「いい湯だな」をもじったようなタイトル「いい絵だな」(新刊/集英社2420円)は、伊藤孝行と南伸坊の二人のイラストレーターの対談による絵画案内です。「海の向こうから来た写実」「絵画と写真の間」「俺たちの印象派」「ヘタよりうまいものはなし」「シュルレアリスムはまだ終わっていない宣言」「イラストって何?」「現代美術のいただき方」「服を脱ぎ捨て裸の目で見よう!」の8章に分かれていて、明治から現代までの美術の流れを学習できます。帯に「ゆるくて面白い絵画談義」とあるように、ゆるゆるでありながら、時には辛辣な意見も飛び出して、刺激的な一冊に仕上がっています。

例えば、最近人気の川瀬巴水。南伸坊曰く「きれいだし、うまい。デッサンとかきっと小林清親や井上安治よりも正確だよね。だけど、何かつまんない。」「なんて言うかさ。手際がよすぎる。小節きかせすぎの演歌みたいなさ。手探り感がないっていうのかな。」と言います。

川瀬は当店でも人気ですし、私も好きな画家ですが、う〜んうまいこと言うなぁ、と感心しました。川瀬、小林、井上の図版が載っていますので、見比べてください。

「ピカソがルソーの絵を褒めたのも決して上から目線じゃなく、心の底から感心したんでしょう。絵がうまいってつまんねえことだな……って気づいたピカソは、やっぱり偉大です。」と言う南伸坊のコメントで始まる「ヘタよりうまいものはなし」でも、二人はあぁだ、こうだと語り合うのですが、これがめっぽう面白い!

「シュルレアリスムはまだ終わっていない宣言」では、つげ義春まで飛び出す奇想天外さ。でも、きちんとシュルレアリスムについて語っていて、それがよく理解できるのです。お、そうなのかと目からウロコだったのが「イラストって何?」で登場する小村雪岱。大正から昭和、挿画を中心にして活動した画家を、伊藤はこんな風に評価しています。

「雪岱は挿絵も描くし、デザインもやった。本の装丁や舞台美術、映画の時代考証なんかも手がけている。マルチです。やっていることは本質的に和田誠さんや宇野亜喜良さんなど六〇年代以降のイラスタレーターに近いですよね。」

と、まあこんな風に最後のページまで楽しく絵画についておしゃべりが続く素敵な本です。

明治から昭和にかけて生きた浮世絵師であり版画家の川瀬巴水。日本各地を旅して、写生した絵を原画とした版画を数多く発表し、叙情的な風景や街並みの作品で高い人気を持つ作家です。

で、巴水の本、あるいは図録は、結構高い値段が付いています。毎年5月に開催されている岡崎の古本市で、以前に一冊見つけて値段を見たら6000円でした。「川瀬巴水木版画集」は1万円ぐらいの値段でネットに出ていたと記憶しています。

今回入荷したのは「巴水の日本憧憬」(平凡社・新刊/3520円)です。作品50点に林望が文章を添えています。

「巴水は旅の画家であったが、その目には、風景の中の『暮し』をいつも見ている。絵葉書のようなきれい事を描くのではなくて、誰もがそこに入っていけるような、日常に風景を懐かしみ、そうしてそこに住む人の姿を点綴することによって、無量の温かさと寂しさを描き得ている。」

と、巴水の画風を解説しています。夜の帳が下りた川辺の家の照明には、一家団欒の楽しさと、それを外から見つめる作者の寂しさが同居していて、見る者の心を打ちます。

巻末に評論家の川本三郎が「小さな風景の発見」というタイトルで寄稿しています。江戸から明治、大正へと江戸がモダン都市東京へと変貌する中で、近代の土木技術が生み出した鉄の橋に見られる直線の美に巴水が注目したことに触れています。

「『新大橋』(大正十五年)や『清洲橋』(昭和六年)には、巴水が新しく見つけた直線の美がよく現れている。そして、その新しい風景のなかでも、巴水は働く生活者を描きこむのを忘れない。」

本書には「清洲橋」が収録されています。アーチ型の橋の下を昔ながらの和船が進んでいます。家路につくのか、それとも資材を運んでいるのかわかりませんが、日々の暮らしを生きる市井の人が描かれることで、この橋の魅力をさらに浮き立たせているような気がします。

 

 

 

 

木版画家、川瀬巴水。

大正五年、木版処女作「塩原おかね路」を発表の後、日本各地を取材して”風景版画シリーズ”を刊行し、知名度を上げます。500点にも及ぶ風景版画を残し、昭和31年、74歳で亡くなりました。叙情性と日本的風情から「昭和の広重」とも称されました。

巴水の版画集「夕暮れ巴水」(講談社/絶版3800円)が入荷しました。林望が、各作品に、文章或は詩を付けて、巴水的世界を言葉で表現しています。かつて、どこかで見た風景、とでも言えばいいのでしょうか。限り無い郷愁を思い起こさせる作品がズラリと並んでいます。真青な空、美しい浜辺、そして夕暮れ…….。その一方で、夜の闇に建つ二棟の蔵の間から不思議な白い光が出ている作品「夜の新川」があり、林はこう評価しています。

「この光には、ただ無為の『詩』、一瞬に存在して次の刹那には消え去る『時』のなつかしさが描き取られている」と

寂寥感、という言葉だけでは当てはまらない、深い豊かさと哀しみを漂わせています。雨にけむる橋の上に佇む人力車を描いた「新大橋」、雨上がりの港で沖の船を見つめる犬を描いた「明石町の雨後」などの作品にそのテイストが滲んでいます。寂しげな風景なのですが、どこかに幸福感もある不思議な世界です。

細い雨が降る露天風呂を描いた「修繕時の雨」に林はこんな詩を付けています。

「ぼくが温泉を愛するのは 風景があたたかいからです そこでは なにもかも湯気のなかに霞んでいて 空気がはるばるとしているからです (中略) ただじっと湯に浸かって むかしのことを思っていよう それで 涙が出たら 温泉のお湯で洗い流して 空でも見ていようさ ほうほうと湯気 ほう ほう ほ ほ 」

なんて幸福感に満ちた詩でしょう!

作品集には絶筆となった「平泉金色堂」も収められています。雪が降り積もる金色堂に向かう、一人の僧の後姿を捉えています。人生の最後を予感される作品ですが、豊かな人生を生ききった作家の最終に相応しい作品です。

「かぎりあるみちは いつかきっとおわる そう、こころにねんじて きしきし ゆきふみしめてあるく」

林が巴水の画業を讃えた最後の詩です。

 

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