かつて、ヒーリングあるいは癒し系の本としてネィティブアメリカンの本が流行りました。どうでもいいいような内容の本も多くありましたが、是非読んで欲しいと思うのは、ナンシー・ウッド著・金関寿夫訳「今日は死ぬにはもってこいの日」(めるくまーる/古書850円)、ジョセフ・ブルチャック編・中沢新一+石川雄午訳「それでもあなたの道を行け」(めるくまーる/古書800円)の2冊です。

「今日は死ぬにはもってこいの日だ。生きているもの全てが、わたしと呼吸を合わせている。すべての声が、わたしの中で合唱している。すべての美が、わたしの中で休もうとしてやって来た。あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。」

生きること、死ぬことをこれほど簡素に、しかも深く描いたものはないと思います。この二冊の本は、ゆっくりと読むことをお薦めします。簡単な文章ばかりなので、一気に読もうと思えば読めますが、それでは意味がありません。ゆっくりと、ゆっくりと、心の中で反復することで、彼らの心とシンクロナイズしてください。アメリカ大陸の雄大な自然と共に、暮らしてきた中から生まれてきた彼らの精神は、きっと読者の心の中に染み込んできます。

 

ところで、最近ネィティブアメリカンの悲しい世界を知る映画を見ました。「ウインドリバー」です。ネィティブアメリカンの女性たちの失踪件数が急激に増加しているにも関わらず、一度も調査されたことがない現状。彼らが住む、いわゆる保留地の生活環境の悪化、広大なその保留地に警官が数名しかいないという危険等を、映画の背景に溶け込ませたサスペンス映画です。

主人公は、この地の野生管理局に勤務するハンターです。彼が、雪の上に若い女性に死体を発見したところから物語は始まります。捜査にやって来た FBIの女性刑事と共に、その死因を探ってゆくうちに、やりきれない現実に直面することになります。舞台となるウインド・リバーは、全米各地に点在するネイティブアメリカンの保留地のひとつで、荒れ果てた大地での生活を強いられた人々は、貧困やドラッグなどの慢性的な問題に苦しんでいます。保留地で頻発する女性たちの失踪や性犯罪被害も多発しています。現代のアメリカの繁栄から見放された”忘れられた人々”の姿を、正統派のサスペンス映画に仕立て上げたテイラー・シェリダン監督の腕前に拍手です。

主人公のハンター、コリーを演じるのはジェレミー・レナー。「ハート・ロッカー」「メッセージ」などでめきめきと頭角をあらわしてきた役者ですが、実にいい!マッチョ的な強さではなく、人生の悲愁を滲ませた佇まいが様になっています。復讐は、賛美されるものではありませんが、この映画のラストには溜飲が下がる思いでした。

 

★連休のご案内  8月5日(月))6日(火)は恒例「レティシア書房 夏の古本市」(8/7〜8/18 参加27店舗)の準備のためにお休みさせていただきます。

青春時代ってどのあたりをいうか、人によって違うと思いますが、まぁ16〜7才から20代後半としてその頃に、私がこの人の映画はすべて観ておこうとのめり込んだ俳優が、スティーブ・マックィーン、ロバート・レッドフォード、クリント・イーストウッド、そして菅原文太でした。マックィーンと文太は亡くなりましたが、レッドフォードとイーストウッドは健在です。二人の共通点は、ハリウッドとの距離を保ちながら自分の世界を作ってきたことです。そのレッドフォードが「俳優引退」宣言をした映画「さらば、愛しきアウトロー」を観ました。

時は1980年代初頭、アメリカ。スーツのポケットに忍ばせた拳銃をチラと見せるだけで、誰も傷つけず、銀行強盗を成功させる男、フォレスト・タッカー。なんと74歳現役。被害者のはずの銀行の人間たちは警察の取り調べに対して、彼のことを「紳士だった」「礼儀正しかった」「微笑んでいた」と褒める始末です。その男を、御歳83才のレッドフォードが演じます。かつての美貌は跡形もなく消え去り、皺だらけの顔に最初はちょっと引きました。

思えば、1960年「明日に向かって撃て」で登場した彼は、もうカッコいい!としか表現できませんでした。それから、「スティング」「追憶」「大統領の陰謀」「ナチュラル」とどれだけ彼の映画を観てきたことか……。彼の皺だらけの顔を見ているうちに、こちらも年齢を重ねて来たんだなぁ〜としみじみ思ってしまいました。

