今ブレイク?中の、数学者岡潔の名随筆を集めた「夜雨の声」(角川ソフィア文庫400円)。科学、宗教について書いた随筆から、これだ!というのを、哲学者山折哲雄が、集めたものです。数学者でありながら、その世界を飛び出してゆくきらめきが魅力的な学者のエッセンスを十分に味わうことができます。若い頃、我を忘れて数学に没頭した岡は、一生を思索に捧げた人物です。そういう人が書く文章の、深い意味をゆっくりと味わっていただきたいものです。なお、タイトルの「夜雨の声」は道元の「深草の閑居雨の声」から採ったものです。

 

「衣を洗う水の音がざぶざぶと長閑に聞えて、隣りの百連の美しく春の日に光るのが、何とも言えぬ平和な趣きをあたりに展げる。」

という文章をかつて目にした時に、田山花袋をきちんと読んでみようかと思った「少女病」など私小説の名作15編を収録した「私小説名作選上」(講談社文芸文庫1300円)は、美しい日本語に酔う短篇集といった方が適当かもしれません。志賀直哉の「城の崎にて」という数ページの小説は、傑作です。電車に跳ねられた青年が養生で訪れた城崎温泉での滞在を綴った話ですが、自分は何故死ななかったのか、自問自答する青年の心の乱れを見事に表現しています。

同じく、講談社文芸文庫から島尾敏雄の「はまべのうた/ロング・ロング・アゴウ」(800円)が入荷しました。

「お月夜のばんなどはこの二つの部落はまるで青い青い水底に沈んでいるようでありました。浜辺にはアダンゲやユナギの葉がくれに南の海が静かに波打ってときどき青い夜光虫が光っておりました」

宮沢賢治ではありません。「死の棘」の島尾の処女作です。これ、戦争末期の離島で特攻出撃を待つ兵士と島の学校に務める女性教師との間に繰り広げられる、この世のものとは思えぬ愛の物語です。戦争という過酷な現実の中にエロスを放り込んだ「ロング・ロング・アゴウ」も見逃せません。

もう一点、筑摩文庫で出ている安西水丸「東京エレジー」(500円)もお薦めです。50年代末から60年代の東京を舞台に少年と少女たちの世界をみずみずしく描いたコミックです。解説で川本三郎が、安西が俳句を嗜むことから、彼の絵をこう指摘しています。

「その絵もまた俳句のように”かきこまない”ことを特色にしている。絵はあくまでも白く淡い。」

存在感の全くない「白く淡い絵」が、どこかへと誘ってくれるような世界です。深く静かな孤独感なのですが、心地よい気分にさせてくれます。

 

 

◉レティシア書房休業のお知らせ  勝手ながら6月6日(月)7日(火)休業いたします。


 

 

和田「松田はん。三高のときは歩いて通うてはったんですか。」

松田「帰りはそうでした。歩くんです。『丸善』へ寄って、天野さんの言ってらっしゃったように本の背中をズーッとみて……。あの時分、丸善は三条御幸町。」

という具合に京都弁で「私たちの京都」を語るのは、明治36年、上京区室町通武者小路下がるで生まれた和田洋一(同士社大学教授)、明治42年中京区新町御池上がるで生まれた天野忠(詩人)、そして明治41年茨城県生まれながら、父親が京都で小児科医を開業し、京都に移住、戦後は父親を引き継いだ松田道雄(医者)の三人です。

この三人が京都について語る「洛々春秋」は1980年3月から9月まで京都新聞で連載されました。そして翌81年、三一書房から単行本化され、「洛々春秋 私たちの京都」というタイトルで全国発売されました。

三人の幼年時代、青春時代、戦中から敗戦そして戦後まで、それぞれの人生と京都との関わりが語られていきます。青春時代、娯楽が映画しかなかった時代の話では、皆さん大盛り上がりになってきます

天野「栗島すみ子って、まだいたはるんどすなあ。」 松田「いはりますね。まだ。」天野「踊りの師匠でしょう。ほたら八十越えてるんじゃないですか。」和田「越えてるでしょう。ぼくより四つ五つ上のはずです。天野「浦辺泰子なんてな、私、あれがヒロインでね『清作の妻』ちゅうの覚えてますわ。たしか吉田絃二郎原作の……」

