2014年ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞したのは、スウェーデン出身のロイ・アンダーソンの「さよなら人類」。

この映画がなぁ〜、と多くの人が思うかもわかりません。ストーリーのある様な、ない様な、主人公がいる様な、いない様な映画ですから。(途中で席を立った方もおられました)

最初は、まごつき、退屈になったり、眠たくなったりしましたが、暫くして、おぉ〜!と、この監督のセンスに痺れました。お話は、冴えない営業のおっさん二人の失敗ばかりの日常を描いてるのですが、二人が売っているのは、パーティーなんかで使うドラキュラの歯とか、歯抜け親父のお面とか、もう時代遅れの全く売れないものばかりです。

一応、二人を主軸にして映画は進みますが、彼等が入ったカフェに、突然馬に乗ったナポレオンの如きスタイルの将軍が乱入し、ロシアに攻め込むと息巻くシュールなシーンが展開します。この時、カフェの向こう側を、配下の軍人達が戦闘服スタイルで馬に乗って、或は槍をもって延々行進していくリアルな姿が見えてきます。な、なんというお金の使い方や!本筋そこのけで、あっけに取られ画面に吸い込まれました。(ご丁寧以にも、この将軍は戦に破れて再度登場します)

モンティパイソンや、ジャックタチの「僕の伯父さん」シリーズと似通ったスタイルという批評家もいましたが、そうかもしれません。不連続なカットを拾い集めてきて、観客がパズルを完成させるような作品ではないでしょうか。(だから、しっかりしたお話に基づいて進行する映画を好む方には、お薦めしません)

監督は、CM製作で幅広く活躍し、その資金でストックホルムに巨大なスタジオを建設。この映画の全39シーンの中、野外撮影は一切行わず、CG全盛の時代にCGをほぼ使わず、スタジオに巨大なセットを組み、ミニチュアの建物やマットペイント(背景画)を多用、目を凝らしても気づかないほどのリアルな街並を再現し、そこに膨大なエキストラ、馬を登場させるなど、とんでもないアナログ巨編を完成させました。そう言う意味では極めて絵画的な作品で、アンダーソンの個展を美術館に見に行った、という感じでした。

ラストがいいんです。バス停で、バスを待つ人々。「今日は何曜日だっけ」とか声をかけたりして待ってます。と、鳩の鳴き声が聞こえてきます。バス停の後ろの自転車屋が開店します。再び鳩の声が静かに聴こえます。で、エンド!!!!!。

こののどかさ。泣けてきました。単純にいえば、どうあがいても「明日は来てしまう」という事なんですね。

 

 

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漫画家で、江戸文化の研究者でもある杉浦日向子の「合葬」を読み終わりました。雑誌「ガロ」に連載され、84年の日本漫画家協会賞・優秀賞を受賞した長編漫画です。

徳川幕府崩壊直後の慶応4年の江戸を舞台に、幕府解体に徹底抗戦して、新政府と最後まで戦った「彰義隊」に入隊した三人の若者の姿を描いていきます。熱狂的に徳川慶喜に忠誠を誓う若者、養子先を追い出されて、フラフラしていた若者、そしてその二人に絆されて、自身は彰義隊の存在意義を疑う若者の三人が、時代の荒波の中に翻弄されて、もがく様を描いた青春漫画とでも言えばいいのでしょうか。

明治政府によって、彰義隊は反政府勢力と断定され、テロリスト集団として追い詰められてゆきます。もちろんこの若者達の未来にも、明るい展望があるわけがありません。杉浦は、少し距離をおいた視線で、若者達の明日のない青春を描いていきます。作者は大げさな悲劇として扱うことを極力避けていきながら、なんでこんな青春選んだのかなぁ〜という若者達のつぶやきを描いていきます。なんだか、ゴダールや、マル、トリュフォ−なんかのヌーベルバーグ映画に登場すして右往左往する若者達みたいな印象さえあります。

