上間陽子の「海をあげる」(ちくま書房/古書1500円)は今年、最も魂を揺さぶられて、ガツンときたエッセイでした。

著者の上間は、1972年沖縄に生まれ、今も家族と一緒に普天間に住んでいます。沖縄の未成年の少女たちの現状調査に携わり、2016年「素足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち」を刊行し、この本で注目を浴びました。

本書は、筑摩書房の「webちくま」に連載されていたものを中心に集められ、自らの離婚のこと、その時側にいた友人のこと、祖父が亡くなった時のお葬式のことなど、身辺のことから始まり、戦時下から今の沖縄の現状へと、深い話になっていきます。

悲惨な沖縄戦と戦後の困窮を極める生活を、どう娘に伝えていいのか著者は悩みます。

「地形が変わるほどの爆弾が撃ち込まれるのが戦争だということを、子どもたちが次々と亡くなるのが戦争だということを、子どもと自分はいつまでも一緒だと告げて亡くなった母親がいるのが戦争だということを、飢えと恐怖で生理が止まるのが戦争だということを、そしてあのおばあちゃんはそれらのぜんぶを体験したあと、もう一度、あそこで土をたがやして生きてきたにだということを、どのように娘に伝えたらいいのかまだわからない。」

未成年で風俗業界で働きはじめた女性たちへのインタビューを続けてきて、「10代でママになった女の子たちへのインタビューの帰り道では、ときどき吐く。彼女たちがまだ10代の若い母親であることに、彼女たちに苦悩が不均等に分配されていることに、私はずっと怒っている。」

そして当然、怒りは普天間の基地問題へと向かいます。美しい海が埋め立てられて、多くの生き物が死んでいった海。彼女が思い出すのは、魚やウミガメが行き交い、ひょっとしたら人魚も潜んでいたかもしれない青い海なのに。

本書はこんな文章で終わります。

「私は静かな部屋でこれを読んでいるあなたにあげる。私は電車でこれを読んでいるあなたにあげる。わたしは川のほとりでこれを読んでいるあなたにあげる。

この海をひとりで抱えることはもうできない。だからあなたに、海をあげる」

受け取った私たちには、考えなければならない多くのことが残っているはずです。

堀内誠一。1932年東京生まれ、伊勢丹宣伝部入社後、「平凡パンチ」等のファッションページの監修を務め、「アンアン」創刊時のアートデイレクターを担当した後、絵本作家へと表現の場を移します。87年に54歳の若さで亡くなりました。彼が残した28人のクラシック界の作曲家の肖像画とエッセイに、谷川が32編の詩(書き下ろしも含みます)を組み合わせた「音楽の肖像」(小学館/古書2300円)は、とても素敵な本です、

この二人は「マザーグースの歌」でもコンビを組んでいて、名コンビの再来となりました。

「法学にいや気がさして音楽家を志したシューマンが、終日、同志と新しい音楽を論じ合った「コーヒーの木』と呼ばれるカフェ」で、シューマンが音楽談義にふけっているイラストが書かれていて、谷川が「音楽」というタイトルの詩を付けています。

「穏やかに頷いて アンダンテが終わる 二つの和音はつかの間の訪問者 意味の届かない遠方から来て またそこへ帰って行く 幻のように細い糸の端で 蜘蛛が風に揺れている それを見つめているうちに フィナーレが始まる 最後の静けさを先取りして 考えていたことすべてが 時の洞穴に吸いこまれ 人はなすすべもなく生きている せせらぎのような清らかさに今 世界を愛して」

「せせらぎのような清らかさに今 世界を愛して」とは、詩人でしか表現できない言葉ですね。

あぁ、いい言葉だなぁ〜と感心したのが、「音楽 それは裏切ることのできぬもので あらゆる星の法則を含んでいる

それは火星人を 人間に変えることすら可能だというのに」

これ、ベートーベンの所に書いてあるのです。お〜「第九」は火星人を人間に変える力を持っているのか!疾風怒濤の壮大なシンフォニーなら、さもありなんと納得しました。

高橋源一郎の本は、考える楽しさをよく教えてくれます。今回読んだ「たのしい知識」(朝日新書/古書700円)も、こういう考え方があったのか、なるほどと納得しながら読みました。

ところがそれを文章にして紹介するとなると、これが骨の折れること。特に難しい言葉や、複雑な構成の文章を頻繁に使っているわけではないのに。一言、読んでみて!といえば良いのですが、それでは店長日誌としてはなんなので、頑張ってみます。

「えっ、これは知らなかったな、ああ、こんな考え方があったのか、びっくり、と思えるもの。そういう本。たのしい本。喜びに満ちた本。そうだ。『教科書』を書いてみよう。」

