今年のアカデミー作品賞「アルゴ」、やっと観ることができました。監督、主演ベン・アフレック。監督作品としては3作目です。アメリカでは、監督、主演できるという意味でC・イーストウッドの後継者として評価されていますが、作風は全然違います。しかし、完璧な脚本、そして違和感のない役者を揃えて、CGに頼らない製作手法は似ています。前作の監督、主演作品「ザ・タウン」(2010)は犯罪ドラマとして秀逸でした。犯罪に走る鬱屈した下町の青年の感情の描き方は見事でしたが、イーストウッドなら笑ってしまいそうな詰めの甘いエンディングでした。しかし、今回の「アルゴ」は、お見事!でした。

70年代、イランで起こったアメリカ大使館占拠事件。その渦中で大使館から脱出した6人の職員を無事に国外に脱出させるを描いたサスペンス映画です。架空の映画製作をでっち上げて、イランにロケハンに来ていたカナダ人に化けさせて出国させるという荒唐無稽な計画を実行したCIA工作員の話がベースになっています。

一歩間違えば、愛国的な映画になりそうな題材を絶妙のバランスで、極上のサスペンスに仕上げている手腕はなかなかです。「何もせず、威張り散らす奴ばかり、それがハリウッドだ」という台詞にあるとおり、ハリウッドへの皮肉と諧謔を交えながら、全編、当時の状況を再現し、細部まで一切の手抜きをやらずに(おそらく、ハリウッドの資本家との金銭をめぐるバトルも相当あったでしょう)作品をまとめた能力は、一級の職人技です。ラスト、30分の出国までの演出は、まれにみる緊張感でした。これ、劇場で観た人は冷や汗ものだったでしょう。

扱いにくいテーマを、あざとくならずに一本の、さらに言えば何度観ても楽しめる娯楽作品に仕上げるアメリカ映画の良き伝統を継承している監督です。次回作はスティーブン・キング原作の「ザ・スタンド」を演出するとか。大体、キング原作の映画化は、ほぼ失敗してきましたが、さて今回はどうでしょうか?期待しましょう。

★最近の映画本のお薦め

「ローマの休日ワイラーとヘプバーン」吉村英夫(朝日新聞社600円)  名作の裏に隠されたドラマ。赤狩りの渦中で悪戦苦闘する監督W・ワイラーを描いています。

「エデンの門 イーサン・コーエン短編集」(河出書房700円)コーエン兄弟の映画製作チームで脚本、製作担当のイーサンの小説集

「シネマ裏通り」川本三郎。昭和54年に発行された映画評論集(冬樹社950円)

 

Tagged with:
 

映画雑誌キネマ旬報増刊「戦後キネマ旬報ベストテン全史」(昭和59年発行/900円)入荷しました。

さて、自分の生まれた年にどんな映画がベスト10に入っていたか。私は昭和29年生まれ。早速、その年の頁を開ける。1位は木下恵介「二十四の瞳」、2位も同監督「女の園」。そして3位が黒澤明「七人の侍」でした。白黒日本映画の黄金時代の幕開きですね。その後も傑作が続きますが、純文学の映画化が大半を占めています。近松門左衛門作、溝口健二監督「近松物語」、森鴎外作、溝口監督「山椒大夫」、川端康成作、成瀬巳喜男監督「山の音」、林芙美子作、成瀬監督「晩菊」と原作もののオンパレードです。海外もしかり。ゾラ原作の「嘆きのテレーズ」が1位、3位には「ロミオとジュリエット」です。

続いて昭和30年、林芙美子作「浮雲」、織田作之助作「夫婦善哉」、海外ではスタインベック「エデンの東」が堂々1位でした。風格のある原作があり、それをしっかり脚色できるシナリオライターがいて、映像化できる監督がいて、演出の意図を理解して演じる役者が、今以上に多く活躍していた時代だったことが解ります。

