エマヌエーレ・クリアレーゼ(1965年ローマ生まれ)監督・脚本のイタリア映画「海と大陸」は衝撃的でした。

舞台は地中海の島。じっちゃんと細々と漁師をやる青年のお話です。始まってしばらくは、寂れる島の現状やら、頑固なじっちゃんと孫達とのぎくしゃくした関係やらが、細かく描かれます。かつてのイタリア映画お得意のネオリアリズムを彷彿とさせます。

さて、この島にアフリカ大陸からヨーロッパ大陸へと脱出する人達が出没します。じっちゃんと孫は洋上で遭遇し、あわや溺れる寸前の人達を救います。しかし、それが法律違反に問われてしまいます。つまり、洋上で不法移民に遭遇した時は、該当機関に連絡して勝手に接触してはならぬ、ということみたいです。じっちゃんは溺れかけている者は助けるという「海の掟」に従っただけなんですが。

そして、この一家は移民を匿うことになってしまいます。映画は、この辺りから緊張感が高まります。不法移民をめぐって対立する島の住民たちの苛立ちも描かれていきます。ある夜、青年は、女の子と夜のクルージングで出かけて、洋上で助けを求めて泳いでくる移民達に遭遇します。そこで、人間としてやってはいけない、しかしこんな状況に遭遇したら誰でもそうするだろうという残酷な仕打ちをします。

良心の呵責にくるしむ青年は、ラスト、匿っていた移民を助けるために暴発します。昨今のハリウッド映画なら心の傷みを乗り越えた青年の美談に仕立ててしまうところですが、この映画そうはいきません。良心の呵責、へん!そんなもん馬の糞以下じゃん、とこの青年を突き放し、冷徹なエンディングを迎えます。これハッピーエンドでも、涙のエンディングでもあほらし!ですから、監督は結末に苦労されたでしょう。

オープニングの綺麗な海中のシーンとラストの波しぶきの暗さが象徴的です

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当店の人気作家平松洋子の読書エッセイ「野蛮な読書」(900円)は、とても素敵な本です。読書エッセイですから、もちろん本のことを書かれているのですが、本とその本にまつわる出来事が深く、広く書かれています。

例えば、日本を代表する二枚目役者、池部良は食に関するエッセイを数多く書いていますが、その著書「風の喰いもの」を素材にして、池部の文章の醍醐味をこう書きます。

「東京生まれの東京育ち」「江戸っ子」のフレーズも、ふつうなら嫌みになりそうなところだが、寸止めの軽妙なおもしろさに持ち込む。

もちろん映画俳優としての彼にも触れているのですが、これがまた、その辺の凡庸な映画評論家もどきにはまねのできない軽妙な文章なんです。例えば池部でいえば、高倉健の相手役を務めた「昭和残侠伝」シリーズ。洒落た身のこなしの中に諦念の美学を感じさせる存在感があると評価して、その健さんと最後の殴り込みに向かうシーンをこう書いています。

「エロい……….。」暗闇のなかで誰かがつぶやいた。いやもうほんとうに。惚れた男どうしの一心同体の官能がスクリーンいっぱいに張りつめて、とろとろに溶けてしまいそう。

これはなかなか書けません。

宇能鴻一郎論も面白かった。

「あたし、濡れているんです」 「あたし」と書くだけでアナザーワールドへ連れてゆく天才

なるほど、スポーツ新聞の連載で、車中にいることを忘れさせてくれたのは、この一言だったんだ。納得しました。ちなみに、彼は「鯨神」で芥川賞受賞の文芸小説家でもあります。

 

 

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ベン・ザイトリン監督「ハッシュパビーバスタブ島の少女」を観ました。若干10歳の少女クァヴェンジャネ・ウォレスが、水没寸前のアメリカ南部の河口付近のコミュニティーに住む極貧の少女を演じ、この歳でアカデミー主演女優賞にノミネートされた作品です。(もちろん史上最年少)

食べるものを自前で調達する少女と父親は、川に手を入れて、素手で魚を掴み、殴り倒し料理し、大量に取れた蟹は、バリバリッとむさぼります。今時、こんな逞しい少女の登場する映画はありません。暴力的だけれど、一人で生きて行く術を教えられた少女は、劇中一度も笑いません。そして、彼女は、生きることと死ぬことを真剣に学んでいきます。内蔵の飛び出した動物の死体を見つめて、彼女はこうつぶやきます。

「勇者は死から逃げない」

映画は過酷な現実世界をみすえながら、ファンタジーを交えて詩情豊かに少女の姿を描きます。驚いたのはラスト、キリスト教大国でありながら、とても仏教的な宗教観で死者を送り出します。さらに、劇中登場する大きな動物と少女のショットが、宮崎のアニメ「もののけ姫」そっくりなのです。若干27歳のザイトリン監督の世界観が興味深い映画です。

