ビートルズの”ALL You Need Is Love”、邦題「愛こそはすべて」(1967年発表)という曲がかつて大嫌いでした。

リフレインで“All you need is love,All you need is love,All you need is love,love love is all you need love,love,love” と歌われると、「やかましい!」と叫びたくなったものです。多分、愛だ愛だ、とだけでええんかい?と単純に思っていたのが原因です。

ビートルズのアニメ映画「イエローサブマリン」に収録されている彼らの曲をすべて収録した「イエローサブマリン〜ソングトラック」が1999年発売されました。このアルバムに収録されている同曲を、何度も聴き直してゆくうちに、いや待てよ、この曲は奥が深いと思い直すようになりました。

音楽技術、表現、方法論どれを取っても、ビートルズ以上の音楽はないというのは衆目の一致する意見です。技術という点ではこの曲が、コラージュという美術的テクニックを見事に生かしています。作曲、リードボーカルは、J・レノン。最初にフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」が使われ、さらにバッハ「2声のインヴェンション番BWV779」、グレン・ミラー楽団の「イン・ザ・ムード」のイントロ部分が使われ、エンディングにはイングランド民謡「グリーン・スリーブス」が巧みにオリジナルメロディーにかぶさってきます。他にも使われているのかもしれませんが、私が言えるのはここまでです。

ところで、イギリス人のレノンが、わざわざフランス革命時に歌われた曲をなぜコラージュしたのでしょうか。「武器を取れ 市民らよ、隊列を組め 進もう 進もう!汚れた血が、我らの畑の畝を満たすまで!」という歌詞が象徴するような戦闘モード一杯の音楽です。多分、レノンはこのモードを皮肉りたかったのではないでしょうか。

「形にならないものを作ろうとしても無理さ 救いようのない人を救おうとしても無理さ そういう場合にには無力に等しい」と否定につぐ否定の後の「愛こそすべて 愛こそすべて 愛、愛があれば 何事もたやすくなる」と一転、ひっくり返る歌詞をぶつける不思議。その奥に光るレノンの平和への眼差しが見えてくる曲です。おそらく、異なった文化、人種など異種のものを否定しがちな今の世界で、最も歌われるべき歌でしょう。

このアルバムは、彼らのオリジナルアルバムではありませんが、複雑な音楽テクニックと多様な表現形態に満ちていて、ビートルズの傑作ではないでしょうか。今、当店にはCD(国内盤1300円)とアートワークの良さがよく分かるアナログ(レア!国内盤3000円)があります。

1970年にアメリカの雑誌「ローリング・ストーン」誌で行われたジョン・レノンへのインタビューをまとめた「ビートルズ革命」(片岡義男訳/古書500円)も入荷しました。ビートルズ結成から解散、小野ヨーコとの出会い、ポールとの確執等々、おそろしい数の質問に答えた一冊です。

ボサノヴァ音楽の大巨匠、アントニオ・カルロス・ジョビンは、70年代、ボサノヴァの枠にとらわれない壮大で技巧的、なおかつ内省的な作品を多く残しています。残念ながら、この時代の作品はあまり人気がありません。しかし、私は、派手ではないけれども、詩的で文学的な作品「ウルブ」(売切)は聴いて欲しいアルバムだと思っています。

1980年、英語やポルトガル語を交えて歌った「テラ・ブラジリス」(CD1300円)を、クラウス・オガーマンのプロデュースでシンフォニックなアルバムを発表しました。元々、クラシック音楽への深い教養があった彼だから出来た作品です。

タイトルの「テラ・ブラジリス」は、「ブラジルの大地」という意味です。ジャケットにはブラジルの大地と、ここに棲息する多くの動物達のイラストが描かれています。ジョビンは70年代から環境問題、特にアマゾン熱帯雨林保護活動を熱心に行ってきました。その思いが、このジャケットデザインに現れています。シンプルな楽器構成で、哀愁溢れるメロディー一杯のボサノヴァ音楽は、「究極のイージーリスニング」と称されて、お洒落なカフェの定番になっています。でも、本アルバムは、ブラジル音楽と育ってきジョビンの、50歳を過ぎて新しい音楽へ向かう姿勢と、自分を育てたブラジルの大地への思いを巧みに組み込んで、極めて作家性の高い作品となっています。

