イザベル・コイシェ監督「マイ・ブックショップ」は、本好き、本屋好き、書店業に従事している者ならば、観てほしい映画です。

舞台は1959年、イギリス東部の小さな海辺の町。戦争未亡人のフローレンスは、夫との夢だった書店をこの地に開くことを決意し、放置されていた古い家を買取り、店を開きます。しかし、地元の金持ちで、慈善団体活動をしているガマート夫人は、この場所に芸術センターを建てるとしていて、いい顔をしない。本屋作りに走り出すフローレンスと、それを阻止しようとするガマート夫人の画策。

古い家に、書架が入り、本が並んで、本屋に命が吹き込まれてゆく様子が描かれていきます。そして、小学校に通うクリスティーンのお手伝いでオープンします。この少女がまた、読書が嫌いで、算数と地理が好きな不思議な子なのですが、ラストでとても重要な役柄になりますので、注意して観てくださいね。

町には、古い邸宅に引きこもる読書好きの孤独な老人ブランディッシュがいます。彼の佇まい、ファッション、気骨は、初老に入ろうとする者にとってお手本なので、御同輩の皆様、ここもしっかりとご覧いただきたいのですが、彼は、早速面白そうな本を送ってくれと注文を出します。フローレンスが選んだのがユニーク。レイ・ブラッドベリのSFの古典「華氏451度」でした。ブランディッシュは、この作家が気に入り、次から次へと読破していきます。書店員として、これほどの幸せはありません。さらに彼女は、悩んだ末に、当時スキャンダルな内容で話題になっていたナバコフの「ロリータ」を、これは売るべき本だと250冊仕入れて、店頭にズラリと並べます。私は持っていたコーヒーカップを落としそうになりました。いや、こんな決断なかなか出来ませんよ。売りたい本を、覚悟して売るという本屋の原点です。

 

順調に見えた書店経営も、イケズなガマート夫人の、巧妙な政治的画策で廃業に追い込まれていきます。この作品、ラストのラストに至るまで、大げさな描写を一切廃して、書店と町の住人を見つめていきます。だから、追い出される場面も極めて静かです。荷物をまとめて船に乗った彼女を見送るのは、クリスティーンのみ。読書嫌いの彼女の腕には、フローレンスがこれだけは読んでね、と渡したリチャード・ヒューズの「ジャマイカの烈風」が抱かれています。あなたの本への想いは受け取ったというクリスティーンの瞳を見るだけで、泣けます。

映画の公式サイトのコメント欄を見ていると、川本三郎や上野千鶴子らの著名人に混じって、書店員、店主のコメントが載っていました。HMVBooksの店長を務める花田菜々子さんが「ラスト最高、私が彼女でもそうする。書店員の執念は凄まじいのだ。なめてかからない方がいい」と。「書店員の執念」という言葉は、どうかなとは思いますが、気持ちはよくわかります。旧態依然とした業界の疲弊、未来の見えない新刊書店の現状で仕事をする書店員に、クリスティーンの瞳が気合を入れたのかもしれません。

しかし、映画はここで終わりではないのです。ここから、後は劇場で。本を、本屋を愛している貴方なら、溢れ出る涙に遭遇することになります。名作です。

2003年、アメリカはイラクが大量破壊兵器を保持、テロ組織を支援しているという理由で、軍事介入に踏み切りました。当時、大手マスメディアも、政府発表を鵜呑みにして軍事介入を後押ししました。

2001年の同時多発テロ事件以降、アメリカはイスラム憎しの感情に凝り固まっていました。時の大統領ブッシュや側近たちは、イラク悪人論の前提で情報を操作し、国民世論を誘導しようとしていました。 NYタイムスやWポストも、まんまとその罠にはまってしまったのです。

しかし、政府の主張する大量破壊兵器保持の情報は嘘だと見抜き、この軍事介入の不当さを訴えた新聞社が一社だけありました。ナイト・リッダーというアメリカ各地の地方誌を傘下に持つ小さな新聞社です。この新聞社の記者が、米政府の嘘と情報操作を迫ってゆく姿を描いたのが「記者たち衝撃と畏怖の真実」(京都シネマにて上映中)です。

