記録映画「セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター」(京都シネマ)を観てきました。

ブラジルに生まれ、ユージン・スミス賞をはじめ、多くの賞を受賞した世界的報道写真家。現在はブラジルで、破壊された自然の保全や復元活動に取り組む環境活動家としても知られている写真家セバスチャン・サルガドを、ヴィム・ベンダースが監督した映画です。

報道写真家として、世界中の戦争へ出向き、その悲惨な光景を撮り続けた写真家の作品は、時として目を背けたくなります。故郷を追われ、流浪の旅に出たアフリカの民。飢餓の恐怖に耐えながら、安住の地を求めて彷徨う。しかし、体力のない子供たちから死んでゆく。民族同士の衝突から起きる戦争が、どれ程人間を残酷な、醜い存在にしてしまうかを見せつけられます。

 

そんな辛い写真ばっかりで痛々しい映画なのかと思われますが、そうではありません。人間の存在をたった一枚の写真に切り取り、悲惨の遥か彼方にあるかもしれない希望へと私たちを導いていきます。彼が撮った作品の背景に見え隠れする大空の不思議な感覚は、そんな希望の道しるべかもしれません。

映画の後半は、ルワンダ内戦のあまりの惨状に、彼自身の心が病み、故郷ブラジルに戻ってからの活動をドキュメントしていきます。故郷の荒果てた大地に愕然とした彼は、妻レリアと共にその再生へと向います。

そして2004年にスタートするプロジェクト「GENESIS(ジェネシス)」では、地球上に残る未開の場所―ガラパゴス、アラスカ、サハラ砂漠、アマゾン熱帯雨林などに出向き、日々生と死が交錯する、地球の姿に立ち止まり、シャッターを押し続け、写真集として発表しました。。
かつての報道写真家としての作品とは、まるで違う作品に批判もありましたが、サルガド自身が言うように「GENESIS(ジェネシス)」とは地球への“ラブレター」。絶望の彼方から、希望への架け橋を自らが求め探す旅を続ける姿は胸を打ちます。打ち拉がれた魂を再生させるのは、この惑星の自然でしかないという真理に真摯に耳を傾けさせる作品でした。

 

 

★10月23日(金)19時30分

北海道釧路ヒッコリーウインドオーナー&ネイチャーガイドの安藤誠さんのネイチャートーク&スライドショー「安藤塾」 決定。要予約

 

 

 

4日間のお休みを頂き、今年も後半戦スタートです。夏バテ解消、とまではいきませんでしたが、一箱古本市の整理をゆっくりすることができました。

さて今日から、朝野ペコさん楠木雪野さん、共に映画大好きなイラストレーター二人による「荒野の二人展」が始まりました。

10数枚の洒落たイラストは、二人の作品が交互にならんでいて、それぞれのテーマが、連想ゲームのようにつながっています。

例えば一枚目は、「レティシア書房」の名前の由来である映画「冒険者たち」より、素敵なジョアンナ・シムカス。アラン・ドロン主演のこの青春映画が好きで、ジョアンナ・シムカス演じるヒロインの、レティシアという響きに魅かれて名前をつけた店なので、嬉しい!!です。(→)

2枚目の作品は、レティシアがヒロインの名前ということで、次のキーワードは「ヒロイン」。連想された映画は、ヒロインのグレース・ケリーが美しいヒッチコックの「裏窓」でした。「裏窓」の主役はカメラマンなので、「カメラ」から連想して、3枚目の映画はアントニオーニの「欲望」。

 

そうして次々と「キーワード」が引き出され、そこから思い浮かべた映画の一場面を、リレー形式で交互に描いた作品が並びました。映画好きには、とても楽しい!!!観たことない映画があったら、作品を眺めるうちに「ちょっとレンタルビデオ店へ走るか?」という気になります。

朝野さんの、映画の1シーンを再現したキッパリした線と、シックな色使いはとても気持ちがいい。楠木さんの、大胆な画面構成と味のある線描は、とてもオシャレです。

作品一つ一つに、連想した理由や映画の解説が付いているので、ウキウキしながら読んでいきました。

 

 

