ご贔屓の監督トッド・ヘインズの「ワンダーストラック」を観ました。登場人物の説明をするのが難しいのですが、一人の少年と、彼が生きていた時代より前に少女だった女性が交わってゆくお話です。1977年、ミネソタに暮らすベンは図書館司書だった母親を亡くします。彼は一度も父親を見ていません。辛うじて父親が、ニューヨークにいることを知り一人見知らぬ街へ向かいます。ところが直前に、雷の事故でベンは突然耳が聞こえなくります。その不自由な体でNY行きのバスに乗り込みます。

時代は遡り1927年のニュージャージー。生まれつき耳に障害のあるローズは、自分の母親がNYで女優をしていることを知り、ニューヨーク行のフェリーに乗り込みました。

映画は、この男の子と女の子を交互に描写しながら始まるので、最初の20分ぐらいはまごつきます。しかし、監督はローズの時代をサイレント映画のような白黒画面で、ベンの時代を、70年代風俗を再現してカラーで描き分けます。二人とも喋ることができないのですが、町の音、振り返る人々の様子、そして音楽の効果を巧みに使いながら、彼らを追いかけます。

NY で友達を得たベンは、父親が母親にプレゼントした本(それが映画のタイトルになっています)を買った店を見つけます。書店の名前はキンケイド書店。ドアを開けると、二階からお留守番犬がお出迎え。高い棚にはぎっしりと本が詰まっていて、居心地の良さそうな書店です。店主が電話でディケンズの本のことを話しています。そしてベンは、店に入ってきた女性と、奇跡のような出会をするのです。この本屋が二人を結びつけます。

適度にファンタジックでモダンな演出は、見る者を映画の魔力に引っ張り込みます。巡り会うはずのない二人の人生がクロスする現場に私たちは立ち会うことができました。

ローズを演じたミリセント・シモンズは、実際の聴覚障害を持った女優です。

「私は耳の聞こえないことを素晴らしいことだと思っています。静けさは美しく、平和であり、またASL(アメリカ手話)は美しい言葉だからです」

とは、彼女の言葉です。素敵な映画でした。

 

開いた口が塞がらないというか、前代未聞というか、とんでもない映画に出会いました。ドキュメンタリー出身のバート・レイトン監督初ドラマ「アメリカンアニマルズ」です。 2004年にケンタッキー州の大学生4人が、スリルと刺激がほしいという理由で、大学図書館から時価1200万ドルのオーデュポンの「アメリカの鳥類」という本を盗んだ実際の事件を描いた映画です。

映画冒頭に「これは、真実に基づいて作られた映画です」というスーパーが出ます。実際の事件の映画化では、お約束のスーパーですが、その直後「に基づいて作られた」が消えて「真実の映画」に変わります。え?何それ?と思っていると、なんと当の犯人全員が登場するのです。もちろん、刑期を終えて出所しているので普通の市民なのですが、堂々とカメラの前に立ち、それぞれがなぜこんな犯罪に関わったのかを話していきます。そして、その物語を役者たちが演じるので、私たちは、実際に犯罪を起こした当人の話と、ドラマを交互に見てゆくことになるのです。

多分、こんな設定の映画は史上初だと思います。さらに、当時大学の図書館に勤めていて事件に出会い、暴行を受けた被害者である司書の女性も登場し、当時の体験を語ります。ドキュメンタリーか、ドラマか、線引きがないまま進行していきますが、巧みな映像処理と演出で観る者を引っ張っていきます。

アメリカの地方都市で、希望を見出せない若者。先が見えている人生。そこに舞い込んだ魅力的なヴィンテージ本の強盗。スリルに酔いしれていく様がリアルに描かれていて、これはこれで青春映画の雰囲気でした。小道具を揃え、逃走経路も用意し準備万端。しかし、所詮は素人、フツーの大学生です。成功するはずがありません。観ている方も、大丈夫か大丈夫か、とハラハラして見入ってしまいました。冷静に事件を語る現在の元犯罪者たちと、自分たちは特別な存在であると思いこみ、舞い上がり暴走してゆく劇中の彼らが、見事にクロスオーバーする映画でした。

