川本三郎の「あの映画に、この鉄道」(キネマ旬報社/古書1800円)は、この著者の博識ぶりに驚かされながらも、楽しく一気に読んだ本です。よく知られているように、映画・文芸評論家であり、絶妙の散歩エッセイも書く著者は、鉄道ファンでもあります。この本では、そちら方面の知識、情報もフル稼働して、映画に出て来た鉄道を詳しく紹介してくれます。

しかも、北海道、関東、中部、関西、中国、四国、九州に区分けして書いているから驚きです。例えば、群馬県桐生市から栃木県日光市までを結ぶわたらせ渓谷鉄道。井筒和幸作品「のど自慢」、森田芳光の「僕達急行 A列車で行こう」等に登場し、最近の映画では是枝裕和「海街diary」にも使われていて、解説しています。

「父親の葬儀のために山形県の田舎町に来た三姉妹が、腹違いの妹に見送られ東京に戻る駅は、終点のひとつ手前、足尾駅でロケされている。」

と万事この調子で、映画に登場する駅のことが詳しく書かれています。凄いな、この記憶力と情報力。実際に足を運んだ場所もあるみたいです。京都も登場します。一本は山本富士子主演の「夜の河」です。

「昭和三十一年に公開されたこの映画は、何よりもまず、空襲の大きな被害を受けなかった古い京都の街並みをとらえるところに良さがある。堀川のあたりに瓦屋根の家が並ぶ。その堀川沿いに市電が走る。ポールを付けた昔ながらの市電。」

山本富士子の着物姿の色っぽさにあてられていただけの私とはちがうな〜。

もう一本は、京マチ子主演「偽れる盛装」(昭和26年)の京阪電車です。「京人形のような美女を、嫉妬に狂った男が追う。とうとう彼女は電車の踏切のところで追いつかれ、刺されてしまう。(幸い命はとりとめる) この踏切が京阪電車。地下に潜ってしまった現在、こういう場面は生まれない。」

著者はあとがきでこう書いています。

「日本映画が数多く作られた昭和二、三十年代の映画には、廃線になった数々の鉄道が、まだ現役時代の姿をよくとどめている。動く絵のなかにきちんと動態保存されている。そのことを記録に残しておきたいという気持ちも本書のモチーフになっている。」

昭和の時代が鉄道と共にあったことを記録する、資料としても一級の価値のある本です。ここに紹介される映画は、おそらく映像ソフトで観ることができます。お好きな一本を探すのも良し、文章を読んで行ってみたくなったら、ふらりと出かけるも良し。

因みにこの本は全編書き下ろしです。資料集めもさぞや大変だったと思います。

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)

 

衝撃的だった処女作「鉄男」(89年)から、私が久々に観た塚本晋也の新作「斬、」は、寡黙な時代劇でした。和太鼓が乱舞するオープニングは緊張感が漂い、木刀で打ち合うシーンからスリリングでパワフルな殺陣が展開されていきます。

江戸時代末期。農村に身を寄せる若き浪人都筑杢之進は、農家を手伝って食いつなぎながら、農家の息子・市助に剣の稽古をつけ、自身の腕も磨くという日々を送っています。この農家の娘ゆうと、杢之進とは身分が違うもののお互いに魅かれ合っていました。

そんな時、二人の稽古を見ていた剣豪の澤村が、杢之進の腕に惚れ込み、大きく時代が変わろうとしている今、京都の動乱に参加しようと持ち掛けます。もちろん、杢之進は受けるのですが、実は彼は実際に人を斬ったことがありません。本当に人に刃を突き立てることが出来るのかという葛藤が日増しに大きくなってきます。

この辺りから、映画は、従来の時代劇から逸脱していきます。刀で相手を斬りつけることの恐怖に取り憑かれてゆく杢之進。現れた無頼漢たちの集団と対決する時ですら、刀を抜かず、丸太棒でぶつかってゆく有様です。徐々に狂ってゆく杢之進。山奥を彷徨い続け、ついに刀を抜くのですが、魂は安らかになることはありません。深い森の中を刀を引きづる音だけが不気味に響くところで映画は終ります。一人の若き武士の悲劇を見事に描き上げたと思います。

