時代、戦中から敗戦そして戦後まで、それぞれの人生と京都との関わりが語られていきます。青春時代、娯楽が映画しかなかった時代の話では、皆さん大盛り上がりになってきます

天野「栗島すみ子って、まだいたはるんどすなあ。」 松田「いはりますね。まだ。」天野「踊りの師匠でしょう。ほたら八十越えてるんじゃないですか。」和田「越えてるでしょう。ぼくより四つ五つ上のはずです。天野「浦辺泰子なんてな、私、あれがヒロインでね『清作の妻』ちゅうの覚えてますわ。たしか吉田絃二郎原作の……」

栗島すみ子は、成瀬巳喜男監督「流れる」(幸田文原作)に登場して、脇役ながら堂々とした貫禄で画面を支配したことくらいしか知らなかったので、このくだりは興味深いです。

後半では、京都の出版文化や、本の事について語られています。その中で、天野忠が北大路の新町辺りで古本屋を開業した話は初耳でしたね。勤務していた出版社を辞めて、先ずは自分の蔵書を棚に並べて古書店を始め、松田道雄が、この店で「芥川全集」を買っていたなんて話も飛び出します。また、戦後、京都に出版社が数多く立上がった時期があり、こんな会話が出て来ます。

天野「出版社の多くは割に町の真ん中、中京に出来ました。」和田「三条辺にね。」天野「あのとき、例のイノダというコーヒー店が、あそこにあってたまり場になりましてね。あすこへ行くと大抵、出版社の人が集まっていました。」

今や、観光客が立ち寄る場所になっているイノダは、出版文化を支える人達御用達の店だっだのですね。

はんなりした京都弁に誘われて、かつての京都の街をフラリフラリ歩いているかのような気分にさせてくれる貴重な一冊です。(初版・カバー付き1800円)

「人間は皆、等しく陽気であるべきだと思う。ときに寂しげであったり、陰鬱であったり、激怒していたりと、さまざまな面があるのも豊かでいいけれど、やはり陽気な人間の姿を私は一等快く思う」

ふ〜んなる程というご意見を述べられているのは、実は犬だったのです??? はぁ〜、なんのこっちゃ。

これ、吉田篤弘が2015年に発表した小説「レインコートを着た犬」(中央公論新社1400円)の冒頭部分です。映画館主の元で飼われている犬ジャンゴの一人称で語られてゆくのですが、中々彼の考え方が面白い。

彼は出来ることなら、ぜひ人間が行く銭湯なるものに行ってみたいと思っています。何故なら、銭湯帰りの人間は皆、陽気になっているからだと考えるのです。

物語は、ジャンゴの目を通して、彼が住む街と、そこで暮らす奇妙だが、味のある人達の姿を描いていきます。「お前の人生はどう呼ぶんだろう。人ではなく、犬の人生ってのは……..」と悩む古本屋のマスターとは合性が良く、店内の本の上に置かれた座布団で惰眠を貪ったりしています。なんか、いいな、この街。

ジャンゴは、こう解説します

「町の名は<月船町>。この名にあやかって、銭湯は<月の湯>、団子屋は<月見堂>、うちの映画館は<月船シネマ>と名乗ってきた」

クラフト・エヴィング商會の頃から、この作家は、ちょっと不思議な世界を好んで描いてきました。そして、小さな幸せが見えてくる場所へと読者を案内してくれます。それは、小説だけでなく、エッセイ「木挽町月光夜咄」(筑摩書房1350円)を読んでいても、日々の暮らしのなかの、ささやかな幸せを丹念に描いていきます。過剰にセンチメンタルにならずに、今日よりは、明日は少しは良いよねみたいな希望を語ってくれます。

「レインコートを着た犬」の装幀は、もちろん吉田浩美、篤弘のクラフトエヴィング商會コンビ。レインコートを着たジャンゴが描かれていますが、小説のエンディングで彼はこのレインコートを着て登場します。このエンディング、切なくで、甘酸っぱい感じ一杯で、ちょいと泣けてきます。

おっと、このラスト直前に、古本屋のマスターが、こんな台詞をふっと言います。

「これだから、古本屋はやめられねぇよな」

ごもっとも、ごもっともですね。

春は、何かと変化をする季節・・・。DARUMAさんの絵『My little turn』とは、そんな風に、少しずつ変わっていく感じを表しているのだそうです。色合いでいえば青からピンクへ、作家の気持ちの変化のままに描かれた女性は春を楽しんでいるようです。

