川本三郎の、バーズの、妻夫木のそれぞれの「マイ・バック・ページ」

映画評論家として信頼している川本三郎さんの、ノンフィクション「マイバックページ」に始めて出会ったのは86年雑誌「Switch」での連載だ。衝撃だった。自分自身の忌まわしい過去を振り返えるつらい作業。川本さんがかつて朝日ジャーナール記者だった時代に、自衛隊基地に乱入した過激派の活動家と接触し、その結果、警察の取り調べを受け、朝日新聞社を退社せざるを得なくなるまでを綴った苦い記録だ。(河出書房新社版1988年発行1400円)

激しく揺れ動く時代に自分を見失いそうな時に、彼を助けたのはCCR、ストーンズ。そして本のタイトルにもなった曲を作ったボブ・ディランらのロックだった。時代にロックが反抗し、また寄り添った幸せな時代でもあった。

 

 

そして、昨年映画化される。監督は、やはり信頼している山下敦弘。出演は妻夫木 聡×松山ケンイチ。原作の持ち味は十分に生かしながら映画独自の解釈をする。ラストシーンで妻夫木が大号泣する。もう素晴らしい泣き顔だ。妻夫木は上手い役者だが、彼のベストパフォーマンス。何故、彼が号泣するのかの説明はしません。DVD借りて観てください。男の泣くシーンで、こちらも泣いてしまいそうになる。

 

もうひとつ、この曲について。ボブ・ディランの名曲であることは事実だが、カヴァーしたウエストコースト系バンド、ザ・バーズが素晴らしい。朝の犬の散歩の時、ipodで聴く。多分、世界で最も切ない歌声だろう。桜の満開の下で、この曲が脳みそにしみ込んでくると、もう何もいらないという気分にさせてくれる。(この曲の入ったCD昨日までありましたが、残念売れました)

いろんな意味で、「マイ・バック・ページ」という言葉は今も影響を与える言葉だ。

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先日、春田太一「天才 勝新太郎」(文春新書)を買われたお客様が、「マスター、こらぁオモロい」と来られました。そんなに、勝新には興味なかったけど、「座頭市」見直そうとレンタルショップへ行かれたそうです。

先日、大阪の古本市で格安コーナーで、またこの本を見つけました。まぁ、失敗してもこの値段ならいいや、と思い帰りの阪急で読み出しました。ほんま、面白い。タイトル通り天才ですね、彼は。TV版「座頭市」には台本がなく、臨機応変に、現場で勝の頭の中にあるイメージがシナリオ化されていくという事実に先ずびっくり。TVで昼間再放送していたのを観ましたが、なるほどね、あのスピーディな展開はここから来ていたのか!しかも、勝は自ら編集までしていた。制作、主演、編集とほぼ独裁的立場で飽くなき作品の質を高めようとしていた。

勝が大映入社時、彼の前には市川雷蔵という大きな存在がおり、常に意識し、追いつき追い越そうとして挫折する。雷蔵が溝口健二、市川崑らの巨匠と素晴らしい仕事をしていたため、彼も挑戦するもどれも失敗。それでも、エキサイティングな映画目指して奮闘努力する姿は、小説を読む楽しさです。やがて、安部公房の「砂の女」で高い評価を得た勅使河原宏と組み、やはり安部公房原作の「燃え尽きた地図」に主演する。映画は失敗するも、映画制作者への欲望に火が付き、初監督作品「顔役」への道を一直線に進む。

濃い、とても濃いお話ですが、人生一直線、しゃにむに突っ走れ!で爽快です。阪急電車が烏丸駅に着くのが惜しい!!読み終わったら店に出します。300円です。最初に買われたお客様が、帰り際に「こんな本あったら。置いといて」と言われた。えっ、こんな本ってどんな本? ギラギラして、猪突猛進で、しかも爽やかな人なんていませんよ。

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お店はオープンして一ヶ月が過ぎました。

少しづつですが、ご贔屓にしてくださるお客様もおられます。と、同時にいろんな本、雑誌が集まってきました。まだ、買取できる程の精神的余裕?がないので、委託でお預かりしたり、もう捨てるからご自由にと置いていかれた本が面白い空気を作り出しています。

