サンフランシスコから東へ向かったところにヨセミテ国立公園があります。数十年前に行ったことがあります。巨大な樹木ジャイアントセコイアが数多くある巨木の森です。そのスゴさに圧倒された記憶が蘇ります。実はこの森は、1864年、連邦政府が保護と公共利用のために公園を指定した文書にリンカーン大統領が署名した最初の場所であり、後のアメリカ国立公園設立のお手本になった場所でもあります。

シェラネバダ山脈に位置するヨセミテの森を愛し、ひたすら山の中を歩き回り、開発されてゆく森を守り、後に自然保護の父と呼ばれたのがジョン・ミューア(1838〜1914)です。加藤則芳著「森の聖者」(大と渓谷社/古書950円)は、ミューアの生涯を追いかけた本です。

八ヶ岳にペンションを営みながら、ネイチャーライティングに携わっている著者が、この森に足をふみ入れた時のことを、「気が遠くなるほどの長い歴史を包み込んだ巨木の群れの中で、私はさながら巨人の森に迷い込んでしまったガリバーだった。」と書いています。

ジョン・ミューアは、スコットランド生まれで、「お前たちもう勉強しなくてよろしい。明日の朝、アメリカへ行く」という父の言葉で、1849年アメリカへと渡ります。元来自然の中を探検することが好きだった彼は、新天地に広がる大自然に魅了されていきます。やがて、父の元を離れて、アメリカの荒野や峡谷を探検する旅に出ます。その旅はカナダまで続きます。

「私は押し黙ったまま放浪を続けた。自由であり幸福であったが、貧しくもあり、豊かでもあった」

と回想しています。1868年、カリフォルニアに入り、シェラネバダの山々に出会い、まるで仙人のごとく山の中で暮らし始めます。彼の日誌には「ジョン・ミューア 惑星=地球。宇宙」と書いてあります。自分の住所を国ではなく、地球と記しているのです。

セコイアの森とともに生きてきたミューアでしたが、知らない間に開発が進み、水源が枯れ、自然体系が徐々に破壊されてゆく様を見て愕然とします。ここから、森を守ろうという彼の人生後半の大きな仕事に取り掛かります。山にいるのが一番快適だった彼は、保護の運動のためにプレス関係者や、大学関係の人々とのミーティングなどの人付き合いが苦手でした。ましてや議員連中との政治闘争なんて、もっての他でした。しかし、ゆっくりと熱心に活動を続け、時の大統領ルーズベルトまで巻き込んでいきます。

社会の発展のためには、未開地は開発され自然は破壊しても進むべき、という当時の西部開拓思想が一般的だった社会で、彼は人間と自然は一体であり、共に生きるべきだと、極めて今日的な考えを表明したのです。その考えへの反発、批判は大きなものがありました。しかし、誰も語ったこのない自然保護という思想を生涯守り抜いたのです。確かに、彼の前にもソローやエマソンが警鐘を鳴らしていましたが、徹底した自然体験から、人と自然の関わり方を模索し、自然保護の理想的あり方を提示し、さらに発展させ、将来へのビジョンまで示した先駆者でした。「自然保護の父」と呼ばれる所以です。

この本を読んで、再びヨセミテ峡谷に行ってみたい、そんな気分になりました。

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なお、6月より、月曜、火曜定休 水曜日から日曜日まで 13時〜19時に変更いたします。また、ギャラリーの企画展は6月下旬からのスタートを予定しています。度々の変更でご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いします。

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恩田陸という作家、どうも波長が合わずに、何度か長編小説にトライしましたが失敗。それからは疎遠になっていました。しかし、今回文庫化された「土曜日は灰色の馬」(ちくま文庫/古書400円)を、初めて読破して、この作家の事が少し理解できて、また小説にトライしようか、という気分になりました。

「土曜日は灰色の馬」は、彼女の書評がメインの本です。ヒッチコック映画でお馴染みの、デュ・モーリアの「レベッカ」を「それにしても、完璧な小説である」という言葉で語り始めます。鋭い分析で、映画版しか知らない私は、興味をそそられました。また、SF作家レイ・ブラッドベリを深く愛し、ブラッドベリのイメージが小学校時代に読んだ萩尾望都の漫画のイメージに近似しているので、「私はブラッドベリを読む前からブラッドベリを追体験していたらしい。」と書いています。