昭和37年、1位は松田道雄原作、市川崑監督「私は二歳」。私はこの映画を小学校の講堂で見た記憶があります。あれは、映画教室だったのかもしれません。と、こうして自分の体験とその年ごとのベスト10を見てゆくのも一興です。ベスト10最後は昭和57年。1位は、つかこうへい作、深作欣二監督の「蒲田行進曲」。10本のうち、原作があるのは、この映画と松本清張原作の「疑惑」のみでした。因みに、海外の1位は「ET」。もちろん、原作はありません。

平成生まれの方には、お呼びでない本かもしれませんが、映画が娯楽の王道だった時代から、TVに主導権を奪われた時代を過ごした方には、いろいろと”遊べる”一冊です。

 

 

Tagged with:
 

京都シネマで上映中の「堀の中のジュリアスシーザー」を観てきました。「ブルータスお前もか」でご存知シェイクスピア作「ジュリアスシーザー」を演じる役者達のドキュメントです。

そんなん、どこが面白いの?いえいえ、これが、なかなかの曲者なんです。

登場する役者は、全員イタリアの刑務所に服役中の囚人で、しかも懲役15年とか、終身刑とかの重犯罪者ばかり。刑務所内の服務の一環として行われている芸術活動です。出演者全員の面構えが、凄みありすぎ。それが裏切り、野望、殺人の交錯するドラマを演じるのですから、際立ってリアル。玩具の剣とはいえ、殺し合うところなんぞ危険な匂い一杯です。

この映画、上手いのは刑務所内の様々な場所で行われる舞台稽古を巧みに撮影していることです。留置場がずらり並ぶ廊下でシーザーを殺す相談をするところは、こいつらホンマに殺すで!と錯覚しそうな迫力と緊張感がみなぎります。また、そこに流れる映画音楽がお見事。ドラマチックとは程遠いのですが、盛り上げます。

ところで、役者としては素人のはずの囚人たちが、ものすごく巧い。演出も、わざとざらついた白黒画面にして、彼らの独白や、日頃の顔の表情、刑務所内の生活を舞台練習の間にインサートしたりして、どこからどこまでが演技なのか判別しにくくしています。おそらく、膨大なフィルムを使い、その中から選び取ったのでしょう。

つくづく思うのは、いつ、いかなる場所、状況でもシェイクスピアの舞台を成立させる原作の強さです。かつて、ディカプリオ主演でロックミュージカル仕立ての「ロミオとジュリエット」を観ましたが、現在のアメリカが舞台なのに、違和感なく楽しめました。もう一度シェイクスピア読んでみようかという気分になります。90年代後半にちくま文庫として「シェイクスピア全集」が出版されました。安野光雅装丁、松岡和子訳全12巻です。店には「ハムレット」(300円)しかありませんが、集めます。

映画の話に戻ります。ラストはその本番舞台を追いかけます。画面はカラーになります。そして、エンドクレジット。なんとブルータスを演じた囚人は*******になっているし、シーザー役の囚人は******だし、とお楽しみはこれからだ!です。(最後までくれぐれも席を立たないように)

監督は、イタリア映画界の重鎮パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ兄弟。90分足らずの小品ですが、満足度はイタめしフルコース並みです。

 

 

Tagged with:
 

明治31年福岡に生まれ、大阪で育った時代劇役者の大河内 傳次郎の一代記を書いた富士正晴著「大河内 傳次郎」が入荷しました(初版1500円)。昭和53年中央公論社より発行。装丁山藤章二。で、大河内 傳次郎って誰?という若い方は多いと思います

時代劇専門の大衆演劇新国劇に入り、サイレント映画時代から頭角を表します。そして、トーキーになって一世一代のヒーロー、丹下左膳で人気役者の道を上り詰めます。少し訛りのある大河内の「シェイはタンゲ、ナはシャゼン」(姓は丹下、名は左膳)という決めセリフが一世を風靡、後代まで多くの人々が物真似にする名文句になりました。山藤章二の扉の左膳の絵は、決めポーズ、さすがそっくりです。

