どの世界にも、ワン・アンド・オンリー、もう二度と出てこないだろう人物がいますよね。野球なら長嶋、歌手なら美空ひばり、俳優なら高倉健。ジャズの世界でいえば、デューク・エリントン、マイルス・ディビス、そしてビル・エヴァンスです。そのエヴァンスの生涯を描いたドキュメンタリー「ビル・エヴァンス- タイム・リメンバード」(京都シネマ)を観てきました。

元来ジャズはダンス音楽であり、踊りながら綺麗なお姉ちゃんを引っ掛ける手段でした。ご機嫌な気分にさせて、ホテルにしけこむというようなスケベ根性一杯の音楽でした。しかし、映画を見ればわかりますが、彼の演奏姿勢は特異です。猫背でピアノに向かい、ひたすら鍵盤だけを見つめるその姿からは、どうぞ私のことはお構いなく感がいっぱいです。

その音楽は、極めて美しく、ジャズとかクラシックとかいうようなジャンルを超えて、胸に突き刺さってきます。ストイックな音楽は、時にはのめり込んだリスナーの心を貫くような狂気に変貌することがあります。レコード店に勤務していた頃、ソロピアノアルバム「アローン」を買った女性が、夜中に聴くと死にたくなると言ったことを今でも覚えています。

映画は、54年の生涯を追いかけるのですが、この人が自分の死を意識したのはいつ頃なのかということを考えました。ヘロイン中毒から脱出し、最愛の人と結婚するも、女グセの悪さから彼女が地下鉄に飛び込んで自殺した後なのか。再婚して子供もでき後半の人生を始めたものの、またクスリに手を出してしまい、妻と子供に去られた時なのか。或いは、愛する兄が拳銃自殺した後なのか。定かではありませんが、映画の後半に登場する彼の横顔には明らかに死神が取り付いています。しかし、自らが作り出した結晶のように美しい音楽は捨てませんでした。病魔に蝕まれた中で録音された”The Paris Concert “(中古CD/1000円)は、ツアーのピークを録音したものです。

エヴァンスといえば”Waltz for Debby”というアルバム(中古CD/1350円)を推薦する人はほとんどですが、私ならミッシェル・ルグランがオーケストラアレンジと指揮で参加した”From Left to Right”(中古CD/1600円)を推します。

ゴージャスさ、ロマンティシズム、美しいものへの憧憬が詰まった音楽がここにあります。

映画館に行かれる方は、満席で立見が出ていますので、早めにチケットを買い求められることをおすすめします。

 

★イベントのお知らせ

6月5日(水)より「世界ひとめぐり旅路録」展をされる小幡明さんが、14日(金)19時半より、FMひらかたパーソナリティー久保有美さんと一緒に「小幡明の旅の話アレコレ」と題したトークショーを当店にて開催します。(参加費1000円/要予約)