三島由紀夫の「憂国」も、面白い視線で見ていて、「『一見上品なふりをしているが本当はスケべな世界文学』というテーマで密かに選定しているベストテンでも上位に入る」としています。殉死がテーマの小説なのですが、妙にエロっぽい作品だったと私も印象として残っています。

後半、彼女が大好きだった少女漫画の世界を語っています。萩尾望都が描く世界は「喪失の予感」であり、それが世界の本質であり、私たちの人生が真実なのだという指摘も深く鋭い。そして吉田秋生の「六番目の小夜子」を取り上げながら、

「女性作家に吸血鬼ものや超能力者ものの傑作が多いのは、自分がある時期怪物になっていくような恐怖を味わう体と思う。やおいものが生まれるのも、変貌しない性に憧憬を抱くからだ。」と書いています。

本の中ほどに、「恩田陸・編  世界文学全集」というタイトルのベスト10が、三つのジャンルに分けて掲載されています。

「硬派!長編小説ベスト10」第一位は、マルケスの「予告された殺人の記録」

「いつまでも甘えべたな少女の物語ベスト10」第一位は、バーネット「秘密の花園」

「いつまでも夏が終わらない少年の記憶ベスト10」第一位は、ブラッドベリ「たんぽぽのお酒」

となっています。著者の読書体験が見えてきます。

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様々なジャンルの本に手を出していると、刺激が強かったり、文体の濃さで疲れることがあります。そんな時には幸田文の本。内容がどうのこうの言うよりは、真っ当な日本語の美しさにホッとするのです。

とりわけ、昭和34年「婦人公論」に連載されたものをまとめた「動物のぞき」(新潮社/古書1050円)は、ユーモアに富んでいて、彼女とゆるりと動物園めぐりをしている気分になります。

「動物園の門を入って第一に私の前に現れた動物を、みなさんはいったい何だと思うだろう。おそらく意外だと思う。私にも意外だった。それは猫だった。ふとって大きいきじ虎の猫だった。観覧用ではない。檻にも金網にも入れてない、ただのにゃごだった。」

もう、これだけでなんだか楽しくなってきます。「猿人類」「きりん」「象」「河馬と犀」「熊」「爬虫類」「仕込まれた動物」「狐と狸」「猛禽類」「猛獣」について書かれていて、どの章にも土門拳の写真が付いています。ゴリラの写真など、さすが土門拳!表情が素晴らしい

思わず笑ったのが、「私はわにの寝そべっている姿を見ると、少女のときの晴れ着の感覚をおもいだす。」というワニについての件です。幼少の頃、どこかへ行く時、「二枚重ねの着物に、厚板の帯をでこでこと矢の字に背負わされた。」ことを思い出し、こう続けます。

「からだが一本の棒みたいに、まるで不自由にしゃちこばったものだが、わにのじいっとしているのを見ると、よそいきのいい着物のかなしさと具合悪さをおもいだすのである。暑くて硬いものを着せられれば、遊ぶこともできないし、それでいて人に『まぁ、きれいだこと』と云われる嬉しさと、てれくささがある。」

ワニを優しく見つめる著者の姿が見えてきます。ペリカンが逃げ出した時のエピソードも面白い。飼われていた鳥は一気に飛び去ることなく、少しづつ逃げ去る習性を踏まえて、

「すぐには飛び立てず、助走路を駆けて舞いあがったのであり、斜に滑空してから、風に乗って上昇したのだろうし、高い空の空気を吸ってからは、本当に一トはばたきごとに、もりもりと、野生だったときの元気を取り戻して勇んだのだろう。」とその様子を描写しています。

「もりもりと」と言う言葉に、ぐんぐん飛び去ってゆくペリカンの姿を想像します。「猛禽類」に登場するお話ですが、「この話は春の出来事やら、夏の出来事やらききもらしたが、初秋の夜、きけばいかにもひたひたと懐かしく、名残り深くおもったので、添えて記すのである。」と、最後の余韻がいいのです。