栗島すみ子は、成瀬巳喜男監督「流れる」(幸田文原作)に登場して、脇役ながら堂々とした貫禄で画面を支配したことくらいしか知らなかったので、このくだりは興味深いです。

後半では、京都の出版文化や、本の事について語られています。その中で、天野忠が北大路の新町辺りで古本屋を開業した話は初耳でしたね。勤務していた出版社を辞めて、先ずは自分の蔵書を棚に並べて古書店を始め、松田道雄が、この店で「芥川全集」を買っていたなんて話も飛び出します。また、戦後、京都に出版社が数多く立上がった時期があり、こんな会話が出て来ます。

天野「出版社の多くは割に町の真ん中、中京に出来ました。」和田「三条辺にね。」天野「あのとき、例のイノダというコーヒー店が、あそこにあってたまり場になりましてね。あすこへ行くと大抵、出版社の人が集まっていました。」

今や、観光客が立ち寄る場所になっているイノダは、出版文化を支える人達御用達の店だっだのですね。

はんなりした京都弁に誘われて、かつての京都の街をフラリフラリ歩いているかのような気分にさせてくれる貴重な一冊です。(初版・カバー付き1800円)

「人間は皆、等しく陽気であるべきだと思う。ときに寂しげであったり、陰鬱であったり、激怒していたりと、さまざまな面があるのも豊かでいいけれど、やはり陽気な人間の姿を私は一等快く思う」

ふ〜んなる程というご意見を述べられているのは、実は犬だったのです??? はぁ〜、なんのこっちゃ。

これ、吉田篤弘が2015年に発表した小説「レインコートを着た犬」(中央公論新社1400円)の冒頭部分です。映画館主の元で飼われている犬ジャンゴの一人称で語られてゆくのですが、中々彼の考え方が面白い。

彼は出来ることなら、ぜひ人間が行く銭湯なるものに行ってみたいと思っています。何故なら、銭湯帰りの人間は皆、陽気になっているからだと考えるのです。

物語は、ジャンゴの目を通して、彼が住む街と、そこで暮らす奇妙だが、味のある人達の姿を描いていきます。「お前の人生はどう呼ぶんだろう。人ではなく、犬の人生ってのは……..」と悩む古本屋のマスターとは合性が良く、店内の本の上に置かれた座布団で惰眠を貪ったりしています。なんか、いいな、この街。

ジャンゴは、こう解説します

「町の名は<月船町>。この名にあやかって、銭湯は<月の湯>、団子屋は<月見堂>、うちの映画館は<月船シネマ>と名乗ってきた」

クラフト・エヴィング商會の頃から、この作家は、ちょっと不思議な世界を好んで描いてきました。そして、小さな幸せが見えてくる場所へと読者を案内してくれます。それは、小説だけでなく、エッセイ「木挽町月光夜咄」(筑摩書房1350円)を読んでいても、日々の暮らしのなかの、ささやかな幸せを丹念に描いていきます。過剰にセンチメンタルにならずに、今日よりは、明日は少しは良いよねみたいな希望を語ってくれます。

「レインコートを着た犬」の装幀は、もちろん吉田浩美、篤弘のクラフトエヴィング商會コンビ。レインコートを着たジャンゴが描かれていますが、小説のエンディングで彼はこのレインコートを着て登場します。このエンディング、切なくで、甘酸っぱい感じ一杯で、ちょいと泣けてきます。

おっと、このラスト直前に、古本屋のマスターが、こんな台詞をふっと言います。

「これだから、古本屋はやめられねぇよな」

ごもっとも、ごもっともですね。

春は、何かと変化をする季節・・・。DARUMAさんの絵『My little turn』とは、そんな風に、少しずつ変わっていく感じを表しているのだそうです。色合いでいえば青からピンクへ、作家の気持ちの変化のままに描かれた女性は春を楽しんでいるようです。