監督はロブ・ライナー。「スタンド・バイ・ミー」「恋人たちの予感」等、多くの佳作を発表してきました。そのせいか、わかりやすい社会派エンタメ映画に仕上がっています。

手堅くまとめた娯楽映画とはいえ、説得力があるのは、エンディングに登場する数字です。この戦争での犠牲者の数、使った費用など、莫大な数字が出た最後に「発見された大量破壊兵器0」という数字に、国民を欺き、国費を無駄使いし、多くの若者を死に追いやった政府への監督の苛立ちがはっきりと表れていました。

ナイト・リッダー社は、大手メディアが政府広報の垂れ流し機関に成り下がっても、自分たちだけは「イラクに派遣される兵士の母親の味方でいたい」という立場を貫き通しました。

トランプ大統領が、自分を批判するニュースや新聞社をフェイクだと言い立てる現状では、こんな愚かな戦争を再び起こしかねないかもしれません。そういう意味では、優れた「反トランプ映画」なのです。そして、胡散臭い奴らが跋扈して、妙な世論を作ろうとしている我が国の危険をも示唆しています。

作家の江國香織は、こんなコメントを書いていました。

「疑う知性が必要なのは、記者たちに限ったことではない、という警鐘のような映画。ロブ・ライナーはほんとうに誠実な才人だと思う。」

 

ケネス・ロナーガン監督「「マンチェスター・バイ・ザ・シー」を観ました。深い余韻が残り、近年のアメリカ映画で最も秀逸な一本だと思います。wowwowで放映していたものを友人に撮ってもらって見たのですが、解説の小山薫堂も「最近、これ程、後味のいい映画はない」と評価していました。映画館で観なかったことを悔やみます。

ボストン郊外で、アパートの便利屋として働くリー・チャンドラーのもとに、故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーにいる兄のジョーが倒れたという知らせが届きます。駆けつけたものの、すでに兄は息を引き取っていました。
兄の息子でハイスクールに通う、パトリックにも父の死を知らせるため、故郷の町を走り抜けていくとき、カメラは海沿いの美しい街を捉えます。兄の遺言で、パトリックの後見人にされていたリーは驚きます。弁護士から、故郷に戻って欲しいと告げられたのです。しかし、リーにはこの街で犯した悲劇があり、その苦しみを乗り越えられていないのです。

映画は、ジョーの埋葬までの一週間を描いていきます。ジョーには酒浸りの妻がいて、離婚していました。リーにも三人の子どもと妻がいたのですが、ある冬の日、彼の不注意から三人の子どもを亡くしていました。それが原因で離婚し、リー自身も故郷を離れて、他の街でうだつの上がらない便利屋をやりながら、細々と生きていたのです。彼の妻もまた、後悔と悲しみから抜けきることができていません。
乗り越えられない傷を負ったまま、リーは自分と向き合わざるをえなくなります。そして、パトリックもこれからの人生に向き合うことになります。

 

決して明るい映画でもないし、笑って終わることはできません。背負った傷なんて、そう簡単に乗り越えられるものではないし、その傷と共に生きていくしかないという事実が、深く心に染みます。風景画のような美しい街並みを背景に、静かに進んでゆく物語は、日本的な、あえて具体的に言えば「東京物語」の無常観が漂っています。ラスト、海辺の墓地で、波の音とチャンドラー家の墓石がさり気なくインサートされる埋葬の場面にも、そんな無常観が漂っていました。

多分繰り返し、この映画を観ることになると思います。

クリント・イーストウッド監督・主演作品「運び屋」は、絶対お勧めの映画です。

現在89歳のイーストウッド。もうご老体ですが、何とまぁ元気な映画を作られました。鼻歌歌いながらアメリカ中をドライブ、モーテルに女性を引っ張り込むは、パーティではナンパするは…..。そんなノーテンキな爺さんですが、実のところシリアスなお話です。