映画が大好きな方も、普段あんまり観ないわ〜、という方も、ぜひ一度、彼女たちの世界を楽しんでみて下さい。

因みにタイトルの「荒野の二人展」は、「荒野の七人」から。果敢なユル・ブリンナーと、スティーブ・マックィーンが、銃を構えている姿がDMになっています(右下)。そういえば「荒野の七人」を観た当時、ジェームズ・コバーンがかっこよかったんだけど、私はユル・ブリンナーが好きだったわ〜・・・「王様と私」「隊長ブーリバ」、「旅」なんていう悲恋ものもテレビで観たわ!とか、次々と思い起こし、映画の話は尽きません。ということで、この企画、第2弾もしたいですね〜!と早くも盛り上がっています。(女房)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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話題になっていた映画「桐島、部活やめるってよ」をDVDで観ました。原作は、朝井リョウ。早稲田大学文学部時代に、同小説で2009年集英社「小説すばる新人賞」を受賞。12年に映画化されました。翌年、彼は「何者」で直木賞を受賞します。

映画の監督は吉田大八。この人、原作物の映画化に手腕を発揮するみたいで、西原理恵子の「パーマネント野ばら」、角田光代「紙の月」などシャープな映像美で楽しませてくれる監督です。

この映画も、お見事!の一言に尽きる作品でした。ある地方の高校生のお話で、「桐島君」が、突然バレーボール部をやめることになり、え?なんで?と友だちやガールフレンドが右往左往するだけの物語。そんなん、オモロイ??と思いますよね。

「桐島君」は一回も画面に登場しません。そう、主役は出てこないという超変化球映画です。さらに最初の30分間は、部活やめるって噂を聞いた同じ日の友だち、彼女、クラスメイトの行動をそれそれに角度を変えて描く「巻き戻し」映画なのです。肝心の桐島君は、果たして本当に存在するのか、何をするつもりなのか、わからないままドラマは進行していきます。そして、彼とは全く接点のない自主映画を作っているクラスメイトが登場してきます。彼がどう桐島君と関係していくのがスリリングなのですが(これが全く裏切られるのですが)その巧みな展開には、いやまいった、まいったです。

主人公が空白のまま、彼に関係のあった仲間たちは、意味のあるような、ないような、行き先のわかっているような、わからないような行動を続けます。楽しいような、楽しくないような高校生活。青空にぽっかり浮かんだ雲が、ふわふわと流れていくような時間の中にいる気分です。

現役の高校生が観たら、何これ、意味不明、と思う人も少なからずいると思います。でも、あのどうでもいいような時を過ごして大人になった人ならば、生きる意味さえわからず、漂泊してたんだよね、というノスタルジーをもって共感できると思います。

学内でゾンビ映画を作っているクラスメイトの映画青年が、カメラを突きつけるラストは、映画の祝祭みたいな雰囲気もあり見応え十分でした。お薦めです。

★休業のお知らせ

8月24日(月)〜27日(木) 勝手ながら休業いたします。よろしくお願いします。

 

レティシア書房ギャラリー情報 

28日(金)〜9月6日(日)「荒野の二人展」映画好きイラストレーター朝野ペコ・楠木雪野の二人展です。

 

若年性アルツハイマーを扱い、主演のジュリアン・ムーアが映画賞を総なめした「アリスのままで」を観に行ってきました。

ハリウッドお得意の難病物か、そりゃ賞取るわな、という気分もありましたが、これは見事な作品です。リサ・ジェノブァの原作「アリスのままで」 リチャード・グラッツァ−とウォッシュ・ウエストモアランドの二人が脚色、監督をしたのですが、今年三月、リチャード・グラッツァーはALS(筋萎縮性側捜軟化症)のため亡くなっています。

監督自身、難病を抱えていたせいかもしれませんが、いかにもハリウッド的な演出から遠く離れて、静謐な映画を作り上げました。

最近物忘れがちょっと多いな、と思ったヒロインが精神科を訪ねます。検査結果は、遺伝性の若年性アルツハイマー。言語学者として、高い評価を受け、家族と幸せな時間を過ごしていた彼女の未来は、真っ暗に塗り潰されてしまいます。父親からの遺伝が、また自分の娘にも受け継がれるかもしれない、という申し訳なさが、さらに彼女を打ちのめします。