主役を演じた池松 壮亮、ゆうを演じた蒼井優、そして寡黙な剣豪を演じた監督の塚本晋也。ギリシャ悲劇を彷彿とさせる演技の絡み合いを堪能しました。雨に打たれ、血みどろ、泥だらけになって、山を彷徨うお三方、お疲れ様でした。

ところで、長年にわたり塚本作品の音楽を手掛けてきた石川忠が2017年に亡くなりました。この作品も石川が音楽を担当していたのですが、監督が受け継ぐ形で石川の作った音楽を編集し完成させています。重厚で深淵な音楽は、映画音楽としては今年のベスト1でした。なおこの作品で石川は第51回シッチェス・カタロニア国際映画祭の最優秀音楽賞を受賞しました。

 

 

 

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)

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今年、是枝裕和監督「万引き家族」は、家族の姿を描いた映画としてとても記憶に残りました。それにしても、この作品に勝るとも劣らない作品に出会うとは!野尻克己初監督作品「鈴木家の人々」です。「万引き家族」に圧倒された皆さん、この映画を見逃してはなりません!

物語は、ある一家の息子の自死から始まります。息子は、どうやら長期に渡って引きこもりだったようです。彼は突如、自分の部屋で首を吊ってしまいます。帰宅した母親が見つけ、台所から包丁を持ち出して紐を切ろうとするようなのですが、自分の腕を切って、意識を失います。(何故、そうなったかは、映画のラストで明確になります)病院に運びこまれ、昏睡状態に陥ります。父親が看病するのですが、何故か彼は、とあるソープランドに通い詰めます。(何故、そうなったかは、映画のラストで明確になります)一家の娘は、そんな父親のソープでの失態の後始末をしたりと、散々な目にあいます。

ある日母親が意識を回復し、周りにいる家族に向かって息子の所在を訊ねます。彼女は、どうやら息子の死の前後の記憶がとんでいるみたいなのです。真実を話して、自殺をされては困る家族は、「引きこもりをやめてアルゼンチンで仕事をしている」と嘘を言います。さぁ、それからが大変。いかにもアルゼンチンから手紙がきたみたいな小細工をしたり、お土産が届いたような演出をしたりと嘘に嘘を重ねていきます。

映画は、息子の死を隠す家族の姿を、距離を保ちながらシニカルに見つめていきます。でも、こんなこといつかバレると、観客の誰もがわかっています。宙ぶらりんの状態で、毎日を空しく生きる残された者たちの空虚な思いは限界まで来ていたもかもしれません。突然、息子の死は母親に知るところとなります。さらに、彼女はその時の記憶を戻してしまうのです。崩壊寸前の母親、凄まじい嗚咽を、カメラはやはり静かに見つめます。母親を演じた原日出子の凄味ある演技に釘付けです。

映画はここから、母親、父親、娘、そして亡くなった息子のそれぞれの立場から、苦痛と後悔、迷いや憤りを描いていきます。ここで、私たちは長い時間を一緒に過ごす「家族」って何なのだと考えてしまいます。監督は家族とは何なのかを知りたくて脚本を書いたと述べた上で、こう語っています。

「『映画』というものに答えがないように『家族』というものにも答えはないだろう。しかし、答えを知りたくてもがいてしまうのは人間の業だ。もがいた先に憎しみや怒りや悲しみが見えたとしても。 脚本を書き終えても答えは見つからなかった。ならば、作りながら更にもがけばいい、と思った。今回、初めて出会う『家族』と一緒にもがいて映画を作り上げればいい。そこに見える家族の風景。 私が最初の目撃者となりたい。」

いつも遅く帰ってくる父、早くに死んだ兄。そんな環境で育った野尻監督には、団欒という記憶がほぼないのだそうです。家族って何?を問い続け、自らの疑問を抱えながら、映画を作ったのです。