「彰義隊」の視点から、いわば内乱でもある上野戦争を描いていきますが、戦争というものがいかに大義名分のないものかが理解できます。その渦中で命を落としてゆく若者達。彼等の無駄死の死屍累々で終わるのかと思ったのですが、そうじゃないんですね。このラスト、希望なのか、絶望なのか、それは読者の想像力にお任せですが、私は涙しました。生きてほしい、と声をかけたくなりました。

今店頭にあるのは2012年に小池書院から再発されたハードカバーです。(絶版1500円)

ところで、この漫画が劇映画になったみたいです。この秋公開予定ですが、脚本がNHK朝ドラの「カーネーション」を書いた渡辺あやというのが興味津々です。監督は、彼女の脚本で自主制作された「カントリーガール」の監督、小林達夫の初の劇場公開作品。あのラストシーンがどう演出されているか、ぜひ劇場で見たい映画です。 

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記録映画「セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター」(京都シネマ)を観てきました。

ブラジルに生まれ、ユージン・スミス賞をはじめ、多くの賞を受賞した世界的報道写真家。現在はブラジルで、破壊された自然の保全や復元活動に取り組む環境活動家としても知られている写真家セバスチャン・サルガドを、ヴィム・ベンダースが監督した映画です。

報道写真家として、世界中の戦争へ出向き、その悲惨な光景を撮り続けた写真家の作品は、時として目を背けたくなります。故郷を追われ、流浪の旅に出たアフリカの民。飢餓の恐怖に耐えながら、安住の地を求めて彷徨う。しかし、体力のない子供たちから死んでゆく。民族同士の衝突から起きる戦争が、どれ程人間を残酷な、醜い存在にしてしまうかを見せつけられます。

 

そんな辛い写真ばっかりで痛々しい映画なのかと思われますが、そうではありません。人間の存在をたった一枚の写真に切り取り、悲惨の遥か彼方にあるかもしれない希望へと私たちを導いていきます。彼が撮った作品の背景に見え隠れする大空の不思議な感覚は、そんな希望の道しるべかもしれません。

映画の後半は、ルワンダ内戦のあまりの惨状に、彼自身の心が病み、故郷ブラジルに戻ってからの活動をドキュメントしていきます。故郷の荒果てた大地に愕然とした彼は、妻レリアと共にその再生へと向います。

そして2004年にスタートするプロジェクト「GENESIS(ジェネシス)」では、地球上に残る未開の場所―ガラパゴス、アラスカ、サハラ砂漠、アマゾン熱帯雨林などに出向き、日々生と死が交錯する、地球の姿に立ち止まり、シャッターを押し続け、写真集として発表しました。。
かつての報道写真家としての作品とは、まるで違う作品に批判もありましたが、サルガド自身が言うように「GENESIS(ジェネシス)」とは地球への“ラブレター」。絶望の彼方から、希望への架け橋を自らが求め探す旅を続ける姿は胸を打ちます。打ち拉がれた魂を再生させるのは、この惑星の自然でしかないという真理に真摯に耳を傾けさせる作品でした。

 

 

★10月23日(金)19時30分

北海道釧路ヒッコリーウインドオーナー&ネイチャーガイドの安藤誠さんのネイチャートーク&スライドショー「安藤塾」 決定。要予約

 

 

 

4日間のお休みを頂き、今年も後半戦スタートです。夏バテ解消、とまではいきませんでしたが、一箱古本市の整理をゆっくりすることができました。

さて今日から、朝野ペコさん楠木雪野さん、共に映画大好きなイラストレーター二人による「荒野の二人展」が始まりました。

10数枚の洒落たイラストは、二人の作品が交互にならんでいて、それぞれのテーマが、連想ゲームのようにつながっています。

例えば一枚目は、「レティシア書房」の名前の由来である映画「冒険者たち」より、素敵なジョアンナ・シムカス。アラン・ドロン主演のこの青春映画が好きで、ジョアンナ・シムカス演じるヒロインの、レティシアという響きに魅かれて名前をつけた店なので、嬉しい!!です。(→)

