香港映画「男たちの挽歌」のお話ではありません。

でも、「男たちの挽歌」って映画は面白いですね。特にPART-2なんか、もう何十回も観ています。突っ込み所満載のハードボイルド。高校生でも、もうちょっとマシな脚本書くよ、というぐらいのご都合主義的お話。撃たれて瀕死状態にも関わらず、電話でぺらぺらしゃべり続けるヒーロー。6連発の拳銃にも関わらず、無尽蔵に弾丸が飛び出す、ドラえもんも真っ青の不思議な拳銃。撃って下さいとばかりに銃口の前をうろちょろ走る悪者達。聴いている方が恥ずかしくなって、赤面しそうな歌。みなさん、ここで泣きましょうの制作者の涙ぐましい努力は分かるんですが・・・・。

そんな映画、なんで何回も観るんだ、という突っ込み返しを受けそうですが、この幼児性、いい加減さの中から生まれる「男たちのかっこいいごっこ」への憧憬こそ、男子の本懐であり、そこに踏みとどまり、未来へと向かわない、次の時代にはそぐわない生き物「男」のタイトル通り「挽歌」なのです。

で、今日のテーマは、先日も気合い十分のブログで反響を巻き起こした(と思っている)、青幻舎の「アティテュード 男たちの肖像」の事です。この本こそ、「男たちの挽歌」というタイトルに相応しい、と思います。えっ〜、この男達が好い加減で、後ろ向きだって!と本をお買い上げいただいた方はお怒りになられるかもしれませんが、まぁまぁ落ち着いて。

己に対する美意識、自己愛、我がまま、自己批判、、第一線に踏みとどまっている陶酔感、と同時に落ちて行く恐怖で、日々がんじがらめになって、今日を生きる。まっ、「俺たちに明日はない」みたいな格好良さごっこへの、どうしようもない憧憬を、冷静に未来志向できる女性の写真家があぶり出しています。ナルシストであろうとする自分と、それを破壊しようとするもう一人の自分の相克のドラマとも言えるものが、この本には色濃く出ています。

本日5部再入荷しました。おっちゃん、おにいちゃんを問わず男たちに観てもらい、こいつは俺だと、一人ニンマリする楽しみに浸ってもらいたいものです。

 

Tagged with:
 

職人気質ってのは、憧れです。

自分の美意識に徹底的に忠実な人、には今の世界は生きにくいかもしれない。でも、こうも言える

「明日はどうなるのかと知恵を巡らす人はいくらもいるが、自分のこだわりを捨てずにいる人は孤立している。当然の事ながら未来へ向けて群れて走っている人たちよりも、例え敗者に見えようとも孤立している人間の方が面白い。最初より最後が面白い時代だ」

これは、石山修武著「現代の職人」(晶文社91年初版1300円)の中で、筆者が東北一ノ関の伝説的ジャズ喫茶「ベイシー」の菅原昭二さんを訪ねにいく章の巻頭の文章です。

この本は現代の職人を探求し、大量消費時代を己の技術力と見識で切って捨てて、したたかに、そして軽やかに疾走する人たちを追っかけた力作です。登場する職人は全部で60人。12項目に分類されています。例えば、第六章は「ニセモノにはできないニセモノづくり」で、登場するのは、食品サンプル作りの在原英夫、TVなどに登場する雲を描くアトリエ「雲」の島倉二千六等四人。本に関係する人で言えば、ブックデザイナーの平賀甲賀、絵本作家の五味太郎、イラストレーターの大橋あゆみ、編集者の津野海太郎、「深夜+1」店主で、冒険小説評論の内藤陳など、面白い人たちが登場します。一人、10ページ程度なのでぱっと開いた所から読んでも楽しめます。