レッドフォードは、彼だけが持っている軽妙洒脱な雰囲気を上手く使っている作品が多くあります。この映画も彼のそんな特質が生かされています。1980年代のノスタルジックな雰囲気も、彼にとても似合っています。監督はデビット・ロウリー。昨年の「ゴーストストーリー」で、その手腕に感心し、ブログにも書きました。昨今の過剰なまでのスピードアップの演出とは全く違い、ゆっくりと、物語を紡いでいきます。それが、60年代後半から70年代後半のアメリカ映画のリズムだったことを思い出させてくれます。あの時代のアメリカ映画を浴びるほど観てきた青春時代を想い、ノスタルジックな感傷に浸ってしまいました。

撃ちあいも、スリリングな銀行強盗のシーンもありませんが、アメリカ映画のいい匂いが立ち込めている作品でした。ホッコリする強盗映画です。共演のシシー・スペイセクが、美しく歳を重ねてレッドフォードに静かに寄り添い、素敵でした。

ところで、この邦題のセンスはどうよ!オリジナルタイトルの「オールドマン・アンド・ザ・ガン」の方が、よっぽど映画を表現しています。が、こういう邦題のつけ方もなんだか懐かしいかな。

 

 

 

 

 

インドネシアから届いた映画「マルリナの明日」。「全く新しい『闘うヒロイン』に喝采!」というキャッチコピーがドカーンと出ていますが、この言葉に引っ張られて見ると肩透かしを食らいます。

夫と子どもを亡くし、荒野の一軒家で暮らす天涯孤独のマルリナ。突然、彼女のすべてを奪おうとする強盗団に財産の家畜を奪われ、レイプされる寸前、首領マルクスの首を鉈で刎ね飛ばして窮地を脱出します。自分の正当防衛を証明するため、たった一人で、マルクスの首をぶら下げて警察署へと向かいます。だが、強盗団の残党達がマルクスの復讐のため彼女の跡を追い始めてます。こう物語を書けば、マカロニウエスタン風の血湧き肉躍るアクション、窮地に陥ったヒロインの孤軍奮闘ぶりを想像しますが、38歳の女性監督モーリー・スリヤは、そういう展開には持ち込みません。

殺した男の首を持って荒野を行く物語といえば、サム・ペキンパーの「ガルシアの首」が思い出されますが、ちょっと似たテイストです。マルリナの他に、もう一人臨月間近の女性が登場します。夫の無理解とDVを知りながら、夫のもとへと行こうとする彼女とマルリナが、インドシナの山々を超え、旅を続けてゆく様を丹念に描いていきます。

フォトジャーナリスト安田菜津紀さんが、映画のHPで、こんなコメントを書いていました。

「理不尽に殴られるのは、助けを求めた先で心ない言葉を投げつけられるのは、女性が弱いからなのだろうか。違う、彼らは女性の強さにつけこむのだと、マルリナの背中は語っていた。
この映画は単なる“復讐劇”ではない。闘うことを強いられた、女性たちの声の形なのだ。」

そうなんです。これ、復讐劇ではありません。男に強いられた不条理と暴力に、やむなく立ち向かった女性たちの物語なのです。鉈で男の首を跳ね飛ばすシーンには、この国の男と女の古い因習を断ち切る意味合いが含まれているのかもしれません。スリヤ監督は、映画愛を随所にちりばめながら、二人の女性の弱さと強さを見事に描き出していました。

荒野のど真ん中、男の首を片手に、鉈を背中に背負って立つマルリナの姿が印象的でした。

 

 

 

 

東都新聞記者吉岡(シム・ウンギョン)は、日本人の父と韓国人の母も持ち、アメリカで育ち、日本の新聞社で働いています。ある日彼女に、大学新設計画に関する極秘情報が匿名FAXで届きます。その真相を探るべく調査を始めます。