エンドクレジットを観ていると、ロバート・レッドフォード主宰のインディペンデント映画際「サンダンスフィルムフェス」のマークが出ました。早速調べると、12年ドラマ部門審査員グランプリでした。さすがサンダンスですね。(下の写真はUS版のポスターです)

 

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新潮社の文芸誌「考える人」が伊丹十三のエッセイストとしての側面と、映画作家としての側面を詳細に解き明かした二冊の本「伊丹十三の本」、「伊丹十三の映画」が入荷しました。(どちらも1000円です)思えば伊丹十三が亡くなって15年以上経ちました。

60〜70年代最高のエッセイストとして伊丹を捉えた「伊丹十三の本」は、よくもまぁ、ここまで集めたなぁ〜と先ず感動します。エッセイを単に集めただけではなく、幼年時代からの写真、こだわりの持ち物、CMコピー、商業デザイン作品、飼い猫のドローイングまで網羅してあります。もちろん、伊丹について語る人も豪華ラインナップです。63年、山口瞳が編集に関わった「洋酒天国」に「ヨーロッパ退屈日記」というタイトルの読み切りエッセイを掲載します。才気走った、と思える文章も散在しますが。本誌いわく

「上質で機知に富むユーモアでそのキザをかわすこともあれば、見識という名の背骨を一本通すことで、例えばファッションというものを、その人の生きる姿勢の現れとして問いただす。ディテールの新しさに目を奪われなければ、これが正統派のエッセイだということが次第にわかってくる」

彼の文章の本質をついています。

もう一冊の「伊丹十三の映画」。これは、彼の作品を再度見る前に横に置き、観た後でパラパラめくると、さらに映画が楽しめるような本です。後半で、伊丹映画の細部へのこだわりを支えたスタッフ、異業種から映画製作に参加した人達へのインタビューは面白い。「われわれは「映画を半分しか作れない」というタイトルのロングインタビューは読み応えがあります。店には父親の伊丹万作全集(全3巻筑摩書房3500円)もあります。ご興味のある方は、手にとってみてください。

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高村薫原作「レディジョーカー」を、wowwowが7回のTVドラマにしたものを見終わりました。原作とは少し変えている部分もありますが、緊張感の途切れない作品でした。高村薫の小説は、よく映画化されていますが、登場人物が事細かに描かれているため、2時間程度の映画には収まりきれません。唯一成功したのは井筒和幸作品「黄金を抱いて飛べ」だけでした。期待した崔洋一の監督した「マークスの山」も中途半端な仕上がりでしたけれども、wowwowでドラマ化された「マークスの山」は、より見事に原作の世界を映像化していたように思います。

蛇足ながら崔洋一は、北方謙三「友よ静かに冥れ」、「黒いドレスの女」梁石目「月はどっちに出ている」、「血と砂」、花輪和一「刑務所の中」と原作ものの映画化の名手ですが、さすがに高村薫は難しかったんですね

さて、このシリーズ、初期には宮部みゆきの大長編「理由」(初版300円)を大林宣彦がTV化し、さらに劇場用映画としても公開されています(写真はそのワンカットです)。錯綜する人物関係を、点と点を繋ぐように描き、一気にフィナーレに持ち込む手法はさすが大林でした。その後もこのシリーズは傑作を連発しています。最近では池井戸 潤の「空飛ぶタイヤ」を完成度の高いドラマにして成功しました(これらのドラマはレンタルショップで借りられます)。

民放の原作もの連続ドラマの質が下がる一方、wowwowのドラマは高水準を保ち続けているみたいです。原作の選定、脚本の良さ、そして地味ながら存在感のある俳優達に演技がクオリティーを落とさないからでしょう。

店内、文庫棚にwowwowでドラマ化してほしいサスペンスものの内外の小説を集めました。すべて100円です。(上下巻ものは200円です)出張や、つまらない講義の間に読むには最適です。今野敏なんて、民放でやらずにこちらでドラマ化して欲しいんもんです。

 

 

 

 

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例えば、ショーン・コネリー主演の「007」シリーズは、あっけらかんと明るく、「あ〜楽しかった、ありがとうコネリーさん」でした。「007は二度死ぬ」ではなんと日本の漁師に化けるという前代未聞の、空いた口が塞がらないようなシチュエーションでも楽しめました。しかし、最新作「007スカイフォール」の暗い事。特に、後半の荒涼たる地に建つボンドの生家でのアクションは、心身ともに凍る冷たさです。冷戦も過去のものになり、戦うべき敵がいないという007自身のアイデンティティーの喪失に繋がりかねない状況が、さらにうつむき加減になるのかもしれません。