というのが、この本の趣旨です。日本国憲法について論じた「ぼくらの天皇(憲法)」、韓国について書かれた「女の隣人」、そして、コロナに苦慮する今を論じた「コロナの時代」という三つの章に分かれています。

高橋は日本国憲法について語るとき、先ず最初にしたのが、他国の憲法を読むことでした。各国の憲法についての比較検証が面白い。各国の理念を、わかりやすく解説してくれます。そして、驚くべきことを言います。

「あなたたちがなんとなくそうだと思っている憲法は、ほんとうの『憲法』じゃないし、あなたたちがなんとなくそう思っている国は、『国』じゃない」

え?なんで? それは本書をお読みください。わかります。

「何かを学ぶ、というとき、いちばん大切なのは、こういうこと、つまり、『なんとなくそう思っていることは、ほんとうはちがう』ってことに気づくことじゃないかと思う。」と続けています。

そのあと、天皇の存在へと話は向かいます。2016年に天皇自らが述べられた「おことば」について、こう書いています。

「ぼくはこう思った。天皇より真剣に、憲法を読んでいる人間はこの世にいないんじゃないだろうかなって。だって、自分の役割を書いてある文章があって、それが、この国の『原理』にあたる文書の中にあるっていうんだ。どんな気持ちなんだろう。ぼくなら、グレるかもしれない。」

こんな風に、様々なことを深く考えてさせてくれます。最後まで、頭を回転させて、なるほど、なるほどと考えながら、楽しく読み終わりました。

 

 

 

砂澤ビッキは、作家の武田泰淳の小説「森と湖の祭り」の主人公のモデルになったアイヌの木彫家です。彼は、1931年旭川に生まれました。ビッキという名前はアイヌ語ではなく、方言で「カエル」のことで、本人が気に入って使い始めたそうです。

芦原伸著「ラストカムイ」(白水社/古書2200円)は、ビッキの足跡を辿って北海道各地を巡り、さらにカナダの少数民族ハイダ・グアイの人々の元に赴き、綿密な取材を重ねていきます。そして北太平洋沿岸の先住民(ハイダ族)の生活にアイヌ文化の影があることを感じ、さらにはハイダ族の始祖は縄文人ではなかったのかという仮説を打ちたて、それが仮説ではない確信を持つまでを描いたノンフィクションです。

ビッキは、幼少の頃、美瑛川の川岸大地に入植した父親の開墾生活を見ながら育ち、アイヌとしてのアイデンティティーを認識しました。その一方、目前に広がる大自然に魅了され、「木彫造形の芽生えと絵心の楽しみを教えてくれた」と書かれています。

やがて、阿寒に移ったビッキは、テントを背負って、森に入り込み、樹木と語らいました。「アイヌは科学ではなく、長らく森と共生してきた経験や信仰から植物にも霊魂が宿っていることを知っていた。またそれぞれも樹木の特性も熟知していて、感謝しながら利用していた。」と著者が記すように、ビッキも森を理解し、その中から、彼のアートが出来上がってきました。

面白いと思ったのは、澁澤龍彦が絡んでくるところです。「ビッキの生涯を思う時、この鎌倉での澁澤龍彦との出会いがのちのビッキの芸術を決定づけたのではないか。」と。

本書では、彼の生きた時代とアイヌの歴史を重ねながら生涯を追いかけていきます。その最期は壮絶でした。1989年、すでに大腸ガンが骨髄にまで転移し、手遅れの状態でした。にも関わらず、神奈川県民ホールで行なわれる展覧会には、ベットに寝たまま会場に赴き展示の指示をして、なんとか北海道に戻りました。そして、それから数日後に亡くなりました。享年57歳でした。

本書の後半、北大西洋沿岸の先住民族とアイヌとの関係、さらに縄文人が関わってくる大きな物語は、これだけで一冊の本になりそうです。

「この物語を書こうと思った動機はハイダ・グアイの木彫文化がアイヌアートに伝わっていないかとの検証を試みることだった。しかし、今ではそれは逆で、縄文人がベーリンジアを越え、アメリカ先住民・ハイダ民族の始祖となったのではないか、と考えるようになった。」

こんな壮大な仮説の本、読んでみたいです。

 

 

 

以前、池澤夏樹編集による日本文学全集が出版されました。その中で、池澤は古事記を現代語に翻訳し、話題になりました。私も面白く読みましたが、それから6年が経過し、古代を舞台にした小説を発表しました。