2枚目の作品は、レティシアがヒロインの名前ということで、次のキーワードは「ヒロイン」。連想された映画は、ヒロインのグレース・ケリーが美しいヒッチコックの「裏窓」でした。「裏窓」の主役はカメラマンなので、「カメラ」から連想して、3枚目の映画はアントニオーニの「欲望」。

 

そうして次々と「キーワード」が引き出され、そこから思い浮かべた映画の一場面を、リレー形式で交互に描いた作品が並びました。映画好きには、とても楽しい!!!観たことない映画があったら、作品を眺めるうちに「ちょっとレンタルビデオ店へ走るか?」という気になります。

朝野さんの、映画の1シーンを再現したキッパリした線と、シックな色使いはとても気持ちがいい。楠木さんの、大胆な画面構成と味のある線描は、とてもオシャレです。

作品一つ一つに、連想した理由や映画の解説が付いているので、ウキウキしながら読んでいきました。

 

 

映画が大好きな方も、普段あんまり観ないわ〜、という方も、ぜひ一度、彼女たちの世界を楽しんでみて下さい。

因みにタイトルの「荒野の二人展」は、「荒野の七人」から。果敢なユル・ブリンナーと、スティーブ・マックィーンが、銃を構えている姿がDMになっています(右下)。そういえば「荒野の七人」を観た当時、ジェームズ・コバーンがかっこよかったんだけど、私はユル・ブリンナーが好きだったわ〜・・・「王様と私」「隊長ブーリバ」、「旅」なんていう悲恋ものもテレビで観たわ!とか、次々と思い起こし、映画の話は尽きません。ということで、この企画、第2弾もしたいですね〜!と早くも盛り上がっています。(女房)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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話題になっていた映画「桐島、部活やめるってよ」をDVDで観ました。原作は、朝井リョウ。早稲田大学文学部時代に、同小説で2009年集英社「小説すばる新人賞」を受賞。12年に映画化されました。翌年、彼は「何者」で直木賞を受賞します。

映画の監督は吉田大八。この人、原作物の映画化に手腕を発揮するみたいで、西原理恵子の「パーマネント野ばら」、角田光代「紙の月」などシャープな映像美で楽しませてくれる監督です。

この映画も、お見事!の一言に尽きる作品でした。ある地方の高校生のお話で、「桐島君」が、突然バレーボール部をやめることになり、え?なんで?と友だちやガールフレンドが右往左往するだけの物語。そんなん、オモロイ??と思いますよね。

「桐島君」は一回も画面に登場しません。そう、主役は出てこないという超変化球映画です。さらに最初の30分間は、部活やめるって噂を聞いた同じ日の友だち、彼女、クラスメイトの行動をそれそれに角度を変えて描く「巻き戻し」映画なのです。肝心の桐島君は、果たして本当に存在するのか、何をするつもりなのか、わからないままドラマは進行していきます。そして、彼とは全く接点のない自主映画を作っているクラスメイトが登場してきます。彼がどう桐島君と関係していくのがスリリングなのですが(これが全く裏切られるのですが)その巧みな展開には、いやまいった、まいったです。

主人公が空白のまま、彼に関係のあった仲間たちは、意味のあるような、ないような、行き先のわかっているような、わからないような行動を続けます。楽しいような、楽しくないような高校生活。青空にぽっかり浮かんだ雲が、ふわふわと流れていくような時間の中にいる気分です。

現役の高校生が観たら、何これ、意味不明、と思う人も少なからずいると思います。でも、あのどうでもいいような時を過ごして大人になった人ならば、生きる意味さえわからず、漂泊してたんだよね、というノスタルジーをもって共感できると思います。

学内でゾンビ映画を作っているクラスメイトの映画青年が、カメラを突きつけるラストは、映画の祝祭みたいな雰囲気もあり見応え十分でした。お薦めです。

★休業のお知らせ

8月24日(月)〜27日(木) 勝手ながら休業いたします。よろしくお願いします。

 

レティシア書房ギャラリー情報 

28日(金)〜9月6日(日)「荒野の二人展」映画好きイラストレーター朝野ペコ・楠木雪野の二人展です。

 