映画は、彼女が生きてきた街の表情や、快適に整えられた住居の佇まいを巧みに織り込みながら、徐々に進行する病状を見つめていきます。名女優と呼ばれながら、中々大きな賞を取れなかったジュリアン・ムーアが、後半は殆どノーメイクで、変貌するアリスを演じます。ちょっとした視線の動きや、何気ない仕草、きめ細かい演技で、観客に迫ってきますが、嫌味なところが全くなく、お見事!としか言いようがありません。

ところで、この映画エンディングに初めてタイトルが出てきます。“Still Alice”というタイトルが、霞がかかったような白地に浮かび上がります。アリスとして幸せだった過去がすべて消えていきそうなことを象徴するタイトルです。

しかし、この映画は、不幸にも、自分のアイデンティティを失くしていく女性の悲しみだけを描いた作品だったのでしょうか。そうではありません。愛し合った夫、自慢の子ども達、学問に没頭し、世界を駆け巡った人生。そんなものが遠くにいっても、魂は残ります。エンドタイトルの出る直前、娘が彼女に語りかけるシーンがあります。ここに、この映画のすべてがあるように思います。おこちゃま味の映画満載の中、オススメの一作です。

 

 

★レティシア書房 『一箱古本市』のお知らせ

8月11日(火)〜23日(日)店内にて開催いたします。(17日は定休日)

今年も賑やかに、27店舗参加していただきます。

初参加のお店もあります!乞うご期待!!

公開中の「オン・ザ・ハイウェイ」(京都シネマ)を観ました。

登場人物は男性一人と車だけです。かつてスピルバーグの映画「激突」っていう傑作がありましたが、あれは正攻法のアクションでした。こちらは変化球の面白い映画でした。

夜のハイウェイ。主人公アイヴァン・ロックは、ある場所へと車を走らせます。

妻カトリーナとの間に二人の子供に恵まれ、仕事も建設の大きな現場を任されて、順風満帆な生活を送っていました。しかし、出張先で一度だけ浮気した女性が妊娠してしまい、その出産に立ち会うのが自分の責任だと考え、明日に控えた大きな仕事も家族との約束もなにもかも放り出して、ハイウェイを疾走。

しかし、部下に任せた仕事にトラブル多発、上司からは職場放棄でクビを宣告、自分の過ちを告白した妻には、もう帰ってくるなと三行半を突きつけられ、あげくに、産婦人科の医者からは、出産が危険という状況がもたらされる。

映画は、このややこしい状況を、車の中にいるアイヴァンと社内電話のやり取りだけで見せるのです。社内に着信音が、ひっきりなしに鳴り続け、しゃべり続けるアイヴァン。約90分、私たちも彼と同乗し、ひたすら電話に付き合わされます。その手法は斬新であり、まるで舞台劇のような緊張感があり、監督のスティーブン・ナイトの手腕に感動します。

でもこの男、考えたら、滑稽で哀れです。自分では状況を受け入れ、責任感を持って前を向いているから問題はきっと解決するんだ、と主張するのですが、それ、あんた滅茶苦茶だろう!とツッコミを入れたくなります。

件の女性の妊娠が判明した時点で、やらなければならないことはあるはず。妻に対しても、けっこう独り善がりなところがあったにちがいないことが、会話の中から浮かび上がってきます。大きなプロジェクトの責任者なのに、部下に普段から伝えておくべきことも、自分で何もかも仕切ってしまう。その生き方すべてが、男を窮地に陥れるというわけです。90分のドライブの間には、男とその父親との確執など、生い立ちに関することもなんとなくわかってきます。男の人生を載せて、車は夜のハイウェイを疾走し続け、新しい命の産声で映画は終わります。

一緒に走った観客のみなさん、お疲れさんでした。

 

 