「万引き家族」のエンディングは、将来への希望が見えないものでしたが、「鈴木家の嘘」の場合は、未来の見えてくる幕切れです。観ている者も、この家族に幸せが訪れてほしいと心底思ってしまいます。拍手をもって祝福したい気分で終りました。父親を演じた岸部一徳、母親役の原日出子は、ともに代表作になるに違いありません。そして、熊切和嘉、豊田利晃、大森立嗣に師事し、橋口亮輔、横浜聡子、石井裕也ら日本映画界を牽引する監督たちの現場で、助監督を務めたという野尻克己監督の実力が証明された処女作になりました。強くお薦めしますが、映画館はガラガラの入りだったので、もしかしたら早く終るかもしれません。

 

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最愛の夫が交通事故で死んでします。安置所で、白い布をかけて置かれた彼の死体。ところが死体は、急に起き上がり、白い布を被ったまま歩いて安置所から抜け出し、野原を越えて、懐かしい我が家へと戻っていく。どうやら妻にも、他の人には彼の存在は見えていないらしい。え?死んだら魂は神の国に行くはずなのになんで…….?

映画「ア・ゴーストストーリー」は、そういう風に始まります。セリフを極端に減らし、ひたすら長回しの撮影スタイルと透明感のある色彩で、この男、いや幽霊を見つめていきます。誰もいない空間に、ぽつんと立っている幽霊は、絵画にような美しさともの悲しさに満ちあふれています。

家に戻ってきた妻は、心配した友人が作って置いてくれていたケーキを、ひたすら食べ続けます。あまりの悲しみに、ただただ食べ続ける姿は極めてリアルで、カメラはその姿をずーっと長回しで追い続けます。そんな彼女の側に幽霊はじっと居続けます。シーツの目のあたりにふたつ穴が開いているだけなのですが、愛しそうに哀しそうに、見ています。

37歳の監督デヴィッド・ロウリーは、幻想的なカットとリアルなカットを巧みに織り交ぜながら、この世のものでも、あの世のものでもない物語を見せてくれます。

季節は巡り、やがて妻には新しいボーイフレンドが出来て、思い出深い家を静かに出ていきます。間もなく、スペイン系の家族が引っ越してきます。思い出が消えるのがつらいのか、楽しそうな家族に嫉妬したのか、幽霊は家の中のものを滅茶苦茶に壊してしまします。幽霊が見えない人にしてみれば、もう恐怖の家ですね。その後若者たちが出入りしたりしますが、そのうち定住者がなくなり古びて荒れていく家。それでも、幽霊は留まりつづけていました。が、ある日クレーン車によって、壊され更地になり、大きなビルが出来てしまいます。無骨な鉄骨で組まれたビルに立つ幽霊の姿。もう、ここまでくると、誰か成仏させてあげて!と祈りたくなりますが、これがアメリカの映画であるところが何とも不思議です。

仏教的なようでいながらも、宗教臭さが全くないのも面白いところです。幽霊には幽霊なりの”人生”があるみたいなのです。こんなにも美しく、哀しい映画は久々です。何だかわからんことが平然と起こる映画なので、真っ新な心でご覧下さい。

★話は違いますが、店の前のツワブキの花(左)が咲きました。これは、3年前に亡くなった母の家から少し株分けして持ってきたものですが、きれいな蝶々が止まったのでシャッターを押しました。もしかしたら母も店の行く末を心配しているのか。

 

 

 

 

柳楽 優弥、菅田 将暉という魅力的な二人の主演映画「ディストラクション・ベイビーズ」を観ました。上映開始後、5分でもう血みどろ、最後まで続きますので、その手の映画が苦手な方にはお薦めできませんが、人間の暴力衝動、飢えというものを見据えた映画でもあります。

舞台は四国松山。両親を早くに亡くし、港町で喧嘩に明け暮れる若者(柳楽 優弥)は、同居していた弟の元を去り、松山の繁華街に現れたと思いきや、全く知らない人物に殴り掛かります。血みどろになるまで殴りつけます。最初はフツーの人々や、やんちゃな高校生がターゲットでしたが、この辺りを仕切るヤクザにも平気で殴り掛かっていきます。喧嘩に慣れているヤクザ相手にも、突撃です。目的なんて皆無。その様子を見ていた高校生(菅田 将暉)が彼に興味を持ち、最初は喧嘩の現場を撮影してネットに流していたのが、徐々に暴力衝動が湧き上り、殴り始めます。しかし、彼が襲うのは、女子高生や繁華街で買い物中の女性ばかりです。嬉々として暴力に酔いしれる姿を、菅田 将暉が凄味一杯で演じていきます。

