確か、50年代のアメリカ映画「スペンサーの山」だったと記憶しているのですが、街を出て都会に向かう青年に、老人が”Today is just another  day……..Have a nice trip” という台詞が、心に残るエンディングでした。

“Today is just another  day” 一見単調に見える毎日。けれども、少しづつ違っている。今日は今日、明日は明日。いい旅を続けてくださいと言われて青年はバスに乗ります。ジム・ジャームッシュの新作「パターソン」を見ていて、この台詞が甦りました。毎日の新しさ忘れずに、いい人生をとでも言いたげな老人の台詞が、響いてきました。

主人公の住むいかにもアメリカの小さな町の名前は、パターソンで、彼の名前もまた同じパターソン。市バスの運転手です。

毎日同じ時間に起きて、簡単な朝食を済ませ、歩いて会社に出向き、バスを運転して、同じ場所でランチボックスを開いて昼食、午後の仕事をこなして帰宅。夜は妻の作った料理を一緒に楽しみ、愛犬と散歩に行き、途中で馴染みのバーでビールを一杯。そんな生活が毎日、規則正しく続きます。映画は月曜日から次の月曜日までを丹念に淡々と描いていきます。

規則正しい毎日とはいうものの、ほんのちょっとした違いが日々起こります。バスが故障することもあるし、バーでの諍いにも巻き込まれる。ここまで書いて来ると、退屈な映画だと思われるかもしれませんが、ちょっと違うのが、この運転手の趣味です。詩作です。運転の前、ランチの後、または自宅で、ノートに思いついた詩を書き綴ります。まるで、微妙に変化する日々を慈しむように、ひたすら書き続けます。

世界の少しの変化を言葉に翻訳するのが、詩人の役割だとすれば、日々、始発のバスに射し込む朝日の輝きや、空の色、散歩の時の夜風の肌触りや、町の雑踏を歩む人々の姿をパターソンは見つめ、拾っていきます。私たちは、彼と一緒にお付き合いするようにパターソンという町をみつめます。そんなに大きな出来事ではなくても、生きていれば様々な事が起こります。まぁ、こんなもんかなぁ〜。上を目指さない、望まない、飄々と毎日を生きるパターソンの姿を、平凡で退屈だとは思わず、しみじみ幸せそうだな、と感じるのです。

「ストレンジャー・ザン・パラダイス」でセンセーショナルなデビューをした時、あの映画のポスターはクールだっだけれど、監督としての力量は、まだ信用していませんでした。が、小津安二郎ばりの映画リズムで展開する「パターソン」の演出には脱帽しました。

カンヌ映画祭で、パルムドッグ賞を受賞した犬の”マービン”の演技もお見逃し無く。

 

 

 

 

★安藤誠ネイチャートークショー「安藤塾」今年も開催決定しました。

北海道のネイチャーガイドで、釧路ヒッコリー・ウインドオーナー安藤誠さん(写真左・愛犬キャンディと)のトークショーを10月25日(水)19時30分より開催します。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

個人的に、ゾンビもの、吸血鬼もの、そして半魚人もの映画は、大好物です。昨今、吸血鬼や半魚人は、絶滅危惧種でスクリーンでお目にかかることは滅多にありません。しかし、ゾンビものは手を変え品を変えて登場して、ファンを喜ばせてくれます。

先日、韓国映画「新感染ファイナル・エキスプレス」を観に行きました。傑作です。監督ヨン・サンホという人は、スピルバーグの「JAWS」、あるいは黒澤明「天国と地獄」辺りの映画文法を熱心に研究していたんではないかな、と思いました。

映画は、バイオ企業が垂れ流した薬に感染した人間がゾンビ化し、その一人が超特急に乗り込んで、一気にゾンビが増加。列車内が大パニックに陥るという(もちろん)荒唐無稽なお話ですが、監督が映画の技術を自分のもににしているので、バカバカしいなんて全く思うことなしに、一気にラストまで見せてくれます。ゾンビが登場するまでの伏線も巧みで、例えば主人公が勤務する投資会社が、問題のバイオ企業に絡んで来るというオチなんて、上手いですね。