主人公アールは、身勝手な振る舞いのせいでとうに家族からも見放された、孤独な90歳の男性です。ユリ科の名花「デイリリー」の栽培事業に行き詰まり、自宅も差し押さえられ、万事休すの状況になった時、「車の運転さえすればいい」という仕事を持ちかけられるのです。「簡単な仕事」とは、メキシコの麻薬カルテルの運び屋だったのだですが、深く考えもせず、中身を見るなという約束を守り、大金を手にします。しかし案の定、カルテルの内紛と麻薬取締局の捜索などで、危険が迫ってきます。
イーストウッド映画のセオリー通り、静かにゆっくりと物語は動いていきます。アメリカ中を麻薬を積んで旅するシーンは、西部劇風のところもあって心地良い感じが伝わってきます。車中のカーステから流れるに合わせて歌い出すと、監視のために後からついてくるカルテルのメンバーも、車に仕掛けた隠しマイクから、聞こえてくる彼の歌声に合わせて、いつの間にか歌ってしまったりと、ちょっと笑えます。
家族をないがしろにしてきたアールは、それまでの人生に後悔しながらも、なかなか家族と向き合おうとしません。そんな彼が、妻の元へと戻ってくるあたりから、映画は一気に緊張感を上げていきます。昨今のアメリカ映画の、すぐに場面転換して、刺激的なシーンを並べ立てるようなことをせず、ていねいな場面の積み重ね。あぁ〜映画を観ている、という幸福感で一杯になります。
自分の美学に酔って仕事を優先し続けた男が、家族から孤立してしまう当然の報いを受け止め、老人の孤独、悲愁、そして人生へのけりの付け方を、イーストウッドは、見事に演じていきます。長年彼を追っかけて来た身には、アールとイーストウッドが重なり、深い皺さえも格好いいと思いました。

 映画「女王陛下のお気に入り」を見ました。時は18世紀初頭、アン女王(オリヴィア・コールマン)が統治するイングランドが舞台です。当時英国はフランスと戦争中。宮中には女王の幼な馴染で、英国軍を率いるモールバラ公爵の妻サラ(レイチェル・ワイズ)が女王を操っていました。そこへ、上流階級から没落したサラの従妹アビゲル(エマ・ストーン)がやって来て、召使いでも何でもいいから雇ってくれと頼みます。ところがこのアビゲルがなかなかの曲者でした。巧みに女王に近づき、侍女の地位を獲得すると、ついにサラを追い出そうと画策します。

こういう英国歴史物語って、一見きらびやかな王朝絵巻か、はたまた悲恋ものかと思いがちですが、映画開始10分ぐらいでそれは見事に裏切られ、え?これいつの時代?と錯覚するほど現代的です。クソ、バカ、ブス、ブタ、等々下品な言葉が、機関銃連射の如く飛び交います。痛風に苦しむアン女王に取り入り権力を手に入れようとする二人の女と、二人を手なづけようとする女王のパワーゲームへと突き進んでいきます。濃いわぁ〜、この映画……。

史実にはない物語を、それが真実であるかのように、徹底的にウソのない作品に仕上げたスタッフの力量に敬服します。実際にイギリスにある城をロケの舞台にして、装飾、美術、衣装の細部にまで徹底的に拘っていて、第一級の美術品を見ているようです。さらに、魚眼レンズを駆使して、城の中をカメラが自由に行き交い、アクション映画さながらに緊張感を演出し、また、権力争いに明け暮れる二人の女優を、真下から見上げるようなローアングルで撮影することで、この二人の強欲さを表現しています。さらにアビゲルに至っては、男性の扱い方の暴力的なこと。森で急所を蹴り上げらられた若い男の痛そうなこと,,,,,,,,。

もう、ここまでくれば笑って見るしかありません。英国王室の見てはいけないものを見てしまったなぁ〜と言う気分です。アカデミー主演女優賞は、グレン・クローズ!とブログに書いてしまいましたが、この映画で女王を演じたオリヴィア・コールマンは、狡猾さ、哀れさ、幼さ、孤独感など様々な感情を巧みに表現して、賞を取っても仕方ないと思えました。レイチェル・ワイズ、エマ・ストーン共々脱帽です。