ちなみに、ここに登場する「アメリカの鳥類」は、博物学者で画家でもあったオーデュポンによる著書で、アメリカ国内に生息する鳥たちを幅広くカバーした図版を収録しています。99×66センチメートルの大きさで、これを持ち出すのは至難の技でした。

 

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6月より、営業日・時間を下記のように変更いたしました。

月曜、火曜定休。 営業は水曜日から日曜日まで 13時〜19時とさせていただきます。また、ギャラリーの企画展も7月から再スタートをいたします。度々の変更でご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いします。通販、メールでの在庫確認は常時できますので、ご利用ください。(info@book-laetitia.mond.jp)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポーランド映画界で突出した才能で活躍していたロマン・ポランスキーはアメリカに招かれ、1967年「吸血鬼」を監督します。そして、映画に出演していた女優シャロンー・テートと結婚します。が、69年8月、狂信的カルト指導者チャールズ・マンソンの信奉者たちによって、ロスの自宅にいた彼女の友人共々惨殺されます。その時シャロンは妊娠8ヶ月で、子供だけは助けてと懇願しますが、16箇所も刺されて殺されます。これが、ハリウッドを震撼させたシャロン・テート事件です。

この事件とあの時代のハリウッドの空気を描いたのが、クエンティン・タランティーノ監督「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」です。タランティーノ監督は、若い頃レンタルビデオショップの店員でした。当時の数多くのB級映画や、大量生産されるTVドラマを浴びるほど観ていたはず。なので、この映画には、TVに娯楽の王座を奪われる前のハリウッドへのオマージュとノスタルジーが滲んでいます。主人公は落ち目の役者とそのスタントマン。くだらないTVウェスタンに出演しながら、再起を図っています。また、当時の音楽・ファッション・街の様子を見事に再現していて、本年度アカデミー美術賞受賞は当然だと思いました。

でも、タランティーノ監督の手に掛かると、そこは単なるあの日のハリウッドノスタルジーだけの映画にはなりません。忍び寄る落日、酒とドラッグまみれで怠惰に流れる日々。そして起こる凄惨な事件。タランティーノお約束の血だらけシーンがきっと炸裂するんだろうな、とソワソワして見ていると見事に外されます。殺害にやってきたカルト集団のメンバーは、テート邸の隣に住んでいた落ち目の役者の家に侵入、ここでとんでもない返り討ちを浴びるのです。上手い!と拍手しました。

トップクラスの役者の道を歩むスティーブ・マックィーン、カンフー映画のブルース・リーなどのソックリさんが登場するなど、隅々まで贅沢です。映画のタイトル通り「昔、ハリウッドではこんな事があったよ」という作品でした。

落ち目の俳優役のディカプリオと、スタントマンの友人ブラッド・ピットが、さすがに上手い。

 

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緊急事態宣言は解除されましたが、暫くの間、営業日・時間を下記のようにさせていただきます。

営業日:毎週 火曜日、木曜日、土曜日、日曜日  営業時間:13時〜18時

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京都市西域で、四条大宮、嵐山、北野白梅町を結ぶ「京福電気鉄道嵐山線」が走っています。通称「嵐電」と呼ばれている私鉄です。この嵐電を舞台に製作された映画が、タイトルもズバリ「嵐電」です。沿線の駅や住宅を中心に撮影されました。製作の中心になっているのは、京都造形大学(現在は京都芸術大学)。監督の鈴木卓爾はこの大学の准教授で、出演者も大学で映画演劇を学ぶ学生が中心です。物語は三組の恋愛の行く末を描いていますが、それを追っかけていると、本作の面白さを見失うと思います。

