アメリカ西海岸の映画人のお祭り騒ぎとは言え、アカデミー賞は映画ファンなら気になるところです。今年の主演女優賞候補に、グレン・クローズがノミネートされていました。過去、何回もノミネートされているにも関わらず、オスカーを手にしていません。メリル・ストリープに匹敵するぐらいの演技派女優なのに、です……。

ビョルン・ルンゲ監督作品「天才作家の妻40年目の真実」は、彼女なくしては成り立たない作品でした。現代文学の作家ジョゼフと妻ジョーン(グレン・クローズ)のもとに、ノーベル文学賞受賞の吉報が届きます。ふたりは授賞式が行われるストックホルムを訪れますが、ジョゼフの経歴に疑惑を持ち、その秘密を暴こうとする記者ナサニエルがストックホルムまでやって来て、何かと絡んできます。

映画は、授賞式へ向かう夫婦の姿を捉えながら、過去へと戻ります。若き日、文学的才能が豊かだったジョーンですが、作家になる夢を諦め、ジョゼフとの結婚後、彼の影武者となって夫の文学的成功を支えて来ました。しかし、度重なる夫の浮気癖にうんざりして、心の奥底に押殺していた夫への不満や怒りが噴き出し、夫婦の関係が崩壊へと向かいます。クライマックスの授賞式当日、さて、彼女はどんな行動を取るのか…….。

 

グレン・クローズは、「101匹わんちゃん」のリメイク映画「101」で、可愛い犬たちの敵役でど派手な悪女を演じ、肥溜めに落ちて笑わせてくれたりと、これまで硬軟色々な役柄を演じてきました。1984年、ロバート・レッドフォード主演の野球映画の傑作「ナチュラル」の清楚な恋人役から、数十年彼女をスクリーンで観て来ました。そして今72歳の彼女が見せてくれる女優の実力!

今回の映画では、様々な感情が交差するジョーンの内面をヒステリックになることなく、ちょっとした動作や、表情の変化で演じていきます。女優としてのキャリア、歩んできた人生の重みが、ずっしりと出ている傑作でした。これで賞を取らなければ、どういう選考してるんねん?と疑いたくなるほどです。25日の発表が楽しみです。

 

ドン・ユエ監督の長編映画デビューの中国映画「迫り来る嵐」。入場料を支払って、暗澹たる気分で映画館を出る”快感”を、たっぷり味わいたい方にお薦めです。映画館を出て、宵闇迫る京都の大通りに立つビル群の明かりを目にした時、自分が幸せな場所にいるとしみじみ思いました。

1997年。中国の片田舎に立つ大きな工場は、24時間体制で稼働しているのですが、何を作っている所なのかは説明がありません。舞台は、この工場と付近の町です。全編雨が降り続いていて、青空は全くありません。土砂降りで雷が鳴り響き、ぬかるんだ道。映画「ブレードランナー」でも全編雨は降っていましたが、この映画に比べれば穏やかに感じます。

そんな場末感一杯の町で、若い女性ばかりを狙った猟奇殺人事件が連続して起こります。工場の警備主任ユィは、刑事気取りで首を突っ込みます。そして、警察の情報をもとに犯人を追い詰めていきます。映画中程で登場する追跡シーンは、映画史に残る迫力です。剥き出しの鉄骨に覆われた工場、隣接する貨物駅と列車群、そして土砂降りの雨。犯人を執拗に追いかけるユィ。

ところが、映画は途中から犯罪映画路線を逸脱していきます。刑事たちや町の住人、そしてユィの恋人も、まるでこの猟奇殺人事件に興味がなく、一人、ユィだけが熱くなっているのです。それが最後に悲劇を生むのですが…….。

この時代、中国は経済発展に向けて猛進し、社会が激変した時代でした。かつての共産主義国家のもとで統制された工場は廃れていき、人々は都市へ向かい出します。空虚で、無機質な雰囲気を、灰色の映像が見事に描いています。映画は、犯人探しよりも、空回りするユィの心の闇に向かいます。

「どこにでもいるような人物が、時代の性質しだいで、いかに影響を受けるかを描くことで、その時代をむき出しにし、その社会の精神性みたいなものを浮き彫りにしたい。」と、監督はこの映画について語っています。

ラスト、映画は2008年に飛びます。ユィが勤務していた工場が、ショッピングセンター建築のため爆破されるのです。かつての工員たちが見つめる中、工場は崩れ落ちていきます。誰一人、幸せそうな顔の人はいません。薄汚れ、生きているのか、死んでいるのかわからない表情です。希望という言葉は泥にまみれ、激しい雨に流されてゆき、悪寒が走ります。

しかし、さらに観客は、これほど無惨な人生はないというシーンに直面して席を立つことになります。ぜひ、映画館で震え慄いてください。

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も25店程にご参加いただきます。お楽しみに!