やがて、二人はキャバクラ嬢の乗った車を強奪し、三人で四国を走り回り始めます。彼らの暴力は留まる事なく、農夫を殴り倒し、車で轢いたあげくに首を締めて殺してしまいます。こんな凶暴な目をした人物が、今までの映画にいたでしょうか?東映実録映画では、若き日の渡哲也や、北大路欣也が尽きる事のない暴力衝動に身を任すヤクザを演じていました。しかし、彼らの暴力にはヤクザの名誉のため、親分のため、欲望達成のためなど目的がありました。この映画の二人には、そんなものは全くありません。

それどころか、柳楽扮する若者の視線は冷ややかで、全く何を考えているのか見えてきません。一方の菅田の視線は、人を殴り、いたぶるのが楽しくて、楽しくて仕方ないという表情です。得体の知れない若者二人の狂気を、二人は見事に演じています。NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」で、かっこいい海賊を演じていた柳楽、ハツラツとした若き城主を演じていた菅田とは大違いです。

監督の真利子 哲也は、本作が商業映画デビュー作です。この若者は、理由があって悪の道に入りました、なんてドラマにせず、ひたすらに生の暴力を見つめていきます。こんなスタイルのアクション映画など過去には全くなかったはず。だから各種映画祭で高い評価を得ているのでしょうね。ラスト、こちらを振り返った柳楽の顔の怖いこと、怖いこと。悪寒が走りました。痛くて、怖いけど、暴力機械と化した二人はみものでした。絶品です!

ジョージアという国が何処にあるかご存知だろうか。古くはグルジアと呼ばれた国です。あぁ〜、旧ソビエト連邦の国か、ぐらいはわかるでしょうか。

コーカサス山脈の南麓、黒海の東岸に位置し、北側にロシア、南側にトルコ、アルメニア、アゼルバイジャンと隣接しています。昔から多種多様な民族が行き来する交通の要衝であり、幾たびも他民族支配にさらされてきた土地でありながら、キリスト教文化を守ってきた国です。2015年「在外公館名称を変更する為の法案」成立以降、ジョージアと表記されています。

グルジアの映画といえば、ギオルギ・シェンゲラヤ監督「放浪の画家ピロスマニ」(1987)ですが、今回、この国を代表するテンギス・アブラゼ監督の「祈り三部作」の、「祈り」「希望の樹」「懺悔」が順次公開されることになりました。先日、第一作目日本初公開「祈り」(1967年)を観に行きました。90分足らずの白黒スタンダード作品でしたが、感想は?と言うと、さっぱりわからんが、とても面白い。

19世紀ジョージアの国民的作家V・ブシャベラの叙事詩をベースにして、ジョージア北東部の山岳地帯に住むキリスト教徒とイスラム教徒の因縁の対決を描いているらしいのですが、そうなの、そうだったの?と頭の中がグラグラしたまま劇場を出ました。「パンフレットはすべて売切れです」という劇場係員の声が肩越しに聞こえてきました。見終わった他の方々も、わからんからパンフ読んで勉強しようと思われたのか。

しかし、「わからん』=「つまらん』にならない、そして最後まで画面から目を離させない力を持っているところが凄い映画です。例えば、キューブリックの古典的名作「2001年宇宙への旅」を初めてみた時に感じた、何だかよくわからんが凄い!という映像の圧倒的な迫力に近いものがあります。もちろん、白黒スタンダードサイズの画面で、おそらく撮影機材もハリウッドが持っているような最新式のものではなかったはずですから、「2001年」と同じというわけにはいきません。しかし、雪の彼方に消えてゆく家族を延々捉えていたシーンや、峻厳な山を登ってくる人々の黒いシルエットを捉えたシーン、朽ちかけた墓石が乱立する墓場等々、映像の力に釘付けになります。物語を追いかけてゆく映画ではありません。叙事詩をシンボリックに映像化したとでも言ったら良いでしょうか。黒いベールをかぶった女性が、深い闇の中で、マッチに火をつけるシーンの神秘的な美しさ、その光の奥の闇に吸い込まれていきそうになりました。