青いドレスを着た女性が、こちらを見ながら佇んでいる絵は、澄み切った孤独感が漂います。何を見ているのだろう、何を求めているのだろう、ちょっと聞いてみたい気がします。そのほか青色がポイントに使われている絵が何気に寂しさを感じさせるのに対して、後の絵はピンクを巧みに使い分けた作品が並んでいます。こちらは桜をイメージするようなフンワリした感じが、希望を感じさせてくれます。思い思いに細長い板やキャンバスに描かれた女性は、作家の夢にでもでてくるのでしょうか。個展は4月10日までです。

さて、やっと冬が去り春めいてきたこの頃、ちょいと野外に出たくなります。でも、忙しくて時間がない方のためにお薦め本を2冊。

一冊目は渡邊耕一著「Moving Plants」(青幻舎新刊4104円)。これ、シーボルトが長崎滞在時代にヨーロッパに持ち帰ったタテ科の植物イタドリ。これが、恐ろしい繁殖力で世界中に蔓延、もう生態系を破壊し、建物にも侵入するという悪玉植物になりました。が、こんな植物に魅せられた著者が全世界を巡って撮影した写真集です。人間の情熱って面白いものですね。

もう一冊は「きのこ絵」(PIE新刊2376円)こちらは18世紀〜20世紀に描かれた「きのこ絵」二〇〇数十点を収録した図録です。ヨーロッパのボタニカルアート、日本の最近図鑑、ファーブルに南方熊楠に至るまでよく集めました。オマケに「日本の菌類図譜」付きです。しかし、キノコって奇妙なスタイルですね。

臨時休業のお知らせ 

勝手ながら、3月31日(木)休ませていただきます。

 

彫刻家、船越保武のエッセイをまとめた「巨岩と花びら」(ちくま文庫750円・絶版)が入荷しました。「長崎26殉教者記念像」で有名な彫刻家で、作品同様端正な文章で、魅了されました。釣りに出掛けた筆者が、あまりに魚がかからず、暇を持て余しているところへ飛んできた喋々相手に、楽しい時間を過ごす「渓流にて」などは、美しいだけではなく、ユーモア心も溢れた一篇です。

このエッセイの中に、画家松本竣介の事を書いた文章が何点か収められています。イントロダクションが素晴らしい。

「あの橋の上から、俊介は手をふって私のところへ戻って来た。『暗くなった。かえろう』といってスケッチブックを閉じた。夕暮の中に俊介は白っぽい服を着て立っていた。仕事を終えて、熱っぽい顔をしていた。

先刻まで私が休んでいた橋のたもとの、石垣の近くには、青い色の小魚の群れが見えていた。都会の雑踏の中なのに、このひとときは不思議な静寂があった。

青かった空が藤色になり紫色にかわって、たちまち夜の空になる。夏の日の夕暮れの風景のその色の移り変わりを、俊介は絵の中に留めようとしていたのだろう。」

36才でこの世を去った画家、松本の作品に漂う寂寥感、静寂を、見事に表現した文章ではありませんか。

船越は、聴覚を失っていたこの画家とは、盛岡中学で同級でした。友情を育て、交流を深めていきます。夕暮の直前の数分間、辺りがすみれ色になる瞬間、言い換えれば残照という言葉が相応しい時間こそ、松本の世界だと指摘します。

「俊介は、この時間の、この光りを愛したのだと思う。愛したというよりも、この光りの虜になっていたのではないだろうか」

松本俊介に興味を持たれた方には、中野淳著「青い絵具の匂い」(中央公論社450円)がお薦めです。

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「いっぺん、思いっきり声を出せるところでやりたいの」

おっ〜、のっけからドギツイ文章ですぞ。これ、桜木紫乃の短篇集「ホテルローヤル」(集英社文庫300円)の中の一篇、「バブルバス」に登場するフツーの中年夫婦の会話です。桜木は本作で直木賞を受賞しましたが、そんなに興味はありませんでした。ところが、川本三郎の新刊で、彼が絶賛してたので、どれどれと店にあった文庫に手を延ばしました。

