最近ウェルメイドな映画を三本観ました。
「スーパーチューズデイ」、「マネーボール」、「阪急沿線」の三本。最初の一本以外はDVDで観ました。すべて、ウェルメイドな映画でした。
ところで、ウェルメイドってどういう事なん?と思われる方に簡単にお話しますと、上映時間が2時間+10分程度、大げさなドンパチがない、出演者がめったやたらと泣きわめかない、お話はしっかりしている、そしてキャラクターに親近感がある、という事です。

私が映画に夢中だった70年代から90年代あたりまでは、アメリカ映画はそんな映画の宝庫でした。だから、今でも私の映画体内リズムはそんなウェルメイドリズムです。それを、立て続けに観ることが出来ました。ジョージ・クルーニーの「スーパーチューズデイ」は「大統領の陰謀」を頂点とする政治サスペンス映画の香りプンプンの映画でしたし、もう「マネーボール」はこれ以上の野球映画の傑作はない!と思えるぐらい、でも極めてオーソドックスな、映画らしい映画でした。そして、有川浩の原作の良さを保ちながら、古典的グランドオペラ形式の映画の楽しさを味わうことができる「阪急沿線」。

映画だけじゃなく、小説にもそれを求めてしまいます。森絵都「宇宙のみなしご」、(94年講談社 500円)堀江敏幸「未見坂」(08年新潮社 800円)、庄野潤三「貝がらと海の音」(96年新潮社 500円)、池澤夏樹「骨は珊瑚、眼は真珠」(98年文春文庫 300円)とか思い出します。大作でもなく、問題作でもない、表現技術に新しい感覚が盛りだくさんというスタイルの小説でもない。泣かさない、怒らさない、考え込まさない。しかし、その小説の一部が心の深い所に留まり続ける、そんな本がいいいいですね。

映画「阪急沿線」ラスト、色々生きる事でドタバタしたヒロイン二人の台詞はこうでした。「ねぇ、悪くないわね」。
生きるって悪くないわねと軽くステップを踏ませてくれるような本に、映画に、音楽に、私の最高の褒め言葉は、やはり「悪くないね」です。

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 私は昭和29年生まれである。この年生まれの男には、その存在から逃げ切れない、その存在と生きざるを得ない奴がいる。その名はゴジラ。

 東宝映画初の特撮映画として、戦後まもない昭和29年。白黒の画面に彼は登場する。これからの核時代の恐怖を背負って、彼は日本に上陸する。映画の中に登場人物の台詞にこんなのがある。
        「いやね〜ピカドン(原爆)から逃げられたのに、今度はゴジラよ、また疎開!」
放射能をまき散らすゴジラは、昨年の原発事故後、核に怯えて生きざるを得ないこの国の状況を先取りしている。ラスト、ゴジラはそのすべてを破壊するオキシデンデストトイヤーという究極の破壊兵器で海の底に沈む。ゴジラさえ殺すこの兵器。今風に言えば、地球を覆い尽くす、すべての生き物を殺す環境破壊の、これ又先取りだ。

核の恐怖、そして来るべき環境破壊を生む第一歩を踏み出した時代に、私たちは生まれた。やがて、ゴジラは東宝映画の屋台骨を支えるべく奮闘努力。次から次へと出てくる怪獣達相手に戦う。これって、より高いハードルを超えることが至上命令の企業戦士そのものの姿だ。そして、いつの間にか、人間の敵だったゴジラは牙を抜かれ、人間の味方にさせられてしまう。これは、お金で縛られ社会から眼を逸らされた我らの姿でもあった。
とまぁ、ゴジラの背中を見ながら、29年生まれの男達は大きくなって、こんな国を作った。いい国なのか、つまらない国なのか単純に答えなんぞ出るわけではない。一度、徹底的に破壊して欲しい願望は膨らむ。もちろんゴジラに。でも、つまらない戦いに疲弊したゴジラは沈黙し、深海へと帰り二度と戻ってこない。

数年前、金子修介が大映の怪獣映画ガメラを復活させた。その第三作で、新しいデザインの京都駅と渋谷の繁華街がもう滅茶苦茶に破壊される。映画館で拍手しました。「もっとやれ!」って。こんな無意味な破壊願望こそ、踏みつぶされるものなのかもしれません。

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今更、いや今だから原田芳雄。

原田芳雄が亡くなって時間が経ちました。遺作「大鹿村騒動記」はラストまるで彼自信が花道を歩いて天国へ行くようなシーンで終わります。ご丁寧に、彼が天を見上げるショットまであります。歌舞伎の舞台なら、「原田屋!」と声がかかりそうです。

