今朝、岡崎の国立近代美術館で開催中の「チェコの映画ポスター展」に行ってきました。プラハの映画ポスター専門ギャラリー<テリーポスター>所蔵の、チェコスロバキア時代の1950年代から80年代に細作されたポスター80点程が展示されています。社会主義的なガチガチのポスターや、そんなん古くせぇ〜と台頭してきたグラフィックデザイナーの、独特の色彩感覚に満ちた作品は十分楽しめます。

日本映画も多く輸入されていたみたいです。チェコでは、映画のためのポスターも、宣伝媒体というよりグラフィックアートと見られています。なので、えっ、これ黒澤の「羅生門」なん?? 、とても少年向空想活劇とは思えない東宝の「怪獣大戦争」、日の丸を見事にあしらった「東京オリンピック」、やはりこの構図は外せんなという「砂の女」とか、納得したり、驚かされたりします。

欧米の映画のチェコ版も、ヒッチコックの「鳥」なんて、まるで怪奇ファンタジーで、映画のイメージをもう滅茶苦茶逸脱しまくっています。オードリーの「マイ・フェア・レディ」は、オードリーの横顔が暗く、孤独感満載で、それはそれで面白いです。

私のお気に入りは二つ。寅さんが出ていた羽仁進作品「ブワナトシの歌」(こんな映画輸出されてたんですね)と、長ったらしいタイトルの「マルキド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺」という、かつて、たっぷり寝た映画の、シンプル極まりないポスターです。(店にしばらく図録置いておきますので。ご覧になりたい方はお申し出ください)

 

本日、一年半ぶりぐらいに、金沢のミニプレス「そらあるき」の15号が出ました。相変わらず、盛り沢山の濃い内容ですが、「まちなかのリーディングスペース」という金沢市内の快適読書スペースを紹介してありますが、これは役立ちそうです。ブラブラ歩きに使いたい情報満載です。「そらあるき」を送っていただいているのは、金沢の古書店「あうん堂本舗」さん。ここから、「中川ワニ珈琲」でお馴染みの中川ワニさんの「ジャズブック」(2000円+税)も入荷。現代のジャズCDを集めた、ジャズ本らしくない、パラパラめくっているだけで楽しい一冊です。表紙もいいなぁ〜、まるでジャズ本らしくないです。

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昨夜、TVのクイズ番組で「いちごの生産量日本一はどこ?」というのがありました。正解は「栃木県」。

そうか、それで栃木からこんなミニプレスが届いたのか。本のタイトルは「とちぎのいちご」(500円+税)です。いちごって、生でバクッと口に入れるのが一番美味しい食べ方だと思っていたら、そうじゃないらしい。ここで紹介されているのは、「いちごの飴がけ」、「いちごのミルククレープ」、「ショートケーキ」、「ベイクドチーズケーキ」、「いちご大福」、「いちごの桜もち」、「あま酒といちごのスムージー」、「つぶつぶいちごソーダ」です。その他、いちごジャムを使った8レシピと、一冊丸ごと『いちご』。知りませんでしたが、元プロサッカー選手茅島史彦さんは、引退後、両親のいちご畑を引き継いで、いちご農家になられていたんですね。

福岡からは「つくる・食べる・考える」をテーマにした雑誌「PERMANENT」5号が到着しました。この雑誌の巻頭連載の「食卓の風景」は、毎回魅力的です。今回は木工作家の山口和宏さん。柿畑だった土地に家と工房を建てて、作家活動をされています。木の雰囲気が微妙に古さと新しさをブレンドして絶妙の味わいが出しています。同居する猫ちゃんも、快適でんなぁ〜という感じです。後半、大分県中津市の、酪農家、農家が紹介されていますが、この写真がどれもいいですね。土に生きる人達の魅力が漂ってきます。

食べることをテーマにしたミニプレスの後は、京都発の「cinema apied」10号が入荷しました。文芸誌「APIED」の映画版としてユニークな特集で、映画好きお楽しみのプレスです。今回の特集は「ファンタジー」です。選ばれている映画が渋い!!大好きで、何回も観た「落下の王国」や「パンズラビリンス」。(是非、レンタルで借りて下さい。開いた口が閉らん程に面白いです)お〜これもファンタジーかと納得の野球映画「フィールド・オブ・ドリームス」。爆弾処理班の男の極限を描いた「ハート・ロッカー」もファンタジー?と思いましたが、「普段通り生きている世界が幻想で、極限にこそ現実があるように思えてくるのだった」と書かれると、成る程な〜と思いました。

