コロナウイルス蔓延のために時短営業しているので、家にいる時間が長く、長編小説を一気に読むことができます。おかげで440ページもあるラーラ・プレスコット著「あの本は読まれているか」(東京創元社/古書1500円)も四日で読めました。エンタメ小説としても文学としても、これ程面白い作品にはなかなか出会えません。

小説のタイトルになっている「あの本」とは、ロシアの文豪パステルナークの「ドクトルジバゴ」です。原作より、デビッド・リーン監督の映画作品でご記憶の方が多いかもしれません。1950年代後半に発表された本は、ソ連において反体制的描写で発禁処分となり、密かに国外に持ち出されます。57年にイタリアで刊行され、パステルナークは翌年のノーベル文学賞の受賞が決定します。が、ソビエト共産党、ソ連作家同盟の反対で受賞辞退に追い込まれます。

ロシアでの出版禁止に目をつけたアメリカCIAが、原本を入手してロシア語に翻訳し、密かにソビエトの人々に手渡して、自国の言論統制や迫害を知らせ、社会体制を揺さぶるという「ドクトル・ジバゴ作戦」を実施しました。2014年、機密書類だった作戦の報告書が公開され、その事実を元に組み上げられたのが「あの本は読まれているか」で、著者のデビュー作です。

パステルナークの愛人オリガと、CIAタイピストの女性たちの中から本の受け渡しのスパイに仕立て上げられるイリーナの二人を軸に、物語は1949年から1961年までの二つの大国エゴイズムの中で、熾烈な生き方を選択してゆく彼女たちの姿を描いていきます。派手な撃ち合いやら、サスペンスは皆無です。作家はひたすら、登場する多くの人物たちの日々を詳細に描きこみ、この時代を生きた人たちのリアルな姿を浮かび上がらせていきます。CIAが舞台の割には、男性スパイは、ほとんど登場しません。むしろCIAに勤務するタイピスト部門の女性たちが主役です。

「わたしたちの大部分は独身で仕事をしており、この選択は何度も繰り返し両親に言って聞かせなければならなかったが、確固とした信念ではなかった。確かに、親はわたしたちが大学を卒業した時は喜んでいた。けれど、赤ちゃんを産む事なく仕事ばかりしている一年がすぎていくたび、娘が独り身であることや湿地に造られた都会で暮らしていることに不安を募らせるようになっていった。」

そういう時代を生きた女性たちを、著者は徹底的に書き込んでいきます。そして、「ドクトルジバゴ」のヒロイン、ラーラのモデルとなった愛人イーラの壮絶な人生が、よりいっそう詳細な描写で迫ってきます。そのあたりが単なるスパイものではなく、人生の深い闇を浮き彫りにした文学作品になっている所以でしょう。読み終わった時の満足感は、とてつもなく大きなものでした。

野心的な映画人、例えばニコール・キッドマンあたりが映画化権を買い取って、ベテラン、中堅、新人に至るまで女優をかたぱっしから引っ張り出して映画にしそうな気がします。いや、ぜひそうして欲しいものです。

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