是枝裕和監督作品「海街diary」を観てきました。

美しい旋律の曲にのって、鎌倉の海岸近い町が現れ、静かにタイトルが出てきた瞬間から、この映画はきっといい!と確信しました。

原作は吉田秋生のコミック。鎌倉の古い家に住む三人の姉妹の元へ、腹違いの思春期の妹すずが同居することになり、四人の生活が始まります。梨木香歩の長編小説「からくりからくさ」(新潮文庫350円)に登場する、祖母が残した古い家に住む四人の女性の物語を思いだします。静かで、穏やかな日々。それは、映画も同じです。

舞台が鎌倉であること、殆ど大きな事件の起きないこと、お葬式、法事があること、そして美味そうな食卓が頻繁に登場すること等から、小津安二郎作品の世界に似ていることを連想される方も多いはず。たしかに、監督は小津の世界を引き継いでいると思います。特に、家の中にいる女性達の会話を捉えるシーンは、小津の映画を彷彿とさせる出来上がりです。

樹木希林が喪服を着て振る舞うシーンなんか、小津の作品における杉村春子を思いださせます。

全く知らない場所にやって来たすずちゃんは、ゆっくりと三人の女性に、この町の人達に、そして町に馴染んでいきます。ドラマチックな演出は避け、何気ない日常の一部を切り取って、ドラマを仕立てていく是枝監督の映画の魅力に浸れる至福の時間です。

女性達にも、彼等にかかわり合っている様々の人達にも、それぞれ人生の重さが、チラっと出てきます。それでも、人生は静かに、ゆっくりと流れていきます。原作に語られる登場人物それぞれにまつわる長いストーリーを、とてもうまく削り、俳優の演技で語らせる手腕は見事です。

ラスト、法事を終えた四人の女性達が、海岸を散策します。会話はありません。でもそこには、生きていることの実感と満ち足りた気分が一杯です。すると、オールを使ってこちらにやってくるサーファーらしき人影が近づいてきます。これは死の象徴ではないかと思いました。生の先にいつかやってくる死と、今を生きる幸福をひとつの画面に入れてしまうなんて、もしかしたら是枝は小津を越えたかもしれません。

店頭に、瀧本幹也の写真集「海街ダイアリー」(青幻舎3456円)があります。これ、映画のパンフレット的写真集ではありません。映画は完成して、登場人物はもういないはずなのに、今もここに暮し、食事を作り、海辺を散歩している、そんなありもしない幻想を永遠に閉じ込めたような写真集です。最後のページを飾る縁側でリラックスしている四人の穏やかな雰囲気はそれを物語っているようです。

英国期待の若手監督ホン・カウの長編デビュー映画「追憶と踊りながら」(京都シネマ7月3日まで上映)を観てきました。巧みな映像技術と、ゆっくりと登場人物に近寄ってゆく手法は、今後も大いに期待したい監督です。

ロンドンの老人ホームで、ひとりで暮らすカンボジア系中国人のジュン。英語ができない彼女の唯一の楽しみは、息子のカイが面会にくる時間。しかしカイは、自分がゲイで恋人リチャードと同棲していることを母親に告白できず悩んでいました。ある日、カイは自動車事故で突然この世を去ります。悲しみにくれる彼女を、リチャードはゲイの関係だったことを隠して、ジュンの面倒を見ようとするのですが……..。というストーリーです。

英語の出来ないジュンと、コミュニケーションをとるために、まずは中国語の出来る女性に通訳を頼みます。そうして、三人の会話風景を中心にして映画は進んでいきます。

文化も言語も違う人々が理解しあう難しさ以上に、言葉で、どこまで人は真意を伝えることができるのか、という人間のコミュニケーション力へのもどかしさが伝わってきます。

そうかといって、人は理解できないものなんだというペシミスティックな結論が用意されているわけではありません。ラスト、リチャードが英語で話し、ジュンが中国語で話すシーンが交互に出てきます。ここからが映像の魔力というか、魅力というか、とても素敵なエンディングへと向います。

この監督、カイが自動車事故で死ぬシーンも見せなければ、リチャードのカミングアウトでジュンが号泣するようなベタなシーンも用意していません。いかにもというドラマチックな展開をさけながら、穏やかな着地点をさぐります。見事な演出。リチャ−ドを演じるのはベン・ウイショー。現在の英国俳優ブームをベネディクト・カンバーバッチと引っ張る役者だそうです。