日本的でも、ハリウッド的でも、ヨーロッパ的でもない映画に接して、頭の中をフレッシュアップするのも良いものです。

 

話題のホラー映画「クワイエット・プレイス」を観てきました。ホラーというジャンルを越えて美的センス溢れる素敵な映画でした。

監督、脚本、製作はジョン・クラシンスキー。クラシンスキー監督の妻で俳優のエミリー・ブランドが主演、監督自身がその夫を演じ、他の共演者と言えば子供たち三人、これでほぼすべてです。場所はアメリカの片田舎のみ。もう、これは低予算映画と言っていいでしょう。

映画は、異星人が地球を襲い、ほぼ全滅の状態らしいところから始まります。この異星人はどうやら視力がほぼ無く、音にのみ反応します。大きい音がすると人でも動物でも襲って殺します。だから、この一家は手話で会話します。監督は、彼らの音のない生活を丁寧に描いていきます。魚はフライパンで焼くのではなく、蒸し焼き。また、フォークとお皿も音が出るというので、葉っぱに包んで食べます。

クラシンスキー監督、考えましたね。エイリアンやらプレデターなど、先行する異星人のキャラには負けてしまう。なら、映像ではなく音で怖がらせ、映画を作ってしまおうと。従ってこの映画の主役は、音です。川や滝の音、風の音、そしてそっと歩く人間の足音。(皆さん素足です)釘を踏みつけて、イタァ〜!と大声出したいのに、ぐっと堪える妻の表情などお見事な演出が続きます。フィルムに寄り添うサウンドトラックさえ、静かに流れていて全然ドラマチックではありません。金がなくても、ハリウッドのプロデューサー連中を振り向かせたる!という気合い十分です。この家族、元々会話が不十分ではなく、普通に話せることが分かるのですが、その時の滝の音の巧みな使い方などの小ワザもバッチリ決まります。

さて、この一家に、新しい子どもが誕生します。え!子どもが泣いたらどうするの?ここは言えません。子どもが生まれてくるあたりから、お母さん、俄然強くなります。「エイリアン2」「ターミネイター」などのヒロインを思い出しました。ただ、異星人が登場すると、キャラの造形では勝ち目がないと思っているのかどうか、演出のテンションが下がります。実際、この異星人、よくあるタイプで、ああまたこれかという感じなのです。お母さんと新生児がこれと対峙するとき、流れ込んできた水の音の演出がここでも見事ですが、異星人の印象は薄い。

しかし、ラストシーンはかっこいい!やはり低予算ながら大ヒットした「ターミネイター」の第一作のラストを思い出してください。未来の戦士を身ごもったヒロインが、黒のレイバンサングラスにバンダナ、そして大型拳銃に強そうな犬を連れて、暗雲立ちこめる未来に挑戦する気合い十分の姿を見せてくれましたよね。「クワイエット・プレイス」には、あのラストへのリスペクトが込められてます。こういう時にドンピシャの関西弁は、「このガキ、いてもぉたるで!」やはりこれでしょう。

90分の上映の間、手にした珈琲をこぼしかけたシーンが三回ほどありました。監督の頭の良さと、ラストの母娘の気合いに拍手喝采で映画館を出ました。お薦めです。

★ 勝手ながら10月22日(月)23日(火)連休いたします。

 

 

イスラエル映画「運命は踊る」(サミュエル・マオズ監督作品)を観て来ました。予告編で、国境警備所のゲートを一匹のラクダが、ゆっくりと通過するシーンを見て、これは面白いかも、と思ったのです。

高名な建築家が住むマンションに、イスラエル軍の兵士がやってきてこう伝えます。「あなたのご子息は戦死されました」と。悲嘆にくれる父と母、親戚の面々。母は悲しみのあまり倒れてしまいます。葬儀の準備が始まったその時、戦死の報告を言った兵士が再度訪れ、「あれは間違いでした。同姓同名の人物と間違えました」。こんな間違いなんて言語道断。烈火の如く怒りだした父親は、すぐに息子を戻せと兵士に詰め寄ります。