主人公と娘が列車に乗り込み、娘が何気なくホームを見ていると、ホームにいた人物が襲われるます。えっ!と思った途端に、列車は発車。その間、僅か数十秒のカットですが、映画とはこれだ!と思う瞬間です。列車内で孤立した乗客達が、次々とゾンビ化していきます。あ、この人は襲われるな、きっとこいつは好きな女を守って死んでゆくな、こいつは他人を押しのけても生き残ろうとするな、と思った通りに進んでいくのですが、途中でその定石の展開がガタガタと崩れていきます。

え?え?え〜!この人もゾンビに?! まさか、まさか、この人までも!そんなぁ〜、という悲痛な思いのまま進行。非情な演出が冴え渡ります。さぁ、ここで泣いてくださいと言わんばかりのケレン味たっぷりの演出に、まんまとはまって泣いている人もいましたね。ハリウッド映画だったら、絶対こんな展開にはなりません。

ディーゼル機関車に飛び乗ってやっと脱出した主人公たちにむかって何十人ものゾンビが走ってきます。機関車に乗り込もうとして引きづられてゆくシーンを俯瞰で撮るという、とんでもない映像美学まで楽しませるヨン・サンホという映画人は、第一線級の実力者です。

ラスト、主人公の娘が歌う「アロハ・オエ」に、私も(まんまとはまり)思わず泣いてしまいました。

 

★安藤誠ネイチャートークショー「安藤塾」今年も開催決定しました。

北海道のネイチャーガイドで、釧路ヒッコリー・ウインドオーナー安藤誠さん(写真右・愛犬キャンディと)のトークショーを10月25日(水)19時30分より開催します。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

 

 

 

映画好きイラストレーター、朝野ペコさんと楠木雪野さんのユニットによる「続・荒野の二人展 /私たちのするめ映画」が本日より始まりました。

2年前、「荒野の二人展」をしていただいた時、映画の話で盛り上がり、次はいつ?と楽しみにしていた第2弾です。前回は、連想ゲームのように、ある映画の一場面から次の映画がつながって、二人のイラストレーターが交互に絵をならべていく趣向でしたが、今回は「私たちのするめ映画」という副題がついています。「するめ映画」とは、作家・エッセイストの吉本由美さんが提唱した「地味で渋くてゆるゆるなんだが噛めば噛むほど味の出るスルメのような映画の総称」だそうです。映画大好きのイラストレーター二人が選んだ、シブい映画が12点並びました。いずれも大ヒット作は微妙に避けた、センスの良い面白い選択になっています。何より、この自分だけの「するめ映画」を選んでいく時が一番楽しかったとか。この映画のここが大好き!譲れない!という、自分の好みを改めてみつめることのできた時間だったそうです。

その一点、一点には映画の解説と「するめポイント」と題した小ネタを書いた解説プレートが設置されています。例えば、1931年製作のドイツ映画「会議は踊る」の「するめポイント」は、気楽に楽しめ、笑える軽妙で良質な歌劇との評価のあとに、「皇帝の影武者は登場するときにいつも歌をくちずさんでいるが日本語吹き替え版だとそれが『与作』っぽくて、それも好き」と鑑賞のポイントが書かれています。

1967年のSF映画「縮みゆく人間」(写真右)なんて、80分たらずのB級作品があるかと思えば、1969年のグルジア作品「放浪の画家ピロスマニ」という人知れず公開された傑作も選ばれています。(暫く前に、無くなった立誠シネマで再上映されてました)或は、能天気な1967年公開にハリウッド映画「ハタリ!」や、1984年公開のスタイリッシュなフランスアクション映画「サブウェイ」など。展示されている作品すべてを紹介するわけにはまいりませんが、二人とも映画のジャンルに拘ることなく、新旧、ヨローッパ、アメリカ、日本の映画を縦横無尽に楽しんでこられたことがよくわかりました。

映画好きはもちろん、最近あんまり観てないなと言う方も、ぜひ一度ご覧下さい。個性の違うお二人の絵がほんとうに楽しいです。朝野さんの、モノクロのキリッとしたイラストは、スクリーントーンを使って丁寧に、好きな映画を愛おしむように描かれています。一方、楠木さんの生き生きとした線と大胆な構図は、そのまま映画のポスターになりそうです。(作品はすべて販売しています)

なお、同時企画として映画パンフレットフェアも開催中です。新旧の映画パンフが100円から販売中です。すこしずつ秋の気配が漂う今日この頃、映画館へ出かけてみませんか?ちなみに昨日の定休日、店長はゾンビ映画に、女房は時代劇にとそれぞれ好みの映画館へ行ってきました。(女房)

「続・荒野の二人展 私たちのするめ映画」は9月24日(日)まで 月曜定休日 最終日は19時まで。

スパイアクションシリーズ「ジェイソン・ボーン」は、大好きな映画です。TVで放映される度に何度でも観てしまいます。スタイリッシュな切れ味が最高。

だから、このシリーズの監督ダグ・リーマンが、イラク戦争に派兵されたアメリカ軍兵士を描いた新作「ザ・ウォール」は、きっと面白いに違いないろうと、勇んで劇場に駆けつました。

しかし、痛ぁ〜い!咽喉が猛烈に乾く!そして得体の知れない恐怖を持ったまま、冷えきった映画館で、冷えきった身体と心のまま帰路に着くという映画でした。お薦めしたいような、したくないような…….。

登場人物は二人の兵士と、最後まで顔を見せない敵側スナイパーの三人のみ。舞台は砂漠のど真ん中。「ジェイソン・ボーン」みたいなアクションは皆無です。

どこからか狙ってくるスナイパーに一人が撃たれ、残された一人は孤立無援の状態になります。スナイパーは抜群の射撃能力で、この兵士の膝の、しかも止血しにくい部分を撃ち抜き、さらに所持していた水筒を、無線のアンテナを、破壊します。彼は猛烈な乾きに襲われて、傷口もふさがらず、救援も呼べない状況で一人ぼっちにさらされます。それだけではありません。スナイパーは英語が堪能で、アメリカ軍の無線を持っていて、兵士と会話を始めます。「なんで、イラクに来たんだ」とじわり、じわり追い詰められていき、精神の崩壊寸前で気絶してしまって、ふと痛みを感じて目を覚めると、なんと烏が銃撃された膝を啄んでいるという、イタァ〜イ世界。

戦場の恐怖を、ここまで描き込んだ映画は珍しいかもしれません。ハリウッドの資本家が泣いて喜ぶヒット作連発の監督が、もう殆ど低予算の、インディーズ映画みたいな作品を製作したことに驚きました。イラク戦争時、クリント・イーストウッドが「アメリカンスナイパー」で、戦場にいる恐怖を彼なりに描きましたが、ダグ・リーマンは、あれは甘い!と思ったのかもしれません。どこから撃たれるかわからない恐怖に晒されることのみを、映像化したのですから。

さて、映画は、救援にきたヘリに載せられて脱出となるところでクライマックスを迎えるはずだったのですが………。ゾクリとする悪寒を抱えたまま、なんの開放感もなく劇場を後にする始末。しかし、戦場に放り出されるとは、きっとこういう事なのです。

先程「お薦めしたいような、したくないような…….。」と書きましたが、戦争をしたがっているかの国や、この国のお偉いさんには、ぜひ見ていただきたいと思います。

 

★安藤誠ネイチャートークショー「安藤塾」今年も開催決定しました。

北海道のネイチャーガイドで、釧路ヒッコリー・ウインドオーナー安藤誠さん(写真左・愛犬キャンディと)のトークショーを10月25日(水)19時30分より開催します。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

 

京都シネマの予告編で、全身刺青のダンサーが、縦横無尽に駆け抜ける映画の予告がありました。なんて、かっこいい!

そのドキュメンタリー映画「ダンサー、セルゲイ・ポルーニン  世界一優雅な野獣」を昨日見てきました。

ウクライナ出身、史上最年少の19歳で英国ロイヤル・バレエ団プリンシパルとなったセルゲイ・ポルーニン。しかし、幼少の時からバレエ学校に通い、田舎からキエフでバレエ教育を受けるのには、さらに高い学費が必要になります。父と祖母が他国に出稼ぎに出て、息子に付き添う母とは別居、両親はやがて離婚し、家族が崩壊します。家族のことが大好きだった彼は、その事で深く傷つきます。プレッシャーの中で、クラシックバレエダンサーには相応しくない刺青を彫り、薬物に手を出します。心身とも傷つきながら、舞台で踊る鬼気迫る孤独な彼の表情が映し出されていきます。2年後、ポルーニンは突如バレエ団を退団。バレエ界全体に衝撃が走ります。

映画は、幼少の頃からダンスに抜群の冴えを見せる彼の映像を混ぜ合わせながら、世界の頂点から、自滅的などん底へと落ちてゆく彼を見つめていきます。ここまでなら、よくある悲劇のスターの物語ですが、ここからです。

先ずは、映画の公式HP、或はyou tube でホージアのヒット曲「Take Me To Church」に合わせて踊る彼を見て下さいた。写真家のデヴィッド・ラシャペルが監督し、ポルーニンが踊ったこのビデオは、一旦は踊ることから離れた彼が、再度空中を舞うことに、その技術と精神のすべてを捧げた瞬間を捉えています。苦悩から歓喜へと躍動する肉体、ありのままの自分を表現する姿に心底感動します。その映像がyou tubeにアップされて、世界中の人々からの熱い支持を受けたことが、彼を再びバレエに駆り立てることになりました。

クラシックバレエの窮屈な制約から飛躍したポルーニンは、プリンシパル時代決して呼ばなかった家族を招待します。一度はバラバラになった父と母、祖母たちは、彼の素晴らしい舞台を観る為に集まるのです。最も大切にしていた家族の再会です。息子のバレエダンサーへの道の反対しながらも、学費を工面した父親を舞台に呼んだ映画「リトル・ダンサー」の感動的なラストを思いだしました。

長く、曲がりくねった道を経て、ポルーニンはやっと自分の人生を手に入れたところで映画は幕です。エンドクレジットもお見逃しなく。惚れ惚れする程美しい彼の踊りが観られますよ。お薦めの一本です。

 

 

先日、マクドナルドの創業から、全米トップのバーガー店になるまでの描いた「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」という映画を観ました。マクドナルドの創業の話なんて面白い??と、これが今のアメリカを知る上でも役立つ、極めて面白い映画でした。

1950年代、ミルクシェイカーのセールスマンだったレイは、ディック&マック兄弟が経営するハンバーガー店<マクドナルド>に出会います。流れ作業の“スピード・サービス・システム”や、コスト削減・高品質という革新的なコンセプトにビジネスチャンスを見つけたレイは、壮大なフランチャイズビジネスを思いつき、兄弟を説得し、契約を交わします。アメリカのどんな町にも裁判所と教会はあるが、ここにマクドナルドも加えるという野望を達成すべく、全米へと進出していきます。

ここで、注目しなけらればならないのは、創業者のディック&マック兄弟は、地元で品質の良いバーガーが提供できれば満足で、会社を大きくする気などさらさらなかったことです。当然、低コストで利潤追求に突き進むレイとは、衝突してしまいます。そして遂にレイは、この兄弟を駆逐して、自らの帝国を築き上げるのです。これが、今日、全世界に広がるマクドナルドの原点です。

レイが、劇中で何度も、ビジネスで勝ち残る方法を語る男のレコードを聞いていました。ノーマン・ヴィンセント・ピールという元牧師が吹き込んだレコードで、『積極的思考の力(Power of Positive Thinking)』というものです。。今で言う自己啓発もの。ビジネスの勝者が人生の勝者だ!絶対に成功すると信じろ!みたいなことを力説します。ところで、このノーマンは、トランプ大統領が唯一尊敬している人物だと、映画評論家の町山智浩が指摘しています。弱肉強食のビジネス界をくぐり抜けて、アメリカンドリームを掴んだ!オレは強い!という正にトランプ的資質ですね。

「だからいま、この映画が作られたんですよ。ドナルド・トランプ的なアメリカというものは、もともとこのマクドナルドなんだということなんですよ」と町田は言います。

この映画は、トランプ的勝者を賞賛する映画ではありません。マクドナルドの全米進出と共に、同じようなスーパー、同じようなホテルがチェーン展開しようとする時代であり、まさにアメリカの均一化、それはやがて世界の均一化へと向かう切っ掛けが、マクドナルドにあったことを描いています。主人公レイを演じるのは、マイケル・キートン。最近「『バードマン」「スポットライト」といった傑作で優れた演技を残していますが、今回の野心丸だしの男も実にハマってました。

因みに、この映画、本家マクドナルド社の協力は一切受けていませんが、もうバンバン、マクドナルドのロゴや店舗を使っています。アメリカでは、表現活動のために著作権のあるもの(ここではロゴ等)を使用するのは構わないという法律があって、表現者は守られているのだそうです。日本では考えられないですね。

久しぶりにマクドナルドに行って、バーガーを齧りながらトランプ的なるものをかみしめてみるかな。

 

8月21日(月)〜25日(金)は、夏期休業いたします。よろしくお願いします。


 

林の中を全力で走り抜ける兵士。聞こえてくるのは兵士の鼓動と風だけ。立ち止まった兵士に一発の銃弾。死ぬ前に見たのは風に揺れる木々。無駄死としか言いようのない若い兵士こそ、貧しいけれども、勤勉な、どこにでもいる夫婦の一人息子でした。

映画「ヒトラーヘの285枚の葉書」(京都シネマで上映中)は、ここから、平凡な市民である夫婦が自分たちの出来る手段で、息子の命を奪ったヒトラーへの抵抗を描いていきます。

二人は、「ヒトラーを信じるな」と書いた葉書を、市内の至る所に置いていきます。対フランス戦で勝利を納めて、ヨーロッパでもドイツ帝国の優位が確実になってきた時代のベルリンで、こんな葉書を撒き、政権批判を繰り広げるのは、極めて危険な行為です。ゲシュタポと警察の捜査網をかいくぐり、2年間で285枚ものヒトラーへの批判の葉書を書きました。

映画は、ヒッチコックばりのサスペンス映像を組み込みながら、ささやかな抵抗を続ける二人の日々の生活を凝視します。市民としての日々の生活をこなしながら、毎夜、筆跡を隠して葉書を書き、置いてゆく姿に、息子を無駄死にさせたヒトラー政権への、戦争への怒りと悲しみが浮き上がり、心に沁みます。妻を演じたのは、名優エマ・トンプソン。夫役は、ブレンダン・グリーソン。二人の完璧な演技力は、観るものの魂を揺さぶります。

そして、もう一人、捜査をするフランスの若い刑事。彼は、ゲシュタポへの不信と、この夫婦への親近感を持ちながらも、時の巨大な権力には逆らえず、夫婦を処刑台に送ります。その後悔と自己批判の果てに待ち受けていたのは、やはり悲劇でした。おそらく、実際の戦争、例えば、第二次世界大戦下の日本でも、これは間違っていると思っていても、憲兵やら特高がうろつく街中では、黙らざるを得なかった人々は決して少なくなかったのだろうと思います。

285枚の葉書のうち、ほとんどは市民が警察に届けました。しかし、十数枚だけが発見できませんでした。心ある人達が読み、信用できる人へと回したのでしょう。小さな希望は消えなかったということです。

映画の原作は、ドイツ人作家ハンス・ファラダがゲシュタポの記録文書を基に、わずか4週間で書き上げたと言われる「ベルリンに一人死す」です。実在したオットー&エリーゼのハンペル夫妻をモデルにしたこの小説は、1947年の初版発行から60年以上経た2009年に、初めて英訳され世界的なベストセラーとなりました。2014年、日本でもみすず書房から翻訳本が出版されました。

 

★8月9日(水)〜20日(日)「レティシア書房 夏の古本市」を店内で開催します。個性的な28店のよりすぐりの古本が大集合です!(14日は休み)

暑い日が続きますが、お立ちよりください。

★休業のお知らせ 8月7日(月)8日(火)は古本市の準備のため連休します。 

         8月21日(月)〜25日(金)は、夏期休業いたします。よろしくお願いします。


 

 

廣木隆一監督作品「彼女の人生は間違いじゃない」を観ました。

舞台は福島県いわき市。母を津波でさらわれ、稼業の農業が放射能汚染で出来なくなり、仮設住宅に住む父と娘が主役です。

娘は市役所に勤務する傍ら、週末は東京で風俗嬢をやっています。父は、保証金でパチンコ狂い。もう、のっけから辛い状況を見ることになります。廣木隆一監督の映画って、リアリステイックな描写が多く、しかも画面が静謐。出口の見えないこの二人の人生を凝視することになります。

何故、娘は東京で風俗嬢をやっているのかについての説明は、最後までありません。私たちは、彼女は何を目的に生きているのかという疑問を持ちながら、ドラマの進行を見つめるだけ。生き地獄と言えば、そういう世界かもしれません。

映画がどういう風に収束してゆくのかと不安に覚えながらも、目を離すことはできません。このまま、震災と原発で人生を狂わされた家族の物語だけでは、見る価値があるのかと思われるのですが、廣木隆一は、見事なエンディングを用意しています。もちろん、それは、明日からはがんばります、なんていう安物のTVドラマみたいなものではありません。父親、娘にそれぞれ起こる出来事を通して、僅かですが一歩前に向います。ラスト、娘は小さな犬を家に迎えます。この犬が、これからも希望になるのかはわかりません。けれども、ここからしか人生は始まらないのです。

映画の最初で、いやいや寝室から起き出した娘が、ラスト、朝食のために米を研ぐ姿をカメラが追いかけます。でも、そこには最初のイヤイヤ感はありません。私たちは、少しほっとして席を立つことになります。

震災の後、多くの表現者がそれぞれの思いを作品として発表してきました。文学、音楽、映画、舞台と様々なジヤンルで、語られました。私にとっては、園子温監督作品「ヒミズ」と「希望の国」は、忘れがたい優れた作品でした。震災の悲惨さや、原発の恐ろしさだけを描いただけでは説得力がありません。表現者の思想が深く問われるのだと思います。この作品も、そんな一本でした。

「撮りたかったのは、現在の日常です。何かが欠落したまま、決して満たされることのない日々の暮らしを撮影することで福島だけでなく、今の日本が抱えている矛盾を描きたいと思いました。」

と監督は語っています。娘を演じた瀧内公美、父親を演じた光石研、風俗嬢のマネージャーを演じた高良健吾、生まれ故郷の町で、もがきながら生きる男を演じた柄本時生達の優れた演技力で、監督の意図を見事に映像化した映画です。

 

 

6月28日のブログで、マイケル・D・ヴィットの絵本「レッドタートル」の事を書きましたが、スタジオジブリで映画化されたDVDを購入してやっと見ることができました。全編、台詞、音楽なしの実験的なつくり方で、心に残る良い作品でした。

海で遭難した男が、南海の孤島に辿り着きます。孤独な生活から逃れようと何度も脱出を試みるのですが失敗。そうしているうちに、彼に恋したウミガメの化身の女性と暮らしはじめ、男は幸せを得て、子どもを育てます。やがて成長した子どもは、島を出て、大きな世界へ旅だってゆき、男は年をとります。男の最期を看取った女性はウミガメに戻る、というストーリー。

スタジオジブリ初の、海外共同制作映画として公開され、フランスのカンヌ国際映画祭では、作家性の高い作品に与えられる「ある視点」部門特別賞を受賞しました。でも、決して小難しい映画ではありません。余計な欲望をはぎ取った究極の状況で生きること、死ぬことの意味を描いています。秀逸なのはラストシーンです。年老いて亡くなってゆく男を見つめる女性。満点の星の下で、彼は一生を終えますが、翌朝、ウミガメに戻った女性はゆっくりと島を去っていきます。聞こえるのは波の音だけ。静かな、静かな幕切れです。

私たちの人生は、この惑星の大きな何かに見守られているのかもしれないという想いに涙せずにはいられません。

マイケルが、「レッドタートル」以前に作った傑作短編アニメ「岸辺のふたり」の絵本(くもん出版/絶版950円)が入荷しました。幼い娘を置いてボートに乗り込み、戻ってくることの無かった父。その面影を求めて岸辺に通い続ける娘。やがて、娘は大きくなり、伴侶を得て、子どもを育て、老いてゆく。そして、ある日、彼女は、あの日戻ってこなかった父と再会する。ここでも、死ぬ事と生きることは一体であることが描かれています。

娘をおいて、水平線の彼方に向かう父をシルエットで描いたカットや、眩しい青春時代を送りながらも、父のことがふと頭をかすめる彼女の背後に、影を落とす林を描いたカットに、マイケルの人間の生と死への思いが込められています。ラスト、再会した二人の横に広がる影の長さに、読む者はそれぞれ、いろんな想いを重ねるかもしれません。

「レッドタートル」のDVDは、おそらくレンタルショップで見つかると思いますが、気に入ったら買われることをお薦めします。この先、多くの死に立ち会わざるを得ない時、きっと支えてくれることでしょう。

 

アーサー・ミラーの戯曲「セールスマンの死」は63歳のセールスマン、ウィリィ・ローマンとその家族の物語です。自立出来ない息子や、過去の幻影にさいなまれつつ慨嘆するローマンは、誇りを持っていた仕事まで失い、最後には自ら死を選ぶ、という悲惨なお話です。 

その舞台を演じる役者夫婦の身の上に起こった出来事を、舞台進行に絡ませて描くという、斬新な構成のアスガー・ファルハディ監督のイラン映画「セールスマン」は、じっくりと見せてくれるサスペンス風映画でした。

夫の留守中に、引っ越して間もない新居で、妻が侵入者に襲われてしまいます。外傷はそんなに深くはなかったのですが、執拗に犯人を探し出そうとする夫と、表沙汰にしたくない妻の感情が少しづつずれていきます。心通わず、すれ違う夫婦。しかし一方で、舞台の稽古は、どんどん進行していきます。やがて犯人を見つけた夫がとった行動は…..。

ゆっくりと理性をかき乱されていく夫婦を中心にして、映画は破局へと向かいます。まるで舞台劇のように、廃墟と化した、かつて夫婦が住んでいたアパートで、この夫婦と、犯人とその家族が一同に会します。様々な感情、怒りや不安、悔恨が渦巻まく圧巻の場面。

人間の複雑な感情のせめぎ合いを、2時間でじっくりと描いたこの作品は、ヨーロッパでは高い評価を得ました。そして、米アカデミー賞外国語映画作品賞を受賞したのですが、トランプ大統領のイスラム系人間への入国拒否令に反撥して、スタッフは授賞式をボイコットしました。トランプ大統領は、多種多様な人種が集まる映画界を、敵に回してしまったのです。

見終わって、元気になる映画でもなければ、清々しい気持ちになる映画でもありません。しかし、ラスト、舞台のメーキャップを黙々と続ける二人の虚ろな表情を見ていると、人に寄り添うべき時にそうできなかった、人間の複雑な感情の重さを思い知らされました。

「サラリーマン」は京都シネマにて上映中です。