オープニングタイトルで流れるのは、李香蘭(山口淑子)が歌う名曲「夜来香」。見終わった時、もう一度聴かせてほしいと思いました。

 

★ブログで紹介したミニプレス絵本「cherry」(1296円)の作者9cueさんから、この本にも登場するオオカミと当店をイメージしたネコの作品を頂きました。入口に飾ってありますので、ご覧いただき、「cherry」の面白さを味わって下さい。実物のもつ強さは、やっぱりいいですね!9cueさんありがとうございました。

 

 

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多分、前代未聞だと思います。小津安二郎の傑作「東京物語」の全テイク1723を収録、各カット毎に俳優の台詞を併記するという完璧な「東京物語」本、「リブロシネマテーク小津安二郎 東京物語」(4500円)が再入荷しました。

学生時代から、もうすでに何十回とこの映画を観て、もちろんこの本が出版された時にも、即座に購入して、飽きずに眺めていた日々を思いだします。当然、ほぼ台詞は暗記しています。(台詞を暗記しているのは、この映画と「仁義なき闘い全5作品」ぐらいですね)

また、全カット再現だけでなく、笠智衆のインタビューや、監督が使用した台本、公開当時の新聞、雑誌の批評なども収録してあり、資料的価値も大です。そして、私が読んだ「東京物語」論の中では、最も優れていると思う佐藤忠男の「東京物語について」を読むことができます。映画技法の研究、思想の解明が明確に分析されています。

暗記する程観たはずなのに、採録された全カットを見つめていると、また新しい事に気づきます。そうだったのかと思う箇所がありました。

映画終り近く、亡くなった母親の葬儀も終り、息子、娘達が食事をしているシーンで、杉村春子扮する長女が突然こんなことを言います。

「ねえ、京子(下の娘です)、お母さんの夏の帯あったわね?ネズミのさ」

「露芝の…….」

「あれ、あたし、形見にほしいの」

「いい?兄さん」

「それからね」(ここで、お茶を一口飲んでから)

「こまかいかすりの上布、あれまだある」

「あれもほしいのよ。しまってあるとこ、わかってる?」

「出しといてよ」

と、矢継ぎ早に妹に指示します。数時間前に葬儀が終わったとこなのに、現実的な長女は、もう形見の物色です。ちょっとムスっとする京子。

その後です。会話もなく、食事をするカットが二つ入っているのです。葬儀にまつわる雑音や、ドタバタが一瞬にして消え去り、母親の不在が浮き上がります。本来なら、長女の台詞のあと、父親が、子供たちに語るシーンに繋がっても全く違和感がないのですが、この2カットがあることで、昨日まで生きていた人間が旅立った寂寥感が際立ちます。

今度はDVDで再チェックしなくては。私の「東京物語」は、まだまだ続きそうです。

ところで、先日面白い映画チラシを頂きました。こんな企画上映をやってるんですな。

 

本年度のアカデミー作品、監督、脚本、撮影と主立った賞を総なめした「バードマン」をやっと観ることができました。

かつて、荒唐無稽なヒーロー映画「バードマン」シリーズでスターの地位を築いた俳優のリーガンは、シリーズ終了後、人気は衰退、私生活もボロボロになっていました。しかし、再起をかけて自らシナリオを書いた、レイモンド・カーヴァーの「愛について語るときに我々の語ること」を舞台化し、再起をかけようとしていました・・・・という落ちぶれた役者の復活を描いたバックステージものなのですが、ファーストシーンはリーガンが楽屋で、明らかに地上から「浮いている」様を捉えたショットで始まります。なんだ、これ???オカルト映画か?

さらに、リーガンは念力があるみたいで、物を動かしたり、放り投げたりするのです。なんだ、なんだ、この映画?

