ルポライター竹中労の文章を愛していました。

ルポライターとしての彼の生涯のベスト的作品は「美空ひばり」(ちくま文庫版700円)、「聞書アラカン一代」(白川書院初版2000円)です。しかし、私が最も気に入っていたのは、雑誌「キネマ旬報」での芸能レポートでした。その中で、何度か口にしていた「たかが映画、されど映画」というフレーズでした。このフレーズを気に入り、「映画」の部分を変えて、何度か口にしたことがあります。

新刊書店員時代、この温厚で、臆病な私が、一度だけキレたことがありました。とあるパーティで、書店業界では高名な先輩のお話を聴いておりました。業界のために言っておきますが、私の知る限り、書店員は、よくもまぁ、あんな安月給、長時間労働にもかかわらず、心優しく、高慢のかけらもないという人たちでしたが、こいつは違いました。おそろしく、プライドが高く、どこかで本を売ってやっている(まぁ、全国規模の大型書店のエリート幹部でしたから)みたいな、文芸書売れない書店員は書店員にあらず、みたいな野郎でした。

「米を作るでもなく、牛乳を搾るでもなく、ましてや家を建てるでもないのに、そんな偉いか、書店員が!このくそガキが!!」と、迫り、「たかが本やろ」と吐き捨てるつもりでしたが、温厚な性格が邪魔をして、「たかが本」とだけ言ったものですから、二度としゃべってもらえませんでした。

今、お店に600枚程のjazzのレコードがあることは、ブログでお話しました。ありがたい事に、熱心なファンの方にお越し頂いいております。時間をかけてご覧、あるいはご試聴されていますが、そのレコードを探しておられる後ろ姿を見ていると、今幸せ!というオーラが立ち上っています。もちろん、ゲットしたレコードを聴く楽しみもあるでしょう。でも、それを探している濃密な時間の豊かさを楽しんでおられる。

「たかがLP、されどLP」

幸福は物ではないんだ。時間なんだということですね。本もしかり。ゆっくり棚をみているお客様を見ていると、やはりそんな気がします。以前、本を物色されていたお客様から、ここにいたら時間の過ぎるのを忘れるよね、と言われました。

この小さな店が、そんな幸せな時間の演出場所であったら、店主としてこれ以上の幸せはありません。

 

 

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善行堂さんのブログ読んでいたら、映画「マイバックページ」の事が載っていました。

川本三郎の、週刊朝日記者時代、自衛隊に乱入した過激派学生との関係から、朝日新聞退社に至るまでを綴った傑作ノンフィクションです。雑誌「Switch」に86年2月から、翌年12月まで連載された時からのファンでした。

川本三郎との最初の出会いは、映画雑誌「キネマ旬報」でした。小林信彦、渡辺武信、山根貞男そして川本の映画評は、映画を観る時の指針でした。観る前に読み、観た後に再度読み返しました。映画をめぐる思考の原型を作ったのは彼らの文章です。77年に発行された「朝日のようにさわやかに」は一番の愛読書でした。比較的、最近の著作ですが、「君美しく」(文藝春秋社1300円)は日本映画黄金時代の女優17人へのインタビュー集で、「銀幕」という言葉が輝いていた時代を生きた女性達の人生が見事に描かれています。その後、彼が映画評論だけでなく、都市論や、文学論、とりわけ永井荷風に関する本を出しているのを知り、新刊書店に立ち寄った時は映画コーナーだけでなく。文芸のコーナーもチェックしたものでした。

ところで、村上春樹との共作で「映画をめぐる冒険」という本があります。85年に発行されてから、一度も文庫化されておらず、絶版となったままの本です。古本でも価格は高く、5000円以上の高値が付いています。出た時に、買って購入したものの不純な動機で、私の手から離れてしまいました。春樹好きのうら若き女性のお部屋にお邪魔するための、出汁にしてしまったのだが、お部屋どころか、軒先100メートル前で討死、見事沈没。その後、本は彼女と共に去ってしまいました。こらぁ、ハルキ、弁償せんかぇ!という支離滅裂気分から抜け出せず、それ以降、今日に至まで、ハルキの本は買ったことがないし、読んだ事もありません。

お安く分けて頂ける方あれば、ご一報を

ところで、「マイ・バック・ページ」という題名はボブ・ディランの曲からですが、この曲のリフレインが素晴らしい。

「あのころの僕はいまより年をとっていた。今の僕はあのころよりずっと若い」

現在進行形で、「若い」といえる人生っていいもんですね。映画では、エンドクレジットで、爆風スランプが歌って、いい味出していました。

 