青いドレスを着た女性が、こちらを見ながら佇んでいる絵は、澄み切った孤独感が漂います。何を見ているのだろう、何を求めているのだろう、ちょっと聞いてみたい気がします。そのほか青色がポイントに使われている絵が何気に寂しさを感じさせるのに対して、後の絵はピンクを巧みに使い分けた作品が並んでいます。こちらは桜をイメージするようなフンワリした感じが、希望を感じさせてくれます。思い思いに細長い板やキャンバスに描かれた女性は、作家の夢にでもでてくるのでしょうか。個展は4月10日までです。

さて、やっと冬が去り春めいてきたこの頃、ちょいと野外に出たくなります。でも、忙しくて時間がない方のためにお薦め本を2冊。

一冊目は渡邊耕一著「Moving Plants」(青幻舎新刊4104円)。これ、シーボルトが長崎滞在時代にヨーロッパに持ち帰ったタテ科の植物イタドリ。これが、恐ろしい繁殖力で世界中に蔓延、もう生態系を破壊し、建物にも侵入するという悪玉植物になりました。が、こんな植物に魅せられた著者が全世界を巡って撮影した写真集です。人間の情熱って面白いものですね。

もう一冊は「きのこ絵」(PIE新刊2376円)こちらは18世紀〜20世紀に描かれた「きのこ絵」二〇〇数十点を収録した図録です。ヨーロッパのボタニカルアート、日本の最近図鑑、ファーブルに南方熊楠に至るまでよく集めました。オマケに「日本の菌類図譜」付きです。しかし、キノコって奇妙なスタイルですね。

臨時休業のお知らせ 

勝手ながら、3月31日(木)休ませていただきます。

 

彫刻家、船越保武のエッセイをまとめた「巨岩と花びら」(ちくま文庫750円・絶版)が入荷しました。「長崎26殉教者記念像」で有名な彫刻家で、作品同様端正な文章で、魅了されました。釣りに出掛けた筆者が、あまりに魚がかからず、暇を持て余しているところへ飛んできた喋々相手に、楽しい時間を過ごす「渓流にて」などは、美しいだけではなく、ユーモア心も溢れた一篇です。

このエッセイの中に、画家松本竣介の事を書いた文章が何点か収められています。イントロダクションが素晴らしい。

「あの橋の上から、俊介は手をふって私のところへ戻って来た。『暗くなった。かえろう』といってスケッチブックを閉じた。夕暮の中に俊介は白っぽい服を着て立っていた。仕事を終えて、熱っぽい顔をしていた。

先刻まで私が休んでいた橋のたもとの、石垣の近くには、青い色の小魚の群れが見えていた。都会の雑踏の中なのに、このひとときは不思議な静寂があった。

青かった空が藤色になり紫色にかわって、たちまち夜の空になる。夏の日の夕暮れの風景のその色の移り変わりを、俊介は絵の中に留めようとしていたのだろう。」

36才でこの世を去った画家、松本の作品に漂う寂寥感、静寂を、見事に表現した文章ではありませんか。

船越は、聴覚を失っていたこの画家とは、盛岡中学で同級でした。友情を育て、交流を深めていきます。夕暮の直前の数分間、辺りがすみれ色になる瞬間、言い換えれば残照という言葉が相応しい時間こそ、松本の世界だと指摘します。

「俊介は、この時間の、この光りを愛したのだと思う。愛したというよりも、この光りの虜になっていたのではないだろうか」

松本俊介に興味を持たれた方には、中野淳著「青い絵具の匂い」(中央公論社450円)がお薦めです。

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「いっぺん、思いっきり声を出せるところでやりたいの」

おっ〜、のっけからドギツイ文章ですぞ。これ、桜木紫乃の短篇集「ホテルローヤル」(集英社文庫300円)の中の一篇、「バブルバス」に登場するフツーの中年夫婦の会話です。桜木は本作で直木賞を受賞しましたが、そんなに興味はありませんでした。ところが、川本三郎の新刊で、彼が絶賛してたので、どれどれと店にあった文庫に手を延ばしました。