 

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ジェームズ・マーシュ監督の映画「喜望峰の風に乗せて」は、単独無寄港、世界一周レースに挑戦した男の映画です。と言ってしまうと、幾多の困難を乗り越え、愛する家族の元へと戻ってくるタイトル通りのステキなヨットマンの映画、と思いますよねフツーは。

でもこの映画は、そうではではありませんでした。

1968年、イギリスで小さな会社を経営し、趣味でヨットに乗るくらいの男クローハーストは、単独無寄港世界一周レースが開催されるという話を聞きます。優勝すれば、自分の名誉もビジネスの価値も上がると考え、広報担当者にジャーナリストを起用したり、取引先の企業へスポンサー参加の営業をするなど、参加準備を戦略的に進めていきます。

しかし、何より問題はヨットレースの経験がないこと。その上、肝心のヨットに対する準備時間が不足していて、乗り込むヨットは不完全なまま就航する羽目になります。案の定、外海に出た途端、様々の不具合に襲われます。多額の借金を背負っているので、レースをリタイアすれば、破産しかありません。

今なら、衛星のカメラや、ネット情報ですぐにどこにいるか瞬時にわかるのですが、当時は航海日誌だけがレースを完遂した証拠でした。早くも他のヨットに遅れをとった彼は、無線で偽の情報を流してしまいます。素人のヨットマンが記録を更新したと、地元は大騒ぎになり新聞でもトップニュースで取上げられます。偽の航海を続けるクローハーストの、不安と後悔と己への失望を、大海原に浮かぶヨットを俯瞰で捉えたカメラがシンボライズします。

主役を演じるのは、「英国王のスピーチ」等でお馴染みのイギリス映画界のトップスター、コリン・ファース。ヨットでの一人だけの演技が見事で、小心者で名誉欲は人一倍、そして家族思い、という男の複雑な心の内を演じています。

これはかなり特殊な状況下の物語ですが、名誉欲、出世欲、金銭欲等に囚われてしまって、できもしない事に手を出し、失敗を繕わざるを得ない事って、どんな人生にもあります。誰にでも多かれ少なかれ起る事かもしれません。

よってたかって、当時のマスコミが彼の美談を作り上げていきます。平気で偽記事をデッチ上げ、記事に新鮮味がなくなると、家族に予定調和的なインタビューを敢行する。ネット時代の今なら、さらにひどいことが起こっていたにちがいありません。ちなみにこの映画は事実に基づいているそうです。 

 

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も25店程にご参加いただきます。お楽しみに!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お正月休みに「ヴィヴィアン・ウェストウッド最強のエレガンス」というドキュメンタリー映画を観ました。

ファッション・デザイナーであり、環境問題活動家であり、パンク誕生の立役者であり、世界的ブランドの創始者であるヴィヴィアンは1941年英国に生まれ、現在78歳。権力に楯突いてきた人生といっても過言ではありません。

1971年ロンドンのアンダーグラウンドから飛び出したロックバンド、セックス・ピストルズをプロデュース。彼らが着ていたヴィヴィアンのデザインしたTシャツは、パンクスタイルを定着させます。体を奇妙に揺らせながら「アナキー・イン・ザ・UK」を歌う彼らは、当時の英国の支配階級を大いにイラつかせました。映画は、過激に突っ走る若き日の彼女の姿を巧みに織り込みながら、現在の彼女を映し出していきます。

スタイルを変えながら新しい感覚のファッションを生み出し続け、ファッションデザイナーとして50年のキャリアをキープし、現在も大企業の傘下に入ることなく、世界数十カ国、100店舗以上を展開する独立ブランドのトップにして現役のデザイナーという立場にいます。頑固でアグレッシブなこんな上司では、正直周囲は大変だよな、と思います。その一方で、年令などおかまいなしに派手な衣装に身を包んで、ヒョイと自転車に乗って駆け抜けていく姿は、とてもチャーミングです。