不覚、不覚!北海道の湿原近く(多分釧路です)にある閉鎖されたラブホテル「ホテルローヤル」を舞台に、このホテルに行き交った男と女の一瞬を描いて、絶望と、あるかないかの微かな未来を描ききっています。お見事!としか言いようがありません。

アダルトグッズ販売屋とホテル従業員、貧乏寺の住職の妻と檀家、寒空に放り出された女子高校生と、妻の不倫に悩まされる教師、そしてラブホテルの清掃をする女性と、様々な人達が登場してきます。

「唾液で濡らした正太郎の先端が体の中へと入ってきた。少し痛いが、なんということはなかった。我慢していればすぐに終わる。夫に優しくしてもらえるのも、この時間があるからだとミコは信じている。みんな、ここから生まれたりしてここで死んだりしている。体の内側へと続く暗い道は、一本しかないのに、不思議なことだった。」

こんな文章は男性には書けません。明瞭で、簡潔なタッチが読者をグイグイと引っ張ります。これだけ的確で、冗長なところのない文章がかけるなら、ハードボイルドものもいいだろうと思っていたら、なんと「ブルース」という本で「釧路ルノワール」を展開しているとか、読んでみなくては。

解説で川本三郎は、本作の構成の巧みさを指摘、こう書いています。

「時間の流れが、現在から過去へと逆になっている。普通は過去から現在に至るのに、この小説では現在から過去へとさかのぼる」

廃墟となったホテルから物語は始まります。廃墟のホテルを覆う悲しさ、侘しさ、寂しさが最後まで登場人物にのしかかってきます。あろうはずのない明るい未来。だが、もしかしたらという僅な希望。

昨年、私のベスト1映画だった橋口亮輔監督の「恋人たち」のラストに「微かな希望」を象徴するような青空が出てきます。この本の中で、ホテル清掃員のミコさんを描く「星を見ていた」のラストに、悲惨な現実になすすべもない彼女の頭上に満天の星空が登場します。それもまた「微かな希望」なのかもしれません。

店には「水平線」(文春文庫400円)、「誰もいない夜に咲く」(角川文庫400円)もあるので、引き続き読んでみます。ホントにお薦めです。

 

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「蚕は手榴弾なんか使わないんだ。自分で繭を破るんだ。死ぬのは負けだ。繭を破ってふ化するんだ」

今日マチ子の戦争まんが「COCOON」(600円)に出てくる台詞です。

女性コミック雑誌「エレガンスイブ」に連載したもので、沖縄戦で悲惨な最後をとげた「ひめゆり学徒隊」をモチーフとした漫画です。特徴的なのは男の兵隊は繭のかたちでいっさい顔が描かれていないことで、悲惨な戦場の現場を描きながら、少女の広がる空想世界に視点を据えています。多くの親友を失った主人公が、敗戦を迎えて、「生きてゆくことにした」という独白と共に、紙面から消えてゆくラストシーンは、感動的です。

さらに、2011年には、戦争まんが第二として「アンネの日記」をベースにした「アノネ、」の連載を開始します。登場人物を、「アンネ」ではなく「花子」と日本名に改めて、彼女とその家族が死に追いやられるまでの過程を描いていきます。注目すべきは、花子とヒトラーとおぼしき青年の邂逅を少女漫画独特の細い線で描き出したことでしょう。上下巻(900円)となった単行本の扉には、前田敦子がこう言っています。

「花子の可憐さと残酷さ、強さ、絶望と。そのすべてに引込まれました。」

出来れば避けて通りたい戦争の醜悪な実体を、少女まんが独自の視点と手法で描ききった力作だと思います。私が彼女を知ったのは、「センネン画報」という本でした。松本隆が帯に推薦を書いていたので読みました。彼好みのイノセントな少女コミックでした。その後、東北大震災を扱った「みつあみの神様」を発表していますが、読んでいません。

「COCOON」の後書きで、彼女は戦争を描くことについて、こう語っています。

「描きたいことはたくさんあるのに、じぶんの表現の未熟さに悔しい思いを何度もしました。描くことを通してなにか根源的なものに触れるときがくるとしたら、そのときまで生きていたいと思っています」

ぜひ、その根源的なものを読んでみたいものです。アベちゃんにも送ってあげよう!

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