もう1枚、大胆なスタイルで、自分の故郷への思いをアルバムがあります。名パーカッショニスト、ラルフ・マクドナルドが1978年発表した「ザ・パス」(1500円)です。彼の祖母アルバーサ・フリッツに捧げられた(ジャケットに使われています)このアルバムは、レコードとして発売された当初、片面すべてを使って「パス」という組曲を演奏しています。パーカッションを中心に、ナイジェリア出身の歌手たちが参加して、土着的なリズムでゴスペル感覚溢れる音楽が展開されます。アフリカ的リズムは、やがてラテン系のサウンドを取り込んでさらに盛り上がっていきます。打楽器こそ、すべての音楽の原点、それを生み出したアフリカへのリスペクト溢れる作品となりました。

 

 

 

「星影の小径」は、1950年、小畑実の歌で発売された歌謡曲です。

ロマンチックなメロディーと、”I love you”と英語を用いたセンスの良さが功を奏して大ヒットしました。85年、ちあきなおみがそれをカバーしました。CMでも何度か使用されていたので、お馴染みだと思います。この曲を含むアルバム「星影の小径」のCD(2300円)、LP(貴重!4800円)を入荷しました。

47年、東京生まれのちあきは、10代の頃から米軍キャンプや、ジャズ喫茶、キャバレーで歌っていました。長い下積み生活で、実力を磨き、やがて72年「喝采」でレコード大賞を受賞しました。どちらかというと、演歌、歌謡曲のジャンルに入る歌手ですが、アルバム「星影の小径」は、センスのいいポップスで、余韻に浸れる傑作です。演歌でも、歌謡曲でもなく、中途半端なジャズテイストのアルバムでもなく、豊かな表現力を持ったちあきの歌唱力が聴かせます。

「静かに 静かに 手をとり 手をとり あなたの囁きは アカシアの香りよ」という「星影の小径」の出だしでそっと忍び寄る彼女の色気に、くすぐられてしまいます。多重録音っぽいボーカルアレンジとシンセサイザーの音が、どこか異郷の香りを運んできて、さらにマンドリンのような音が流れてくると、ほのかな海風が吹いて来ます。

そして、「星影の小径」シングル盤発売当時の、B面に入っていた「港の見える丘」も収録してあります。

「船の汽笛 むせび泣けば チラリホラリと 花弁 あなたと私に 降りかかる 春の午後でした」という歌詞に込められた、アンニュイな感情がすばらしい。ほとんど盛り上がらない曲調の歌なのに、ちあきが歌うと男と女の様々な恋物語が浮かんでくるから不思議です。

その次に登場するは、「上海帰りのリル」です。私が最初にこの曲を聴いたのは、根津甚八がカバーしたものだったと記憶しています。シブい哀愁のある歌い方が、かっこ良かった一曲でした。一方ちあきは、イタリアのファド、あるいはアルゼンチンタンゴ風のアレンジをバックに、感情を大きく表現することなく、ストイックに終わりまで歌いきります。余韻のある終り方も抜群です。アルバムを編曲したアレンジャーは、彼女が世界のあらゆる音楽に対応できると、確信していたのではないでしょうか。

ご承知のように、彼女は92年、夫だった俳優郷鍈治との死別をきっかけに一切の芸能活動を休止し、表舞台から姿を消して今日に至っています。95年公開の映画「GONIN」で、本木雅弘が、やくざの事務所に突っ込む、カッッコよすぎるシーンで、彼女の歌う「赤い花」が流れますが、これが最後のシングル盤となってしまいました。

勝手ながらレティシア書房は、5月7日(月)〜10日(木)連休させていただきます。

よろしくお願いします。

 

 

 

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「CARAMEL PAPA   PANAM  SOUL  IN  TOKYO 」(CD/廃盤3000円)というオムニバスアルバムは私のお気に入りの一枚です。70年代の日本のシティミュージックを代表する大貫妙子、鈴木茂、細野晴臣、松任谷正隆などの名曲が20曲収録されています。

70年代後半、私は西武百貨店と西武グループが演出するバラ色の世界に、かなり影響を受けていたと思います。豊かで明るい社会で、お洒落に、知的に、好きな事をしながら暮らしてゆく、その眩しさに酔わされていたように思います。大学生の5年間このデパートでバイトしていましたし…….。