観ているうちに、なんだか懐かしい感情が湧き上がってきました。それは、京都府立医大出身の大森一樹や、先日なくなった大林宣彦、という助監督を経験しないで映画監督になった彼らが、本格デビュー以前に撮っていた実験映画の手作り感を思い出したからです。実験映画には、アバンギャルドなものと、ごく私小説的に身の回りの世界を描いたものがあります。「嵐電」は後者に当たります。だから誰が観ても、わかれへ〜ん、てなことはありません。

主役は、もうこれは嵐電ですが、電車オタクの映画ではありません。監督は、この映画製作についてこう述べています。

「嵐(あらし)と、電(いなづま)という文字を持ったこの電車は、線路を走っていたかと思うと、自動車と一緒に大通りを並走したりして、ひっきりなしに人を運んでいます。人を運ぶという事は、きっとその人の抱えているものも丸ごと運んでいます。誰かに対する想いも運んでいます。嵐電がすれ違うように、互いに偶然の交差を繰り返すたび、嵐のように電のように、物語がそこから立ち上がる、一瞬一瞬の光景を真冬の一時、掴みたいと思いました。」

京都の人なら、あ〜あそこ知ってる、ここで降りたなぁ〜などと画面を見ながら、現実の空間を思い起こしつつ、映画が作り出す非現実的な空間を行ったり来たりします。現実の御室仁和寺駅が、まるで幻想空間の駅に見えたりしてきます。映画の不思議さであり、魅力です。普通の街並み、風景、町の雑音が、演出家の手により切り取られることで違う世界へと変貌する楽しさ。

学生と映画のプロフェッショナルとが一緒になって制作される映画学科の劇場公開映画制作プロジェクト「北白川派」で製作された本作には、映画を学んでいる学生たちの、映画を作るという楽しさ、熱気があふれています。

当店も以前、京都芸術大学の学生たちの製作する映画のラストシーンに使っていただきました。学生映画やから機材も簡単なものだろうと思っていたら、本格的でした。助監督はカチンコ持って走りまわり、店の前の通りを交通整理したり、プロの現場さながらでした。そしてスタッフ、キャスト皆さん嬉々として動いおられました。

大学時代、8ミリ映画クラブに在籍していたのですが、阪急梅田駅の雑踏でロケしたり、中之島地下道をモデルガン持って突っ走っておまわりさんに怒られたり、挙句、上映会でボロクソ批判されたりした頃を思い出してしまいました。

願わくば、大学で映画を学んだ彼らが、卒業後も映画の現場で働き、生活できるような文化政策が実行できる国になって欲しいものです。

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大プロデユーサー永田雅一が指揮していた大映映画(1940年代〜60年代)。市川雷蔵、田宮二郎、勝新太郎、宇津井健等々、ひと癖もふた癖もある男前がずらりと並び、女優陣も京マチ子、山本富士子、若尾文子等々、錚々たる美人が並んでいて、彼らの演じるドラマの世界は、大人の香りに満ちていました。

「いま見ているのが夢なら止めろ、止めて写真に撮れ」(DU BOOKS/古書1900円)は、大映映画のスチール写真を集めた写真集です。写真の監修・構成をしているのは小西康陽。音楽ファンなら「ピチカートファイブ」の小西か、とすぐにお気づきでしょう。

1984年、 「ピチカートファイブ」がデビューした時の盛り上がりは凄いものでした。いわゆる”渋谷系”カルチャーのイノベーターでした。膨大な量の音楽を聞き込んだマニアの小西が、それぞれの曲の持っている良いところを抜き出して、抱き合わせて作る本歌取の手法で、リミックスカルチャーを作り出したのです。その頃私はレコード店の店長だったのですが、彼のセンスの良さに脱帽した記憶があります。上の世代からは、オリジナリティーがないという反発もありましたが、ナンセンスな意見だと当時も今も思っています。

