「ナチスのキッチン」(左右社/2970円)や「縁食論」(ミシマ社/1870円)などの著者藤原辰史の新刊「植物考」が、「生きのびるブックス」という小さな出版社から出ました。(新刊/2200円)

農業史や食関係の思想史を専門とする著者は、「植物についてじっくり考える時間を作ることは、作物や歴史研究をなりわいとする私にとって切実な課題でした。」とあとがきに書いています。

本書で著者が目論んでいることは、「かつて鉱物や植物や動物の真理を究明することも、演劇や音楽を論じるのと同様に人文学の営みであった時代を、過去のものにしないことである。別の言い方をすれば、鉱物や植物や動物の心理を究明することが自然科学者だけの営みになった高度分業社会を例外とみなすことである」ということです。

極めて刺激的で面白い本でした。ただ、全てが理解できたわけではなく、何度も読み返しても??の部分があったことを白状しておきます。植物は生きているという事実の多面的な意味合いを、かなり突っ込んだ考察と文献紹介で教えてくれます。そして、果たして人間は植物より高等な存在なのかという疑問を持たせてくれます。

第二章「植物的な組織」に、こんな記述があります。

「植物をカメラで低速度撮影をして再生すると、茎と葉を用いてダンスをしている、あるいは遊んでいるように見える。筋肉組織はないのに、太陽の向きに応じて、葉や茎を微妙に調節して動かしている。植物が動くものではない、という既成概念は一気に消される。 植物には、近くの物体も、匂いも、光も、動物と同じように『感じる』ことができる。しかも感じるだけでなく、それを分析して、つぎの動きにつなげられる。脳はなくても、それは『知性』と呼んでもよいのではないか。」

論考は、根について、花について、葉について、種について、様々な文献を紹介しながら広がります。歴史学、文学、哲学、芸術作品まで登場してくるので、ガチガチの植物学の本を呼んでいる息苦しさはありませんでした。

あとがきに「本書は、日本の教育制度が『文系と理系』という単純すぎる図式で高校生の柔らかい頭を硬直化させてきたことに対するささやかな抵抗でもあります。」とあります。自然科学か人文科学かという二者択一ではなく、二つを融合することで、新しい一歩を踏み出せることを希求する思いです。「ボタニカル・ライフ」(古書1600円)の著者いとうせいこう、「つくるをひらく」(ミシマ社2200円)の建築家光嶋祐介、「肌理と写真」(求龍堂2970円)の写真家石内都など多種多様な人々が本書に関与しています。