明日、4時より「はちはち」のパン販売です。限定販売なので、お早めにどうぞ

 

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1月1日元旦、サンフランシスコ近郊のフルートベール駅で、黒人の若者オスカーは警官に誤って撃たれ死亡。その前日の大晦日から、死ぬまでの二日間を追いかけた映画「フルートベール駅で」を観てきました。新聞広告に「2013年サンダンス映画祭グランプリ&観客賞ダブル受賞」と書いてあったのを読んで行く気になったのですが、こんな地味な映画を大きなシネコンでやっているなんて、知りませんでした。

映画好きならご存知のように、ロバート・レッドフォードがハリウッドを遠く離れて設立したインデペンデント映画祭です。監督、脚本は弱冠28歳のライアン・クーグラー。殆ど、手持ちカメラで、青年オスカーの48時間を追いかけて、ドキュメント的手法と映画的ドラマ部分を巧みに配置しつつ、実際に起こったこの射殺事件を見つめます。上映時間98分の中で、アメリカの断面を切り取っていく手法は見事です。

「テクノロジーの発達に目を奪われることなく、映画そのものの本源的な力を見直さなくてはいけない。映画とはそもそも、闇の中で沈黙を押し破って表現されるものだ。」

と、ドキュメンタリー作家の佐藤真は自著「映画が始るところ」(凱風社700円)で述べています。3DやCGの技術力に頼ったものが、あたかも映画の王道であるかのごときアメリカ映画界で、小さな娘を愛し、家族を大事にし、野良犬を撥ね飛ばしたドライバーに怒りをぶつける、誠実な青年が何故死なねばならなかったのか、その奥にあるものは何かを問いかけて、映画の持つ力を見せつけた作品でした。

監督はこう語っています。

裁判の間、状況が政治化するのを目の当たりにしていた。その人の政治的な立ち位置によってオスカーは、 何ひとつ悪いことをしていない聖人か、又は受けるべき報いをあの晩受けた悪党かのどちらかに分かれた。 その過程で、オスカーの人間性が失われてしまったように僕は感じたんだ。 亡くなったのが誰であろうと、悲劇の真髄は、もっとも近しかった人々にとってその人がどういう人だったのか、というところにある。

映像、裁判、そしてその余波は僕をとてつもない無力感に陥らせた。 抗議活動や、集会、デモにも参加した。暴動もたくさん起きた。僕は状況を変えるために何かしたいと思った。 映画を通してこの話に命を吹き込み、オスカーのような人物と観客とが一緒に時間を過ごす機会を作ることが出来れば、 このような出来事が再び起こるのを減らせるかもしれないと思ったんだ。」

彼を愛した母親、妻、幼い娘、友人にとって、オスカーはかけがえのない男に違いなかった、というその事実が胸に沁みました。

 

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今日のこの日のことは、多くの人が語っていますので、今言う事はありませんが、ギャラリーでは岩手県三陸の大槌町の女性達が、震災の後の苦しい状況で作った刺し子展「テドガイイ」を開催しています(16日まで)。結構人気があるのは、「ひょうたん島」の刺し子の布巾(600円)で、そういうギリギリの状況で縫われたものとは思えない程、海の町の白い雲と平和な風景が見えてきそうな1枚です。

また、見に来て頂いお客様から、刺し子の材料等のご援助の申し出もありました。ありがとうございました。展示がきっかけで、新たな糸が繋がっていくことができれば嬉しい限りです。期間中販売している刺し子の代金はすべて主催者へ渡します。お時間があれば、覗いてくださいませ。

ところで、震災後、やっぱ、信用できねぇな〜と思ったのはマスコミの報道と姿勢でしたね。俳優の山本太郎さんが「反原発」と言った途端、仕事が回ってこなくなったなんて、その最たるもんでしょう。彼の著書「ひとり舞台」(集英社600円)では、「山本太郎取り扱い自粛」がメディアで広がっていると自嘲気味に語っています。

ところで私が核の恐怖を初めて感じたのは、昭和29年発表の白黒映画「ゴジラ」(DVD1200円)でした。戦後すぐの首都がゴジラの放射能で破壊されてゆく、その光景は、震災後の無惨な町の姿に重なりました。映画の中で、生物学の博士がこんなことを言います。

「ゴジラは度重なる水爆実験で、放射能を浴び、永住の地を追われてしまった」

 

あるいは、RCサクセションの反核アルバム「カバーズ」(1500円)。「シークレット・エージェント・マン」でゲスト参加した演歌歌手の坂本冬美が

「オリンピックの影でおまえが知らない事実を動かす」と歌います。

美談大好きメディアが、東京オリンピックで、また感動秘話の垂れ流しをすることでしょう。そして、貴方も私も、アスリートの美技に酔いしれるはずです。その影で、権力者はコソコソと原発を作ったりするかもしれません。危ない、危ないですぞ。ご用心を!

