「憲法なんて知らないよ」(集英社文庫/古書350円)の著者池澤夏樹は、書いています。
「法学のホの字も知らない素人が、法律の翻訳という専門的な分野に敢えて足を踏み入れた理由は簡単、これが憲法だからだ。 憲法というのは法律の中でも最も文学的な法だ。飢えてパンを盗んだ者にはどの程度の刑罰がふさわしいかを問うだろう。しかし、なぜ彼がパンを盗まなければならなかったか、どうすれば国家は飢えるものを出さない社会を作れるか、そこを論じるのが憲法。」
文学的だと評する日本の憲法の原案、つまり戦後アメリカ側に主導された憲法の文章を、文学者の視線で翻訳したのが本書です。今の憲法は日本人が作ったものではない、占領軍のお仕着せだ、だから自主憲法を!と叫ぶ人たちがいます。しかし当時、憲法草案に参加したアメリカ側の人たちは、とても若い人々でした。平均すると40歳にならないくらいだったそうです。
「人間は若い方が理想主義に近い。歳をとるとそれだけ考えが現実的になる。しかも、この委員たちの多くはルーズベルト大統領のニューディール政策を体験した世代だった。アメリカがいちばん自由主義的だった時代に青春を迎えた人たちだ。そこで、日本の新しい憲法の草案はずいぶん理想主義的になった。」もちろん日本とアメリカの間で議論の上、何度も手直しされて公布に至ります。
そして、この憲法を日本人は熱烈に歓迎したのです。
「もう戦争に行かなくてもいい。よその国を銃をかついでうろついて人を殺さなくてもいい。自分の住む町にもう爆弾は降ってこない。政治を批判しても警察に捕まって殴り殺されることはない。 親が決めた相手と無理に結婚させられるこちもない。裁判もなしに牢屋に押し込められることもない。二十歳以上の国民みんなに選挙権があって、自分たちの代表を選ぶことができる。新しい国、国民が主役の国。」
本書には、英語で書かれた憲法原案と、それを翻訳した現在通用している日本語版、そして著者の新訳を読むことができます。よく問題にされる戦争放棄を明記した9条の「国の交戦権はこれを認めない」を、池澤訳では「国というものは戦争をする権利はない」になっています。日本国のみに限定せずに、この地球上に存在する全ての国家には戦争をする権利はない、とも読み取れます。
とても読みやすい憲法の本です。国ってこうあるべきだよね、と書かれた憲法。一度ぐらいは目を通しておいた方がいいです。
そしてこんな事も明記しているのですね。
第99条「天皇と摂政、国務大臣、国会の議員、裁判官、その他の公務員にはこの憲法を尊重し、しっかり護る義務がある」
どれぐらいの政治家や官僚がこの条文を知っていることやら……….。もしかしたら知っているからこそ、変えようとしているのか…..。
「港の人」ってなに??という方が多いかも知れませんが、「港の人」は、1997年鎌倉に創立された出版社です。「日本語学、児童文化等の学術図書、詩歌の本、文芸書などの出版を手がけています。一冊一冊の書物が、希望の書であることを願っています。」とHPに書かれています。
この出版社のことをインプットしたのは、「胞子文学名作選」(2730円)でした。大好評の『きのこ文学名作選』につづく待望の姉妹編として出た本でした。苔、羊歯、茸、黴、麹、海藻……。胞子によって生殖活動を行う生物が登場する小説や詩を集めたアンソロジーです。トップバッターは小川洋子の「原稿零枚日記」。その次には太宰治という具合です。
ふだん見向きもされないような、自然界の小さな存在に焦点を当てた作品を「胞子文学」と名づけて、こんな楽しみ方があるよと提示してくれます。斬新な装幀で、おっ!これは!とびっくりするような見せ場が随所にあり、見ていて楽しい、読んで面白い本です。しかし、よくもこれだけ見つけたものです!
その次に出会ったのが、宮沢賢治の手紙と川原真由美のイラストを一緒にした「あたまの底のさびしい歌」(1650円)でした。宮沢賢治は短い生涯の間に、家族や友人に向けて多くの手紙を書き残しています。本書は、1918年から33年の亡くなる直前に書かれた賢治の手紙の中から11通を選び出したもので、素の賢治の思いをみることができます。
人気エッセイスト石田千もここから2冊出しています。「窓辺のこと」(1980円)、画家の牧野伊三夫とのコラボによる「月金帳」(1760円)です。後者は第一波のコロナ流行期に、画家と作家が交互に交わした手紙を本にしています。家の中のことやご近所散歩、日々の暮らしのことなどが語られているのですが、二人の言葉は、読者の心を暖かくしてくれる効果抜群です。
そして最近のオススメは、斎藤陽道の写真を全面に使用した「日本国憲法」(1100円)です。以前にブログで紹介しましたが、90ページにも満たない本の中に、国の骨格が収まっています。斎藤が撮った様々な表情のポートレートを見つつ、ゆっくりと日本国憲法を味わってください。
「港の人」の新刊はこれからも揃えていくつもりで棚を作りました。ご覧になってください。
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