厳然たる階級社会がベースにあったイギリスの閉塞感を打ち破った、パンクファションの中心にいたパワフルな彼女と出会い、別れていった男たちを絡めながら映画は進んでいきます。

幸せな幼少期を経て、幼い子どもふたりと若いミュージシャンのマルコムと暮らしながら服づくりに励み、やがて、世界的成功をおさめるまでの70年間。様々な現代アートに刺激を受けながら、彼女は自分の世界を作りあげていきます。猪突猛進というのは、この人を指し示すものなのかもしれません。2015年、水圧破砕法によるシェールガス採掘に反対し、当時のキャメロン首相に対して、戦車をくり出し抗議デモを実行しました。そのシーンも映画には登場しますが、老いてますます元気、強烈な女性の半生です。

 

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。今回も25店舗程が参加します。お楽しみに!イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

⭐️2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。予約受付中(1500円)レティシア書房075−212−1772まで。

 

今年も沢山のいい本、いい映画に出会うことができました。

上半期、ノンフィクション系の刺激的な本に出会いました。将棋に人生を賭ける棋士たちの日常と、彼らの心情を追いかけた北野新太「等身の棋士」(ミシマ社)は、久々に読みごたえのある”勝負師”ドキュメントでした。沢木耕太郎ファンは必読です。

川崎の今を伝える、磯部涼「ルポ川崎」には驚かされました。一時は、環境も治安も悪く、住むに決していい町ではなかった当時、この街を愛するラッパー達が立ち上がり、様々な活動をして、住み心地のいい場所に変えてゆく姿を追いかけた一冊。

本を巡る本では、内田洋子「モンテレッジオ小さな村の旅する本屋の物語」。イタリアに強い作家だけに、イタリアの本を巡る歴史、紀行が巧く書き込まれていて、一緒に旅するような気分になりました。もう一冊、沖縄で古書店「ウララ」を始めた宇田智子の「市場のことば、本の声」は、彼女の店を訪れる様々な背景を持った人々が、時にユーモアたっぷりに、時にペーソスを交えて語られます。前作「那覇の市場で古本屋」もお薦めです。

小説では、奇妙なイメージで独特の世界を作り出す小山田浩子の「庭」が、ダントツの面白さでした。この小説を買われたお客様が一気に読み、そのお母様もハマったと聞きました。ほかには、釧路在住の桜木紫乃の短編集「水平線」が、北の大地に生きる男と女の人生の哀感が滲み出る傑作でした。今はない青函連絡船に乗って読みたくなる一冊です。

映画は、辛く悲しいアメリカの今を描いたマーティン・マクドナー作品「スリー・ビルボード」が心に残ります。繁栄から取り残されたような過疎の町で繰り広げられる復讐のドラマなのですが、登場人物のやることなすこと、ほとんどが上手くいかず、袋小路に落ち込み、抜けきれない状況を描いていきます。ラストもちぐはぐなことになってしまうのですが、人間ってこんなものだという無常感が沁みますが、なんか救われた感じがあるのも事実です。

救い、という意味では、マウゴシュカ・シュモフスカ「君はひとりじゃない」、グレタ・カーヴィグ「レディ・バード」のエンディングに漂う、ほんの僅かな希望、まだ明日も生きていける希望が忘れられません。リアルで過酷な人生に灯された希望を、ウソっぽくならずに描くのは至難の技です。明日は下半期を書きます。

★年内は12月30日(日)まで営業いたします。年始は1月8日(火)より通常営業いたします。

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。予約受付中(1500円)レティシア書房075−212−1772


 

 

 

 

オフィル・ラウル・グレイツァ初監督による「彼が愛したケーキ職人」(イスラエル映画)は、今年のマイベスト10に入る、優しくて、愛おしい映画でした。

イスラエルのエルサレムでカフェを営むアナトは、夫と一人息子の三人家族です。夫のオーレンは、出張先のドイツのベルリンで行きつけの店のケーキ職人のトーマスと恋に落ちます。オーレンは妻を愛しながらも、同性愛者だったという設定です。こう書くと、なんかドロドロした展開を思い浮かべる方もおられるかもしれませんが、全く違います。抑制の効いたダイアローグ、控え目な音楽、チャラチャラ動かないカメラ、そっと室内に射し込む外光を演出した照明と、極めて静謐な映画的表現で物語は進んでいきます。

