今年のノーベル物理学賞は、ブラックホールの研究者に決まりました。ブラックホールの中心にある特異点の解明が研究課題だとか新聞で読みました。特異点の存在については、クリストファー・ノーラン監督の傑作SF「インターステラー」に登場するのです。登場人物たちが、宇宙船の中で科学的、物理的問答を行うのですが、なんだか、ようわからんかった…….。

ノーラン監督って、厄介な監督です。一度見ただけでは「??…..」みたいな映画を作り、しかもそれが?のままでも想像以上に面白いので、映画館に通い、挙句にDVD を買って、何度も見るという羽目になります。「インターステラー」しかり、「ダンケルク」しかり、「インセプション」しかり。

そして、今公開中の「TENETテネット」も、最高に面白いのに、最高にわからん映画です。

オーケストラの指揮者が、コンサートホールで今まさに指揮棒を振り下ろした瞬間、会場をつんざく爆破音と咆哮するマシンガン。流れるようなカメラワークに、私たちは付いていきながら、どうなってんの?と不安が募るばかり。巧みな映像の処理と展開にワクワクドキドキ。映画ならではの楽しさです。

さて、主人公のCIA隊員は、「時間逆行装置」の存在を知り、恐ろしい陰謀があることを突き止めます。時間逆行装置には時間が順行する「赤の部屋」と、時間が逆行する「青の部屋」があります。それぞれの色の部屋では、それぞれの方向に時間が進む、または戻るのです。 時間を逆行させる装置には様々な独自のルールがあります。主人公は時間を行きつ戻りつして、陰謀をつきとめてゆくのですが、え?それどう意味?どう理解するの?という鑑賞者の気持ちなんぞ無視して、どんどん進んでいきます。それでも観入ってしまうのは、トリッキーな場面展開や、切れ味鋭いアクションシーンのオンパレードによるものです。

時間が逆行している世界では何もかもが逆行しています。カーチェイスシーンでは、みんな後ろ向きに走っているのです。これはすごい映画を体験している!と、ゾクゾクしてきます。もうノーランの魔術に巻き込まれてしまっているのです。

徹底的にデジタルに背を向けて、アナログフィルムのこだわるノーラン監督の演出だからこそ、画面に厚みがあります。そこが他の凡庸な監督と違うところです。「時間」という極めて難解なテーマを、あえて映像化しようと挑戦した監督に大拍手です。多分また、DVD買うな……..。

 

 

 

 

京都シネマにて上映中の「はちどり」は、オススメの一本です。監督はキム・ボラ。1981年生まれですから、39歳。この若さで、こんなにも静謐で、深く心に染み入る映画を作るなんて驚きです。母国の大学を卒業後、アメリカのコロンビア大学で映画を学び、その時制作した「リコーダーのテスト」が多くの映画賞をとりました。その作品で9歳だった主人公の少女ウニの、その後の物語が「はちどり」です。中学生のウニを演じるパク・ジフに監督が出会ったのが、映画の成功への第一歩でした。

思春期の少女の心の不安や孤独、やるせなさを、繊細に描き出した作品です。1994年のソウル、家族と集合団地で暮らすウニは14歳。両親は小さな店を切り盛りして、子供たちをいい学校、いい大学へ行かせたいと頑張っています。家父長制を象徴するような父親、その父を見て育った長男、反抗的な長女、そして仕事と家事で手一杯の母。そんな家庭環境の中で、ウニは学校とも馴染めずに、他校の男子とデートしたり、ウニを慕う女子中学生と仲良くなったりという、居場所のない毎日をなんとなく過ごしています。思春期の少女の姿を、監督は静かに時間をかけて寄り添い、町の雑踏や小鳥の鳴き声、空を渡る風の音など、ウニの周りにある音を巧みに拾いあげていきます。ウニを見つめる優しさがあふれています。

 

ひとりぼっちだったウニの前に、塾で漢文を教えるヨンジという女性教師が現れます。彼女との付き合いを通じてウニは、少しづつ、少しづつ、心を解放していきます。ラストシーンのウニの表情は、笑っているのでもなければ、下を向いているのでもない。複雑な感情を隠し、どう生きていくのかもわからないけれど、一歩踏み出そうとしているウニを演じたパク・ジフの顔を、忘れることができません。

「はちどり」というタイトルについて、世界で最も小さい鳥のひとつでありながら、その羽を1秒に80 回も羽ばたかせ、 蜜を求めて長く飛び続けるこの鳥は、希望、愛、生命力の象徴とされていて、その姿が主人公のウニと似ていると思った、と監督は語っています。ラストは未来へ飛び立つ前のウニの表情なのです。

 

ARK(アニマルレフュージ関西)の2021年度カレンダーを入荷しました。

・大きいサイズは1000円(撮影は児玉小枝さん)・卓上サイズは800円(ARKスタッフ撮影)

毎年カレンダー発売に合わせて写真展を開催してきたのですが、春の段階で、どうなるかわからないとキャンセルの連絡が入ったのでカレンダーが完成して嬉しいです。売り上げは全てARKに寄付します。ぜひ店頭で手に取ってください。

 

 

 

京都シネマで上映中の、期待度大のドキュメンタリー映画「ようこそ映画音響の世界へ」を観てきました。「映画音楽の」ではありません。「映画音響の世界へ」です。

映画には、役者のセリフ以外にも多くの音が存在していることをご存知ですよね。屋外ロケなら、車の走る様子、人の話し声、信号機など町の音や、自然の奏でる、例えば川のせせらぎや風の音などが背景に流れています。室内なら靴音や食器のぶつかるカチャカチャという音、赤ん坊の泣き声等々。また、アクション映画には、銃撃音や爆破音、殴り合いの様子、SF映画ならば、宇宙船やロケットのエンジン音や宇宙人の声等々、音響を担当する音響デザイナーがいなくては映画は成立しません。試しに、DVDなどで映画を観る際に、音をオフにしてみたら随分印象が変わります。映画をより密度の高いものにするための技術者が音響デザイナーです。

1927年に初めての本格トーキー映画『ジャズ・シンガー』が誕生。それ以降、映画音響は様々な形で進化しています。本作では、ジョージ・ルーカス、スティーヴン・スピルバーグ、ソフィア・コッポラ、デヴィッド・リンチ、アン・リー、クリストファー・ノーランなど、独創的なスタイルを持つ映画監督たちが、作品における音へのこだわり、音響の芸術性を語っています。そして彼らと組んできた音響デザイナー達が、それぞれの現場で苦労の末にどれほど素晴らしい”映画の音”を作り出してきたかを、具体的な作品を示しながら尊敬を込めて振り返っています。「ゴッドファーザー」も「地獄の黙示録」も、何度も観ている映画ですが、音響という視点でもう一度観てみようと思いました。

ハリウッド全盛時代、各スタジオは音響にはほとんどお金を使わず、すでに使用してきたものをくり返し使ってきたのだそうです。西部劇では、どの映画でも銃撃音が一緒だったという例も登場します。
そこに、革命的手法をもたらしたオーソン・ウェルズやアルフレッド・ヒッチコック、さらにビートルズが映画音響に与えた影響、そして最近のSFX技術とともに更なる進化を遂げる姿を描いていきます。「スターウォーズ」で人気のキャラクター、チューバッカの声が出来上がるプロセスも興味深いです。
監督はミッジ・コスティン。本人も音響デザイナーとして活躍し、数々の賞を受けています。女性の視点で、この業界の多くの女性達の活躍を描いています。嬉々として仕事をしている姿がとても素敵でした。じいさん内閣を立ち上げた首相にもお見せして、勉強をしていただきたいものです。(写真はコスティン監督)

ビン・リュー監督「行き止まりの世界に生まれて」(uplink京都で公開中)は、今年観たドキュメンタリー映画の中でベスト3に入れたい傑作です。9月9日のブログで「mid90sミッドナインティーズ」という映画を紹介しましたが、あの映画のドキュメンタリー版的な作品です。

カメラは、先ず、街の中をスケボーで爽快に滑ってゆく3人の若者たちを捉えます。そのスピード感にこちらも気分良くなってきます。しかし、ここから語られる彼らの人生は、タイトル通り「行き止まりの世界」です。「アメリカで最も惨めな町」と言われているイリノイ州ロックフォード。キアー、ザック、ビンの3人は、幼い頃から、貧困と家庭内暴力に晒されて生きてきました。過酷な現実から逃れるようにスケートボードにのめり込んでいます。スケートだけが彼らにとって唯一の居場所、スケート仲間が一つの家族。
けれど、大人になるにつれ、いつも一緒だった彼らも少しずつ違う道へ進んでいきます。
ようやく見つけた低賃金の仕事を始めたキアー、恋人との間に子供が生まれて父親になったザック、そして映画監督の道を歩み始めるビン(本作の監督です)。ビンのカメラは、自分自身を含めて一見明るく見える3人の、悲惨な過去や葛藤をあらわにしていきます。今まで問えなかった母親の事情と親子の確執が、監督として対話することで、緊迫した場面となっています。
希望が見えない環境、大人になる苦しみ、根深い親子の溝。ビンが撮りためた12年間のスケートビデオを巧みに編集して、この場所に生きる若者のリアルな青春が描かれています。
ロックフォードは、いわゆるラストベルトで、鉄鋼や石炭や自動車などの産業が衰退し、アメリカの繁栄から取り残された街です。街には生気がありません。静まりかえっています。「トランプのアメリカ」のリアルな姿です。
それでも、彼らの笑顔を見ていると未来は変えられるのかもしれないと思えます。事実、ラストでは3人のそれぞれのほんのちょっと明るい未来が紹介されます。でも、それが続くのかと問われたら、なんとも答えようがありません。
エンディングは、オープニングと同じように街中を疾走する彼らを追いかけてゆくシーンです。それぞれに不安と痛みを抱えながらも、前に進む彼らを応援せずにはいられない、そんな作品です。
アカデミー賞、エミー賞Wノミネート、サンダンス映画祭をはじめ数多くの賞を総なめ、オバマ前大統領もも絶賛した映画です。オススメ!

1973年「アメリカングラフティ」という映画が封切られました。高校卒業の一夜の大騒ぎを描いた青春映画なのですが、ラスト、その高校生の一人の現在を伝えるテロップが流れます。「ベトナム戦争に出征して行方不明になった」と。

明るい未来が待っているはずが、ベトナム戦争で暗転してしまいます。それと同じような、いやもっと悲惨かもしれない10代の若者の姿を描いたのが「mid90sミッドナインティーズ」です。

舞台は1990年代のL.A。兄の突発的な暴力に恐れ、シングルマザーの母にも反発している十三歳のスティービーは、サーフボードショップにたむろする少年グループの仲間に入ります。大人への反抗的態度、酒やタバコの不良的な雰囲気にスティービーは憧れます。そしてリーダー格のレイのスケボーのテクニックを見て、スケボーに夢中になっていきます。彼にはそこだけが輝いていて、彼らといる時だけ生きている実感を味わえるのです。

けれど、この少年たちもそれぞれに深い事情を抱え込んでいます。映画は4人の少年グループとスティービーの、出口のない青春を描いていきます。90年代半ばに十三歳だったジョナ・ヒル監督は、16ミリフィルムを駆使して、あの時代の空気を巧みに作り上げていきます。

監督は暴力を振るう兄にも、心の中に傷を抱え込んでいて、決して弟が嫌悪だけの存在ではないことも描いています。交通事故を起こして入院したスティービーの元へ来た兄が、黙ってジュースを渡すシーンは、兄弟のお互いの感情が交差してゆく優れた場面です。

2001年、同時多発テロが起こり、その後アメリカの権力者は、狂ったように戦争にのめり込んでいきます。そして、また多くの若者が戦場に駆り出されます。お金もない、学歴もない、この映画に登場する少年たちも、やむなく戦場に行ったかもしれません。映画は彼らの未来に関しては一言もいいませんが、観終わった後、彼らの前にどんな人生が待ち受けているのかを考えると辛いです。それがこの大国のリアルな姿なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オフィシャル・シークレット」は文句なしに面白い映画でした。

南アフリカ出身の監督ギャヴィン・フッドは、前作「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」では、ユニークな視点で、戦争映画を作り出しました。ドローン攻撃によって持ち上がる道徳的問題、倫理的問題、法律的問題をサスペンス風味豊かに描いた傑作でした。

本作「「オフィシャル・シークレット」」の舞台は2003年イラク開戦前夜です。イギリス諜報機関GCHQに勤務するキャサリンは、アメリカの諜報機関NSAから送られてきた極秘メールに愕然とします。それは、国連安全保障理事会に属する複数の国家へのスパイ活動の指示書でした。そのままにすることができなかったキャサリンは、知人の活動家を通して「オブザーバー」紙に、情報をリークする決心をします。映画はここから、キャサリンの行動と彼女が巻き込まれる裁判を描いていきます。実話なので、当然当時のブレア首相や、ブッシュ大統領の映像がバンバン挿入されています。エンディングには主人公本人も登場します。

大義なき戦争に遮二無二突っ込んでゆくブッシュ政権と、その神輿に乗ってしまったブレア政権。誠意のかけらもない大国のエゴに、たった一人でたちむかう女性という構図は極めて映画的ですが、ギャヴィン・フッドの演出術は冴えに冴えています。サスペンス映画の王道を進みます。誰が見ても、当時のポリティカル状況が容易に理解できる作品に仕上がっています。

こういうリアルな政治映画を作ろうとした監督に、それなら金を出してやると名乗り出たプロデューサー、そして作品を拍手で迎えた観客。このこと自体が映画界にとって幸せなことだと思います。

仕事を途中で放り出して、第一線から逃げ出したように見える首相の数々の大ウソを、いつの日か、登場人物みんな実名で映画化できる日を期待しています。

 

 

毎年8月15日の敗戦記念日には、原民喜の「夏の花」を読みます。原爆で命を奪われた妻の墓参りに行くところから物語が始まります。原爆投下の日、「私は廁にいたため一命を拾った。」ここから広島の地獄絵が書かれていきます。この本と共に、岡本喜八監督の映画「日本の一番長い日」を観たりします。ポツダム宣言受諾から玉音放送までの間に、権力者の中で何が起こったのかをリアルに描いた傑作です。最近リメイクされてましたが、重厚感ではオリジナルに敵いませんでした。

さて、今年は少し違う本と映画に出会いました。映画は、堀川弘通監督「軍閥」(1970)です。海軍と陸軍の権力闘争で、日本が戦争の深みにはまってゆく様が描かれています。印象に残ったのは、一人の特攻隊員と、毎日新聞社の記者との会話です。出撃したものの敵艦を見失い帰ってきて、再び特攻命令を待つという立場の彼が、やってきた新聞記者を激しく詰ります。メディアが戦争を賛美し、東條英機を祭り上げたのだと。記者が、負けていることを国民に知らせて早く終結させるべきだというのに対して「勝てる戦争なら、やってもいいのか」と詰め寄るのです。この問いかけは衝撃的でした。勝とうが、負けようが戦争の全否定を特攻隊員が口にするのですから。

今回読んだ本は、濱田研吾著「俳優と戦争と活字と」(ちくま文庫/古書700円)です。これは労作です!よくこれだけの資料を集めたものです。著者は、京都造形芸術大学を卒業して、映画、放送、鉄道など多彩なジャンルで執筆活動をしています。

「昭和に活躍した俳優が好きで、そうした人たちが書いたり、語ったものを高校時代から蒐めてきた。映画・演劇・放送関係の本や雑誌、俳優が書いた(語った)本、プログラムや広告の類いまでいろいろである。」おそらくそれらの膨大な資料(巻末に参考・引用文献の一覧が載ってますが、おそろしい量です)から、俳優たちが戦争について、疎開について、原爆について、そして玉音放送について語ったものを拾い上げたのが本書です。

多くの演劇人、俳優たちが、自分たちが経験した戦争を語っています。最初に紹介した「日本の一番長い日」のパンフレットで、8月15日に何をしていたのいか、その時の気分はどうだったのかを出演俳優たちに問うアンケートの回答が載っています。

例えば、当時八歳だった加山雄三は「小学校二年生の時だった。家に憲兵がいて、あの放送をきいて泣いていたのを覚えている」と回答しています。笠智衆は41歳。「玉音にタダ涙。カンカンでりの青空が空しかった」と答えています。

悲惨な戦闘を繰り広げた中国戦線、大陸からの引き揚げ、シベリア抑留など多くの俳優たちが経験した戦争の姿が迫ってくる一冊です。

 

女優オリヴィア・ワイルド初監督作品「ブックスマート」(MOVIX京都で上映中)は、アメリカの二人の女子高校生が主人公の、文句なしに楽しい映画です。

ひたすら勉強して一流大学入学が決まったモリーとエイミー。遊んでばかりいた連中とは、私たちは違うもんね、と見下していたのですが、ヘラヘラしていた同級生も実は、それぞれ一流校に入ったことを知り、勉強ばかりしてバカみたいと思った二人は、最後に思いっきり羽目を外そうと、卒業パーティーに突入します。

なんだ、女子高校生の学園モノか、とバカにしたら素敵な映画を見逃しますよ。この映画は学園モノの王道の”ボーイ・ミーツ・ガール”ではありません。最後まで、二人の高校生の友情のお話です。二人の会話が、もう刺激的、刺激的です。下半身ネタやら、言いたいことをバンバン言い合います。そして、卒業を前に、エイミーは自分が同性愛者だとカミングアウトします。際どい会話、本音トークが炸裂します。

でも、ただワイワイやってるだけではありません。パーティーでお互いの魅力に惹かれて、エイミーと抱き合ったホープという女の子が、卒業式の後、エイミーの家にやってきます。

ホープが「私はバックパック背負って半年ほど旅に出る」と言うと、エイミーは「私は一年間アフリカに行ってくる」と答えます。じゃあ、またねと別れる二人。世界での自分の立ち位置を見定めて、社会へと飛び出してゆく二人の笑顔が素敵です。

アフリカへと旅立つエイミーを見送るモリー。ちょっとセンチな気分になっているのですが、お互いの夢を認め合い、最後までやっぱり弾ける笑顔に、オリヴィア・ワイルドのセンスが光ります。魅力的な女子たちが、これからの世界を引っ張っていってくれる予感がします。昨日紹介した「女の答えはピッチにある」同様「どんとこい、人生」的な元気を与えてくれます。(写真は監督です)

因みに、「ブックスマート」は、試験に合格したり有名大学を卒業することでスマートとみなされる人達のことらしい。皮肉として、実践に乏しい人という意味もあるとか。

イギリス郊外の閑静な住宅地。玄関で草花の世話をしている高齢の女性が、主人公ジョーンです。ある日、ドアを激しくノックする音がして、開けると、警察がスパイ容疑で逮捕するというのです。

どこにでもいそうなおばあちゃんが、突然のスパイ容疑?映画「ジョーンの秘密」の幕開けは、いきなり不穏な空気が漂います。

そして物語は、ジョーンがケンブリッジ大学で物理学を専攻していた1938年へと戻ります。そこで彼女は、友人に誘われた共産主義者たちの会でレオという男性に一目惚れをして恋におちます。

時代は、第二次世界大戦のまっただ中。大国は新しい兵器である原爆の開発に突っ走っています。1941年、ジョーンの勤務する核開発研究所もやはり、原爆研究に邁進しています。優秀な学生だった彼女は、ここで実力を発揮し、上司である教授の助手として研究の核心部分に触れていきます。やがて、アメリカによるヒロシマへの原爆投下。

その爆発の一瞬を映像で見たジョーンは、予想以上の破壊力に驚き、恐れます。自分たちの作ろうとしていたのは、とんでもない怪物だったのです。「ヒロシマ…..」と呟く彼女の顔にはこんなものを未来に残すのかという不安が満ちていました。

映画は、現在のジョーンと、若き日の彼女を交互に見せていきます。原爆の恐怖に慄いた彼女が選んだ行動は、平和のために核を抑止力として使うことでした。そのためにアメリカに敵対するソ連に情報を流すという、研究員としてはやってはならない行為でした。大国はいつの時代も、若い才能を政治に利用して使い捨てにすることを厭わないのです。違法行為とわかっていても、たった一人の女性が、考えた末取り得る数少ない正義の行動だったのかもしれません。仕事の上で、男性と同等に扱われることがなかった時代背景も取り入れながら、原爆に関わったために、大きく人生行路を変えていかざるを得なかった女性の一生。名優ジュディ・デンチと、彼女の若き日を演じたソフィー・クックソンの二人の演技が素晴らしく、映画全体もオーソドックスで端正な演出で貫かれています。傑作です。

 

 

大島新監督のドキュメンタリー「なぜ君は総理大臣になれないのか」(京都シネマにて上映中)は、日本の政治風土を丸裸にするような傑作映画でした。

若手国会議員の小川淳也氏。2019年の国会で不正会計疑惑を質す姿が注目を集めた政治家です。映画は17年にわたって彼を追いかけました。

2003年、小川は32歳で民主党から衆議院選挙に初出馬するも、落選。05年の衆議院選挙において比例復活で初当選。09年に民主党が政権を奪取。気高い政治思想を持っていた小川ですが、党利党益に貢献しないと出世の目のない政治の世界で、しかも敗者復活の比例当選を繰り返していたことから発言権も弱く、党内では力をつけることができませんでした。

17年の総選挙で、希望の党に合流した前原誠司の側近であった彼は翻弄されます。希望の党の小池百合子代表に対する不信感から無所属での出馬も考えるのですが、悩んだ末に希望の党から出馬し、地元ではまたも落選。再び比例で復活したものの、今度は希望の党が解体してしまい、国民民主党へ。前原や、地元の先輩である玉木雄一郎への仁義に絡め取られながらも、一生懸命に選挙運動を続ける彼をカメラは追いかけます。

 

希望の党に鞍替えして選挙運動に出たばかりに、街の中では、裏切り者!という罵声が飛んでくる。そんな中、妻や娘もタスキをかけ、地元商店街を走り回るという典型的な日本の政治風景も、そのままカメラは捉えていきます。理想を追求しながらも、もがき、溺れ、なんとか這い上がろうとする若き政治家の姿。

「こんな選挙やってていいのかな。」

これは、小川の選挙のスタッフである同級生の言葉です。選挙カーから大きな声で連呼し、狭い道路に車を止めて演説を行ったりする運動への疑問。一族郎党を担ぎ出しての電話攻勢や、手紙の配布。小池氏への不信がありながら、希望の党員に甘んじている自分を見つめ、なぜ、無所属で出馬しなかったのかという後悔。

これは、一人の政治家の選挙の顛末ではなく、国を憂い、このままではいけないという熱い思いに突き動かされて、彼の父の言葉を借りれば「猿芝居」の横行する政治の世界で、あがく青年の映画です。

小泉今日子が「この映画がフィクションならば『主演男優も脇も固める役者たちも脚本も編集も最高!続編に期待したい。』となるのだが、これは一人の人間を追ったドキュメンタリー。自分の人生、生きかたを改めて考える時間になった。」と推薦の言葉を贈っていますが、それは小川が真摯に政治へ向かい、思いが、つまり彼の哲学がそこにあったから人の心が動くのだと思います。

 

★8月17日(月)〜20日(木)まで休業いたします