この人物の幼年期の頃から、新国劇時代、そして映画スターへの道程を、やはり大阪在住だった富士正晴が資料を丹念に調べながら独自の視点で描いていきます。特に、新国劇時代の上演のビラまで引っ張り出して若き日の大河内を論じるあたりは圧巻です。

ところで、富士正晴には、ある作家の「贋」の自伝ものがあります。富士が島尾敏雄らと1947年に創刊した文芸誌「VIKING」から登場した久坂葉子について書いた「贋・久坂葉子」(富士正晴作品集第5巻 岩波書店2500円)です。告白しますと、久坂葉子という作家数年前まで全く知りませんでした。きっかけは森茉莉関連の本を書いている早川茉莉のことを調べている時に、「エッセンス・オブ・久坂葉子」に出会いました。久坂葉子って、ひや〜、すごい家系の女性!「華麗なる一族」(東宝映画の方)の酒井和歌子だ!!と驚きました。

父方の曾祖父は河崎造船(現河崎重工)創設者。母方の曾祖父は旧加賀百万石・前田公爵という名門の出。島尾敏雄の紹介で富士に師事して「VIKING」に参加。神戸でアルバイトしながら、作品を発表。「ドミノのお告げ」は1950年の芥川賞候補となります。しかし、4度の自殺未遂を繰り返し、「幾度目かの最期」を書き上げた後、52年の大晦日に阪急六甲駅で鉄道自殺を遂げました。享年21歳でした。「エッセンス・オブ・久坂葉子」にこんな文章があります。

「人から後指さされて、嘲笑をうけておめおめ生きて行くのは、私の自尊心をきづつける事にもなるだろうし、それより、いっその事、死の生活に入った方がましだと思う様になった。決して、死にたいと思わない。然し、生きたいとは思わない。二つを比べたら死ぬほうがましだと思う。」

富士の小説は、自殺した直後、その霊が富士の枕元に訪ねるところから始まります。そこから、全400ページにわたりこの作家の一生を描き出します。「贋」と断っている以上、ここで語られているのは虚構ですが、真実ではないと言い切れない重さがあります。小説の持つ力とは、こういうものかもしれませんね。

 

Tagged with:
 

オーストリア出身のクリストフ・ブァルツ(56年生まれ)。英語、ドイツ語、フランス語を自由に操るこの役者は、今一番のお気に入りです。クエンティン・タランティーノ作品「イングロリアス・バスターズ」ではその三か国語を駆使して、狡猾で、イヤミで、しかしインテリジェンス溢れていて、でも可笑しいナチ将校を演じていました。

昨日、同じタランティーノ作品「ジャンゴ」を見ました。ビデオショップのバイト上がりのタランティーノの傑作ですね。マカロニウエスタンへのオマージュもさることながら、奴隷制度をこれ程リアルに描いたものは初めてではないでしょうか。ディカプリオの悪役もとても面白いですが、クリストフはさらに上手でした。3時間、タランティーノの血だらけの画面ですが、いやぁ〜彼はいいです!!

この映画

1.奴隷が犬に食いちぎられる 2.「闘犬」ならぬ「闘奴隷」が白人のお楽しみで死ぬまで闘わせられ、負けた方はハンマーで殴り殺される、3逆さ吊りにされた主人公の大事なものがナイフで切り落とされる

以上のシーンをお覚悟の上、ご覧いただだくと、クリストフの一挙一動に笑ったり、驚いたりと十分1800円を回収できます。

見終わった後、この人ならイケズな京都人をエレガントに、あ〜、いけずしてはるとわかるように演じてくれそうだと思いました。例えば、

1.老舗の和菓子屋ご隠居 2.祇園祭の鉾町長老 3.大きなお寺の檀家

なんて、ぴったりです。三か国語を操るぐらいですから、きっと京都弁も大丈夫でしょう。「うちなんか、お商売させてもろうて、まだまだやさかいな〜。もっと古うからのお店、ぎょうさんありますさかいな〜」と創業100年ぐらいに呉服屋の大旦那なんて上手すぎて、笑わせてくれそうです。品が良くて、仕草振る舞いに隙がなく、深い知性が感じられ、それらをイヤミな部分として笑い飛ばせる希有な役者の登場です。血だらけタランティーノはどうも、とおっしゃる方には「大人のケンカ」をお薦めです。携帯を片時も離さない、NYの弁護士役です。レンタル屋にあります。