小西は、その一方で部類の映画好きで、名画座を駆け回り、膨大な作品を観て、日活の助監督試験まで受ける映画マニアでした。そんな人物が監修した本だけに、やはりセンスの良さが随所に発揮されています。全240ページにわたる本編部分には、文章は全くありません。スチール写真がズラリと並んでいるのみ。ポイントは、最初にも書いた「大人な大映映画」。田宮二郎って男前で、スタイリッシュな役者だ!と改めて思いました。田宮も市川も、他の役者も白のワイシャツに細いタイとスーツが決まっています。そして、かなり妖艶な映画も連発していたのも本書でわかりました。子供だった私には近寄りがたい存在でした。右の写真は、実家の近くにあった大映映画館でやっていた「不信の時」です。中学生だった私は、通学の度にこのポスターを見たいような、見てはいけないような複雑な気分でいたことを覚えています。

91作品、347点もの写真を卓抜なデザインワークで編集されたこの写真集は、小西のリミックスマインド溢れる手法によって一つの映画作品にまでなっていて、見飽きることがありません。

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外出もままならず、ちょっとギスギスした気分にもしもなっていたら、こういう映画はいかがでしょうか。ロバート・レッドフォード主演の野球映画「ナチュラル」。弱小プロ野球チームが、一人の選手の加入によって、優勝争いにまで加わるという作品なのですが、いわゆるスポ根ものではありませんし、友情ものでも伝記映画でもありません。野球界を舞台にした大人のおとぎ話です。レッドフォードという俳優は、この作品のために役者になったと思えるほどピッタリの役柄で、おそらく他の俳優では、きっと彼のような素敵な笑顔は作り出せません。

天才的な野球センスに恵まれたロイ・ハブは、シカゴのメジャーリーグに入団するために故郷を後にしますが、その途中で列車で出会った謎の女性と不祥事を起こし、球界にデビューすることなく消え去ってしまいます。。そして16年後、35歳になったロイは新人選手として万年最下位のポンコツチームに入団します。最初は、年寄り選手と馬鹿にされてたのですが、優れたバッティングで、球団を活気付かせます。時代は1930年代。映画はその時代を見事に再現し、クラシカルな画調と演出で進んでいきます。

ところが、賭博で大金を動かす球団オーナーが主人公に立ちはだかってきます。彼の配下にいる美女にメロメロになったロイは、またまた迷走し始めます。フラフラと美女に振り回されるモテ男という役柄に、レッドフォードはなぜかピッタリなのですね。しかし、彼の窮地を救ったのも、女性でした。故郷に残してきたた恋人との再会です。やれやれまた女かいな、と思うのですが、恋人を演じたグレン・クローズとレッドフォードの出会いのロマンチックなこと。クラシックな映画の楽しさいっぱいです。(グレン・クローズの抑えた演技が見事です)

もう一人重要な人物がいます。それはチームに属するバット・ボーイのサヴォイです。最終試合で、ロイが使い続けてきた大切なバットが折れるのですが、その時サボイが渡したのは、手製のバット「サヴォイ・スペシャル」。ロイに教わったやり方で作ったバットを手渡すシーンは、何度見てもホロリときます。
優勝をかけた試合の9回裏、ランナー1、3塁でカウント2-2。そこで彼が打った打球は……。もう素敵なおとぎ話です。

一人の青年が、右往左往しながらも、やっと自分の人生を見つける映画ですが、それをおとぎ話みたいに、めでたしめでたしで描いたのが秀逸です。問題作でも、大作でもありません。職人肌の監督が丁寧に作り上げたハリウッド映画の中の一本です。でも、これほどまでにホッとさせてくれる、気分を和らげてくれる映画も、そう多くはないはずです。

お知らせ コロナウィルス感染拡大の緊急事態下、これ以上感染者を出さないために、営業日、時間を下記のようにさせていただきます。

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映画「ジュリア」(1977年)は、ロードショー公開の時に感動して、その後、3本立て映画館にまで足を運びました。(当時はロードショー公開後、2番館で3本立てで上映されていました。)

アメリカの作家リリアン・ヘルマンの短編集に収録されている同題の自伝的小説を原作としています。。舞台は1930年代。恋人で作家のダシール・ハメットの勧めで戯曲を書き始めたリリアンですが、長いスランプに陥っていました。そんな時、彼女が思い出すのは、親友ジュリアと過ごした少女時代。子供の頃から聡明で知的な大富豪の令嬢ジュリアは、リリアンの憧れでした。