1970年日活映画「新宿アウトローぶっ飛ばせ」71年「関東幹部会」で初めて観た時、かっこいい、という言葉しか出ませんでした。その後、数多くの作品に出演しましたが、85年北方謙三の「友よ、静かに瞑れ」で演じたボクサーくずれの用心棒役が最高でした。後半藤達也と壮絶な殴り合いを演じます。このくずれた感じがたまらんです。こういう匂いを出せるのは、松田優作、ショーケン、そして北野武ぐらいで、私のフェイバリット役者です。で、また全員が渋い音楽を演奏しています。原田のCDとしてはお店には『BLUE/横浜ホンキートンくブルース」があります。(900円)けだるく、でも粋な曲が並びます。

 

京都発のミニプレスCINEMA  APIED Vol.8は原田芳雄の特集です。20数名の方が、彼について色々書かれていますがどれも刺激的です。最後の文章をこの雑誌の編集者の金城静穂さんが書いています。締めくくりはこうです。

「原田芳雄と縁のない私の人生なんて、つまらなかったなと、支離滅裂にバカみたいに思わせるほど、彼は我がアイドルだった」

もちろん、私にもそうでした。「大鹿村騒動記」をまた観たら、きっと最後の眩しそうに天を仰ぐところで、泣きながら拍手することになるんだろう。彼がいた日本映画を長きにわたり観る事ができて幸せでした。

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オ〜!Leni Rieffenstahl”Five Miles”(洋書5000円)が手に入った。

Leni Rieffenstahl、日本語で表記するとレニ・リーフェンシュタール。1902年生まれのドイツの舞踏家、女優、映画監督そして写真家でもあった。ナチス政権下で国威発揚のために製作されたベルリンオリンピックの記録映画「オリンピア」で注目を浴びるものの、ナチスのプロパガンダ映画を製作したとして、戦後黙殺されてきました。でも、この移動カメラを駆使して製作された記録映画は、今観てもとてつもなく面白いだけでなく、今日のスポーツ撮影に多大な影響を与えていることがわかる。というか、彼女がいなかったら、きっとスポーツの映像ってつまんないものになっていたはず。

戦後、ナチスとの関係を追求され続けますが、尊厳を回復(本人はナチス党員ではなかった)。70年代以降、アフリカのヌバ族の人たちの生活を撮影した写真集を発表。さらに、驚くべき事に70才を過ぎてスキューバダイビングの資格を取り、100歳!!のときに『ワンダー・アンダー・ウォーター 原色の海』で現役の映画監督として復帰する。もちろん、世界最年長者ダイバー記録を樹立。その翌年の2003年、静かにこの世を去りました。101才生涯現役でした。

いや〜ぁ、波瀾万丈の生涯。その彼女のすべてを網羅した写真集。当然、オリンピック撮影中の力強い写真は見所で、観ていても全然飽きて来ない。しかし、もっと凄いのは最後のページに載っている海中で撮影された海洋動物の生々しい色合い。この高齢で海に潜り、生命力溢れる世界を撮ろうとする欲望はただ者ではありませんな。少々高いかもしれません。あんまり売りたくないのでお客様防衛価格ですが、どうしても欲しい方は、気合い入れて価格交渉をしてみては? 

店には彼女の本としては「レニ・リーフェンシュタール芸術と政治のはざまに」(LIBRO社昭和56年初版 1500円)もあります。こちらはナチス政権下で彼女の悪戦苦闘が描かれていて、ドキュメンタリー映画を観ているような面白さです。

 

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たまには、分厚い本を読んでみましょう。

お薦めはスポーツライターの故山際淳司の「スポーツノンフィクション傑作集成」(文芸春秋社95年発行)。全ページ796項で3000円。1ページに換算すると、約4円のお買い得。

山際は、ご存知のようにスポーツノンフィクションに一つのスタイルを作った作家です。特に「Suports Graphic Number」誌創刊号に載せた「江夏の21球」で注目され、そのストイックな文体で人気を呼びました。野球、ボクシング、サッカーありとあらゆるジャンルのスポーツを取材し、対象にのめり込む事なく、山際の視点で躍動するアスリート達の喜び、挫折を描いてきました。スポーツに興味なくたって、この人のノンフィクションは読めます。「江夏の21球」からお読み下さい。この時の日本シリーズ知らなくても、いや、野球知らなくても、まるであの球場にいて、何が起こりつつあるのか、そのサスペンス。大味な昨今の映画や、サスペンス小説に負けません。因みにページ数は9項で36円!たった、36円ですぞ、この興奮を味わうのに。

蛇足ながら、この作品はアメリカで映画にしてもらいたい。ハリウッドの野球映画と、「地獄の黙示録」までの戦争映画には絶対の信用を置いています。日本シリーズに出場する近鉄バッファーローズの監督役にはウォルター・マッソー、広島カープの監督にはトム・ハンクス、最後のバッター石渡にはロバート・レッフォード、江夏のキャッチャー役にはフィリップ・シーモア・ホフマン、そしてフーァースト衣笠にはケヴィン・コスナーと野球映画の名演で知られる俳優達が競演すればワクワクです。でも、肝心の主役の江夏に匹敵する役者が想像できません。それだけ、このノンフィクションの江夏の描き方が優れているのかもわかりませんね。

