辻惟雄と聞いて、かの伊藤若冲を世に広めた人と反応される方、きっと美術好きの方ですね。若冲や、曾我蕭白など、一風変わった江戸時代の画家を取り上げてきた回想録「奇想の発見ある美術史家の回想」(新潮社/古書1650円)を読んでみました。

辻惟雄は1932年、愛知県の医者の家に生まれます。父親は医学の道を進めますが、畑違いの美術史の方に進み、大学で教える身となり、やがて千葉市立美術館長、多摩美大学長、MIHO MUSEUM館長などを歴任しました。著名な学者なのに、上から目線的なところは全くありません。それどころか若い時の失敗談やら、同じ下宿にいた、のちに動物王国を作り上げた畑正憲とのどんちゃん騒ぎなどがスケッチ風に描かれています。

一時、宮沢賢治に夢中になってわざわざ賢治の弟の静六氏に会いに出かけ、挙句に「宮沢賢治の出た東北で医者をやろうーそう思いつき、仙台に行って東北大学医学部を受けたが、これもやはりダメだった。」こともあったとか。

著者は画家になるのを諦めて美術史家になるのですが、「芸術家の作品は、出来上がった段階では、片目の入っていない達磨だ。片目のままで長い間放置されているケースもある。それに片目を入れるのが美術史家の役割ではないか」と書いています。

牛若丸が母の仇の盗賊を切り倒す、実録ヤクザ映画ばりの血だらけの「山中常盤物語絵巻」を描いた岩佐又兵衛に注目し、研究者としての人生をスタートさせます。そして、岩佐又兵衛みたいな、ど肝を抜かれる作家がいるはずだと確信していた著者の前に現れたのが伊藤若冲でした。若冲研究に至るプロセスは極めて刺激的で、どんどん読んでいきました。さらに、曾我蕭白を発見し、オーソドックスな美術から離れた異端の画家たちの世界へと入っていきます。とても忙しい日々なのですが、なんだかとても楽しそうな感じが文章から伝わってきます。

そしてその研究は「奇想の系譜」(ちくま学芸文庫)という著書で世間に知られます。「『奇想の系譜』で取り上げた江戸時代の画家たちの作品は、表現の面でいくつかの特徴を同じくしている。その一つは想像力に関わるもので、エキセントリック、グロテスク、ファンタスティックなどと呼ばれる要素である。だが、私の目は別の面にも向けられていた。その一つは、見る人の笑いを誘う『遊び』の仕掛けである。グロテスクであれ、陽気であれ。かれらの作品に共通して見出せるもの、それは『ユーモア』だ。」

美術史家の自伝でありながら、戦後の日本美術界の歴史や、美術に関わる学者たちの世界も知ることができる貴重な本だと思います。とにかく、読みやすい!!