緊急事態宣言解除で、動物園にも行けるようになりました。たまには動物たちを見つめるのもオツな時間の使い方ではないでしょうか。

 

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在日三世の小説家、李龍徳(イ・ヨンドク)の長編「あなたが私を竹槍で突き殺す前に」(河出書房新社/古書1600円)は、いいよと、誰にでもお薦めはできません。複雑な構成ではあるものの、決して難しい文章があるわけではないのですが、読みづらい部分があります。時間もかかりました。でも、あえて言えば、こういう文体で、こういう世界設定で、日本の姿を極めて象徴的に描き切ったのは稀有なことです。最初は、読むことを放り投げようかという誘惑に駆られたのですが、不思議なことに後半に進むに従って、その危険な香りに麻痺させられていきました。

「特別永住者の制度は廃止された。外国人への生活保護が明確に違法になった。公文書での通名仕様は禁止となった。ヘイトスピーチ解消法もまた廃され、高等学校の教科書からも『従軍慰安婦』や『強制連行』や『関東大震災朝鮮人虐殺事件』などの記述が消えた。」

そんな近未来(いや、現実か?)の日本が舞台です。「韓国に悪感情を持つ日本国民は九割に近い」時代を生き抜くのが在日三世の柏木太一です。彼が、様々な過去を持つ男たちを集めて反日武装闘争に突入する、と書いてしまうと、新手のアクションサスペンス小説かと思われるかもしれませんが、そうではありません。

「日本の現状だって、飼いならされて気づいてないかもしれないけれど、いや、かなりのディストピアだから。何も明確なジェノサイドや強制収用所の再来だけがディストピアじゃない。ディストピアは今だ。」

これは、ディストピアな国家、日本の底辺を這いずり回る若者たちの青春群像劇なのです。彼らが実行する反撃は、決してカタルシスに満ちたものでもなく、自らの命を削ってゆくものでしかありません。

「世界とは大衆のことであり、世界の意思とは大衆の意思のことだ。 最終の敵はいつだって大衆。そしてそれには絶対に勝てない」

その勝てない大衆にぶつかってゆく最後の手段に、唖然とするしかありませんでした。370ページの大作の最後の文章まで、頭の中を引っ搔き回され、混乱し不安になる読書。でも、私はこれを肯定し、この迷走感を楽しみました。読んでよかった、と思います。

この本のことを、ときわ書房の書店員の方が WEB本の雑誌の「横丁カフェ」で見事な分析と評論をされています。その中で、こう書かれています。

「優れた文学、ノンフィクション、その他書物は、読む者を不安にさせ、深い絶望に落とすこともある。しかし私たちには、その絶望を直視できるかどうかが問われている。絶望を知らずに希望を持つことは出来ない。表面上のわかりやすさだけでは伝わらない怒り、悲しみ、葛藤、絶望を知ることは、本の持つ大きな役割の一つではないかと思っている。それを知ってこそ人は喜びと希望の存在を理解出来るのではないか。

読書とは、無関心から私たちを引き戻す行為の一つではないかと、今まさに痛感している。
李龍徳『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』。これはまさに2020年の文学である。」

 

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久々に春樹の本を読みました。「猫を捨てる」(文藝春秋/古書900円)には「父親について語るとき」というサブタイトルが付いています。その通り、この本は自分の父親について語ったものです。話は昭和30年代、村上家が兵庫県夙川に住んでいた頃、家に居ついた猫を捨てにいきます。

「ともあれ父と僕はある夏の午後、海岸にその雄猫を捨てに行った。父が自転車を漕ぎ、僕が後ろに乗って猫を入れた箱を持っていた。」

当時、著者一家が住んでいた家は大きな一軒家で、猫の一匹や二匹どうとでもなる生活環境でした。なぜ、捨てに行ったのか、皆目分からないと著者は振り返ります。海岸で猫を捨てるや否や、一目散で逃げ帰って玄関の戸を開けた途端、