やがてオックスフォード大学医学生となったジュリアは、人権問題に強い関心を持つようになり、反ナチスの地下運動に傾倒していきました。たまたまパリにいたリリアンは、ナチスに襲撃されて大怪我をして病院のベッドに横たわるジュリアと再会します。ところが、すぐに彼女は手術のため病院から移送され、そのまま消息を絶ってしまいます。

一方、苦労して仕上げた戯曲『子供の時間』の大ヒットで著名人となったリリアンは、モスクワ演劇祭へ招待されて、パリからソビエトへ向かう途上、ジュリアの同志と接触します。反ナチ組織の軍資金を秘密裏に、ベルリンまで運んでほしいと。ユダヤ人であるリリアンには危険な行動ですが、最愛の親友のため、運び屋役を引き受けナチス支配下のベルリンへと夜行列車で向かいます。やっとの思いで懐かしいジュリアに会うリリアンですが、二人を待っていたのは残酷な運命でした。

一分の隙のない映画、あるいは折り目正しい映画とは、こういう作品のことでしょう。演出、脚本、撮影、美術、そして出演者たちの、プロとしての技量を最大限に引き出して、二人の女性の友情が描かれていきます。フレッド・ジンネマン監督は、やはりレジスタンスを描いた「日曜日には鼠を殺せ」、ド・ゴール大統領暗殺未遂を追いかける「ジャッカルの日」等、リアルなタッチで時代と人間を描いてきました。「ジュリア」でも、ナチスの検問を突破してベルリンに向かうサスペンスの演出は、映画の王道をゆくものでした。若い演出家のお手本にして欲しいぐらいです。蛇足ながら、監督の両親はホロコーストの犠牲者でした。

リリアン役のジェーン・フォンダと、ジュリアを演じたバネッサ・レッドグレーブは、共に、70年代から80年代にかけて政治的発言の多い女優でした。本作でアカデミー助演女優賞を獲得したバネッサ・レッドグレーブは、当時パレスチナ解放機構(PLO)を扱ったドキュメンタリーを製作、ナレーションまで務めていて、賞の候補に彼女を入れたことにユダヤ系の政治団体が抗議活動を開始、授賞式当日も反対行動をする大騒ぎになっていました。受賞スピーチでレッドグレーヴは彼らを「ごろつきども」と強い言葉で非難し、会場からブーイングを浴びていました。そのシーンを私はTV で観ました。その時の勁い雰囲気と、映画の中で、大学の構内を背筋を伸ばして颯爽と歩く姿が、ダブって見えました。

お知らせ コロナウィルス感染拡大の緊急事態下、これ以上感染者を出さないために、4月23日(木)より当面休業中です。予定しておりましたギャラリーの個展もしばらくの間お休みいたします。この「店長日誌」は毎日更新していきますので、読んでいただけたら嬉しいです。ご希望の本があれば、お取り置き、または通販も対応させていただきます。(メールにてご連絡ください。)

★★ 5月7日(木)、9日(土)午後2時より5時ぐらいまで開けています。ご用があれば声をかけてください。(次週からは、開店する日を増やす予定です)

 

 

休業に入り三日目。

イランを代表する映画監督アッバス・キアロスタミが、1987年に発表した「  友だちのうちはどこ?」。彼の作品は、なるだけ見るようにしていたのですが、これはチャンスを逃していて、家で観ることができました。

舞台はイラン北部のコケールという村。小学校に通う少年が友達のノートを間違って持って帰ってしまいます。ノートがないと友達は宿題が出来ないので、彼の家からは遠いところに住んでいる友達の家に返しにゆく。たったそれだけの物語で、登場する少年達も大人達も皆素人。上映時間90分。そんな映画面白いの? ところが、これが結構面白く、ラストの緊張感の盛り上げ方なんか映画の教科書のようなのですが、感動的です。