ま、その辺りで、こんな映画ついていけないなぁ〜と思われる方もありかと思いますが、殆ど切れ目のないカメラーワークが、摩訶不思議な世界へと誘ってくれます。物語は、その殆どがリハーサル中の劇場内で進行しますが、カメラと一緒に、私たちも劇場内をさまよい歩きます。なんだか、リーガンの心の迷路に入った気分です。

さて、肝心の舞台の方は、これがまたトラブル続きです。代役として抜擢された俳優トムとの確執、父のアシスタントとして起用した娘とは溝が深まり、上手くいきません。さらには、かつてのバードマンまでが亡霊の如く表れ、リーガンを責めます。(この数分間だけが、ど派手なCGを駆使した画面になり、あっけにとられます)

おいおい、こんなんで舞台大丈夫?

もちろん大丈夫ではありませんでしたが、そんな事どうでもいいのです。

問題はラストシーンです。すれ違いだった娘の父へ向ける謎の微笑みで終わるのですが、えっ。どっちなの、えっえっ!?

こらぁ、エンドマーク出すんじゃない!!

??マーク一杯で劇場を後にすることになるのですが、不愉快では全くありません。面白い映画です。そして笑える映画です。監督はメキシコのアレハンドロ・G・イニャリトゥ。「 21グラム」、「バベル」とその奇才ぶりを発揮した作品を観てきましたが、さらその才能に磨きがかかりました。好みの映画作家です。

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イギリスで鉄の女と呼ばれたサッチャー政権下で、良きことと言えば、彼女の政策のために苦しんだ労働者を描いた映画が、ほぼすべて傑作だということかもしれません。

炭鉱労働者たちのブラスバンドと彼等を支える女たちを描いた「ブラス」、やはり炭鉱労働者の息子がバレリーナになる姿を描いた「リトル・ダンサー」、ついには職にありつけない男たちがストリッパーになって踊る「フル・モンティ」。

そして、先日観たばかりの「パレードへようこそ」もとても素敵な映画でした。

“ Thatcher Out”(くたばれ、サッチャー!みたいな意味でしょうか)という横断幕で始まるこの映画は、ストライキを支援する同性愛者の団体”LGSM”(炭坑夫支援レズビアン&ゲイ会)と、炭鉱の町で生きる人達との交流を描いています。

80年代初頭、まだ同性愛者は社会的には認められず、罵声を浴びせかけられる存在でした。そんな、彼等が支援をと申し出ても、マッチョばっかりの炭鉱労働者が受けるわけがありません。ところが、ちょっとした勘違いから、両者の交流が始まっていくのです。

鍵となったのは、この街の元気なおばちゃん達。偏見を脱ぎ捨てて友情を育んでいきます。多分、こういう、ひょいと一線を越えていく力は、男性よりも女性が持っているみたいです。どちらも男社会から差別をうけている存在だからだと思います。

映画は、両者の絆を描きながら、一方で同性愛者たちを蝕んでゆくAIDSにも触れています。若くして命を落とす者も出てきます。迷える若者に向かって「人生は短いよ」というゲイのリーダーの言葉が重たく響きます。辛い現実も描きながら、ラストは同性愛者たちの大パレードに参加する面々の眩しい笑顔で終わります。拍手したくなるエンディングで涙が止まりません。しかも、これ実話だったというから驚きです。

ところで、映画にはゲイ達が好んだ80年代ロックミュージックが、とても巧く使われています。このあたりの音楽は、私が輸入レコードとインディーズ音楽に溢れた店で働いていた頃のものです。ゲイっぽいお兄ちゃんに、ゴスロリ少女、メタル小僧に、パンク野郎の闊歩する店を約10年間やってました。その少し前、アメリカで1年間過ごした時、英語文化を教えてくれたのはレズビアンをカミングアウトした教師でした。この二つの体験が、私に色々な偏見をなくしてくれたのかもしれません。

男と男、女と女、男と女、誰が誰を愛そうが、どんな格好をしようが、国家がゴチャゴチャいう筋合いではないと思っています。

 

ところで、本日5月15日は京都三大祭りの一つ「葵祭」の日。午前10時半に京都御所を出発して下鴨神社、上賀茂神社へと雅びな行列が行きます。毎朝犬と散歩する御所へ、この暑い中、友人の娘が行列に出ていると言って、女房が久しぶりに見に行ってきたので、写真をアップしました。ホンマに暑い一日でした。

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