早川茉莉は、筑摩書房から「玉子ふわふわ」「なんたってドーナッツ」という食に関するアンソロジーを出しています。その第三作として「スプーンはスープの夢をみる」(筑摩書房/新刊1980円)が発行されました。「極上美味の61編」とサブタイトルにあるように、61人の作家や料理人がスープについて語っています。
「スープがあれば、きっと大丈夫」「魔女のスープ」「思い出のスープ」「スープを煮込む日」「スープ出来たて、あつあつ!」と5章に分かれています。島崎藤村、三島由紀夫、宇野千代、森茉莉、武田百合子らの日本を代表する作家から、村上春樹、江國香織、岸本佐知子、高山なおみ、宮下奈都らの第一線の作家の作品が収録されています。さらに、ボードレール、レーモン・オリヴェ、ルイス・キャロルなど海外まで範囲を広げてセレクトされています。
「なんたってドーナッツ」という素敵な一冊を、私はランダムに読んでいました。好きな作家から入り、「え?この人がドーナッツのことを書いているの?」を見つけると次へ次へと大いに楽しみました。そして今回も同じやり方で読んでいきました。
星野道夫→伊丹十三→長田弘→牧野伊三夫→茨木のり子→荒井由実→岸本佐知子→中谷宇吉郎→古川緑波と、こんな感じで。
エッセイだけではなく、例えば、茨木のり子は「茨木のり子の献立帖」から、わかめスープや野菜スープのレシピが抜粋されています。レシピの最後に一言「アトピー皮膚炎、糖尿、脳障害、がんにきく」と書かれています。また、荒井由実は「チャイニーズスープ」という彼女の歌の歌詞が載っているだけです。
編者は、あとがきでこんな風に書いています。
「この本のそれぞれの章扉を開いて、冒頭の詩や詞に触れ、立ち止まって深呼吸するように、そのパワーを心とからだに取り込み、そこからさまざまななスープの旅をしていただけたら、と思う。読み終えて、キッチンに向かい、スープを作るもよし、味わうもよし、思い出のスープを求めて出かけるもよし、それぞれのスープの旅を始めてくだされば、とてもとても嬉しい。」
何度もお腹のへってくる一冊でした。
これ、ドイツの児童文学者ケストナーの言葉なんですが、「叙情文学」に新境地を開いた城夏子につけられた言葉です。
1902生まれの城夏子。若い時から少女小説を書き、1924年に小説集「薔薇の小径」(装幀は竹下夢二)を発表し、文壇の地位を確立していきます。しかし、67歳の年に、それまでの地位をあっさり捨てて、千葉県の老人ホームに入所。その後の人生を軽やかに過ごし、多くのエッセイを発表しました。
元雑誌編集者で、「森茉莉かぶれ」、「エッセンス・オブ・久坂葉子」などのアンソロジーでお馴染みの早川茉莉が編集した「また杏色の靴をはこう」(河出書房・絶版1050円)が入荷しました。
「この十年あまり、私は花、猫、人間の、まっ只中にいる。ここは女の天国である」という書き出しではじまる「ここ」とは彼女が入居した老人ホームのことです。とかく、ネガティヴに語られるホームの生活ですが、彼女はものの見事にポジティヴに暮らしを楽しむのです。
「もう十五年もここで暮らしているが、飽きっぽい私が一度も、世の中へ帰りたいと思ったことはない。」とホーム暮らしに惚れまくっています。
早川茉莉は、他の仕事で図書館で調べものをしている時に、偶然に城の「薔薇の小径」に出会います。素敵な装幀に引込まれて読んでいくうちに、キュートなファッションに身を包んだ著者の写真にぶつかります。そして、「私は1902年生まれですから、もう大変な老女です」という文章に、ええ〜うそ〜ぉ!?と仰天し、調べものをほっとらかして、のめり込んでいきました。そして、
「もう面白くて、楽しくて、愉快で、読み終わった時、心だけじゃなく、からだまでが軽くなったような気がした。」
同感です。悲しいことに留まらず、愉しいことに心留めて、みずみずしい感性とオシャレ心で、ふふふっと生きてゆく様がエッセイ集にぎっしりと詰め込まれています。なんせ、戦時中に、ダサいもんぺを身につず、どうしても履かなければならなかった時に、「あんな愉しくないもの身につけたのは、わが生涯にあの時だけである。」と悔しさを滲ませました。
「愉しがりだかうれしがりだか、とにかくかれこれ三十年近くなるだろう、私の心は年と共に華やぎ、愉しみ上手、喜び上手とでもいうのだろうか、全くめそめそ知らずの毎日である」と言い切る彼女が、晩年に暇を持て余さない秘訣を、こう書いています。
「あたりをよく見ることである。よく、丁寧に見ることは発見につながる。一日が暮れようとする時、空の色を仰ぐ、その夕焼けの美しさ、また野鳥の飛翔する姿の面白さ。その気になれば発見はいくらでも出来る。愉しいことである。少なくとも、鏡の中の自分の顔の皺のふえ方を発見するよりは。」
これって、老いも、若きもすぐ出来る贅沢な生活ですね。
このエッセイで城さんに興味を持たれたら、連作短篇集「六つの晩年」(講談社500円)、或は彼女の敬愛する文学者を語る「朱紫の館」(文化出版局900円)もどうぞ。
また、早川茉莉が、41人の作家、文化人のドーナツへの思いを集めた「なんたってドーナツ」(ちくま文庫500円)も楽しい一冊で、お薦めです。