映画評論家の淀川長治さんは「ところでこの友人の家探しが見るも素晴らしい。行けど探せどその家、見つからぬのだ。村の人に聞くと「あちらじゃ」「こちらじゃ」、少年はぐったり。その道、その家、その人がいいのだ。“人”が生きている。本物なのだ。 」と、この作品の面白さをズバリ書いています。

滅多に見ることのないイランの村々の風景が、目に染み込んできます。ワンカット、ワンカットがそのまま写真になるように美しい。ドキュメンタリーのような、ドラマのような境界線を行きつ戻りつしながら、私たちはこの少年と一緒に、知らない村の路地を駆けます。リアルな少年の家の描写から、だんだんと児童文学や、絵本のような不思議な世界が広がります。そして、ラスト、再び小学校にカメラは戻ってきます。う、うまい!と唸る幕切れです。

3年後、キアロスタミ監督は、地震で崩れたこの村の家を、父親の運転で子供があちこち探し回るという作品「そして人生はつづく」を製作します。淀川さんは「崩れた石の塊の下の家の屋根を「友はどこ」「知人はどこ」と探すパパと子。途中疲れてコークを買う。店の人はいない。ゼニをそこに置いてゆく。イランの太陽が目にしみ、風がほほをなでる。映画とは本当、これなんだ。まだ汚れないこの撮影。そして人間がここに生きている。涙がこぼれた。」と、見事な論評を残しています。

2012年、キアロスタミ監督は日本人俳優を使い、日本で撮影した「ライク・サムワン・イン・ラブ」を完成し、その4年後76歳で死去しました。

 

お知らせ コロナウィルス感染拡大の緊急事態下、これ以上感染者を出さないために、4月23日(木)より当面休業中です。予定しておりましたギャラリーの個展もしばらくの間お休みいたします。この「店長日誌」は毎日更新していきますので、読んでいただけたら嬉しいです。ご希望の本があれば、お取り置き、または通販も対応させていただきます。(メールにてご連絡ください。)

★★ 本日4月25日(土)午後2時より4時ぐらいまで開けています。ご用があれば声をかけてください。

 


30年ぶりに、個人的には傑作と思っている映画にDVD で再会しました。それは、ジョン・フランケンハイマー監督「5月の7日間」です。政治サスペンス映画の名作です。アメリカ軍部の最高司令官が、米ソ軍縮条約を結ぼうとする大統領を糾弾し、軍部クーデターを起こして政権を奪取しようとするのですが、画策に気づいた軍人ケイシーが、大統領とその仲間と共に阻止しようとする物語です。

クーデターを起こそうとする最高司令官をバート・ランカスター。それを阻止しようとする部下の軍人をカーク・ダグラスという戦後派の俳優が、自らのプロダクションを作り、新しい感覚の監督を招聘した野心的作品でありながら、ハリウッド映画として商売にもなる映画として製作しています。

この流れは、数十年後、ロバート・レッドフォードがダスティン・ホフマンと組み、ウォータゲート事件でニクソンを追い込んだワシントンポストの二人の記者の活躍を描いた「大統領の陰謀」へと繋がり、近年ではスピルバーグが、トム・ハンクス・メリル・ストリーブと組んだ「ペンタゴンぺーパーズ」へと受け継がれていきます。どれも悠長な展開を廃し、ドキュメンタリータッチで組み上げてゆく作品ばかりで、面白く、何度見ても飽きません。「大統領の陰謀」は10回以上見ているかも知れません。

アメリカという国家を、一つだけ羨ましいと思うことがあります。それは、映画の中で合衆国憲法のことがフツーに出てくるのです。「五月の七日間」では、大統領がケイシーと憲法論議をし、彼が憲法を変える必要はないと言明するシーンがあります。また「大統領の陰謀」では、「合衆国憲法修正第1項」が、表現の自由だということを教えてくれました。