もう一人の主人公は、内閣情報調査室に外務省から出向で勤務する官僚・杉原(松坂桃李)です。国民のために仕事をしたいという思いとは裏腹に、現政権に不都合な人物に関して、デマや作られた情報をネットに流すというのが、今の仕事です。窓のない部屋でスーツ姿の官僚たちが、パソコンに向かって偽の情報を流している姿は不気味です。
自分の職務に疑問を持っていた杉原は、尊敬する昔の上司・神崎から久々に食事に誘われます。しかしその数日後、神崎はビルの屋上から身を投げてしまいます。原因を調べてゆくうちに、神崎が関係していた大学新設計画に秘められた闇を知り、同じ闇を追っていた吉岡と交わったために、彼はとんでもない決断を迫られていきます。
映画は、この二人を軸にして、この国を覆い尽くそうとしている権力の暴走を描いていきます。内閣情報調査室の杉原の上司は、政権の長期安定を目指し、それに反対する勢力を潰してゆくことが国のための仕事だと言い切ります。しかし、マスコミを含めた情報操作で、私たちは真実から目隠しをされているのだということが、今だからこそよくわかります。
最終的に杉原は、真実の公表か、保身かで究極の選択を迫られます。これ、問題の大きさは別にして、組織の中で働いた人なら苦悶する杉原の表情に納得すると思います。
ここで重要なのは、ヒロインを演じたシム・ウンギョンの、どこまでも透き通った視線です。あなたたちは、このままでいいのかという問いかけが、我々に迫ってきます。国家に対して抗うには、個人はあまりにも非力です。でも、彼女の視線は、それでもそのままでいいのですか!と訴えてきます。
このような政治的なテーマの映画を、一般の人が楽しめる映画として上映しようと考えて、制作したスタッフに敬服します。とにかく、まず面白い。そして心の奥にズドンと突きつけられるものがあります。

 

トーク&ライブのお知らせ  

7月13日(土)18時30分より 『澤口たまみ(語り)石澤由男(ベース)ライブ』

今年1月、当店で行われた「宮沢賢治愛のうた」(澤口たまみ著)出版記念イベントのお二人のトーク&ライブが再びやってきます。澤口たまみがさんが岩手のイントネーションで賢治作品を朗読。ベーシスト石澤由男が伴奏を添えます。 朗読作品は、岩手の自然を見つめ、野原や林からおはなしを貰ってきたという「鹿おどりのはじまり」他を予定。

●18時受付開始  18時30分より (2000円)ご予約ください。

 

 

 

人に生きる希望を与える映画って、ブレット・ヘイリー監督・脚本の「ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた」みたいな作品のことだと思います。97分間、映画の中の父娘と共に人生を楽しんでください。

ニューヨークはブルックリンの海辺の小さな街レッドフックで、うだつの上がらないレコードショップを営む元ミュージシャンのフランクと、将来の夢のためにLAの医大を目指す娘サム。サムが幼少の時に、フランクの妻は事故で死亡したため、一人で娘を育ててきました。いい加減な感じでだらだらと、17年間レコードショップを経営してきましたが、赤字続きで遂に店を閉める決心をします。ある夜、サムが作っていた曲を見つけセッションを開始して、フランクは娘の音楽の才能に気づきます。映画のタイトルにもなっている”Hearts Beat Loud”という曲を、二人が完成させてゆく様が実にいいのです。疾走感溢れる音楽に身も心もうウキウキしてきます。

あまりの曲の良さに、フランクは勝手にSpotifyにアップロード。それが人気の曲を集た”New Indie Mix”にリストインされ、たくさんの人の耳に届くことになります。大喜びして、娘とバンドを組もうと動き出すフランクですが、サムにとって描く未来は医者であって、音楽家ではありません。映画は、二人のすれ違いを描きながら、レコード店を閉める日、たった一度だけのライブを行います。わずか3曲だけのライブですが、どの曲も素敵で映画館でステップしたくなりました。

店内でタバコを吸って、客から注意を受けるようなフランクでしたが、この一夜のライブで娘を送り出し、大切にしていた音楽から離れて新しい生き方を見つけていきます。それが、友人が経営するバーで働く事でした。ラスト、女友だちにお酒を出しながら音楽の話をするところで、カメラは、「良かったね」とでも言いたげに、ゆっくりと後退していきます。「いい加減な人生」が「好い加減な人生」になっていくんだというチャーミングな終わり方です。