もう一冊。京都造形大学編集による「京都職人」(2006年2900円)。こちらは、京瓦、京念珠、京唐紙等ここ京都に生きる伝統工芸の人たちを丹念に取材した本です。何よりも、写真がいいです、職人達の最高の技術で仕上げられた作品は、どれも目が離せません。京都こそ、日本の首都たるべし、田舎者の関東武士から取り戻すべしという、極めて郷土愛の精神が盛り上がる書物ですね。各章の最後に、紹介された職人さんたちの言葉が載っています。

「品性磨くには決して放漫にならないようにすること」

これは、能面師岩井彩さん。

「いいものを残していこうとしたら、回りに目の肥えている人を増やすしかない」

これは京瓦の浅田晶久さん。

私の仕事でも大事なことだと思っています。背筋のしゃんとする二冊です。アンメルツより効果大?

 

 

 

★死ぬ程、仕事の嫌いな私が、次週16日(月)祝日&祇園祭り宵山は開店します。

そやし、みなおこしやす。パンの販売もありますさかい。ほな、待ってます。

 

 

Tagged with:
 

「一行詩集 七夕祭」が届く。

詩集は「織姫、彦星」から始まる。

「年に一度の逢瀬の日だと地上が盛り上がってしまい、天上の二人は今ひとつ盛り上がれない。」

で始まる詩で、笑ってしまった。七夕の茶化し方が微妙に上手い。毒を含んでいるというべきか、コミック的ギャグと言うべきか、まぁ、それはお読みになる方の過去の読書体験で受け止め方は違いますが、思わずニンマリするのは間違いないです。

第二章は「七月七日の恋人たち」

「会えなかった一年間で積もり積もった言葉はどれもこれも癒着してしまい、結局夜明けまで無言で過ごした。」

まぁ、なんて可哀想な恋人たちとシニカルに見据える視線が心地よい。「言葉が癒着」という表現には、抽象的でありながら、どこか現実に見えそうです。

第三章「子供たちの七夕祭」

「子供らはあふれる可能性の全てを実現させようと、思いつく限りの願い事を短冊にしたためて吊るしたところ、飾り笹は期待の重みに耐えきれず天の川へ遁走をはかった。」

短冊に願い事を書いている子供たちの姿を、こういう視点で眺められるのがいいですね。ひねり出した、というより、気持ちの余裕が生み出した詩です。ただ、「遁走をはかった」は、私には不満でした。「天の川に爆沈した」とか、もっと爆発してほしかった。

最終章「星に願いを」

「星に願いをかけようとしたが、どの星も誰かの願いに忙しくて手の空いている星がなかなか見つけられない。」

というシニカル&ブラックユーモアラインで始まります。最後まで、これで突っ走るかと思いきや、最後を飾るのはこれ

「何も願わずに、ただ純粋に星空を眺めている人のために星は輝きを増した。」

それまで、どこをほり返してもでてこないような「無垢なる心」が表舞台へ顔を出します。上手いオチですね。

書いたのは明楽さん。秋には、我がレティシア書房ギャラリーで個展(10/10〜21日)もされる予定です。個展に先立ち、店内では、カワイイ〜という声が思わず出そうな、ほんと可愛い小物を販売されています(写真)。こんな雑貨から、何処をどう突いたらこんな毒のある詩が出てくるんだ!と言いたくもなりますが。

この詩集は非売品です。面白そうと思われた方は、当店でお読みになって、笑ってください。

 

Tagged with:
 

上のフランス語、直訳すると「小さな王子」

しかし、仏文学者の内藤濯が、これを「星の王子様」と意訳したことで、この本は今だに読み継がれる児童文学になりました。だから、内藤濯といえば、「星の王子さま」ということになるのですが、彼はまた名エッセイストでもありました。店には岩波書店から出版された「落葉拾いの記」(76年初版700円)があります。エッセイは、昭和40年代後半から、50年代初頭にかけて、故郷熊本の「熊本日日新聞」に掲載されたものを中心にして編集されています。一時、現一橋大学で教鞭を取っていた時、本居宣長を卒論にして商学士になった河井博次という男がいて、京都の織物屋屋の家業を継ぐと思っていたら、柳宗悦の家に出入りしだしたのが縁になって、河井寛次郎の家に婿入りして、陶器の道へと転身というような面白い話が、読みやすい文体で書かれています。短いエッセイばかり30数編ですが、これはお薦めです。


