「天国の風-アジア短編ベストセレクション」(新潮社/古書900円)は、作家の高樹のぶ子が、5年間かけてアジア各国を訪問し、見出した10カ国の作家たちによる10篇の短編小説を集めたものです。

ベトナム、タイ、インド、台湾、モンゴル、インドネシア、中国、フィリピン、韓国、マレーシアの作家が登場します。いいなぁと思ったのは、各小説の前に高樹自身が作家に会った時の印象を綴っていることです。この印象記がどれも素敵です。

さて、作品ですが、これまたどれも面白い!

韓国のパク・ワンソの「親切な福姫さん」は、右半身が麻痺した夫を介護する妻が、自分の人生を振り返る物語で、決して明るいものではありません。

「半身不随になってからもみなぎる精力は相変わらずのようで、言葉がうまく発せられずにそれが叫び声のようになる時は、窓がみなカタカタと揺れる。もともと精力あふれる壮健な男だった。犬のように稼いで大臣のように金を使うのが理想の単純な男が、年老いて病み、腐った袋のように朽ち落ちそうなのを見ながら、私はいたましいと感じるよりは奇怪な幻想にとらわれる。あの男はいったい何を考えているのだろうか。」

と冷酷に夫を見つめていきます。そんな身体になったにも関わらず、薬局にバイアグラを買いに行った夫への殺意、憎しみが一気に暴発するラストまで緊張感あふれる文章にまいりました。

一方、中国のパン・シアンリーの「謝秋娘よ、いつまでも」は、高樹曰く「『食べる』ことの意味、『食べさせる仕事」に生涯を掛けた主人公の人生」を切なく、美しく描いています。極上の短編小説を読んだという満足感を得られます。

「日の光が温かいだけでなく、外を吹く風までもがとてもやさしくなったように感じる。ぼくとミナは、これからはずっと同じ性を共有する者同士として暮らすのだ。」という文章で幕を閉じる「ぼくと妻/女神」は、タイの作家カム・パカーの作品です。性転換手術をして女性の身体になったぼくと妻の物語は、濃い性愛場面も登場しますが、重たくもならず、二人の幸せを見つめる姿が愛しく描かれています。

一日一作品づつ読んでみたらいかがでしょう。様々な顔を持つアジアにゆっくりと浸れますよ。

 

☆レティシア書房のお知らせ   
次週1月25日(水)〜29日(日) 「海外文学」セールを行います。特価商品がいっぱい!

 

う〜ん、こんな新しい感覚の文学が、韓国から出るんですね。タイトルは「ギター・ブギー・シャッフル」(新泉社/新刊2200円)。著者はイ・ジン。タイトルから、懐かしい曲!と思われた方は音楽通かも。これ、ベンチャーズの曲がタイトルになっています。

朝鮮戦争で孤児になった青年が、ギター片手にショービジネスの世界で活躍するという「青春」ものです。すらすらと読める小説ですが、作家のいとうせいこうは「日本の市場にエンターテイメント小説が入ってきたことになる。だが、かの国の文学の特徴でもある社会と個人の軋轢は決して消えることがない。この辺は日本との大きな違いだろう」とその深さを語っています。

二十冊ほどですが、新しいアジア文学が揃いましたので、海外文学のコーナーに特集を組みました。以前、ブログで紹介したウー・ミンイーの「歩道橋の魔術師」や、イ・ヨンドクの「あなたが私を竹槍で突き殺す前に」も再入荷しました。

一方、韓国、済州島の詩人ホ・ヨンソンの詩集「海女たち」(新泉社/新刊2200円)も邦訳されました。日本統治下の済州島での海女闘争、出稼ぎや徴用といった悲劇的歴史を背景に、時の権力に立ち向かった海女たちの姿を詩という形で表現したものです。

そうかと思えば、これも紹介したことのあるクミ・ホンビの痛快な女性たちが登場する「女の答えはピッチある」(白水社/古書1300円)のようなエッセイも楽しむことができます。また「82年生まれ、キム・ジョン」のチョ・ナムジュが2018年に出した短編集「彼女の名前は」(筑摩書房/古書1200円)も読んでおきたい一冊です。28編の物語から、暮らしの中に潜む不条理に女性たちが声を上げています。

割と早くからアジアの文学書を翻訳していた九州の出版社、書肆侃々房から出ているチェ・ウンミの「第九の波」(書肆侃々房/新刊2090円)は、欲望渦巻く町で起こる奇怪な事件をベースにした社会派の小説で、私が今最も読んでみたい一冊です。カルト教団が蠢き、原子力発電所誘致を巡っての利権争い、監視し合う住民たちなど、どす黒い世界が舞台です。

 

★レティシア書房 年末年始の休み

12月28日(月)〜1月5日(火)休業いたします。よろしくお願いいたします。