雑誌では「噂の真相」が10円で登場。スキャンダル雑誌ながら、お上に楯突き、皇室をパロディ化し続け、編集者は殴られ、刺されと満身創痍。一流国「日本」の仮面をこれでもか、これでもかと引っ剥がし続けた姿勢は立派です。連載執筆者は筒井康隆、アラーキー、田中康夫、佐高信、ナンシー関、中森明夫、斉藤美奈子と辛口がズラリ。手元にある2001年6月号の特集記事には「皇太子妃懐妊の知られざる真実」など危ない記事勢揃い。今となっては、資料としても貴重です。今も出版していれば「誰にも言えない東京電力」なんて記事が読めたのに。すべて10円です。

「噂の真相」と前後して入ってきたのが牧神社、創土社が出版していた幻想文学の貴重な初版本が数十冊。アーサー・マッケン作品集成全6巻は古本マーケットでもかなり高額で販売されています、(因みにわが店は15000円)大学時代、牧神社が出していた雑誌でメルヴィルの「白鯨」をやっていて、買いました。それ以来、数十年ぶりに牧神社の本を手にするとはなぁ〜。

幻想文学は、あんまり知りません。でも、日本の幻想文学の第一人者だった渋沢龍彦の妻だった矢川澄子さんの本は好きでした。この人の翻訳もの、特に児童文学ものはいいですね。文庫なら「わたしのメルヘン散歩」(筑摩文庫87年刊行初版400円)を手に取ってはいかがですか。

 

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「羊パレット」開催中の関係で、羊好きな方々が続々ご来店。小さな店がリュックを背負った人たちで混み合って、店主も女房もびっくり。

 

ほとんどが、京都府立文化博物館や嶋臺ギャラリーの帰り道。それゆえ古本より手つむぎの雑誌「スピナッツ」やフェルトのグッズの前でゆっくり過ごされる方が多いようです。

 

そんな中、扉を開けて「あ!『ひつじがすき』が置いてある!」と叫ばれた女性がいらっしゃいました。『ひつじがすき』というのは羊について書かれた美しい本のタイトル。可愛い子羊の写真が表紙になっていて、ちょうど、ガラスの羊展をしているコーナーに作品と一緒にディスプレイしていました。

 

好きな本があったので喜んでもらえたのかと思っていたら、なんと、著者ご本人。この本は、著者佐々倉さんの連れ合いさんの、すてきな羊の写真がいっぱいの、本当に丁寧な作りの本です。

ちなみに、この本には知り合いの「羊まるごと研究所」が載っています。

「羊パレット」を見にこられたついでに寄ってくださったのでした。

こちらも感激しましたが、ご本人も大喜びで、記念撮影となりました。

店をやっていればこその出会いです。(女房)

 

 

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ついに開店!!

まだまだ先のことと思っていたのに、本棚に本を並べて、ギャラリーを整えたら、あっという間の3月6日12時。

 

前日は雨、6日の予想は春の嵐だし、お客様一人もみえなかったらどーしょー・・・・

不安を抱いたまま、店に着くと、なんと、予想もしなかったことに、開店祝いのお花がいっぱい!

その上、ありがたいことにお天気は回復し、午後からはぽかぽか陽気となりました。

懐かしい人が顔を見せてくださったり、お客様同士も再会を喜び合うという場面もありました。みなさん楽しげにおしゃべりして、店にも花がいっぱい、本の話にもいっぱい花が咲きました。

 

ご祝儀に買ってくださった先輩、差し入れを持ってきてくれた同級生、手伝っていただいた方々。みなさん本当にありがとうございました。ただただ感謝です。

明日からもがんばります。勇気百倍!!!!!(女房)

 

 

 

 

 

 

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本棚に続いて、看板が出来ました。

これまた制作は本棚と同じく、クシュさん。

そして、レティシア書房のロゴと猫のデザインは、DESSIN—Kというデザイン工房にお願いしました。長年の友人であり、いつも頼りにしている大姉御のキタオカさんは、テキスタイルデザイナーとして多くの仕事をしながら、一方で銅版画家でもあります。

 

彼女は、打ち合わせの席で「どんなデザインにしたい?」「コンセプトは?」と、真剣に色々な事を聞いてくれました。

長いつき合いの友達に、改めて質問されると、なんだか照れくさく、ボソボソ答えた様な気がします。

でも、結果、出来上がったデザインは「そうそう!コレ!コレ!」というもので、我々の思いが素敵な形になりました。

 