「星の王子様」と言えば、池澤夏樹が2005年に新訳として出版しましたが、同じように、宇宙へ飛んでいった幻想話を書いた宮沢賢治の残した膨大な詩を読み解いた評論集「言葉の流星群」(角川書店2003年初版 1000円)は力作です。この中に91年の朝日カルチャーセンターでの「宮沢賢治の自然」と題された講演が収録されていますが、そこで「グスコーブドリの伝記」という自己犠牲がモチーフの小説についての疑問を語っています。今夏、アニメ化されて全国上映されますが、私もこの小説には疑問を持っていました。皆の幸せのために犠牲になる、それは違うんじゃないですか賢治さん? 池澤夏樹はこう言っています

「科学の限界を知り、その先で人を救うのは信仰しかないというほうへ一歩踏み出します。(略)ぼくにはこの信仰がわかりません。自然の側だけに身を置いて、自然科学の側から見ている限り、信仰というものはわからないものです」

小説は、火山の大爆発で町が死滅するのを救うために、主人公ブドリが火山の中に身を投じていきます。多くの人間の幸せのためにって、自然の側からすれば、それって人間のエゴじゃんという事になるのではないのかな〜と思うと、やはり池澤夏樹と同じく、異議あり!ですね。

Tagged with:
 

お店のオープン前にかける曲は、大事です。

ネーネーズ「あめりか通り」、山下達郎「高気圧ガール」、シュガーベイブ「ダウンタウン」この三曲ですね。シャッターを上げるまで、どんなに、やる気なしでも、これらの曲を聴くと、不思議と体が動きだし、熱心に窓を拭いています。曲の持っている力なのか、曲への私の思い込みの強さなのかわかりませんが、掃除もパワー全開で始めています。

古本といえども、本は本。常にきれいな身だしなみを心がけたいものです。特に、本の上部はゴミが溜まりやすいので、念入りに掃除します。その時、本の背表紙を見ながら、この作家は古書では人気ないんだとか、もっと早く売れると思っていたのにとか、新刊でも、古書でもこの作家は人気あるんだなぁーと作家の実力を再確認したりとか色々考えることができる貴重な時間です。

福永武彦、寺田寅彦。この二人は新刊書店員時代は、全く売った記憶がありませんでしたが、お店ではよく売れます。寺田の岩波文庫なんて何回売ったかな?井伏鱒二も、新刊ではほぼ在庫していなかったのに、棚から出て行く回数の多い作家です。小熊秀雄なんて、古書店やって初めて知りました。カズオ・イシグロも、たしか早川文庫で数回しか売った記憶がないのに、ハードカバーの「夜想曲集」(09年早川書房700円)はいい具合に売れています。音楽好きにも好評な一冊で、カバーも秀逸です。

一方、新刊、古書を問わず安定した売り上げを作っているのがクラフトエヴィング商会の本。不思議な本ということでは、これ以上の本はないと思います。あるような、ないような、雲をつかむようなお話と、美しい写真で構成されたどの本も、この時代から離脱して、どこかにある幻想世界へと誘ってくれます。稲垣足穂、宮沢賢治の世界に近いような気もします。古本でも、決して安くはありません。「じつは、わたくしこういうものです」(2300円)、「クラウドコレクター」(2000円)、「どこかに○いってしまった○ものたち」(1500円)と、お店では高額な本です。でも、これらの本が醸し出す、ここではないどこかの、豊かで、幸せな時間は古書店が本来持っていたものではないでしょうか。お店の棚から旅立っていった本たちが、新しいご主人のもとで、ちょっとでもそんな時間を作っていれば、これほど幸せなことはありません。