実在されたと言われるワカタケル、後の雄略天皇に焦点を当てた長編「ワカタケル」(日本経済出版社/古書1600円)です。

イチノヘノオシハ(市辺押歯)やら、ナダタノオホイラツメ(長田大郎女)やら、古代人独特の名前の人物が数多く登場しますが、覚えられなくても先へ進みましょう。(私はそうしました。)細かいところにこだわっていると、このダイナミックな歴史物語の面白さを堪能できなくなります。

国家の基本を作り上げたワカタケル。凄まじい暴力的世界と血塗られた権力闘争を平定し、国が整うまでを描いた叙事詩的物語なのですが、こんな描写も出てきます。

「何ごとも男が率先するのはよろしい。卑俗な世事などは男に任せてかまいませぬ。だが、本当に国生みをなしたのはイザナミであったことをお忘れなく。ものごとを底のところから作ってゆくのは、女であります。先の世を見通して道を示すのは、女であります。

戦の場ではせいぜい戦いなされ。刀を抜き、弓を引き、戈を振り立て、火を放つのは男。しかし、亡くなった者たちの後を満たす者を生むのは女。民草は一人残らず女の胎より生まれます。」

こう言い放ったのは、ワカタケルの乳母のヨサミです。そして物語後半、近隣の国への無謀な出兵を押しとどめようとしたのはワカタケルの大后のワカクサカでした。その後、女帝が国を治め、平和な国家建設へと向かいます。

さらに女王イヒトヨに至っては、「女と生まれた以上は男を床に迎えるのが当たり前と言う。さして興味なかったけれど、知らぬまま済ませるのも口惜しい気がして、試したの」とおっしゃる。さらにどう感じたかと言う問いに対しては、

「なにも。こんなものかと思い、一度で充分と思いました。それからは男を近づけなかった。だから子もいない。」

因みに彼女の治世は穏やかな日々だったそうです。

思慮深い女性たちが印象に残る物語でもありました。超おすすめです。

 

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料理家として数々の著作がある高山なおみが、本についてのエッセイ集を出しました。題して「本と体」(アノニマスタジオ/1980円)は、彼女が親しんだ絵本や小説の思い出として26冊の本が並んでいます。そして、絵本編集者の筒井大介、写真家の斎藤陽道、画家の中野真典、各氏へのロングインタビューが収録されています。

へぇ、こんな本読むんだ!と思ったのは「ピダハン」の紹介。ピダハンとは、アマゾンの奥地に住む少数民族の名前です。著者のダニエル・L・エベレットは、ピダハンと30年近くも生活を共にし、ヤシの葉でできた小屋に住み、狩りの獲物はその日に全て食べ、穫らない日は全く食べなくても大丈夫という暮らしを体験しました。

高山は「村中が親戚みたいに仲良しで、将来も、明日のことも思い煩わず、今日だけを楽しんで生きている、笑いながら生きているとか。 夢も、現実のひとつと信じられているとか。」と感動しています。

そして、MARUUが書いた「うさぎのまんが」。当店にも在庫していますが、マルーという名のうさぎの女の子が主人公のコミックです。と言っても、可愛いうさぎの漫画ではありません。中学、高校と多感な時期に摂食障害だった著者は、その冴えない日々の思いを漫画という表現に託しています。

「辛さと楽しさ、悲しみと喜び、醜さと美しさは、まったく逆のもののようだけど、それらはふとしたきっかけでひとつになり、、眩しい光を放つことがある。自分がいることを根底から否定したことのある人だけが、私たちに見せてくれる世界。そういうものがあるような気がするのです。」と高山は評価しています。

彼女の本では、「明日もいち日、ぶじ日記」(新潮社/古書800円)が好きでしたが、この本も気に入りました。

最後に高山自身へのインタビューがあり、自分がどもりだったと言っています。

「体の中に言いたいことが人いちばい溢れているんです。私はそれがどもりだと思う。」

彼女は、日々の小さな変化をきちんと見て、聴いて、生きていたいと思っていて、そういうことを他人に正確に伝えようとすると、変なリズムになったり、同じ言葉を何度も使ったりと、間隔が空いたりするというのです。

「だから私、いまだにどもりなんです」

ヤンチャで幸せで少し切ない子供時代の話や、選ばれた本や対談から、高山なおみの人となりが見えてくるような本です。

 

佐藤春夫?明治生まれの詩人だったよね、「田園の憂鬱」とか「都会の憂鬱」とかいうタイトルの小説出していたはず…….。

確か、創作活動に行き詰まり、東京を離れて妻と愛犬と田舎暮らしを始め、その日々の中で考えたことを綴ったのが「田園の憂鬱」でした。「その家が、今、彼の目の前へ現れて来た。」という奇妙な書き出しで始まるのですが、ようわからん物語だった記憶があります。