不覚、不覚!北海道の湿原近く(多分釧路です)にある閉鎖されたラブホテル「ホテルローヤル」を舞台に、このホテルに行き交った男と女の一瞬を描いて、絶望と、あるかないかの微かな未来を描ききっています。お見事!としか言いようがありません。

アダルトグッズ販売屋とホテル従業員、貧乏寺の住職の妻と檀家、寒空に放り出された女子高校生と、妻の不倫に悩まされる教師、そしてラブホテルの清掃をする女性と、様々な人達が登場してきます。

「唾液で濡らした正太郎の先端が体の中へと入ってきた。少し痛いが、なんということはなかった。我慢していればすぐに終わる。夫に優しくしてもらえるのも、この時間があるからだとミコは信じている。みんな、ここから生まれたりしてここで死んだりしている。体の内側へと続く暗い道は、一本しかないのに、不思議なことだった。」

こんな文章は男性には書けません。明瞭で、簡潔なタッチが読者をグイグイと引っ張ります。これだけ的確で、冗長なところのない文章がかけるなら、ハードボイルドものもいいだろうと思っていたら、なんと「ブルース」という本で「釧路ルノワール」を展開しているとか、読んでみなくては。

解説で川本三郎は、本作の構成の巧みさを指摘、こう書いています。

「時間の流れが、現在から過去へと逆になっている。普通は過去から現在に至るのに、この小説では現在から過去へとさかのぼる」

廃墟となったホテルから物語は始まります。廃墟のホテルを覆う悲しさ、侘しさ、寂しさが最後まで登場人物にのしかかってきます。あろうはずのない明るい未来。だが、もしかしたらという僅な希望。

昨年、私のベスト1映画だった橋口亮輔監督の「恋人たち」のラストに「微かな希望」を象徴するような青空が出てきます。この本の中で、ホテル清掃員のミコさんを描く「星を見ていた」のラストに、悲惨な現実になすすべもない彼女の頭上に満天の星空が登場します。それもまた「微かな希望」なのかもしれません。

店には「水平線」(文春文庫400円)、「誰もいない夜に咲く」(角川文庫400円)もあるので、引き続き読んでみます。ホントにお薦めです。

 

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「蚕は手榴弾なんか使わないんだ。自分で繭を破るんだ。死ぬのは負けだ。繭を破ってふ化するんだ」

今日マチ子の戦争まんが「COCOON」(600円)に出てくる台詞です。

女性コミック雑誌「エレガンスイブ」に連載したもので、沖縄戦で悲惨な最後をとげた「ひめゆり学徒隊」をモチーフとした漫画です。特徴的なのは男の兵隊は繭のかたちでいっさい顔が描かれていないことで、悲惨な戦場の現場を描きながら、少女の広がる空想世界に視点を据えています。多くの親友を失った主人公が、敗戦を迎えて、「生きてゆくことにした」という独白と共に、紙面から消えてゆくラストシーンは、感動的です。

さらに、2011年には、戦争まんが第二として「アンネの日記」をベースにした「アノネ、」の連載を開始します。登場人物を、「アンネ」ではなく「花子」と日本名に改めて、彼女とその家族が死に追いやられるまでの過程を描いていきます。注目すべきは、花子とヒトラーとおぼしき青年の邂逅を少女漫画独特の細い線で描き出したことでしょう。上下巻(900円)となった単行本の扉には、前田敦子がこう言っています。

「花子の可憐さと残酷さ、強さ、絶望と。そのすべてに引込まれました。」

出来れば避けて通りたい戦争の醜悪な実体を、少女まんが独自の視点と手法で描ききった力作だと思います。私が彼女を知ったのは、「センネン画報」という本でした。松本隆が帯に推薦を書いていたので読みました。彼好みのイノセントな少女コミックでした。その後、東北大震災を扱った「みつあみの神様」を発表していますが、読んでいません。

「COCOON」の後書きで、彼女は戦争を描くことについて、こう語っています。

「描きたいことはたくさんあるのに、じぶんの表現の未熟さに悔しい思いを何度もしました。描くことを通してなにか根源的なものに触れるときがくるとしたら、そのときまで生きていたいと思っています」

ぜひ、その根源的なものを読んでみたいものです。アベちゃんにも送ってあげよう!