Tagged with:
 

秋吉敏子との出会いは強烈でした。

1929年満州に生まれた彼女は幼少よりピアノの魅力に取り憑かれる。戦後、別府のクラブからジャズピアニストとして活躍、53年には初リーダーアルバムを発表。56年には単身渡米し、多くのジャズマンと共演し、73年自己のビッグバンドを結成する。とたった二行で書いてしまいましたが、これだけで一冊の本が出来る程、波瀾万丈の人生だったはず。

そして、74年アルバム「孤軍」を発表。初めて聴いた時は、度肝を抜かれました。いきなり、小鼓です。重く、しかも力強い小鼓の音が響く。そして、それに同調するように重低音のホーンセクションが幕開けを告げる。たった一人、まだ日本人女性の才能が評価されていなかったアメリカで、ジャズを演奏していた日々。ジャズの本場の重圧に耐えつつ、日本人のジャズを創造する苦難の日々を、この「孤軍」で表現しています。曲の終わりは、やはり小鼓の澄み切った一音と、打ち手の気合いのこもった掛け声で終わります。

その後、夫のサックス奏者ルー・タバキンとの双頭オーケストラ、秋吉敏子=ルー・タバキンBigBandは破竹の勢いで、ジャズ界を駆け抜けます。このバンドの大きな特徴は、オリジナル(つまり敏子の作曲したもののみ)しか演奏しないという、前代未聞のバンドでした。彼女の尊敬するD.エリントンの曲すら演奏しない。76年発表の「インサイツ」では20分にも及ぶ組曲「ミナマタ」で、水俣の公害を、01年の「ヒロシマ、そして終焉から」では、原爆を、それぞれ表現しています。創造性、独創性、そして、おそろしいまでのオリジナリティーへの追求では、他の追従を許しません。

私がアメリカでヘラヘラな日々を送っていた時、彼女の演奏を見ました。もちろん、「孤軍」も演奏しました。小さな女性が、巨漢の男たちを統率し、自分の信じる曲を堂々と指揮する姿に圧倒され、しゃんとせんか!と一喝されました。帰国後も、ことある事に、彼女のコンサートには出かけました。音楽を通して、自分自身を語るーアイデンティティという言葉の意味に少し、近づいた気がします。彼女の書いた「ジャズと生きる」は、一人の女性が戦後の引き揚げから、世界屈指のバンドを作るまでを書いた自伝で、お薦めです。(岩波新書400円)

 

Tagged with:
 

火曜日夜九時のTVドラマ「リーガル・ハイ」が終わってしまった。

こんな、毒のあるドラマを、民放で、しかも天下のフジTVで放映していたなんて、快挙ですな。最終回、ご覧になられましたか?

あのオチ笑ってしまいます。娘を殺された弁護士と、殺した弁護士の最後の対決。殴り合い、罵倒し合う二人。しかし、その娘が実は●●だったなんて、こんな脚本良く書けました。(多分、TSUTAYAでレンタルできるようになると思いますので、ラストはバラしません)

裁判劇の形をとりながら、私たちが隠している偽善をひっぺがし、笑い飛ばす。最後は視聴者の期待する感動のフィナーレさえ、あっけなく裏切るという快挙です。脚本は、以前にこの番組の事を取り上げた時にご紹介した古沢良太。水戸黄門こと里見浩太朗への愛情たっぷりのオマージュも見事です。

で、この人が脚本を書いた映画「探偵はバーにいる」。やっとレンタルできました。いやぁ〜最高に面白い映画です。コーネル・ウールリッチの「黒衣の花嫁」とロス・マクドナルドの創作した探偵リュー・アーチャーが活躍する「動く標的」あたりがベースになっていると思いますが、ギャグも満載のハードボイルドに仕上げています。北海道が舞台なんで、この地ならではのカーチェイスも用意。この人、きっと映画や、サスペンス小説が大好きなんだという事がよく分かります。直ぐに、続編製作が決定されたのも当然でしょう。そのうち、TVで放映されると思いますので、お見逃しなく。