若年性アルツハイマーを扱い、主演のジュリアン・ムーアが映画賞を総なめした「アリスのままで」を観に行ってきました。

ハリウッドお得意の難病物か、そりゃ賞取るわな、という気分もありましたが、これは見事な作品です。リサ・ジェノブァの原作「アリスのままで」 リチャード・グラッツァ−とウォッシュ・ウエストモアランドの二人が脚色、監督をしたのですが、今年三月、リチャード・グラッツァーはALS(筋萎縮性側捜軟化症)のため亡くなっています。

監督自身、難病を抱えていたせいかもしれませんが、いかにもハリウッド的な演出から遠く離れて、静謐な映画を作り上げました。

最近物忘れがちょっと多いな、と思ったヒロインが精神科を訪ねます。検査結果は、遺伝性の若年性アルツハイマー。言語学者として、高い評価を受け、家族と幸せな時間を過ごしていた彼女の未来は、真っ暗に塗り潰されてしまいます。父親からの遺伝が、また自分の娘にも受け継がれるかもしれない、という申し訳なさが、さらに彼女を打ちのめします。

映画は、彼女が生きてきた街の表情や、快適に整えられた住居の佇まいを巧みに織り込みながら、徐々に進行する病状を見つめていきます。名女優と呼ばれながら、中々大きな賞を取れなかったジュリアン・ムーアが、後半は殆どノーメイクで、変貌するアリスを演じます。ちょっとした視線の動きや、何気ない仕草、きめ細かい演技で、観客に迫ってきますが、嫌味なところが全くなく、お見事!としか言いようがありません。

ところで、この映画エンディングに初めてタイトルが出てきます。“Still Alice”というタイトルが、霞がかかったような白地に浮かび上がります。アリスとして幸せだった過去がすべて消えていきそうなことを象徴するタイトルです。

しかし、この映画は、不幸にも、自分のアイデンティティを失くしていく女性の悲しみだけを描いた作品だったのでしょうか。そうではありません。愛し合った夫、自慢の子ども達、学問に没頭し、世界を駆け巡った人生。そんなものが遠くにいっても、魂は残ります。エンドタイトルの出る直前、娘が彼女に語りかけるシーンがあります。ここに、この映画のすべてがあるように思います。おこちゃま味の映画満載の中、オススメの一作です。

 

 

★レティシア書房 『一箱古本市』のお知らせ

8月11日(火)〜23日(日)店内にて開催いたします。(17日は定休日)

今年も賑やかに、27店舗参加していただきます。

初参加のお店もあります!乞うご期待!!

公開中の「オン・ザ・ハイウェイ」(京都シネマ)を観ました。

登場人物は男性一人と車だけです。かつてスピルバーグの映画「激突」っていう傑作がありましたが、あれは正攻法のアクションでした。こちらは変化球の面白い映画でした。

夜のハイウェイ。主人公アイヴァン・ロックは、ある場所へと車を走らせます。

妻カトリーナとの間に二人の子供に恵まれ、仕事も建設の大きな現場を任されて、順風満帆な生活を送っていました。しかし、出張先で一度だけ浮気した女性が妊娠してしまい、その出産に立ち会うのが自分の責任だと考え、明日に控えた大きな仕事も家族との約束もなにもかも放り出して、ハイウェイを疾走。

しかし、部下に任せた仕事にトラブル多発、上司からは職場放棄でクビを宣告、自分の過ちを告白した妻には、もう帰ってくるなと三行半を突きつけられ、あげくに、産婦人科の医者からは、出産が危険という状況がもたらされる。

映画は、このややこしい状況を、車の中にいるアイヴァンと社内電話のやり取りだけで見せるのです。社内に着信音が、ひっきりなしに鳴り続け、しゃべり続けるアイヴァン。約90分、私たちも彼と同乗し、ひたすら電話に付き合わされます。その手法は斬新であり、まるで舞台劇のような緊張感があり、監督のスティーブン・ナイトの手腕に感動します。

でもこの男、考えたら、滑稽で哀れです。自分では状況を受け入れ、責任感を持って前を向いているから問題はきっと解決するんだ、と主張するのですが、それ、あんた滅茶苦茶だろう!とツッコミを入れたくなります。

件の女性の妊娠が判明した時点で、やらなければならないことはあるはず。妻に対しても、けっこう独り善がりなところがあったにちがいないことが、会話の中から浮かび上がってきます。大きなプロジェクトの責任者なのに、部下に普段から伝えておくべきことも、自分で何もかも仕切ってしまう。その生き方すべてが、男を窮地に陥れるというわけです。90分のドライブの間には、男とその父親との確執など、生い立ちに関することもなんとなくわかってきます。男の人生を載せて、車は夜のハイウェイを疾走し続け、新しい命の産声で映画は終わります。

一緒に走った観客のみなさん、お疲れさんでした。

 

 

是枝裕和監督作品「海街diary」を観てきました。

美しい旋律の曲にのって、鎌倉の海岸近い町が現れ、静かにタイトルが出てきた瞬間から、この映画はきっといい!と確信しました。

原作は吉田秋生のコミック。鎌倉の古い家に住む三人の姉妹の元へ、腹違いの思春期の妹すずが同居することになり、四人の生活が始まります。梨木香歩の長編小説「からくりからくさ」(新潮文庫350円)に登場する、祖母が残した古い家に住む四人の女性の物語を思いだします。静かで、穏やかな日々。それは、映画も同じです。

舞台が鎌倉であること、殆ど大きな事件の起きないこと、お葬式、法事があること、そして美味そうな食卓が頻繁に登場すること等から、小津安二郎作品の世界に似ていることを連想される方も多いはず。たしかに、監督は小津の世界を引き継いでいると思います。特に、家の中にいる女性達の会話を捉えるシーンは、小津の映画を彷彿とさせる出来上がりです。

樹木希林が喪服を着て振る舞うシーンなんか、小津の作品における杉村春子を思いださせます。

全く知らない場所にやって来たすずちゃんは、ゆっくりと三人の女性に、この町の人達に、そして町に馴染んでいきます。ドラマチックな演出は避け、何気ない日常の一部を切り取って、ドラマを仕立てていく是枝監督の映画の魅力に浸れる至福の時間です。

女性達にも、彼等にかかわり合っている様々の人達にも、それぞれ人生の重さが、チラっと出てきます。それでも、人生は静かに、ゆっくりと流れていきます。原作に語られる登場人物それぞれにまつわる長いストーリーを、とてもうまく削り、俳優の演技で語らせる手腕は見事です。

ラスト、法事を終えた四人の女性達が、海岸を散策します。会話はありません。でもそこには、生きていることの実感と満ち足りた気分が一杯です。すると、オールを使ってこちらにやってくるサーファーらしき人影が近づいてきます。これは死の象徴ではないかと思いました。生の先にいつかやってくる死と、今を生きる幸福をひとつの画面に入れてしまうなんて、もしかしたら是枝は小津を越えたかもしれません。

店頭に、瀧本幹也の写真集「海街ダイアリー」(青幻舎3456円)があります。これ、映画のパンフレット的写真集ではありません。映画は完成して、登場人物はもういないはずなのに、今もここに暮し、食事を作り、海辺を散歩している、そんなありもしない幻想を永遠に閉じ込めたような写真集です。最後のページを飾る縁側でリラックスしている四人の穏やかな雰囲気はそれを物語っているようです。

英国期待の若手監督ホン・カウの長編デビュー映画「追憶と踊りながら」(京都シネマ7月3日まで上映)を観てきました。巧みな映像技術と、ゆっくりと登場人物に近寄ってゆく手法は、今後も大いに期待したい監督です。

ロンドンの老人ホームで、ひとりで暮らすカンボジア系中国人のジュン。英語ができない彼女の唯一の楽しみは、息子のカイが面会にくる時間。しかしカイは、自分がゲイで恋人リチャードと同棲していることを母親に告白できず悩んでいました。ある日、カイは自動車事故で突然この世を去ります。悲しみにくれる彼女を、リチャードはゲイの関係だったことを隠して、ジュンの面倒を見ようとするのですが……..。というストーリーです。