収録されているミュージシャンたちが皆、西武グループが作り出した「おいしい生活」のために歌ったわけではないのですが、こうしてまとめて聴くと、あの時代のシティーミュージックは、そんな生活への憧れがベースにあったのかもしれません。それまで、音楽トレンドの主流にあった私小説的な、いわゆる”四畳半フォーク”の貧乏くささにヘキエキしていた私にとって、甘く切なく、アメリカ音楽の洒落た音楽センスが一杯の曲は飛びつきたいほど魅力的でした。

松本隆作詞、鈴木茂作曲の「微熱少年」はこんな歌い出しです。

「俄か雨降る午後に 体温計はさみ 天井の休日 ゆらゆらと揺れて溶け出した 窓のガラスを叩く 野球帽子の少年の ビー玉を石で砕いては 空に撒き散らす」

カッコいい!日本語でここまでセンスのいい曲ができるんだ!と驚いた日を思い出します。

この時代の音楽を語るとき荒井由実(松任谷由実)は、はずせません。このアルバムの最後に、彼女の傑作「航海日誌」という曲が収録されています。しかしここでは、鈴木茂、細野晴臣、彼女の夫の松任谷正隆がメンバーだったグループ「ティン・パン・アレー」が、ボーカルなしでインストで演奏しています。

原曲はスローなテンポで哀愁漂うサウンドなのですが、細野晴臣はブラジリアン感覚一杯に編曲しています。個人的には、ボーカルなしのこのアレンジがベストです。松任谷正隆のキーボードがなんともメランコリックで、明るく楽しかったあの時代へとすーっと連れていってくれます。曲のあたまに、波の音、汽笛が入いり、チリンという自転車のベルの音。それなりの会社に就職して、横浜あたりのマンションに住んで、休日には自転車に乗って、綺麗な彼女とクラブサンドイッチをほうばる、みたいな、今振り返れば阿呆かと思えるような若い日の妄想が甦る曲です。

ラスト、もう一度自転車のチリンという音で音楽は終ります。「夢は終わましたよ」と、言われたみたいです。

 

 

 

 

 

 

音楽には、ジャズ、ロック、ソウル、ニューミュージック、クラシック、歌謡曲そして演歌と様々なジャンルがあります。おそらく人間の体のどこかで、その音を聴くのに相応しいスイッチがオンになって楽しむものなのでしょうね。けれども時には、ジャズのスイング感も、ロックのビート感も、クラシックの美意識も、あぁ〜めんどくさい!と思うことがあります。

そんな時、生活のリズムを邪魔しない、でも遠くで鳴っている美しい音が聴きたい時、ジャンルを逸脱した音楽はいかがでしょう。

大阪生まれのドラマー&作曲家、福盛進也のアルバム”For 2 Akis”(ドイツECM1900円)は、ジャズアルバムなんですが、これほどスイングしないアルバムもありません。編成はサックス、ドラム、ピアノのトリオです。ゴリゴリのジャズファンからは、お高く止まりやがってなんて声も出そうですが、難しくもなく、まるで大きな森の奥深くから聴こえてきそうな音楽です。選曲も全くジャズらしくありません。宮沢賢治「星祭りの歌」、小椋佳「愛燦々」、滝廉太郎「荒城の月」、そして阪神淡路大震災の時に歌われた「満月の夕べ」が並びます。一つ一つの音に込められた音楽家の深い思いが、余計なものを排除した、まるで水墨画みたいな世界へと誘ってくれます。満天の星空の下、一人で聴いてみたい音楽です。

 

もう一枚。伊藤ゴロー・アンサンブル「アーキテクト・ジョビン」(Verve国内製作2400円)。

伊藤ゴローは、作曲、編曲、音楽プロデュース、そしてギタリストとしてマルチに活躍する音楽家です。彼が、ボサノヴァ生みの親アントニオ・カルロス・ジョビン生誕90周年記念プロジェクトでリリースしたアルバムは、ジョビンだからと言って、お洒落なカフェで鳴ってる心地良いブラジル音楽ではありません。

ジョビンは後年、環境問題に深く関与し、アマゾン熱帯雨林保護運動を熱心に行っていました。そういう彼の音符ひとつひとつに彫り込まれた思想を深く読み取り、再構成した作品集で、ショパン、フォーレあたりの室内楽アンサンブルを聴いている感じです。かと言って、クラシック音楽にならず独自の世界を作り上げているところが良いと思います。

これら2枚のCDは、決して高揚感を与えてくれたり、夢見心地にしてくれるものではありません。けれども、心落ち着かせてくれます。

★連休のお知らせ 19日(月)20日(火)連休いたします

アフリカのポップスって、お聴ききになったことありますか?