あるいは、クリストファー・ノーラン監督の三部作「バットマンビギンズ」、「ダークナイト」、「ダークナイトライジング」はもう救いがたい暗黒で、のたうつヒーローを描いていて爽快感0です。まさにどん底です。「ダークナイトライジング」のポスターなんて、もろに下向きですもんね。しかし、007もバットマンもこの暗さにリアリティがあり、よくできた映画です。

 

大体、アメコミの覆面ものヒーローは、バットマンにしろ、スパイダーマンにしろ出自に暗い部分があり、顔を出せないという部分がさらに、その暗さを助長しています。

もうずっと昔ですが、映画評論家の石上三登志は「キングコングは死んだ」(フィルムアート社絶版)で、仮面ものアメリカンヒーローの幼児性を指摘しました。大人になれない男の、幼児性を隠すために彼らは仮面を冠るのだという論だったと思います。だから、いつまでもぐじぐじ下を向いているのかもしれません。

ところが、私の少年時代に登場した我が国のTV活劇の仮面のヒーロー達、「仮面の忍者赤影」、「ナショナルキッド」そして「七色仮面」にはそういう暗さはありません。「ナショナルキッド」なんて、スポンサーの松下電工の工場から飛び立ち、胸にはナショナルのロゴマークまで入れるという歩く広告塔みたいな、お笑いとしか言いようの無い設定でした。まだ、日本の未来は明るく、豊かな国になれるという期待値が大きい時代に生まれた幸せなヒーローだったんでしょうね。

さて、「バットマンライジング」のラストで我らがバットマンはどうなるか?やや含みのあるエンディングですが、クリストファー・ノーランはバットマンに一度も笑顔を作らせずに葬りました。

 

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1.白雪姫は林檎を食べない

2.魔法にかけられるのは姫ではなく、王子だった

3.七人の小人は、小人ではなかった。

見事に、オリジナルストーリー展開を外した映画「白雪姫と鏡の女王」を観ました。いまどき「白雪姫」かよ〜?と馬鹿にしていたのですが、ふっと監督名を見ると、ターセム・シン・ダンドワールじゃないか!!インド生まれのこの監督の前作「落下の王国」には、圧倒されっぱなしでした。他人様に説明しにくい映画ってありますが、これは正にそうでした。一言で言えば、怪我をしたスタントマンが、病院にいた少女に語るおとぎ話を映像化した映画といえばいいでしょうか。CG使用せずに、よくもまぁこんな映画作ったもんです。そして最後には溢れる映画愛もあり、もう涙、涙でした。

そのターセムの作品です。女王演じるジュリア・ロバーツが今までのイメージを打ち破り、イヤミな女王を演じているのも見所ですが、実は白雪姫の方が、女王より強かったんだというラストも笑わせます。そして、もっと面白いのはエンドクレジット!なんと、姫が昨今のインド映画風に踊り歌い出します。拍手喝采です。これ、映画館で観たかった!さすが、インド出身の監督です。

もう一つ、この監督は全作品の衣装デザインを石岡瑛子さん(写真は店にある彼女の自伝的作品です)と組んでいます。当然本作でも彼女と組み、大胆な衣装を楽しめます。2012年、石岡さんは亡くなりました。映画のエンドクレジットはこうでした

「この映画を石岡瑛子に捧げる」

 

 

 

 

 

 

 

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京都シネマで上映中のドキュメンタリー映画「先祖になる」をみました。

朝、「おはようございます」と黄色のメガホンで山の上の友人に大きな声をかける爺さんの姿。それに呼応する「おはようございます」の大きな返事。

メガホンですよ。

まずこの冒頭の場面に魅かれました。

 

この爺さん佐藤直志さんは、77歳。陸前高田に住む木こり。津波で家を流され、消防団をしていた長男を目の前で亡くし、想像を絶する悲しみの中、もう一度同じ場所に家を立て直す為に立ち上がります。木こりだから山から木を伐り出し、先祖から受け継いだ土地に、地元の大工の手で家を再建するんだ、という極めて当たり前のことを、淡々と実行していきます。

 

茶目っ気と色気の漂う直志さんの魅力に引き込まれます。「人間力」という言葉が頭にうかびました。きっと敗戦後もこうして人は立ち上がったのだと思いました。生きていくっていうのは、どんな悲惨な状況下でもどこか可笑しく、何度も笑い、そして力強さに感動しました。

 

池谷薫監督のコメントに「徹底して『個を』みつめることで、普遍性をもった面白い映画がつくれる」とありました。表現の真髄だと思います。いい映画を味わいました。感謝です。(女房)