因みにクリストフは「イングロリアス〜」、「ジャンゴ」の二作品で二度、アカデミー助演男優賞を受賞。前者ではブラピを食い、後者ではディカプリオを食ってしまいました。共演者は戦々恐々でしょうね。

 

Tagged with:
 

政治的な事象を素材にしながら、職人技で娯楽仕立てにいっちょ上がりに料理して、ハリウッド体制内から逸脱せず、しかも自分のスタンスを譲らないハリウッド映画が好きです。

ケネディ大統領暗殺の背後を大胆に推理した「ダラスの熱い日」(これに比べればケビン・コスナーの「JFK」は甘い)、ウォータゲート事件を扱った「大統領の陰謀」、南部の人種差別を象徴的に描いた「逃亡地帯」、軍部クーデターを描き出した「五月の七日間」等々。しかし、昨今のお馬鹿ハリウッドは、そういう骨太の映画を作る余裕も気合いも根性もないみたいです。

先日、京都シネマの番組表を見ていたら、おっ〜〜〜〜〜という作品が目に飛び込んできました。ロバート・オルドリッチ作品「合衆国最後の日」(77)のリバイバル上映です。ロードショーで1回、三本立てで1回。TVで1回。そして。オリジナルロングバージョン収録のDVDを買って3回は見ました。

ベトナム戦争の隠された秘密を暴露するために核爆弾搭載のミサイルを盾に、合衆国を揺さぶる男のドラマです。オルドリッチ映画に、女は不要。むさくるしい男たちのドラマを描かせたら一級です。「北国の帝王」なんてこれ以上、むさくるしい男の映画はありません。「合衆国最後の日」も脅す側と、脅される側そして人質になる大統領の緊迫のドラマが展開します。画面を分割しながら展開するサスペンスの盛り上げ方は王道の演出です。大統領が最後に******されて、それをスクリーンの幕僚が見つめるラストは戦慄的です。自国の大統領をこんなに描くか!!!

アメリカ映画の楽しみの一つに「12人の怒れる男たち」以来の伝統的なディスカッションシーンの緊迫感ですが、もちろんこの作品でも存分に楽しめます。因みに、京都シネマでは同監督の遺作「カリフォルニアドールズ」(81)もやっていました。男だらけの監督にしては、主人公は落ち目の女子プロレスラー二人とマネージャー(扮するは「コロンボ」のピーター・フォークで絶品です)のロードムービーです。その後に「合衆国最後の日」の再公開と続きます。3月8日までの1日1回の公開とか。出来れば、「攻撃」「キッスで殺せ」なんかを上映して欲しいもんです。

 

 

 

Tagged with:
 

この時期、映画ファンとしてはやはりアカデミー賞が気になります。以前知人のアメリカ人から「ウエストコーストのお祭りね」としらけ気味に言われたことや、昨今のハリウッドの落ち目を目の当たりにしていると興ざめしたりしますが、やはりファンとしては疼きますね。

一番注目するのは、助演男優、助演女優賞です。毎年この賞にノミネートされる役者は演技巧者が並びます。

かつて、カーソン・マッカラーズ原作の「心は孤独な狩人」を映画化した68年作品「愛すれど心さびしく」でノミネートされたアラン・アーキン。たまたま、この作品は「日曜洋画劇場」で放映され淀川さんが絶賛されていて、確かに心しみる映画でした。06年「リトル・ミスサンシャイン」の”なんも怖いもんなしのじいちゃん”役で同賞受賞。今回「アルゴ」で再ノミネートされました。渋い役、コミカルな役と変幻自在に変わりながら、ハートウォーミングな人物像のできる数少ない役者です。