英語の出来ないジュンと、コミュニケーションをとるために、まずは中国語の出来る女性に通訳を頼みます。そうして、三人の会話風景を中心にして映画は進んでいきます。

文化も言語も違う人々が理解しあう難しさ以上に、言葉で、どこまで人は真意を伝えることができるのか、という人間のコミュニケーション力へのもどかしさが伝わってきます。

そうかといって、人は理解できないものなんだというペシミスティックな結論が用意されているわけではありません。ラスト、リチャードが英語で話し、ジュンが中国語で話すシーンが交互に出てきます。ここからが映像の魔力というか、魅力というか、とても素敵なエンディングへと向います。

この監督、カイが自動車事故で死ぬシーンも見せなければ、リチャードのカミングアウトでジュンが号泣するようなベタなシーンも用意していません。いかにもというドラマチックな展開をさけながら、穏やかな着地点をさぐります。見事な演出。リチャ−ドを演じるのはベン・ウイショー。現在の英国俳優ブームをベネディクト・カンバーバッチと引っ張る役者だそうです。

オープニングタイトルで流れるのは、李香蘭(山口淑子)が歌う名曲「夜来香」。見終わった時、もう一度聴かせてほしいと思いました。

 

★ブログで紹介したミニプレス絵本「cherry」(1296円)の作者9cueさんから、この本にも登場するオオカミと当店をイメージしたネコの作品を頂きました。入口に飾ってありますので、ご覧いただき、「cherry」の面白さを味わって下さい。実物のもつ強さは、やっぱりいいですね!9cueさんありがとうございました。

 

 

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多分、前代未聞だと思います。小津安二郎の傑作「東京物語」の全テイク1723を収録、各カット毎に俳優の台詞を併記するという完璧な「東京物語」本、「リブロシネマテーク小津安二郎 東京物語」(4500円)が再入荷しました。

学生時代から、もうすでに何十回とこの映画を観て、もちろんこの本が出版された時にも、即座に購入して、飽きずに眺めていた日々を思いだします。当然、ほぼ台詞は暗記しています。(台詞を暗記しているのは、この映画と「仁義なき闘い全5作品」ぐらいですね)

また、全カット再現だけでなく、笠智衆のインタビューや、監督が使用した台本、公開当時の新聞、雑誌の批評なども収録してあり、資料的価値も大です。そして、私が読んだ「東京物語」論の中では、最も優れていると思う佐藤忠男の「東京物語について」を読むことができます。映画技法の研究、思想の解明が明確に分析されています。

暗記する程観たはずなのに、採録された全カットを見つめていると、また新しい事に気づきます。そうだったのかと思う箇所がありました。

映画終り近く、亡くなった母親の葬儀も終り、息子、娘達が食事をしているシーンで、杉村春子扮する長女が突然こんなことを言います。

「ねえ、京子(下の娘です)、お母さんの夏の帯あったわね?ネズミのさ」

「露芝の…….」

「あれ、あたし、形見にほしいの」

「いい?兄さん」

「それからね」(ここで、お茶を一口飲んでから)

「こまかいかすりの上布、あれまだある」

「あれもほしいのよ。しまってあるとこ、わかってる?」

「出しといてよ」

と、矢継ぎ早に妹に指示します。数時間前に葬儀が終わったとこなのに、現実的な長女は、もう形見の物色です。ちょっとムスっとする京子。

その後です。会話もなく、食事をするカットが二つ入っているのです。葬儀にまつわる雑音や、ドタバタが一瞬にして消え去り、母親の不在が浮き上がります。本来なら、長女の台詞のあと、父親が、子供たちに語るシーンに繋がっても全く違和感がないのですが、この2カットがあることで、昨日まで生きていた人間が旅立った寂寥感が際立ちます。

今度はDVDで再チェックしなくては。私の「東京物語」は、まだまだ続きそうです。

ところで、先日面白い映画チラシを頂きました。こんな企画上映をやってるんですな。