 

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村上春樹だったと思いますが、アメリカ西部を横断していた時、どこのFM局からもカントリーしか聴こえてこないことに、気が狂いそうになったと書いていました。

アメリカといえば、NY、LAのような大都会から世界に発信されるロック、ジャズ、ブラックミュージックが音楽シーンを代表していると思いがちですが、カントリーがすべてというエリアが、実はアメリカなのかもしれません。

そんなアメリカを舞台にした「ネブラスカ」は、心染み入る作品でした。頑固な父親が、詐欺に近い賞金当選くじを信じて、モンタナから同行を嫌がる息子と、中西部の州ネブラスカまで旅するお話です。どんより曇った空に覆われるハイウェイ、荒涼とした風景、荒廃するリトルタウンと美しくないアメリカンランドスケープのオンパレードです。これを監督アレクサンダー・ペインは全編白黒で撮影。まるで頑固な父親の心象風景のようです。

父親を演じるのはブルース・ダーン。1978年に封切られた「望郷」という映画で、エリート軍人ながらベトナム戦争で精神のバランスを崩し、軍服を脱ぎ捨てて入水自殺をする役柄で強烈な印象を与えた俳優です。最後にスクリーンでお見かけしたのはいつだったかしら?お懐かしい!ボロボロの爺さん役ですが、泣かせます。

前半、二人は会話も少なく、お互い理解できずに対立しますが、ロードムービーのお約束で、だんだんと距離が縮まってきます。それを象徴するかのように、墓地の上の真っ青(白黒ですが)な空に浮かぶ、ふわぁ〜と浮かぶ雲。その穏やかな雲が、疎遠だった二人の心境の変化を表現してるみたいで、上手い演出です。

登場人物は、主役の爺ちゃんに、口の悪い妻(もちろん婆ちゃん、アカデミー賞助演女優賞にノミネート)そしてかつての仕事仲間の爺ちゃん、ガールフレンドだった婆ちゃんと、じいさんばあさんばっかです。若い奴はおらんのかぁ!と怒鳴りたくなる程、昨今のアメリカ映画ではレアな作品です。

しかし、白黒フィルムに焼き付けられた彼らの皺のひとつひとつに、「人にドラマあり」という厚みがあります。ピータ・ポグタノビッチが白黒で撮った72年の「ラストショー」、74年の「ペーパームーン」を思いだします。アメリカを描きながら人生の普遍的な姿を描くために敢えて白黒で作った映画です。映画館の大きな画面で味わってもらいたい作品でした。

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40代、50代の皆様!!甘酸っぱい想い出満載の映画雑誌「ロードショー」創刊号が入荷してきました。

戦前からあった映画雑誌「スクリーン」に対抗して、昭和47年に集英社が発行を始めた映画雑誌です。表紙はカトリーヌ・ドヌーブ。特別付録にオードリー・ヘップバーンの特大ポスター。表紙をめくると、お父さんも、お母さんも真面目な高校生だった時に涙した「小さな恋のメロディー」の三人。そして、当時一世を風靡したアラン・ドロンのハンサムなお顔と豪華絢爛な内容です。

映画がスターで持っていた時代を象徴した雑誌ですが、加藤和彦が映画評論を書いていたり、当時のトップ女優たちのファッションセンスを、ムッシュかまやつが批評していたりと、貴重な記事も発見できます。しかし、最も驚いたのは、巻末に映画のヒット曲が、ギターコード入りで譜面が採録されているところです。みんな、お小遣いを貯めて買ったガットギターで弾いていたんでしょうね。2500円。(相場よりはかなりお安くしています)

もう一点、映画本として面白い文庫が入りました。片岡義男が書いた「彼女が演じた役」(中公文庫400円)です。これは、サブタイトルに「原節子の戦後主演作を見て考える」とあるように、一時代を作った彼女の映画を通して戦後を見つめる一冊です。第一部は、小津映画以外の彼女を取り上げています。昭和29年「安城家の舞踏会」は、戦前からの貴族制度の崩壊を描く映画ですが、彼女は今や死語になりつつある「令嬢」を演じていて、いわゆる令嬢のイメージから逸脱してゆく強さを見せます。著者はこう結びます。