もう一人、クリストフ・ワルツも期待です。タランティーノ作品「イングロリアス・バスターズ」の狡猾なナチ将校役で受賞、今回もやはりタランティーノ作品「ジャンゴ」でノミネートされました。この人は、前に、ほとんど舞台劇みたいな作品「大人のけんか」で、24時間携帯電話離せない会社役員役がもう見事で、いかにもアメリカ的なエスタブリッシュメントをシニカルに演じていて、笑ってしまいました。こちらは90分足らずの作品ですが、お薦めです。

この二人には同時受賞して欲しいのですが、もう一人フィリップ・シーモア・ホフマンという怪優がいました。主演も助演もOK。どんな役でもこなします。その彼が今回、新興宗教の教祖を演じる「ザ・マスター」でノミネートされています。あのT・カポーティ役を演じた「カポーティ」の、まぁ〜そっくりぶりには唖然とさせられましたが、今回もそうさせてくれることでしょう。因みに「ダウト」で、メリル・ストリープ相手に同性愛的牧師を演じ、メリルに対して一歩も引き下がりませんでした。

ところで、この「ザ・マスター」からは主演男優ホアキン・フェニックスと共に、助演女優賞としてエイミー・アダムスもノミネートされています。イーストウッドの「人生の特等席」で娘役を演じた彼女が、今回の新興宗教を巡るドラマでどんな役を演じているか興味津々です。ハリウッド的ではない作品ですが、観てみたい!と思わせる映画です。

この助演賞にノミネートされている役者が出ていて、大作ではない作品は割と質の高い映画が多いと思います。アカデミー賞観て、地味な作品探すというのも楽しみ方の一つですね。

Tagged with:
 

これ、何の写真かわかります?映画「グレートレース」の演出で監督ブレイク・エドワーズが主演女優ナタリーウッドにパイを投げた瞬間です。左後方には、やはりパイを投げられた主演男優ジャック・レモンの顔も見えます。こんなハリウッド黄金時代のバックステージの写真ばかりを集めた写真集「ハリウッド・スペシャル」(宝島社1800円)の一場面です。女優も楽じゃないですね。

こちらは、「上流社会」撮影中に、客演のルイ・アームストロングが軽〜くペットを吹いたのを、おおいいねぇ、と見守るビング・クロスビーとグレース・ケリーを捉えたリラックスムード一杯の現場写真です。

という具合に、映画王国だったハリウッドの面白さ満載の一冊です。映画なんて知らなくても、役者のいろんな表情が見事にファインダーに捉えられていて、どれも人間臭く楽しめます。ツルツル頭がトレードマークのユル・ブリンナーが、黒髪ふさふさだった写真なんて、レアーですね。しかもその写真の横にあるキャプションが「失敗作『大海賊』出演中」というのも笑ってしまいます。

楽しいのは名だたる女優、男優が見せるリラックスした表情と、やっぱりトップクラスの役者のセンスは違うねという身のこなしはファッション誌をみているみたいです。「悲しみよこんにちわ」撮影中のこんなジーン・セバークのショットみたいに。

 

写真を撮影したボブ・ウィロビーは、ライフ、ブォーグ等の映画コーナー専門の写真家でした。ハリウッドを中心に100本以上の映画の現場に携わった人間にしか撮れないレポート集です

 

Tagged with:
 

現在上映中の「007  スカイフォール」見てきました。007シリーズを映画館で見るのは、初代ボンドのショーン・コネリーの「ダイアモンドは永遠に」以来ですから、実に30数年ぶり。東ドイツがなくなり、東欧共産圏そしてロシアが崩壊し、ネットで情報が入手できるこの時代に、ごそごそ動き回って情報を入手するアナログな007なんて活躍する場所などないと思っていました。しかし、こういう手があるんですね。