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「政治の原語はギリシアの都市、つまり、我々が住んでいる町といふ意味の言葉から転化したもので、経済の語源は家といふギリシア語である。そしてこれでも解る通り、炉返の幸福をしっかり掴んでいなければ、政治も経済も健全な発達を遂げるものではないし、この基礎的な感情を忘れてどんなに文化人的に利いた風なことを言ってもどうにもならない。先ず炉返の幸福、である。」

吉田健一のエッセイ「乞食王子」に入っている「炉返の幸福」の一節で、坪内祐三著「考える人」(新潮文庫300円)の「吉田健一」の章に収録されています。

坪内は、吉田の文章から、こう考えます。

「政治、経済というと大問題のような感じがします。しかしその政治、経済という言葉の向こうに都市や家という言葉を垣間見ると、それが一気に実質を持って迫ります。その上での炉返の幸福なのです」

朝日新聞社発行の雑誌「考える人」の中で連載されていた『考える人』というエッセイをまとめたのが、この本です。

坪内が「考える人」として取り上げたのが、小林秀雄、田中小実昌、中野重治、武田百合子、唐木順三、神谷美恵子、長谷川四郎、森有正、深代惇郎、幸田文、植草甚一、吉田健一、吉行淳之介、須賀敦子、福田恆存の論壇、文壇の大御所です。坪内は、これらの作家たちの作品論や人となりを解説しているのではありません。端的に言えば、彼らの思考が、どういう経路を辿るのか、を思考しているのです。取り上げた人物の著書を熟読し、それぞれの文章の中に、彼らの思考のベースを探してゆくスリリングな評論集です。

何が良いと言って、この本は難しくないのです。この手の評論集には、数ページ読んだだけで退屈になるものも多いのですが、一人20数ページの分量で、簡潔にまとめられています。最初に、何故吉田の文章を紹介したかと言うと、彼の著書の持ってまわった表現方法に何度も挫折した苦い経験があったからで、こんなに簡潔に社会を見つめていたのが理解できて、ここから吉田の世界に再度挑戦したくなったからです。

そういう意味で、本読み人としての坪内を信頼しています。新刊が出れば、取りあえず買ってます。彼が中学一年だった1972年をひとつの時代を「『はじまりのおわり』であり『おわりのはじまり』でもある」と捉えて、この時代を丸ごと裸にしようとした「一九七二」(文藝春秋1000円)は、彼の傑作だと確信しています。これを読むと、72年が政治、経済は言うに及ばす、文化、エンタメの分野まで目まぐるしい新陳代謝を起こしていたことが理解できます。

 

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「個人的に左京区にいる人たちは全員オシャレ、みたいな偏ったイメージを持っていて、劣等感があるんですよ(笑)。それは冗談としても、五条というのは、特色ある他の京都の街に比べると、まだノーブランドだと言えるんじゃないかと思うんです。しかも、京都駅と四条の間にあるので利便性が高く、その割には土地の値段は安かったりして、クリエイターにウケそうな材料も多かった」

いきなり京都市内の話題でスミマセンが、これは、五条堀川近くにある古いビルをリノベーションして、クリエイターの発信場所となった「つくるビル」を運営する石川秀和さんの言葉です。

新しい生き方、働き方を求めて東京を離れ、各地で模索する人達のインタビューを収録した「旅するカンバセーションズ」(カンバセーションズ・ブックス1490円)の中で「コミュニティーづくりに大切なことはなんですか?」というテーマで語られている一部です。

そしてこのインタビュー集の特色は、インタビューする側の人選にも拘っているところです。例えば、高松にある完全予約制の古書店「なタ書」オーナー藤井佳之さんが、高松にある家業の温泉を引き継ぎ、まち全体を旅館に見立てる「仏生山まちぐるみ旅館」プロジェクトを進める建築家の岡昇平さんへ、温泉を通して街づくりを聴いています。

