ボサノヴァ音楽の大巨匠、アントニオ・カルロス・ジョビンは、70年代、ボサノヴァの枠にとらわれない壮大で技巧的、なおかつ内省的な作品を多く残しています。残念ながら、この時代の作品はあまり人気がありません。しかし、私は、派手ではないけれども、詩的で文学的な作品「ウルブ」(売切)は聴いて欲しいアルバムだと思っています。

1980年、英語やポルトガル語を交えて歌った「テラ・ブラジリス」(CD1300円)を、クラウス・オガーマンのプロデュースでシンフォニックなアルバムを発表しました。元々、クラシック音楽への深い教養があった彼だから出来た作品です。

タイトルの「テラ・ブラジリス」は、「ブラジルの大地」という意味です。ジャケットにはブラジルの大地と、ここに棲息する多くの動物達のイラストが描かれています。ジョビンは70年代から環境問題、特にアマゾン熱帯雨林保護活動を熱心に行ってきました。その思いが、このジャケットデザインに現れています。シンプルな楽器構成で、哀愁溢れるメロディー一杯のボサノヴァ音楽は、「究極のイージーリスニング」と称されて、お洒落なカフェの定番になっています。でも、本アルバムは、ブラジル音楽と育ってきジョビンの、50歳を過ぎて新しい音楽へ向かう姿勢と、自分を育てたブラジルの大地への思いを巧みに組み込んで、極めて作家性の高い作品となっています。

もう1枚、大胆なスタイルで、自分の故郷への思いをアルバムがあります。名パーカッショニスト、ラルフ・マクドナルドが1978年発表した「ザ・パス」(1500円)です。彼の祖母アルバーサ・フリッツに捧げられた(ジャケットに使われています)このアルバムは、レコードとして発売された当初、片面すべてを使って「パス」という組曲を演奏しています。パーカッションを中心に、ナイジェリア出身の歌手たちが参加して、土着的なリズムでゴスペル感覚溢れる音楽が展開されます。アフリカ的リズムは、やがてラテン系のサウンドを取り込んでさらに盛り上がっていきます。打楽器こそ、すべての音楽の原点、それを生み出したアフリカへのリスペクト溢れる作品となりました。

 

 

 

吉田篤弘の「ソラシド」(新潮社/古書1200円)を読みました。タイトルの「ソラシド」は、「ドレミファ」に続いていることから明らかなように、音楽がメインテーマになってくる小説です。でも、音楽の知識をめったやたらと撒き散らすようなオタッキーな物語ではありません。青春小説です。

1968年冬。雑誌のレイアウトを仕事にしていたヤマザキ君は、連れ込み宿の上に住んでいました。「仕事にいかず部屋にいるときは、四六時中、レコードを聴いていた」と書かれているように、給料のすべてをレコードに使っていた男です。それから二十数年。今も同じ様な暮らしを続ける彼が、ある日、昔の雑誌の片隅に、女性二人が組んだ「ソラシド」というバンドの小さなコラム記事を見つけます。この二人の好きなアルバムが、自分が愛してやまないジョージ・ハリスンの「サボイ・トラッフル」というレコードだと書かれていました。そして、「ソラシド」はギター・ボーカルの森山空と、ダブルベースの有元薫の二人組だということでした。

「気になったのは『ダブルベース』という表記だった。『コントラバス』ではない。『コントラバス』なら想像がつく。女性の奏者も少ないけれど何人か知っている。が、女性の『ダブルベース』奏者はかなりめずらしい。」

指を使って弾くダブルベースが、ばかでかく重たい楽器であることを知るヤマザキ君は、このバンドに興味を持ち、彼女たちを探そうと動き出します。小説は、ほぼ全部、彼の「ソラシド」捜しを描いています。腹違いの妹オーや、ちょっと奇妙だけれど、面白い人物たちが登場して、彼を助けます。しかし、「ソラシド」は、今や完全ライブシーンから消息を絶っていて、一切のレコード、CDもありません。消えていった二人を追いかけていながら、それは、1968年の空気を、その時の自分の記憶を再生する旅へと向かっていきます。果たして、ヤマザキ君は、「ソラシド」の二人に出会えるのか、それは読んでのお楽しみですが、とてもとても素敵な幕切れが用意されています。登場人物たちが生きてきた時間の重さを背負いながらも、ヒョイと明日へのステップを踏み出す瞬間を描いて、物語は終ります。

こんな文章が心に残りました。

「あらゆる音楽は、もうここにいない人の痕跡になる。レコードとはそういうものだ。いまここではない過去の空気を、その空気の震えを再現すること」

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「星影の小径」は、1950年、小畑実の歌で発売された歌謡曲です。

ロマンチックなメロディーと、”I love you”と英語を用いたセンスの良さが功を奏して大ヒットしました。85年、ちあきなおみがそれをカバーしました。CMでも何度か使用されていたので、お馴染みだと思います。この曲を含むアルバム「星影の小径」のCD(2300円)、LP(貴重!4800円)を入荷しました。

47年、東京生まれのちあきは、10代の頃から米軍キャンプや、ジャズ喫茶、キャバレーで歌っていました。長い下積み生活で、実力を磨き、やがて72年「喝采」でレコード大賞を受賞しました。どちらかというと、演歌、歌謡曲のジャンルに入る歌手ですが、アルバム「星影の小径」は、センスのいいポップスで、余韻に浸れる傑作です。演歌でも、歌謡曲でもなく、中途半端なジャズテイストのアルバムでもなく、豊かな表現力を持ったちあきの歌唱力が聴かせます。

「静かに 静かに 手をとり 手をとり あなたの囁きは アカシアの香りよ」という「星影の小径」の出だしでそっと忍び寄る彼女の色気に、くすぐられてしまいます。多重録音っぽいボーカルアレンジとシンセサイザーの音が、どこか異郷の香りを運んできて、さらにマンドリンのような音が流れてくると、ほのかな海風が吹いて来ます。

そして、「星影の小径」シングル盤発売当時の、B面に入っていた「港の見える丘」も収録してあります。

「船の汽笛 むせび泣けば チラリホラリと 花弁 あなたと私に 降りかかる 春の午後でした」という歌詞に込められた、アンニュイな感情がすばらしい。ほとんど盛り上がらない曲調の歌なのに、ちあきが歌うと男と女の様々な恋物語が浮かんでくるから不思議です。

その次に登場するは、「上海帰りのリル」です。私が最初にこの曲を聴いたのは、根津甚八がカバーしたものだったと記憶しています。シブい哀愁のある歌い方が、かっこ良かった一曲でした。一方ちあきは、イタリアのファド、あるいはアルゼンチンタンゴ風のアレンジをバックに、感情を大きく表現することなく、ストイックに終わりまで歌いきります。余韻のある終り方も抜群です。アルバムを編曲したアレンジャーは、彼女が世界のあらゆる音楽に対応できると、確信していたのではないでしょうか。

ご承知のように、彼女は92年、夫だった俳優郷鍈治との死別をきっかけに一切の芸能活動を休止し、表舞台から姿を消して今日に至っています。95年公開の映画「GONIN」で、本木雅弘が、やくざの事務所に突っ込む、カッッコよすぎるシーンで、彼女の歌う「赤い花」が流れますが、これが最後のシングル盤となってしまいました。

勝手ながらレティシア書房は、5月7日(月)〜10日(木)連休させていただきます。

よろしくお願いします。

 

 

 

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音楽には、ジャズ、ロック、ソウル、ニューミュージック、クラシック、歌謡曲そして演歌と様々なジャンルがあります。おそらく人間の体のどこかで、その音を聴くのに相応しいスイッチがオンになって楽しむものなのでしょうね。けれども時には、ジャズのスイング感も、ロックのビート感も、クラシックの美意識も、あぁ〜めんどくさい!と思うことがあります。

そんな時、生活のリズムを邪魔しない、でも遠くで鳴っている美しい音が聴きたい時、ジャンルを逸脱した音楽はいかがでしょう。

大阪生まれのドラマー&作曲家、福盛進也のアルバム”For 2 Akis”(ドイツECM1900円)は、ジャズアルバムなんですが、これほどスイングしないアルバムもありません。編成はサックス、ドラム、ピアノのトリオです。ゴリゴリのジャズファンからは、お高く止まりやがってなんて声も出そうですが、難しくもなく、まるで大きな森の奥深くから聴こえてきそうな音楽です。選曲も全くジャズらしくありません。宮沢賢治「星祭りの歌」、小椋佳「愛燦々」、滝廉太郎「荒城の月」、そして阪神淡路大震災の時に歌われた「満月の夕べ」が並びます。一つ一つの音に込められた音楽家の深い思いが、余計なものを排除した、まるで水墨画みたいな世界へと誘ってくれます。満天の星空の下、一人で聴いてみたい音楽です。

 

もう一枚。伊藤ゴロー・アンサンブル「アーキテクト・ジョビン」(Verve国内製作2400円)。

伊藤ゴローは、作曲、編曲、音楽プロデュース、そしてギタリストとしてマルチに活躍する音楽家です。彼が、ボサノヴァ生みの親アントニオ・カルロス・ジョビン生誕90周年記念プロジェクトでリリースしたアルバムは、ジョビンだからと言って、お洒落なカフェで鳴ってる心地良いブラジル音楽ではありません。

ジョビンは後年、環境問題に深く関与し、アマゾン熱帯雨林保護運動を熱心に行っていました。そういう彼の音符ひとつひとつに彫り込まれた思想を深く読み取り、再構成した作品集で、ショパン、フォーレあたりの室内楽アンサンブルを聴いている感じです。かと言って、クラシック音楽にならず独自の世界を作り上げているところが良いと思います。

これら2枚のCDは、決して高揚感を与えてくれたり、夢見心地にしてくれるものではありません。けれども、心落ち着かせてくれます。

★連休のお知らせ 19日(月)20日(火)連休いたします

ピエール・バルーというフランスの歌手をご存知だろうか。名前は知らなくても、映画「男と女」でシャバダヴァダァ、シャバダヴァダァとちょっとアンニュイにボサノヴァ調で歌っていた人物といえば、あぁ〜、あのヒト、と思い起こす方もおられるはず。

歌手として、俳優として、映画監督として活躍したバルーは、2016年12月にこの世を去りました。生前、彼が立ち上げたレコード会社が「サラヴァ」で、ここから多くのアーティスティックなシンガーが送り出されました。

バルーの人生とサラヴァの軌跡を一冊にまとめたのが、松山晋也「ピエール・バルーとサラヴァの時代」(青土社/古書1800円)です。バルーは、「男と女」の影響もあって、どうもお洒落なフランス人シンガーというイメージが日本にはありますが、そうではなかったことが、この本を読むとわかります。

先ず、彼は大のアメリカ嫌いです。「アメリカは、自分たちは常に正しいという思い上がりを持ち、自分の考えを他人に押しつけようとする。」と呟いています。「男と女」がアカデミー外国映画賞を取った時、アメリカの土を踏みますが、「アメリカ人はいつも自分を見ている感じ、つまり自意識過剰だと感じられた。何をしていようが、常にアメリカンドリームに向かっている自分というものを意識している」と違和感を感じ、アメリカ以外の世界への無知無関心を批判します。

その一方、日本へは深い愛着を示し、多くの音楽家、アーティストとの交流を深めていきます。例えば、青森在住の画家鈴木正治との交友です。90年代にはサラヴァのロゴ・マークに鈴木の一筆描きの墨絵が加わり、それまでのキャッチコピー「無為を志す時代」に「スロウビスの王様たち」というコピーが加わりました。

「ショウビジネスではなくスロウビズ。ゆっくりやるというのは、私にとっても大事なことだ。本物の宝石は磨き上げるのに時間がかかるからね」と、このレーベールのポリシーを語っています。

では、バルーの音楽はそんなテーマ主義かと言えば全く違います。多くの民族音楽を取り入れながら、心の奥底にゆっくりと響いてくるサウンドを作り上げています。素敵なハンモックにユラユラさせてもらいながら、世界を旅する感覚ですね。

生前最後のオリジナルアルバム「ダルトニアン」(CD+DVD/対訳付き1100円)では、戸川昌子がメインボーカルで参加、バックは、ちんどん音楽の新しいサウンドを模索する「ネオちんどん楽団」の演奏も収録されています。古希を過ぎて、自分の来た道を振り返るような滋味深い作品です。

因みにタイトルの「ダルトニアン」は「色盲」という意味ですが、ピエールは「肌の色が区別できない、つまり私には人種差別はできないという」意味を込めたと語っています。

彼自身が選んだ2枚組のベスト「森の記憶」(2400円/対訳付き)のジャケットには、フランスのベーグル市長であり、緑の党に加盟しているノエル・マメール氏が「ピエール・バルーは詩人である。」と明言しています。対訳を読みながら、彼の言葉を味わってください。

 

●レティシア書房のお知らせ●

 年始年末 12月29日(金)〜1月4日(木)休業いたします。

 

 

 

 

音楽評論家荻原健太の「70年代シティポップクロニクル」(P・ヴァイン/古書1300円)は、70年代前半が、日本のポップスシーンに大きな地殻変動が起こった時期だったということを、アルバムを紹介しながら論じた貴重な一冊です。

はっぴいえんど、南佳孝、吉田美奈子、シュガーベイブ等々、日本のシテイミュージック創成期でした。そして著者は、73年「ひこうき雲」でシーンに登場した荒井由美を、「流麗な旋律、新鮮な転調、鮮やかな歌詞表現などすべてが驚きだった。」と当時を振り返っています。翌74年には、ユーミンは傑作「ミスリム」を発表し、日本のポップス・シーンは飛躍していきます。

さて、この本からは離れますが、70年代後半にデビューし、山下達郎と結婚した竹内まりやは、1987年「リクエスト」を発表しました。このアルバムに収録されている曲の半数は、当時のアイドルシンガーに提供された曲で、それを楽曲提供者がカバーした、いわゆるセルフカバーアルバムです。中森明菜で大ヒットした「駅」も収録されています。先日TVで、こ曲を巡る番組を偶然に目にしました。番組では、竹内のバージョンと中森のバージョンの差異を取り上げていました。

歌の内容は、かつて付き合っていた男性を車中で見かけた女性が、あの時代をメランコリックに思い出すというものです。竹内は、そんな時もあったよね、あの人を真剣に愛してたんだねと思い出しながらも、でも今は、違う人と新しい生活を始めていて、懐かしい心情で歌います。しかし、中森の方は、今でも思い出を引きずって未練たっぷりに歌い上げます。どちらがいいかは、聴かれる方の好みでしょう。

「ラッシュの人並にのまれて 消えてゆく 後ろ姿が やけに哀しく 心に残る 改札口を出る頃には 雨もやみかけた この頃に ありふれた夜がやって来る」

というラストの歌詞を二人の歌手が、それぞれの解釈で歌うと、違う世界が立ち現れて来るのです。このアルバム「リクエスト」(2000円)が発売30周年を記念してリマスターされて、ボーナストラック6曲を付けて再発されました。80年代青春を送ったあなたに、どんな風にあの頃が甦ってくるのか、是非聴いていただきたいと思いました。 

プロの歌手に向かって「程好い」などという、レッテルを貼られるのは嬉しくないことかもしれませんが、あまりにも上手すぎるシンガーも、ひたすら情感たっぷりに歌い上げるのも、静かな夜に聴くのには相応しくありませんね。赤ちゃんが気持ち良さそうに眠っているそばで、程好い加減で寄り添ってくれるシンガーこそ、この季節の友としたいものです。

NY出身のステイシー・ケントの2007年発表の”Breakfast on the Morning tram”(1800円)、訳すると「市外電車で朝食を」は、適度なスイング感と都会的センスに溢れたアルバムです。それまでスタンダードナンバーを歌ってきた彼女が、オリジナルナンバーに挑戦しています。その中の4曲の作詞は、ノーベル文学賞受賞でマスコミが大騒ぎした、日系作家のカズオ・イシグロ。元々、彼がステイシーのファンという縁で、作詞を担当したみたいです。因みにその内の「氷ホテル」は、柴田元幸翻訳「SWITCHvol.29/新訳ジャズ」(500円)に収録されていますので、イシグロファンはお見逃し無く。

次にご紹介するは、リー・ワイリーの”Night in Manhatan”(紙ジャケ仕様国内プレス1400円)です。ハロウィーンからクリスマスへと、喧噪の日々が続きますが、そんなざわついた街に背をむけて聴くなら、これです。古き良き時代のNYの香りが、そこかしこから漂うようなアルバムです。リー・ワイリーは、ベテランのジャズシンガー。「洒落すぎず、野暮にならず」に適度な上品さで歌ってくれるこのアルバムは、何度聴いても夢見心地です。暫く前に、ご近所の本屋さんの誠光社で安西水丸の個展があった時、このレコードがカウンター側に置かれてました。あ、ピッタリ!と店主のセンスの良さに拍手でした。

三人目は、日本人でボサノヴァを歌い続けている吉田慶子の「パレードのあとで/ナラ・レオンを歌う」(1600円)です。ボサノヴァのミューズと言われているナラのアルバムは、ブラジル音楽好きなら必ず持っているはず。60年代の軍事政権下のブラジルにあって、ナラは美しいボサノヴァを歌うことなく、暗い時代の母国に向き合ってきました。吉田は、そんな彼女の「強く、凛とした歌声、その生き方」に憧れてきました。ナラの没後20年の2009年に発表したアルバムでは、彼女へのリスペクトが一つ一つの言葉にあふれています。1998年、東北の小さなライブハウスで歌い始めて、今日までブラジル音楽一筋に来た吉田慶子。大好きなものを歌っているのよ私は、という自信と喜びに満ちたアルバムです。

すべて試聴OKです。

 

★臨時休業のお知らせ

11月6日(月)7日(火)連休いたします。

アメリカの音楽の原点といえば、奴隷として連れて来られた黒人が持ち込んだブルースと、スコットランドから移住してきた人達が作り出したブルーグラス、そしてニューオーリンズの酒場で生まれたジャズということになるでしょう。

そうした原点というべき音楽へのリスペクトを、色濃く反映させているミュージシャンのサウンドを「ルーツミュージック」と呼び、個人的には最も好きなアメリカンミュージックです。そんな、ルーツミュージックを日本人として追い求めているのが吉村瞳です。

1984年愛知県に生まれた彼女は、14歳のときエレキギター、18歳でスライドギターを始め、22歳でヴォーカリストとなります。アコースティックギターによるボトルネック、ラップスティール、リゾネイト・ギター等の、それぞれ個性的な音色を持ったギターを使い分け、アメリカ南部サウンドに根ざした音楽、ネイティヴ・アメリカンの音楽に影響を受けたロックンロールを、ソウルフルに歌いあげています。えっ?日本人が歌ってるの?と驚かれるかもしれません。

手元に彼女のアルバム「Isn’t it time」(1700円)があります。そのサウンドから見えてくるのは、どこまでも広がる青空とハイウェイ、そしてテンガロンハットを冠った男たちが牛追いをしている情景でしょう。

お馴染み「アメイジンググレイス」の最初で聴くことができる彼女のギターのブルース感覚を楽しんでいただきたいものです。多くの人がこの名曲を歌っていますが、乾いた大地の臭いと、大地に吹く風が、身体を駆け抜けるバージョンはないと思います。この曲に続く”Can’t Find My Way Home”で聞こえてくる、オルガンとギターのアンサンブルにも、やはりアメリカのルーツを垣間見ます。

乾いた大地の大空を舞うコンドルが歌う音楽とでも言えばいいのでしょうか。こんな音楽には、やはりバーボンウィスキーがピッタリですね。アルバムを最後を飾るのは、「テネシーワルツ」。南部の薫りの濃いサウンドで幕を閉じます。

 

 

★8月9日(水)〜20日(日)「レティシア書房 夏の古本市」を店内で開催します。個性的な28店のよりすぐりの古本が大集合です!(14日は休み)

暑い日が続きますが、お立ちよりください。


 

 

先日、「虹色の小舟」(2700円)という自主制作のCDを出された日高由貴さんが来店されました。ほぼ全曲、自作の詞で歌われた、あるジャンルにカテゴライズされない、素敵な作品です。

ジャズのようでそうではない、語りかけるようなシンガー&ソングライターでもない、ましてやクラシックでもなければ、ソウルフルなものでもない。こういう音楽って、上手く出来上がればオリジナリティーの高い作品になるのですが、どっちつかずで、失敗することにもなりかねません。

日高さんは、ジャズをベースにしながら、その世界に捉われることなく、良質のポップスを目指したことが良かったと思います。編成は、彼女のボーカルにサックス、ギター、ピアノ、ドラムス、ベースという典型的なジャズ五重奏団。

昨今、CDショップに並ぶべっぴんさん女性ジャズボーカルアルバムの、大げさな感情表現と無理にスイングしようとするアルバムとは逆の仕上がりになっています。大事なことは小さくつぶやくと言った詩人がいましたが、そういう世界です。

日本語で歌われている「マングローブの森へ」はこんな歌詞です。

「月夜のかなたで だれかが泣いている ただひとり いまこの想いを あなたのところへ ほらそっと ひとしずく 虹色の小舟にのせて ひとひらの花びらに 涙をのせて 流れゆく水のおく いまあなたからだれかへと 虹色のかなしみの向こう側 みどりの森へ」

サックスとピアノが静かに月夜に照らされたマングローブの森へと誘います。

私の最も好きなナンバーは、7曲目の「Shenandoah」です。19世紀から歌われているアメリカ合衆国の古い民謡で、歌詞から「オー・シェナンドー」(Oh, Shenandoah)とも、「広大なミズーリ川を越えて」(Across the Wide Misouri)とも呼ばれています。バージニア州を流れる大きな河で、西部劇「シェナンドー河」他でも使用されていて、何度か耳にした曲です。故郷への哀愁を思い起こさせるのですが、彼女は饒舌にならず静かに歌っています。この曲ではクラリネットも演奏されています。(出だしのクラリネットの音には涙が出そうです)

ゆっくりと、何度も味わってもらいたい音楽が、ここにはあります。

★試聴大歓迎です。本選びにも良い効果があるかも…….。

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”Spitfire”の意味ご存知ですか?第二次世界大戦時のイギリスの名戦闘機という発想をされた方は通ですね。

「口からつばを吐く」みたいな下品な意味のSpitと、Fire「火」という単語の組み合わせで、直訳すると「口から火を吹く」。大道芸人ではなく、実は激怒して相手をののしってる様を表しています。これ、女性に対して使われると、いい意味で言うと「炎のような女」みたいなニュアンスになります。
喧嘩になって、一言発すれば百言速射砲の如く返ってくる。リングで殴りあいすれば、一発パンチが入った瞬間、百発殴り返されるみたいな、強面で、堂々としていて、そしてカッコイイ女性シンガーのCDには、つい手が出ます。

社会人なりたての頃に聴いたボニー・レイト(68才ー今も現役)が、その最初です。R&B、ブルースの影響濃いギターサウンドとしゃがれた声は、いつ聴いても力をくれました。演奏姿を観たのは、反原発コンサート”No Nukes”のDVDで、名曲”Runaway”を歌ったシーン。いやぁ、貫禄十分。後で出て来るブルース・スプリングスティーンの強烈な個性も吹っ飛んでいました。余裕のある雰囲気で、「坊や、聴いてな」みたいな姐御肌がたまりません。お薦めは“Takin My Time”(LP1600円)

そして、ここ数年全米でも人気のテデスキ&トラックスバンドを引っ張るスーザン・テデスキ(47歳)。この人は、歌がかっこいい。ボニー・レイト同様にブルースフィーリング一杯の歌い方で、ある時は渋く、ある時はストロングに響いてきます。ライブ映像も文句なし。ただ、ギターの力量から言うと、夫君でバンドリーダーのデレク・トラックスが格段に上手い。でも出しゃばらずに、迫力ある彼女の後で、黙々とギターを弾き続ける姿がなんともいい感じ。姉さん女房のうしろに控える旦那風情がよろしい。(写真右はそのダンナ)お薦めはソロアルバム“Hope and Desire”(CD1500円)

最近ハマっているのは、英国出身のアデル(29歳)。Youtubeで見ることができる“Rolling in the Deep“で、その魅力に取り憑かれました。ダイエットなんてどこ吹く風みたいな腕太、足太からの歌声は”Spitfire”という言葉にピッタリかもしれません。ロイヤルアルバートホールでの2枚組ライブには、そのライブ映像が付いています。まぁ、喋る事、喋る事。大阪のねえちゃんの、あんな男捨てたわ、今、もっとええのんおるわ、みたいな関西弁(?)山盛りのトークですが、迫力あります。最後なんか素足で登場、楽しかったわ又来てなぁ〜!とカーテンコールに答えます。若いので、最初の二人に比べれば表現力という点では、まだまだですが、若いからこそ有無を言わさない、一気に突き抜ける姿は実に爽快です。(CD&DVD2200円)

これからのジメジメした季節、なかなか日々の生活にエンジンがかからない時、彼女たちのパワフルな歌声に力が湧いて来ます。

それにしても、皆さん腕っぷし強そうです………..。