木ノ戸昌幸「まともがゆれる」(朝日出版社 / 古書1200円)を読もうと思ったのは、この本の最後に載っている稲垣えみ子(アフロヘアの元朝日新聞記者)の寄稿「救う人、救われる人」に書かれているこんな文章に出会ったからです。

「愛が地球を救うんじゃなくて ダメが地球を救う」

元々、胡散臭かったTV番組「愛が地球を救う」を茶化しているところが面白く、ところで、文章に登場する「ダメ」って何のことよと、読み始めました。著者は地元京都で活躍されている方だったんですね。

木ノ戸さんは立命館大学卒業後、紆余曲折を経て、2006年京都上賀茂に NPO法人「スィング」を設立されました。ここでは、障害を持つ人、持たない人三十人ほどが働いています。芸術創作活動をする「オレたちひょうげん族」、全身ブルーの戦隊ヒーローに扮して清掃活動を行う「ゴミコロリン」、特殊な記憶力を持つ人たちの京都人力交通案内「アナタの行き先、教えます」隊、等々柔軟な思考で様々な活動をしています。

本書は、障害者の現場を捉えた本でもありませんし、その啓蒙の本でもありません。この法人を立ち上げるなかで、今の世の生きづらさを斜めから見て、既存の価値観を揺さぶる本です。この法人のモットーに「ギリギリアウトを狙う」というのがあります。

始業時間はバラバラ、眠くなれば昼寝もOK、理由なく休みをとることも大丈夫。これは、「知らぬ間に僕たちの内面に巣食ってしまった窮屈な許容範囲の、ちょっと外側に勇気を持って足を踏み入れ自己規制を解除し続けることで、かつてアウトだったものが少しづつセーフに変わってゆき、『普通』や『まとも』や『当たり前』の領域が、言い換えれば『生きやすさ』の幅が広がってゆく」ことにつながってゆくことになるのです。

スィングには、様々な人たちが出入りします。親の年金でキャバクラへ通い、自己嫌悪で引きこもっていたMさん。「何だ、大人がそんな弱気で。もっとしゃんとしろ」と世間はそう見ます。しかし、そうなのか?、そりゃ、生きていくには強さは必要だが、裏側には必ず弱さもあります。

「ひたすら強さばかりを求める社会を僕は憎む。勉強が、仕事が、要領よくできなければ落伍者なのだろうか?恋愛が、人付き合いが、うまくできないと負け組なのだろうか?毎日は、人生は、楽しまなければ意味がないのだろうか?いい大人が『助けて』と、もう『ダメ』と両手を上げ、子供のように泣きわめいてはいけないのだろうか?

強い自分こそが他者に、そして社会に認められる価値があると教えられ、互いに強さばかりを見せ合い、そんな自分を失うことに怯え続けなければならないこの社会に、一体誰が安心して身を委ねることができるだろう。」

「スィング」に集まる人々の言動を通して、コチコチに固まった我々の固定観念を、あれ?これオカシイよね、と、立ち止まらせてくれる力をこの本は持っています。

ところで、当店でこの法人のフリーぺーパーを扱っていることを思い出しました。あの時来ていた人が著者だったのかも……..お見逸れしていました。「SWINGING」という冊子ですが、今も置いています。