もう笑ってしまうばかりの奇想天外、ど派手なアクションはオープニングの10分間ぐらい。かつてのシリーズなら、本編とは無関係の小ねたで観客にサービスしていましたが、それもなし。本編に繋がっていきます。あまり表に登場してこない007の上司Mが今回は大きな比重を占めています。演じるは、イギリスを代表する名女優、ジュディ・ディンチ。完成度の高いスパイ小説に登場する非情な上司を演じてくれます。そうでなくっちゃ!と、それだけで安心して見ていられます。長い台詞こそないものの、鋭利な刃物で相手を突き刺すような台詞回しと、クールな表情は、どか〜ん、ぼっか〜んの爆破シーンだけの空疎なハリウッドアクション大作に比べてよっぽど見応えがあります。

 後半、舞台は007の生まれ故郷スコットランドの荒涼たる原野に取り残された彼の生家に場所を移します。冷たい風が吹き付ける荒野で展開されるアクションは、良質のサスペンス小説を読んでいる気分です。また、ごつごつした、極めてストイックなアクションに、当代の007役ダニエル・クレイグはぴったりとハマります。ストイックと言えば、ショーンコネリー時代から、ボンドガールとのお約束の”ねっとりした”ベッドシーンはほとんど排除。ひたすら走る、拳を突き出す、撃つの三拍子です。英国伝統のスパイもの「寒い国から帰ったスパイ」に代表される凍り付くような寒さを感じさせる作品です。

本作を監督したのはサム・メンデス。舞台監督から転身、「アメリカン・ビューティ」「レボリューショナリー・ロード」でアメリカの都市生活者の幻滅を描き出し、一方渋いギャング映画「ロード・トゥー・パーテーション」を演出した、今かなり信頼出来る監督。007も過去の作品に捕われることなく、俺なら007はこうだと直球勝負。いや、お見事でした。

Tagged with:
 

これ、川本三郎の著書のタイトルです。雑誌「新潮」に連載されていたものを一冊の文庫本にまとめて岩波書店から出版されました。先日、府立図書館で借りてきました。新潮社版は近日店に入荷予定です。

序にこう書かれてあります

「東京の郊外住宅地とは『ノンちゃん雲に乗る』に描かれたように『小市民のささやかな幸福』が夢見られ、生まれ、壊され、そして新たに夢見られと、夢の死と再生が繰返されていった場所なのである。」

そして、著者は各地域別に、その地域に縁のある文学作品をテキストにして論じてゆく。私が好きだったのは「郊外に想いあり 庄野潤三」論でした。庄野は96年に出した「貝がらと海の音」を皮切りに一連の小説で郊外に住む老夫婦の家庭を描きます。「小市民的」「プチブル的」と否定的な言葉が飛んできそうな時代に、「家庭の幸せ」だけを描き続けます。正月に家族が集まり、誕生日を祝い、孫の運動会を見て、墓参り。こうした「行事」の反芻で、家庭の幸せは確乎たるものになる。しかし、一方そんな幸せは永遠に続かないから、淋しさが漂い、無常観が生じる。

これ、誰かに似てませんか?そう、戦後の小津安二郎の映画です。庄野の作品は一つ、二つしか読んでなかったのでこれから精力的に読んでみようかと思います。ところで、先日のブログでご紹介した小津の「東京物語」をベースにした「東京家族」に妻夫木聡が出ていましたが、彼は川本作品のベスト1(と私は思っています)の「マイバックページ」でも主演をやっていました。「東京家族」でも「マイバックページ」でも、見事な泣き顔を見せます。嗚咽する瞬間が上手いというのか、こちらも思わず泣かされます。

「マイバックページ」のラストの大泣きは、原作には存在しません。見事、映画が原作を超えて、映画オリジナルの世界を作りました。監督は山下敦弘。芥川賞受賞作の西村健太「苦役列車」、くらもちふさこの漫画「天然コケッコー」も映画化してます。原作ものを、巧みに料理して自分のものにする監督です。

 

Tagged with: