第二作目の詩集「指さすことができない」で、中原中也賞を受賞した大崎清夏の短編小説&エッセイをまとめた「目をあけてごらん、離陸するから」(新刊/リトルモア1650円)は、気持ちが軽くなってくる文章が満載です。

2010年、フランスを代表する女優・歌手ジェーン・バーキン来日の時の話です。主人公は映画宣伝の仕事について3年目、東京で開催されたフランス映画祭のスタッフでした。バーキンは開口一番、ちょうど東京都知事が女性は子供が産めなくなったら女性でなくなるという趣旨の発言に対して、それは違うと明言します。「何かに挑戦するときになぜ失敗を恐れなくてよいかについて、着たいものを着ればよいことについて、何歳だろうとやりたいことをやればよいことについて彼女は語った。」

「通訳の女の子は、泣いているのだった。遠くからきた人の、女たちを勇気づける言葉を自分が日本語に置き換えて伝える喜びで、身体をいっぱいにして。隣に座る、ハイカットのコンバースのシューレースを足首にぐるぐる巻きにしたその人に、自分自身が勇気づけられ、奮い立たされて。揃えた膝の上のメモを握りしめ、涙を拭きながら、女の子はそんな自分に慌てているように見えた。謝る女の子の肩をぽんぽんと優しくさすりながら、ジェーン・バーキンはにっこり彼女に微笑みかけた。」

その場の雰囲気がまざまざと浮かびます。そして、ちょっと前を向いて顔をあげることができます。彼女の短編小説は、どれも都会派らしいセンスの良さと、爽やかな風に満ちた作品ばかりです。なるほど、詩人の書いた小説という感じです。

「実感としての復興は誰かが誰かに対して証明しなければならないようなものじゃない。それは子どもが立って歩けるようになるようなこと。行きたい場所に行きたいときに行き、会いたい人に会うようなことだ。オリンピックを成立させるためにいま盛んに言われている『復興の証』ということばには、顔がない。のっぺらぼうなことばは、誰に言っているのかがわからないのに声ばかり大きくて、耳にするたびに薄気味悪い。」と、エッセイに書かれていることに頷きました。。いや、その通りです。「おもてなし」やら「福島はコントロールされている」などという言葉を発した人は、本当に薄気味悪い存在でした。

最後に掲載されている「ハバナ日記」は彼女のハバナ滞在記ですが、これは若くなかったらできません!羨ましいなぁ〜と思いながら読み終わりました。いい本です。

 

スタジオジブリ名プロデューサーの鈴木敏夫は、膨大な量の本を所蔵し、読書量も並外れています。今年京都文博で開催された「鈴木敏夫とジブリ展」で、その蔵書を見ることができました。

「読書道楽」(新刊/筑摩書房2200円)では、展覧会に先立ち、彼の心に残った本のこと、作家との出会い、読書した当時の状況など、読書から人生、時代論へと発展したロングインタビュー(全15時間)が行われました。展覧会は、このインタビューをもとに構成されたそうですが、そこに入りきれなかったエピソードを中心に作られました。

「時代ごとに夢中になった作家は何人かいるなと思ったんです。加藤周一さんはもちろん、堀田善衛さんもそう。 年代順に言えば、石坂洋次郎、寺山修司、野坂昭如、深沢七郎、山本周五郎、宮本常一、池澤夏樹、渡辺京二…….まああげだしたらきりがないけれど、小説家もいれば評論家もいる。 それから忘れちゃいけないのが漫画ですよね。ぼくら団塊の世代は大人になっても漫画を読み続けた最初の世代といわれていて、たとえば、大学時代はちばてつやさんの『あしたのジョー』からすごく影響を受けた。」

と、自分の読書体験を総括していますが、なるほど骨のある作家が並んでいます。「明日のジョー」は、私も読んでいましたが、そんなにのめりこんだ記憶はありません。どちらかと言えば、「サイボーグ009」などを熱心に読んだものです。

鈴木も「SFに夢中になるのって、ぼくらより一世代下ですよね。」と言っていました。そして、続けて、自分たちがヒーローものの第一世代であり、それは「月光仮面」だったと言います。1958年〜9年にかけて民放で放送されたTVドラマです。

大学時代、学生運動が盛んないわゆる「政治の季節」の真っ只中。そんな時に、三島由紀夫が結成した左翼に対する軍事的組織「楯の会」に勧誘された話も面白いし、三島の「潮騒」を、「ジブリで映画化しようと真剣に考えたしね。舞台となる歌島をアニメできちんと描いてみたいと思って。」と振り返っています。ジブリ版「潮騒」って見たかったなぁ〜。

第6章「我々はどこへ行くのか」で、彼は自身の引退について興味深い発言をしています。

「最大の失敗は、『風立ちぬ』ですよ。ぼくが宮さん(注:宮崎駿の事)を説得してつくってもらったんですけど、それは戦争の問題さえ片付ければ、宮さんはもうつくらないだろうと思った」

つまり『風立ちぬ』は、宮崎駿の引退映画であり、自分自身の引退にもなるはずだった。ところが中途半端になってしまった。ここで引退して、好きな本を思う存分読むはずだった鈴木のプランは頓挫しました。

「ひとつは重慶爆撃の問題ですよね。、もうひとつはファンタジーなんですよね。『風立ちぬ』にはその要素が少ないでしょう。そうすると、つくり終えたあとで、やっぱりファンタジーをやりたくなったんです。」

確かに0式戦闘機生みの親を主人公にしたこの長編アニメは、割り切れない部分が多々あったように思いました。本のこと、作家のこと、映画のことなどを縦横無尽に語り続ける鈴木敏夫の魅力満載の本です。

以前に紹介したエッセイ「夢のなかの魚屋の地図」に引き続いての井上荒野の作品です。「小説家の一日」(文藝春秋/古書1200円)は、短編小説の名手である彼女が、「書くこと」を主題にした短編集で、全10作品が収録されています。

「書くこと」がテーマだからといって、小説家や作家ばかりが登場するわけではありません。「園田さんのメモ」では、OLの主人公にさっと手渡される先輩社員の園田さんの「五センチ四方くらいの、薄ピンク色の紙」に書かれたコメントがテーマです。宴会で酌はするなとか、ストッキングは不要だとか、よく言えば先輩からの助言、悪く言えばお節介が、次々と届けれます。え?なにこのヒト?いじめ?と思われるかもしれませんが、ラストの切れ味のいいこと!上手いなぁと感心しました。

「窓」は、いつも学校でいじめられている女子中学生が逃げこむ保健室のトイレが舞台です。ここのトイレには窓がありません。彼女は、サインペンでトイレの壁に窓を書きました。息苦しい学校生活から飛び出す象徴のような。ある日、彼女はトイレに入ってびっくりします。「私が描いた小さな四角の中に、小さな小さな木が一本、描き加えられていたからだ。それでその四角はもうただの四角ではなくなっていた。ちゃんとした窓になっていた。」

もう一人、ここに逃げ込む女生徒がいる!一人じゃないのだ。そのことを「トイレの窓」から主人公は知るのです。

私が特にいいなぁ、と思ったのは「料理指南」です。主人公の女性の母は著名な料理研究者でした。母が、昔好きだった人のために作った料理指南書の最後に書いてあった「はい、おしまい」という言葉。なぜ、母は最後のページにこの言葉を書いたのか。やがて、母と同じように料理研究家になった彼女は、好きな人のために作った料理指南書にやはり同じ言葉を書き添えるのです。そこに潜む、親子二代にわたるそれぞれの愛の終焉が切ない。

「書くこと」をこんなに多面的に捉えた小説はないと思います。短編の名手と呼ばれるだけのことはある作品集でした。

 

 

 

山口智子は、役者業以外に様々な活動をしています。本も何冊も出していて、「手紙の行方 チリ」、「反省文 ハワイ」などは、当店でもよく売れていました。

近著「LISTEN」(新刊/生きのびるブックス4400円)は、今年読んだ本では最も分厚い(約4cm)620ページ余の大作でしたが、あっと言う間に読んでしまいました。

「元気な明日を手繰り寄せる『音』の力に惹かれ、2010年から地球の音楽映像ライブラリー” LISTEN”を作ってきました。10年に及ぶ旅で26カ国を巡り、250曲を越す曲を収録し、記録された写真は約20000枚。」

そして、その世界を回る旅の第二弾がこの本「LISTEN」です。本の半分を素敵な写真が占めています。本に掲載されている二次元コードで”LISTEN”の映像を見ることができます。

「地球の美しさに出会う旅に、音の精霊の導きがありますように。」と彼女は書いています。

我々の知らない土地で、小さな幸せを守って生きている人たちの姿と生活の中から生まれた音楽に耳を傾け、なんて素敵な!と驚きながらペンを走らせたであろう文章を読んだり、楽器を鳴らし踊る人たちの至福の瞬間を捉えた写真を眺めていると、最後のページに辿り着いていました。

旅は、2011年、ハンガリーから始まります。そして、最後はインドで幕を閉じます。民族の悲しい歴史、差別のことも折に触れて書かれています。その歴史の中で歌い継がれてきた歌や踊りが、いかに重要なものかが伝わってきます。旅をして、そこで暮らす人たちに溶け込み、ともに笑いながら、著者は生きるエネルギーを吸収していきます。

イヌイットと犬ぞりで大雪原を旅した時、雪の上に寝そべる犬たちを見ながら、感じたことをこんな風に書いています。

「私も犬たちの横に寝そべってみた。ふかふかと雪に包まると、不思議と温かかった。たくさんの命が形を変えて一面に降り積もっているようで、守られている安らぎと静けさの中に、風の息や地球の鼓動を確かに感じた。人間は、とても動物たちにかなわないけれど、彼らと学びながら一緒に生きてゆける。困難を乗る超える道はいつも、自然の中にある。」

登場する人たちの顔を見ていると、人間の持つ原始的な力強さと優しさが溢れています。そのことを追い続けた山口智子の好奇心と行動力、そして他者への、この惑星への愛に溢れた一冊です。

 

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著者のモトムラタツヒコは、福岡を拠点に活動しているグラフィックデザイナー。動物をモチーフにした点描画の作品展も行なっています。2018年、東京で個展を開いたとき、荷物が増えるので少しでも軽くするために、いつもなら最低二冊はバッグに入れる本をやめて、「断読」状態で過ごします。ところが、心が落ち着かなくなり、活字が読みたいという渇望が大きくなってきたのです。

「僕は読書という行為が、いかに我が身にとって日々の精神の安寧を、思考の柔軟性を支えているかを思い知ったのであった。」その後間もなく、「読書の絵日記」を描き始め、一冊の本になりました。それが「モトムラタツヒコの読書の絵日記」(書誌侃々房/1650円)です。

読んだ本の表紙が独特のタッチでイラストになっています。まずイラストをじっくり眺めてください。書物への深い愛情が伝わってきます。そして、書名の横にジャンルが書かれていていますが、「プロレス」というジャンルでアカツキ著「味のプロレス」が取り上げられています。表紙絵の横に「まず猪木の延髄斬りを『この角度』で描くことに大いなる味わいを感じてしまう」と註釈が入っています。プロレスの本にはあまり興味ないので、これが延髄斬りなのかと思いながら、手書き(そう、文章は全て手描き文字なのです!)でぎっしり書き込まれた文章を読んでみると、著者のプロレス愛をしみじみ感じます。

ジャンルは多種多様です。「画文集」の安野光雅「らんぷと水鉄砲」があるかと思えば、「漫画」の白土三平の「シートン動物記」があります。「文芸」として、ケストナーの「飛ぶ教室」とスタインベックの「赤い子馬」が両面びらきで並んでいたりします。

所々に、番外編として映画や音楽の紹介が挟み込まれています。その中に、農場に生きるブタの日々を追いかけたドキュメンタリー「グンダ」を見つけました。私もこのブログでご紹介しましたが、モトムラさんも傑作だと評価していて、距離が縮まった気がしました。当店に最近入荷した、パオロ・コニュッティの「フォンターネ山小屋の生活」も取り上げられていました。私も読もうと思っていた一冊。

パラパラとめくっているだけで、実に楽しい読書案内です。

 

1991年に発表された宮沢和史の「島唄」は、全国的なヒット曲になりました。この歌を聞いた誰しも沖縄音楽のメロディーの美しさに感動されたと思います。しかし、沖縄ではどうだったのか?