余程、ワールドミュージックに興味のある方以外、ご存知ないかもしれません。しかし、家事のお供に、寒い日の外出などにも最適な音楽です。ヒョイ、ヒョイとカラダが動きだすサウンドは、やはりアフリカ大陸ならではのもの。もちろん、深く歌詞を読み込んでいけば、大陸に充満する貧困、差別、社会不安のリアルさを読み取ることもできるのですが、それは少し置いておいて、今日は怠いなぁ〜、とか腰が重いなぁ〜という気分の時に、ちょっくら踊りながらでかけませんか、という音楽をご紹介します。

先ずはセネガルのトップスター、ユッスー・ンドゥール。アルバム「ガイド」(700円)はのジャケは、踊っているンドゥールの後ろ姿。「踊るアホウに見るアホウ」の阿波踊りみたいなもんですね。一曲目から快調です。ほら、腕が上がり、足も上がってきますヨ。料理の最中なら、フライパン叩きながら、フンフンと夕食準備です。しかし、踊れそうな曲ばかりではありません。「7セコンズ」、これ、哀愁の演歌です。ネネ・チエリーという女性シンガーとデュエットしてますが、五木ひろしと石川さゆりにタップリと歌っていただきたいみたいな曲です。

もう一人、ザイールから世界へ、そのサウンドを広げたパパ・ウェンバ「エモーション」(700円)。哀愁を帯びたパパ・ウェンバの声とダンスビートが相まって、独特の世界を作り出していきます。アメリカのダンス音楽とは一線を画す音楽は、誰もが気楽に聴けます。アフリカの大地が叩き出すビートって、こういう音楽ですね。ご近所迷惑にならないボリュームで、寒い朝、洗濯物を干す時に鳴らしてください。洗濯物の彼方に、キリンやアフリカゾウが見えるかもしれません。どちらのCDも、日本語訳歌詞カードが付いています。

音楽に興味を持たれたら、雑誌Coyoteの「アフリカの南」(Switch/古書700円)、或は写真集”SAHARA”(洋書/中古1500円)を。CDは試聴できますので、聴きながらこれらの本を眺めれば、さらにアフリカが近づくかもしれません。(店内でのダンスはご遠慮くださいませ)全く知らない国の音楽を聴く楽しみをぜひ味わって下さい。

 

 ★お知らせ★

  レティシア書房 第5回「女子の古本市」2/21(水)〜3/4(日)

京都・大阪・兵庫・滋賀・岐阜・東京などから、出展者が女性という古本市です。お買い得の面白い本を見つけにお越しくださいませ。


 

レナード・コーエンは、1934年カナダに生まれ、2016年、82歳で亡くなりました。詩人、小説家としてそのキャリアをスタートさせましたが、67年歌手としてデビューしました。

もう、かなり前の話ですが、初めて彼の歌を聴いた時の感想は、「なんだ、この覇気のない、投げやりな歌い方は!!あぁ〜うっとおしぃ!!!」とレコードを蹴り飛ばしてしまいました。

その後暫く私の中では、絶対に聴かない歌手という位置づけでした。けれど、人間って変化するんです。それなりに人生経験を経て、「あぁ〜、オレって未熟、未熟!」と、ぐちゃぐちゃな気分のまま、酒場で意気消沈していた時、コーエンの歌が側に寄ってきたのです。なんて素敵なんだ!と、我ながら今までの自分の音楽センスの無さに茫然としました。

コーエンの歌は、しんどい時やさみしい時に、元気をつけてくれるわけではありません。その歌に勇気をもらいましたとか、元気づけてもらいました、とかいう意見をよく聞きますが、その逆です。しんどい時は、無理に元気なんか出すな、一緒にどよ〜んと意気消沈しましょう、みたいな音楽です。生きることは自己嫌悪の繰り返しだけど、まぁ、ちょっとは良いこともあるわなぁ〜、というようなコーエンの声が妙に心地良くなってくるのです。