得体の知れない細菌でバタバタ人が死んでゆくダスティン・ホフマン主演の「アウトブレイク」では、危険な細菌が蔓延した街を核兵器で消滅させるという軍部の提案を受けるかどうかという会議で、副大統領がやにわに小さな憲法本を取り出し、「これはアメリカ合衆国憲法だ。どこにもアメリカ人を殺していいとは書いていない!」と叫びます。

本筋とは直接に関係のないところで、自国の憲法が顔を出すって、いい事ですね。日本の商業映画で、会話の中で日本国憲法が出ることは滅多にありません。国の骨格となる憲法が、市民の観る映画のなかで生きている、そのことは高く評価しています。

 

 

お知らせ コロナウィルス感染拡大の緊急事態により、これ以上感染者を出さないために次週4月23日(木)より当面休業いたします。予定しておりましたギャラリーの個展もしばらくの間お休みいたします。この「店長日誌」は毎日更新していきますので、読んでいただけたら嬉しいです。また、休業中でも店で作業していることがあります。その時は半分店を開けていますので、ご用があれば声をかけてください。(日程は店長日誌にてお知らせします。)

いつもお世話になっている「榊翠簾堂」さんが、疫病退散の御札を送ってくださいました。イラストレーターちばえんさん作「妖怪アマビエ」。平穏な日常が戻りますように。

その昔、一乗寺にあった映画館「京一会館」は、学生だった私の映画学校でした。冬のある日、菅原文太の「夜桜銀次」だったか、小林旭の「京阪神殺しの軍団」だったか、のオールナイトを見終わって、冷んやりした早朝の市電乗り場に行くと、映画館から出てきた暗い顔をしていた青年たち。手にはヘルメットを持っていました。折りしも降り出した雪。黙ったままの青年たち。何か、違う世界を見た瞬間でした。数十年経った今も、あの光景は、まるで映画のワンカットみたいに心に残っています。

ここで、ヤクザ映画もロマンポルノも、大島渚も小津安次郎も、郷ひろみ松竹青春映画も、山口百恵東宝文芸映画等々、多くの日本映画を観ました。この映画館のおかげで映画を観る力がついたと思うし、その映像の向こうにある世界を知ることができました。京一会館は、今でいうミニシアターではありません。日本映画を数本立てで上映する名画座でした。でも、その企画力や熱意は今のミニシアターの原点だと思います。

時は流れ、京都にも多くのミニシアターができました。朝日シネマから続く京都シネマ、綺麗になったみなみ会館。京一会館に始まった私の映画学校は、これらのミニシアターに引き継がれています。

そのミニシアターが、今危機に陥っています。コロナウィルス感染拡大の影響で、経営が難しくなってきているという記事が、4月9日付京都新聞朝刊に載りました。この危機を打開するために、関西のミニシアター12館が協力して、支援活動を始めました。

新聞にはこう書かれています。「第一弾として、6日からネットで予約販売を始めたロゴ入りTシャツは、1枚3000円。芸大出身の吉田館長(みなみ会館の館長です)が自らデザインした。各映画館のホームページやSNSからリンクしている特設サイトで、予約や寄付を受け付ける。集まった資金は、参加劇場に均等に分配する。」

映画を含めた文化というものに無関心な政治家ばかりの現状では、休業補償も国の支援も全くあてになりません。出町座の田中館長は、「通常この規模の館は、この状態が3カ月も続くと、どうにもならなくなる。つまり閉館を余儀なくされる。」と語っておられます。

私は“Save Our Local Cinemas”HPから、Tシャツを注文して、義援金の協力をすることにしました。自分たちの好きな場所がなくならないために。

★お知らせ 4月13日(月)14日(火)連休いたします。

★コロナウイルス蔓延の状況によっては、次週以降、営業時間短縮・休業もあり得ます。変更情報はHPで告知いたしますので宜しくお願いいたします。

★4月28日〜5月10日に開催予定の「Setti Handmade」(バッグと雑貨)展は、中止になりました。楽しみにしていてくださったお客様、すでにDMをお配りした方々には、大変ご迷惑をおかけしますが、ご了承くださいませ。

 

 

 

 

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