「島唄」の中に、「くり返す悲しみは島わたる波のよう」という歌詞がありますが、宮沢は、そこにアメリカや日本に蹂躙され、大きな悲しみを背負った沖縄の歴史を表現したつもりでした。ところが、「あんたの音楽こそ帝国主義じゃないのか。沖縄ブームに乗って沖縄を搾取して、ひと儲けしようとしているんじゃないか」という意見を投げつけられました。

もちろんこの曲を好意的に受け止める沖縄の人々もいましたが、多くの賞賛と批判を浴びる結果となったのです。では、どうすればこの地に生きる人々の心の声を聞くことができるのか。その試行錯誤を綴ったのが、約500ページにもなる大著「沖縄のことを聞かせてください」(双葉社/古書1800円)です。

ヤマトの人間が、勝手に沖縄のことを分かったような曲を発表することは許されるのかと迷い、悩みながらも沖縄に生きる人々に近づいていきます。宮沢のバンド”The Boom”の音楽には、ワールドミュージックのエッセンスが色濃く流れていたのでよく聴いていたのですが、「島唄」をめぐる軋轢と、本人の苦闘を本書で初めて知りました。

宮沢は沖縄の歴史を知るために、多くの人の話を聴きにいきます。元ボクシング王者・具志堅用高、八重山民謡歌手・大工哲弘、映画監督・中江裕司、元ひめゆり学徒隊・島袋淑子、ひめゆり平和祈念資料館館長・普天間朝佳などが登場します。

戦争中の悲惨極まりない状況、戦後のアメリカによる支配、そして日本政府による搾取と数え上げたらキリのない負の歴史を聴きながら、今を生きる若い世代にとっての故郷沖縄とは何かというテーマにまで迫っていききます。

これは歴史の本でもなく、帝国主義を糾弾する本でもありません。沖縄音楽に魅了された一人のミュージシャンが、好きになった対象の内側へとダイブしてゆく本なのです。真摯に沖縄にぶつかり、ヤマトの人間としてこれからどう考え、行動してゆくのかを書こうとした著者の姿勢には、まっすぐな気持ち良さを感じます。

「海をきれいにするのでも、音楽や映像を作るのでも、社会の陰で困っている人を支援する仕組みを作るのでも、学校に入り直すのでもいい。『今、ここ』でなくても、いつ、どこで始めてもいい。それぞれの必然性のある時間と場所で、それぞれの領分で、現在の自分がこの先の百年、二百年という時間軸とつながっていることを信じて未来に種をまいていく人が一人でも増えるといいと思う。手紙を入れたボトルを海に流すように、いつかどこかで名前も顔も知らない誰かに届くはずだと信じて諦めずに続けていくことは、歴史の一部にいるものとして、この社会への信頼を決して失わないという責任を表明する態度でもある。」

長々と引用してしまいましたが、賞賛と批判にさらされた曲を世に出したミュージシャンの、私たち一人一人が未来への有り様にどう責任を持つのかを考えた言葉が、ぎっしり詰まった素敵な本です。

何とも勇ましい台詞ですが、ハードボイルド小説ではありません。ひょんなことから、出会い系サイトに書き込んだ花田菜々子の「出会い系サイトで70人と実際に会って、その人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」(河出書房新社/古書700円)に登場します。

著者は1979年生まれ。本と雑貨の「ヴイレッジヴァンガード」に勤務していました。私生活でトラブルを抱えていた彼女は、「X」という奇妙な出会い系サイトに出会います。それは、まったく知らない人と出会って30分だけ会って、話をするというサイトでした。そこに、

「変わった本屋の店長をしています。1万冊を超える膨大な記憶データの中から、今のあなたにぴったりな本を一冊選んでおすすめさせていただきます」と書き込み、彼女の活動がスタートします。

やはりというべきか、セックス目的で連絡してくる輩もいましたが、それより新しい人間関係を作る場になってきます。「X 全体がひとつの村のように共同体でもあって、参加している人がどんどん知り合い同士になっていって、関係性や信頼が深まっていくという仕組みが隠れているということが面白かった。」

彼女は、未知の人に本を勧める難しさと、そこにのめり込んゆく熱狂に取り憑かれていきます。と、同時に性別を問わず素敵な人に出会い、変わっていきました。

「憑かれたように人に会って会いまくった。そして知らない人と会うことはもはや生活の一部になった」この本の魅力は、魑魅魍魎の世界かもしれない出会い系サイトに突入して、人の存在を信じ抜く一人の女性の姿にあります。

「それぞれの人生のダイジェストを30分で聞いて、こちらの人生のダイジェストを30分で伝える。限られた時間の中でどこまで深く潜れるかにチャレンジするのは楽しかった。ロープをたぐってするすると降りていって、湖の底に素潜りして一瞬握手して、また浮上してくるような時間には、特別な輝きがあった。」

未知の女性に会う=セックスができる可能性に直結する、みたいな社会の常識をものの見事に蹴飛ばしてゆく姿に拍手を送りたくなります。

やがて、彼女はリアルな場で、本を語るイベントをプロデュースすることになります。そのイベントの前日、大好きだった祖父が亡くなります。真面目な両親とは違い、酒飲みで、彼女が大学生時代には終電でよくばったり出会い一緒に帰ってきた。家族の中で祖父だけが同じ不真面目派だった。イベントをするか、中止してお通夜に参列するか悩みに悩みます。が、不良仲間の祖父なら、「二択で悩んだときは自由な生き方を選択しろ」と背中を押してくれるだろうと、イベントを決行します。

「認知症だった祖父はもう記憶にないかもしれないけど、私たちは自由同盟を結んだ仲じゃないか。ジジイ、悪いが屍越えさせてもらうぞ。」

最後をこんな文章で飾っています。「また今日から何かが始まるのだ。これからもどんどん流されてどこかへ行き続けるのだろうか。ならばどこまでも流れていって見てやろう。行けるいちばん遠くまで。」

未知の世界に飛び込こんで、やがて、日比谷にオープンした女性に向けた新しいスタイルの書店「 HIBIYA COTTAGE」の店長を務めました。残念ながら店は本年2月に閉店しましたが。

 

「信用できるのは、本、それから犬だけだ」

これは「本を読んだら散歩に行こう」(集英社/古書1000円)のページをめくってすぐに出会う言葉です。著者の村井理子は、翻訳家、エッセイストとして活躍しています。認知症の義母の介護、双子の息子たちの受験、知らず知らずのうちに溜まってゆく仕事、そしてコロナ。あぁ〜うっとおおしいなぁ〜!という気分になったりする日々の暮らしの中で彼女が読んで、少しだけでも前に進むことのできたという本を紹介しています。

雑多な日々の仕事をこなし、夫の両親の世話などやりくりしながら、こんなことを考えます。

「結局、私は見ているのだ。目の前に展開される人間の変化を。気持ちの動きを、私はつぶさに追っている。ひとつも漏らさぬように、この目で追い続けている。老いて穏やかになった夫の両親につきあいながら、私は一瞬たりとも休むことなく、二人の心の動きを想像し続けている。頭のなかで、文字が次々と流れていく。物語を紡いでいる。」

そんな時に、彼女のそばにあったのは、人気ブロガー、カータンの「健康以下、介護未満、親のトリセツ」でした。その辺の読書家が絶対に取り上げないものです。そういった本がズラリと並ぶのです。そこが本書のポイントです。

例えば、主婦として自分の思いが先行し、子供に対しても、美味しい料理を作らねば!と張り切りすぎ、それが空回りする状態に陥っていた時にこんな結論に至りました。

「私はとうとう最後の真実にたどりついた。私という人間は、料理だけに限らず、なにかと『考えすぎである』ということに。 (中略) だから私は自分自身に、肩の力を抜くこと、そしてなにより、『皿の上に自分の念まで盛り付けない』という掟を定めた。二十年目にして解脱である。」

側にあるのは、パワフルな寮母、あきこ著「寮母あきこのガッツごはん」というのです。

認知症が進行している義母を病院に連れて行くのに、車で迎えにいくと、著者のことが誰かもわからない。でもいいか、と帰宅途中に道の駅に車を止め、地元の名物のお菓子を買って、スイーツの話で盛り上がりながら帰宅すると、「義母は『お父さん、はい、これはおみやげ。理子ちゃんが買ってくれたんよ』と言っていた。いつの間にか、一緒にいる私のことを思い出していたようだった。」

そんな時に読んだのが芝田山康(62代横綱大乃国)の「第62代横綱・大乃国の全国スイーツ巡業」。美食家の横綱が、全国の甘いものを食べた感想が書かれた本です。著者曰く、

「その筆致はなんとも力強い。義母の言う『甘いもの』とは、こういうお菓子を言うのだろうなという、どこか懐かしいお菓子が、ノスタルジックな写真とともにぎっしりと紹介されている名著だ。」

本の紹介が内容の紹介に終わらず、一つ一つが著者の人生とリンクしている素敵な本でした。また、ほとんどのページに登場する愛犬ハリーのイラストが、とても気持ちを穏やかにしてくれます。

京都市内にある出版社「化学同人」は、その名の通り化学や物理関連の本を出している老舗出版社です。近年は海外の児童文学や絵本にかなり力を入れてます。そして新刊として、とても美しい絵本が登場しました。ヘレン・アポンシリ作、リリー・マレー文章による「海のものがたり」(2420円)です。

押し花アーティストとして活躍するヘレン・アポンシリは、この作品に登場する海辺の花々、そして多くの海洋生物を、海藻の押し花で描いているのです。睦じいペンギン親子、海中を漂うタツノオトシゴ、ラッコ、サメたちが美しく生まれ変わっています。

「海の中では美しい姿の海藻ですが、水からあげたとたん、からみあい、ひとかたまりになってしまうので、押し花にするのはとても大変です。水に浮かべた状態から、ゆっくりと紙の上にのせて広げます。そうして保存した海藻を、イラストへとアレンジしました」と作者は語っています。

今までとは、全く違うイメージで海に生き物たちが迫ってきます。ここで使用されている海藻は、イギリス南部の海岸で作者が集めたものです。時化の海から渚へと打ち寄せられて、潮が引いた後に海岸に残されていたものを、丁寧に拾い集めて作品に仕上げていきました。

なお、ヘレンが押し花アーティストとしてその魅力を知らしめた「命のひととき」(2420円)も入荷しています。跳ね回る野ウサギや、羽ばたく蝶々、暖かい場所へと向かって長い旅に出るカナダガンなどが登場します。まるで自然の中にいるような錯覚に陥る素敵な本です。

なお、本年末に同社の絵本フェアをやる予定ですので、ご期待ください。

本日から2週間レティシア書房が「上野書店」に占拠されるという事態に・・・。

装幀家上野かおるさんの個展のDMが「上野書店開店ご案内」となっていて、これまで上野さんが手がけられた本がズラーっと並んだためなのです。いやはや開店おめでとうございます。実に壮観です。お一人の手になったとは思えないほどバラエティに富んだ本の在りよう。改めて装幀家のお仕事の深さ・広さ・こだわりに驚きました。上野さんは京都生まれ。装幀に関わった本は約4000冊、40年に及ぶ装幀の仕事の集大成です。

「装幀(そうてい)とは、一般的には本を綴じて表紙などをつける作業を指す。広義には、カバー、表紙、見返し、扉、帯、外箱のある本は箱のデザイン、材料の選択を含めた、造本の一連の工程またはその意匠を意味する。」今回の個展に際して、装幀についてのパネルを作り、解説やら、こだわりやら見て欲しいポイントなどを、わかりやすく提示してあります。

そして、並べられた本に可愛い栞が挟んであり、(本の横に出している場合もあります)そこには、その本を装幀した時の想いや、工夫した箇所や見どころなどが書かれていますので、本を手にとってぜひ読んでみてください。。

例えば、「鑑定士と顔のない依頼人」の栞には「本書は『ニュー・シネマ・パラダイス』の監督による初めての原作小説で、2013年に上映された。(中略)装幀素材として渡された画像は、ペトルス・クリストゥス『若い女の肖像』。当初カバー全面にレイアウトしてみたが、突然、表紙に配置することを思いつき、カバーに穴を開けて、眼差しだけが見える仕掛けにした。」とあります。映画を観ましたが、ミステリーなこの本の仕掛けにはうっとりしてしまいました。どんな風かは、カバーをめくって見てくださいね。

さらに、「音楽のような本が作りたい」(木立の文庫)でカバーに使われた槙倫子さんの版画を、本と一緒に飾っていただきました。槙さんの作品で、展覧会の雰囲気がさらに素敵に盛り上がり、表紙と原画を比べることができてとても面白い試みになりました。

本屋で本の装幀の展覧会なんて素晴らしい企画ではありませんか!と思わず自画自賛してしまいますが、ぜひご覧頂きたくご案内申し上げます。なお、展示の本は非売品ですので、上野書店は事実上「売らない本屋」です。ピンクの付箋が付いているのが「上野書店」の蔵書になります。レジにはどうか持ってこないでくださいませ。(女房)

『「上野書店」レティシア書店を占拠します!』は

6月1日(水)〜12日((日)13:00〜19:00 月火定休 

(上野書店店長は1日・4日・5日・12日のみエプロン姿で出勤しています。)

 

 

 

 

 

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