私は過去3回、レコードショップを閉めた経験があります。二度目、三度目はチェーン店の閉鎖だったので、従業員の解雇という苦い思い出しかありません。
けれど、最初の10坪くらいの小さな店は、当時のロックファン、ジャズファン、ディスコのDJのたまり場で、営業最終日、店の仲間やお客様とレコードを鳴らして、ビールを飲み続けました。懐かしく、そして甘酸っぱい思い出です。この映画の中で、フランクとサムが乾杯をするシーンで、父がその瞬間「ロックンロール」と言って乾杯します。私の小さな店でも、同じことを言った青年がいました。彼は今どうしているんだろうと、映画館を出た時、ふと思いました。

日本を代表する女優京マチ子死去(95歳)のニュースが先月流れました。1924年大阪生まれ、大阪松竹少女歌劇団から大映に入り映画女優デビューします。後輩格の若尾文子、山本富士子と共に大映の看板女優として活躍しました。溝口健二「雨月物語」、黒澤明「羅生門」、衣笠貞之助「地獄門」等の作品が海外の映画祭で賞を獲得し、「グランプリ女優」と呼ばれた時代もありました。

北村匡平「美と破壊の女優今日マチ子」(筑摩選書/ 古書1000円)は、ヴァンプから醜女、シリアスな作品からコメディ作品まで、多彩な作品でマルチな魅力を発信し続けたこの女優を、単に作品批評に終わらずに、下記のように生涯を括って論じています。

「肉体派ヴァンプ女優の躍進」「国際派グランプリ女優へ」「真実の京マチ子ー銀幕を離れて」「躍動するパフォーマンス」「政治化する国民女優ー国境を越える恋愛メロドラマ」「変身する演技派女優ー顔の七変化」「闘う女ー看板女優の共演/競演」

当時の日本の女優にしては珍しく官能的な香りと肉体美を前面に出す女優でしたが、その長いキャリアの中で変化してゆく姿が書かれています。

50年代後半、それまで人気女優トップの座にいた彼女は、若尾文子と山本富士子にその座を渡します。そんな現実の世代交代の構図を、そのまま映画にしたような作品が立て続けに製作されました。その中の一本「夜の蝶」(DVD/中古800円)で、京は銀座の一流バーのマダムを演じ、そこへ進出しようとする祇園の元芸者(山本富士子)と夜の銀座で激しくぶつかります。トップの座にいる女優と次の座を狙う女優のバトルを象徴するかのように、ライバル意識むき出しの演技合戦が楽しめる一本で、江戸前言葉でポンポン突きつける京と、はんなりした京都弁でのらりくらりかわしてゆく山本に圧倒されて、私は続けて二度見てしまいました。

おかげでこの映画で共演している船越英二が、トレンチコートのよく似合うヨーロッパの香りがする俳優であることも確認しました。

戦後日本を代表する俳優の一人でありながら、いわゆる日本的な美しさとは異質なものを持っていた彼女でしたが、日米合作映画「八月十五夜の茶屋」がアメリカで公開された時、ニューヨークの新聞にこんな記事が載りました。

「京マチ子は日本で一番美しい足を持っている女優で、日本のマリリン・モンローである」

 

★イベントのお知らせ

「世界ひとめぐり旅路録」展開催中の小幡明さんが、14日(金)19時半より、FMひらかたパーソナリティー久保有美さんと一緒に「小幡明の旅の話アレコレ」と題したトークショーを当店にて開催します。(参加費1000円/要予約)

 

 

 

イラン出身の監督アスガー・ファリハディの新作「誰もがそれを知っている」を観ました。「別離」「セールスマンの死」と傑作続きの監督で、今回はハリウッドのトップスターのペネロペ・クルスを迎えてのメジャー映画です。しかし英米の資本が入ろうと、この監督は自分の映画に仕上げています。

物語は、アルゼンチンに暮らすラウラ(P・クルス)が、妹の結婚式のため故郷スペインに帰省し、ワイン業を営む幼なじみのパコや家族との再会から始まります。結婚式の後に催されたパーティーのさなか、ラウラの娘イレーネが失踪してしまいます。必死に探すのですが、手掛かりすらありません。まもなく巨額の身代金を要求するメッセージが届き、ラウラは不安と絶望で、焦燥します。結婚式に来ていなかったラウラの夫もアルゼンチンから駆けつけるのですが、疑心暗鬼に陥った家族の間で、長年隠されていた秘密がじわりじわりと露わになっていきます。なぜ犯人は10歳の弟ではなく16歳にもなる娘のイレーネを誘拐したのか。