 

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今年のアカデミー作品賞「アルゴ」、やっと観ることができました。監督、主演ベン・アフレック。監督作品としては3作目です。アメリカでは、監督、主演できるという意味でC・イーストウッドの後継者として評価されていますが、作風は全然違います。しかし、完璧な脚本、そして違和感のない役者を揃えて、CGに頼らない製作手法は似ています。前作の監督、主演作品「ザ・タウン」(2010)は犯罪ドラマとして秀逸でした。犯罪に走る鬱屈した下町の青年の感情の描き方は見事でしたが、イーストウッドなら笑ってしまいそうな詰めの甘いエンディングでした。しかし、今回の「アルゴ」は、お見事!でした。

70年代、イランで起こったアメリカ大使館占拠事件。その渦中で大使館から脱出した6人の職員を無事に国外に脱出させるを描いたサスペンス映画です。架空の映画製作をでっち上げて、イランにロケハンに来ていたカナダ人に化けさせて出国させるという荒唐無稽な計画を実行したCIA工作員の話がベースになっています。

一歩間違えば、愛国的な映画になりそうな題材を絶妙のバランスで、極上のサスペンスに仕上げている手腕はなかなかです。「何もせず、威張り散らす奴ばかり、それがハリウッドだ」という台詞にあるとおり、ハリウッドへの皮肉と諧謔を交えながら、全編、当時の状況を再現し、細部まで一切の手抜きをやらずに(おそらく、ハリウッドの資本家との金銭をめぐるバトルも相当あったでしょう)作品をまとめた能力は、一級の職人技です。ラスト、30分の出国までの演出は、まれにみる緊張感でした。これ、劇場で観た人は冷や汗ものだったでしょう。

扱いにくいテーマを、あざとくならずに一本の、さらに言えば何度観ても楽しめる娯楽作品に仕上げるアメリカ映画の良き伝統を継承している監督です。次回作はスティーブン・キング原作の「ザ・スタンド」を演出するとか。大体、キング原作の映画化は、ほぼ失敗してきましたが、さて今回はどうでしょうか?期待しましょう。

★最近の映画本のお薦め

「ローマの休日ワイラーとヘプバーン」吉村英夫(朝日新聞社600円)  名作の裏に隠されたドラマ。赤狩りの渦中で悪戦苦闘する監督W・ワイラーを描いています。

「エデンの門 イーサン・コーエン短編集」(河出書房700円)コーエン兄弟の映画製作チームで脚本、製作担当のイーサンの小説集

「シネマ裏通り」川本三郎。昭和54年に発行された映画評論集(冬樹社950円)

 

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映画雑誌キネマ旬報増刊「戦後キネマ旬報ベストテン全史」(昭和59年発行/900円)入荷しました。

さて、自分の生まれた年にどんな映画がベスト10に入っていたか。私は昭和29年生まれ。早速、その年の頁を開ける。1位は木下恵介「二十四の瞳」、2位も同監督「女の園」。そして3位が黒澤明「七人の侍」でした。白黒日本映画の黄金時代の幕開きですね。その後も傑作が続きますが、純文学の映画化が大半を占めています。近松門左衛門作、溝口健二監督「近松物語」、森鴎外作、溝口監督「山椒大夫」、川端康成作、成瀬巳喜男監督「山の音」、林芙美子作、成瀬監督「晩菊」と原作もののオンパレードです。海外もしかり。ゾラ原作の「嘆きのテレーズ」が1位、3位には「ロミオとジュリエット」です。

続いて昭和30年、林芙美子作「浮雲」、織田作之助作「夫婦善哉」、海外ではスタインベック「エデンの東」が堂々1位でした。風格のある原作があり、それをしっかり脚色できるシナリオライターがいて、映像化できる監督がいて、演出の意図を理解して演じる役者が、今以上に多く活躍していた時代だったことが解ります。

昭和37年、1位は松田道雄原作、市川崑監督「私は二歳」。私はこの映画を小学校の講堂で見た記憶があります。あれは、映画教室だったのかもしれません。と、こうして自分の体験とその年ごとのベスト10を見てゆくのも一興です。ベスト10最後は昭和57年。1位は、つかこうへい作、深作欣二監督の「蒲田行進曲」。10本のうち、原作があるのは、この映画と松本清張原作の「疑惑」のみでした。因みに、海外の1位は「ET」。もちろん、原作はありません。

平成生まれの方には、お呼びでない本かもしれませんが、映画が娯楽の王道だった時代から、TVに主導権を奪われた時代を過ごした方には、いろいろと”遊べる”一冊です。

 

 

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