「さっき捨ててきたはずの猫が『にゃあ』と言って、尻尾を立てて愛想よく僕らを出迎えた」

自転車に乗って全速力で帰ってきたのに何故、猫がいる?「そのときの父の呆然とした顔をまだよく覚えている。」この部分を読むと、なんかファンタジー小説風の展開なのですが、ここから村上の父親の歴史へ進んでいきます。ノンフィクションとエッセイが微妙にブレンドされたような文章へと変化していきます。

「父は京都市左京区栗田口にある『安養寺』というお寺の次男として、大正6年12月1日に生を受けた」

一度は養子同然の形で親元から離され、体を壊し連れ戻された経験のある父に、親に捨てられたという傷が残っていたかもしれない。だからこそ、捨てられた猫が家にいたのを見てホッとしたのかもしれません。

「人には、おそらくは誰にも多かれ少なかれ、忘れることのできない、そしてその実態を言葉ではうまく人に伝えることのできない重い体験があり、それを十全に語りきることのできないまま生きて、そして死んでいくものなのだろう」

その後父は召集され、歩兵第20連隊に入隊します。ここで村上は、この連隊が南京陥落ときの一番乗りだったことを知り、「ひょっとしたら父親がこの部隊の一員として、南京攻略に参加したのではないか」という疑問を持ち、調べていきます。

戦争をくぐり抜けた父は、息子に勉学の場を与えます。しかし、学校の授業の窮屈さを嫌悪した息子は、父の期待を裏切り、二人の関係が冷え冷えとしたものへと変わっていきます。

「僕は今でも、この今になっても、自分が父をずっと落胆させてきた、その期待を裏切ってきた、という気持ちを ーあるいはその残滓のようなものをー 抱き続けている。」と告白しています。

父親は、平成20年、京都の病院で90歳の生涯を閉じました。一冊まるごと(100ページ弱の本ですが)何故、父のことを村上が語り続けたのかは、最後の方に集約されています。村上文学らしい終わり方でした。

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店内のギャラリー展示がしばらくのあいだ中止になっているので、この場所を使って単行本100円、200円、300円バーゲンコーナーを作りました。本日は300円本から。

★300円コーナー

300円コーナーには、函入り全集の端本が何点か並んでいます。金子光晴全集15卷(中央公論社版)の内、評論と詩を扱った六冊が、そして永井荷風の随筆を全五冊にまとめた岩波書店版「家風随筆」(定価3000円)の内の二冊が出ています。特にこの二冊は超お買得です。文章の美しさ、達者な筆運びなど、明治から大正にかけて書かれた荷風の真髄が散りばめられています。

庄野潤三の「文学交友録」(新潮社)は、1994年から1年間雑誌「新潮」に連載された庄野の文学的自叙伝で、私もかつて近代日本文学史の勉強のために読みました。島尾敏雄、佐藤春夫、三好達治、吉行淳之介、井伏鱒二など多くの文人が登場します。最終章で実兄、庄野英二について語られていますが、この本を読むまで、恥ずかしながら児童文学者庄野英二が兄弟だと知りませんでした。

「昭和三十年、兄が四十歳のときに『朝潮のはなし』ほか十篇を収めた最初の童話集が京都のミネルヴァ書房から刊行された。自費出版であった。」

処女作「朝潮のはなし」は、戦争に召集され戦地に駆り出されて、帰ってこなかった朝潮という馬と、この馬を育てた少年の悲しい物語です。英二の代表作「星の牧場」でも愛馬が登場するので、その原点です。

「ぬかみそを漬けるとわかる 毎日がゆっくりとちがってみえる 手がはっきりとみえる」

とは、詩「ぬかみその漬け方」の最後の文章です。お料理をテーマに66編の詩を収めたのが長田弘の「食卓一期一会」(晶文社)です。全編全て食べ物の詩という画期的な詩集で、私も好きな一冊です。