 

これは、今の時代ならではの青春映画です。

主人公は父親を亡くした少年ユリシーズ。少年なんだけれども、心は女性。いわゆるトランス・ジェンダーです。ユリシーズは学校では、オカマ野郎といじめられ、小さな弟には、母のハイヒールを履いているところを見られてしまい、兄弟の関係もギクシャクしています。父を亡くした母子を心配して、母親が働いている間自宅に来て世話をしてくれている伯母は、厳格なキリスト教徒で、男の子が女性になるなんてぜったい許せません。

周りの差別的な視線に耐えられなくなったユリシーズは、ストリートで出会ったトランスジェンダーのグループに「土曜の夜の教会」へと誘われます。そこは静かな昼間の教会とは異なり、ダンスや音楽を楽しみながら、同じ境遇の仲間と語らう場として開放されていたのです。ユリシーズは、その自由な雰囲気に夢中になり、少しずつ自分を解放してゆく姿がミュージカルタッチで描かれています。

自分はこのままでいいんだと自信をもてるようになり、街中でダンスの練習をしたり、いつも逃げていたいじっめ子には、振り返って投げキスを送るほど変わって行きます。音楽といい、振り付けといい、ここは感動的なシーンです。

しかし、相変わらず伯母との関係は最悪で、ついに家を飛び出してしまいます。その先に待っているものは………。

長編映画初監督のディモン・カーダシスは、LGBT支援プログラムの「サタデー・チャーチ」でのボランティア活動をもとに脚本を作り上げ、トランスジェンダーの俳優たちを起用して、一人の若者が、自分を肯定して生きて行く姿を描いていきます。ラスト、憧れのハイヒールを履き、ドレスに身を包んで舞台に立つユリシーズは、自信と誇りに満ちています。母親が、一度きりの人生だから好きに生きなさい、と抱きしめて認めてくれたことが、きっとなによりユリシーズの支えになっているにちがいありません。

因みに、この作品「オースティング・レズビアン映画祭最優秀長編作品賞」、「サンフランシスコLGBT国際映画祭新人監督賞」、「シアトルレズビアン&ゲイ映画祭観客賞」、「カレイドスコープLGBT映画祭最優秀US長編作品賞」などを受賞しています。こんなにも多くのゲイ&レズビアン映画祭があるんですね。でも、平日とはいえ映画館のお客さんは少なかったし、上映期間は短いかもしれません。お早めに!

 

 

 

 

アメリカ西海岸の映画人のお祭り騒ぎとは言え、アカデミー賞は映画ファンなら気になるところです。今年の主演女優賞候補に、グレン・クローズがノミネートされていました。過去、何回もノミネートされているにも関わらず、オスカーを手にしていません。メリル・ストリープに匹敵するぐらいの演技派女優なのに、です……。

ビョルン・ルンゲ監督作品「天才作家の妻40年目の真実」は、彼女なくしては成り立たない作品でした。現代文学の作家ジョゼフと妻ジョーン(グレン・クローズ)のもとに、ノーベル文学賞受賞の吉報が届きます。ふたりは授賞式が行われるストックホルムを訪れますが、ジョゼフの経歴に疑惑を持ち、その秘密を暴こうとする記者ナサニエルがストックホルムまでやって来て、何かと絡んできます。

映画は、授賞式へ向かう夫婦の姿を捉えながら、過去へと戻ります。若き日、文学的才能が豊かだったジョーンですが、作家になる夢を諦め、ジョゼフとの結婚後、彼の影武者となって夫の文学的成功を支えて来ました。しかし、度重なる夫の浮気癖にうんざりして、心の奥底に押殺していた夫への不満や怒りが噴き出し、夫婦の関係が崩壊へと向かいます。クライマックスの授賞式当日、さて、彼女はどんな行動を取るのか…….。

 

グレン・クローズは、「101匹わんちゃん」のリメイク映画「101」で、可愛い犬たちの敵役でど派手な悪女を演じ、肥溜めに落ちて笑わせてくれたりと、これまで硬軟色々な役柄を演じてきました。1984年、ロバート・レッドフォード主演の野球映画の傑作「ナチュラル」の清楚な恋人役から、数十年彼女をスクリーンで観て来ました。そして今72歳の彼女が見せてくれる女優の実力!