ところ、TVと言えば、今日、双子姉妹のボーカルデュオ「ザ・ピーナッツ」の伊東エミさん死去(71才)のニュースを伝えていました。小学校時代、ザ・ピーナッツとクレイジーキャッツの「シャボン玉ホリデー」は欠かさず観ていました。エンディングで二人が歌う「スターダスト」。初めて覚えたジャズナンバーです。おそらく、この体験が後に洋楽指向へと向かわせたんでしょう。ブロードウェイのショーを日本に持ち込んだ革命的な番組で、まさに、TV黄金時代の幕開きでした。坂本九、青島幸男、前田武彦そして寅さん渥美清たちが駆け抜けたショービジネスの熱かった時代。小林信彦著「テレビの黄金時代」(文藝春秋1000円)を、再再読してみたくなりました。

Tagged with:
 

ドキドキする本に出会った。

それは、「アティテュード 男たちの肖像」(青幻舎2940円)。今、店内のギャラリーでは、地元の美術系出版社「青幻舎」の出版フェアを開催中だ。出版直前の本の一部が飾られている。その中の一冊「アティテュード 男たちの肖像」が刊行された。NHKのBS「男前列伝」に登場した15人の役者、ミュージシャンの番組収録時、あるいはロケ地での表情を撮影したB&Wの写真集だ。登場するのは

井浦新 山本耕史 中村獅童 田島貴夫 松重豊 石橋凌 山本太郎

佐野史郎 三上博史 市川春猿 津田寛治 石井竜也 トータス松本、光石研

この渋いラインナップ。どの写真からも、男達の物語を感じ取ることができる。写真を撮影したのは京都在住の写真家田村尚子さん。ファインダーを通して、この男達の持っている、狂気、孤独、激情、等の隠された感情をものの見事に解放させている。そして、長い役者人生、ミュージシャン人生で得た喜び、怒り、後悔、絶望が彼らの素敵な表情を作り出している事実を数枚の写真で表現している。

 

最近の冒険小説では屈指の傑作「ライオンの冬」(角川書店300円)を書いた沢木冬吾なら、写真集に登場する15人それぞれの表情から、何かをくみ取り、とてつもなく面白いショートストーリーを書いてくれるはずだ。それぐらい、この写真集の出来上がりは優秀だ。

卑しく瑣末な内容の癒し系本やら、根性ババ色の会社社長の書いた人生論ごときは、この一冊の前では束になってもかなうまい!一家に一冊。日本男子の本懐をお求めの愛国諸氏、いい男お探しのゼクシィ予備軍、寝てみた〜いとお思いの男色系の皆様まで、すべての方にお薦め。日々の生活で、己の矮小さにうんざりしたり、どうしようもない不安に打ち拉がれそうになった時、あるいは獅子奮迅の働きをせねばならない時、この本を見よ!見つめよ!! さらば、道は開けん!!

この出版不況の時代にこんな本を出した青幻舎は天晴れである。この上は関係者一同、乾坤一擲、奮闘努力して全国書店の平台占拠して販売していただきたい。ごたごたぬかす書店員などはり倒してでも、という気合いで邁進されんことを期待する。

全国発売は7月上旬とか。京都では我がレティシア書房のみの先行販売です。2940円、だまされたと思って払いなさい。明日からの人生の指針になること間違いない。

それでも、売れなかったら私が引き受けましょう(あ、これ気持ちだけね、気持ちだけ)

 

 

 

Tagged with:
 

木村伊兵衛の本が一冊入荷しました。タイトルは「木村伊兵衛の眼」(朝日新聞社2000円)