と、こう書くと誘拐された娘の救出劇のようですが、映画はそこに重心を置かなくなるというか、どうでも良くなってくるのです。娘の誘拐で炙り出された過去が、登場人物の心理に深い影響を与える様子をじっくりと描いていきます。ダイアローグを積み重ねたえも言われないスリリングな展開が、この映画の醍醐味です。善悪だけでは割り切れない現実。きっと家族は、あるいは世界は、そんなものに満ち溢れていることを見せてくれます。事件は一応解決するのですが、彼らの肩には、重たいものがズシンと残ったままです。

映画が始まって数十分間、幸せ一杯の家族の姿が、これでもかこれでもかとキラキラと眩しいくらいに描かれ、後半になって、過去の因果が主人公たちに覆いかぶさって来る辺りからの演出は、ファリハディ監督の真骨頂でしょう。幸せそうだったラウラが、憔悴しきった表情に様変わりしてゆくペネロペ・クルスの演技が見事でした。

作家池澤夏樹は「若い恋の果実がずっと後になって中年を襲う。 巧妙なプロット、達者な役者、見事な映像。 映画って、こういうものだ。」と映画の公式HPにコメントを寄せています。

ちなみにファリハディ監督は、「セールスマンの死」でアカデミー外国映画賞を受賞した時、トランプのシリア難民の受け入れ拒否と、イラクやイランなどの中東7カ国からの入国一時禁止の大統領令に署名したことに抗議して、式には参加しませんでした。

「RBG」(京都シネマにて上映中)を観ました。

RBGって何の事?これ、人の名前です。正式な名前はルース・ベイダー・ギンズバーグ、通称RBGです。1933年生まれの彼女は、現役のアメリカ合衆国最高裁判所判事です。1972年、コロンビア大学ロースクールの女性初の常勤教員になったあたりから、自由人権協会で法廷闘争を数多く手がけ、性差別と戦う法律家として全国的な名声を博するようになります

若き日の彼女が弁護士へと進む道のり、彼女を生涯支えて来た夫との出会いを絡めながら、法律家として目指しているものを追いかけるドキュメンタリー映画です。あらゆる性差別に反対し、裁判で争い、女性の権利を一歩ずつ進めてゆく姿が、インタビューや、当時の裁判での音声、彼女の近くにいた人々の証言をもとに描かれていきます。

彼女の母親の教育が立派だったいうことがよくわかります。母親の教えは二つ。一つは自立すること、当時は女性は結婚して家庭に入るのが幸せとされていたにも関わらず。そしてもう一つは怒りで相手を論破しないことでした。彼女自身、怒りの言動は、自らをおとしめるとインタビューに答えています。彼女の話し方は常に控えめで、冷静で、生真面目です。

RBGは、あらゆる職場や、社会で起こって来た性差別に異議を唱え、是正して来ました。映画にも出て来ますが、入学者を男子に限定していたバージニア州立軍事学校の規定を違憲とする判決 (1996年)を行なっています。マッチョばかりの軍人養成学校であっても、資質に問題がなければ、性別に関わらず入学を認めさせる判決で、今では多くの女性が在籍しています。

守るべきは合衆国憲法。男女、人種の平等の理念に生きているRBGの魅力たっぷりの映画です。高校生相手に合衆国憲法修正第14条の男女の平等を語るところは感動的です。

意見の違う右派の判事でも、仕事を離れたところでは友人として付き合えるユーモアのある冷静なRBGが、「詐欺師」と強く非難した(後に謝罪しています)のがトランプ大統領でした。彼女を怒らせてしまった稀有な人物です。チャーミングな淑女ながら、眼光鋭い85歳。とても、素敵な映画でした。

 

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どの世界にも、ワン・アンド・オンリー、もう二度と出てこないだろう人物がいますよね。野球なら長嶋、歌手なら美空ひばり、俳優なら高倉健。ジャズの世界でいえば、デューク・エリントン、マイルス・ディビス、そしてビル・エヴァンスです。そのエヴァンスの生涯を描いたドキュメンタリー「ビル・エヴァンス- タイム・リメンバード」(京都シネマ)を観てきました。

