ミニプレス「よあけのたび」の、第2号発刊を記念して、「Have a wonderful morning 」と題した展示が今日から始まりました。

「よあけのたび」は、主に京都(他に鎌倉、尾道)のカフェなどの朝ごはん巡りが、エッセイと写真と楽しいイラストマップで書かれています。著者はまごさん。1000件以上のモーニング巡りをした朝型人間だそうで、朝の魅力を発信し続けています。早朝街を散歩していて、ふと気になったカフェに立ち寄りモーニングを注文する。まごさんは、店の佇まい、ドアを押して入った印象や、その時の気分を丁寧に綴っていきます。コーヒーの匂いが立ち上ってきて、店主との静かな対話、食器の音などが聞こえてくるようです。すぐにでも食べたくなるような美味しそうなトーストやサンドウィッチ、これは危険な本です。

いつも市内のカフェの情報を携えてレティシア書房に立ち寄ってくださるIさんに、昨年まごさんのミニプレスを教えてもらい、その後何度も追加注文している人気のミニプレス(2021年5月30日の店長日誌で紹介)。京都に長く住んでいますが、カフェでモーニングという時間を持たないまま暮らしてきました。「よあけのたび」を手にしたら、これを体験しないのは人生の楽しみを半分損してたのではないかと焦ります。

「わたしにとって朝の時間は、たとえ近所でも、コーヒーとトーストというシンプルな食事でも、旅をしているときに感じる非日常のような特別な時間です。」と、「よあけのたび」の1号に書かれていました。そして待望の第2号。冒頭にはこう書かれています。

「なんでもない日が少し特別に思えるから、夜明けのたびにワクワクする。それは旅へ出る日のように。」小さな旅は、今こんな時期にこそ大切なものかもしれません。

今回の個展では、まごさんの作った張り子の狸と、 ミニチュアフードを手がけるBonchi Kyotoさんとの「たぬきの朝ごはん」というコラボ企画も!!これがメチャクチャ可愛い!!たぬきの朝ごはんに、時を忘れて見入ってしまうこと請け合いです。(張り子のたぬきは販売しています。)その他、朝の散歩に持っていきたいオリジナルマルシェバッグなども販売していますので手にとってご覧ください。

そしてさらに、「思い出の朝ごはんを描かせてください」というinstagramを通じての呼びかけに寄せてもらった文章とともに、まごさんのイラストが並んだ「思い出の朝絵ご飯」(写真左)という、盛り沢山の展示となりました。食欲の秋、まごさんの展覧会でお腹いっぱいになってください。(女房)

 

 

朝ごはん巡りミニエッセイ本「よあけのたび2」発刊記念展

『Have a wonderful morning 』は、11月16日(水)〜27日(日) 13:00〜19:00(最終日は18:00まで)月火定休日

 

大阪出身で京都大学卒業の作家、万城目学には関西を舞台にした小説が何点かあります。京都が舞台の「鴨川ホルモー」、奈良が舞台の「鹿男あおによし」、大阪が舞台の「プリンセス・トヨトミ」など奇想天外な物語ながら小説を読む醍醐味に溢れた作品が多く、私の好きな作家の一人です。

今年、十数年ぶりにエッセイ集「万感のおもい」(夏葉社/新刊1760円)が出ました。その中に「京都へのおもい」と題した章があります。2017年に京都新聞に掲載された三点を含めたものですが、京都の夏の大文字送り火について書いています。これが名文です。

「大学に通うべく京都で下宿していた五年間のうち、送り火を見たのは二度だったけれど、あの肌を不快に押し包む夜の湿気、大文字山の斜面におぼろに浮かぶ炎の等間隔、火が消えると同時に訪れる寂蓼の気配、さらに給水タンクにおそるおそる立つ感覚は、今もって忘れられない。」

ん?給水タンク??