中年の彼は、声も姿も男の色気に満ちていました。そして、老境に達してもなお、その色気が輝いていました。CD”Popular Problems”(写真右)のジャケの写真は80歳の時のものです。かっこいい!かくありたいものものですね。(輸入盤1400円)

因みにコーエンのCDは、当店の売上げナンバーワンです。センスの良い方が沢山おられるのか、はたまた人生に疲れた方が多いのか、とにかく、これからも頑張って仕入れます。

 

●レティシア書房のお知らせ●

 年始年末 12月29日(金)〜1月4日(木)休業いたします。


 

 

 

 

 

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ピエール・バルーというフランスの歌手をご存知だろうか。名前は知らなくても、映画「男と女」でシャバダヴァダァ、シャバダヴァダァとちょっとアンニュイにボサノヴァ調で歌っていた人物といえば、あぁ〜、あのヒト、と思い起こす方もおられるはず。

歌手として、俳優として、映画監督として活躍したバルーは、2016年12月にこの世を去りました。生前、彼が立ち上げたレコード会社が「サラヴァ」で、ここから多くのアーティスティックなシンガーが送り出されました。

バルーの人生とサラヴァの軌跡を一冊にまとめたのが、松山晋也「ピエール・バルーとサラヴァの時代」(青土社/古書1800円)です。バルーは、「男と女」の影響もあって、どうもお洒落なフランス人シンガーというイメージが日本にはありますが、そうではなかったことが、この本を読むとわかります。

先ず、彼は大のアメリカ嫌いです。「アメリカは、自分たちは常に正しいという思い上がりを持ち、自分の考えを他人に押しつけようとする。」と呟いています。「男と女」がアカデミー外国映画賞を取った時、アメリカの土を踏みますが、「アメリカ人はいつも自分を見ている感じ、つまり自意識過剰だと感じられた。何をしていようが、常にアメリカンドリームに向かっている自分というものを意識している」と違和感を感じ、アメリカ以外の世界への無知無関心を批判します。

その一方、日本へは深い愛着を示し、多くの音楽家、アーティストとの交流を深めていきます。例えば、青森在住の画家鈴木正治との交友です。90年代にはサラヴァのロゴ・マークに鈴木の一筆描きの墨絵が加わり、それまでのキャッチコピー「無為を志す時代」に「スロウビスの王様たち」というコピーが加わりました。

「ショウビジネスではなくスロウビズ。ゆっくりやるというのは、私にとっても大事なことだ。本物の宝石は磨き上げるのに時間がかかるからね」と、このレーベールのポリシーを語っています。

では、バルーの音楽はそんなテーマ主義かと言えば全く違います。多くの民族音楽を取り入れながら、心の奥底にゆっくりと響いてくるサウンドを作り上げています。素敵なハンモックにユラユラさせてもらいながら、世界を旅する感覚ですね。

生前最後のオリジナルアルバム「ダルトニアン」(CD+DVD/対訳付き1100円)では、戸川昌子がメインボーカルで参加、バックは、ちんどん音楽の新しいサウンドを模索する「ネオちんどん楽団」の演奏も収録されています。古希を過ぎて、自分の来た道を振り返るような滋味深い作品です。

因みにタイトルの「ダルトニアン」は「色盲」という意味ですが、ピエールは「肌の色が区別できない、つまり私には人種差別はできないという」意味を込めたと語っています。

彼自身が選んだ2枚組のベスト「森の記憶」(2400円/対訳付き)のジャケットには、フランスのベーグル市長であり、緑の党に加盟しているノエル・マメール氏が「ピエール・バルーは詩人である。」と明言しています。対訳を読みながら、彼の言葉を味わってください。

 

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 年始年末 12月29日(金)〜1月4日(木)休業いたします。

 

 

 

 

音楽評論家荻原健太の「70年代シティポップクロニクル」(P・ヴァイン/古書1300円)は、70年代前半が、日本のポップスシーンに大きな地殻変動が起こった時期だったということを、アルバムを紹介しながら論じた貴重な一冊です。

はっぴいえんど、南佳孝、吉田美奈子、シュガーベイブ等々、日本のシテイミュージック創成期でした。そして著者は、73年「ひこうき雲」でシーンに登場した荒井由美を、「流麗な旋律、新鮮な転調、鮮やかな歌詞表現などすべてが驚きだった。」と当時を振り返っています。翌74年には、ユーミンは傑作「ミスリム」を発表し、日本のポップス・シーンは飛躍していきます。