この本の上に乗っている黒猫レティシア(ホントのレティシアは茶トラでしたが)は、この先、文字通り店の看板猫として我々の大切なパートナーになってくれそうです。

才能ある友人たちのおかげで、小さな本屋はようやく出発いたします。有り難いことです。(女房)

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 レティシア書房の開店間近となり、昨日本棚が設置されました。

人生最初で最後の贅沢と、特注した木製の大きな本棚は書店の壁にぴったりおさまりました。

作ってくれたのは、滋賀県近江八幡市にある家具工房のクシュ(kus)さん。

クシュ(kus)とはトルコ語で鳥という意味だそうです。

 

 

本当のところ、お金も無いし、特注するなんて考えはまったく無かったので、既成の本棚で始めるつもりでした。

でも、細長い店の柱と柱の間に、ほどよく納まる都合のよい棚はなかなかみつかりません。

そんな時に、アキ教授の教え子さんに紹介してもらって、近江八幡の工房を訪ね、ご自宅の本棚を見た途端、心は決まりました。

あたたかな木のぬくもりを感じる大きな本棚に連れ合いも「これしかない!」と思ったそうです。

 

本を並べたら、本棚も急に生き生きしてみえます。

おかげさまで、やっと本屋らしくなってきました。

 

3月6日のオープンに向けて、あと一踏ん張りです。(敏)

 

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1月22日付の朝日新聞の投稿欄に、「うめ吉のため腕をふるう」という記事がありました。

 投稿者の71歳の男性は、毎日うめ吉という飼い猫のために、ごはんを作っていらっしゃるとか。すごいのが、この方のかつてのお仕事が、和食の料理人だというのです。

 仔猫を拾うまで、動物に興味がある方ではなかったのですが、15年間一緒に暮すうち、今度生まれ変わるならネコ!それも飼い猫がいい、と思う様になりました。

 わがままだけれど、憎めない。人の命令などどこ吹く風で、のんびりマイペース。撫ででもらいたい時には声にならない『ニャー』を発すれば、人間なんてイチコロ。そのあたりはポール・ギャリコ著『猫語の教科書』に書かれた通り。

 この記事を読んで、改めて思いました。「今度生まれ変わるならネコ!それも飼い猫!そして、飼い主は元和食の料理人!」(女房)

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             一冊の本が届いた。                                                                     タイトルは「歩きながら考えるstep6」だ。縦横15cmぐらいの小さな版だが、中身は大きい。

 特集は「混沌を知って、私たちは野生にかえる」。人という生命体に棲む野生を、いろんな視点で考えた特集だ。その中に、宮沢賢治の「農民芸術論網要」が載っている。一時期、宮沢賢治にどっぷりはまりました。彼の言葉は、麻薬みたいなヤバい感じがあって、幻惑されていると、もう逃げ切れない。しばらく読んでいないと、あ〜あの言葉をおくれ、と禁断症状に苦しむことになる、危ない作家です。その彼の作品としては地味な「農民芸術論網要」。「風とゆききし、雲からエネルギーをとれ」、「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行く事である」とか示唆に満ちた文章の宝庫を他の書き手の文章と違和感なくマッチさせた編集センスの卓抜さ!

「歩きながら考える」は、いうところのミニプレス。通常の流通ルートを通さず、自主独立して歩んでいる。こういう手作りの本を手にすると。30年前のあの時を思い出す。

その頃、京都新京極に若者向けのファッションビルができ、その4階に大きなレコードショップ(CDはまだ、世に出ていません)が入店し、そこの店長に着任した。しかし、まぁ〜売上の悪いこと、悪いこと。そんなある日、「略称連続射殺魔」と称するバンドのメンバーが、自分たちのレコードを置いて欲しいと言ってきた。どの店でも断られたんですと悲壮感が漂う。こちらは、売れるもんなら何でも良いと、溺れる者藁をも掴む気分だったので、受け入れた。                

 しばらくすると、あちこちから噂を聞きつけ、多くの作品が集まってきた。本来、聖子ちゃんや、おにゃんこ倶楽部のポスターを貼るスペースも、メンバー募集の紙やら、ライブチラシ、小冊子で埋め尽くされ、毎日ギター小僧で店内は溢れかえり、ついには音楽好きの全国の修学旅行生のマスト立寄店にまでなってしまった。パンク小僧たちから自主製作の牙城、あのおっちゃんなら売ってくれると信頼されました。