ここで、序章は終わります。場面変わって、予告編にも登場した国境警備所。と言っても、戦争の陰など全くない場所です、時々、ラクダがやってくるか、車に乗った一般市民が通過するぐらいのノンビリした警備所です。ボロボロの警備車両に、だんだん傾くオンボロ兵舎、不味そうな缶詰だけの粗末な食事。何も起こらない場所で、24時間交代の警備勤務をこなしている、その中の一人が、戦死と間違えられた兵士です。誰と、何のための戦争かもわからないまま、敵の影すら見えない警備所の生活は、生きる意欲も失せ、まるで生きる屍の如き毎日です。それでも、彼らはそれなりに暮らしていました。監督は悲惨な状況をことさらクローズアップでせずに、静謐な雰囲気で書彼らの毎日を淡々と描いていきます。しかし、ある日、彼らはとんでもない事件を引き起こします。この事件前後の描き方は極めてスタイリッシュです。何が起こったかは映画館でご覧ください。

そして、映画は、再び父と母が住んでいたマンションに戻ります。でも、何だか状況が変化しています。灯の消えたマンション。酒びたりの母。所在なげな父。何が起こったのでしょうか?息子は帰ってきたのでしょうか?この夫婦はどうなってしまったのか、うっすらと予想はできますが、衝撃的な答えが最後に用意されています。運命とは、こんなに残酷なものなのか。この夫婦の悲しみと苦しみ、人生のやるせなさの向こうに、少し見えてくる希望。ラスト、切ないピアノの旋律に合わせて、映画のオリジナルタイトル「フォックストロット」というステップの踊りを繰り広げる二人に涙しました。

母国イスラエルの保守派政治家からは、国の資金を使ってこんな映画を作るとは、と攻撃されたみたいですが、イスラエルのアカデミー賞的存在のオルフィー賞8部門獲得し、本家のアカデミー外国映画賞にもノミネートされました。予告編の面白さはホンモノでした!

 

★釧路ヒッコリーハウスオーナー安藤誠の「ネイチャートーク」が決定しました。10/27日(土)19時スタートです。参加費は2000円です(要予約)

 


と、書くといかにも難しいテーマです。しかし、そこを巧みに映像化して、彼らの国から遥か彼方に住む日本人にも、内容を理解させてくれたレバノン映画「判決、ふたつの希望」(ジアド・ドゥエイリ監督作品)はお薦めです。

レバノンで自動車修理工をしているトニーは、ささいな事で住宅補修の現場監督ヤーセルと喧嘩を起こし、罵り合うちに民族差別用語を口にし、ヤーセルに殴られます。謝れ、謝らん、とお互いエスカレートし、裁判沙汰になっていきます。

トニーはレバノン人で、愛国的キリスト教徒。一方のヤーセルは戦火を避けてレバノンに逃れた難民です。最初は二人の喧嘩を仲裁する裁判が、やがて政治色を帯び、裁判所に詰めかけたレバノン人とパレスチナ難民が対立する騒ぎにまで進展してしまいます。怒りっぽく、猪突猛進なトニーに対して、なんとか戦争から逃れてこの国で細々と暮らしているヤーセルには、悲しさが付きまといます。だから、暴力を加えたヤーセルにシンパシーが湧くようになります。しかし、後半トニーの秘密に迫るあたりから、映画は、どちらが加害者でどちらが被害者なんだ、と観客に迫ります。法廷シーンが中心となりますが、サスペンスの重ね方が見事で、画面から目を離せません。

トランプのアメリカ第一主義にしろ、ヨーロッパ各地で起こる難民排斥の動きにしろ、我が国のヘイト・スピーチにしろ、「俺たちが正義だ、お前達は悪だ」と一方的に決めつけ、排除しようとする動きに、おい、ちょっと待て、ほんまにそうか?と問いかけてきます。