昭和45年、アサヒカメラ増刊として発行された写真集です。

「おんな」、「写真<新・人国記>」、「舞台」、「科学者」、「職人」、「人物写真」、「街頭」、「敗戦直後」、「東京・大阪ところどころ」、「秋田」、「漁村」、「沖縄」、「中国の旅」、「ヨーロッパの旅」等の章に分けられています。下の写真はその「舞台」の一ページです。どの、写真も見応え十分なんですが、「職人」の章に入っている十数枚の写真は特にお薦めです。撮影されたのは1958年と67年、68年のものです。釣り竿師、仏師、杜氏、竹細工師、そして料理人など、いろんなジャンルの職人さんの仕事場での、一瞬。己の技術への信頼と自身に満ちた表情を見事に捉えています。

写真はその人の表情だけでなく、その後ろの生活空間も捉えます。50年代後半から、60年代にかけての日本の貧しくも、まだ希望のみえる未来を信じていられる時代。確かな明日がやってくる幸福感までも伝わってきます。60年代前半に撮影された「中国の旅」では、今日のような巨大な資本が世界中を跋扈する、超大国の中国ではなく、市井に佇み、微笑む人たちの素朴で、美しい写真を見ることができます。とても、数十年前の同じ国とは思えません。

ささやかに生きるということは、日本も、中国も見捨ててしまいました。しかし、ささやかに生きることでゲットできる幸福は人をして、こんないい表情にさせるという真実を、この写真集で私たちは学ぶことになります。昔は良かったね、なんて簡単にいいたくはありませんが、しかし、この60年代の白黒写真を見ているとそうも言いたくなります。

楽しくて、でもふっと悲しくなる写真集です。

 

Tagged with:
 

春田太一著「仁義なき日本沈没」一気読みだ!

以前、ブログでご紹介した「天才、勝新太郎」の著者の新作新書です。まぁ〜面白い。

戦後、日本映画界を引っ張ってきたビッグカンパニー東宝、東映のサバイバルゲームです。戦後直後の東宝を大混乱に陥れた労働争議、いわゆる東宝争議。その一方、大借金抱えて、映画製作が火の車で、超高速自転車操業で、何とかやり繰りする東映。どん底から、這い上る、もうしぶとさだけが武器の映画人の悪戦苦闘。「七人の侍」で大作の大ヒットを飛ばし、都市部中心で大型映画に活路を見いだす東宝、一方スターを抱え込んで、勧善懲悪時代劇を量産し、地方の映画館を傘下に収め、現状を突破していく東映。そして、映画黄金時代へ。

しかし、いい日は長く続かない。TV等の新しい娯楽の進出で、娯楽の王者から転落。試行錯誤を重ね映画製作に挑戦するも、どれも失敗。スタジオの身売りに、社内の権力闘争、莫大な借金。もう、瀕死状態ですね。

しかし、72年両者に、9回裏ツーアウト満塁で、逆転さよなら満塁ホームランが飛び出す。

東映の実録シリーズ「仁義なき戦い」、東宝の「日本沈没」(リメイクされたひ弱な出演者で固めた駄作ではありません)の登場だ。起死回生の映画が、同じ年に登場しているというのも興味深い。そして、日本映画は息を吹き返し、昨今の幼稚映画人の跋扈するハリウッドを追い抜く日本映画界を作ってゆく。

今日に至る怒濤の日本映画の歴史を描いたノンフィクション。誰か、映画にして下さい。東宝を引っ張った名プロデューサー田中友幸には三国連太郎、東映社長岡田茂は、今や農民となった菅原文太でキャスティング。今まで、東宝争議は映画になった事がありません。是非、映像化して欲しいものです。

ところで、先日古本市で、今まで二度に渡って逃げられた一冊をゲットしました。この写真集です。でも、店では売りません、朝に礼拝、夕べに感謝?して神棚に祀ります。

Tagged with: