東京音楽大学作曲科出身の小説家、湯本 香樹実に注目しています。

92年発表の処女作「夏の庭」は、三人の少年が老人との出会いを通して「死」を知る小説で、後に相米慎二監督で映画化され、三国連太郎が老人を演じていました。

2008年には、絵本作家酒井駒子とコラボで「くまとやまねこ」(河出書房新社1050)という、これまた親友を失くした主人公の喪失から再生を見事に描いた傑作を発表(これは、読む度に泣けます)しました。その2年後の作品が「岸辺の旅』(文藝春秋500円)です。

これもまた死が、大きく関わってくる作品です。三年間失踪中だった夫が帰ってきますが、夫は海の中で蟹に食べられて死んだと告白します。そして、妻に自分が生前見た素敵な世界を見せたいと一緒に旅に出ます。その道中を描いた不思議な小説です。実は私は小説よりも先に映画を見ていました。夫を浅野忠信、妻を深津絵里、夫のかつての女性を蒼井優というキャスティングで、監督は黒澤清。こちらの世界とあちらの世界を行きつ戻りつしながら、二人の愛を確かめてゆく展開で、夫がふっと消えて、彼岸に帰ってゆくラストは忘れられません。

いつか原作を読もうと思っていたのですが、今回一気に読み上げました。

「死者は断絶している、生者が断絶しているように。死者は繋がっている、生者と。生者が死者と繋がっているように」

ふと帰って来た夫は、妻を、夫がかつて親しくしていた場所や人のもとへ彼女を連れてゆきます。なんのために……。「もっときれいなところがあるんだ」と妻を急かす夫に対して、「家に帰ろうよ。一緒に帰ろうよ」と妻はすがります。当然です。でも、この二人の旅にもやがて終りがやってきます。小説では、夫がふらりと戻ってきた事情は一切説明していません。いや、そんなことはどうでもいいのです。永久に失われたものへ手を差し伸べる女と、彼岸から戻って、女と共に生きた証しを辿りたかった男の思いを感じさえすれば。

この本を読み終えて、再び「くまとやまねこ」を読みました。親友だった小鳥に先立たれたくまは、出会った山猫に悲しみを癒されていきます。このやまねこ、ひょっとしたら死んだ鳥だったのでは…….?あまりの悲しみに打ち拉がれるくまの元に戻ってきて、二人で生き直すとも読み取れます。

「岸辺の旅」のラスト、夫は寂しい海辺で、あちら側へ旅立ちます。「海に挟まれた細い、今にも沈んでしまいそうな道を、私はふたりぶんの荷物を持って歩きはじめた。」という文章で終わります。このエンディングは「ふたりぶんの人生を生き始めた」ということかもしれません。そうあって欲しいものです。

ペドロ・アルモドバル監督「ジュリエッタ」を観ました。

1951年、スペインのラ・マンチャ生まれの監督は「オール・アバウト・マイ・マザー」「トーク・トゥ・ハー」(02)で日本でも映画ファンにはお馴染みです。「ジュリエッタ」は、若い時に家を出たまま戻ってこない娘と、母親の葛藤を見据えた映画なのですが、テーマよりもこの監督の色彩感覚に先ず圧倒されます。

ペドロ作品では「赤」色が重要です。この映画でも、のっけから赤いドレスで始まります。全編、赤、赤ですね。ダイニングキッチンに掛かる赤い時計は、極めて印象的です。といっても、饒舌すぎず、さりげに赤い色を画面に滑り込ませます。作品全体の美術に関して、これほどしっかりと描き込む人は少ないのではないでしょうか。美術監督、スタッフは大変です。

母親は若い時、ふとした事で知り合った漁師と恋に落ち、娘を授かりますが、その娘は成長して、突然家を出ます。そして、母はひとり残されます。母の若い日々と現在が、巧みな話術で語られていきます。そこから浮かび上がる喪失と再生が、ゆっくりと表現されているのですが、ラストシーンは、極めてヨーロッパ的です。ハリウッドならきっと、娘と母親が抱き合うか、哀しみの涙で終わるか、というよくあるパターンで、映画館を出たらもう終りなのですが、こちらはどこまでも心に残ります。

本好きには、素敵な小物が沢山登場します。この母親はかつて古典文学の先生で、中年になってからは校正の仕事をしています。だから、彼女が使っているペン、あるいは机上スタンドなど、デザインの良さには注目です、もちろん、書架に入っている豪華写真集、画集もチラッとしか出ませんが、見逃せません、坂本龍一の本もバッグの底にありました。

娘の友だちのダイニングに、写真家集団マグナムの本があったのですが、もしかしたら、店に置いている「MAGNUM MAGUNUM−コンパクトバージョン』(青幻舎4104円)のオリジナル版ではないでしょうか??

★古本市のお知らせ

「さんにん古本市」11月26日(土)〜27(日)11:00−21:00 河原町丸太町カフェ「アイタルガボン」(075-255-0871)

 参加されるのは「古本固有の鼻歌」「ポコモケ文庫」「古書ダンデライオン」の3店です。

 

 

 

 

 

劇場公開中に見逃した映画2本をDVDで観ました。どちらも”贅沢”な映画でした。

一つは、老いた作曲家が、今一度指揮を取るまでの日々を描いた「グランドフィナーレ」、そして、50年代アメリカでは、まだ市民権を持っていなかった女性の同性愛を描いた「キャロル」です。

 

個人的に”贅沢”な映画を定義すると、1.その作品の世界を立上がらせるために、資金を投入している。(CGやら先端技術につぎ込むことを指しているのではありません)2.脚本がしっかりしている。3.役者が揃っている。4.監督の演出意図を理解し、嘘のない映像を創るスタッフ、美術であり、撮影であり、音楽をクリエイトできる人材が揃っている。

それらが集まる時に、映画は第一級の輝きを持った”贅沢”な作品として登場します。

「グランドフィナーレ」は老作曲家が、再び指揮台に立つまでを描いた映画ですが、主題は「老い」です。大御所マイケル・ケインが、功なり名を遂げながら、人生の虚しさを抱えた男を巧みに演じ、いつも小便が出ないと愚痴る友人ハーベイ・カイテルと軽妙な掛け合いを見せます。ストレートに二人の老いを描くのかと思いきや、不思議な人物たちが登場し、パオロ・ソレンティーノ監督は、イメージを大きく飛翔させて自由奔放に演出していきます。周りの役者陣も凄腕揃いなのに、ひとつの曲を演奏しているような心地よさがあります。それこそが、実力ってことかもしれません。

一方の「キャロル」は、大人の女の風格ではダントツのケイト・ブランシェットが主演。そして、「天使が舞い降りたような」(これは、映画の中でキャロルが彼女を形容したことば)可憐さのルーニー・マーラ。この二人が、まだまだ女性が不自由だった時代を生き抜いてゆく姿を、静かに、しかし情熱的に描いていきます。この映画のために作り出された50年代アメリカの保守的な、クラシカルな世相が、惚れ惚れする程美しい映画です。空気の層が厚いというか、深い、こういう映画を観るとしみじみ豊かな気持ちになります。

「キャロル」の監督トッド・ヘインズは、大学時代、アルチュール・ランボーの詩から着想を得た作品を製作、本格的デビューにはジャン・ジュネの「薔薇の奇跡」を元にした作品を発表、今回は、「太陽がいっぱい」でお馴染みパトリシア・ハイスミスの「ザ・プライス・オブ・ソルト」をベースにして「キャロル」を製作と、文学に精通している人物です。

 

 

フランス映画「アスファルト」を観てきました。

なんか、冷えた人間関係を描いたみたいなタイトル。どんよりした曇り空を背景に、薄汚れたオンボロアパートがファーストシーンなんで、そう思ってしまいますが、全く違いました。

「幸せ」なんて永遠に続くものじゃなく、一瞬でどこかに消えてしまうもの。それでも、そんな瞬間があるからこそ人生っていいよね、という単純明快なテーマの映画です。ただ、描き方がユニークで、なんとも言えないところがミソですね。

登場人物は、このアパートに住む男女4名。下手すると、この人の過去にはこんな事があって、今はこうで、どうしたこうしたと、てんこ盛りの展開になってしまい、それだけで、もううんざりという映画になってしまいがちです。

ところが、この映画では、アルジェリアから移り住んだ老女のもとに、着陸地点を間違ってアパート屋上に降下してまった宇宙飛行士が、突如電話を貸して、とやって来ます。そんな展開、ハリウッドではあり得ません。その辺が、人生何でもありなんよ、とでも言いたげなフランス映画の余裕でしょうか。フツーなら、パトカーやら、軍隊が来そうな展開なのですが、いたって町は静かです。

この二人の奇妙な出会いを描きながら、無職で歩けなくなった(そうなった原因も、そんなアホな〜と仰天しますが)男が、夜な夜な深夜勤務の病院の看護婦に会いにゆく日々を追いかけます。最初は、孤独な二人という印象なのですが、車椅子を放り出してよろけながら歩くラストシーンは健気で、涙を誘います。

あり得ない設定だらけのシーンの連続なのに、なぜかラストは涙ぐんでしまう不思議な、しかし人生の真実をきちんと見つめた映画なのです。

劇中で、TVからクリント・イーストウッド監督作品「マディソン郡の橋」がフランス語で放映されているシーンが出ます。イーストウッドとメリル・ストリーブのフランス語吹き替えには笑えますが、この映画が最後のオチにかかってくるところが、監督サミュエル・ベンシェトリのセンスの良さです。

最初は、何だ!この映画!と思う方もおありでしょうが、ラストまでみたら、ね、ちょっぴりビターで幸せな気分にさせてくれるでしょ、と言いたい作品でした。

そう言えば、やはり団地に住む人々を描いた坂本順治監督の「団地」と同じようなテイストの映画です。

 

とある小冊子の、映画特集号の原稿を依頼されて小栗康平処女作品「泥の河」を再見しました。(正確には映画館で一度。宮本輝の原作を読んでビデオで一度、今回で三度目)

昭和30年代の大阪の河口で、労働者相手の食堂の子供信雄と、河口に流れ着いた船上生活者一家の交流を描いた映画です。小栗は最近では、画家藤田嗣治の巴里時代を描いた「FOUJITA 」がロードショー公開されましたが、81年白黒スタンダードサイズで発表したのが、「泥の河」です。小さい時、ランニングシャツに半ズボンで遊んだ方、TVを持っている友だち家に行って、真剣に相撲や漫画を見ていた方には必見の映画です。

「スタンド・バイ・ミー」みたいな明るいノスタルジーに満ちた作品ではなく、人生の悲惨をリアルに描きながら、二人の少年の切ない別れを描きます。原作の宮本輝は「川三部作」として「泥の河」、「蛍川」、「道頓堀川」を発表しています。(ちくま文庫300円)

「堂島川と土佐堀川がひとつになり、安治川と名を変えて大阪湾の一角に注ぎ込んでゆく。」という文章で始まる原作にほぼ沿った形で映画は進行していきます。

この船上生活を余儀なくされている一家の母親は、船で売春をして生計を立てています。信雄は、その母親が客の男に抱かれているところを目撃してしまいます。

「闇の底に母親の顔があった。青い斑状の焔に覆われた人間の背中が、その母親の上で波打っていた。虚ろな対岸の灯りが、光と影の縞模様を部屋中に張りまぐらせている。信雄は目を凝らして、母親の顔を見つめた。糸のような細い目が、まばたきもせず信雄を見つめかえしていた。」

緻密な文章を映画はどう表現しているか。出来る事なら、「泥の河」は原作と映画を両方味わっていただきたい作品です。白黒映画黄金時代の、高度な映画表現技術を身に付けた小栗監督の、一コマ一コマの隅々まで行き渡った表現を鑑賞し、一方、言葉でしか言い表せない表現を味わうなんて、贅沢ではありませんか。

 

小栗は、90年に島尾敏雄の「死の棘」も映画化しています。松坂慶子がノーメイクで出演したことでも話題になった映画です。500数ページにもなる小説の”重さ”にたじろいでしまい、映画を先に見てしまいましたが、再挑戦してみてもいいかなと思います。

店頭には「小栗康平コレクション1 泥の河」(駒草出帆2500円)があります。本作DVDと一緒に監督の詳細なインタビューが付いています。

 

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マリー・カスティユ・マンシオン・シャール監督の「奇跡の教室 受け継ぐものたちへ」(京都シネマ)を観てきました。

フランスのベテラン女性教師が、落ちこぼれ生徒達を全国歴史コンクールに出場させて、栄冠を得るというお話ですが、熱血先生が落ちこぼれ生徒を救う手合いの学校もの感動ストーリーではありません。

先生が、コンクール出場のために選んだテーマは、先の大戦で起こったナチスドイツによる大虐殺、そしてアウシュビッツ収容所です。もちろん、勉強なんてまっぴらの生徒達が、最初から熱心に勉強するわけがありません。映画は、少し距離を置きながら、ドキュメンタリーのように、生徒の日常、授業の風景を散文的に描いていきます。

映画の中で、実在のアウシュビッツ収容所の生き残りの老人が、生徒達にその地獄の日々を、極めて理性的に語るシーンがあります。腕には、収容所で焼き付けられた番号が残っています。今まで持っていた、彼の名前も生い立ちもはぎ取られて生きる日々の始まりです。

この映画に登場する生徒達は髪型、服装、話し方など、極めて個性的です。そんな彼らが、その人の持つ個性をはぎ取り、番号だけの人生を生きさせられた老人の言葉を受けて、考えることを開始します。戦争って何?その時フランス人は何を考えていたのか?なんで人は虐殺が出来るのか?等々。そして、それぞれのアプローチでこの問題に取り組み、発表していきます。それぞれの思いで、深く考える、そこから個性が表れてくることが分かります。(写真右は撮影中の監督−手前の女性です)

映画は、高校生がアウシュビッツと向き合い、どう変化したかを描いていきますが、その一方で、自分たちで考え、まとめ、それを表現するという作業から、一人一人の持ち味が出来上がってくるまでを描いたように思えます。ラスト、彼らは、収容所で死んでいった人達への追悼を込めて、色とりどりの風船に、亡くなった人の名前をひとつずつつけて、青空に放ちます。彼らの新たな旅立ちを象徴するような素敵な幕切れでした。

本作は、アハメッド・ドゥラメという当時18歳だった少年が、シャール監督へ送った一通のメールから映画化の道が始まりました。生徒の一人マリック役を務めた21歳のドゥラメは、自身の高校一年生のときの体験を元に監督と共に脚本に参加しています。正に、落ちこぼれだった生徒が、アウシュビッツに向き合うことで、人生を見つめなおし、自分の道を見つけるまでを描いたドキュメントでもあったわけです。

ところで、彼が目ざしているのが映画監督。いつか、アハメッド・ドゥラメ監督作品が観られる日がくるかもしれません。(写真はマリック役のアハメッド・ドゥラメと先生役のアリアンヌ・アスカリッド)

 

クリント・イーストウッド監督「ハドソン川の奇跡」見てまいりました。お見事の一言につきる映画です。ごちそうさまでした!

まだ記憶に新しいNY で起きた飛行機事故。離陸直後に、鳥がエンジンに突っ込み、操縦不能になった旅客機を、機長がハドソン川に着水させ、乗員乗客全て無事救助された、あの実話が題材です。

あぁ〜パニック映画によくある感動ものか、という予想は裏切られます。こういう映画に必ず登場するのが、美人スッチーと不倫に悩む機長とか、会社が傾いて生きる意欲を失くしたビジネスマンとか、再起をかけるアスリートとか、その夫に付いてゆく健気な妻とか、重い病ですぐに病院に入院しなければ死んでしまう少女とか、とか……..。

しかし、そういった人達のストーリーは、全くなし。機長が着水を決定、実行に移すまでの208秒をひたすら検証して、91分の映像に描いています。この機長がマスコミで英雄扱いを受けたり、反対に査問委員会で彼の決断が間違いだ、と糾弾される姿を中心にして、まるでドキュメンタリー映画のように事故を再現していきます。主演のトム・ハンクスも、イーストウッドの演出意図を十分に汲み取って、淡々と全うに仕事を続ける男を演じています。

昨今のおバカなハリウッドなら、エピソード一杯詰め込んで、CGいっぱいはめこんで、ついでに大層なテーマソングを歌い上げ、無理矢理”泣かせる”大味な映画に仕上げるのでしょうが、アメリカ映画の良心が身に染み込んでいるイーストウッドは、もちろんそんな事はしません。無駄なものすべて除いて、ストイックに映像を組み立ててゆく映画手法に引込まれました。ラストの副操縦士のユーモア溢れる切り返しなんて、「お後がよろしいようで」と、拍手と共に幕が下りる感じ。

「映画作家」ではなく「映画職人」として、まだまだやるで、という心意気を見せてくれる作品でした。

 

 

 

 

★毎年恒例になりました『ネイチャーガイド安藤誠さんの自然トーク「安藤塾」』は、10月28日(金)7時30分より開催が決定しました。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

★★カナダ在住で、ドールシープを撮影されている写真家、上村知さんの写真展を11月1日(火)〜13日(日)まで開催します。5日(土)夜に、上村さんによるスライドショー 「極北 カナダ・ユーコン&アラスカの旅と暮し」(7時より)を予定しております(要・予約 同じくレティシア書房までお願いします)

 

1990年に自死した北海道出身の作家、佐藤泰志が、最近再評価され、認知されているのは、作品が映画化されて、優れた作品になっているからに違いありません。

2010年「海炭市叙景」が公開され、劇場で観た深い感動が忘れられず、原作に手を出したのは私だけではないはず。88年から連載の始まった原作を熊切和嘉監督が、資金を集めて函館で撮影しました。

「待った。ただひたすら兄の下山を待ち続けた。まるでそれが、わたしの人生の唯一の目的のように。今となっては、そう、いうべきだろう。」で始まる原作の一文は、映画ではエンディングに持ってきているのですが、人々の希望と絶望を北国の冷たい風に託して描ききりました。もうすぐ定年を迎える路面電車運転手、家庭に問題を抱えるプラネタリウム職員等の、男たちの人生の悲哀が見事でした。

続いて、2011年、「そこのみにて光輝く」が呉美穂監督によって映画化されました。私は、これについては原作もまだ読んでなくて、映画も観てないので、なんとも言えません。

そして、今公開中で期待の映画、山下敦弘監督の「オーバーフェンス」。もちろん、観に行きます!佐藤最後の芥川賞候補作品で、作家に挫折しかけた時代に、通っていた職業訓練 学校の体験を元にした作品の映画化です。レビューは、後日このブログに載せる予定です。

さて、佐藤のデビュ−作「移動動物園」は、私の好きな作品で、暑い日々、幼稚園やらデパートの屋上に出張しては、小動物を見せる小さな会社を舞台にした小説です。登場人物は三人の男と女。うだる様な暑さの中、ひたすら動物の世話に明け暮れる姿を描いていて、読んでいると咽喉の渇きが襲ってきます。そして、虚無感がじわじわと浸透してくる気分の悪い小説なのですが、逃れられないんですよね、この世界から。

ぜひ、映画も原作も観て欲しい、希有な作家です。蛇足ながら、この三人の映画監督、皆さん大阪芸術大学出身です。

文庫版「移動動物園」「海炭市叙景」は各400円、「そこのみにて光輝く」は500円にて販売しております。

 

 

 

 

 

 

★毎年恒例になりました『ネイチャーガイド安藤誠さんの自然トーク「安藤塾」』は、10月28日(金)7時30分より開催が決定しました。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

★★カナダ在住で、ドールシープを撮影されている写真家、上村知さんの写真展を11月1日(火)〜13日(日)まで開催します。5日(土)夜に、上村さんによるスライドショー 「極北 カナダ・ユーコン&アラスカの旅と暮し」(7時より)を予定しております

  (要・予約 同じくレティシア書房までお願いします)

「避難….。生活を根こそぎ持って行く言葉だ。簡単に使って欲しくない」

これ、総理大臣の言葉です。と言っても、もちろんあのアベちゃんではありません。映画「シン・ゴジラ」に登場する総理大臣です。

「シン・ゴジラ」は傑作です。捻った怪獣映画です。いや、「会議映画」とでも称すべき内容です。

ゴジラ東京湾に出現!さぁ、慌てふためく政府に官僚。会議につぐ会議。次々と発足する委員会。映画は、丁寧すぎる程、それらの会議を追いかけていきます。まるで、首相官邸と各省庁をジェットコースターに乗って回っている気になりますが、それが面白いのが不思議です(逆に子供には全然つまんないかも)。省庁間の根回しに、駆け引き。決まらない政府の方針。「会議は踊る」です。

一匹の怪獣の出現に政策執行能力なしの状態に陥る、そんな複雑な政治管理システムの中で、私たちは生きていることを映画はリアルに描きだしていきます。怪獣ではなく大地震、原発事故等でも状況は同じさ、と放射能を撒き散らしながらゴジラは首都を蹂躙していきます。徐々に都内が汚染されていく描写は、福島の事故を経験した私たちにとって絵空事には見えません。

さて、進化するゴジラに恐れをなした国連やら大国は、日本に核攻撃してしまえという決定をします。そう、これは日本への三度目の核攻撃の恐怖まで描き出します。もちろん、そんな攻撃の引き金を弾くことなく終わるのですが、しかし、引き金に手をかけたままというのがゾッとします。

もう一つ、この映画の見所は、東京の殲滅する姿が徹底的に描かれていることです。ゴジラも凄まじいのですが、迎え撃つ方も、山手線列車に爆弾搭載して突っ込む、超高層ビル群をミサイルで破壊してゴジラを下敷きにする、などまるで地獄絵です。もちろん特撮技術の進化ということもあるでしょうが、「エヴァンゲリオン」を世に送り出した、庵野秀明監督の美意識とオタク度が見事に作品に投影されています。

ラスト、ぶっ壊した東京駅に屹立するゴジラの姿は語り継がれると思います。

 

 

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香港生まれ、アメリカ育ちのウェイン・ワンは、好きな映画監督の一人です。

アメリカを代表する作家ポール・オースターと組んだ「スモーク」、「ブルー・イン・ザ・フェイス」は傑作だと思います。そして、彼が2007年に監督した「千年の祈り」は、アメリカで生活している娘のもとに、中国から父親が訪ねてくるお話で、父と娘の相克、生きる環境の相違などが浮き彫りにされたいい作品でした。

 

その原作を書いたイーユン・リーの短篇集「千年の祈り」(新潮社クレストブックス700円)を読みました。北京生まれ、北京大学卒業後、アイオワ大学で免疫学の研究者から転向した異色の作家です。2005年デビュー作の本作で、優れた短篇小説に贈られるフランク・オコナー賞の第一回目の受賞者になりました。(因みに、二回目の受賞者は村上春樹です)

離婚した娘を案じて、父親が未知の国アメリカにやって来る。しかし、娘は歓迎するどころか、父の過去を持ち出して、きびしく責め立てる。沈黙を続ける父。冷たい関係が続きます。その父が仲良くなるのが、公園に来るイラン人の老婦人。孤独な背中が見えてくる切なく、辛い小説です。

本作は10の短篇が収録されていますが、障害のある娘と老夫婦の日常を見つめた「黄昏」もまた、「千年の祈り」に匹敵する出来映えです。決して明るい未来や、安定した生活があるわけではない二人とその娘。堀江敏幸は、この作家が描き出す人物の境遇を「みな『ひとり』である。孤独を望んだのではなく、自分ではどうしようもない大きな外の力によってそうあるほかなかった人々」と書いています。

しかし、彼女の作品は、そういう永々の孤独の中にいる人達の境遇を描いただけかというとそうではなく、孤独の隙間からふっとこぼれ落ちる優しさが、少しだけ冷えきった感情を溶かしてゆくところが真骨頂です。

「黄昏」のラストの静謐なシーンは、静かに眠る娘、それを見つめる母と娘の髪をなでる父。すっーと部屋を出るカメラ、そしてエンドクレジット・・・・きっとウェイン・ワンなら、そんな映画に仕立てることでしょう。

★レティシア書房 夏の一箱古本市のお知らせ 

8月9日(火)〜8月20日(土)20数店が今年も店内に出店します!

★夏休みのお知らせ
8月21(日)〜25(木)