「こころさむい時代だからなあ。自分の手で、自分の 1日をふろふきにして 熱く香ばしくして食べたいんだ。 熱い器でゆず味噌で ふうふういって。」

引きこもっている今こそ、こんな詩を読んで、ちよっとホッとしたい。

ジャズトランペッターの帝王マイルス・ディビスを論じたり、作品を紹介した本は沢山存在しますが、この本がベスト。信頼できる一冊というのが、中山康樹「新マイルスを聴け」(径書房)で、マイルスの全作品(いわゆる海賊版まで含んでいる)を紹介。500ページにも及ぶ大作です。アルバムごとに紹介、批評が簡潔に書かれているので、この本を読みながらマイルスの作品を集めるには絶好の一冊です。中山は、日本のジャズ評論家の中で、フラットな感性と新しいサウンドも熱心に紹介してきた、個人的には最も信頼できる音楽評論家でした。大阪出身、若い時に梅田のレコードショップでお見かけした記憶が………。

2015年63歳で亡くなりました。惜しい!なお、本書は若干の汚れがあります。だから300円です。

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店内のギャラリー展示がしばらくのあいだ中止になっているので、この場所を使って単行本100円、200円、300円バーゲンコーナーを作りました。

★200円コーナー

200円という価格は微妙です。100円は安い!買いだ!となります。また、この本が300円なら絶対お得だ!と。100円・200円・300円と並べると、200円の本って絶対的安さとお買い得感の間で揺れているように見えてしまうのです。

でも今回はいい本が沢山あります。先ずは昆虫学者の奥本大三郎が、愛読する本について語った「本を枕に」(集英社)です。のっけから、「神田の古本屋」というエッセイで、古本好きを引っ張り込みます。セレクトされている本は、内田百閒「比良の虹」、金子光晴「マレー蘭紀行」、夏目漱石「坑夫」など文学愛好者らしいものもあれば、中原和郎「少年甲虫学者」、ギルバート・ホワイト「セルボーンの博物誌」といった自然科学系もあってバラエティに富んでいます。この本に書かれているモームの「雨」を読んで、私にとってこれが初めて読んだモームで、映画化された「雨」も観たことを思い出しました。

本との出会いといえば、三谷幸喜が面白い。彼のエッセイを集めた「ありふれた生活」シリーズには、彼の読書体験がひょいと顔を出すのですが、第9巻「さらば友よ」で、珍しい作家の名前を発見しました。ジェイムズ・サーバー。日本では、彼の原作を元にした映画「虹をつかむ男」で有名ですが、それほど知名度の高い作家ではありません。三谷は中高校時代、アガサ・クリスティに出会いミステリーの世界に目覚めるのですが、

「そこから横道にはずれ始める。ハードボイルドや警察小説には行かず、早川から出ていた異色作家短編集に夢中になる。ロアルド・ダールやスタンリー・エリンといった短編の名手が描く、いわゆる『奇妙な味』の作品にのめりこんだ。中でも僕を虜にしたのがジェイムズ・サーバーだ。」

確かに、あの短編集には奇妙なテイストの作家が揃っていました。三谷がどんな影響を受けたのかもっと知りたいものです。なお、この本の最後に、三谷と18歳の猫「おっしー」の別れが書かれてますが、猫好きはぜひお読みください。(イラストは和田誠です)

 

三冊目は、エイミー・E・ハートマン「観察力を磨く名画読解」(早川書房)です。名画の鑑賞眼の磨き方の本ね、と思われた方、間違い。オリジナルタイトルは”VISUAL INTELLIGENCE”と書かれています。「見ることで得る情報収拾」とでもいう意味でしょうか。著者は美術史家で弁護士で、彼女の主催する「知覚の技法」というセミナーはFBI,CIAでも採用されているぐらいの優れた観察力の磨き方を教えています。基本のスタンスは美術作品を見て言葉にしてみることです。でも、これって簡単なようで、結構、見てないことが判明します。単なる美術作品解説本ではなく、脳みそを刺激する一冊です。

え?これも200円?? 山本容子の「エンジェル・ティアーズ」(講談社)です。素敵な画文集ですが、残念ながら表紙が一部破けています。中身は全く問題なし。お買得ですよ!