 色々ありました。昭和天皇死去の時、渋谷のラブホテルのカップルの盗み撮りの声とノイズをサンプリングし、ジャケットは天皇の顔を使用したとんでもない作品を出して、こわ〜いお兄さんに睨まれたり、修学旅行生の買ったシングルのジャケットの超あぶないデザインに先生が激怒し、売り言葉に買い言葉で殴り合い寸前までなったり、地元バンドがレコードの表紙に金属バットで一家惨殺した事件となった家の写真を使用したため、発売中止に追い込まれたり、国粋主義的パンクバンド?が、中国人排斥の小冊子を出したりとスリルに満ちた日々でした。 

でも、店内を見回し、あんな音楽、こんな音楽もありなんや、こいつ無茶言うけど、一理あるやんみたいに多くの表現が、拒否されずに漂い、皆がそれぞれ取捨選択して、お互いを排斥せずに自分達で楽しんでいる風景というのは素敵でした。

 あんたの音楽わからんけど、音楽やってんやし、みんな仲よ〜しようなぁ、ぺちゃぺちゃしゃべったらええとこも解るさかいなぁ〜、というのが表現の自由を守ることなんだ、と教えてくれたのがこの時代の無数の音楽小僧と膨大な自主製作作品でした。そういう意味では、レティシア書房で、ミニプレスという名の「自主製作」の作品を積極的に置いてゆこうとしているのは、私の原点への復帰なのかもしれません。(店主)

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岡崎にある京都府立図書館はお薦めスポットの一つですが、先日ここの映画関係の書架で、四方田犬彦/鷲谷花編「戦う女たち-日本映画の女性アクション」(作品社)という主に東映アクション映画を論じた本を見つけた。私は高倉健の「唐獅子牡丹」シリーズや師菅原文太の「仁義なき戦い」、その他のお下品なB級東映映画を子守唄として大きくなった人間ゆえに、この手の本にはうるさい方ではある。

「緋牡丹お竜論」、「志保美悦子論」ズラリ並んでいる。しかも、論者は女性が中心の構成。「ふん、女だてらにアクション映画なんぞ、書きおって。小便臭い場末映画館で観たことないくせに」と高飛車かつ高慢極まりない態度でページをめくった。

しかし、「ごめんなさい」私が悪うございました。

斎藤綾子先生(急に先生になる)の藤純子の任侠映画シリーズ「緋牡丹お竜論」は、お見事の一言でした。ジェンダーコードとアクションコードそしてメロドラマコードを駆使しての藤純子という1人の女性が演じる緋牡丹のお竜が、100%男性をターゲットにしたプログラムピクチャーの中でお竜の世界を構築し、限界まで到達し、きっぱりと去ってゆくまでを論じているが、よくここまで映画を読み込んだー正確には観こんだかーと感服いたしました。先生は、現在明治学院大学で教鞭を取る一方で、「映画女優 若尾文子」(みすず書房)、「男たちの絆、アジア映画」(平凡社)等の映画関連の書物を出版されている。是非、我が店の書架にも揃えたいものだ。

もう一つ真魚八重子先生の「気高き裸身の娘たちー東映ピンキーブァイオレンス」論は、ご尊顔をぜひ拝し奉りたい眩しさに満ちていた。 池玲子のーと言っても誰もしらんだろうな〜ー「恐怖女子高校 暴行教室」に始まり、杉本美樹の「温泉スッポン芸者」、「やくざ刑罰史 リンチ!」そして梶芽衣子の「女因さそり」とタイトルだけでそのお下劣さが解る作品を俎上にのせて、女の圧倒する肉体を論じてゆく。この手のB級路線の映画をこれ程深く愛してーもちろん私も愛していたがー、論じたものは他にはないと思う。あだ花的ジャンルの一群の映画として切り捨てるのではなく、一つ一つの作品への真摯な批評がされている。

やくざ映画にしろB級ポルノ、バイオレンス映画にしろ、それらを単なるオタク的情報のまき散らし散文にすることなく、検証し、考察したこれらの論は、論者たちの研究心の逞しさと、果てしない探究心を見せつけ圧巻でした。

しかし、どこのレンタルビデオ店にも藤純子の本シリーズがない。まして、セルDVDも皆無という現状は、どうなってるの?関係者の改善を強く求めるものである!(店主)

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