また、大阪で人気の新刊書店「スタンダードブックス」店主、中川和彦さんが、大阪発の情報番組「ちちんぷいぷい」総合司会の西靖さんへ、これからの大阪は何を目指すのか?という関西人には見逃せない記事が掲載されています。この中で中川さんが、本屋は、本を買っておしまいではなく、人と人が触れ合ったり、何か新しいことが起こったりするような「場所にすることが大事ちゃうか」と述べていられますが、まさに正論ですね。谷川俊太郎さんが、「書店が本の専門店になっちゃっている」と指摘されていることにも言及されています。

或は、京都で雑貨&宿の「ウサギノネドコ」オーナー、吉村紘一さんが、新しい和菓子のスタイルを模索する和菓子ユニット「日菓」の杉山早陽子さんと現代的な和菓子の姿について語っています。

「京菓子というと花鳥風月しか語られないところがありますが、私たちはもう少し身近にある日常の風景などからテーマを引っ張り出して和菓子にしたいと考えています。」

これまた、和菓子を通して、新たなネットワークができていくことでしょう

こんな具合に、13組のユニークな、インタビューをする側とされる側の話がぎっしりと詰まった一冊です。マスメディアによって作られた、リッチなステレオタイプ人生とは、程遠いのですが、それぞれの場所で、地に足を付けて、この方向でぼちぼち行こかなぁ〜という方ばかりで、そうだよねと共感、納得のできる一冊です。

 

ただいまギャラリーで開催中の、「あかしのぶこ動物たちの肖像画展 ぼくらは知床に暮らしている。」よりお知らせ

知床斜里町のパン屋さんメーメーベーカリーから、美味しいパンが届きます。12日(火)到着予定。初日に売り切れてしま い、残念!という方、ぜひこの機会に味わってみて下さい。

15日(金)19時半より あかしさんのトークショーがあります。知床で出会った動物たちのお話が聞けます。お問い合わせはレティシア書房(075−212−1772)まで。

3.11を埼玉で経験した萩尾望都は、何も手につかず、茫然とした日々を送っていたそうです。そんな時、知人から

「68年チェルノブイリで原子力発電所が爆発する事故が起こり、土壌が放射性物質で汚染された。それで、土壌をきれいにするために、なのはなや麦を植えている。」と、聞いたのです。

その話に触発された彼女は、花が咲く話を書こう、それが希望になればいいと思ったのです。

「なのはな」はこうしてできました。舞台は震災後の福島。おばあちゃんを津波にさらわれた少女ナホちゃんが主人公です。マンガのストーリーを書いてしまうなんて野暮な真似はしませんが、ラスト、ナホちゃんはチェルノブイリにいるもう一人のナホちゃんに会います。それが、何を意味するのかは読者の想像力におまかせします。

単行本化するに当たり、書き下ろし「なのはなー幻想『銀河鉄道の夜』」が収録されています。賢治の「銀河鉄道の夜」と「ひかりの素足」をアレンジしながら、ナホちゃんとおばあちゃんの最後の出会いを描いています。さらに、放射性物質を”擬人化”した「プルート夫人」、「雨の夜」、「サロメ20××」もこの本で読むことができます。萩尾望都と言えば。個人的には70年代に出した「百億の昼と千億の夜」や「スタートレッド」等のSF作品に魅かれて読んでいました。放射性物質を擬人化して描くなどどいう離れ業をやってのけたのは、SF作家としての資質からなのでしょうね。

今回、「なのはな」(小学館900円)と一緒に、彼女の代表作も入荷しました。SF傑作選「AA’」(小学館900円)、「トーマの心臓」(小学館業書900円)、「モザイクラセン」(秋田書店650円)、「訪問者」(小学館800円)そして、「スターレッド」(小学館1300円)等、絶版になっている大型版が揃いました。ハードSF「バルバラ異界」も3巻セットの文庫で入荷しました。2002年、50歳を過ぎて描いた大作で、そのイマジネーションの豊富さに、こちらが追いつけない力作でした。

今回、ちょっと珍しい彼女の本も入荷しました。77年から79年まで「奇想天外」に連載された短篇小説を集めた「音楽の在りて」(イーストプレス1400円)です。こんな本が出ていたなんて知りませんでした。