文庫片手の読書を楽しむのもいいですが、たまには分厚い本と格闘するのもいいものです。枕にもなるし、お店も儲かるしね。

 

 

 

 

 

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川本三郎の、バーズの、妻夫木のそれぞれの「マイ・バック・ページ」

映画評論家として信頼している川本三郎さんの、ノンフィクション「マイバックページ」に始めて出会ったのは86年雑誌「Switch」での連載だ。衝撃だった。自分自身の忌まわしい過去を振り返えるつらい作業。川本さんがかつて朝日ジャーナール記者だった時代に、自衛隊基地に乱入した過激派の活動家と接触し、その結果、警察の取り調べを受け、朝日新聞社を退社せざるを得なくなるまでを綴った苦い記録だ。(河出書房新社版1988年発行1400円)

激しく揺れ動く時代に自分を見失いそうな時に、彼を助けたのはCCR、ストーンズ。そして本のタイトルにもなった曲を作ったボブ・ディランらのロックだった。時代にロックが反抗し、また寄り添った幸せな時代でもあった。

 

 

そして、昨年映画化される。監督は、やはり信頼している山下敦弘。出演は妻夫木 聡×松山ケンイチ。原作の持ち味は十分に生かしながら映画独自の解釈をする。ラストシーンで妻夫木が大号泣する。もう素晴らしい泣き顔だ。妻夫木は上手い役者だが、彼のベストパフォーマンス。何故、彼が号泣するのかの説明はしません。DVD借りて観てください。男の泣くシーンで、こちらも泣いてしまいそうになる。

 

もうひとつ、この曲について。ボブ・ディランの名曲であることは事実だが、カヴァーしたウエストコースト系バンド、ザ・バーズが素晴らしい。朝の犬の散歩の時、ipodで聴く。多分、世界で最も切ない歌声だろう。桜の満開の下で、この曲が脳みそにしみ込んでくると、もう何もいらないという気分にさせてくれる。(この曲の入ったCD昨日までありましたが、残念売れました)

いろんな意味で、「マイ・バック・ページ」という言葉は今も影響を与える言葉だ。

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今年のアカデミー賞主要部門を制覇した「アーティスト」を観た。お見事!の一言です。

映画がサイレントからトーキーへと移行する時代、その流れについて行けない役者が落ちぶれ、再度復活するまでのありふれたお話を、全編サイレント(音楽と少しの字幕のみ)で白黒スタンダード画面で作ってしまうという、まぁ〜大胆な作品です。3D映画全盛時代にこんな映画を作ってアメリカに売り込んだ(フランス映画です)プロデューサー、あんたは偉い!!

私たちはなぜ映画館にいるのか。それは想像力を広げ、映画と遊ぶためにいる、といっても過言ではない。この映画では、サイレント仕立てであるため、登場人物の台詞は大半が聞こえて来ない。でも、理解できるんです。きっと、こんな会話してるんだろうなと想像しながら観るのも楽しいもんです。映画への愛に溢れた映画らしい映画。そして、ラストシーンで初めて音が聴こえてきます。このラスト言いたいけど言えない、でも言いたい。あっ〜もどかしい!!で、今日はこんなCDをお薦めします。ネタバレになるかも。

 

 

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先日、春田太一「天才 勝新太郎」(文春新書)を買われたお客様が、「マスター、こらぁオモロい」と来られました。そんなに、勝新には興味なかったけど、「座頭市」見直そうとレンタルショップへ行かれたそうです。

先日、大阪の古本市で格安コーナーで、またこの本を見つけました。まぁ、失敗してもこの値段ならいいや、と思い帰りの阪急で読み出しました。ほんま、面白い。タイトル通り天才ですね、彼は。TV版「座頭市」には台本がなく、臨機応変に、現場で勝の頭の中にあるイメージがシナリオ化されていくという事実に先ずびっくり。TVで昼間再放送していたのを観ましたが、なるほどね、あのスピーディな展開はここから来ていたのか!しかも、勝は自ら編集までしていた。制作、主演、編集とほぼ独裁的立場で飽くなき作品の質を高めようとしていた。

勝が大映入社時、彼の前には市川雷蔵という大きな存在がおり、常に意識し、追いつき追い越そうとして挫折する。雷蔵が溝口健二、市川崑らの巨匠と素晴らしい仕事をしていたため、彼も挑戦するもどれも失敗。それでも、エキサイティングな映画目指して奮闘努力する姿は、小説を読む楽しさです。やがて、安部公房の「砂の女」で高い評価を得た勅使河原宏と組み、やはり安部公房原作の「燃え尽きた地図」に主演する。映画は失敗するも、映画制作者への欲望に火が付き、初監督作品「顔役」への道を一直線に進む。