明日は300円本を紹介します。

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★100円コーナー

京都に育ち、府立大学で長年教鞭をとり、エッセイストとして多くの本を出し、平和憲法への思いを言及してきた寿岳 章子「過ぎたれど去らぬ日々」(大月書店)は、サブタイトルに「わが少女期の日記妙」とついているように、1936年から1941年までの女学校時代の日記です。「一人の女学生がひそかに平和憲法的な世界を恋していた客観的事実も知って欲しいと思った。その祈りにも似た思いが、どんな時代に育っていったかも提起したかった。」と書かれているように、多感な少女時代に暗い影を落とした戦争と、当時の京都の情景が描かれています。

写真家森山大道が2003年から05年にかけて大学等で行った講義と聴講生との対話を収録したのが「昼の学校 夜の学校」(平凡社)です。新宿の場末をひたすら歩き回り、そこに暮らす人々や、生活の場を撮り続けてきました。ザラッとした白黒の画面が強烈な印象を残す写真家です。「量のない質はない、ただもうそれだけです」という彼の言葉。写真だけでなく、文章も、絵画も、音楽も量をこなさなければ高い質はないと思います。この写真家が、藤圭子・宇多田ヒカル母娘を撮影していたことを初めて知りました。

こんなところに本屋があったんだと驚かされたのが、井原万見子著「すごい本屋」(朝日新聞出版)です。場所は、和歌山県日高郡日高川町。山奥にある本屋さんで、周りにお店がないので、味噌や洗剤まで販売しています。20坪の店の名前は「イハラ・ハートショップ」で、著者が店主です。この本屋さんのすごいところは、地元の子供達に絵本の良さを知ってもらおうと、様々なイベントを開催。今森光彦や、宮西達也といった大物が来店してトークショーをしています。その熱意が素敵です。ライターの永江朗さんも取材に訪れていました。この本が出たのが2008年。今も頑張っておられます。(現在はコロナ感染防止のため休業中)

70年代、人文系の本を前面に押し出し、新しい書店の姿を作り上げた池袋リブロの店長田口久美子著「書店風雲録」(本の雑誌社)。私も、新刊書店員時代貪るように読みました。

最後にご紹介するのは木村英昭著「検証福島原発事故 官邸の100時間」(岩波書店)です。あの大事故の時、政権中枢で何が起き、どう対処しようとしていたのか。膨大な取材を元に、当事者全員実名で登場し、その一刻一刻をドキュメントしています。まるでパニック小説を読んでいるような緊張感溢れる描写が続きます。こんな現状だからこそ、非常事態下の国家を考える一冊としてお読みください。

その他数十冊を100円コーナーに出しています。補充はしませんので、お早めに。明日は200円コーナーを紹介します。

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「『詩、読みますか?』と聞いて、まだ『ハイ』といわれたことがない。たいてい『本は好きなんだけど』とか、『小説は読むんだけど、』という具合に、あとは続くのです。」

大阿久佳乃「のどがかわいた」(岬書店/新刊1430円)はこんな風に始まります。詩のことを知ってもらいたくて、彼女は「詩ぃちゃん」というフリーペーパーを発行しました。私は、何人かの詩人を除いて、あんまり詩を読まないのですが、彼女が紹介している詩人やら、詩の楽しみを読んでいると、こういう読み方もあるんだと、視界が広がります。

著者の大阿久さんは、2000年三重県鈴鹿市の生まれで、このフリーペーパーは2017年、17歳の時に出しています。

「半年ぐらい学校に行っていなかったのだと思う。けれど、はっきりいつから行かなくなったかは覚えていないし、そういえば、学校に行っていた間のこともあまり覚えていない。」

結局、出席日数が足りず留年、そして退学。本書の第二章で、その息苦しかった時代のことを振り返っています。「もともと私には、十八歳まで時が止まっていて、十九歳から一気に死に向かっていくという、謎の思い込みがある」とまで書いています。

思春期にありがちな不安、苛立ち、孤独の告白といえば、そうかもしれません。ここにはそんな状態から、彼女を支えた言葉と共に、出口を求め、模索する一人の女性の偽らざる姿が描かれています。先の見えない閉塞感と息苦しさは、数十年前に”穏やかだった”十七歳を経験した私には、理解できないものが潜んでいます。

でも、これは、あくまで彼女の心を支えた読書案内です。フランシス・ジャムという詩人を紹介する件は、この詩人の言葉がどれだけ彼女の心に寄り添っていたのかがわかります。

「ここを読んでいると、自分が難しい顔ばかりして生きてきたと思い、これからもずっとそうなんだろうと、落胆したり、度が過ぎてちょっと面白くなくなってしまったりする。しまいには涙が出て、人生がなんなのかさっぱりわからなくなって、このやろう、と乱暴に、すがるようにジャムの詩をまた読み進めてしまう。」

とても素直な文章で、店にあるジャムの詩集を開いてみたくなります。

彼女の祖父母が京都市内に住んでいる関係で、よく来京しているそうす。そこで出会ったのが「古書善行堂」の店主山本さんでした。あぁ、いい店に出会ったなと思いました。ここで、彼女は多くの作家や本を山本さんから紹介してもらいます。書店にとって、読者の心持ちに沿った本を紹介できるほどの喜びはありません。そしてここから、岬書店の島田潤一郎さんに出会い、本書の発行へと繋がっていきました。しかるべき時に、しかるべき出会いがある、という事です。

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坪内祐三著「新書百冊」(新潮新書/古書400円)は、知の宝庫ともいうべき新書のジャングルに分け入り、向学心に燃えていた若き日の著者が出会った新書100冊をセレクトして紹介した本です。

「自らの意志で新書本を読みはじめた頃」、「新書がどんどん好きになっていった予備校時代」、「新書で読んだ読書ガイドと読書法と書斎の話」、「講談社現代新書のアメリカ文化物は充実していた」、「やがて来るニューアカ・ブームを前に」、「作家の書いた新書本とお勧めの伝記物」、「新書で近代日本の文化研究をする」の7章に分かれています。著者がその本に巡り合った、その時の環境なども書き込まれていて、肩のこらない新書案内に仕上がっています。

例えば、高校時代にTVドラマで城山三郎原作の「落日燃ゆ」を見て、ひどく感銘を受け、原作を読み、物語の舞台となった東京裁判に興味をもち、中公新書「東京裁判」に出会います。「『落日燃ゆ」を読んだ私は物語として感銘を受けた。しかし、小嶋襄の『東京裁判』によって私は、物語ではなく、一つの歴史、つまり史実を知った。」

なんて幸せな本との出会いなんだろう、とこの一節を読んで思いました。また、1977年、岩波新書の黄版(表紙が黄色のもの)発行がスタートした時の気分をこう書いています。

「黄版が出たその五月の、十九歳の私の新鮮な気持ちを今でも忘れない。心地良い五月の陽差しの中、私は、早足で靖国通りと白山通りの交差点の角にある信山社(岩波ブックセンター)に向かう。」

そして、千円で三冊買える低価格の本をコンスタントに読んでいけば、「ただのつまらないサラリーマンにはならないだろう」と、豊かな将来へ広がるような希望を、当時の新書は持っていたと回想しています。

この本の中で、最も共感を持ったのは「講談社現代新書のアメリカ文化物は充実していた」です。坂下昇「アメリカン・スピリット」は、アメリカ文学、映画、音楽を理解するのに欠かせない周辺知識の宝庫でした。ここで紹介されている講談社現代新書はほぼ、大学時代に私も読んでいました。岩波新書に比べて、スマートなデザインと色合いも、お気に入りでした。

面白かったのは「作家の書いた新書本とお勧めの伝記物」です。安岡章太郎「アメリカ感情旅行」、大岡昇平「コルシカ紀行」など傑作が並んでいます。ここで紹介されている開高健の「声の狩人」という本は、初めて知りました。読んでみたいと思います。

本書の欠点を言えば、発行されたのが2003年なので、本の情報が古いことですが、逆に本書片手に古書店を回るのに最適な一冊かもしれません。

 

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