オーレンと突然連絡がとれなくなったトーマスは、エルサレムまでやってきて、オーレンが交通事故で亡くなったことを知ります。彼を忘れられないトーマスは、素性を隠したまま妻のアナトの店でアルバイトとして働き出します。愛した人がエルサレムでどんな生活をしていたのか、ただただ知りたいという気持ちで一杯でした。彼が身につけていたスイムパンツを履いてプールに佇むシーンはとても切ない場面です。

最初は単なるバイトとして見ていたアナトでしたが、トーマスの作る美味しいクッキーやケーキに魅かれていき、そして彼に愛情を感じ始めます。アナトや息子と仲良くなっていくトーマスですが、観客の私たちは、こんな幸せがイスラム社会で長くは続かないことはよくわかっています。問題は終り方です。

 トーマスとアナトの慎ましい日々の幸福を静かに描きながら、アナトの心情に深く入っていきます。彼女は、トーマスと夫とのことを知ることになりますが、この辺りのストイックな演出は見事です。彼を許せるのか、許せないのか、愛しているのか……。非常に微妙で複雑なアナトの心を見つめます。心は深く傷つくのですが、ラスト、ベルリンへと向かったアナトが、目の前に広がる青空を見て微笑むところで映画は幕を閉じます。そこに私は希望を感じました。映画だけが持つ、本来の表現力を生かしきった見事な作品です。絶対にお薦めです!

 

★年内は12月30日(日)まで営業いたします。年始は1月8日(火)より通常営業いたします。

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)

 

 

 

川本三郎の「あの映画に、この鉄道」(キネマ旬報社/古書1800円)は、この著者の博識ぶりに驚かされながらも、楽しく一気に読んだ本です。よく知られているように、映画・文芸評論家であり、絶妙の散歩エッセイも書く著者は、鉄道ファンでもあります。この本では、そちら方面の知識、情報もフル稼働して、映画に出て来た鉄道を詳しく紹介してくれます。

しかも、北海道、関東、中部、関西、中国、四国、九州に区分けして書いているから驚きです。例えば、群馬県桐生市から栃木県日光市までを結ぶわたらせ渓谷鉄道。井筒和幸作品「のど自慢」、森田芳光の「僕達急行 A列車で行こう」等に登場し、最近の映画では是枝裕和「海街diary」にも使われていて、解説しています。

「父親の葬儀のために山形県の田舎町に来た三姉妹が、腹違いの妹に見送られ東京に戻る駅は、終点のひとつ手前、足尾駅でロケされている。」

と万事この調子で、映画に登場する駅のことが詳しく書かれています。凄いな、この記憶力と情報力。実際に足を運んだ場所もあるみたいです。京都も登場します。一本は山本富士子主演の「夜の河」です。

「昭和三十一年に公開されたこの映画は、何よりもまず、空襲の大きな被害を受けなかった古い京都の街並みをとらえるところに良さがある。堀川のあたりに瓦屋根の家が並ぶ。その堀川沿いに市電が走る。ポールを付けた昔ながらの市電。」

山本富士子の着物姿の色っぽさにあてられていただけの私とはちがうな〜。

もう一本は、京マチ子主演「偽れる盛装」(昭和26年)の京阪電車です。「京人形のような美女を、嫉妬に狂った男が追う。とうとう彼女は電車の踏切のところで追いつかれ、刺されてしまう。(幸い命はとりとめる) この踏切が京阪電車。地下に潜ってしまった現在、こういう場面は生まれない。」

著者はあとがきでこう書いています。

「日本映画が数多く作られた昭和二、三十年代の映画には、廃線になった数々の鉄道が、まだ現役時代の姿をよくとどめている。動く絵のなかにきちんと動態保存されている。そのことを記録に残しておきたいという気持ちも本書のモチーフになっている。」

昭和の時代が鉄道と共にあったことを記録する、資料としても一級の価値のある本です。ここに紹介される映画は、おそらく映像ソフトで観ることができます。お好きな一本を探すのも良し、文章を読んで行ってみたくなったら、ふらりと出かけるも良し。

因みにこの本は全編書き下ろしです。資料集めもさぞや大変だったと思います。

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)

 

