芥川賞・直木賞以上に私が密かに楽しみにしているのが、江戸川乱歩賞です。1954年、江戸川乱歩の寄付金を基金として探偵小説の推励のために制定されました。仁木悦子「猫は知っていた」(昭和32年)、戸川昌子「大いなる幻影」(昭和37年)、森村誠一「高層の死角(昭和44年)などの巨匠クラスの作品から、真保裕一、桐野夏生、池井戸潤など、現代の第一線の作家も受賞しています。
64回受賞作、斎藤詠一「到達不能極」(講談社文庫/古書500円)は出た時から読みたかったのですが、文庫化されました。いやぁ〜、いやぁ〜、とても面白い小説です。
著者の斎藤詠一は、商店街にある小さな本屋に生まれ、育ちました。サラリーマン稼業のかたわら小説を書き続け、本賞を受賞しました。処女作での受賞です。
スケールの大きい物語。201X年、海外ツアー添乗員の望月拓海を乗せたチャーター機にトラブルが発生、南極へ不時着してしまいます。拓海は、一人でツアーに参加していた日本人でワケありの老人や、アメリカ人のベイカーらとともに、生存のための物資を探しに、旧ソ連が建て、今は破棄された「到達不能極」という名の基地を目指します。
ここで、時代が一気に過去へと向かいます。1945年、ペナン島の日本海軍基地。訓練生の星野信之は、ドイツから来た博士とその娘ロッテを、南極の奥地に密かにナチスが作った実験基地へ送り届ける任務を言い渡されます。ロッテはナチスが秘密裏に行う研究の実験台にされる運命にありました。
現代の南極と、1945年の南極で展開するサスペンスを主軸に、この基地で行われていた実験の実態があぶり出されていきます。
選考委員の池井戸潤は、この作品についてこう語っています。
「『到達不能極』の作者は、職業作家としてやっていける十分な筆力がある。本作は、不時着した南極ツアー、第二次世界大戦、南極観測隊という、ともすれば盛り込み過ぎになりがちな素材、複数の視点を混乱なく読ませる構成力が群を抜いていた。ヒトラーのオカルト趣味を隠し味に使い、半世紀もの時を経て成就するストーリーのスケール感も魅力的だ。」
同じく選考委員の湊かなえは、文章の上手さに高い評価をしています。南極の荒涼たる自然、辺境の地にあった日本軍の飛行機クルーの描き方など、まるで映画を観ているようです。
ナチスの秘密基地で行われていた「擬似意識」という設定は、ハードコアSF的世界なのですが、そこも一般読者に理解できるように描かれています。
ラストに火葬場で望月が流す涙の印象もさりげなくて、気持ちよく本を閉じることができました。
蛇足ながら、乱歩賞受賞作品はフジテレビが優先的映像化権を持っているようですが、センチで、空疎なアクションドラマにだけはして欲しくないですね。