ピエール・バルーというフランスの歌手をご存知だろうか。名前は知らなくても、映画「男と女」でシャバダヴァダァ、シャバダヴァダァとちょっとアンニュイにボサノヴァ調で歌っていた人物といえば、あぁ〜、あのヒト、と思い起こす方もおられるはず。

歌手として、俳優として、映画監督として活躍したバルーは、2016年12月にこの世を去りました。生前、彼が立ち上げたレコード会社が「サラヴァ」で、ここから多くのアーティスティックなシンガーが送り出されました。

バルーの人生とサラヴァの軌跡を一冊にまとめたのが、松山晋也「ピエール・バルーとサラヴァの時代」(青土社/古書1800円)です。バルーは、「男と女」の影響もあって、どうもお洒落なフランス人シンガーというイメージが日本にはありますが、そうではなかったことが、この本を読むとわかります。

先ず、彼は大のアメリカ嫌いです。「アメリカは、自分たちは常に正しいという思い上がりを持ち、自分の考えを他人に押しつけようとする。」と呟いています。「男と女」がアカデミー外国映画賞を取った時、アメリカの土を踏みますが、「アメリカ人はいつも自分を見ている感じ、つまり自意識過剰だと感じられた。何をしていようが、常にアメリカンドリームに向かっている自分というものを意識している」と違和感を感じ、アメリカ以外の世界への無知無関心を批判します。

その一方、日本へは深い愛着を示し、多くの音楽家、アーティストとの交流を深めていきます。例えば、青森在住の画家鈴木正治との交友です。90年代にはサラヴァのロゴ・マークに鈴木の一筆描きの墨絵が加わり、それまでのキャッチコピー「無為を志す時代」に「スロウビスの王様たち」というコピーが加わりました。

「ショウビジネスではなくスロウビズ。ゆっくりやるというのは、私にとっても大事なことだ。本物の宝石は磨き上げるのに時間がかかるからね」と、このレーベールのポリシーを語っています。

では、バルーの音楽はそんなテーマ主義かと言えば全く違います。多くの民族音楽を取り入れながら、心の奥底にゆっくりと響いてくるサウンドを作り上げています。素敵なハンモックにユラユラさせてもらいながら、世界を旅する感覚ですね。

生前最後のオリジナルアルバム「ダルトニアン」(CD+DVD/対訳付き1100円)では、戸川昌子がメインボーカルで参加、バックは、ちんどん音楽の新しいサウンドを模索する「ネオちんどん楽団」の演奏も収録されています。古希を過ぎて、自分の来た道を振り返るような滋味深い作品です。

因みにタイトルの「ダルトニアン」は「色盲」という意味ですが、ピエールは「肌の色が区別できない、つまり私には人種差別はできないという」意味を込めたと語っています。

彼自身が選んだ2枚組のベスト「森の記憶」(2400円/対訳付き)のジャケットには、フランスのベーグル市長であり、緑の党に加盟しているノエル・マメール氏が「ピエール・バルーは詩人である。」と明言しています。対訳を読みながら、彼の言葉を味わってください。

 

●レティシア書房のお知らせ●

 年始年末 12月29日(金)〜1月4日(木)休業いたします。

 

 

 

 

音楽評論家荻原健太の「70年代シティポップクロニクル」(P・ヴァイン/古書1300円)は、70年代前半が、日本のポップスシーンに大きな地殻変動が起こった時期だったということを、アルバムを紹介しながら論じた貴重な一冊です。

はっぴいえんど、南佳孝、吉田美奈子、シュガーベイブ等々、日本のシテイミュージック創成期でした。そして著者は、73年「ひこうき雲」でシーンに登場した荒井由美を、「流麗な旋律、新鮮な転調、鮮やかな歌詞表現などすべてが驚きだった。」と当時を振り返っています。翌74年には、ユーミンは傑作「ミスリム」を発表し、日本のポップス・シーンは飛躍していきます。

さて、この本からは離れますが、70年代後半にデビューし、山下達郎と結婚した竹内まりやは、1987年「リクエスト」を発表しました。このアルバムに収録されている曲の半数は、当時のアイドルシンガーに提供された曲で、それを楽曲提供者がカバーした、いわゆるセルフカバーアルバムです。中森明菜で大ヒットした「駅」も収録されています。先日TVで、こ曲を巡る番組を偶然に目にしました。番組では、竹内のバージョンと中森のバージョンの差異を取り上げていました。

歌の内容は、かつて付き合っていた男性を車中で見かけた女性が、あの時代をメランコリックに思い出すというものです。竹内は、そんな時もあったよね、あの人を真剣に愛してたんだねと思い出しながらも、でも今は、違う人と新しい生活を始めていて、懐かしい心情で歌います。しかし、中森の方は、今でも思い出を引きずって未練たっぷりに歌い上げます。どちらがいいかは、聴かれる方の好みでしょう。

「ラッシュの人並にのまれて 消えてゆく 後ろ姿が やけに哀しく 心に残る 改札口を出る頃には 雨もやみかけた この頃に ありふれた夜がやって来る」

というラストの歌詞を二人の歌手が、それぞれの解釈で歌うと、違う世界が立ち現れて来るのです。このアルバム「リクエスト」(2000円)が発売30周年を記念してリマスターされて、ボーナストラック6曲を付けて再発されました。80年代青春を送ったあなたに、どんな風にあの頃が甦ってくるのか、是非聴いていただきたいと思いました。 

プロの歌手に向かって「程好い」などという、レッテルを貼られるのは嬉しくないことかもしれませんが、あまりにも上手すぎるシンガーも、ひたすら情感たっぷりに歌い上げるのも、静かな夜に聴くのには相応しくありませんね。赤ちゃんが気持ち良さそうに眠っているそばで、程好い加減で寄り添ってくれるシンガーこそ、この季節の友としたいものです。

NY出身のステイシー・ケントの2007年発表の”Breakfast on the Morning tram”(1800円)、訳すると「市外電車で朝食を」は、適度なスイング感と都会的センスに溢れたアルバムです。それまでスタンダードナンバーを歌ってきた彼女が、オリジナルナンバーに挑戦しています。その中の4曲の作詞は、ノーベル文学賞受賞でマスコミが大騒ぎした、日系作家のカズオ・イシグロ。元々、彼がステイシーのファンという縁で、作詞を担当したみたいです。因みにその内の「氷ホテル」は、柴田元幸翻訳「SWITCHvol.29/新訳ジャズ」(500円)に収録されていますので、イシグロファンはお見逃し無く。

次にご紹介するは、リー・ワイリーの”Night in Manhatan”(紙ジャケ仕様国内プレス1400円)です。ハロウィーンからクリスマスへと、喧噪の日々が続きますが、そんなざわついた街に背をむけて聴くなら、これです。古き良き時代のNYの香りが、そこかしこから漂うようなアルバムです。リー・ワイリーは、ベテランのジャズシンガー。「洒落すぎず、野暮にならず」に適度な上品さで歌ってくれるこのアルバムは、何度聴いても夢見心地です。暫く前に、ご近所の本屋さんの誠光社で安西水丸の個展があった時、このレコードがカウンター側に置かれてました。あ、ピッタリ!と店主のセンスの良さに拍手でした。

三人目は、日本人でボサノヴァを歌い続けている吉田慶子の「パレードのあとで/ナラ・レオンを歌う」(1600円)です。ボサノヴァのミューズと言われているナラのアルバムは、ブラジル音楽好きなら必ず持っているはず。60年代の軍事政権下のブラジルにあって、ナラは美しいボサノヴァを歌うことなく、暗い時代の母国に向き合ってきました。吉田は、そんな彼女の「強く、凛とした歌声、その生き方」に憧れてきました。ナラの没後20年の2009年に発表したアルバムでは、彼女へのリスペクトが一つ一つの言葉にあふれています。1998年、東北の小さなライブハウスで歌い始めて、今日までブラジル音楽一筋に来た吉田慶子。大好きなものを歌っているのよ私は、という自信と喜びに満ちたアルバムです。

すべて試聴OKです。

 

★臨時休業のお知らせ

11月6日(月)7日(火)連休いたします。

アメリカの音楽の原点といえば、奴隷として連れて来られた黒人が持ち込んだブルースと、スコットランドから移住してきた人達が作り出したブルーグラス、そしてニューオーリンズの酒場で生まれたジャズということになるでしょう。

そうした原点というべき音楽へのリスペクトを、色濃く反映させているミュージシャンのサウンドを「ルーツミュージック」と呼び、個人的には最も好きなアメリカンミュージックです。そんな、ルーツミュージックを日本人として追い求めているのが吉村瞳です。

1984年愛知県に生まれた彼女は、14歳のときエレキギター、18歳でスライドギターを始め、22歳でヴォーカリストとなります。アコースティックギターによるボトルネック、ラップスティール、リゾネイト・ギター等の、それぞれ個性的な音色を持ったギターを使い分け、アメリカ南部サウンドに根ざした音楽、ネイティヴ・アメリカンの音楽に影響を受けたロックンロールを、ソウルフルに歌いあげています。えっ?日本人が歌ってるの?と驚かれるかもしれません。

手元に彼女のアルバム「Isn’t it time」(1700円)があります。そのサウンドから見えてくるのは、どこまでも広がる青空とハイウェイ、そしてテンガロンハットを冠った男たちが牛追いをしている情景でしょう。

お馴染み「アメイジンググレイス」の最初で聴くことができる彼女のギターのブルース感覚を楽しんでいただきたいものです。多くの人がこの名曲を歌っていますが、乾いた大地の臭いと、大地に吹く風が、身体を駆け抜けるバージョンはないと思います。この曲に続く”Can’t Find My Way Home”で聞こえてくる、オルガンとギターのアンサンブルにも、やはりアメリカのルーツを垣間見ます。

乾いた大地の大空を舞うコンドルが歌う音楽とでも言えばいいのでしょうか。こんな音楽には、やはりバーボンウィスキーがピッタリですね。アルバムを最後を飾るのは、「テネシーワルツ」。南部の薫りの濃いサウンドで幕を閉じます。

 

 

★8月9日(水)〜20日(日)「レティシア書房 夏の古本市」を店内で開催します。個性的な28店のよりすぐりの古本が大集合です!(14日は休み)

暑い日が続きますが、お立ちよりください。


 

 

先日、「虹色の小舟」(2700円)という自主制作のCDを出された日高由貴さんが来店されました。ほぼ全曲、自作の詞で歌われた、あるジャンルにカテゴライズされない、素敵な作品です。

ジャズのようでそうではない、語りかけるようなシンガー&ソングライターでもない、ましてやクラシックでもなければ、ソウルフルなものでもない。こういう音楽って、上手く出来上がればオリジナリティーの高い作品になるのですが、どっちつかずで、失敗することにもなりかねません。

日高さんは、ジャズをベースにしながら、その世界に捉われることなく、良質のポップスを目指したことが良かったと思います。編成は、彼女のボーカルにサックス、ギター、ピアノ、ドラムス、ベースという典型的なジャズ五重奏団。

昨今、CDショップに並ぶべっぴんさん女性ジャズボーカルアルバムの、大げさな感情表現と無理にスイングしようとするアルバムとは逆の仕上がりになっています。大事なことは小さくつぶやくと言った詩人がいましたが、そういう世界です。

日本語で歌われている「マングローブの森へ」はこんな歌詞です。

「月夜のかなたで だれかが泣いている ただひとり いまこの想いを あなたのところへ ほらそっと ひとしずく 虹色の小舟にのせて ひとひらの花びらに 涙をのせて 流れゆく水のおく いまあなたからだれかへと 虹色のかなしみの向こう側 みどりの森へ」

サックスとピアノが静かに月夜に照らされたマングローブの森へと誘います。

私の最も好きなナンバーは、7曲目の「Shenandoah」です。19世紀から歌われているアメリカ合衆国の古い民謡で、歌詞から「オー・シェナンドー」(Oh, Shenandoah)とも、「広大なミズーリ川を越えて」(Across the Wide Misouri)とも呼ばれています。バージニア州を流れる大きな河で、西部劇「シェナンドー河」他でも使用されていて、何度か耳にした曲です。故郷への哀愁を思い起こさせるのですが、彼女は饒舌にならず静かに歌っています。この曲ではクラリネットも演奏されています。(出だしのクラリネットの音には涙が出そうです)

ゆっくりと、何度も味わってもらいたい音楽が、ここにはあります。

★試聴大歓迎です。本選びにも良い効果があるかも…….。

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”Spitfire”の意味ご存知ですか?第二次世界大戦時のイギリスの名戦闘機という発想をされた方は通ですね。

「口からつばを吐く」みたいな下品な意味のSpitと、Fire「火」という単語の組み合わせで、直訳すると「口から火を吹く」。大道芸人ではなく、実は激怒して相手をののしってる様を表しています。これ、女性に対して使われると、いい意味で言うと「炎のような女」みたいなニュアンスになります。
喧嘩になって、一言発すれば百言速射砲の如く返ってくる。リングで殴りあいすれば、一発パンチが入った瞬間、百発殴り返されるみたいな、強面で、堂々としていて、そしてカッコイイ女性シンガーのCDには、つい手が出ます。

社会人なりたての頃に聴いたボニー・レイト(68才ー今も現役)が、その最初です。R&B、ブルースの影響濃いギターサウンドとしゃがれた声は、いつ聴いても力をくれました。演奏姿を観たのは、反原発コンサート”No Nukes”のDVDで、名曲”Runaway”を歌ったシーン。いやぁ、貫禄十分。後で出て来るブルース・スプリングスティーンの強烈な個性も吹っ飛んでいました。余裕のある雰囲気で、「坊や、聴いてな」みたいな姐御肌がたまりません。お薦めは“Takin My Time”(LP1600円)

そして、ここ数年全米でも人気のテデスキ&トラックスバンドを引っ張るスーザン・テデスキ(47歳)。この人は、歌がかっこいい。ボニー・レイト同様にブルースフィーリング一杯の歌い方で、ある時は渋く、ある時はストロングに響いてきます。ライブ映像も文句なし。ただ、ギターの力量から言うと、夫君でバンドリーダーのデレク・トラックスが格段に上手い。でも出しゃばらずに、迫力ある彼女の後で、黙々とギターを弾き続ける姿がなんともいい感じ。姉さん女房のうしろに控える旦那風情がよろしい。(写真右はそのダンナ)お薦めはソロアルバム“Hope and Desire”(CD1500円)

最近ハマっているのは、英国出身のアデル(29歳)。Youtubeで見ることができる“Rolling in the Deep“で、その魅力に取り憑かれました。ダイエットなんてどこ吹く風みたいな腕太、足太からの歌声は”Spitfire”という言葉にピッタリかもしれません。ロイヤルアルバートホールでの2枚組ライブには、そのライブ映像が付いています。まぁ、喋る事、喋る事。大阪のねえちゃんの、あんな男捨てたわ、今、もっとええのんおるわ、みたいな関西弁(?)山盛りのトークですが、迫力あります。最後なんか素足で登場、楽しかったわ又来てなぁ〜!とカーテンコールに答えます。若いので、最初の二人に比べれば表現力という点では、まだまだですが、若いからこそ有無を言わさない、一気に突き抜ける姿は実に爽快です。(CD&DVD2200円)

これからのジメジメした季節、なかなか日々の生活にエンジンがかからない時、彼女たちのパワフルな歌声に力が湧いて来ます。

それにしても、皆さん腕っぷし強そうです………..。

クラシックファンのみならず、あらゆるジャンルの音楽ファンに支持されているピアニスト、グレン・グールドの膨大なアルバムから、ちょっと面白い企画物CDが入荷しました。

1枚は、グールドの音楽を使った映画を集めた「グールド・アット・ザ・シネマ」(SONY/国内盤1600円)です。

カート・ヴォネガッドjrの奇想天外な小説「スローターハウス5」は、「明日に向かって撃て」や「スティング」で有名なジョージ・R・ヒルが監督し、グールドの演奏が映画の中で使用されました。原作者ヴォネガッドjrは、この映画をくだらないと発言していましたが、時空を巡る原作を、SF的手法で巧みに映像化していて、ジョージ・R・ヒルの傑作だと思います。バッハ「ゴールドベルグ変奏曲」他のグールドのピアノが静かに画面に溶け込んでいきます。

もう一枚は、坂本龍一がセレクトした「グレン・グールド」(SONY/国内盤2CD2500円)です。お馴染みのグールドベストではなく、坂本的感性で選ばれた作品集で、あぁ〜この瞑想的な雰囲気は坂本らしいな、と感心します。グールドと言えばバッハですが、バッハはたった2曲のみという布陣です。

グールド関連の書籍も沢山出ていますが、あまりにも学究的なものは退屈してきます。やはり一番のお薦めは「グレン・グールドとの対話」(晶文社950円)でしょう。とはいえ、音楽の技法の話になると、私には「???」なので、吹っ飛ばしましたが。クラシック界きっての変人、奇人扱いされているグールドが、「北極圏で少なくとも一回越冬してみたい。太陽のある夏ならだれでも行けるが、ぼくの行きたいのは、太陽のないとき。本当に行ってみたい」と北極への憧れを告白したりと、素顔の彼を知ることのできる一冊です。

そして、フランスの精神分析学者、ミシェル・シュネデール「グレン・グールド孤独のアリア」(ちくま学芸文庫600円)も、やや難解ですが、面白い本です。

「グールドは性的なるものへと話題が及ぶのを好まなかった。彼がバーブラ・ストライザンドを高く買うのも、こまやかな愛情のセンスが彼女にそなわっており、それはあからさまに肉体的接触を求めたりするような種類のものではないということによる。」なんて、記述には驚かされました。

最近入荷した、青柳いずみこ「グレン・グールド」(筑摩書房1500円)も、グールドファンなら手に取ってみてください。

 

なお、この「坂本龍一セレクトグレン・グールド」CDが載っている重量感ケースはハンドメイドの作品です。興味のある方はKADEFのHPをご覧下さい。

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当店で配布しているJAZZの無料ペーパー「WAY OUT WEST」というミニコミ紙から、影響を受けたジャズの本を3冊選んでくださいという企画がありました。何を紹介したかは次号をご覧いただくとして、ジャズプレイヤーとしても、人間としても、この凄味と深い思想には、敵わないと思える人物が一人います。

ピアニスト、作曲家、オーケストラ指揮者の秋吉敏子。大学時代のこと、高野悦子の「二十歳の原点」にも登場するジャズ喫茶「シアンクレール」で、煙草プカプカさせながら、うつらうつらジャズを聴いていた時、いきなり小鼓と大鼓の音が巨大なスピーカーから流れてきました。なんだ、なんだ、ここは邦楽も鳴らすのか?と思っていたら、まるで尺八みたいなフルートが流れてきたのです。そして分厚いホーンセクションが、能の地謡みたいな重々しいサウンドを奏で出しました。

レコードを見せてもらうと、「秋吉敏子&ルー・タバキンビッグバンド/孤軍」と書かれていました。ここからです、彼女の音楽家としての人生に興味を持ったのは。1956年、たった一人で渡米して、ジャズプレイヤーとしての修行が始まります。日本から来た女性ということで、バカにされたり差別されたりした事がたくさんあったと思いますが、着々と頭角を表わし、なんと自分のオーケストラを持つに至りました。しかも、このオーケストラは、彼女の作曲したものしか演奏しない、スタンダードナンバーなんて絶対にやらないという、あり得ないビッグバンドです。

当然「孤軍」も彼女の作曲です。おそらく、たった一人でアメリカで音楽を追求した自分の人生を象徴させたタイトルなんでしょう。深く心に突き刺さってくる音楽です。このアルバムの2年後、「インサイツ」という作品を発表。この中に「ミナマタ」という組曲が入っていました。観世寿夫、亀井忠雄らの能楽家も参加したこの曲は、タイトルから分かるように水俣の公害病と、病に苦しむ街を音楽で表現したものです。凄いな、ジャズでここまでやるんだ!と驚きました。

その後、「ヒロシマーそして終焉から」とうアルバムで、未来の平和を祈るアルバムを発表します。原爆記念日の8月6日、ヒロシマでお披露目公演が行われ、CD化されました(1300円)。曲は三章に分かれていて、第二章で、重森涼子さんが原爆落下直後の惨状を朗読します。そして、第三章では「これは原爆の無い世界、そして願わくは平和な世界を、と云う、広島からの愛と希望を込めた、全世界へのメッセージです」というナレーションと共に、力強いジャズサウンドが爆発します。会場にいた人達は恐ろしいほど深い感動に包まれたことでしょう。

1929年満州生まれ、今年88歳。長い人生をひたむきにジャズに生きてきた女性です。彼女の音楽に出会えたことに感謝します。

蛇足ながら、you tubeで彼女のオーケストラと和太鼓奏者林栄哲のNYでのコラボライブが観ることができます。夫君ルー・タバキンと林の凄まじいアドリブはジャズも、邦楽も飛び越した唯一無比の音楽を作り出しています。

なお「孤軍」はアナログレコードのみ在庫があります。(800円)

 

★レティシア書房臨時休業のお知らせ 4月17日(月)18日(火)連休いたします。

 

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私は、時代小説を読まない。まず、長い。司馬遼太郎なんて文庫で平気で5巻とか6巻とかあります。そんな長編を読む時間はない。それに、時代小説は、当然ながら登場人物の名前が漢字だらけで、誰が誰だかわからなくなってしまうし(私だけ?)。さらに、役職が山ほど登場するでしょう。与力、同心、旗本、大目付に老中と官職野郎が溢れ返ってさらに混乱。ゆえに、読まない、いや、読まなかったのだが…….。

藤沢周平の短篇集「日暮れ竹河岸」(文藝春秋700円)を知って、方向が変わりそうです。藤沢はご承知のように、文章が美しい。日本的美意識が隅々まで浸透しています。しかも、この短篇集にはお武家様は登場しないので、江戸の街中に慎ましく生きる人達の、人生の一瞬を切り取ったほろ苦い話ばかりです。

その中の一編「おぼろ月」。老舗の糸問屋の娘で、嫁入りもきまっているおさとは、何もかも順風な人生なのだが、これが私の人生?と不安が過るある日、友人宅に行った帰りに、転けてしまい下駄の緒が切れてしまいます。そこへ、直してあげましょうとちょいといい男が声をかけてきます。知らない男についてゆく不安と、どこか悪い気がしない自分の感情が交錯する。お酒でも誘われるかもと思っていた矢先、男はでは行きますかと立上がります。

「はいっ?どこへ?」おさとは兎のようにとび上がって言った。「どこへって、お家に帰るんでしょう?」

一人勝手な妄想にふけっていた娘を尻目に「男は気をつけてな、と言って、あっけなく背を向けた」

安堵感と胸の高ぶりに、ふふふと笑いながら、おぼろ月夜の道を帰っていきます。ただ、それだけのお話ですが、いいんですね。粋ですね、この男も。

たまたま、この短篇集を読んでいる時、ビートルズのバラード集「ビートルズ・バラード・ベスト20」をかけていました。ちょうど名曲”Here Comes Sun” が鳴っていました。これがバックグラウンドミュージックとしてドンピシャだったのです。ギターのイントロ部分が、おさとの、ちよっと切ない気分を表現しています。え?ビートルズが藤沢に合う?? そのままこのアルバムを聞きながら読み切りました。私の思い込みかもしれませんが、いやぁ〜、こんな事ってあるんですね。ためしに、他のミュージシャンのアルバムかけてみたのですが、イマイチでした。

そう言えば、当店の朗読会で、藤沢の短篇に、ギターを伴奏されていた方は、エリック・クラプトンを弾いていて、藤沢の描く冬の情景にピッタリだったことを思いだしました。

なお、このバラード集はCD化されていません。今手元にあるレコード(国内盤/帯付き2500円)でしか聞く事ができません。ルソーの絵みたいなジャケットも面白い、ちょっとレアなレコードかも………。

 

書評家の岡崎武志さんの新刊「気がついたらいつも本ばかり読んでいた」(原書房)を読んでいたら、こんな記述にぶつかりました。

「蓮實重彦を代表とする映画の高踏的ファンのあいだで、フランシス・レイが好き、というのは、文学好きのあいだで、相田みつおが好き、というぐらい勇気がいる。しかし、好きという気持ちはどうしようもない。」

岡崎さんは、映画「男と女」のサントラを担当したフランシス・レイのことを賞賛しているのですが、ロマンティシズムとリリシズム一杯の、あの音楽を誉めるのは、気が引けるのかもしれません。私は大好きです、このサントラは。

これほど冬にピッタリの音楽はないと思います。もしかしたら夏にかけたら、うざい!と再生を止めてしまうかもしれません。ところが晩秋から冬にかけて聴くと、これほど季節に寄り添った音楽は、ないでしょうね。映画界に革命をもたらした「男と女」は、その後多くのTVコマーシャルでパクられる程有名でしたが、映画を知らなくても、雪の降った日にエンドレスで流しておけば、見慣れた街の風景が全く違ってみえてくるかも。

映画音楽というのは、もちろん映画に属しているのですが、「男と女」は完全に独立した力の持った音楽でありながら、映画の世界を深く語るだけのサウンドを持つ希有なアルバムです。店にはレコード2000円、CD1400円を置いています。どちらも、オリジナルの映画ポスターをジャケットに使用しています。

このサントラで歌っている歌手であり、出演者でもあったピエール・バルーが昨年82歳で亡くなりました。歌手であり、俳優であり、レコードレーベル「サラヴァ」の創設者であるという、多面的な活動をしていました。彼のデヴュー作品、フランシスとコラボしたアルバム「VIVRE」(1800円)も、これまた冬に聴くべき音楽だと思っています。梅雨時分に聴くと、ドロドロと心が溶けてしまいそうなので御注意ください。

モノクロームな光景とアンニュイな雰囲気、そして孤独感。フランシスのアコーディオンがそっと寄り添うところがニクイですね。ピエールはこんな風に冬を歌っています

「冬のある日、光を浴びて君が目覚めた とまどう冬 冬の太陽 君が見つめている僕だけの心が目覚めた 鳥は僕の夏に向かって鳴いた」

★2月8日(水)〜19日(日)レティシア書房恒例「女子の古本市」を開催いたします。

東京、岐阜、神戸、大阪、滋賀、京都から20数店の女性店主がセレクトしたステキな本が、所狭しと並びます。ご来店お待ちしています。