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本日より、京都の美術系出版社「青幻舎」の展示会開始です。

古本屋で、なんで?という疑問をお持ちの方ごもっとも。

話は、私が北山で新刊本書店の店長を任された時代に戻ります。今は、青幻舎の先頭に立って引っ張っておられるY嬢が、営業のペイペイでお店に来られました。こちらも、新人書店員、向こうも新人(だったはず?)。お互い、向こう見ずな企画やら、展示で面白いことやりました。北山ではそれなりの支持をいただきました。本+作品展示なんか出来たらいいよね、と話したこともありました。そして、時は流れ、古書とはいえ、本屋の主になりました。開店に駆けつけてきてくれたY嬢と飲みにいき、展示会の話で盛り上がり、そのまま実施へとなだれ込みました。

美術、アート系で、しかも京都でがんばっている出版社。営業は大変だと思います、なかなか、この手の本は売れません。でも、同じ本を扱う者として、応援するのは当然。台風上陸目前の土砂降りの雨の中、展示物片手にてくてく歩いて搬入に来られたY嬢。獅子奮迅、じゃなくマイペースで、まぁ、出版直前の本ってのはこういうもの、という滅多にみられない「作品」を飾っていただきました。もちろん、自社の出版物もディスプレイ。ほぼ絶版状態になりつつある「舟越桂全版画1987−2002」(定価3800円)も販売中です。

出版社の展示会です。新刊書店・出版社の方々、ぜひご来店をお待ちしております。

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漫画家西原理恵子原作の映画は、なぜかほぼすべて観ている。そして、どの作品も女優が輝いています。

「パーマネント野ばら」は菅野美穂、「女の子ものがたり」は深津絵里、「毎日かあさん」はキョンキョン、「ぼくんち」は観月ありさ、「いけちゃんと僕」のCGいけちゃんの声は蒼井優、そして旦那の鴨志田穣の小説ですが「酔いがさめたら、うちに帰ろう」は永作博美と、何れも若手、中堅のノッテル女優さんたちばかりです。

女優さんが輝いているだけでなく、どの作品もそれぞれに個性を持ち、多面的な魅力を楽しませてくれる西原さんの漫画の力は何なのでしょうか。彼女のコミックを初めて手にしたのは「まあじゃんほうろうき」でした。アナーキで、暴力的な麻雀漫画は抱腹絶倒でした。

おかたい「週刊朝日」に掲載されていた、各地の老舗料亭をぼろんちょにあざけり笑う「恨みシュラン」もまた、お下劣、お下品で、よくもまぁ、お上品な雑誌に長い間連載できたものです。その後、税務署との大バトルを描いた「できるかな」と、世の中を常識や、良心をこき下ろし、笑い飛ばす作品を愛読してきました。

一報、叙情派として分類されている作品も数多くあり、映画化されているのはこのジャンルからです。淡い色彩と柔らかい線で構成されたこれらの作品はとても、同一作家とは思えない程です。メルヘンの世界と戯れる女の子と、都会の地の底を這いずり回る女達、男達。絶望を丸呑みする強靭な精神。だから、どうした!と徹底的に反旗を翻し、いかんる相手にも長期戦も辞さない力。もうひれ伏すしかない女性です。

 

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1985年、雑誌Switchは縦28cm×21cmの判型で発行される。

85年Vol.4の特集は俳優ミッキー・ロークと、ニュージャーナリズムの旗手、トム・ウルフ。連載には、鈴木博文がビートルズのことを書いている。86年発行のVol.4の特集は、「ブルックリンライターを求めて」というタイトルで、ピート・ハミル、アーウィン・ショー等の短編が並ぶ。沢木幸太郎の「246」という日記の連載が始まっている。87年Vol.5では特集が「サム・シェパードと漂う男たち」と題して新しい俳優を紹介している。パラパラめくると。山本容子の版画が何点も載っている。写真家、橋口譲二の写真と文章で「見えない時代」もある。

影響大でした、私には。アメリカンカルチャー、そして新しく登場してきた文学、映画、音楽はこの雑誌から教えてもらいました。すべてが、かっこ良かった。スタイリッシュで、知的で、硬質感があって、ちょっとポップカルチャーの最先端知ってるもんね、という錯覚を持たせてくれました。逆に、ヨーロッパはダサく、陰気で、ぼそぼそ歯切れの悪いフランス語なんて聞くと吐きそうでした。第二外国語はフランス語でしたが、なるべくアメリカ英語風に発音していました。

やがて、Switchは縦29.5cm×23cmに大きなサイズに変型する。89年Vol.7の特集は「つれない女」と題してメリル・ストリープ。高橋源一郎の連載の「追憶の1989年」も始まっている。なんと、ポール・ボウルズの幻の短編「視線」も読めたんだ!