「そう、私にとって送り火といったら、給水タンクなのだ。ところで、京都に長年住む人でも、五つの送り火すべてを同時に見た経験を持つ方は少ないのではないか。私は五つ、ひとときにみたことがある」

それが、京都大学校舎の屋上で、当夜、学生たちが「ゾンビ映画の如く、館内の消灯済みの暗い階段を上がっていく。」そして、屋上の給水タンクに登って五山送り火を見たらしい。

大文字の送り火にちなんだエッセイとしては、格別の味わいがあると思います。

また、京大付近にズラリと並んでいた名物とも言える立て看板が、大学側の要請で撤去されたことについて、著者はこんな感想を持っています。

「私は京大が結界を失ったように思えてならない。やがて大学も、学生も、結果的に目指すことになる『普通の大学』になったとき、気づくのではないか。」

つまり、京大生がアホなことしても、まぁ、京大はんなら、しゃあないなぁ〜みたいな生ぬるい擁護や、居並ぶ立て看絵を見て怖くて構内に入れなかった、みたいな普通ではない特別な何かが目減りしていることに気づくのではないか、と。

「結界の消滅とともに、『アホが今日もアホしてる』と無形の安心感を与えてくれた依代も立ち去ったことを。何より、今の社会がのどから手が出るほど欲しがっている若者の元気を、いとも容易く手放してしまったことを。」

京大の立て看撤去について、一時様々な意見を新聞等で読みましたが、万城目のこのエッセイが最も、うん成る程!と思わせてくれました。

久々に密度の濃いエッセイを楽しみました。ところで、今、レティシア書房では「上野かおる装幀術展」を開催中ですが、いつものことながら夏葉社の今回の装幀も素敵です。

 

京都に住んでる方以外は、山科と言われてもピンと来ないかもしれません。ざっくり言えば、京都市の東側に広がる山科盆地北部と、周辺の山地が山科区です。砂岸あろ著「月の家の人びと」(エデイションf /新刊1870円)は、この山科に在る古い屋敷に住む人々の物語です。

実は、もう一つ山科を舞台にした小説があります。梨木香歩の「家守奇譚」(新潮社/古書900円)です。こちらも古風な家に住む青年の不思議な物語で、どうも古風な屋敷がピッタリするエリアなのかもしれません。

「月の家の人びと」に登場する家は、こんな感じです。

「北側の玄関を入って、応接間の東側に八畳の座敷、西側には六畳の洋間、六畳の和室、障子をへだてた北側には台所のある板間と納戸やトイレがありました。

五十年も前、明治の終わりごろに建てられたという家は、土壁はひびわれ、板戸はそりかえり、かなり痛んでいますが、庭ぜんたいはその数倍の広さがあり、とりわけ南側には、高い木立にかこまれた庭がひろがっていました。」

ここに暮らすのは立原家のお母さんのひな子さんと、三人の娘、一人の息子。お父さんはすでに亡くなっています。物語は、ここで成長してゆく子供達の姿を描いていきます。インターネットもない時代のお話で、子どもたちは、しっかり者のお母さんの愛情に育まれながら仲良く生きています。

長女の梢は病弱ですが、大の本好きで「本でできたお城のよう」な部屋で、末娘の柚は、梢に本を読んでもらいながら眠りに就くのが楽しみでした。女の子達が主人公なのですが、もう一人の主人公は、この家じゃないのだろうかと思います。やんちゃをしたり、喧嘩をしたりしながら育ってゆく彼女たちを、この家が、深い愛情を持って微笑ましく彼女たちを見つめているような感じです。

とはいえ、幸せな日が永遠に続いてゆくわけはありません。病弱だった梢が死んだり、一人息子が生まれた時の秘密があったりと様々なことが起きます。しかし著者は、そんな悲しいことも、大げさではなく静かに淡々と描いていきます。

やがて大きくなった子どもたちが出ていき、母親だけが暮らしている家に柚の子どもが遊びにくるところで物語は幕をおろします。

ラストの「はよう、お帰り。気ぃつけて。お帰りや」という、京都言葉の優しさに満たされてページを閉じました。

因みに、この小説のモデルになっているのは、著者の祖父母が住んでいた山科区竹鼻立原町にあった家で、かつて志賀直哉が住み、「山科の記憶」を書いた場所だということです。

 