衝撃的だった処女作「鉄男」(89年)から、私が久々に観た塚本晋也の新作「斬、」は、寡黙な時代劇でした。和太鼓が乱舞するオープニングは緊張感が漂い、木刀で打ち合うシーンからスリリングでパワフルな殺陣が展開されていきます。

江戸時代末期。農村に身を寄せる若き浪人都筑杢之進は、農家を手伝って食いつなぎながら、農家の息子・市助に剣の稽古をつけ、自身の腕も磨くという日々を送っています。この農家の娘ゆうと、杢之進とは身分が違うもののお互いに魅かれ合っていました。

そんな時、二人の稽古を見ていた剣豪の澤村が、杢之進の腕に惚れ込み、大きく時代が変わろうとしている今、京都の動乱に参加しようと持ち掛けます。もちろん、杢之進は受けるのですが、実は彼は実際に人を斬ったことがありません。本当に人に刃を突き立てることが出来るのかという葛藤が日増しに大きくなってきます。

この辺りから、映画は、従来の時代劇から逸脱していきます。刀で相手を斬りつけることの恐怖に取り憑かれてゆく杢之進。現れた無頼漢たちの集団と対決する時ですら、刀を抜かず、丸太棒でぶつかってゆく有様です。徐々に狂ってゆく杢之進。山奥を彷徨い続け、ついに刀を抜くのですが、魂は安らかになることはありません。深い森の中を刀を引きづる音だけが不気味に響くところで映画は終ります。一人の若き武士の悲劇を見事に描き上げたと思います。

主役を演じた池松 壮亮、ゆうを演じた蒼井優、そして寡黙な剣豪を演じた監督の塚本晋也。ギリシャ悲劇を彷彿とさせる演技の絡み合いを堪能しました。雨に打たれ、血みどろ、泥だらけになって、山を彷徨うお三方、お疲れ様でした。

ところで、長年にわたり塚本作品の音楽を手掛けてきた石川忠が2017年に亡くなりました。この作品も石川が音楽を担当していたのですが、監督が受け継ぐ形で石川の作った音楽を編集し完成させています。重厚で深淵な音楽は、映画音楽としては今年のベスト1でした。なおこの作品で石川は第51回シッチェス・カタロニア国際映画祭の最優秀音楽賞を受賞しました。

 

 

 

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)

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今年、是枝裕和監督「万引き家族」は、家族の姿を描いた映画としてとても記憶に残りました。それにしても、この作品に勝るとも劣らない作品に出会うとは!野尻克己初監督作品「鈴木家の人々」です。「万引き家族」に圧倒された皆さん、この映画を見逃してはなりません!

物語は、ある一家の息子の自死から始まります。息子は、どうやら長期に渡って引きこもりだったようです。彼は突如、自分の部屋で首を吊ってしまいます。帰宅した母親が見つけ、台所から包丁を持ち出して紐を切ろうとするようなのですが、自分の腕を切って、意識を失います。(何故、そうなったかは、映画のラストで明確になります)病院に運びこまれ、昏睡状態に陥ります。父親が看病するのですが、何故か彼は、とあるソープランドに通い詰めます。(何故、そうなったかは、映画のラストで明確になります)一家の娘は、そんな父親のソープでの失態の後始末をしたりと、散々な目にあいます。

ある日母親が意識を回復し、周りにいる家族に向かって息子の所在を訊ねます。彼女は、どうやら息子の死の前後の記憶がとんでいるみたいなのです。真実を話して、自殺をされては困る家族は、「引きこもりをやめてアルゼンチンで仕事をしている」と嘘を言います。さぁ、それからが大変。いかにもアルゼンチンから手紙がきたみたいな小細工をしたり、お土産が届いたような演出をしたりと嘘に嘘を重ねていきます。

映画は、息子の死を隠す家族の姿を、距離を保ちながらシニカルに見つめていきます。でも、こんなこといつかバレると、観客の誰もがわかっています。宙ぶらりんの状態で、毎日を空しく生きる残された者たちの空虚な思いは限界まで来ていたもかもしれません。突然、息子の死は母親に知るところとなります。さらに、彼女はその時の記憶を戻してしまうのです。崩壊寸前の母親、凄まじい嗚咽を、カメラはやはり静かに見つめます。母親を演じた原日出子の凄味ある演技に釘付けです。