ラストは100%めでたしで終るわけではありません。しかし、ほんの僅かな希望を残します。現実はあまりにも苛烈だ、しかし映画には希望を残しておきたい、という監督の思いが伝わりました。感動的です、あの微笑みは。

ところで、裁判が政治的になって収拾がつかなくなった時、レバノンの大統領が登場し、二人に和解するよう説得します。その時、トニーが言うセリフが凄い!「お前は公僕だろ。オレの権利を回復しろ!!」(写真右。左側から大統領、トニー、ヤーセル)

一般人が国の最高権力者に向かって、公僕やったら、人民のために仕事せんかい!と詰め寄るんですからね。安倍さんにも、トランプさんにも是非見て頂きたいものです。

 

毎年人気の「ARKカレンダー2019」 入荷しました!! 

大/1080円 小/864円

売上げはARKに寄付いたします。よろしくお願いします。

カレンダーの犬や猫たちついては、撮影者の児玉さんのブログに上がっています。

 

 

これは、今の日本ではそう簡単に作れない映画です。母国の歴史的汚点を、一部のコアな映画ファンに向けてではなく、一般の人達に見てもらえる映画なんて、誰も作らないし見たくないのかもしれません。

チャン・ジュナン監督作品「1987ある闘いの真実」は、1987年1月に起こった学生運動家の朴鍾哲拷問致死事件から、その後の民主化闘争を真正面から描いた映画です。本国では2017年12月に公開され、多くの観客動員をしました。

当時、韓国は全斗煥大統領軍事政権の圧政のもと一般民衆は苦しんでいました。民主化を求めるデモが学生を中心に激化した最中、ソウル大学の学生が警察の取り調べ中に水責め拷問で死亡します。原因は共産主義撲滅に燃える治安本部のパク所長(キム・ユンソク)にあるのですが、この所長がこうまで共産主義を嫌悪する理由も観客は知ることになります。

もみ消しを画策する所長達の前に、無頼派で権力に屈しない検事やら、恫喝なんてなんのその、猪突猛進する新聞記者など、社会派サスペンス小説や映画には定番のキャラが登場します。映画は、彼らがぐいぐい引っ張ってゆくリアリズムドラマになるのかと思いきや、後半の話は、美形男子大学生と彼に憧れる女子大生の2人が引き継いでいきます。

えっ?なに、その展開?と私はちょっと混乱しました。今の韓国映画の実力なら、もっと切れ味鋭い映像表現も出来たはずです。ラストシーンには、ちょっとなぁ〜と思ってしまいました。しかし、よくよく考えてみると、これはワザとじゃないか、誰にでも感情移入しやすく、自分たちの国の根幹に潜む悪の存在をはっきりと浮き彫りにするために、こういう演出をしたんじゃないかと思えてきました。ドキュメンタリータッチで始動し、多彩な人物が登場するドラマチックな群像劇へと発展し、若い男女の悲しい青春ドラマで幕を閉じるなんて、この監督の力技ですね。

1987年と言えば、日本はバブル経済の真っ最中。高級車、高価なブランド品、贅沢な食事に狂っていた時代です。俵万智の「サラダ記念日」がベストセラーになっていました。また安田海上火災がゴッホの「ひまわり」を高額で落札した事を皮切りに外国の有名絵画の購入ブームが巻き起こった時代でもあります

金の亡者になっていた我が国のお隣で、こいつは怪しいと見なされるや否や捕まり拷問を受け、デモを行えば催涙弾が飛びかっていました。そんな暗黒の時代を、数十年経った今、もう一度見直そうとする映画を作った映画人がいて、やはり見ておこうと思う人が数多くいたのです。拷問シーンにも目を逸らさず、自分たちの国の恥部を知っておこうと劇場に向かいました。つくづく韓国の人って、強靭だなと思いました。

慰安婦問題は解決済みなんて言ってる政治家の皆様、もしこの問題を真正面から捉えた映画が公開されたらどうします?軟弱な皆さん、韓国の人たちの強靭な精神に木っ端みじんにされますよ。

 

★釧路ヒッコリーハウスオーナー安藤誠氏の「ネイチャートーク」が決定しました。

10月27日(土)19時スタートです。参加費は2000円です(要予約)