濃い、とても濃いお話ですが、人生一直線、しゃにむに突っ走れ!で爽快です。阪急電車が烏丸駅に着くのが惜しい!!読み終わったら店に出します。300円です。最初に買われたお客様が、帰り際に「こんな本あったら。置いといて」と言われた。えっ、こんな本ってどんな本? ギラギラして、猪突猛進で、しかも爽やかな人なんていませんよ。

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「羊パレット」開催中の関係で、羊好きな方々が続々ご来店。小さな店がリュックを背負った人たちで混み合って、店主も女房もびっくり。

 

ほとんどが、京都府立文化博物館や嶋臺ギャラリーの帰り道。それゆえ古本より手つむぎの雑誌「スピナッツ」やフェルトのグッズの前でゆっくり過ごされる方が多いようです。

 

そんな中、扉を開けて「あ!『ひつじがすき』が置いてある!」と叫ばれた女性がいらっしゃいました。『ひつじがすき』というのは羊について書かれた美しい本のタイトル。可愛い子羊の写真が表紙になっていて、ちょうど、ガラスの羊展をしているコーナーに作品と一緒にディスプレイしていました。

 

好きな本があったので喜んでもらえたのかと思っていたら、なんと、著者ご本人。この本は、著者佐々倉さんの連れ合いさんの、すてきな羊の写真がいっぱいの、本当に丁寧な作りの本です。

ちなみに、この本には知り合いの「羊まるごと研究所」が載っています。

「羊パレット」を見にこられたついでに寄ってくださったのでした。

こちらも感激しましたが、ご本人も大喜びで、記念撮影となりました。

店をやっていればこその出会いです。(女房)

 

 

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 ドキュメンタリー作家であり、多くのノンフィクションを書いている森達也の「夜の映画学校」を読んだ。これは、2002年都内の映画館で行われた多くの映画監督との対談を収録したものだ。ベテランから、ドキュメンタリーの新人まで、彼らの作品を上映し、その後対談する。森達也自身、オーム真理教のドキュメント「A」『A2」を撮っており、鋭い質問を投げかけ、小気味良い応酬を繰り広げる。その中で、何人かの監督が自主制作の自分の作品に言及している。

 

 思い出しますなぁ、大学時代、自主制作映画のサークルにいました。当時の主流は8mm。ビデオと違って3分間でフィルムがなくなるという代物。しかも、同時録音すると、セリフも街のノイズも、カメラのガタガタという音もすべて録音され、再生すると何が何だかわからない。で、セリフはすべてアフレコ。出演者、といっても素人の学生。セリフなんて言えるわけがない。ひたすら、「1、2、3」と呪文の如く繰り返すのみ。それを、貧相な下宿の部屋で再生し、セリフを適当に合わせる。しかも、映写機の音が入らない様に、寒〜い冬の夜にテラスに出て、ガラス窓越しに部屋で再生される画面を見ながら録音、全員風邪をひきました。

 当時、大学はまだ学園紛争の最後で、先輩達は「性と政治の季節」の影響下にありました。製作に参加した映画が、近親相姦を描いて性の解放を目指す、というわけのわからん一本。兄が姉を犯すシーン、といってもホントにするわけにはいかない。先輩の車を借りて、後部座席に足だけ出して、スタッフが、車を押していかにも、車の中で……。蛇足ながら、カーセックスシーンという状況にスタッフが興奮加熱、車を揺すりすぎて、故障。宝塚の山奥から皆で押して帰りました。

 そして、アフレコで「おにい様、いけません」などと深夜に叫ぶ。他人が見たら変態ですね。さらに、上映時、このセックスシーンになると、本編とは別に映写機を三台同時に回し、イメージフィルムが流れる、という魑魅魍魎の作品。あげくに、上映では「日和見!」「自己批判!!」等々学生集会さながらの怒号のラッシュ。

私が監督した「善人づらした貴方へ」では、モデルガン持って中之島の地下街を走っているシーン撮っていたら、お巡りさんが走ってきた。おっ!!リアルなどとはしゃいで撮影していたら、取り囲まれた。誰かが通報したみたいでした、「拳銃持ったヤクザがいる!」と。交番でこっぴどく怒られました。しかし、そのリアルなシーンは賞賛されるだろうと臨んだ大学同士の上映会は、ぼろくその酷評。「独りよがり」、「マスターベーションみたいな映画作るな」等々。バイト代は無くなる、疲労はたまる、その上ボロクソに言われる、と映画作りはホント酷な作業です。(店主)

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