そんな著者が、1920年6月、当時日本の植民地だった台湾へと旅立ちます。よほどこの地が気に入ったのか、その後、台湾を舞台にした作品を連発します。それをまとめたのが「佐藤春夫台湾小説集」(中公文庫/古書600円)です。

台湾でも人気のある「女誡扇綺譚」は、廃港を舞台に、この地の詩人と日本人記者が、だれもいない屋敷から聞こえてくる「なぜもっと早くいらっしゃらないの」という女の声を巡って、真相を追及するミステリー仕立ての話です。廃港を彷徨う二人の描写と、廃れてしまった港の描写が素晴らしく、今なら新鋭の台湾人映画監督が見事な映像美で見せてくれるのではないかと思います。

一方、「霧社」は原住民族セデック族による反日抗争事件「霧社事件」を思い起こさせる物語です。「霧社事件」は1930年、日本統治下の台湾で起こった最大規模の暴動です。佐藤は、討伐隊が集結して一触即発の最中に霧社に出向き、山登りをしながら見聞したものを記録風に描きました。梅毒で鼻がもげた男や、巧みに客を誘惑する少女、低賃金でこき使われる現地の人たちを描いています。

台湾で再評価されているという情報がなければ、手にとっていなかったと思いますが、興味深く読みました。

 

白土三平といえば、「カムイ伝」なのですが、第一部「カムイ伝」が全15巻、第二部「カムイ外伝」が全11巻、そして「カムイ伝第二部」が全12巻という超大作で、どれぐらいの人が読破したのでしょう?1964年から2000年まで、実に37年かかって書き続けられ、しかも未完なのです。

本書、毛利甚八著『白土三平伝 カムイ伝の真実』(小学館文庫/古書300円)は、白土の側にいた編集者から見た彼の肖像画的な一冊です。まずは、何よりも面白いのは、彼の父親です。

白土が生まれたのは1932年。満州国建国宣言がされ、長い戦争へと突入する前夜でした。5月には犬養首相が暗殺されるという世の中です。そんな情勢下、プロレタリア美術運動に関与していた三平の父岡本唐貴は警察に逮捕、拘留され、激しい拷問を受けます。社会活動をする父の絵が売れるわけもなく、一家は貧困に喘ぐ生活を余儀なくされます。

「白土の生い立ちは、在日朝鮮人や長屋に生きる貧しい人々をごく普通に隣人として眺める仲間意識を白土の心のなかに育てた。後年、戦時下に『アカの子』として孤立感を意識した中学生時代や紙芝居作家として東京の下町で過ごした二十代を通じて、そうした仲間意識はいっそう磨かれることになった。」

第一部で非人部落に逃げ込んだ登場人物が被差別の過酷な暮らしの中、自らの考えを改めるというモチーフは、若き日の経験が影響を与えています。

1944年、十二歳の白土は疎開先の長野県上田市に降り立ちます。自然豊かなこの場所で狩猟採取本能を蘇らせるような経験を数多く積みますが、やはり、そのこともカムイ伝に反映されます。

戦後、父の知人の紹介で紙芝居に携わります。漫画家白土三平の原点です。やがて紙芝居作家から貸本作家へと進み、後に「月刊漫画ガロ」編集長になる長井勝一に出会います。そして、長井のもとで、初の長編「甲賀武芸帳」を書き始めます。その頃から、それまで生活のために書いていた漫画を、自分の表現手段として考えるようになります。

そして、自由な発想で新しい漫画表現を探すための雑誌「ガロ」を創刊します。多くの漫画家がこの雑誌から世に出ましたが、とりわけ大きな衝撃を与えたのがつげ義春でした。「ねじ式」の掲載です。

「『ねじ式』は全共闘世代の若者に雷のような衝撃を与え、日本の漫画文化を多様化させるジャンピングボートとなってゆく。」

左翼画家の下で育ち、したたかに戦争を生き抜き、戦後漫画文化を大きく飛躍させた男の自伝として、また戦争をくぐり抜けた一家の物語として面白い本でした。

なお、現在は房総半島の小さな家で、魚釣りに勤しみながら暮らしておられるとか。

 

 

先ずは、科学用語満載のこの本を最後まで読んだ(理解はともかく)ことに、拍手をしたい!