「単なる美や女らしさなどでなく、強い意志、つまりくっきりと確立された自我として、日本の人たちは原節子のなかに見ていた、と僕は思う。彼女の姿や笑顔を、日本の人達はそのようなものとして解釈し、受け止めた。」

小津映画に登場する彼女にも、一瞬ですが恐ろしい程のいらつきや、孤独、恐れを感じる時があります。それが出来る女優さんだったのですね。

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これは、映画「ゼロ・グラビティ」で、ヒロインが吐き捨てるように言う台詞です。この映画を観たら「そうだ、そうだ、誰が宇宙なんかに行ってやるもんか」という気分になります。

映画の主役は宇宙と地球。助演にヒロイン役のサンドラ・ブロックで、どうでもいい役に、大スターのジョージ・クルーニーという稀な作品です。全95分、ほとんどヒロインの一人芝居。酸素もない、重力もない宇宙と、その一方、遥か彼方に美しく輝く地球が見えているという実験映画みたいです。前半は、胃と腸がひっくり返り、心臓が圧迫されて、呼吸困難になり映画館から逃げたくなりますが、それは見事な映像美です。宇宙に放り出されたヒロインが足をバタバタしても、そこに何もない、ただ暗黒の空間があるだけというのはかなりの恐怖です。

しかし、この監督、やるなぁ〜と思わせるのは後半です。ヒロインが誰も助けにこない宇宙空間で、息が出来ない!と絶叫して死ぬようなエンディングだと、観客は救われませんが、優れた宇宙映画には、必ず観客の心を解き放つシーンがあります。「アポロ13号」で、死にかけた宇宙船に照明が戻る瞬間、「2010」で、宇宙船ディスカバーが、全力噴射する瞬間等に我々は希望を持ち、助けられます。お金を頂戴した観客を寒々とした気分で劇場から出すことはしません。「ゼロ・グラビティ」にもちゃんとそういうシーンは用意されています。

そして、もうひとつ、この映画のテーマが、ちゃんと大地に足をつけましょうね、という至極真っ当な事だったことも忘れてはなりません。ラストが、象徴的。例えて言えば、亡霊やら、地獄の亡者が暴れる能の舞台で、演目が終わって寒々とした気分の観客に日常に戻ってもらうために「祝言」という短い謡があるのと似ています。で、この映画もホッとした気分で家路につくことができます。映画の作り方ちゃんと勉強してこいよ!と言いたくなる様な素人監督が多いハリウッドの中では、映画を知っている人です。

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WOWWOWで放映していた三谷幸喜脚本・監督の「大空港2013」には、十分に笑わせてもらいました。この作品、ワンカット、ワンシーンで90分撮り上げている実験映画です。ワンカット、ワンシーン。つまり、カメラが回り出したら、一回も止まらずにラストまで行くという、スタッフにもキャストにも失敗できないプレッシャーがかかる作品です。

飛行場の待合室を舞台に、地上客室乗務員と、ある家族のドタバタを一気に見せます。役者が実にうまくて、(竹内結子・香川照之など)「ワンカット、ワンシーンですよ」なんてわざわざ言わなくても、楽しめます。

なぜ、こんな実験映画を作るのか。それは、その場で登場人物と一緒に右往左往するスリルが味わえるからです。かつて、ヒッチコックが、一室で起こる殺人の謎解きを描く「ロープ」という映画で挑戦しました。近年では、ロシアのエルミタージュ美術館を舞台にしたA・ソクーロフ作品「エルミタージュ幻想」が、90分ワンカット、ワンシーンでした。(これは疲れました)

「ワンカット、ワンシーン」で、脳裏を過るのは宮沢賢治です。彼がこんな映画的手法を知っていたわけはないと思いますが、読んでいると、これって、ワンカット、ワンシーンだよな、と思ってしまうような作品に出くわします。「注文の多い料理店」などは、ワナにはまった人間達が、奥へ奥へと向かう様をこの手法で描いていますし、「やまなし」も水中から見上げる蟹の視線が途切れる事なく描かれています。また、長編詩「小岩井農場」は、主人公が駅を降りてから、どんどん牧場を歩く様子を心象風景を織り込みながら、最後まで読者を引っぱり回します。(だから、この詩の通読は、やはり疲れます)

写真の詩集は、ソノシート付きで北大路欣也が「雨ニモマケズ」を朗読しています。(角川書店800円)

作り手の力量が問われますが、またこんな手法で作ったものは、きっと観てしまいそうです。

 