Vol.7号に至っては、小林薫の特集。沖縄で映画撮影中の小林を追っかけたノンフィクション。表紙も、もちろん小林薫。巻頭小説は池澤夏樹の「マリコ/マリキータ」。そうか、ここで最初に読んだんだ。

ただ、この辺りから私はこの雑誌から離れてゆく。何故だろう?

字が小さくて読みにくくなったという肉体的な事実はさておき、一言で言えば、ええかっこするのに飽きた、という事でしょうね。今、店には、30冊程でていいます。パラパラめくっていると、switch片手に、ジャズ喫茶にいりびたっていた滑稽極まりない姿が、四谷怪談のお岩さんみたいに、べったりと張り付いてきます。早く、買ってお岩さんを背中から離してください。

 

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先日、星野道夫のファンの方と、彼の著作「ゴンベGOMBE」にてついてお話をしていました。

当店にあるのは97年に発行された初版の大きいサイズ(5000円)ですが、やっぱり後から発行された普及版より、写真の精度がはるかに良いですね、という話から始まって、この本に登場するチンパンジー研究の第一人者ジェーン・グドールへと進み、そして京大霊長類研究所の山極寿一先生の話になりました。その方から「ゴリラとあかいぼうし」は良い絵本でしたね〜と会話は進みました。

私にとって、山極さんを初めて知ったのは、NHKで放映していた爆笑問題の「学問のススメ」でした。この二人の鋭い突っ込みにも動じる事なく、温和な口調でお話をされていたのが印象的でした。その後、TVで何度か拝見しました。また、京都シネマでは、狂言師のゴリラパーフォーマンス付きの講演も聴かせてもらいました。(映画もあったんですが、何の映画だったか思い出せません)

「ゴリラとあかいぼうし」。ほぼ絶版状態みたいでした、で、ネットで探して注文しました。郵便屋さんが届けてくれて開封して、さて販売カードをつけようと思った矢先、なんと目の前に、山極さんご本人がいらっしゃいました。もう、シェ〜ッ!のポーズの気分でした。

ご本人は、ちょうど店内で開催中の斎藤博先生のアフリカ素描展を見に来られたところでした。早速、先生サインお願いします、今届いたばかりです!と迫り、TVで見る時と同じ感じで、気持ちよくサインして下さいました。(今、店にあるのは貴重なサイン本です)

星野道夫→グドール→山極寿一の本→ご本人と繋がっていきました。こういう事もあるんですね。

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「シュルレアリスムの発見」(鶴岡善久)「鶏留啼記」(今井田勲)の湯川書房の本と一緒に二冊の湯川書房の小冊子が入ってきました。

「江川・山本・野田の限定本 追録」高橋啓介著

「江川・山本・野田の限定本」がいかなる装丁で、内容かは知りません。この小冊子は、著者が言うには、限定本発行後、一年が経過し、その本の中で疑問点が付いていた三冊を入手し、その詳細を記録して追録としたものという事です。その三冊とは堀辰雄「美しい村」、日夏秋之介「海面表」、マリー・ローランサン「夜たちに手帖」です。その三点について、写真を撮り、内容を簡単に記述した僅か14ページの冊子です。昭和58年12月20日 限定350部発行で600円でした。少部数で発行した限定本のさらに、追録本を出すという丁寧さ、この出版社の姿勢を垣間みる冊子です。

もう一点「別冊 闇の人」

小川国夫の小説「闇の人」についての評論、エッセイを集めた冊子。饗庭孝男の『「闇の人」をめぐって』で始まり、本の口絵を担当した有生夫の、口絵を巡っての湯川書房との経緯を書いたエッセイで終わる。一冊の小説を巡って、語り、それを小冊子にしてしまう。その小冊子を待っている文学愛好者たちがいた、幸せな時代が伝わってくる小さな本です。

湯川書房の住所は京都市中京区御幸町通り夷川上がる松本町。細部にまでこだわり、書物を愛した湯川書房。レティシア書房のすぐ近所でした。こんな良質な出版社の近くで湯川書房の本を扱えるなんて、幸せですね。

 

 

 

 

 

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NYで最も愛された書店、イーストサイド74丁目にあったその名は「ブックス&カンパニー」。