元来ジャズはダンス音楽であり、踊りながら綺麗なお姉ちゃんを引っ掛ける手段でした。ご機嫌な気分にさせて、ホテルにしけこむというようなスケベ根性一杯の音楽でした。しかし、映画を見ればわかりますが、彼の演奏姿勢は特異です。猫背でピアノに向かい、ひたすら鍵盤だけを見つめるその姿からは、どうぞ私のことはお構いなく感がいっぱいです。

その音楽は、極めて美しく、ジャズとかクラシックとかいうようなジャンルを超えて、胸に突き刺さってきます。ストイックな音楽は、時にはのめり込んだリスナーの心を貫くような狂気に変貌することがあります。レコード店に勤務していた頃、ソロピアノアルバム「アローン」を買った女性が、夜中に聴くと死にたくなると言ったことを今でも覚えています。

映画は、54年の生涯を追いかけるのですが、この人が自分の死を意識したのはいつ頃なのかということを考えました。ヘロイン中毒から脱出し、最愛の人と結婚するも、女グセの悪さから彼女が地下鉄に飛び込んで自殺した後なのか。再婚して子供もでき後半の人生を始めたものの、またクスリに手を出してしまい、妻と子供に去られた時なのか。或いは、愛する兄が拳銃自殺した後なのか。定かではありませんが、映画の後半に登場する彼の横顔には明らかに死神が取り付いています。しかし、自らが作り出した結晶のように美しい音楽は捨てませんでした。病魔に蝕まれた中で録音された”The Paris Concert “(中古CD/1000円)は、ツアーのピークを録音したものです。

エヴァンスといえば”Waltz for Debby”というアルバム(中古CD/1350円)を推薦する人はほとんどですが、私ならミッシェル・ルグランがオーケストラアレンジと指揮で参加した”From Left to Right”(中古CD/1600円)を推します。

ゴージャスさ、ロマンティシズム、美しいものへの憧憬が詰まった音楽がここにあります。

映画館に行かれる方は、満席で立見が出ていますので、早めにチケットを買い求められることをおすすめします。

 

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いつも曇天で、肌寒い雰囲気が漂うこの牧場をカメラが捉え、映画「ゴッズ・オウン・カントリー」は始まります。厳格な父親と家を支える祖母、一人息子ジョニー。イギリスヨークシャー地方で牛と羊の牧場を細々と経営する一家が、この映画の主人公です。

息子の母親は、始終難しい顔をしている夫に耐えきれず、この地を去っています。病気で倒れた父親に、常に命令されながら、牧場の全ての仕事をこなしているジョニーに、喜びは見受けられません。仕事が終われば町へ行って酒を飲み続け、毎朝吐くという日々の繰り返しです。楽しみも未来もない毎日。同性愛者の彼は、酒場で引っ掛けた男と束の間の欲望に耽るのですが、その表情は少しも晴れません。

映画は、有無を言わさぬ力強さでそんなジョニーの毎日を描いていきます。ある日、病気の父親に代わって、季節労働者としてルーマニア出身の青年ゲオルゲがやってきます。羊を山にあげ放牧し、一緒にボロボロの山小屋で寝泊まりする二人。ごつごつした岩山、青空が全くないほど、雲が幾重にも大空を覆い、冷たい風が吹き抜けていくきます。

ジョニーは、この青年も同じ同性愛者だと見抜き、二人の男は野外で抱き合います。閉塞感、孤独が漂う中、最初は、ゲオルゲに差別感情を抱いていたジョニーでしたが、ゲオルゲの遠くを見つめる雰囲気や、ふと見せる優しさや、牧畜の仕事に対する真摯な姿勢に、少しづつ魅せられていきます。羊の扱い方も見事で、観ているこちらもこの青年に惹かれていきます。

「美しいけれど寂しい」とは、ゲオルゲが言ったヨークシャーの風景を表現する言葉ですが、それはそのままジョニーの心境につながっていきます。楽にならない暮らし、一向に距離の縮まらない父親との関係、将来への不安で苛立ちながらも、ジョニーはゲオルゲの登場で、少しづつ変化していきます。一度はゲオルゲと別れたジョニーですが、彼と共にやり直す覚悟を決めて、彼の元へ向かいます。画面後方に広がる空は、何と青空です。この空がとても美しい。泥まみれ、クソまみれ、精液まみれの中から、掴み取った幸せの予感が溢れるラストシーンが印象的です。

多くの映画祭で絶賛されたことも納得できる傑作です。

 

 

 

 

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