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スイスのバレエコンクールで、日本人高校生がグランプリを受賞したというニュースを観ました。彼は、お父さんと空手道場に行く途中、バレエを見てはまったという話でした。あれ?これって映画「リトル・ダンサー」と一緒じゃないか!と女房と話をしていたら、今週、BSで放映してくれました。偶然か、それとも件の受賞祝いか、ともかく好きな映画なので、またしっかり観てしまいました。

鉄の女サッチャー政権下、圧政に苦しむ労働者の悲惨な実体を横軸に、労働争議に明け暮れる炭坑労働者家庭の次男と、バレエとの出会いを縦軸にして、少年と父親の愛情を描いていきます。父親に言われて、渋々ボクシングをやらされている少年が、バレエに魅了されていく辺りの描き方も細やかで、バレエ教師や少し認知症の祖母、労働組合で頑張っている兄、優しかった亡き母との関係も丁寧に描かれます。ラストシーンは極めて映画的表現で感動的で見事です。そして観た後、温かな気持ちにさせてくれる作品です。

何故か強権的なサッチャー政権をバックグラウンドにしたイギリス映画には、面白いものがあります。失業して男性ストリッパーになる「フル・モンティ」や、明日の仕事もままならない地方都市のブラスバンドを描く「ブラス」も、実情はかなりシビアなのにもかかかわらず、可笑しくて、やはり、後味がいいのです。(もちろん、現実を直視した悲惨な作品もありますが)

多分、この三本に共通しているのは、サッチャーが鬼婆で、労働者を苦しめ、重税を課して、俺たちの人生が辛いなんてことは百も承知、だからどうなのさ、みたいな開き直りと、それでも前を向いて顔を上げて生きる姿勢だと思います。それ故、エンドマークの後、いい映画だったね、と、じーんと切ないながらも幸せな気分で劇場を後にすることができるのでしょう。

「長距離走者の孤独」で日本でも人気のあったアラン・シリトーは、どれもどんよりした曇り空の下、灰色の街並みで孤独な人生を生き抜く主人公の話が多い作家ですが、そんな社会に抗う男たち、女たちが登場します。短編集「屑屋の娘」や「グスマン帰れ」(どちらも700円)はその代表作品でしょう。個人的には、「長距離走者の孤独」よりも、労働者たちの日常と暮らしを見つめたこれらの作品の方が好きです。

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見逃していた韓国映画「嘆きのピエタ」(キム・ギドグ監督)を朝一回だけ上映していたので、行ってきました。いや〜身も心も冷え冷えとしてくる地獄巡りを楽しませてもらいました。

下層階級の人達に高利で金を貸し、返済できないと見るや、屋上から突き落とす、或は機械に手を入れて切断して障害者の保険金で返済させるという極悪非道の若者のお話。これだけで、痛い!とお思いの方もおられと思いますが、直接的な残酷シーンはありませんので、ご安心を。でもギョ〜ンと唸る機械の音はゾクッとします。

その若者の前に、生まれてすぐ彼を捨てた母が出現するところから、とんでもない方向へ話は進んでいきます。淡々と仕事に励んでいた彼の心に、まさか本当に母親?いや嘘に決まっているという疑惑が、さざ波のごとくおしよせます。演じるイ・ジョンジンがその心理を見事に表現します。

「ピエタ」とは、十字架から降ろされたイエス・キリストを胸に抱く、聖母マリア像のことであり、慈悲深き母の愛の象徴。そのピエタが「嘆いている」という意味が、最後で明らかになります。母親役を演じたチョ・ミンスも引き裂かれるような複雑な心の有り様を演じて、片時も目が離せませんでした。

そして、冷凍庫に入っているかの如く寒くて寒くて仕方ないのに、その一方で浄土へ誘われる様な至福も感じさせるエンディング。(このラストだけは絶対に言えない!)希望など皆無で、静かで、強烈で、魂を引っ掻くようでありながら、否応なく魅かれてしまう不思議な力を持った映画でした。

直木賞作家の桜庭一樹はこう書いています

『キム・ギドク氏の作品は、わたしの人生をより複雑にすることで、繰り返し救済してくれます。物語の最後に見えるあの微かな光を求めて、わたしはまた彼の映画を観てしまいます。」

「あの微かな光を求めて」という表現は、優れた映画、小説に必ず存在することだと思います。

 

★冬の一箱古本市は今日が最終日です。11日からは、ミニプレス「日々」のバックナンバー展が始ります。一緒に「アンティーク帯バッグ」「木工」「リース」など暮らしを彩る作品が並びます。お楽しみに!

 

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