今回の映画では、様々な感情が交差するジョーンの内面をヒステリックになることなく、ちょっとした動作や、表情の変化で演じていきます。女優としてのキャリア、歩んできた人生の重みが、ずっしりと出ている傑作でした。これで賞を取らなければ、どういう選考してるんねん?と疑いたくなるほどです。25日の発表が楽しみです。

 

ドン・ユエ監督の長編映画デビューの中国映画「迫り来る嵐」。入場料を支払って、暗澹たる気分で映画館を出る”快感”を、たっぷり味わいたい方にお薦めです。映画館を出て、宵闇迫る京都の大通りに立つビル群の明かりを目にした時、自分が幸せな場所にいるとしみじみ思いました。

1997年。中国の片田舎に立つ大きな工場は、24時間体制で稼働しているのですが、何を作っている所なのかは説明がありません。舞台は、この工場と付近の町です。全編雨が降り続いていて、青空は全くありません。土砂降りで雷が鳴り響き、ぬかるんだ道。映画「ブレードランナー」でも全編雨は降っていましたが、この映画に比べれば穏やかに感じます。

そんな場末感一杯の町で、若い女性ばかりを狙った猟奇殺人事件が連続して起こります。工場の警備主任ユィは、刑事気取りで首を突っ込みます。そして、警察の情報をもとに犯人を追い詰めていきます。映画中程で登場する追跡シーンは、映画史に残る迫力です。剥き出しの鉄骨に覆われた工場、隣接する貨物駅と列車群、そして土砂降りの雨。犯人を執拗に追いかけるユィ。

ところが、映画は途中から犯罪映画路線を逸脱していきます。刑事たちや町の住人、そしてユィの恋人も、まるでこの猟奇殺人事件に興味がなく、一人、ユィだけが熱くなっているのです。それが最後に悲劇を生むのですが…….。

この時代、中国は経済発展に向けて猛進し、社会が激変した時代でした。かつての共産主義国家のもとで統制された工場は廃れていき、人々は都市へ向かい出します。空虚で、無機質な雰囲気を、灰色の映像が見事に描いています。映画は、犯人探しよりも、空回りするユィの心の闇に向かいます。

「どこにでもいるような人物が、時代の性質しだいで、いかに影響を受けるかを描くことで、その時代をむき出しにし、その社会の精神性みたいなものを浮き彫りにしたい。」と、監督はこの映画について語っています。

ラスト、映画は2008年に飛びます。ユィが勤務していた工場が、ショッピングセンター建築のため爆破されるのです。かつての工員たちが見つめる中、工場は崩れ落ちていきます。誰一人、幸せそうな顔の人はいません。薄汚れ、生きているのか、死んでいるのかわからない表情です。希望という言葉は泥にまみれ、激しい雨に流されてゆき、悪寒が走ります。

しかし、さらに観客は、これほど無惨な人生はないというシーンに直面して席を立つことになります。ぜひ、映画館で震え慄いてください。

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も25店程にご参加いただきます。お楽しみに!

 

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ジェームズ・マーシュ監督の映画「喜望峰の風に乗せて」は、単独無寄港、世界一周レースに挑戦した男の映画です。と言ってしまうと、幾多の困難を乗り越え、愛する家族の元へと戻ってくるタイトル通りのステキなヨットマンの映画、と思いますよねフツーは。

でもこの映画は、そうではではありませんでした。

1968年、イギリスで小さな会社を経営し、趣味でヨットに乗るくらいの男クローハーストは、単独無寄港世界一周レースが開催されるという話を聞きます。優勝すれば、自分の名誉もビジネスの価値も上がると考え、広報担当者にジャーナリストを起用したり、取引先の企業へスポンサー参加の営業をするなど、参加準備を戦略的に進めていきます。