さて、この本からは離れますが、70年代後半にデビューし、山下達郎と結婚した竹内まりやは、1987年「リクエスト」を発表しました。このアルバムに収録されている曲の半数は、当時のアイドルシンガーに提供された曲で、それを楽曲提供者がカバーした、いわゆるセルフカバーアルバムです。中森明菜で大ヒットした「駅」も収録されています。先日TVで、こ曲を巡る番組を偶然に目にしました。番組では、竹内のバージョンと中森のバージョンの差異を取り上げていました。

歌の内容は、かつて付き合っていた男性を車中で見かけた女性が、あの時代をメランコリックに思い出すというものです。竹内は、そんな時もあったよね、あの人を真剣に愛してたんだねと思い出しながらも、でも今は、違う人と新しい生活を始めていて、懐かしい心情で歌います。しかし、中森の方は、今でも思い出を引きずって未練たっぷりに歌い上げます。どちらがいいかは、聴かれる方の好みでしょう。

「ラッシュの人並にのまれて 消えてゆく 後ろ姿が やけに哀しく 心に残る 改札口を出る頃には 雨もやみかけた この頃に ありふれた夜がやって来る」

というラストの歌詞を二人の歌手が、それぞれの解釈で歌うと、違う世界が立ち現れて来るのです。このアルバム「リクエスト」(2000円)が発売30周年を記念してリマスターされて、ボーナストラック6曲を付けて再発されました。80年代青春を送ったあなたに、どんな風にあの頃が甦ってくるのか、是非聴いていただきたいと思いました。 

プロの歌手に向かって「程好い」などという、レッテルを貼られるのは嬉しくないことかもしれませんが、あまりにも上手すぎるシンガーも、ひたすら情感たっぷりに歌い上げるのも、静かな夜に聴くのには相応しくありませんね。赤ちゃんが気持ち良さそうに眠っているそばで、程好い加減で寄り添ってくれるシンガーこそ、この季節の友としたいものです。

NY出身のステイシー・ケントの2007年発表の”Breakfast on the Morning tram”(1800円)、訳すると「市外電車で朝食を」は、適度なスイング感と都会的センスに溢れたアルバムです。それまでスタンダードナンバーを歌ってきた彼女が、オリジナルナンバーに挑戦しています。その中の4曲の作詞は、ノーベル文学賞受賞でマスコミが大騒ぎした、日系作家のカズオ・イシグロ。元々、彼がステイシーのファンという縁で、作詞を担当したみたいです。因みにその内の「氷ホテル」は、柴田元幸翻訳「SWITCHvol.29/新訳ジャズ」(500円)に収録されていますので、イシグロファンはお見逃し無く。

次にご紹介するは、リー・ワイリーの”Night in Manhatan”(紙ジャケ仕様国内プレス1400円)です。ハロウィーンからクリスマスへと、喧噪の日々が続きますが、そんなざわついた街に背をむけて聴くなら、これです。古き良き時代のNYの香りが、そこかしこから漂うようなアルバムです。リー・ワイリーは、ベテランのジャズシンガー。「洒落すぎず、野暮にならず」に適度な上品さで歌ってくれるこのアルバムは、何度聴いても夢見心地です。暫く前に、ご近所の本屋さんの誠光社で安西水丸の個展があった時、このレコードがカウンター側に置かれてました。あ、ピッタリ!と店主のセンスの良さに拍手でした。

三人目は、日本人でボサノヴァを歌い続けている吉田慶子の「パレードのあとで/ナラ・レオンを歌う」(1600円)です。ボサノヴァのミューズと言われているナラのアルバムは、ブラジル音楽好きなら必ず持っているはず。60年代の軍事政権下のブラジルにあって、ナラは美しいボサノヴァを歌うことなく、暗い時代の母国に向き合ってきました。吉田は、そんな彼女の「強く、凛とした歌声、その生き方」に憧れてきました。ナラの没後20年の2009年に発表したアルバムでは、彼女へのリスペクトが一つ一つの言葉にあふれています。1998年、東北の小さなライブハウスで歌い始めて、今日までブラジル音楽一筋に来た吉田慶子。大好きなものを歌っているのよ私は、という自信と喜びに満ちたアルバムです。

すべて試聴OKです。

 

★臨時休業のお知らせ

11月6日(月)7日(火)連休いたします。