✳️お待ちかね「町田尚子ネコカレンダー」を入荷しました。2022年度版は、猫たちがダンスを踊っています。フラメンコやフラダンス、タップダンスにチアーダンスと、相変わらず笑えます。  550円。限定販売ですのでお早めにどうぞ。


 

2008年から活動を続けるNPO団体「京都カラスマ大学」がユニークな街案内を出しました。題して「下京暮らしの手帖」(初級編/上級編セット1540円)です。

これは、京都市下京区の町を楽しむために、ちょっとしたヒントを集めて編集した小さな手帖です(12cmの正方形)。昔、よく使った英語の単語帳のようにリングにつながっていて、各ページに、こんなことをしてみようという提案が載っています。例えば初級編の第一項は「今いる場所から一番近い公園と下京区内の一番遠い公園に行ってみよう」と書かれてあります。その下にはヒントとしてこう書かれています。

「京都のまちでは、お寺の境内が広場や公園代わりに親しまれた時代もありました。下京区内の一番大きな公園は、梅小路公園です」

そしてページ裏には、実際に歩いた日付と感想が書けるようになっています。「どんな出会いがあった?何を感じた?何を考えた?どんな気づきがあった?etc…..。五感で感じたことをあなたらしい言葉で記録しましょう。」と書かれています。

なぜ、下京区なのか?

下京区には京仏具・京扇子・京人形などの伝統産業が多く立地している一方で、JR京都駅や多くの百貨店などの商業ゾーンが集中しています。また祇園祭の鉾町が多くあり7月は賑やかです。私の子供の頃、遊び場だった東本願寺などの有名な寺院もあり、多様な魅力を持った地域なのです。

いつでも気に入った項目を見つけて歩けばいいのですが、当大学主催のワークショップ「下京暮らしの手帖と一緒に歩く京都のまち」というワークショップが開催されています。

次回は11月27日(土)14:00〜17:00。生まれてからずっと京都に居る人も、引っ越してきたばかりの人や、京都初めての人も、先ずは2時間かけて、思い思いに町歩きを楽しんでください。歩こうが、美味しいものを食べようが、買い物に勤しもうが自由です。初級編02には「できれば昼下がり、下京区内の気になる商店街をのんびりと歩いてみよう」という提案が載っています。

そして、最後の1時間は、参加された(10名前後)方にお集まりいただき、どうだった、こうだったとワイワイガヤガヤするという会だとのこと。詳しいことは、店頭に設置しているチラシ、または京都カラスマ大学HPをお読みください。京都に住んでいても案外、見過ごしていた京都の姿が見えてくるかも。

ちなみに上級編40は「隠れた名物!?下京区の2大おかき(あられ)を食べ比べよう」です。え?どこ?ヒントは載っていますよ!遠出がまだ安心してできない今、近くを歩き回るっていうのは面白い。

 

現在、京都シネマにて上映中の長編アニメ「幸福路のチー」は、台湾から彗星の如く飛び出したソン・シンインが監督した作品です。彼女は、京都大学大学院で映画論を学んでいて、数年間京都に滞在していました。その時の京都での暮らしを綴ったのが「いつもひとりだった、京都での日々」(早川書房/古書1300円)です。

台湾からやってきた若い女性と、彼女の周りを去来する人たちの交流を瑞々しく綴ったエッセイです。半分観光ガイドっぽい京都暮らし本とは一線を画している、とても素敵な一冊でした。

新宿から夜行バスに乗り、京都へと向かい、早朝の京都駅八条口に降り立ちます。初めての古都の印象は、こんな風でした。

「駅の周辺はからっぽ。わたしだけ。暗くて、静かな空間。急に怖くなった。慌てて重たいスーツケースを引きずり、地下街に身を潜めた。何かに飲み込まれてしまいそうで怖かった。 地下街は明るかった。けれど、誰ひとりいない。スーツケースに座って、静かに時が過ぎるのを待つ。古都が目覚めるのを待った。」