しかし、何より問題はヨットレースの経験がないこと。その上、肝心のヨットに対する準備時間が不足していて、乗り込むヨットは不完全なまま就航する羽目になります。案の定、外海に出た途端、様々の不具合に襲われます。多額の借金を背負っているので、レースをリタイアすれば、破産しかありません。

今なら、衛星のカメラや、ネット情報ですぐにどこにいるか瞬時にわかるのですが、当時は航海日誌だけがレースを完遂した証拠でした。早くも他のヨットに遅れをとった彼は、無線で偽の情報を流してしまいます。素人のヨットマンが記録を更新したと、地元は大騒ぎになり新聞でもトップニュースで取上げられます。偽の航海を続けるクローハーストの、不安と後悔と己への失望を、大海原に浮かぶヨットを俯瞰で捉えたカメラがシンボライズします。

主役を演じるのは、「英国王のスピーチ」等でお馴染みのイギリス映画界のトップスター、コリン・ファース。ヨットでの一人だけの演技が見事で、小心者で名誉欲は人一倍、そして家族思い、という男の複雑な心の内を演じています。

これはかなり特殊な状況下の物語ですが、名誉欲、出世欲、金銭欲等に囚われてしまって、できもしない事に手を出し、失敗を繕わざるを得ない事って、どんな人生にもあります。誰にでも多かれ少なかれ起る事かもしれません。

よってたかって、当時のマスコミが彼の美談を作り上げていきます。平気で偽記事をデッチ上げ、記事に新鮮味がなくなると、家族に予定調和的なインタビューを敢行する。ネット時代の今なら、さらにひどいことが起こっていたにちがいありません。ちなみにこの映画は事実に基づいているそうです。 

 

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も25店程にご参加いただきます。お楽しみに!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お正月休みに「ヴィヴィアン・ウェストウッド最強のエレガンス」というドキュメンタリー映画を観ました。

ファッション・デザイナーであり、環境問題活動家であり、パンク誕生の立役者であり、世界的ブランドの創始者であるヴィヴィアンは1941年英国に生まれ、現在78歳。権力に楯突いてきた人生といっても過言ではありません。

1971年ロンドンのアンダーグラウンドから飛び出したロックバンド、セックス・ピストルズをプロデュース。彼らが着ていたヴィヴィアンのデザインしたTシャツは、パンクスタイルを定着させます。体を奇妙に揺らせながら「アナキー・イン・ザ・UK」を歌う彼らは、当時の英国の支配階級を大いにイラつかせました。映画は、過激に突っ走る若き日の彼女の姿を巧みに織り込みながら、現在の彼女を映し出していきます。

スタイルを変えながら新しい感覚のファッションを生み出し続け、ファッションデザイナーとして50年のキャリアをキープし、現在も大企業の傘下に入ることなく、世界数十カ国、100店舗以上を展開する独立ブランドのトップにして現役のデザイナーという立場にいます。頑固でアグレッシブなこんな上司では、正直周囲は大変だよな、と思います。その一方で、年令などおかまいなしに派手な衣装に身を包んで、ヒョイと自転車に乗って駆け抜けていく姿は、とてもチャーミングです。

厳然たる階級社会がベースにあったイギリスの閉塞感を打ち破った、パンクファションの中心にいたパワフルな彼女と出会い、別れていった男たちを絡めながら映画は進んでいきます。

幸せな幼少期を経て、幼い子どもふたりと若いミュージシャンのマルコムと暮らしながら服づくりに励み、やがて、世界的成功をおさめるまでの70年間。様々な現代アートに刺激を受けながら、彼女は自分の世界を作りあげていきます。猪突猛進というのは、この人を指し示すものなのかもしれません。2015年、水圧破砕法によるシェールガス採掘に反対し、当時のキャメロン首相に対して、戦車をくり出し抗議デモを実行しました。そのシーンも映画には登場しますが、老いてますます元気、強烈な女性の半生です。

 

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。今回も25店舗程が参加します。お楽しみに!イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

⭐️2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。予約受付中(1500円)レティシア書房075−212−1772まで。