ドキュメンタリー映画作家であり評論家の、文系バリバリの森達也が、理系バリバリの第一線に立つ科学者と対話する「私たちはどこから来て、どこへ行くのか」(ちくま文庫/古書700円)。

脳科学者、理論物理学者、人類学者、生物学者、進化生態学者、物理学者、サイエンス作家等10名が、森と現代サイエンスの最先端を語り合っていきます。森は子供の頃、死ぬということに恐怖を覚え、死んで消えてしまう、と両親に泣きながら訴えた経験を持っています。

「なぜ消えなくてはならないのか。ならば何のために生じたのか。何のために今があるのか。そんな自問自答をくりかえしながら、もしかしたら消えるわけじゃないのかもしれないと子供は考える。肉体はそこに置いて、意識だけがどこかに行くのかもしれない。ならばどこに行くのか。そして生じる前はどこにいたのか。どこから来てどこへ行くのか。」

と、子供ごころに考えたと言います。本書で、最先端の科学理論を駆使する研究者たちに、手を変え、品を変えてこの質問をぶつけてゆくのです。そこがスリリングです。TV レポーターのように「私は初心者なんで簡単に」などとは言いません。かなり勉強し、論点を明確にして対談に臨んでいます。

だから科学者たちも、真剣に答えます。でも、ここに登場する学者は、森の命題に対して現在の科学は答えることはできないと明言しています。生命の発生にしても、宇宙の最初の姿にしても、私たちの身体についても、わからないことだらけなんだという事実をこの読書で知ることができました。

ただ、森の問いかけに対して、やれダークマターだの、嘘時間だの、エントロピーだの、ネオ・ダーウィニズムンだの、アポートシスだの、ポンポンポンと様々な科学概念が登場してくるので、その都度ipadで調べて解説を読んで、さらに頭の中が大混乱に陥るという繰り返しでした。それでも最後まで興味を持って読めたのは、科学者たちの理論を聴きながら、森がその科学者を丸裸にして、彼らの心の中を探り出そうとしているところなのかもしれません。

半分以上わからん・・・で終わったのですが、ジャーナリストとしてのシャープな切込みに巻き込まれていった、というのが正直なところです。

「私たちはどこから来て、どこへ行くのか」について、明確な解答が得られるとは森自身も考えてはいませんでした。学者たちの話を聞いて、もがいてもがいて、何かを掴みたいとしてきた結果がこの本です。知りたいと思ったことに挑戦し、考え、話を聞き、理論を読む。これが学ぶということですね。本書は学ぶということを理解する一冊、なのかもしれません。

 

スペインの詩人、フワン・ラモン・ヒメネス・マンテコンが1900年代初頭に発表した散文詩「プラテーロとぼく」(岩波少年文庫/古書400円)は、限りなく美しい物語です。スペインで発表後、各国で翻訳されて、一匹のロバ、プラテーロと飼主の少年の物語に多くの世代が共感しました

「岩波少年文庫」と言う児童書のジャンルに入っていますが、むしろ、大人が読んだ方が、この世界の美しさと、そこに流れる平和が理解できるのではないかと思います。

「静かな一瞬が不意におとずれたとき、プラテーロが高く鳴く。そのやさしい鳴き声は、昼日中のような明るい神秘さに、すぐにまた立ちかえる鐘の音や、花火や、ラテン語や、モデストの楽隊の音楽と、いっしょに溶け合う。そしてその鳴き声は、空高く舞いながら、甘美なものとなり、余韻を残して、清らかなものになってゆく………。」なんて文章がポンポン登場するので巣から。

本書は、南スペインのアンダルシア地方ポルトガルとの国境の町モゲールで、ロバのプラテーロと過ごした青春の日々を138編の散文詩で構成されています。ナイーブで、闘牛や闘鶏の大嫌いな優しい少年。そして動物や弱い者へ向ける視線は、この上なく暖かい。その一方で、どこか社会に対して虚無的に見ています。ロバ一頭だけが友達だった孤独感も顔を出します。      

「きみのその目はね、プラテーロ、きみには見えないけれど。おだやかに空を見あげているその目はね、美しい二つのバラなのだよ。」

少年は、愛するプラテーロと、毎日少しづ変化してゆく町の様子、自然の香りを感じ取っていきます。やがて少年とプラテーロの別れがやってきます。

プラテーロの死を知った少年のいる場所をこんな風に描いています。

「しいんと静まりかえった馬小屋の中に、小窓から射しこむ日の光 をよぎるたびに燃えながら、三色の美しい蝶が一つ、飛びまわっていた…….。」

この上なく美しい、という言葉しか出てきません。随所に挿入されるラファエル・アンバレス・オツテガのイラストも、この本の世界にぴったりです。

最近、山本容子の版画がジャケの新訳朗読CDも発売されました。今でも、人気があるんですね。