恵文社一乗店店長の堀部さんの本「本を開いて、あの頃へ」(サンクチュアリ出版600円)を読んでいたら、「ブックストア ニューヨークで最も愛された書店」(晶文社700円)の事が書いてあった。ジャネット・ワトソンが始めた独立系書店「ブックス&カンパニー」。ポール・オースターらの作家に愛され、多くの朗読会を主催し、本好きの聖域となった書店。この書店を97年閉店の最後まで支えたのが、ウッディ・アレンだった。自身の監督作品「世界中がアイ・ラブ・ユー」にもちらっと登場する。(この人程、本屋がちらっと登場する映画を作る人はいない)

堀部さんは、この本のことを書きながら、こう言っている。

「本を愛好する者たちが、本屋に求める最たることは『そこにしかない店がそこにあり続けてくれる』ことである」

新刊、古本を問わず、真摯に本屋に取り組んでいる諸氏の思いだろう。そこにしかない店を保ち続けるのは並大抵のことではない。本のある空間が至福の時間を醸し出す事で、人は始めて、その人にとっての、いい本に巡り会うのかもしれません。

そういえば、日本映画「読書する女」のエンドタイトルで、ヒロインの書架一杯に置かれた本の部屋。あるいは、「森崎書店の日々」に登場する、小さな古書店の棚の間。どちらにも、本の静かな佇まいが至福の時を演出していました。

ところで、書店員時代、この映画見た?と回りの書店員に聞いて回りましたが、全滅でした。なさけない。本屋大賞受賞セレモニーで、受賞作品の自分で作ったポップ持って、キャッキャッしていた、そこのねえちゃん、そんな暇あったら映画館に行きなさい。

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みすず書房が発行している「大人の本棚」というシリーズ、は本好きにはたまらんラインナップです。

2001年からスタートしたこのシリーズは、ちょい玄人好みの作品集を連発してきました。今、店にあるのは山田稔散文選「別れの手続き」、湯川秀樹博士が60年代初期に発表していた「本の中の世界」、庄野潤三が55年日経に連載していた「ザボンの花」 、名エッセイスト早川良一朗の円熟のエッセイ集「さみしいネコ」そして、吉田健一の「友と書物と」です。

これまでに販売したのが、小津安二郎の軽妙な語り口の「東京物語」、短編の名手。小沼丹の「小さな手袋」そして、野呂邦暢の「夕暮の緑に光」と本好きなら、いいねぇ〜と言ってもらえる作品ばかりです。講談社が出している文芸文庫に近いラインアップですが、このシリーズの方が、グレードは上です。

内容もさることながら、紙の品質、行間、字の大きさ、そして全体のデザインの落ち着いた佇まいが、気持ちを穏やかにしてくれます。私が新刊書店員だった頃から、ご贔屓にされている方は、少なくありませんでした。書物らしい、書物と呼ぶべきシリーズです。だから、古本市にもあまり出ませんし、古本屋さんでもあまり見かけません。ネットでは見かけますが、新刊の価格と変わらない値が付いています。

きっと、買われた方が、大事に持っておられて、ほっとしたい気分の時に、本棚から出しては、パラパラと読んでおられるのではないか、と想像します。本にとっても至福の時を楽しんでいるんだと、売る方もふっと微笑むことのできる貴重なシリーズです。

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「シートンの本、それも今泉吉晴の訳で。」という本のお探しを、複数の方からお聞きした。

今さらシートン?と思いながらも店頭を探すと、一冊もない。そんな時、運良く「シートン子どもに愛されたナチュラリスト」(福音館2002年)が入荷しました。著者はその今泉さん。ちょっと読んでみようかな、とカウンターに置いた途端、それ下さいとのお声。はぁ〜?。

今も、シートン? もうこうなれば探すしかない。で、「ロボ」(福音館2003年)、「わたしの愛犬ビンゴ」(童心社2010年)そして、売れた「シートン」を再度ゲットしました。始めて知りましたが、どの本にもシートン自身の絵が数多く収録されています。特に「シートン」は、その絵の美しさに驚かされました。「ロボ」の荒野を躍動する狼の姿の画力も楽しみました。

山形と岩手に山小屋を建て、その森に住まいする動物たちを見つめる訳者の今泉さんが、シートンの絵200点を網羅しながら、シートンの全体像に迫った「シートン』(全360ページ)は、森と、そして野生の動物と共に生きたナチュラリスト、シートンという人間の思想を見事に捉えていて、私も欲しくなりました。生涯、動物の心がわかる人を求めたシートンもまた、人間が勝手にに自然に介入して、人間のための自然に変えてしまうことに反対し続けた人でした。

 

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