静寂感と孤独感。この本を覆っているのは、この二つです。来日直前、彼女は親友の自殺を知ります。友人を失った悲しみと「いつもひとりだった、京都での日々」。

でもこの町と、そこに暮らすおかしくて不思議な人たちとの交流を通して、固まっていた心の中がほぐされていきます。その春風のような優しさが、文章にはあふれています。

居心地が良かったけれど、ひっそりと消えていったカラオケボックス。おばあさん一人がやっている喫茶店。そこは、なんと注文してコーヒーが1時間過ぎて、やっと出てくるお店です。店の名前は「クンパルシータ」。普通なら、二度ど来るか!と思うとことですが、行くんですね、彼女は。やがて、その店も閉じてしまいます。他には、京大吉田寮で出会った天才的ピアニストや、着物フェチの坊主とか、不思議な、そしてちょっと切ないような人たち。

「京都の銭湯が大好きだ」という彼女。銭湯で交わされる京都弁は、当初さっぱり理解できなかったのですが、距離が縮まって、ある時「お風呂あがりに冷たい牛乳を飲むのんが人生最高のことやね。これぞジャパニーズ・スタイルや」と見知らぬおばさんからプレゼントされます。残念ながら、この銭湯も店をたたむことになります。彼女にとって「この銭湯だけが、わたしが厳寒の京都を過ごした場所であり、京都弁を学び、人情の温かさを学んだ場所だということが重要なのだ。」という場所だったのです。

「しゃあないわ。何事にも賞味期限いうもんがあるしなぁ」とは銭湯のおかみさんの言葉です。深い言葉ですね。

最後に彼女はこう書いています。

「神様。京都でひとりぼっちの日々をくださって、ありがとうございます。」

来週、映画「幸福路のチー」を見にゆく予定です。

 

予告

12月11日(水)から始まる知床在住の絵本作家あかしのぶこさんの絵本展に、知床のパン屋さん「メーメーベーカリー」からパンが届きます。シュトレンも含めて20個ほどのパンは、初日のみの販売になりますのでお見逃しなく。


 

 

 

佐藤究の「Ank a mirroring ape」(講談社文庫/古書500円)には、ただただ脱帽致しました。

どんなお話かといえば、2026年京都市内各地で暴動が起き、人種国籍を超えて目の前の他人を誰彼構わず襲い始めます。あぁ〜、よくある架空のウィルスか、テロリストの仕業の類の活劇モノやね、と軽く流したアナタ!痛い目に合いますよ。

違うんです、これが。ウイルスでもなく、汚染物質でもなく、テロでもない。原因は一匹のチンパンジーなのです。はは〜ん、それじゃそいつが黴菌を撒き散らすヤツか…….それも違います。

チンパンジーが発する警戒音が、惨劇の原因なのです。嵐山渡月橋を疾走し、銀閣寺を走り抜け、京都御所に立て籠もるAnkと名付けられたチンパンジー。彼が通り抜けた場所にいた人々は、突然、暴徒と化し、お互いに殺し合いを始めるのです。毎朝、我が家の犬の散歩でお世話になっている御所は、もう血だらけの悲惨な場へと変貌します。

警察小説で人気作家の今野敏が、解説でこう書いています。「『Ank』は、私にとって衝撃だった。どれくらい衝撃だったかというと、読後、小説家を辞めてしまおうかと思ったぐらいだった。」

彼はこの文章の後に、それは冗談ではなく、もう自分の出る幕はないとまで書き記しています。トップクラスの作家にそこまで言わせるぐらい、この小説はスケールも内容も深い作品です。決して、荒唐無稽なだけの小説ではありません。

「自己鏡像認識こそが、われわれの意識を変化させる。鏡を見る自分をさらに見るーこのことによって、これは自分だ、これは自分ではない、という神経のフィードバックが起こる。これが脳を活性化させ、より内省的な意識を生み、抽象的なイメージを描くことを可能にする。イメージは共感を生み、ある対象を別の対象に置き換える比喩を生み、ついには言語を生み出すに至る。」

この認識ができるのは、チンパンジー・ボノボ・ゴリラ・オラウータン、そして人類だけ。本作のベースにあるのは「自己鏡像認識」です。DNAの塩基配列やら、自己認識やら、類人猿の話がポンポン飛び出してくると、私なんぞ???でしたが、物語の面白さに押されて読み切りました。

主人公は亀岡に巨大な霊長類研究所を設置して、その研究を仕切る鈴木望。彼が見た真実の、恐ろしく、しかも深遠な姿。

「十月二十六日の夜が明けると、京都府警右京署の混乱はさらにひどくなった。鳴り続ける電話。増え続ける死傷者。」後半、小説は一気に加速度をあげて、混乱する京都市内の姿を描いていきます。なんせ、私にとってはリアルに知っている通りやら場所が登場するので、恐怖感も一入です。

でも、Ankと鈴木が、濁流と化した鴨川に四条大橋から飛び込むシーンでは、もう泣けて、泣けて……….。

なんでこの物語の場所を京都に設定したのか、その答えは「中京区。西桐院通りと油小路通に挟まれた場所に猩々町という町がある」という鈴木の言葉にあります。「猩々」とは、古い言葉で、オラウンターンを意味する言葉だったのです。さらにいえばチンパンジーを「黒猩々」と、かつての日本人は呼んでいたそうです。

吉川英治文学新人賞、大藪春彦賞、ダブル受賞だけのことはあります。

「何度かハンドルを左右に切り、24号線に入った。このまま北上すれば、JR京都駅に出る。そこから更に北へ向かい、河原町を御池通まで進むと、その西側が河原町署だった。更にその西側は本能寺だ。」

京都の方なら地図が頭に浮かんだことと思います。今の中央信用金庫の御池支店のあるあたり。もちろん、これはフィクションですので河原町署はありません。

読まなければならぬ本が山ほどあるのに、また警察小説に手を出してしまいました。

「『千本興業』は、京都市下京区の西に事務所を置く暴力団である」なんて、一文が目に入ってしまい、手に取ったのが池田久輝の「沈黙の誓い」(ハルキ文庫/中古200円)です。舞台は京都ですが、いかにも名所旧蹟を散りばめたものではなく、特に何もない場所が多く登場します。主人公の安城友市は、「自宅マンションは京都御所の南、高倉夷川にある。」って、うちの店のすぐ近所にお住まいみたいです。ちなみに著者は京都府生まれ、同志社大学法学部卒業なので地の利があります。

 

7年前に雨で増水した桂川で、刑事だった安城の兄が命を落とします。事件性がなかったので、事故死として処理されたのですが、不審な匂いを感じ取った友市は、兄の死の原因を究明すべく刑事となり、河原町署に配属されます。そこに、不審な手紙が送られてきます。そして、事件が動き出します……。

刑事あるいは探偵小説って、だいたい主人公の行動を追って展開します。しかし、この小説はちょっと変わっています。弟の友市が、今担当している事件と、7年前の兄の行動が交互に出てきます。主人公友市の行動が、章が変わるとパタッと切れてしまうのです。著者は作家であると同時に脚本家でもあるので、映画的センスでこうしたのかもしれません。そしてラストで、兄の死と今の事件がクロスして、隠されていた真実が友市の前にさらけ出されます。闇を抱えた老刑事橋詰など、フランス映画に出てきそうな登場人物のキャラも巧みに描かれています。

「お前のシャツ、何で濡れてるんや」「さっきの雨に打たれました。ですが兄は………もっと濡れていた。桂川に流されて。橋詰さん、教えて下さい。兄がどうしてそうなったのか」

腕のいい映画監督が撮ったら素敵なシーンになりそうです。ただし配役が大事。京都弁の喋れない役者の2時間ドラマにだけはしないで下さい。

 

トーク&ライブのお知らせ  

7月13日(土)18時30分より 『澤口たまみ(語り)石澤由男(ベース)ライブ』

今年1月、当店で行われた「宮沢賢治愛のうた」(澤口たまみ著)出版記念イベントのお二人のトーク&ライブが再びやってきます。澤口たまみがさんが岩手のイントネーションで賢治作品を朗読。ベーシスト石澤由男が伴奏を添えます。 朗読作品は、岩手の自然を見つめ、野原や林からおはなしを貰ってきたという「鹿おどりのはじまり」他を予定。

●18時受付開始  18時30分より (2000円)ご予約ください。

森見が2003年「太陽の塔」で第15回日本ファンタジーノーベル大賞を受賞した時、面白い作家が登場した!と喜び、その後の作品を読んでいきましたが、ちょっとご無沙汰していました。久々に読んだ「夜行」(小学館/古書900円)は、森見世界の集大成と言える傑作です。ファンタジー、オカルト、そして文学性が巧みにブレンドされていて、居心地の良い読書時間を持ちました。

主人公の大橋君が「叡山電車は市街地を抜けて北へ向かう。学生の頃、叡山電車は私にとって浪漫だった。夕陽に沈む町を走り抜けていくその姿は、まるで『不思議の国』へ向かう列車のように見えた。たまに乗ったときは、ひどく遠くへ旅をしたように感じられたものである。」と懐古するように、舞台は京都です。

話は、「鞍馬の火祭り」から始まります。10年前、京都の英会話スクールに通っていた年齢の違う男女5名が登場人物で、大橋君も含めて彼らが「鞍馬の火祭り」を見に行くために10年ぶりに集まります。以前、彼らが「鞍馬の火祭り」に行った時、英会話スクールのメンバーの長谷川さんという女性が突然失踪してしまいます。彼女の失踪以降、それぞれのメンバーの、不思議で恐ろしい体験をポツリポツリと語りあいます。彼らの体験に共通しているのは、岸田道生という画家が描いた「夜行」という銅版画に出会うということでした。結論は語られぬまま、読者はクライマックスへと導かれていきます。タイトル通り、私たちを夜行列車に乗せて、未知の世界へと連れて行ってくれます。

「黒々とした山かげや淋しい町の灯が流れ、通りすぎる見知らぬ駅舎の灯りが妻の横顔を青白く照らした。車輪がレールの継ぎ目を超えていく音に耳を澄ましていると、まるで夜の底を走っていくように感じられた。」

登場人物たちが集まって、過去を振り返る古典的な手法で、お話は進んで行きます。

彼らが語る物語に現れる謎はほとんどそのままで、読んでる時にふとゾワゾワとした気分になったり、得体の知れない怖さに取り憑かれたりすることもあります。その宙ぶらりんの状態のまま最終章で、旅先でぽっかりと開いた穴に吸い込まれた長谷川さんと大橋君が再会するのですが、そこで飛び出してくるのは、あり得ないような世界です。疑問に対する明確な答えがない不安感、そして不気味さに包まれて物語は幕を閉じます。

「世界はつねに夜なのよ」と長谷川さんのセリフの通り、夜の世界が支配しています。けれど、ラスト、出町柳の賀茂川べりで大橋君はこんな朝を迎えます。

「土手の石段を上がって賀茂川の方へ歩いていった。犬の散歩をさせる人や、ジョキングをする人たちが、白い息を吐いて川べりを行き交っていた。朝露に濡れた土手に腰をおろして、私はしばらく茫然としていた。冷たい朝の空気を吸い、洗い清められた美しい星を見上げた。」

夜の世界から、朝の世界へとぐるっと転換するエンディングに、深く感動しました。

 

 

 

 

 

 

 

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と、このシャツの名前を出しただけで、あそこのシャツか、とぱっと浮かんだら、お洒落な方かも。「モリカゲシャツ」で販売されているシャツは決して安くはありません。でも、楽しくなるのです。

何年も前、女房がこのお店を見つけて一着買ってくれました。前はボタンダウンの白のワイシャツ。しかし、背中の上半分にストライプが走っていて遊び心に溢れたシャツです。前から見るとフツウ、背後から見ると遊びに行こう感満杯の一着を今も大切に着ています。

北海道発の京都案内新聞「その界隈」最新号(540円)をめくると、大きくモリカゲシャツが特集されています。店主の森陰さんは、京都生まれの生粋の京都人。東京の文化服装学院からファッション関係の仕事の中で、大量生産、大量消費のバブル感に違和感を感じ、「作ってる人とそれを買って着る人の関係性が、もうちょっと近いところでできないか」と考えたあげく、オーダーメイドのシャツを作るお店を始めました。

大型書店にいた頃、大量に入ってくる本を、中身も見ずに販売し、大量に返本するシステムに違和感を持ち、本を書く人、売る人、そして読者の関係がこんなに離れていていいの?と思い、レティシア書房を始めたのと似ていると感じました。まだ、モリカゲシャツでオーダーメイドシャツをお願いしたことはないのですが、そろそろ作ってもらいに行きたいな。

「その界隈」で連載中の「その界隈的[博物誌]」の特集は落語「はてなの茶碗」です。上方落語の十八番であり、桂米朝、枝雀の名演があります。落語の舞台となった清水寺の音羽の滝やら、登場する茶道具屋がある衣棚通などが紹介されています。衣棚通は時々途切れたりする南北の通りですが、めったに紹介されません。

面白かったのは、「京都の自転車」という写真特集です。景観写真評論家の田中三光さんが、無造作に撮った市内各所に止めてある自転車と建物。どれも風情があります。あ、これ、あそこだ!とわかる所が何カ所かありました。皆さんもチェックしてみてはいかがですか。

 

ギャラリー開催中 町田尚子原画展「ネコヅメのよる」

ご当地サイン入の絵本「ネコヅメのよる」と、カレンダー「Charity Calendar2018」は完売いたしました。ありがとうございました。

オリジナルシール・ポストカード・手ぬぐいは、残り僅かになりました。

原画展は、21日(日曜日)まで。なお21日は18時で終了いたします。


 

レティシア書房のお客様、作家中村理聖さんの「小説すばる」新人賞受賞後第一作「若葉の宿」(集英社1728円)が発売されたので、平積み(!)中です。

「一年ぶりにハレの舞台に現れた橋弁慶山を見上げると、夏目若葉の心は重たくなった。会所の向いにある町家旅館・山吹屋は、若葉の実家である。町名の由来となった山を眺めていると、汗が噴き出し、不快感が増してゆく。祭りのざわめきが遠く感じられ、違う世界の出来事のように思った。」

という書出しのように、舞台は京都、祗園祭りの鉾町にある小さな旅館山吹屋。祖母とき子に幼い頃より厳しく育てられ、今は老舗の旅館で新米仲居として働く若葉が、小説の主人公です。京都を舞台にしたサスペンスものや、ラブストーリーものは、多数出版されていますが、それらの小説で展開されるようなドラマチックなお話はありません。静謐な筆運びで、旅館の日々と移り変わってゆく京の四季を追いかけていきます。

「祇園祭が終わって八月を迎えると、京都の夏は一段と重苦しくなった。」なんて、文章に出会うと、京都で暮らしている人は、そうそう、と納得してしまいます。こんな時期に京都観光によう来るわ、というのが偽らざる気持ちですが、この小説を読みながら、京都の季節感、その時々の感情を味わって下さい。

事情があって祖父母に育てられた若葉は、自分がこの旅館を継いでゆくことに疑問を持っています。私の人生、これでいいの?一方、古い旅館や、呉服屋さん等が集まる界隈にも、時代の波が押し寄せてきます。「若葉が暮らす中京区でも、小綺麗なホテルやお洒落なマンションが増えていた。近隣にあるマンションで、無断で民泊を始めた住人がいて、そこに泊った外国人たちが、騒音やごみ出しで問題を起こしたこともある。」

変わりゆく京都の街と、自分の生き方に確たるものが見出せない若葉の心の迷いが、巧みに描写されていきます。小説は後半、一気に進みます。その渦に巻き込まれてゆく若葉。自分の居場所を求めて若葉が辿り着いた結論は?

女優で、書評家の中江有里さんは、この小説を「『心あらわれる』とはこういう読後感をいうのだ。」と高く評価されてますが、ページを閉じた時、祇園祭から始まって葵祭の五月で終わるこの小説の、爽やかな初夏の空を見上げた気分になりました。

NHKさん、朝の連続ドラマにいかがですか。

 

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