映画はここから、母親、父親、娘、そして亡くなった息子のそれぞれの立場から、苦痛と後悔、迷いや憤りを描いていきます。ここで、私たちは長い時間を一緒に過ごす「家族」って何なのだと考えてしまいます。監督は家族とは何なのかを知りたくて脚本を書いたと述べた上で、こう語っています。

「『映画』というものに答えがないように『家族』というものにも答えはないだろう。しかし、答えを知りたくてもがいてしまうのは人間の業だ。もがいた先に憎しみや怒りや悲しみが見えたとしても。 脚本を書き終えても答えは見つからなかった。ならば、作りながら更にもがけばいい、と思った。今回、初めて出会う『家族』と一緒にもがいて映画を作り上げればいい。そこに見える家族の風景。 私が最初の目撃者となりたい。」

いつも遅く帰ってくる父、早くに死んだ兄。そんな環境で育った野尻監督には、団欒という記憶がほぼないのだそうです。家族って何?を問い続け、自らの疑問を抱えながら、映画を作ったのです。

「万引き家族」のエンディングは、将来への希望が見えないものでしたが、「鈴木家の嘘」の場合は、未来の見えてくる幕切れです。観ている者も、この家族に幸せが訪れてほしいと心底思ってしまいます。拍手をもって祝福したい気分で終りました。父親を演じた岸部一徳、母親役の原日出子は、ともに代表作になるに違いありません。そして、熊切和嘉、豊田利晃、大森立嗣に師事し、橋口亮輔、横浜聡子、石井裕也ら日本映画界を牽引する監督たちの現場で、助監督を務めたという野尻克己監督の実力が証明された処女作になりました。強くお薦めしますが、映画館はガラガラの入りだったので、もしかしたら早く終るかもしれません。

 

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最愛の夫が交通事故で死んでします。安置所で、白い布をかけて置かれた彼の死体。ところが死体は、急に起き上がり、白い布を被ったまま歩いて安置所から抜け出し、野原を越えて、懐かしい我が家へと戻っていく。どうやら妻にも、他の人には彼の存在は見えていないらしい。え?死んだら魂は神の国に行くはずなのになんで…….?

映画「ア・ゴーストストーリー」は、そういう風に始まります。セリフを極端に減らし、ひたすら長回しの撮影スタイルと透明感のある色彩で、この男、いや幽霊を見つめていきます。誰もいない空間に、ぽつんと立っている幽霊は、絵画にような美しさともの悲しさに満ちあふれています。

家に戻ってきた妻は、心配した友人が作って置いてくれていたケーキを、ひたすら食べ続けます。あまりの悲しみに、ただただ食べ続ける姿は極めてリアルで、カメラはその姿をずーっと長回しで追い続けます。そんな彼女の側に幽霊はじっと居続けます。シーツの目のあたりにふたつ穴が開いているだけなのですが、愛しそうに哀しそうに、見ています。

37歳の監督デヴィッド・ロウリーは、幻想的なカットとリアルなカットを巧みに織り交ぜながら、この世のものでも、あの世のものでもない物語を見せてくれます。

季節は巡り、やがて妻には新しいボーイフレンドが出来て、思い出深い家を静かに出ていきます。間もなく、スペイン系の家族が引っ越してきます。思い出が消えるのがつらいのか、楽しそうな家族に嫉妬したのか、幽霊は家の中のものを滅茶苦茶に壊してしまします。幽霊が見えない人にしてみれば、もう恐怖の家ですね。その後若者たちが出入りしたりしますが、そのうち定住者がなくなり古びて荒れていく家。それでも、幽霊は留まりつづけていました。が、ある日クレーン車によって、壊され更地になり、大きなビルが出来てしまいます。無骨な鉄骨で組まれたビルに立つ幽霊の姿。もう、ここまでくると、誰か成仏させてあげて!と祈りたくなりますが、これがアメリカの映画であるところが何とも不思議です。

仏教的なようでいながらも、宗教臭さが全くないのも面白いところです。幽霊には幽霊なりの”人生”があるみたいなのです。こんなにも美しく、哀しい映画は久々です。何だかわからんことが平然と起こる映画なので、真っ新な心でご覧下さい。

★話は違いますが、店の前のツワブキの花(左)が咲きました。これは、3年前に亡くなった母の家から少し株分けして持ってきたものですが、きれいな蝶々が止まったのでシャッターを押しました。もしかしたら母も店の行く末を心配しているのか。